ピーチと友情
「マイケル!」
揺れてる電車の中。
谷部が手の甲で俺の腹のあたりをポンとたたく。
「なんだか元気ないよ」
俺のことを『マイケル』なんて読んでるけど、別に俺は外人じゃない。
谷部と同じ生っ粋の日本人。多分、祖先は縄文時代からこの地にいると思う。
何でこいつは俺を『マイケル』と呼ぶんだろうか?
「そんなことないさ。部活で疲れてるだけさ」
「マイケルが元気ないと、俺も元気がなくなるのさ」
「……先週、東桜高とのゲームで負けたさ。そのせいだよ」
適当な理由を言った。
「何だ? マイケル、負けたのか」
「……うん」
「じゃぁ、俺がこれやるよ」
谷部は制服のポケットからピンク色のチューインガムを取り出した。
そして、丁寧に中身まで出して俺の口元に持ってきた。
電車の中だ。きっと人が見てる。
とりあえず手で受け取ってから「ありがと」といって自分の口の中に入れた。
じわぁっと、甘いピーチ味が広がる。
それと一緒に匂いも散漫する。
狭い電車の中だ。充満していくのがわかる。
どうしてガムっていうのは匂いまでするんだろうか?
本来の目的は『味わう』ということだろうに……。
「あっ」
いきなり谷部がそう言って、制服のポケットから携帯を取り出した。
うちの学校、携帯電話の持ち歩きは禁止だぞ、谷部…。
画面を確認して、谷部は『しまった』っていう表情をする。
「彼女からだ。そういや俺、メールするって言ったっけ?」
「……してやれば?」
にこっとする谷部。
「マイケルってば、イイ奴だね」
そう言って、谷部は高速親指打法でメールを書きはじめた。
送り終わってから、一言「完了」とつぶやいてから、俺を見てにこっとする。
「マイケル……緊張するのはやめれや」
「……俺、緊張してる?」
「めちゃしとるよ」
「そうか?」
「うん。俺は、お前が笑って試合しとる姿がええよ」
「そうか」
「次の試合呼んでくれよ。綾ちんも連れて行くからさ」
「…そうか」
「そ・う・だ・よ!」
そう言って、谷部は再び手の甲で俺の腹のあたりをポンとたたいた。