ヤダリンのひとりごと
ムンク
平成12年8月9日

 時々、患者さんが、「う〜んなるほど」と思わせるような、みごとな表現をすることがある。精神分裂病を発症して約26年経過する男性の患者さん。いつもニコニコ、とても穏やかで愛想がいい。通院されていたが状態を崩し数年ぶりに入院した。彼は「ムンクが出る」と訴える。頭が混乱して不安が強く、暴れ出しそうになる感じを「ムンクが出る」と表現するのである。なかなかおもしろい表現だ。
 ムンクは「叫び」で知られるノルウェイの画家であり、版画家である。『陽が沈んでいくところで、雲が血のように赤く染まった。私は自然をつらぬく叫び声を感じた。叫び声を聞いたように思った。私はこの絵を描いた。雲を本当の血の色で描いた。色が叫んでいた』なるコメントがつけられている。この作品には、おそらく分裂病者が感じる不安・恐怖感なるものがとてもよく表現されている。
 ムンクのたとえを使う彼は、自ら入院してほっとした様子であった。無理に入院させられて攻撃的になる患者ばかりではなく、中には自分から入院して安心する患者もいる。彼もその一人であった。診察時には「ムンクは残ってます。朝は平静でも昼ノイズ、夕方ギラギラ、夜プンプンです」などと述べていた。その彼も数ヶ月経過して一人で外出できるようになった。ちなみに使用している薬剤は、ゾテピン(抗精神病薬)である。不調時に追加で薬を服用することも減った。「天然ホリゾンで調子いい」と言う。(注:ホリゾンは薬の名前。)最近の彼は「どんどん悩みが減ってきた。入院するまで鉄人レースのごとし、フルマラソンだった。脳内は雷、ひらめきの連発だった。あれほどガンガンしていたのに脳が静かになった。薬が変わっておさまった」と話す。う〜ん、みごとな表現だ。通院中は、あまり外にも出ず家でぶらぶらとした生活を送っていたと私は思っていたが、彼にとってはフルマラソン、大変だったのである。
 今日も私は「なるほど、みごとな表現だ」と思える患者さんの言葉を書き取っている。
 そして、病院ホームページはなかなか更新されなくても、ヤダリンの個人ホームページはどんどん更新されていくのである。

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