TOPIC No.9-5 アイスマン

Index
1.アイスマン、2.世界四大文明、3.ノアの大洪水/大洪水伝説

TOPIC No.9-5 アイスマン

(紀元前3200年頃の新石器時代人)

アイスマンは1991年アルプス・チロル地方の氷河の中から見つけられました。
01. 5000年前の男〜20世紀最大の発見、アイスマンの謎〜 by不思議館
02. アイスマン(エッツィー)って誰?by進化研究と社会 用語集
03.氷河から来た男「アイスマン」:南チロル考古学博物館 byJapan-Italy Travel On-Line
04.アイスマンのハプロタイプ(2006.02.11) by Megurigami Nikki
05.アイスマンは無性子病で、はみ出し物だった?(2006年02月06日)うえぽんSW局
06.日替わり科学news:アイスマンと妄想 (2006/02/07) by[ EP: end-point 科学に佇む心と身体Pt.2]
07.アイスマンの呪い 7人目の犠牲者―濠(2005/11/08) byコレカラ.com
08.アイスマンの呪い―伊(2005/05/27) byコレカラ.com
09. アイスマン殺人事件:5300年前の殺人事件を追え!(May05,2005) by話題のナレッジベース
10.アイスマンの謎は続く?世界最古の殺人事件(2005/03/01) by大学への基礎数学-雑記帳
11. 5000年ミステリー アイスマンはなぜ死んだ? (2004年02月05日放送)奇跡体験!アンビリバボー by Fuji TV
12.5300年前の石器時代人, アイスマンのDNA解析(DNA Analysis of the "Iceman")
13.氷河に突如出現した謎のミイラの正体を追え!(2001/02/11) F.E.R.C Research Report - File No.0936
14.アイスマンは肉を食べたか?(2001年01月05日) BioNews Archive
15.氷河から甦ったアイスマンの真実(2000年08月号)by日経サイエンス
16.鍼治療の起源は中国ではなく古代ヨーロッパにあった?(全日本鍼灸学会雑誌第49巻1号 1999年 27頁)
17. アイスマン byフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
18.アイスマン 5000年前からきた男 (ノンフィクション知られざる世界) bk1
19.5000年前の男―解明された凍結ミイラの謎 (文庫) by amazon.com

Otzi the Iceman Infertile Outcast?

Feb.06,2006 Discovery News Article

【イタリア】ミイラの「エッツィー」は社会のはみ出し者だった!?

2006/02/05 (Excite News) 2ch

◇アイスマンは社会のはみ出し者だった!?

[ミラノ 4日 ロイター] アルプス山脈で5,300年前の石器時代の人間のミイラが発見されたが、この人物は当時の社会において子供がいない『はみ出し者』だった可能性があることが最近の研究で明らかになった。

アイスマン「エッツィー」の愛称で知られるこのミイラのDNAを、イタリアの 人類学者フランコ・ロロ氏が調べたところ、精子の量が少ない男性に見られる典型的な特徴を2点発見したという。

このような男性のほとんどが、無精子病と考えられている。

サウスチロル考古学博物館は声明で、「これまでの調査により、アイスマンが父親になれなかった可能性を否定できないことが分かった。そう仮定すると、当時の社会において彼がどのくらいの立場にいたのかという疑問が発生した。 検討の結果、アイスマンは『はみ出し者』だったとの見解に至った」と発表した。

アイスマンはイタリアとオーストリアの間にある山で1991年、ハイカーによって発見された。

2001年には研究者がエッツィーの肩甲骨から矢じりを発見し、着用していた服や手の傷跡からは4人の血液が検出され、戦いの末に殺害されたのではと考えられた。 ポケットに入っていた薬や、所持していた精巧な武器からリーダー的存在だったと当初は考えられ、また、部族間の争いで殺害されたとみられていた。 しかしこの見解とは反対に「彼は社会のはみ出し者だった」とする見方もあった。

ロロ氏はさらに、アイスマンのDNAをヨーロッパ発祥の人種のものと比較してみたという。

その結果、アイスマンのDNAは今日でもミイラが発見された地域で暮らす少数民族のものと似ていることが判明した。ロロ氏の最新の研究結果は『American Journal of Physical Anthropology』の2月号に掲載される。

Infertility link in iceman's DNA

03 February 2006 by Rebecca Morelle(BBC News science reporter)

アイスマンの呪い? 伊の凍結ミイラ、関係者7人死亡

2006年01月12日 人民日報 「asahi.com」

イタリア北部のアルプスで発見された約5300年前の凍結ミイラに関係した7人が次々と死亡し、「アイスマンの呪いではないか」などと伊メディアが報じている。この男性ミイラは伊北部ボルツァーノの考古学博物館で公開されているが、宗教関係者らからは「発見場所へ戻し、手厚く葬った方がいい」との声も出ているという。

ミイラは91年9月、イタリアとオーストリアの国境にあるアルプスの氷河で見つかった。冷凍されたミイラとしては世界最古という。弓矢に当たって死んだとみられており、「他の狩猟者に撃たれた」「戦死した」などの説がある。保存状態が良く、世界中の学者らの関心を集めた。「エッツィ」と名付けられたが、「アイスマン」と呼ばれることが多い。

ANSA通信などによると、最初に亡くなったのは、オーストリア人法医学者のライナー・ヘンさん(当時64)。発見した時に素手でミイラを遺体の保存袋へ入れた人物で、93年に交通事故にあった。ヘンさんを現場へ案内した登山家のクート・フリッツさん(同52)も同じころ、雪崩に巻き込まれて亡くなった。同行していた登山仲間で亡くなったのは、フリッツさんだけという。

3人目は発掘を撮影したオーストリア人のカメラマン(同47)で、04年8月に脳腫瘍(しゅよう)で死亡した。その2カ月後には、最初の発見者の登山家ヘルムート・ジーモンさん(同67)がオーストリア山中で遺体で見つかった。滑落死とみられる。発掘チーム長だったドイツ人男性(同45)は、ジーモンさんの葬儀に参列した数時間後に心臓発作で亡くなったという。

6人目は昨年4月、多発性硬化症の合併症で亡くなったオーストリア人考古学者(同55)。インスブルック大のアイスマン研究室長だった。同年10月にはオーストラリアの学者トム・ロイさん(同63)が、自宅で遺体で見つかった。遺伝性の血液病が死因とみられるが、アイスマンのDNAに関する本の出版を間近に控えていたため、メディアは「呪い?」などと一斉に書き立てた。

ミイラがある博物館は、温度や湿度が氷河と同様に保たれ、来館者は小窓からのぞく形で見ることができる。

Old News 5300年前の男 エッツィー

2005年12月30日(共同通信)byDie Verwandlung

【ローマ30日共同】イタリア紙レプブリカによると、同国北部の山中で1991年に見つかった約5300年前の男性のミイラをめぐって、研究者ら関係者計7人が交通事故や病気で次々と亡くなり「イタリア版ミイラののろいか」と話題になっている。

ミイラはアルプスの氷河から見つかり「エッツィ」と名付けられた。

亡くなったのは、ミイラを触った病理学者や、病理学者のガイド、発掘の様子を撮影した記者、ミイラの発見者ら。一番最近では今年10月、オーストラリアの学者が血液病で死亡、ミイラのDNA鑑定を本にまとめていた最中だった。

ミイラののろいで有名なのは古代エジプトのツタンカーメン王で、1922年に発掘された王墓の発掘関係者が次々に死亡したとのうわさが広まり「ファラオののろい」として恐れられたことがある。

'Otzi Curse' Strikes Seventh Person

Nov.04,2005 Discovery News Article

Scientist seen as latest 'victim' of Iceman

April 20,2005 The Guardian

環境考える「アイスマン」

2005年04月07日 読売新聞 Yomiuri On-Line

 愛・地球博(愛知万博)の長久手愛知県館で上演されているステージショー「地球タイヘン大講演会」に、アルプスの氷河から発見された5300年前の男「アイスマン」が主役のひとりで登場している。温暖化による地球環境の悪化と、それに立ち向かうモノづくりについて考えてもらう案内役だ。愛知県館のプロデューサーの山根一眞さん(ノンフィクション作家)の特命を受けて、アイスマンの精巧なレプリカの借用交渉にあたったジャパンイタリア・ドットコム社(ミラノ市)の大島悦子・代表取締役に「秘話」を聞いた。(西村 公秀)

 ――アイスマンは、いつ、どこで発見されたのか。

 「1991年にアルプス山中の氷河の一部が溶け、ミイラ化した遺体が見つかった。調べてみると、5300年前の男性だった。現在、北イタリアのボルツァーノ市にある南チロル考古学博物館に収蔵されている」

 ――アイスマンと環境問題との関係は。

 「アイスマンの遺留品のなかに、火をおこすための火種があった。山根さんは、アイスマンが持ち歩いた『火』が、様々なものを燃やし、やがて産業の発展から地球温暖化が進み、ついに自らを覆っていた氷河を溶かしてしまった、というストーリーを考えていた」

 ――交渉役を務めたきっかけは。

 「昨年6月、旧知の山根さんからアイスマンの下見と愛知県館への出演交渉を頼む、と言われた。初めて訪れた南チロル考古学博物館で見たアイスマンの現物は、世界で最古の『ウェット・ミイラ』と呼ばれるだけあって、5000年以上の時を経たものとは思えない新鮮な色気のあふれるものだった」

 ――交渉の経過は。

 「実物そっくりに複製したレプリカと遺留品が欧州各地で巡回展示されていたので、すぐに見に行った。山根さんとは、昨年8月末に考古学博物館を訪ね、館長にレプリカの『出演』をお願いした。山根さんは、地球誕生から始まり、二酸化炭素など温室効果ガスの削減を各国に義務づけた京都議定書の発効にいたるまで、2時間も力説した。最後に、環境を考える愛知県館にアイスマンが欠かせないと訴えた」

 ――今月10日まで名古屋ボストン美術館(名古屋市中区)、19日から5月8日まで豊橋市自然史博物館で「アイスマン展」が開催される。

 「愛知県館でも、英国BBC製作のレプリカが4月12日から17日まで展示され、大講演会のあとに見ることができる。大講演会は、地球環境の悪化という深刻なテーマを扱っているが、最後には風力や太陽光発電などの新技術を生かしていくという未来への決意のメッセージにつなげることができた。人類の歴史というのが観念的なものではなくて、一人ひとりの人間の営みや思いから築かれていることを、実在するアイスマンによって伝えることができたためだと思う」

アイスマンの出生場所(Iceman Origins)

October 31, 2003 Science (AAAS) Vol.302

 イタリアとオーストリアの間のアルプス分水界に沿った氷河から発見された保存が良好な氷結ミイラ、アルプスのアイスマンはヨーロッパの新石器-銅石器時代の衣服と狩猟の装備を持っていた。

 アイスマンは死亡時約46歳であり、5200年位前に生きていた。

 Mueller たち(p.862;Holdenによるニュース記事参照)は、その歯のエナメル質や象牙質、皮質骨や海綿骨、及び腸内遺物の同位体分析により、アイスマンの生まれた場所と移住場所を突き止めた。それによると、アイスマンはアルプス分水界の南、約60キロメートルの範囲内で彼の全生涯を通して生活したが、その範囲内でも、幼年時代と成年時代とは異なる地域で暮らしていた。(TO)

最後の食事は「シカ肉と穀物」 5000年以上前の男性アイスマン

2002.09.17 Kyoto Shimbun News

 【ワシントン16日共同】一九九一年にイタリアのアルプス山中で、凍り付いた状態で見つかった五千年以上前の男性、通称「アイスマン」の胃の内容物を調べた結果、死亡する直前、シカやヤギの肉や穀物を食べていたことが分かった。

 イタリア・カメリーノ大などのグループが報告をまとめ、十六日、米科学アカデミー紀要の電子版に発表した。

 研究グループは、アイスマンの腸内に残っていた物質の遺伝子を解析。最後の食事はアカシカの一種とみられる肉と、イネ科と思われる穀物との結果を得た。

 また、結腸部分に残っていたこれより前の食事は、野生のヤギの肉や別種の植物や穀物であることも分かった。

 同時に発見された花粉の分析などから、標高三千二百メートルの山地で死亡する直前は、比較的標高の低い針葉樹林帯で食事をしていたとみられるという。

 アイスマンの体内から、当時狩猟に使われたとみられるやじりが見つかっており、猟師同士の争いや部族間の紛争で負った傷が死因と考えられるという。

 グループは「シカやヤギの肉などを食べていたことは、アイスマンが猟師だったらしいとのこれまでの説と一致する」としている。

アイスマン

1998年1月21日(水) 愛媛新聞社

 一九九一年、アルプス山中において氷漬けの状態で発見された「アイスマン」がイタリアに運ばれた。オーストリアとの間で所有権論争が続いていたが、国境から百二十メートルほど入り込んでいたのが決め手となった。

 ▲両国が争ったのも無理はない。当初は数十年前の遭難者と思われていたのに、なんと五千三百年前の新石器時代を生きた人物だった。身長一六〇センチ、二十五歳から四十歳の男性は毛皮の帽子をかぶり、革製の上着・ズボン・靴を着用していた。

 ▲木製の弓矢と鋭い石の短剣。背負いかごなどの中にはシカ角の針、錐、木の実、薬に使ったらしいキノコ…。銅製のオノも手にしていた。つまり彼自身がタイムカプセルである。日本なら、生活道具を持った縄文時代中期のミイラが発見されたような価値がある。

 ▲近代文明への警告も多い。毛髪の残存金属量は現代人とは比較にならない低い数値を示した。研究に当たったシュピンドラー博士によると、それだけ大気がきれいで、汚染されていない食べ物を採っていた証拠という。虫歯は一本もなかった。

 ▲アイスマンの身に何が起きたのか。博士は著書「五〇〇〇年前の男」(畦上司訳、文芸春秋 "Der Mann im Eis")でこう推理する。彼の職業は羊飼い。 放牧から帰ると、村は何者かの焼き打ちにあっていた。冬が近づくアルプス越えで逃げようとして行き倒れ、その上に雪が積もった―と

 ▲博士は、遺品を分析して、アイスマンの故郷を北イタリアのヴェノスタ地方とみている。今回保管が決まったボルツァノと近い。 五千三百年を経てようやく故郷に帰ったことになる。それでも、一般公開でなおしばらくは静かに眠れそうにない。

鍼治療の起源は中国ではなく古代ヨーロッパにあった?

by研究部 中村行雄、川喜田健司(明治鍼灸大学生理学教室 川喜田研究室)
 (全日本鍼灸学会雑誌第49巻1号 1999年 27頁 に掲載されたもの)by川喜田研究室ホームページ
関連新聞記事(情報提供:中田和宏先生(財)東洋医学臨床研究所)
1. 北陸中日新聞 1998.10.20記事,2.北陸中日新聞 1998.10.20記事,3.北国新聞1998.10.20記事

はり治療の元祖は 中国ではなく欧州 !?

【ウィーン=ロイター】(1998年10月21日:日本経済新聞)
 1991年、イタリア北部の大氷河で発見された5千2百年前の男性の凍結死体、通称アイスマンに鍼治療らしき跡があることが分かった。

 調査に当たったドイツ鍼治療協会のフランク・バール博士によると、アイスマンの背中や足に入れ墨があったが、これらのほとんどが背中の痛みやリューマチを治すための鍼治療のツボの位置と一致したという。

 中国は約3千年前に鍼治療を開発されたといわれるが、バール博士はそれより2千年以上も前に欧州で既に行われていた証拠であると指摘、「アイスマンが今日わたしに鍼治療を求めたとしたら、残されていた入れ墨と同じ位置に鍼を打っただろう」と感嘆している。   

  ※詳しい情報がまだ入ってきませんので、事実の程は分かりませんが我々鍼灸師にとってはたいへん興味深い話題です。ただ、鍼の起源はバール博士のいう3千年前ではなく1万年前にさかのぼります。へん石と呼ばれる1万年前の石鍼がその証拠とされています。

 また、ブッダの侍医のジーヴァカは手に薬のうと鍼を持って生まれたとの伝説があり、鍼の起源はインドであるとの説もあります。情報が入りましたら続報をお知らせします。(byなかむら鍼灸治療センター)

アイスマンの子孫

 ヨーロッパで大昔の氷河期に氷に閉じこめられた人類が発見されています。「アイスマン」と呼ばれており有名ですが、このアイスマンの遺伝子が解析されています。そして、現在のヨーロッパ人の遺伝子と比較したところ、イギリス、イタリアなどから数十人のアイスマンの子孫と思われる人々が見つかりました。一人のアイスマンがヨーロッパ中に子孫を持っているのです。(by Dr. Yamamoto's Homepage)

最新の研究の成果は、話題の本、 「イヴの七人の娘たち」(ブライアン=サイクス著、大野晶子訳、ソニー・マガジンズ、2001年)にまとめられている。 byみとこんちゃん

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