非定型抗精神病薬の使用経験
平成13年9月20日
非定型抗精神病薬が4種類も使えるようになり、数か月経過した。今日は、非定型抗精神病薬を実際に使用して得た私なりの印象を記載したい。あくまで私の個人的印象であって、これが正しいかどうかはわからない。必ずしも同じ考えを持たない先生方も多いであろうことは前もってお断りしておく。 以前から、新しく薬が発売されても特に関心を持たなかった私も、非定型抗精神病薬に関しては、非常に興味を持っており実際に処方することが多い。平成13年9月15日現在、私が主治医である入院中の精神分裂病患者さんの約63%に非定型抗精神病薬(すなわち、リスパダール、ジプレキサ、セロクエル、ルーランのいずれか)が処方されていた。もちろん、外来の患者さんに関しては病状が安定されている方が多く、そのような患者さんの薬を必ずしも無理に変更する必要もないため、入院患者さんよりは非定型抗精神病薬の処方率は低いと思われる。 さて、非定型抗精神病薬全般の印象は、今すぐ入院を要する、さらに隔離室を要するほどの重症の患者さんには、従来の薬剤に比べ効果は落ちる印象がある。鎮静に時間がかかったり、むしろ病状が悪化することがある。どうしても単剤(1種類の抗精神病薬)で定められた上限内の量で使うとなると、薬の量が不足することが多い。激しい症状を抑えきらないのである。こういう場合には従来の薬剤をやや多めに使わざるを得ないことが多い。一方、外来通院中でありながら病状が増悪傾向になったり、入院中であっても病状が悪いなりに変動が少ない場合には効果的なようである。さらに、ある程度、病状が安定していて、現在の副作用を減らしたい場合、また今よりももっと良好な状態にもっていきたい場合に、非定型抗精神病薬は威力を発揮すると思う。大雑把な治療より、細かい治療を要する場合に使いたくなる。ただ、現在使われている薬の量がもともとかなり多い例は置き換えの対象にはなりにくいと思う。要約すれば、急性期にはやや弱いが、精神分裂病の安定期に維持療法として、少量を使う時、良さが出てくる。その場合、リスパダールなら2〜4mg、ジプレキサなら10〜15mg前後、セロクエルなら400mg前後が適切なように思う。確かに副作用は少ない。中でもセロクエルやジプレキサは非常に少ない印象がある。そういう意味では処方しやすい。ただ、ジプレキサについては確かに太ってくる人が多いように思う。 4つの非定型抗精神病薬について、どれが最もすぐれているかは言えないと思う。たとえば、リスパダールでうまくいかずルーランで病状が改善する人がいるかと思えば、逆にルーランでうまくいかずリスパダールで病状が改善する人がいる。先ほど、非定型抗精神病薬は急性期に向かないような表現をしたが、4つの薬の中では、リスパダールが多少、急性期に使えるような気はする。4つの薬剤が使用できることは好都合である。1つの薬剤で効果がなくても次々に別の薬剤を試みることができるからだ。 従来の薬剤から非定型抗精神病薬に変わることで、患者さん自身がどういう感じを持つか例をあげてみたい。 Aさん(女性)・・・「明るくなれたと思う」「聞こえてきても(=幻聴は持続しているが)楽である」「アストラムライン(=交通機関)にも乗れるようになった」・・・実際、ずいぶん明るくなった。一人暮らしを始められた。使用薬剤はジプレキサである。 Bさん(女性)・・・「感情の波がとれたと思う」「自分でも落ち着いたと思う」「母にも怒りっぽくなくなったと言われる」・・・以前は涙を流すことが多かったが明るくなった。妄想は続いており引きこもりがちではある。使用薬剤はジプレキサである。 Cさん(男性)・・・「これまで頭の中で右と言われたら首が右に動き、それで正解と言われたりしていた。まるで頭の中に誰かがいるようで、体の中をエネルギーが上がったり下がったりしていた。頭の中での自問自答がいっぺんに消えた。射精するようになった」・・・幻覚妄想がすみやかに消失した例である。使用薬剤はジプレキサである。 Dさん(男性)・・・「作業所で少し意欲が出てきた」「充実感が出てきた」「楽しくなってきた」「疲れてよく眠れるようになった」・・・使用薬剤はセロクエルである。 Eさん(女性)・・・「動きやすくなった」「絵を書きたい意欲が出てきた。またドラムもやってみたくなった」・・・使用薬剤はセロクエルである。 Fさん(女性)・・・「頭がすかっとして意欲が出てきた」「頭の回転が良くなった」「人の話が理解できるようになった」「自分のことが自分でできるようになった」・・・使用薬剤はセロクエルである。 Gさん(男性)・・・「体が軽くなった」「頭の重さがとれてすっきりした」「集中できるようになった」・・・使用薬剤はセロクエルである。 Hさん(女性)・・・「感情の波をコントロールできるようになった」「考えがまとまりやすくなった」「よく眠れるようになった」・・・使用薬剤はリスパダールである。ブチロフェノン系からリスパダールへの切り替えはしやすく、歯ぎしりがなくなったとか、舌が巻きつくことがなくなったなど副作用が軽減しやすい。また睡眠状態が良くなる傾向があると思われる。リスパダールは、セレネースやインプロメンなどブチロフェノン系の薬剤を進化させた薬剤と言える。おそらく注射剤を除き、ブチロフェノン系の薬剤は消えていくのではないだろうか。 Iさん(女性)・・・(家族の話)「動きが良くなった」「明るくなった」「大人の会話ができるようになった」・・・使用薬剤はルーランである。実際、笑顔が増え、会話速度が速くなり、幻覚や妄想に関してもある程度距離をおいて判断できるようになってきた。以前はとても退院は無理だと思っていたが退院できそうになってきた。 一言で言うと、非定型抗精神病薬は幻覚や妄想をとるというよりも「明るくなれる薬」「動きがよくなれる薬」「気分変動が少なくなる薬」という印象を受ける。今は、精神分裂病にしか適応がないが、うつ状態や引きこもり状態の人に使ってみたい気持ちにさせる薬である。非定型抗精神病薬で自殺率が減るのではないかとの文献も見られる。 上記以外にも患者さんから良い評価を受けている例はあるし、また周囲からの観察で、確かに病状や生活が改善している例がある。その反面、もちろん悪化例もある。看護者の中には「新しい薬を使うと状態が悪くなる患者が多い」と非定型抗精神病薬を使う医師を冷ややかな眼で見ている方もおそらく多いと思う。確かに悪化例もあることは認める。しかし、それは新しい薬が悪いのではなく、その薬の使い方が悪いのだと私は信じている。従来の薬剤から切り替えていく場合に、まず新しい薬剤を上乗せして、ゆっくりと元の薬を減らしていく方法が奨められているが、これが早すぎるとうまくいかない。特に、レボトミンなどフェノチアジン系の薬剤からの切り替えについては特に時間をかけてゆっくり変更することが望ましいように思う。 症例を適切に選択し、使い方をあやまらなければ、もっと非定型抗精神病薬の良さを引き出すことができるに違いないと思う。良くなったと思っていても少し時間が経つと悪化することがある。現時点で良い評価を得ていてもそれが続くかどうかはまだわからない。また、目に見える効果が発現するにはずいぶん時間がかかることもあるだろう。従ってここでも、本当の結論を出すには、もっと慎重にはなりたい。即断は避けたい。ある程度の期間が必要だと考える。 もちろん、非定型抗精神病薬に替えれば皆、病状が良くなるなどと言うつもりはない。これですべての分裂病患者さんが良くなるわけではない。過剰に期待をかけることはひかえるべきである。従来の薬剤がぴったりと合う患者さんも当然おられる。それを無理に変えると悪くなる人もいる。特に副作用も出ていないのに変えなくてもいい場合がある。 まだまだわからないことが多い。また、今後、さらに2、3種類の非定型抗精神病薬の発売予定があるらしい。さらに、リスパダールの液剤やジプレキサの注射剤などが使えるようになると、急性期の治療に対する考え方が変化してくる可能性もある。これからも非定型抗精神病薬にますますこだわっていきたい。そして、また「非定型抗精神病薬の使用経験〜その2」をいつか記載したいものである。 今日は、外来日であったが、相変わらず、外来日は戦争のような状態である。息つく暇も無い。こういう時に病棟は「上がって来い」などとコールすべきではない。傲慢なようだが、今後、外来日には原則、病棟には上がらないことを徹底していきたい。それほど外来日には外来診療に集中したいのである。 今、アメリカの同時多発テロ事件で、国際的に緊張状態が続いている。早く平和な日が訪れることを願いたい。 |