口癖
平成12年5月4日

 「目先のことだけにとらわれてはならない」・・・これは、「なんとかなるよ」とともに私が口癖のように使っている言葉である。
 眠気を訴える患者さんとの対話:「先生、眠くて眠くてしかたがないんです」「眠ければ眠っておけばいい。今は眠りすぎるくらい眠ることが必要だ。これまで眠れなかったのだから今はそれを補う時期だ。今後ずっと永久に眠り続けるわけではない。目先のことだけにとらわれてはならない。きっと良くなる」
 急性期に、薬の副作用を訴える患者さんとの対話:「喉は渇くし、ろれつは回らないし薬がきつすぎます。先生」「喉の渇きやしゃべりにくさは、薬の副作用だ。副作用が出るということは薬が効き始めているということだ。慣れてくるとあまり感じなくなるし、薬が効いて病状が良くなると薬が減ってさらに副作用は軽くなる。ずっとこのような状態が続くわけではない。目先のことだけにとらわれてはならない。今が大切だ。十分量の薬で病気を押さえ込むことが必要だ。きっと良くなる」
 退院を焦る患者さんとの対話:「先生、こんなところでぶらぶらしておられないんです。早く退院して仕事をしないと」「今はゆっくり療養することが必要だ。目先のことだけにとらわれてはならない。今、退院した場合、短期間なら仕事はできるかもしれない。目先のことだけを考えるならそれでもよい。でも長続きしない。すぐ病気が悪くなる。そしてまた入院だ。その時は、また君も周囲の者も苦しむことになるだろう。今が一番大切な時だ。君の残りの人生何十年もがどうなるかを決定づける重要な時期だ。目先のことだけにとらわれてはならない。とにかく十分な治療と休養が必要だ」
 精神科の治療は、長期的に考えることが重要である。確かに、激しい症状は比較的すみやかに消失することは多いが、あまりにも早い病状改善を喜んでいると、まもなく揺り戻しがくることがある。本当の病状安定化にはある程度の時間が必要である。上記のようなやりとりを読めば、かなりいい加減な応対をしているように思われるかもしれないが、これでうまくいくのである。
 話は変わるが、我々のような仕事をしていると、なぜか時に恋の悩み相談を受けることがある。「今すぐにでも結婚したい。彼のことが好きで好きで、もうどうしようもないほど好きで」と何も見えなくなっている彼女に「目先の幸せだけを求めるな。燃え上がってすぐ消えてしまう恋愛よりも、ずうっといつまでも永遠に愛し合えるほうがいいだろう」とアドバイスする。ここでも「目先のことだけにとらわれてはならない」が使われているのである。

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