ヤダリンのひとりごと
精神科救急医療施設

平成20年10月15日

  私の勤務する草津病院は、ついに今年の4月1日、広島県精神科救急医療施設の認定を受けた。そして、この10月1日、精神科急性期治療病棟45床の承認を受けた。さらに、11月1日には、もう一つの病棟40床も急性期の承認を受ける予定であり、そうなると、計85床が急性期治療病棟になる。この大きな転換をするため、今年の前半は主に長期入院者の退院が強力に進められた。もう13年以上入院しており、一人で外出困難な患者さんでさえも退院し一人暮らしをしている。訪問看護で一緒に食事を買いに行ったり宅配を利用し、受診はスタッフが送迎する。そこまでして退院していただいた患者さんがいる。退院前には強い不安を訴えていたが、今は、それでも退院して良かったと言う。退院に向けてのスタッフの働きかけには凄いものがあった。
  一時50床以上の空床ができた。しかし、今はほとんど空きがないくらいまで入院者が増えた。6月、7月と月に100人以上の入院があり、9月は病院全体でなんと120人もの入院があった。知っている限り初めてのことである。昨年度が月平均73人の入院者であるからかなりの増加である。初診患者数(入院外来問わず)は、7月以降、月に140〜160人で推移している。昨年度が月平均100人であるからこれも激増している。
   しかし、この急性期に向けての大きな転換はあまりにも遅すぎた。おそらく広島県は救急や急性期医療では他地域に比べ非常に大きな遅れをとってきたと言える。他地域からみると何を今さら言ってるんだと思われるであろう。というのも、精神科救急医療施設数は全国で1000箇所を超え、一つの県に60箇所を超える地域もある。救急医療施設であることが当たり前の地域もあるのである。ところが、広島県は数箇所しかなく岩手県に次ぎ全国で下から2番目に少ない地域である。広島県ではこれまで特定の一病院に救急医療が集中してきた経緯がある。
   急性期化により、皆非常に忙しくなった。受診患者は昼夜問わず来る。今は、当直をしていて何事もないことはまずない。必ず救急車が来るか、初診があるか、入院がある。来られる患者さんも非常に多様化してきた。しかし、やはり精神病圏は少ない。入院期間は極端に短くなった。9月単月では平均在院日数は111日である。数日以内の退院者も多い。治療の結果病状が改善して帰られる場合は減ってきたと言えよう。注意しないといけないのは、緊急避難的なあるいは本質的な治療目的ではない入院が多くてバタバタしている中で、じっくりとある程度の時間をかけて病気を良くしてあげないといけない患者さんにあまり注意が払われなくなる危険性があることだ。救急は一時的な対応、とりあえずの処置で終わることも多いが、その中で長期的にフォローしていくべき患者さんを見落としてはならない。先日、「統合失調症の患者さんが看られていない」と言う看護スタッフがいたが、確かにそうかもしれない。私にとっては救急も大切だが、やはり統合失調症患者さんに急性期から長期的に関わり、病状の安定度やQOLを高めていくことに大きな関心があることに変わりはない。
   スタッフは非常に頑張っていると思う。皆、非常に意欲的である。そしてスタッフの不平不満は非常に少ない。能力的には未熟なスタッフも多く、今後技術を高めていく必要があることは否めないが、人柄がいい人格者が多いと思う。卓越した能力より、人の良さと意欲はとても大切だ。
   今、京都で日本精神科救急学会が開かれている。どうも「身体拘束最小化への取組み」とのタイトルで当院看護部から演題を出しているようである。当院は、身体拘束がほとんど行われていない病院と言っていいだろう。少なくとも精神病状態が悪いという理由で拘束をすることはまずない。拘束は、高齢者の転落転倒防止や身体管理目的に限られていると言えよう。以前、どこかの有名な病院のホームページに治療の流れとして、まず落ち着くまで身体拘束をしますといった内容の記述を見て唖然とした記憶がある。当院は、身体拘束のみならず注射処置も非常に少ない病院である。ある程度の時間をかけ説得したり、スタッフを変えての対応、口腔内崩壊錠や液剤の使用、定期処方に気分安定薬を併用するなどの工夫により、注射剤を必要とすることは激減すると思う。患者さんに治療者側への闘争心を持たせてはいけない。押さえ込んでの注射の使用は、戦おうとする気持ちを惹き起こすものと考える。
   急性期化で一つ大きな山を越えられた。結果的には草津病院は間違いなくいい方向に向かっている。S理事長の運の良さと鋭く的確な判断、そしてまだまだ若いS院長の革新的考え方がベースにある。おそらく今後もますます忙しくなるであろうが、スタッフ全員で力を合わせて切り抜けていきたいものである。

   全く別の薬の話であるが、今年の4月に発売された本邦6番目の非定型抗精神病薬ロナセン(一般名:ブロナンセリン)に少し期待している。使える薬となりそうだ。この薬は日本でしか発売されておらず、今後も日本以外で発売される予定はないらしい。まだまだ経験症例数が少ないのではっきりとは言えないが、ロナセンはおそらくリスパダールと同じ感覚で使え、リスパダールと同等の効果はあり、リスパダールより副作用は少ない印象である。ある程度、自信を持てるようになったら、また報告したい。

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