ヤダリンのひとりごと
レセプトチェック
平成12年12月3日

 我々医師は、診察だけではなく、その他のあまり知られていない仕事がある。月初めには、レセプトチェックという作業がある。レセプトというのは診療報酬明細書のことである。医師が行った検査や投薬、診療は、きちんと根拠を示して保険者に医療費の一部を請求する。レセプトは社会保険診療報酬支払い基金などで適切な診療が行われているかどうか審査される。
 保険診療においては「この薬はこの病名でないと出せない」とか、「一回の受診でこれだけの日数しか処方できない」などといった細かい取り決めがある。たとえば、「躁うつ病では、最大14日分しか薬を処方できない」とか、「抗精神病薬を処方すると同時に副作用止めを出す際にはパーキンソン症候群の病名をつけておかないといけない」などといったことである。そういった取り決めを守らないと病院には医療費が支払われない。
 気分安定薬として、てんかんの治療薬を使うことがあるが、その際には実際には「てんかん」でなくても事務上は「てんかん」という病名をつけないといけない。そうしないと薬が使えないのだ。不思議な話である。このように、診療現場では一般的であっても事務上では認められていないことが数多くある。事務上、認められるようなレセプトを作らないといけないのだ。本末転倒である。もし、自分のレセプトを見る機会があっても、それをそのまま信じてしまうと時として医療そのものへの不信感を持つことになりかねない。「えっ、私はてんかんなの?」っなことになるであろう。事務的な取り決めは、めちゃな医療を止めたり医療が目指すべきサービスの指針を与えてくれる効果はあるかもしれないが、適切ですすんだ医療提供を行えなくする副作用もある。
 レセプトは医事課が作成し、そのチェックを医師が行う。私の勤務先の病院では、精神科の外来レセプトチェックは毎月2名の医師が順番で行っている。3か月に一度、この作業が回ってくる。数百枚の外来レセプトを見ていると、病院全体の診療の傾向などが見えてくる。病名欄には、「神経症」「うつ病」「うつ状態」の数が激増しているので驚いた。以前は、精神病の患者さんがほとんどをしめていたが、最近は神経症や軽いうつ病が増えていることが外来レセプトチェック上でも確認できる。今回は「薬剤情報提供書」もかなりの数、発行されていた。
 だいたい、レセプトチェック作業は、休日か当直の夜間に行うことが多い。ある程度の時間がかかる。今回は今日、日曜日の日中にこの作業をしたが、終わったら夕方暗くなっていた。くたびれてしまう。途中、何度も休憩をはさまないと前にすすまない。しかし、パズルというか間違い探しクイズのようで月一度の気晴らしになってよい。つまらない会議のために1時間半もじっと座っているよりははるかに楽しい。などと言うと叱られるかもしれない。明朝、医事課の人はどういう反応を示すであろうか。
 話は変わるが、薬剤一部負担金というおかしなものがある。薬剤数に応じて患者さんがお金を自己負担するのであるが、これがまた単純ではない。たとえば、手元に出された薬が同じでも、処方箋の書き方によって薬剤数が変わるのである。以前、こういうことがあった。「薬が減ったのに窓口で請求された金額が増えたので患者さんが怒っている」と聞いた。当然であろう。犯人はこの薬剤一部負担金であった。処方箋を書き換えた際に、薬剤数のカウントが変わってしまったのである。われわれ医師は、病状に応じて薬を処方するだけであるが、事務のレベルでは医師には理解しにくいトラブルが生じていたのである。窓口で支払う医療費にはわかりにくい部分が多い。お金のことだけに受付にはさまざまな疑問や苦情がよせられる。私の病院の事務所や医事課には若くてとても美しい女性が多いと評判であるが、しかし、ただそれだけでは事務の仕事は勤まらないのである。患者さんにわかりやすく説明できる力が要求される。毎日、ご苦労様です。

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