ヤダリンのひとりごと
侮ってはならない身体症状

平成18年11月26日

   もうかなり昔のことになる。40代の女性でが続いている通院患者さんがいた。さほど重症な印象はなく、咳止めをなんとなく処方していた。ところが、実はすい臓癌の肺への転移が起きていたのであった。しばらくして亡くなったと耳にした。ただの咳だと言って侮ってはならない。胸部のレントゲンなど撮るべきであった。専任の放射線技師はおらず、外来の内科もほとんど機能していない頃の話である。おそらく今なら、まず院内の内科受診をすすめるであろう。そこで重大な異常が発見され、大きな病院を紹介されるであろう。すい臓癌は発見された時には手遅れがほぼ100%であり、この例のように転移症状で見つかったものはどうにもならないではあろうが。
   もう60はとうに過ぎた、女性の患者さん。精神症状が悪化すると幻覚妄想が活発化し拒絶的になり、強制的な入院を余儀なくされるが、治療が始まるとすみやかに落ち着き、とっても愛想のいいおばあちゃんになる。その方は高血圧で、ある総合病院にかかっていた。精神科のみに通院している場合、特別な理由がなくても年に最低1、2回は簡単な血液検査や尿検査などを行う。それは処方薬の副作用チェックの目的が大きいが、そこで身体的な異常が見つかることがある。ただし、身体合併症があり、他の内科などにかかっている場合、検査の重複を避けるため、精神科では検査を省略することがある。この患者さんも内科で検査を受けているとばかり思い込んでいたのがまずかった。少し前から強い倦怠感をずっと訴えておられた。薬の副作用が疑われたが、そういうことは経験的にはほとんどないような処方であった。ただ、薬の副作用は個人差が極めて大きく、大部分の人には何ともないが、まれに過敏に反応する人もいるので否定はしきれない。あまりにもしんどいと言うので、そこでやっと内科で血液一般の検査がされた。かなりひどい貧血で、その原因をさぐる詳しい検査がされ、結局、進行胃癌であることが判明した。数ヵ月後にその患者さんは亡くなった。他院内科での診療内容について、もっと把握しておくべきであった。
   これは、患者さんのご家族の話。腰痛が続き、近くの整形外科で湿布処置などを受けていた。しかし、いつまで経ってもよくならないというので、大きな病院にかかった。しかし、そこで肺癌の骨転移であることが判明し、あんなに元気だったのに数ヵ月後には亡くなった。それを追うように、まもなく患者さんは自殺された。腰痛だからといってバカにしてはならない。
   胸部症状を主とする不安障害とそれに随伴するうつ状態で通院中の80前後のおばあちゃん。この方も糖尿病を合併しており、他の内科で治療を受けていた。不安とうつは良くなったが、意欲低下が続き、ほとんどゴロゴロしてばかりであった。ある時、通院先の内科で極度の徐脈を指摘され、大きな病院でペースメーカーの埋め込み手術を受けた。ものすごく元気になりバリバリに動けるようになった。

   精神疾患の治療中に、身体症状を訴えられることは極めて多い。病気そのものが身体症状を呈する場合もあれば、治療薬の副作用で身体症状を呈する場合もある。また、精神科治療とは全く無関係に体の病気を発症することがある。我々精神科医は、常に身体疾患についても勉強し、異常を感じた場合は、専門家に診てもらうことが重要だ。と同時に、診療内容に関する情報の共有も必要だと改めて考えさせられた。人間ドックや自治体主催の検診などを受けた場合には、検査結果を持参してもらうことにしている。非定型抗精神病薬が処方されることが多くなり、副作用の内容が変わった。従来薬では、パーキンソン症状など神経運動領域がメインであったが、今は、高血糖、糖尿病、肥満、高脂血症といった代謝系の副作用が目立つ。神経運動領域の副作用は、第三者が一目でわかったり、本人から訴えられることが多いが、代謝系副作用は検査によって初めてわかることも多く、長く続くと心臓や脳血管疾患の併発や寿命にも影響が及んでくる。クリニックから紹介されてくる患者さんに聞いていると、非定型抗精神病薬を服用しているにもかかわらず血液検査など全く受けていないあるいは最初に1回しか受けていないと言われることがある。これは非常にまずい。糖尿病は絶対発生させないという気持ちが必要だし、体重増加のある患者さんには常に注意を払うべきであろう。ただ、このあたりは食生活を中心とした生活指導が非常に重要になると考えられる

   私の勤務先は常勤の内科医だけでも6名はいる。おそらくこんなに内科医の多くいる精神科病院はないのではなかろうか。午前午後と内科医がすべての病棟を回る。精神科主治医よりも内科医に接することが多い患者さんもいる。今は検査データもすべて内科医によりチェックされ主治医の元にくる。その意味で精神科医はずいぶん楽になった。精神科治療に専念することができる。ありがたいことである。患者さんの高齢化などもあり、身体症状や合併症管理に多くのエネルギーを費やす精神科病院は数多いと思われる。すべての精神科病院は、内科常勤医を複数名採用すべきであろう。

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