あきらめてはいけない
平成12年1月31日

 私の外来日は、午前8時半から始まる。比較的早い時間に受診される50歳くらいの男性患者さんがいる。彼とはもう数年間のつきあいになる。過去に入院歴が約10回近くあったと思う。平成7年頃を境にピタッと入院することがなくなった。それまでは、毎年のように2月から5月にかけて、かなり激しい「躁状態」を呈して入院を繰り返していた。もともと私が担当していたわけではないが、何度か前の入院の際、彼が私の診察を指名してきて、それ以後私が担当している。最初はこれまでと同じく入院を繰り返していた。退院するとまもなく服薬を中断した。最後の退院前に私は言った。「もう、あなたに通院や服薬の継続は期待しない。また、来年には迎えに行くことになるであろう。(=往診してやや強制的な入院)」と話した。ところが、なぜか彼は「今度は薬を飲みます」と言った。しかし、私は信用していなかった。今年ももうすぐ2月。外来受診の時、彼との会話は約20秒程度。「ここ数年、春をうまく乗り切れてますね」と話すと、彼は「先生のおかげです。○○さんも先生に診てもらって治りましたよ」と言われた。この言葉に感激した。今、彼は寝る前1回、ほんのわずかの抗精神病薬を服用しているのみで長期間処方変更はない。奥さんとの関係もいいようだ。
 そういえば、○○さんも良くなった。これは私自身も信じられない。○○さんは、約30年以上の病歴を持つ女性患者さんである。入院中に彼女の主治医を引き継いだのが約5年前。彼女は人生の半分以上を精神病院ですごしていた。入院中の彼女は、「幻覚妄想を伴ううつ状態」とそれに伴う頻回な自殺企図、あるいは「躁状態」のため常に病状が不安定で、とても退院などは考えられなかった。最初、彼女は一生を精神病院で終えるのかと思った。悪性症候群後の寝たきりのような状態で引き継いだ。ところが、あることをきっかけにころっと病状が安定し、さらに運良くその頃、デイケアや訪問看護のシステムが利用できるようになり退院。単身アパート生活を送っている。通院していることを話さなければ、普通の女性に見える。彼女にもよく感謝の気持ちを表現される。彼女は今、炭酸リチウムと抗てんかん薬のみで維持されている。
 なぜ、私が今こういう話をするのか。言いたいのは「あきらめてはいけない」ということだ。おそらくこの患者さんは治らないであろうという思い込みを持ってはならないということだ。たとえ、そう思ってもいろいろ工夫していると道が開けてくることがある。夢や希望を捨てないことである。「先生になって良くなりました」と言われるたびにそういう思いを強く持つのである。しかし、私では治らない方もたくさんおられる。このたび新しい精神科の先生が勤務先の病院に就任されることになった。一部の入院患者さんの主治医を新しい先生にお願いすることになる。今、その患者さんを考えている最中である。私では良くならなかったが次の先生になりきっと良くなることがあると期待している。

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