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金魚玉



田舎に帰ると、きまって綺麗なお姉さんが僕を縁日に連れて行ってくれた。

後から知ったのだが、それは僕の本当の母であったらしい。

どんな顔の人だったのか、もっとしっかりと覚えておけばよかった。
高校生にもなって、なぜかそのことが非常に悔やまれていることに気付く。

記憶にあるのは、包み込むようにしっかりと握ってくれた温かな手の感触と、金魚玉の中でゆらゆらしていた金魚の姿。




ハナの手は…違った…。

手の平に、先ほどまであったはずの感触を思い出す。
当たり前か。
僕はもう高校生で、あの綺麗なお姉さんと一緒に歩いていたのは小学校に上がる前の話だ。
でも、ハナとあの人の違いに気付いて、おどろいてしまったのは確かなことで…。

ハナの手は…あの人と同じように温かかったけれど、強く握ると壊れるのではないかと思うくらい華奢な気がした。
どういう風に握れば良かったんだ?

机の上に、ぽつんと置いてある金魚玉を手に取る。

中には、金魚どころか水さえも入っていない。
その軽さに殊の外おどろいた。
ハナと同じように華奢なガラス玉。
力加減を間違うと、粉々にしてしまいそうだ。
用心しながら、手の上でそれを放り上げてみる。
壊れないように受け取る。
繰り返す。

明日は…。

明日の夏祭りには、この金魚玉を持って行こう。
中に水を入れて行こう。
金魚をすくって、この中に入れて帰ろう。
そして、ハナに、あの綺麗なお姉さんの話をしよう。
ハナははやとちりだから、きっと、僕が浮気してると思って嫉妬するだろう。
金魚玉のように頬をふくらませたハナが容易に想像できて、口もとに笑みがこぼれる。

そうしたら、ハナの手を握ろう。
怒って、握らせてくれないかもしれない。
でも、ハナに母のことを知って欲しいと思った。
顔も覚えてはいない母だけど…。

そうすれば、すこしは…上手にハナの手を握れるような気がした。
温かかった母の手と同じように、温かな気持ちでハナの手を握れる気がした…。