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願いの糸



ミドリは自分のベッドに腰掛けて、こちらにそっと手を差し出した。
床にぺたんと座っていた私は、ミドリにじりじりと躙り寄って、その手をとった。

しばらく互いの手のひらを見せ合いこする。
別に何があるというわけではない。こうすることが二人の間で当たり前になっているということだけ。

「ミドリの手、すこし大きくなった?」

はにかみながら、うん、と首だけで返事を返してくる。そして、おもむろに私の手首を握って自分の方に引き寄せた。ミドリの唇が私のそれに触れる。それから意味もなく、クスクス笑いながら、互いの体に腕を絡ませていった。
別におかしいことは何もない。ちょっとした照れ隠しということだけ。

脳内にミドリの匂いが充満していく。もっとミドリ色に染まりたくて、頬を、体を、擦りつける。耳元で、くすぐったいと、ミドリが嬉しそうに笑うのが聞こえた。

とても幸せ。

……とても幸せなのに。もっと、もっと。足りない何かを求めてしまう。

どうしてかな。

じらすように、唇が触れあうぐらいのキスを何個も落としてくるミドリ。少し腹立たしくて、口を尖らせてから、上目遣いでミドリを睨み付けた。鳶色をしたミドリの目が、然もありなんと見下ろしている。

「どうして……どうしてミドリは、いつもこうしてくれないの?」
「……いつも?」

この状態で、私の口から飛び出してきた言葉に、ミドリは戸惑いを隠さずにはいられないみたいだ。不思議そうに、私の瞳を覗き込んでいる。私は自分の不満をミドリにきちんと伝えたくて、ミドリの服を握りしめた。

「そう、ココにいる時みたいに、学校でも……」
とたんに、ミドリの目が挙動不審になる。
同時に、言葉もふらふらしてくる。
「……してる……さ」

ミドリは、よたよたしながら私の体を自分から離し、ベッド脇に置いてある雑誌を手に取った。そして、壁にもたれて、ページをペラペラめくり始める。

まったく、ミドリは自分に都合が悪くなると、すぐにこんな風になる。
でも、私だっていつもと違う。私だってココに来ると、とてもワガママになってしまうのだ。

「うそ。してないよ」
ミドリは、顔を雑誌で隠して、すっかり逃げ腰になっている。こうなったら強制的に話し合うしかない。片足を捕まえて、自分の方にぐいぐい引き寄せた。

「あ、あぁっ。な、何するよ」
「きちんと話すの!」
嫌がるミドリの足を自分の体にくるめた。
「わっ、ちょっ。ちょ、ちょい待ち、綾ちゃん。あ、あた、あたる。あたってる」
ミドリが真っ赤になって、手をひらひらさせている。
「何が?」
沈黙の中、身構えながらミドリがぼそりと言った。
「……胸」

顔に血が上っていく。
ミドリは、私の話をちっとも真面目に聞いてくれてない!


私は、ただ……ただココでないところでも、指と指が絡み合うみたいに、視線を絡み合わせたいと思っているだけなのに。
いつでもミドリの隣にいて、ミドリの長いキラキラした前髪が頬を擦る様を見ていたいだけなのに。

「きちんと説明してよ。学校にいる時だけじゃないよ。帰るときだって。わたしが声をかけても、ミドリはちっとも嬉しそうじゃない。それどころか、話しかけてくるなって言ってるみたいに感じる……。ねぇ。どうして外ではそんなに冷たいの?」
「そんなこと……大した理由なんて……ないさ」

「じゃぁ優しくしてよ?」
まっすぐにミドリと向き合いたくて立ちあがろうとした。
とたん、ミドリの手が私の両肩をがちっと押さえつける。
「っな」
ムッとして、さらに強く睨み付けようとした。けれど上手くいかなかったと思う。
だって、ミドリの目は、先ほどとは比べものにならないくらい怒りを孕んだものだったから。
「綾は…座ってなきゃダメ」
「……意味が…」
「分かんなくっていいさ」
ぶっきらぼうに言い放つ。
「そんな……」

ミドリは、はっきりと言ってくれない。
でも……ミドリが、こんなにも自分と離れていたがる理由が……分かった気がした。

やっぱり……。

やっぱり、ミドリは私より背が低いこと、気にしているんだ。

「でも……それは綾にはどうにもできないよ」
口惜しくて、それ以上言葉が続かない。

ミドリの目を見ていられなくて俯こうとしたけれど、その前に目の前がゆらゆらとぼやけてきた。
ふっ、と肩にあった手の力がゆるめられる。その手は私の両頬をふんわりと包み込み、そのまま私の顔を上向けた。ミドリの手はひんやりとして気持ちいい。

色白だけど、すっきりとした顎のライン。ミドリは最近少し大人っぽくなった。そのミドリが私を見つめている。恥ずかしい。けど、逃げられない。両手がガッチリと私の顔を固定してしまっているから? しようがないから瞼を閉じた。
「綾ちゃんさ。可愛いね」
その声は、ちょっととぼけた言い方だったけど、いつもココで聞く優しい声だった。
「ミドリは……サディスト」
「ふふふ、そうなのさ。俺、綾ちゃんが泣くの好きだよ。俺のせいで泣いてるんでしょ。嬉しいさ」
そう言って、あふれ出た涙をミドリが舌先ですくう。ひどいことを言っているのに、なにげないその仕草を嬉しく思ってしまう。
「やっぱり……っ。やっぱりミドリは……ココでしか優しくしてくれないの?」
「……そうさ。してやんない。諦めな」
そう言って、ミドリはまた私の顔中にキスの雨を降らし始めた。何度も何度も。

ミドリのキスに酔いしれながら、わたしは決意する。
いつか、必ずミドリと並んで歩こうと。

わたしの……とてもしょうもない夢。

でも、いつかきっと、ミドリにかなえて貰う。