ヤダリンのひとりごと

平成12年7月7日

 最近、諸事情でホームページの更新が滞っている。送って下さるメールに関する回答もなかなかできない状態が続いている。できるだけ努力はするつもりであるが・・・。
 時の経つのは早い。もう2000年も後半に入った。昨日のことだが、西保健センターでの講演終了後に9月の話になり、「2か月後のことだなあ」と思って、その時初めて、「もう今は夏なんだ」と気づいた。急に暑さを感じるようになったのも当然である。自宅の私の部屋のエアコンがどうも壊れているようで全く冷風が出ない。困ったものだ。・・・そうそう、今日は七夕である。病棟でも七夕レクが行われることであろう。そこでは宇宙や天体の話がされるかもしれない。

 ところで、・・・私には神経質な面がある反面、楽天的な面がある。窮地に追い込まれた時にでも「なんとかなるよ」と思っているとなんとかなるのである。人間には、ついている人、ついていない人がいる。不思議である。いつもいいことばかりが起きる人、いつも不運ばかりな人。どうしてこういう差が生まれるのであろうか。私は、自分では運がいい人間だと思っている。こんなことを書くと「妄想があるのではないか」と疑われそうであるが、「こうなればいいな」と思い続けると、ほとんど必ず実現するような気がする。
 運の悪い人のために少しでも役にたてばと思い、なぜなのかを考えることにした。私にも、当然嫌なこと、ストレスはたくさんあるハズだ。振り返って意識して考えると、ずいぶん苦しい思いをしたこと、大失敗をしてしまったことも確かに多い。しかし、だいたいそういうことは知らぬうちに忘れている。過去を振り返る場合は、ここちよかった場面ばかりが思い出される。だから「落ち込むことがなくていいよね。あなたに人の苦しみなんかわからんだろう」などと人から皮肉っぽく言われることがあるのだろう。結局、嫌なことを忘れやすいということだ。それで「運がいい」と思ってしまうのだ。
 それと、「こうなればいいな」と思う目標がたぶん低いのであろう。だから夢が実現され達成感を感じることが多いのかもしれない。絶対不可能なことを目標にかかげるよりも、少し頑張れば実現できそうなことをとりあえずの目標にするのがいいのだろう。
 先日、書いた「あきらめてはいけない」「楽をすること」を常に考えることも嫌なことを早く忘れられ「運のいい人」になれる条件かもしれない。
 さきほどの「低めの目標」に反するようだが、それでも夢と希望は持ち続けるべきだと思う。私は、希望を持ち続けると、いつか必ず実現する日が来ると信じている。だからこそ、気楽に毎日を生きられるのかもしれない。
 なにやら非論理的な意味不明の文章になってしまった。睡眠不足のせいかもしれない。この「ひとりごと」のコーナーは、思いついたことをまとまりなく書くことがあってもいいと考えているのだが・・・。そのほうが、より「精神科」を身近に感じてもらえるのではないだろうか。精神科医は変わり者だという見方が、一般人や他科医からはあるようだから・・・。

 最近、不整脈が出る。どうも気になる。近日中にホルター心電図をとる予定だが、悪くない結果が出ればいいが・・・。

 まもなく午前1時。今からレセプトチェックをしなければいけない・・・。

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