将棋に出会って

 まず私が将棋を覚えたのが南小学校の低学年でした。祖父や兄が指すのを見て習いました。 両親は私が障害者であるということで、何か1つでも趣味を持ってくれたらと思っていたらしく、 その趣味を将棋に求めていたようだった。 しかし、私は駒の動かし方は分かるものの、将棋の楽しさ・面白さなどが分からず、 はっきり言って嫌いでした。

 そうして小学校の5年生になったとき、普通(健常者)の小学校に通っていたので、必修クラブというものがあり、 どこかのクラブに入らなくてはなりませんでした。もちろん体育系には入れないので文化系しかなく、 その中で一応知っていた将棋から仕方なく将棋部に入った。 しかし、今思えば本当の意味で将棋を始めるきっかけとなった出来事でした。

 そのクラブには、すごく強い人が2,3人いて、その人たちになぜそんなに強くなったのかと聞いてみると、 近くに習いに行っているとのことでした。そして、その人達が一緒に習うよう誘ってくれ、行ってみると、 とてもやさしい先生(木村)が快く請けて下さいました。 その教室でやって行くうちに嫌いだった将棋がどんどん好きになっていきました。 第二次成長期のときに体調が崩れて10ヶ月ぐらい寝ていましたが、小学校を卒業する頃には棋力はその人達に追いついていました。

 それから中学校へと進みました。その学校には将棋部がありませんでした。 しかし、亡 山根校長が顧問をして下さり部をつくりました(今はどうなってのやら?)。 当時はなぜかサッカー部をやめる人が将棋部に入るという不思議な現象が起き、部員の8割は元サッカー部の人でした。 それと、これも不思議なのだが活動する部屋が茶道部と同じだったのだ。茶道部との揉め事が絶えなかったことを覚えている。 習い事の方は前と同じ木村先生が開いている美鈴が丘の教室に変わっていましたが、中学校の間の成績はあまり上がりませんでした。

 高校は昼間定時制に通うことになりました。学校の授業が昼までで終わり昼から暇だったので、 木村先生のところの教室がやめてしまったせいもあって、本多先生が経営している将棋センターへ通うようになりました。 そこに通うようになりだしてすぐに、高校生大会に出場するように勧められました。 そして出場した結果は、なぜか優勝!全国大会(徳島)の切符を手に入れました。ほんとうに自分でも驚きました。 正直言ってマグレでした。もちろん全国での結果は1回戦敗退。そのことは自分の実力がなかったの一言です。

その後も高校生の大会にいろいろ出させて頂きました。「大会だけ男」と家族などから言われるほど、賞状を頂きました。 3年生のときにもう一度全国(北海道)の切符を手に入れました(今度は実力?)。全国での結果は前と同じ。 実力は上がってたはずだったのに、このときだけはさすがに悔しかったですね。高校は4年まであるのですが、 年齢制限があるために高校生大会に出場することができませんでした。 大学受験も重なり、1年間、将棋とは掛け離れた生活を送りました。

 大学に運良く合格。将棋同好会に入会し、指してみると、えらく弱くなっていました。1年間のブランクは厳し〜い。 大学の中四国大会の個人戦では、まさかの予選落ち。以降は大会結果などを見てください。
修道大学将棋同好会は非常にマズイ状態です。新入生が入らないと存続も危ない!誰か入って〜〜〜〜。

 将棋のソフトを必ずいつか作ります。いつになるか分かりませんが待っててください。ちなみに私は三段です。


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