ヤダリンのひとりごと
最近の草津病院
平成17年10月 8日

   私の勤務する草津病院は、466床、精神科だけでも429床ある。職員も400名を超える。病院が巨大化し、副院長の一人である私でさえ、病院全体のことがなかなか見えない。ただ、スタッフ皆が非常に意欲的に動くようになり、病院が活性化しつつあることは間違いない。引き金になっているのは、来年の医療機能評価認定更新のための受審であろうが。油断していると、流れについていけなくなる。院内さまざまな場所で、勉強会が行われている。カンファレンスもさかんである。院内を歩くと、いろんなところに勉強会後の資料が散らばっている。今年から、新しい医師研修制度が始まり、研修医が来ることになった。研修プログラムを作成するため、院内で行われている活動を調べていくうちに自分があまりにも知らない活動が多いのに驚いた。知らないところでスタッフが一生懸命勉強し、病院の内容を充実させていることがわかり心強く思えた。

   最近の看護師は、一人一人の患者さんのことをとてもよく考えている。当院看護師の作ったホームページを見れば(トップページからリンクしています)、看護師の熱心な取り組みが伺えるかもしれない。看護師イコール美しくかわいい若い女性というのは過去のことになった。特に当院では男性看護師の活躍がめざましい。閉鎖病棟では、できる限り患者さんを病棟外に連れ出そうと必死になっている。「○○さんと一緒に外出してもいいですか」「○○さんに薬の自己管理をやってもらいたいけどいいですか」などと許可を求められることが普通になってしまった。主治医が指示を出すより前に、看護師の方から「こうやっていきたい」との希望が出される。幻覚や妄想着想、妄想知覚に強く動かされ、裸足で腕を振り上げて大声を発する患者さんを客が少ない時を見計らって映画に連れ出したのには驚いた。そこまでしてくれるのである。家族面談の際には「△△看護師さんにとてもよくしてもらい頭が下がる」などと感謝されることが多い。家族にもよく対応してくれている。病棟内や院外でのレクも多く行われている。バーベキューやフルーツ狩り、野球観戦などあちこちの病棟がしょっちゅう院外に出かけている。

   看護師が前向きに取り組んでいることと関連してか、患者さんの見方にも変化が出てきたように思う。すなわち、「良くなった面」に注目するようになったのである。以前なら、「まだ妄想的なことを言っている」「こういう問題行動がある」「寝てばかりだ」という否定的な見方が主であったが、「散歩に誘ったら応じるようになった」「冗談が通じるようになった」「現実的な考え方ができるようになった」など肯定的な捉え方がされることが増えた。これは非常に重要なことである。私は薬物療法の効果を見る時に、些細な改善点を見落とさないことを心がけている。

   開放病棟では、退院に向けた心理教育プログラムが行われるようになった。もう10年も前のことになるが、私が集団での心理教育プログラムとして「服薬教室」を始めたことがあるが、ほとんど見向きもされず、何回かのシリーズ終了後は自然消滅してしまった。誰もこれを継続しようとするスタッフが現われなかった。ところが、今は違う。作業療法士の方から企画されたのである。ただ、治療上重要なプログラムであるにもかかわらず医師の意見を聞かれることなく開始されようとした面が残念ではあった。また、退院後の行き場として、作業所や生活支援センターの見学にスタッフが同行してくれたりする。以前ではとても考えられないことだ。

   個々のスタッフが熱心に活動していることに加え、看護師、薬剤師、作業療法士、栄養士、精神保健福祉士などさまざまな職種が協力して活動を行うようになったことが大きな変化と言えよう。当院には、NST(栄養サポートチーム)が活動しているが、これは精神科病院では、まだめずらしいものらしい。ただ、作業療法部やデイケア課と医局との関係がやや希薄であることに問題が残されているようには思う。

   ところで、最近、当院での注射処置が激減していることが判明した。3つの出来高病棟(1、2、7病棟)における検討であるが、平成15年1月の1か月間に、レボトミンという従来型抗精神病薬が、トータルで234アンプル使用されていたが、平成17年9月の1か月間には、32アンプルまでに減っていた。すなわち、注射を使わない治療に移行してきたことを示している。抗精神病薬の注射は、多くの場合、興奮やまとまりを欠く言動などで自分や他人を保護する必要が生じた時に使用したり、どうしても服薬してもらえない時に、本人の意思に反して使われることが多い。多くの場合は筋肉注射で、お尻や肩に行われることが多い。誰だって注射されるのは嫌である。注射が減った原因として、おそらく、ジプレキサやリスパダールなどの新規抗精神病薬(非定型抗精神病薬)を主体とする薬物療法が行われるようになったこと、リスパダール液やザイディス錠のように、内服薬にも新しい剤形が導入され、通常の錠剤に拒否的であってもこういった剤形なら飲んでもらえること、これらは注射剤と同じくらい即効性であること、そして看護スタッフが、患者さんに苦痛や恐怖感を与える注射処置をできるだけ行わないような心構えで看護に望んでいることがあげられよう。注射処置が減ったという話をナースステーションでしていると、病棟課長さんが、「浣腸することもずいぶん減った」と言う。これも新規抗精神病薬のおかげであろう。抗精神病薬の副作用として便秘があるが、新しい薬剤はこの副作用を減らしたのである。さっそく、医事部の優秀なTさんにお願いして、データを出してもらうことにした。Tさんは、通常業務で多忙な中、2時間後にはデータを送ってくれた。結果は明らかに数字に現われていた。平成15年1月の1か月間に89件行われていたグリセリン浣腸が、平成17年9月の1か月間には30件に減っていた。そう言えば、悪性症候群やイレウス(腸閉塞)などの重篤な副作用も1年を通じてほとんど見ることがなくなった。新規抗精神病薬は、看護スタッフが身体看護にかけるエネルギーをずいぶん軽減してくれたことになる。それだけ、患者さんにかかわれる時間が増えることになる。だから、患者さんを外に連れ出したり、一緒にカラオケレクをすることができるのだ。職員の意欲的、熱心な取り組みと新規抗精神病薬のすぐれた面の相乗効果で草津病院の治療は大きく前進したと言えよう。

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