ヤダリンのひとりごと
幻覚・妄想
平成13年11月23日

 精神症状の中でも、幻覚や妄想には目をつけやすい。それは、明らかに普通ではないことがわかりやすいからである。幻覚とは、健康なら聞こえないものが聞こえたり、健康なら見えないものが見えたり、また普通の人には感じない感触を感じたりするといった知覚領域の異常である。妄想とは、現実ではないことをそうだと思い込み、訂正ができない思考内容の異常である。「どこからともなく自分を中傷する悪口が聞こえる」とか「声が自分に命令してくる」とか「通りがかりの人が自分のことを笑っている」とか「自分の行動がカメラで監視されている」といった訴えは精神分裂病の患者さんでよく語られる内容である。
 そして、看護スタッフや我々医師、そして家族も、この幻覚や妄想の有無や程度で病状が良いかどうかを考える傾向がある。ところが患者さんは、どちらかというとそういった病的な体験を語りたがらない。患者さんと親しくならないとなかなか教えてもらえない。おそらく、信頼できない相手にはそのようなことは言えないし、また病状を良く評価してもらいたいがために言わないということもあるだろう。多くの場合、幻覚や妄想が消えるのがいいに決まっているが、それを語ってくれることは病状改善の傾向、そして信頼関係が出てきたと考えられる
 Sさん、中年の男性である。何年か前に私が往診をして、やや強引に病院に連れ帰った記憶がある。当時、幻聴などについて質問しても常に否定していた。ところが数ヶ月入院して退院後、ずいぶん経ってから幻聴を訴え出した。病状の悪化かと思ったが、外見上は穏やかで親しみやすくなってきていた。もうかなり前から聞こえていたようであるが、ただ話さなかっただけのようである。つまり幻聴を訴え出したから悪いのではなく、幻聴を自分から表現できるまで病状が回復したと考えるべきである。それから2、3年経過し、最近、外見上の悪化はないが、幻聴が強くなったとの訴えがあったため、この機会にスルピリド(ミラドール)をリスペリドン(リスパダール)に変更した。(通院中の患者さんに状態悪化の兆しが見えた時、非定型抗精神病薬に変更するチャンスである。)しばらくしてこれまで以上に明るく親しみやすくなり、先日は精神障害者保健福祉手帳を使って無料で、7年ぶりにプールで泳いできたと言う。
 Rさん、中年の女性である。数年前から自然と私の外来に移ってきた患者さんである。子育てをしながら仕事もされている頑張り屋さんだ。どうも薬には非常に弱いようで、数年前のカルテには少量のハロペリドールでかなりの副作用が出たとの記載がある。カルテ上では、病的な体験はすみやかに消失したかのように記載されていたが、私の診察時に彼女は言った。「自分の考えが声になって聞こえてきたり、近所の人が私の悪口を言っているように思うのは、ずっと前からあります。でもそれを言えば薬を増やされるのでこれまで言いませんでした」との事。私の患者さんは実に幻覚や妄想をよく訴える。途中から私が担当するようになった患者さんに「本当は以前からこういうことがありました」と本音を話されることは多い。さて、彼女にはパーフェナジン(PZC)の少量を使ってきたが、最近、幻聴が増強したとの訴えがあったため、この際、非定型抗精神病薬を使ってみようと思ってオランザピン(ジプレキサ)を試みている。10mg/日では多すぎるようで、5mg/日から始め7.5mg/日を使用中でやや改善傾向が見られる。現在、仕事をしていて変薬により、副作用や違和感でその維持が困難になる可能性があったり、薬に過敏で副作用が出やすい場合、オランザピン(ジプレキサ)は使いやすいかもしれない。
 また、最近の新規非定型抗精神病薬の場合、表情や気分、動きや意欲の改善が見られ始めてずいぶん遅れて、幻覚や妄想が薄れてくる印象がある。つまり、ジプレキサやセロクエルを使い始め、効果がある場合、しばらくして明るく穏やかで親しみやすくなるが、その時点では、幻覚や妄想は依然と続いている。そしてやっぱり変わらないかと思っているうちに患者さんから幻覚や妄想について語られなくなり、さらにしばらくして尋ねてみると、「最近、減ってきました」と言う。まず陰性症状の改善が見られ、その後、陽性症状の改善が見られるということになろうが、これまた私の勝手な推測であるが、ひょっとすると陰性症状の改善で「自分」が強くなり自信がつき、幻覚や妄想に打ち勝てるようになるのかもしれない。
 こう考えて見ると、変薬後の明るさ、穏やかさ、親しみやすさ、そして動きや反応の早さが幻覚妄想の程度よりずっと大切な病状の改善についての指標のような気がしてくる。そして、非定型抗精神病薬にますます魅力を感じてくる。非定型抗精神病薬は私に病状の見方についての考え方を変えさせてしまった。しかし、現在、不安もなくはない。まだ、使い始めて数か月しか経たない。薬の真の効果は、長期投与後の再燃、再発の起きにくさによって証明されるであろう。この結果がわかるまでに数年はかかると思われる。

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