星を継ぐもの
これぞサイエンス・フィクション!
わしは高校生の頃、図書委員をやっていた。
年度始めに役職を決める時「面白くもない仕事を押し付けられるくらいなら自分の好きな事をやってやれ」と思って、自分から立候補したのだ。
読みたい本があれば学校の金で図書室の書棚に並べさせ、休み時間になれば仕事だといって堂々と受付の席に座って読むわけである。なかなかいい身分だ。
どうも昔からそういう事をやっている奴は少なくなかったとみえて、わが校の図書室にはSFやファンタジーの単行本や文庫本が結構たくさん置いてあった。
毎日、日課のように面白そうな本を選んでは読んでいたのだが、その中の一冊に今回紹介する「星を継ぐもの」があったというわけだ。
作者はジェイムズ・P・ホーガン。
なんとなく手に取っただけだったが、この一冊でわしはすっかりホーガンのファンになってしまった。
月でみつかった謎の死体
近未来。月で測量をしていた調査チームが、真紅の宇宙服に身を包んだ男の死体を発見する。だが不可解な事に、この男は月面基地に勤めている人物ではなかった。それどころか、地球上のどの国家にも所属しない人物だった。
測定の結果、この男が死亡したのは五万年前であることがわかったからだ!
彼は一体何者なのか?死体の男は仮に「チャーリー」と名付けられ、多くの科学者がこの謎に取り組む事になった。
チャーリーの一族が月で誕生したものでない事は明らかだ。
彼は宇宙服を着ていた。別の天体での生活に適応した生物なのは言うまでもない事だ。
チャーリーは地球以外の天体からやってきた異星人なのか?
そんな事は考えられない。チャーリーを調べても、現代の地球人との違いがほとんどない。生物の進化は偶然の積み重ねによっておこるものなのだ。別の惑星で誕生した生物ならば、ここまで差がないなどと言う事はありえない。
また地球人は、人間以外の地球動物との比較から、まぎれもなく地球の生物の進化の系統に属していることが身体構造上はっきりしているのだ。
その地球人と全く同じ身体を持つチャーリーが異星人であるはずがないのだ。
では、地球人なのか?
しかし、五万年という時間は、地球の歴史から見ればわずかな時間だ。月にまで到達するほどの高度な文明がかつて地球上にあったのなら、その痕跡が今まで全く発見されていないというのはあまりにも不自然だ。超文明の痕跡をすべて消し去るほどの全世界的な大変化などは、五万年以内に地球に起きていない事が地質学的に証明されている。
それなら、チャーリーはどこからきたのだろうか?
様々な角度から、僅かな手がかりをもとに、科学者達は少しづつ謎を明らかにしていく。
だが、一つの謎が解けると、そのためにかえってわからない事が増えていく……。
この作品は、主人公ヴィクター・ハント博士を中心とした科学者達が、チャーリーと、彼の所属していた社会の謎を解き明かしていく過程を描いたものだ。本当にそれだけだ。
ただそれだけなのに、わしははじめて読んだ時、読み進むごとにぐいぐいと引き込まれていき、一気に最後まで読み通してしまった。文章はどちらかというと説明的で、翻訳作品という事もあって決して読みやすいものではないのに、だ。
SFとはサイエンス・フィクションの略だ。だが「サイエンス」の部分でここまで楽しませてくれるSF作品は、実は少ないのではないだろうか。
もちろん、小説として、ドラマとしても非常に優れている。
冒険も、アクションも、この作品にはない。ひたすら理詰めで話が進んでいく作品だ。だが、読み終わった後にはきっと心に残るものがあるだろう。
この作品は一冊で完結しているが、主人公達のその後を描いた「ガニメデの優しい巨人」「巨人たちの星」という二冊の続編がある。
「星を継ぐもの」を読んで面白いと思ったなら、これらの作品も、ぜひ読んで欲しい。より一層楽しめる事だろう。
すべて創元から文庫で発売されているので安価で容易に入手できる。できれば三冊一度に買う事をオススメする。
さらにその後を描いた「内なる宇宙」という作品もあるが、こちらは無理にとはいわない。気が向いた時でいいと思う。
他にもホーガンには「創世記機械」や「未来の二つの顔」など、どうしても紹介したい傑作があるのだが、それは又の機会に。