ヤダリンのひとりごと
急性期閉鎖病棟での心理教育〜『ピーナッツ』
平成18年4月6日

  今日は、記念すべき日であった。というのは、急性期統合失調症の患者さんが入院してくる閉鎖病棟で、初めて集団による心理教育プログラムが行われたのである。開放病棟での心理教育は、もう10年以上前におそらく他の施設より早く開始したと思われるが自然消滅し、そのままになっていたが、昨年、新たな形式で再開されている。このたびは、閉鎖病棟の患者さん対象である。グループ名は「ピーナッツ」である。落花生の中にあるピーナッツのような包まれた環境の閉鎖病棟に入院していても、このグループを通じてその殻を打ち破り、退院に向けて、または開放的な環境に出ていって欲しいという思いをこめて、この名前にしたとのことである。参加スタッフは、医師、OTR(作業療法士)の他に薬剤師、看護師、PSW(精神保健福祉士)である。
  心理教育とは、単純に言えば、専門家と患者や家族が、病気や薬についての知識・情報を共有し、かつ対処技能の向上を図ることで再発防止を目指すリハビリテーションプログラムの一つである。(とどこかに書いてあった。)ただ知識や情報を伝えるだけではなく、たとえば、『統合失調症は精神科ではありふれた疾患で、一生のうちには100人に一人は罹患する。そして適切な治療を受ければかなりいい状態にまで回復可能である』と強調し、治療を受ける意欲や希望を高めたり、『当然、薬の副作用はある。しかし、多くの副作用は一時的なもので、時間が経つと軽くなったり、病状が改善し薬が減ると消失する。ほとんどのものは可逆性で、治療者は起こりうる副作用については熟知している』と強調し、不安を軽減するなど、心理的配慮が至るところになされたプログラムである。実生活で発生する問題の解決法や、さまざまな自己対処法についても話題にされる。1クール(1時間程度)が数回のセッションで構成されることが多い。
  本日初めてのセッションは「病気について」であった。参加者(患者さん)は6名であった。実施前には参加前アンケートが行われていた。セッションはやや狭い図書室で行われた。すべて入院後3〜4か月以内の閉鎖病棟の患者さんであり、中には1週間以内や1か月前後の入院者も含まれていた。セッションは、OTRの進行による自己紹介を含めたウォーミングアップから始まった。その後、私の進行で「統合失調症という病気」について学んでいただいた。簡単な資料を準備した。質問を投げかけたり、資料を読んでいただいたりして、一方的な講義にならないように、患者さんに参加していただけるように留意した。そして講演の時のように早口にならぬよう意識した。最後に進行を再びOTRにバトンタッチし、飲み物を飲みながら感想を述べたり質疑応答が行われた。飲み物は、コーヒー、ココア、お茶を選ぶことができた。ただスプーンと砂糖がなかった。資料はファイルに綴じて持ち帰ることが可能であった。終了後にもアンケートの記入があった。全般的に静かなセッションではあったが、参加者は皆、非常に熱心であった。考えがややまとまりを欠く方もおられたが、1時間ちょっとのセッションで誰一人退室することなく、予想した以上に集中して取り組んでいた。これは驚きであった。少し時間が長過ぎたかもしれない。病名告知が行われていることを前提にしていたが、「統合失調症」だとは知らない方、「統合失調症」という言葉を聞いたことがない方がおられたのは、少しまずかったかもしれない。しかし、「自分にぴったりと当てはまることがいっぱいあった」との感想が聞かれ、ほっとした。その他にも、「積極的に学んでいきたい」との前向きな感想や意見が多く、一応、初回のセッションは成功したと考える。急性期の閉鎖病棟でも心理教育は十分やっていけると思った。セッション終了後は、スタッフによるアフタミーティングが行われた。
  ジプレキサを初めとする新規抗精神病薬が処方の中心をなすようになり、急性期症状はすみやかに消退し、比較的早期に病状の安定度を高めることが可能になった。過鎮静がないため活動性が保たれ、情動面の安定化、拒絶や攻撃性といった症状の早期の消失、認知機能の改善効果により、コミュニケーションがとりやすくなった。そして治療への協力が得やすく、リハビリテーションにもスムーズに導入できるようになった。看護者が看護のやりがいを感じ、スタッフが意欲的になり、病棟が明るくなり活性化した。このような環境下で心理教育が行われると、その効果は倍増する気がする。当然のことだが、急性期症状から脱すると、早い時期に心理教育を開始すべきだとずっと私は考えてきた。治療継続と再発防止には心理教育が大きな効果をもたらすはずである。以前からその重要性をわかってはいたが、実現までに長年を要してしまった。他の先進的な施設では当然のように急性期病棟で心理教育が行われており、うちの病院で始められないことに苛立ちを感じていた。しかし、このたび、OT活動の一貫としてついに実現に至った。進行役のOTRが妙に美しく見えた。
  次回のセッションは、薬剤師が主役である。「ピーナッツ」は生まれるまでに時間はかかったが、多職種スタッフによるプログラムは強力であり、おそらく、10年前の心理教育プログラム「SST服薬教室」のように自然衰退することはなかろう。参加した患者さんが病棟に戻ると、この話題が他の患者さんにも伝わり、また新たに参加意欲を高める方々が出てくること、さらにいい治療環境ができていくことが楽しみである。情報の伝え方と選択、集団を意識したセッションの進め方、対象者など今後、さらに工夫すべき点は多いが、遅ればせながら新たに生まれたこのプログラムがさらに発展していくことを期待したい。

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