ヤダリンのひとりごと
2004年をふりかえり・・・
平成16年12月31日

   まもなく、静かに平成16年が終わろうとしている。とにかく早かった。バタバタしているうちに時間が過ぎてしまった。今年は、広島でも最大瞬間風速が60メートルを超えた大型台風、そして新潟県中越地震など自然災害が目立った。そして、なかなか気温が下がり始めなかったために、秋を感じることなく冬に移行した印象があり、12月に入っても「まもなく今年が終わる」という実感がわかず、年賀状を書くのも例年より遅くなってしまった。広島では今朝になり、やっと初雪が散らつき、年越しに間に合うかのように、ようやく冬らしくなってきた。
   私は、29日の日直・当直を終え、めずらしく5連休に入っている。昨夜は、ぼおっと「ザ・ベストテン2004」を見ていた。80年代に活躍したアーティストたちを中心とした生番組であったが、昔のアイドル達は皆、老けていた。変わらないのは司会の黒柳徹子だけだった。もう20年も経過したのだから当然であろうが。私もずいぶん年をとった気がする。体調不良を感じることが少し増えたし、夜中に無理がきかなくなった。徹夜でのさまざまな作業はできなくなった。ますます頭髪は薄くなり、白髪も混じってきた。中年以降でも「冬ソナ」にはまり、感動する人が多いと聞くものの、自分はと言えば、恋愛を経験した頃の細やかな感情や緊張感をほとんど感じなくなってしまった。ちょっと寂しい気がする。「男の40代は脂が乗りきった時期、まだまだこれからだ」と言われるが、私は逆に「あと定年まで15年しかない。もう人生の半分は過ぎてしまった。残された期間は長くはない。いったい何ができるだろうか」などと考えてしまう。
   しかしながら、今年は私にとって比較的充実した年だったと思っている。というのも、さまざまな外人講師の講演を聞く機会が多くあり、私自身も「ジプレキサの急性期における有用性」について数箇所で講演したり、パネルディスカッションに参加し、質問を受けたり意見をいただき、得るものがとても多く、自分なりの考えをまとめることができ有意義であった。これまで、まず病院外へ出かけることなど考えられなかった引きこもりがちの私は、まるっきり違う人間になってしまったようだ。外人講師の講演は、いずれも刺激的な内容で、深く引きずり込まれてしまった。
   ジプレキサという薬剤は、この1年間で統合失調症の薬物療法における私の考え方を変えてしまった。ジプレキサを使うことで急性期の管理は非常にしやすくなった。使い方をあやまると効果がないが、うまく使えば、治療が非常に簡単になり、ほぼ決まった流れで進むことになる。精神病の治療は、その経過に個人差が大きく、一進一退があり、一般的には先を予測しにくいことが多い。ところが、ジプレキサを使えば、だいたい決まったコースを辿りほぼ確実に良くなり、病状の大きな揺り戻しは少ない気がする。従って治療者が自信を持って処方でき、他のスタッフ、患者本人、家族に経過や今後予測される状況を説明しやすい。振り返ると、今年は診察のたびに「あ、この人もやはり良くなった」と感激したことが多い。私にとって今、最も信頼できる統合失調症治療薬はジプレキサである。ジプレキサを処方しない限り、その患者を治療した気にならないし、ジプレキサを使えば、たとえ良い結果が出なくても「ジプレキサを使っても良くならなかった」ととりあえず納得するくらいだ。もちろんジプレキサですべてが解決されるわけではなく、新たな問題点もないわけではないが。今まで、私は特に、急性期での高用量での効果を強調してきたが、最近は、長期経過例においても、長い目で見るとゆっくりではあるが好ましい変化が見られる場合がけっこうあるし、また、低用量でもある程度の効果が得られることを確認している。このあたりは、また改めて述べてみたい。
   統合失調症では、社会心理的治療も当然重要ではあるが、しかし、なんといっても薬物療法は治療の核になる部分だ。2005年には、日本では5番目の非定型抗精神病薬となるアビリファイが発売されるし、夏にはジプレキサの新剤型であるザイディスが使えるようになる。今後も、新しい情報を手に入れ、経験をもとに良質で、周囲に自信を持ってすすめられるような治療を実践していきたい。

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