ヤダリンのひとりごと
ある日の当直

平成24年12月31日

   夕方6時半頃、救急隊から電話が入った。「アルコール依存症の50代の男性が自転車運転中に転倒して外科を受診したが、処置中に意識レベルが低下した。脳外科に搬送したが異常はない」と受け入れ要請された。家族はいないようだ。来院時、いびきをかいてぐっすりと眠っている。バイタルに問題なし。こういった場合、よほど身体的に緊急を要する状況でないとどこの病院も引き受けない。これだけの情報しかなく、眠っている状態だと精神科への入院適応ではないので外来で診るしかない。過量服薬の可能性が高いとは思われたが情報なくはっきりしない。とりあえず、覚醒するまで点滴をして様子を見ることにした。(話は逸れるが、時々、眠った状態あるいは反応が全くない状態、すなわち意識がない状態で救急搬送されてくる人がいる。明らかに過量服薬でしかも量が多く身体的管理を要する場合は最初から身体科にお願いすることになるが、時々、解離性昏迷と言える状態を呈する人達が来る。叩いてもつねっても反応がない。その多くは、ある時、突然がばっと起き上がって会話可能になる。たいてい本人にとって何らかのきっかけがあることが多く、それを確認してお帰りいただくことになる。)
   午後9時頃、入院中の患者で状態が悪化し、隔離した方が良いと思われる人が出た。このまま放置すると何らかの大きいトラブルが起きる可能性が非常に高いと判断された。ただ、隔離するには相当不穏になることが予測され、おそらく無理ではあろうが少しでも本人を納得させることが望まれた。その人の人生の半分以上の期間、私が関わっていたわけだが(そういう患者さんが増えてきた)、過去、私に反抗的態度を示した記憶はなかった。しかし、今回は違う。これまでにない暴言と攻撃であり、やはり何らかの対処が必要と感じた。最終的に強引な対応をとることになったが、区切りがつくのに約2時間かかってしまった。こういう時にはマンパワーが必要だが残ってくれていた男性看護師(おそらく8人ほどいたと思う)が、よく動いてくれ助かった。感謝である。
   午前1時過ぎ、夕方に救急搬送された患者の意識がやや戻ってきた。しかし、もうろうとしており、足は立たずとても夜中に一人で帰宅させられる状態ではなく、本人の同意が得られたので任意入院していただくことにした。(こういう状況で覚醒しなければ朝まで外来扱いで看ざるを得ないこともある。)
   午前2時頃、認知症病棟の90代の患者さんが亡くなった。もう長くはないことが予測されていた方である。死亡診断書を記載しご家族が来られるのを待つ。
   午前5時半頃にも、同じ病棟で80歳近い患者さんが亡くなった。最近も時々身体的に良くないことはあったようだが、その日の夜に亡くなることは予測されていなかった。死亡診断書を記載しご家族が来られるのを待つ。一晩のうちに2枚の死亡診断書を書くのは初めてであった。
   午前6時頃、救急隊から受け入れ要請があった。内容は忘れてしまったが、本人からの依頼だった。おそらく他の医療機関にかかっていた。適応障害の範囲と思われた。30分ほど話を聞いたが、なぜ救急車で早朝に来院する必要があるのか不明であった。結局歩いて帰宅された。相変わらず、我々からすると救急車の不適切な利用は多い。不適切に当たるのかどうかわからないと言われればそれまでだが、救急車の利用は本当に必要な場合に限って欲しい。救急隊は要請があれば、医療機関に搬送しなければならない。自分が救急車を呼んでおきながら、途中で帰ると言いだし自ら徒歩で帰る人もいると聞く。自分の望む処置がしてもらえないと、よその病院に行くから救急車を手配しろなどとむちゃなことを要求する人もいる。どうしてこのような人達の対応をしないといけないのかと怒りを感じざるを得ないマナーの悪い人が時々いる。それはともかく、最近、救急隊や警察が非常に協力的になってきた。ありがたいことである。
   午前7時過ぎ、入院中の患者が転倒して右眉毛部外側に裂傷を負ったとの連絡があった。診ると皮膚がY字型に裂けており、傷は相当深かった。3針縫合処置を行った。
   結局、時間外の外来受診は2人しかなかったが、合間に隔離や身体拘束者の記事を書いたり病棟をラウンドする必要もあるので、睡眠時間はほとんどなかった。我々の当直はけっこう忙しい。外来受診者が夜間に一人も来ない日はほとんどない。時には救急車4台来たということもある。こういった状況で翌日の通常勤務はきつい。翌日の午後は半分居眠り状態である。
   私の通常外来(予約なし)は慢性的にパンク状態のため(1日最高115人来た日がある)、余裕を持って初診患者を診察するのは時間外がほとんどになるわけだが、最も楽しみにしている50歳未満の純粋な精神病の初診患者はこれまで以上に稀になってきた。待ち受けていてもそういう患者は月に1件もないと思う。やっと来たと思ったら、脱法ハーブの使用者だったりする。精神科救急医療機関はどこもそうかもしれないが、発達障害、パーソナリティ障害、知的障害の衝動逸脱行為のための一時的危機回避目的の受診や入院が多い傾向にある。
   当院は当直をする医師が少ないが、それに加え、今年は当直をする常勤精神科指定医が2人も退職したのできつかった。来春には少し当直医が増えそうであり期待している。
   あと数時間で2013年になる。今年は心身ともにやや疲弊した年であった。個人的に診ている患者数は増えてはいないが、診察に時間を要することが多かった。この12月だけでも外来終了が23時50分になったことが2日間あった。終わりが20時を過ぎるのは当たり前になっている。最大7時間待ちの人が出た。来年は受診や家族面談の制限などを積極的に行い、外来が常に19時前に終了することを目標にしたい。また、依頼された診断書など20〜30件ほど残したまま年を越すことになった。障害年金の新規申請など最大8ヶ月お待ちいただいた例が出てしまった。現在、最も古い依頼は10月初めのものである。事務医師補助などが始まったものの対応は不十分であり、また書類量が増えている関係もあり、業務緩和には程遠い。書類作成をいかに簡略化するかも引き続きの課題である。
   最後にもう一つ、残念なこと。ごく最近、ジプレキサの筋注製剤が発売された。ところが院内規定で、血圧を注射後15分、30分、45分、60分、90分、120分と測定、血糖を注射後30分、60分、90分、120分と測定、プロラクチンとインスリンを注射後60分に測定することが義務づけられ、夜間帯で使用しないこととのマニュアルが12月26日、薬局から配布された。使用経験を重ねた後、測定回数を減らすとのことだが、これだけの条件をつけられると使う気が失せてしまった。ジプレキサの筋注はレボトミンの筋注などに比べ安全性は高いものだと信じているのだが、こんなふうに使用制限されるとその良さが発揮される機会が減るだろう。安全性が確認されているからこそ発売されているのに、どうしてここまで制約をかけられるのか。自由に薬が使えるのがうちの病院のいいところだと思っていたが、どうしたものか。夜間など緊急を要する場面で使用するもののはずであるが、夜間使えないのでは意味がない。しかも使用する医師の意見は全く聞かれず、このマニュアルが作成されている。早急に改善を望みたい。この規定が改善されない限り、私はジプレキサの注射は使わない。

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