第9章、第4項。 オアズマンシップ。 (3分)。 1 オアズマンシップ。 ●オアズマンシップとは本来は、ボートを操る「技術」のことです。 しかしスポーツマンシップと同様の精神的な意味合いで用いられてきました。 ルール、マナーを守り、競漕相手に敬意を持って行動するフェアプレイの精神、全力でベストをつくすこと、ロウアウト精神、チームワークそういったものです。 ロウアウト精神とは、レースの最後の瞬間まで全力で漕ぎ尽くし、果てようとする姿勢のことです。 「全力を尽くさないことは、全力で競おうと練習してきた競漕相手に対し失礼だ」とも言えます。 ●「一艇ありて一人なし」という言葉もあります。 (由来は異なるのですが,今では)「一つのボートを漕ぐクルーにばらばらの個人はなく、一心同体だ」との意味で使われます。 しかし、動作を一つにしての競漕は、きれいごとではなく、、苦しくて漕ぎやめたくてもやめるわけにいかない、機械の歯車のようになることです。 しかし強制ではなく、スポーツの中で「自ら進んで」歯車になる体験が、心を鍛えていきます。 ●別の言い方をすれば、「クルーには、エースもヒーローも要らない」ということでもあります。 スティーブ・レドグレーブは、84年から連続5個の金メダルを獲得した英国の偉大な漕手です。 糖尿病と戦いながら金メダルを得たシドニー五輪の優勝会見での言葉:「競技を終えたら、レースに出た選手全員と互いに健闘をたたえ合いたい。僕らはメディアに話をするために競技しているのでは決してない」と。 立派な表彰ステージの勝者と敗者のメディアの扱いの落差、それに引きずられる大会運営への苦言でした。 レドグレーブが偉大なのは、その金メダルの数によるのではなく、オアズマンシップを本当に理解し、体現しているからです。(参考:共同通信社ウェブサイト「シドニー日記」、「五輪選手はみな平等/王者の気骨に触れる」より) 2 みんなのためのスポーツ。 ●ボート競技に、「ハードネスに耐えられる限られた人間だけに許されたスポーツ」といったイメージを重ねる人がいます。 個人のプライドは理解できますが、もしその発想が、うぬぼれや、「だめなヤツはこのスポーツをする資格はない」といった方向に傾くとしたら、それは大きな間違いです。 スポーツとしてのロウイングは、懐が深く、漕ぎたい人の誰もが、ルールとマナーを守りながら、その人なりのできる範囲でできるなりのスタイルで漕げる、そんなスポーツの世界を作るべきです。 自己的なロウイングから、クルー、チームワークへの意識の展開は、さらに拡大すれば、隣人のロウイングを支援する意識になります。