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真夏の幽霊



誰かに呼び止められた気がして振り返った。

…誰もいない。

まだ、真っ昼間なのに。気持ち悪い。
…『あれ』…かしら。
最近の自分、そっち方面は絶好調……なんだけど…。

いつもは学校から直接通っている習い事ではあるけれど、夏休みに入ってからは、自分家からバスで通っている。
ここの道って、いわゆる『まずい場所』ってやつなのかな。
霊感は強くないはずなんだけど、時々、『びくっ』とくることのある自分…。
とはいっても、正確に診断する方法も知らないし、日常生活にそれほど困ることもないから、今まで気にしないでいた。

でも……こう毎回あると、まいっちゃうなぁ。
今度から遠回りして、ルートを変えること、考えた方がいいのかなぁ。

小さくため息をついて、それでも先に進むことにする。

すると、また聞こえた。
眉根を寄せて、もう一度振り返る。

……やっぱり、誰もいない。

どうしよう。憑いて来ちゃったりしたら。
こんなこと今まで無かった。
きゅっと、下唇を噛む。

すると、はじめて名前とは別の声がした。

『……うえだよ』

うえ…上? 言われたとおり、『上』を見た。
水色の空に大きな入道雲が見えた。夏の日差しが眩しい。

なにも無いじゃない。
すると、また聞こえた。

『クスクス…違うよ。こっち。二階』

二階? ちょうど通りに面した建物の『二階』を見た。

「こんにちわ。榊(さかき)さん」
「……こんにちわ」

掃き出しの二階のバルコニーの手すりに、腕を組んで寄りかかる男の子がいた。
タンクトップに短パンで…ラフな格好。

あぁ。彼のお家なんだ…。
同じクラスの男の子。名前は、…確か『シュン』君。名字は……ん…出てこない。
いつもお友達と会話しているとき、みんなにそう呼ばれていた。
困ったように笑う表情が妙に印象的で……最近ちょっと気になっていた…と思う。

「やっと、気付いてくれたね、榊さん。毎回声をかけるのに、無視して行っちゃうんだもん」
「………ごめんなさい…え…ぇ…と…」
「那貝(ながい)だよ。同じクラスじゃん……もしかして、俺って、印象薄い?」
「そ、そういうわけでは…名前は知っていて…でも…」
思いっきり焦ってしまう。
普通は、名字が先だよね。普通は…。
「そうなの? じゃ、名前の方で呼んでよ。ね」

…そんなことをいきなり、言われても…困ってしまう。
そ、それに、このままここに立ち止まっているわけにもいかない…そろそろ。

「い、行かなきゃいけないから…」
「…うん。またね」
「……あ、また…」

そそと、通り過ぎながら、那貝君の視線を背中にめい一杯感じながら、決めたことが一つ。

ルートは変更しないことに…する。