ヤダリンのひとりごと
結婚、妊娠、出産

平成22年8月22日

   今年ほど結婚や妊娠する統合失調症の患者さんが多い年はない。現在、妊娠中の統合失調症患者さんは3人、他に今年になって結婚したカップルは少なくとも3組はいる。さらに、今後結婚予定の人もいる。これまでも時々、出産する患者さんはいたが、2、3年前から確実に増えてきた。やはり、それだけ患者さんのQOLが上がってきているのかもしれない。彼女ができたり彼ができて病状が安定する患者さんは多いように思う。ある患者さんが言っていたが、自分が必要とされる感覚、そして自分を認めてくれる人がいることは大きな幸せなのであろう。お互い、相手が悪化した時に助け合い励ましあい、夫婦でうまく生きている例がある。また、3人の子供さんを育てている夫婦がいる。とても夫婦仲は良い。私がこれまで関わってきた患者さんでは、ほとんど離婚した例はない。離婚に至る確率は一般人よりはるかに低いと思う。患者さんどおしではなく、正常人との結婚もある。結婚すれば、多くの夫婦は妊娠出産を望む。ただ周囲の家族は反対する場合が多い。もちろん子供は作らないと決めている患者さんもいるが。ただ、妊娠出産となると、主治医も気を使うことが多い。
   統合失調症の患者さんが妊娠を望む場合、私が必ず説明している3つのことがある。一つは、妊娠への薬の影響である。抗精神病薬の大部分は、先天奇形に関し多少あるいはある程度のリスクを持つが、絶対禁忌ではなく、有用性がリスクを上回る場合には投与可能となっている。これは非常にあいまいな表現である。最も望ましいのは、言うまでもなく妊娠初期には投薬をやめることであろう。しかし、私は、減量はしても少量の抗精神病薬を継続してもらっていることが多い。それは、妊娠中に再発して、胎児を含め母体も死亡してしまった苦い経験にもよる。他にも、服薬を中断して妊娠中に再発した例はある。現時点で、妊娠中に服薬継続することでの問題は起きていない。と言っても出生時に目に見える形の異常がないだけであると、批判的な意見を述べられる先生方も多い。確かに、異常児が生まれることは、本人周囲の人達全てに不幸をもたらすので非常に慎重にならないといけないが、だからと言って、概ね安全なのであるから、そして全く服薬していない健康人であっても、異常児を出産することはあるのだから、少量の抗精神病薬を継続服用しているだけの理由で妊娠を禁じるべきではないと思う。今後、安全性については長期間をかけて検証していく必要があろう。ただ、服薬している統合失調症患者さんの多くは、個人の産婦人科からは受け入れを拒否されることが多い。過去には、「幻聴がある患者にどうして妊娠を許可したのか」とか「難しい患者であるのにただ1枚の紹介状を持たせるだけで何を考えているのか」と産婦人科医をひどく立腹させたことがある。新たな生命の誕生を限りなく大切にしておられる産婦人科の先生方のお考えもわからなくはない。出産は多くの統合失調症合併妊娠の経験を持つ総合病院ですることが望まれる。
   次に、遺伝の問題である。どちらか一方の親が統合失調症の場合、生まれた児が将来統合失調症を発症する確率は、明確なデータは存在しないであろうが、15〜20%くらいと思われる。ただ、両親が統合失調症の場合は、50%と高率になる。この話も妊娠を望む方には必ず説明している。ただ、統合失調症の治療はずいぶん進歩してきているので、たとえ発症しても早めに対処すれば最悪の転帰を免れる場合も多いのではなかろうか。
   そして、周囲に協力してくれる人達が存在することが必要だ。妊娠、出産、そしてその後、長期に渡り続く育児は夫婦だけでできることではない。協力者が必ず必要である。
   妊娠出産を望まれる場合は、以上3点は必ず話すことにしているが、最も重要なことは病状の安定化であることは言うまでもない。些細なことで状態が揺らがないこと、そして少量の非定型抗精神病薬「単剤」で維持されていることが条件である。
   現在妊娠中の患者さん達全てが無事出産され、この世に生を受ける子供達を含めて皆が幸せになることを切に望みたい。

   ところで、全く話は変わるが、電子カルテ稼働を10日後にひかえて、今日、多くのスタッフの協力を得て、何度目かの外来リハーサルが行われたが、なお問題が多く、スムーズに進んでいない印象が大である。多くの外来患者を抱える我々の病院の外来は電子カルテ稼働と同時に大混乱になることが予想される。私は以前は電子カルテ化には消極的な人間であった。しかし、軌道に乗ればおそらく業務の飛躍的な効率化につながる可能性は高く、最近は期待が大きくなっている。言葉は悪いが「楽ができる」のである。私は、「楽ができる」ようになる過程において大きな進歩があると信じている。統合失調症の薬物療法において治療の単純化は、患者さんのQOLと満足感を確実に高め予後を良くし、そして医療者側の治療技術のレベルアップにもつながっている実感があるからだ。是非、電子カルテ化の成功をも望みたい。ただ、最初からうまくいくこと、完璧を望むのではなく、うまくいかない時の対処法が重要だと考える。

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