海島冒険奇譚 海底軍艦
奇絶!怪絶!又壮絶!
「海底軍艦」といえば、東宝映画の轟天号が有名だ。また、近年ではアニメで「新・海底軍艦」という作品もつくられた。
これらのことから考えても、「海底軍艦」というタイトル自体は比較的メジャーな部類に入るものだと言っていいだろう。
しかし、原作本を読んだという人は少ないのではないだろうか。
だいたい、東宝の映画版からして原作とは全くかけ離れた内容だし、アニメ版に至ってはその「原作からかけ離れた映画版」を下敷きにしており、もはや「原作・押川春浪」とでっかくクレジットに出しているのは完全に無意味ではないかと言いたくなってくる。
もちろん、原作付き作品は原作にすべて忠実に作らねばならない、などと愚かな事を言うつもりはない。ただ、変えるからには「原作以上」とまではいかなくとも、それなりの効果をあげて欲しいと思う。
誤解の無いように言っておくが、わしは轟天号も大好きだ。伊福部マーチをバックに空を飛び、水中を走り、ムウの海底都市の壁をぶち破って進撃する轟天号は本気でカッコイイと思う。しかし、東宝映画「海底軍艦」と原作の「海底軍艦」のどちらが面白いか、どちらがエキサイティングかと問われれば、わしは迷う事無く即座に原作を選ぶだろう。
こんな事を言うと、熱烈な東宝特撮ファンの方から抗議の声があがるかもしれない。
だが文句を言う前に、一度でいいから原作を読んでみて欲しい。
作品の好き嫌いは個人の主観によるところが大きいので、誰であろうと絶対に原作のほうが面白いと感じるに決まってる、などと断言は出来ない。
しかし一度でも読んでもらえれば、わしが原作にこだわるのは何故なのか、少しくらいはわかってもらえるのではないかと思う。
これが海底軍艦の原作だ!
「海島冒険奇譚 海底軍艦」は、明治33年の11月に発行された冒険小説である。
作者は日本SF界の祖と呼ばれる押川春浪だ。
明治33年といってもピンとこないかもしれないが西暦になおせば1900年。なんと100年も前の小説なのである。
ではその100年前の冒険SFはいかなる作品か?
日本古典SF研究の第一人者で、大の押川春浪ファンでもある作家、横田順彌氏の名著「日本SFこてん古典」に当時の広告文が載っているので、ちょっと引用させてもらおう。
全世界を舞台とせる奇々怪々なる大冒険譚は現はれたり、 本編の主人公は雄風凛々たる日本海軍士官! 其部下には慓悍決死の水兵あり、 鰐魚は印度洋に眠り、 獅子は大陸の巌を噛み、 海賊剣を舞はす処美人跳梁する処神州快男子の鉄拳飛ぶ、 紅顔の勇少年あり、 変幻の軽艇に乗じて千尋の海底を駛り、 洒落の壮士あり、 奇異の鉄車を進めて万峰の頂を踰ゆ、 寂寞たる孤島に不思議の響きあり、 人外の異境に大日本帝国軍旗翻る、 奇絶! 怪絶! 又壮絶!
……いかがなものだろうか。
この一文を書いたのは誰なのか知らないけれども、わしなどはこれを見ただけでもう胸がワクワクしてきて、読みたくて読みたくてタマラナイ気分になってくるほどだ。
本編の内容はこの広告文にある通り、日本海軍士官であり大発明家でもあるという桜木海軍大佐が、三十七名の部下と共に絶海の孤島で秘密の超兵器を建造しているというものだ。
これだけの説明だと映画版と大差ないように思えるかもしれないが、逆に言えば同じなのはそれだけで、あとは全然別物だと言っていい。
桜木大佐も、田崎潤演じる神宮寺大佐とは正反対でインテリ風のスマートな紳士といったイメージだし、海底軍艦「電光艇」も空を飛んだりはしない(でも、艦首には「一秒時間に三百廻転の速力をもつて、絞車の如く廻旋する」という「三尖衝角」がついてるぞ!)。
12の車輪で地を走る鋼鉄の車、その名も「冒険鉄車」が、四つの「旋廻円鋸機(回転ノコギリだ!)」と八つの「自動伐木斧(ギロチン状のカッター!)」を動かしながら、大木を伐り倒し猛獣を蹴散らして密林の中を突っ走るところなどは、まさしく血沸き肉踊るという言葉にふさわしい名場面なのだが、映画版にはそのようなシーンは全く存在しない。
はっきりいってこんなカッコいいネタを使わないなんて、実にもったいないと思う。
内容が魅力的なのはもちろんだが、もう一つの魅力は、その文章そのものだ。
現代の、普通の文章しか読んだ事のない人には、古い言い回しは非常に新鮮に見える事だろう。
特に押川春浪の文体には、他の作家にはない独特の魅力がある。歯切れが良く、勢いのあるその文章は、ただ読んでいるだけで全身の血がたぎるといっていいほどだ。
どんなに映像技術が発達したとしても、押川春浪の作品を読んだときの、あの独特の高揚感を再現する事は絶対に不可能だと断言していいだろう。
海底軍艦を読むには?
ここまでの説明で、原作の小説を読んでみたくなった人もいるかもしれない。
だが、普通の本屋でどんなに探しても、おそらく見つける事は出来ないだろうと思う。
でかい本屋などでは、検索用のコンピュータを置いていたりもするが、そんな物でいくら頑張ってみても「新・海底軍艦」の本が見付かるだけだろう。
なぜなら、現在押川春浪の「海底軍艦」は、そのタイトルでは発売されていないからだ。
困った事に「海底軍艦」を読もうと思ったら、ほるぷ出版の「日本児童文学体系(第三巻)」や、三一書房の「少年小説体系(第二巻)」などといった、ごっつい文学全集に収録されているものを読むしかないのである。
もちろん、普通の書店はまず置いていないので取り寄せてもらうしかないし、その場合も在庫が無ければオシマイだ。もしあったとしても、定価で一冊7800円とかいう凄い値段なのだ。古典SFマニアだとか、押川春浪ファンでもない限り、そうそう買える価格ではない。
こんな状態では世間に知られていなくて当然だ。
知られていないから出版社も安く出すことがない。
安く発売されることがないから知られる事もない。
はっきりいって悪循環である。
押川春浪の作品すべてが文庫で手軽に買えるようになれば……心底そう思う。
まあ、文句ばかり言っていてもどうにかなるものでもない。
そこで、図書館に行く事をオススメする。
いくら高かろうが、図書館から借りてくればタダである。
ほるぷ出版のほうは、はしがきや序文なども完全に収録されているうえに、カタカナの脇の傍線などもそのままで、元本に近いのが魅力だ。旧仮名遣いで書かれているので雰囲気も満点。
ただし、押川春浪作品は「海底軍艦」の他には「武侠艦隊」が収録されているのみで、ちょっと物足りない。
三一書房のほうは、まるまる一冊が押川春浪作品でまとめられているので「塔中の怪」「怪人鉄塔」などの主要作品が一度に読めて嬉しい。特に「空中大飛行艇」は「海底軍艦」にも匹敵する超傑作だ。
現代仮名遣いで書かれているのが個人的には残念だが、こちらの方が読みやすくて良いという人もいるし、必ずしも減点対象とは言えないだろう。
どうせタダなんだから、両方借りてきて読み比べてみるのも面白い。
図書館というと、カタい本ばかりが置いてあるというイメージがあるかもしれないが、実際には決してそんな事はない。たとえ海底軍艦に興味が無くても、書棚をじっくりみていれば、きっと読みたい本が何冊も並んでいるだろう。今度の休みの日には、近くの図書館に行ってみるというのはいかがだろうか?