Q | 先生はジプレキサを多くの方に処方されているとお聞きしましたが、ジプレキサに対する印象を教えて下さい。 |
A |
■ジプレキサは、現在、統合失調症の薬物治療において私が最も好んで処方している薬の一つです。調べてみると平成16年5月に私がジプレキサを処方した患者さんは、約115名いました。 ■ジプレキサの一般名は、オランザピンと言い、非定型抗精神病薬の一つです。日本では、統合失調症の治療薬ですが、海外では、躁うつ病の治療薬としても使われています。 ■ジプレキサは、1996年、アメリカ、イギリス、ドイツ、カナダなどで最初に発売され、これまでに1400万人の患者さんに処方されたとのことです。日本では、平成13年(2001年)6月に発売されました。 ■これまで抗精神病薬では、副作用として、体がこわばる、姿勢が悪くなる、手が震える、ろれつが回りにくくなる、イライラじっとしていられないなどの錐体外路(すいたいがいろ)症状が起きるのが当たり前でしたが、ジプレキサではこの副作用はほとんど生じません。薬の量をある程度増やしても生じません。これは非常に重要なことです。他人から見て、外見上、服薬していることが分からないからです。一目見て患者さんだと誰だって思われたくないはずです。また、錐体外路症状を押さえるための副作用止めとして使われる抗パーキンソン薬を併用する必要もまずありません。 ■男性で、勃起困難や射精障害、女性で無月経や乳汁分泌などの副作用がほとんど起きません。これらは、薬をやめたくなる大きな理由になっているにもかかわらず、人に言いにくいため表面化しにくいものと思われます。リスパダール(リスペリドン)では、特にこの副作用に悩む方が多いようです。怠薬して再入院に至った男性患者さんに聞くと「薬を飲むと精子が出なくなるから」と言われる方がけっこういます。こういった場合、ジプレキサに変えると、ほとんどの場合、解決します。性的快感が得られること、性生活が楽しめることは充実した生活を送る上で大切なことだと思います。 ■統合失調症のさまざまな状態に使えます。すなわち、幻覚妄想状態、昏迷状態、緊張病性興奮状態、うつ状態、無為自閉状態などです。特に、急性期の滅裂興奮状態、攻撃や拒絶が強い場合に、最初からジプレキサ高用量を用いる事で、短期間で劇的な効果が得られることがあります。すなわち、通常のコミュニケーションが早期に可能になります。それでいて、経過中、病状の逆戻り、すなわち悪化が少ない印象があります。また、これまで急性期が過ぎると、いわゆる「休息期」と言い、何もせずゴロゴロして眠りすぎのような時期がくるのが通常の経過とされてきましたが、その「休息期」が浅く短くなる印象があります。つまり早く健康時の生活に戻れたり就労できることになります。経過中、抑うつ的になることも少ないようです。昔に比べて退院時の患者さんが生き生きしていると評価した病棟看護者がいました。 ■これまでの薬からジプレキサに切り替えていくと、動きや反応が良くなり、明るくなり、会話が増え、外に出やすくなるようです。また、頭がすっきりして物事が考えやすくなるようです。学習能力、注意力、遂行能力など認知機能を改善することが神経心理学的な検査を用いた研究により証明されています。 ■ジプレキサでも幻覚や妄想がとりきれない人はけっこういると思いますが、それでも日常生活はしやすくなり、そのような病的体験を言葉で表現できるようになります。以前は、診察の際、質問に「何ともありません」「いいえ、そんなことはありません」とだけしか言わない人が多かったのですが、最近の患者さんはけっこう会話が続く場合が増えた気がします。 ■職業リハビリの継続や、仕事に就ける割合がジプレキサを服用している患者さんでは従来薬と比較して高いという興味深い海外データがあります。 ■処方が単純化できることもジプレキサの強みです。処方はできるだけシンプルにするべきだと考えます。調剤するにしても飲むにしても間違いが少なくなります。私は常に行数の少ない、すなわち薬の種類数の少ない処方箋を目指しています。ジプレキサを使うと、それが実現できます。副作用止めなど併用薬が減らせるし、錠剤数や服薬回数を減らせるため、服薬が楽になります。長期間にわたり服薬を継続していくためには非常に重要なことです。 ■最初から主剤の変更なくずっとジプレキサで通せることが多いように思います。主剤として、ある薬剤をまず選んでも、効果が不十分であったり、別の状態像に移行したり、副作用が生じたりするため、途中で他剤に変更せざるを得ないことは多いものです。でもジプレキサを最初に選ぶと、そういうことが生じにくい印象があります。これも重要なことです。主剤を変更すると、しばらくはその効果や副作用の出方を観察する必要があるので安定したと判断できるまでの期間が延びるからです。入院の場合、主剤変更が多いと入院期間が延びることにもつながります。 ■セロクエルなどと違い、安定した状態を長期にわたり維持する効果も高いと思われます。薬そのものによる再発予防効果の高さに加え、服薬継続が楽に達成できることにより、さらに再発が強力に防げると考えられます。 ■高用量を使うことで、これまでなかなか良くならなかった病状を改善させる場合があるという報告が見られます。また、私自身も難治例に対する効果を少しずつ感じ初めています。 ■ジプレキサの問題点は、やはり太りやすいことでしょう。時に極端に体重が増えることがあります。しかも体重が増える場合は、飲み始めてから短期間に急速に増えます。一方、ほとんど増えない人もいるし、長期間飲んでいる内に少しずつ減る場合もあるようです。 ■日本では糖尿病に禁忌になっています。これは非常に残念なことです。ジプレキサは糖尿病を発症しやすくすることは確かのようですが、禁忌であるのは国際的に見た場合、日本だけとのことです。日本では糖尿病を合併した統合失調症の患者さんを切り捨ててしまうことになるわけです。治療経過中に糖尿病を発症すると使えなくなるわけであり、なんとかして欲しいものです。 ■時に、少量でも眠気や倦怠感が出る場合があります。しばらく経過をみていると軽減することも多いと思われますが、一部の方はどうしても他剤に変えざるを得ないことがあります。 ■ジプレキサの良い面を強調しすぎた気がしますが、もちろんジプレキサで統合失調症すべての治療がうまくいくとは考えていない事をつけ加えておきます。ただ、糖尿病ではない統合失調症のすべての患者さんには一度は試してみたい薬です。 ■最後に、もう一つ残念なこと、それは急性期や難治例に高用量で効果があるにもかかわらず、保険診療上、上限が一日20mgとなっていることです。海外で20mg/日と40mg/日の有効性と安全性に関する比較検討試験が行われるそうですが、早く、おおっぴらに高用量が使えるようにしていただきたいものです。 ■平成17年にはジプレキサの口腔内崩壊錠「ザイディス」が、そして平成18年にはジプレキサの筋肉注射製剤が日本でも発売予定であり、さらにジプレキサの良さが引き出されるものと期待しています。 (2004.8.22) |