ヤダリンのひとりごと
セロクエルの魅力
平成14年6月27日

 今日も、また非定型抗精神病薬の話である。平成13年2月に発売された非定型抗精神病薬の一つであるセロクエル(一般名クエチアピン)について私個人の印象を述べる。セロクエルは不思議な薬である。そして魅力的な薬である。なぜか、広島県では特に多く処方されているようである。まずは症例をあげる。

 60歳前後の女性、Sさん。精神分裂病で何年か入院していた。でも病院に入院中であることがわからず、季節もわからず、「だいぶんボケてきたな。いずれ痴呆病棟行きになるのかな」と思っていた。同じ状態が長期間続いた。痴呆かどうかの判別に参考になる長谷川式テストというものがあるが、12点(30点満点)と明らかに痴呆域であった。ところがコントミン150mg/日をセロクエル300mg/日に置き換えることで、Sさんは甦ったのである。ボケていたと思われたのがはっきりしてきたのである。長谷川式テストは29点と正常域になっていた。時に被害的な訴えはあるが、入院中であることもわかるし、上手に編物をこなすようになった。「昨年秋までは自分でもよくわからなかった」と言う。(ある程度の年齢の方でボケたと思われる状態が、実は精神病症状が悪いだけということが時々あるので注意が必要である。)なんと、Sさんは数年ぶりに退院され元気に通院しておられる。そのあたりの普通の奥さんと変わりない。同様の例で、自分の部屋を間違え、外出願いの日付の記入がでたらめであり、やはりボケ始めと思われた50代男性がセロクエルを服用し始め、幻聴は持続するものの、はっきりしっかりしてきたことがある。
 20代の女性、Tさん。精神分裂病で通院中である。約1年前に他院から転医してこられた。無表情で全く感情の動きが感じられない。ほとんど寝てばかりの生活で家から出ることは、まずない人であった。風呂にもあまり入っていないようであった。さらに聞けば「盗聴されている」などの被害的な訴えがあった。これまで投与された抗精神病薬では病状に改善はなかった。ところがセロクエル300mg/日に置き換えることで、彼女は作業所や社会復帰クラブに通えるようになったのである。家族からも良くなったと評価されている。
 30代の男性、Uさん。発病してもう20年以上になる。過去何度も入院歴がある。幻聴や罪悪感が持続している。それが悪化し3か月ほど入院していた。入院時は、いつも自室のベッドにじっと座っており、小声で弱々しく「調子が悪い」と述べていた。レボトミン150mgに最終的にセロクエル600mg/日を上乗せした。すると、みるみるうちに元気になり、作業療法に積極的に参加するようになった。そして退院後も朝早くから起床し、家事の手伝いをばりばりにこなすようになった。社会復帰施設にも通所するようになった。診察時も非常に明るくなり反応が良くなり動作が素早くなった。本人は「とても調子がいい。やっと自分にあった薬にめぐりあえた」と言う。ただ、妄想がやや悪化したようであるが、「どうしても薬を替えて欲しくない」と主張するため、そのまま様子をみたが、それ以上に病状が悪化することはなく、主治医からみると良好な状態が維持されている。
 
 従来の抗精神病薬と比較して効果はさほどすぐれていないと言われることがある。しかし、私はこれはウソだと思う。なぜなら上記のような例を多く経験してきたからである。持続性の幻聴がセロクエル300mg/日ほどで非常に少なくなった例はあるが、確かに抗精神病作用、すなわち幻覚や妄想をとる作用はあまり強くないかもしれない。そのためか病状悪化による中止例が多いとの報告があるようだが、症例を選べば非常にすぐれた薬剤と考える。病状が悪化するのは対象の選び方に問題があるのだ。特に、引きこもりや意欲低下が主な場合、抑うつ的な場合にセロクエルは威力を発揮すると思う。動きや反応がとても良くなり明るくなる。死にたい気持ちが強かったり、朝、起きれない人にも使っていい印象がある。罹病期間が長い、長期入院になっている古い分裂病の患者さんに有効な場合がある。会話量が増えたり、活動的になったり、人の輪の中に入りやすくなる。人格が荒廃して食事の際には飲み込みが悪くむせるし、普段の会話は不能であったのに、嚥下がスムーズになり簡単な会話が可能になった例がある。
 ただ、注意を要するのは陽性症状に対する効果がやや弱いために、動きや反応が良くなり病状が改善したように見えても、数か月経過を見ていると、幻聴や妄想が活発化することが時々ある。薬による病状改善の症例報告に、「ある薬に切り替えて状態が良くなった」との書き方がされるが、多くの場合、ほんの数週間見ただけで結論づけていることがある。そんな短期間だけではわからない。数週間良くても、もっと長期間、経過をみていると悪化する例がある。セロクエルの場合、確かに他剤から切り替えてそういうことが多いような気はする。それが病状悪化による中止という結果につながるのかもしれない。半年くらい様子をみて良好な状態が続けばセロクエルの効果ありと信用していいだろう。どのくらい経過をみてよしとするかは今後の課題である。抗精神病作用が弱いために、過去にあまりにも大量の薬剤を必要としている例、たとえば、ハロペリドール10mg/日以上などでは、おそらく完全な切り替えは困難であろう。また、幻覚、妄想や滅裂思考、興奮などの強い急性期の使用にも向かないかもしれない。
 セロクエルを投与中に悪化する場合、私はリスパダールを追加することが多い。そして比較的すみやかに病状が改善するように思うが、こういった場合、その後、今度はリスパダール単剤で状態がどうなるかを知りたいところである。ひょっとすると2剤の併用で良いのかもしれない。
 セロクエル単剤にもっていければ、それが最も望ましいが、抗精神病作用がやや弱いためにそれが無理なことはある。しかし、そのような場合、従来薬に上乗せするだけでも意欲の改善や引きこもりからの開放には有用なことがある。

 他の薬で副作用が出る場合には使いやすい。セロクエルは全ての抗精神病薬の中で最も副作用が少ない薬であるのは間違いない。副作用による投与中止例は少ないとの報告がある。そわそわイライラしてじっとしていられないとかムズムズ感の出るアカシジアという副作用の場合はセロクエルに切り替えるべきである。首が捻れたり舌が出るようなジストニア症状が出る時もセロクエルに切り替えればいいだろう。また、女性で他の薬剤により無月経や乳汁分泌がある場合もセロクエルに切り替えると良い。抗精神病薬で無月経をきたす場合、セロクエルに移行するとほぼ100%生理が回復すると言われる。ただ切り替えて3か月は様子をみる必要があろう。また、男性の場合なら性欲が戻ってきたと言う人も多い。

 さらに、セロクエルは衝動性に対してや水中毒をきたす場合、治療抵抗例、また老人のせん妄状態に有効との話を聞く。私は老人の患者さんは診ていないが、老人に対しても使いやすいようで、転倒例が減ると言う人もいるようだ。

 時にこの薬を1回だけ飲んで、ものすごい眠気に襲われ、こんなものは飲めないと言う人がいるようであり、セロクエルは鎮静作用が強いなどとの記載があるが、私は鎮静作用は強くないと思う。おそらく眠気が出るとしても最初の数日間だけであり、その後は消失する。セロクエルの場合、持続する眠気のために服用できないことはまずないと考えている。(ジプレキサの場合は、日中眠いと言う人がけっこういるようだ。)副作用としては、時に口の渇きを訴える人がいる。最初は、25mg1錠を朝、夕1回ずつ、その後は比較的急速に100〜300〜600mg/日と増量しても大丈夫である。

 症例を選べば、セロクエルは非常に有用な薬剤だと思う。今後もいかなる場合に有効なのか明らかにし、症例を選択してどんどん使いたいものだ。


 久しぶりのホームページ更新となった。「更新してませんね」とか「ホームページやめたんですか」と言われることがある。思った以上に私のホームページを見ている人は多いようだ。そしてホームページを見て受診される方もかなり増えたように思う。嬉しいことである。今日は久しぶりに外来が早く終了し早く帰宅したため更新できたのである。先日43歳になったせいか無理ができなくなった。帰宅して食事をして、そのあたりで知らぬ間に眠ってしまうことが続くうちに、ずいぶん時間が経ってしまったのである。メールへの返答もしないまま、溜まりに溜まってしまい、どうしようもない状態である。ずいぶん失礼なこととは思っているがどうか許していただきたい。やはり私は、かなりいい加減な人間なのかもしれない。というわけで、これからはゆっくりペースで進んでいきたい。

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