TOPIC No.6-33 ナノテクノロジー

01. ナノテクノロジー by YAHOO! News
02. ナノテクノロジー byケムステニュース(blog)
03. ナノテクノロジーの市場調査レポート Nanoinfo.jpn
04. 重点4分野「ナノテクノロジー・材料」 首相官邸キッズルーム
05. ナノテクノロジー総合支援プロジェクトセンター(文部科学省)
06. ナノテクノロジー政策研究会中間報告 by経済産業省
07. 総合科学技術会議
08. ナノテクノロジー byフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
09. ナノテクノロジーとは? by京都高度技術研究所
10. ナノテクノロジー産業 (1 July 2006) UK Trade & Investment

ナノ粒子

2005年09月21日 東奥日報

 直径1万分の1から100万分の1ミリ程度の微細な粒子の総称。 炭素原子でできた球状分子の内部に薬などの物質を入れるタイプのほか、金属粒子を使った触媒の研究開発も進んでいる。 光を拡散させる粒子を混ぜた日焼け止めなど、化粧品への応用も有望視されている。一方、ディーゼル排ガスにも含まれ、環境中で濃度が高くなることも判明。 血液を通じて生物体内に侵入、蓄積しやすいことなどから、生物への悪影響も心配されている。


ナノ物質の安全性を研究 厚労省が毒性など検証

2006/07/02 The Sankei Shimbun東京朝刊から

 情報技術(IT)製品や化粧品などに幅広く使われ始めた「ナノ」サイズの物質について、厚生労働省は1日までに、毒性の有無などの安全性を調べる本格的な研究に着手した。

 ナノ物質は、ナノテクノロジー(超微細技術)の材料として国主導で産業化が進んでおり、今後急速に日常生活での利用が広がるとみられている。だが健康への影響はよく分かっていない上、分析の仕方も定まっておらず早急に対応する必要があると指摘されていた。このため同省は、研究班で評価手法を開発、動物実験などで体内への吸収状況や病原性を3年計画で検証する。

 ナノ物質は1万分の1ミリ以下程度で、原子からDNAぐらいの大きさ。材質は金属や炭素などさまざまで、形状も粒子や管状など多様だ。

 IT製品では集積回路の超小型化やパソコン画面を薄くするのに使われ、化粧品では皮膚への浸透力を高めるなどの目的で実用化されている。スポーツ用品の強度や弾力を高めたり、薬を包んでがんなどの病巣を狙って運んだりするなど、多くの分野、用途で有力視されている。

 一方、動物に吸入させると複数の臓器や中枢神経系で検出されるといった悪影響の可能性を示す結果も報告されており、安全性は未知数だ。

 研究班では、ナノ物質が体に蓄積した場合の計測法や有害性の評価手法を開発。肺や腸、皮膚からの吸収性や、体外への排出状況を調べる。脳や胎児への移行のほか、製品の製造や使用の際にナノ物質にさらされる恐れがあるかどうかも検討する。経済産業省も今年度から同様の研究を本格化している。

 樋野興夫順天堂大教授(病理学)の話「ナノ物質は必ずしも危険とはいえないが、体内に蓄積するかもしれず、病原性を調べることは必要だ。アスベスト(石綿)も微細物質であり、ナノ物質が第二、第三のアスベストにならないよう、健康への悪影響がないのかなど批判的な視点も重要になる」

ナノ物質は安全か 厚労省が“予防措置”

2006/06/25 中国新聞ニュース

 情報技術(IT)製品や化粧品などに幅広く使われ始めたナノ(10億分の1)サイズの物質について、厚生労働省は1日までに、毒性の有無などの安全性を調べる本格的な研究に着手した。

 ナノ物質は、ナノテクノロジー(超微細技術)の材料として国主導で産業化が進んでおり、今後急速に日常生活での利用が広がるとみられている。だが健康への影響はよく分かっていない上、分析の仕方も定まっておらず早急に対応する必要があると指摘されていた。このため同省は、研究班で評価手法を開発、動物実験などで体内への吸収状況や病原性を3年計画で検証する。

ナノテクノロジー分野の国際標準化検討 ISO/TC229第2回総会が東京で開催へ

2006/06/20 EICネット

 国際標準化機構(ISO)は、ナノテクノロジー分野の国際標準化を推進するために新設した専門委員会「TC229」の第2回総会を、2006年6月21日から23日まで、東京・江東区の(独)産業技術総合研究所東京臨海副都心センター内で開催する。

 ナノテクノロジーは原子や分子といったレベルの細かさで物質を加工・制御する技術のこと。IT、バイオ、環境、エネルギーなど多様な分野での応用が期待されており、市場規模は2010年に20〜26兆円に達するとも言われている。

 ISO/TC229はナノテクノロジー開発利用の促進、社会の理解促進に寄与することを目的として05年5月に設置された委員会で、05年11月の第1回総会では、「用語・命名法」、「計測計量・特性評価」、「健康・安全・環境」の3つのワーキンググループ設立が決定されている。

 第2回総会では、世界15か国約100名の専門家が参加し、3つのワーキンググループに関する国際規格開発について、具体的な議論が開始される予定。【経済産業省】

木材防腐処理にナノテクノロジーを利用

2006/05/24 Nanoinfo.jpn

 未処理の木材は腐敗するものです。腐ったデッキに足を突っ込んだ経験のある人なら誰でも分かるでしょう。圧縮処理された木材にはこの問題はありませんが、良質な木材を腐らせないために用いられる金属塩は健康や環境に有害です。その他の、家庭で用いられている有機殺虫剤や殺菌剤などのより安全な物質も、木材保護に利用できる可能性があります。しかし、それらの物質は水に溶けにくいため、木材に浸透させるのが非常に困難です。現在、ミシガン工科大学の科学者達はこの問題を解決するためにナノテクノロジーを用いています。

 化学部教授のパット・ヘイデン氏と森林資源及び環境科学部教授のピーター・ラクス氏は、上述の有機化合物をわずか直径100ナノメーターのプラスチックビーズに埋め込む方法を発見しました。「600個並べて列を作っても、人間の髪の毛の幅程度です。」ラクス氏は述べました。 それらのビーズは加圧下で、水中に浮遊しながら木材中を移動できる小ささです。「木材は非常に固い、ふるいのような構造をしています。」ラクス氏は述べました。「それらの非常に小さな経路を通り抜けられるくらいのに十分小さな分子を用いる必要があります。」

 ビーズはすぐに木材の中心部へ到達し、そこに留まり、腐敗から木材を守ります。この技術は、ニュージャージーに拠点を持つPhibro-Tech社にライセンス供与されました。同社は木材保護業界に化学薬品を供給しています。

 「これは新たな領域です」ミシガン工科大学の技術提携部長であるジム・ベーカー氏は述べました。「ナノテクノロジーが、ハイテクとは思えない技術を長年使ってきた伝統的業界で導入されたのです。」

 この技術はささいなものかも知れませんが、利点は莫大なものです。「この技術により、木材保護業界はより環境にやさしい殺生剤を使うことができます。」ベーカー氏は述べました。

 「さらに、ナノ分子は保護剤の浸出を減らし、使用されているいかなる保護剤からも環境を守ります。」

 また、この技術により、さらに良性の化学薬品を使うことができます。例えば効果的であるが水に濡れると簡単に木材から流れ出てしまうホウ砂などです。

BASF、ナノテクノロジー研究センターをシンガポールに開設、ナノテクノロジー研究に総額1,300 万ユーロを投資、アジア各地の研究所とネットワークを構築

May 11, 2006 - (JCN Newswire)-

BASF(本社:ドイツ ルートヴィッヒスハーフェン)はこのほど、アジアにBASF 初のナノテクノロジーの研究施設、「ナノストラクチャード・サーフェス・コンピテンス・センター」を開設致しました。当センターでは、研究者と技術者を中心に20 名のスタッフを配置し、2008 年までに総額1,300 万ユーロを投資する計画です。アジア太平洋地域には17の開発拠点がありますが、同地域でナノテクノロジーに特化した研究を行うのは今回が初めてです。

当センターの開設は、BASF のナノテクノロジー分野における意欲的な成果達成のための大きな一歩です。研究センター新設により、アジア各地のすぐれた研究機関と緊密な連携がはかりやすくなるのに加え、優秀な人材も集めやすくなります。さらに、同地域の顧客企業へより優れたサービスを提供することも可能となります。

また、ナノテクノロジーの中でもBASF が「成長クラスター」と呼ぶ分野にこれまで以上に注力します(「成長クラスター」についての説明は2 ページ目をご参照ください)。ナノテクノロジーの研究に2006 年から2008 年の2 年間で、約1 億8,000 万ユーロを投入します。

さらに、この研究センターの創設により、最先端の技術トレンドに素早く対応することができるようになります。技術革新を推進するアジアの顧客企業との関係も強化され、新たなビジネスチャンスをつかむことも可能となります。また、BASF は研究ネットワークを世界的に展開しており、この研究センターも、そのノウハウやコンピテンシー、画期的なソリューションを、BASF の世界的なネットワークで連携する他の研究機関と共有します。

シンガポールのナノストラクチャード・サーフェス・コンピテンス・センターでは、ナノ構造の表面改質を重点的に研究します。この研究では、例えば、バイオファウリング(生物付着)の解決などが期待されています。船体および海洋表層へのバイオファウリングは、環境面および、経済的な側面でも課題となっています。現在は殺生物剤を使用するしか対策がありませんが、将来的には、ナノテクノロジーによって環境負荷の少ない画期的なソリューションが開発されると期待されています。海水中の物体表面での有機物付着メカニズムを解明し、海洋有機物の表面付着を最小にする殺生物剤不使用のナノ構造コーティング剤の開発がこの研究プロジェクトの目的となっています。

「成長クラスター」:成長分野への重点的な取り組み

BASF では、エネルギー管理、原料転換、ナノテクノロジー、プラント(農業)バイオテクノロジー、ホワイト(工業用)バイオテクノロジーを「成長クラスター」と位置づけています。この分野で、将来を左右する技術的な課題の解決に注力しています。これらはいずれも複数の技術分野をまたいでおり、従来の枠組みではとらえることができません。また、成果をあげるためには、学際的かつ国際的な協力が不可欠です。この5 つの成長クラスター分野について、BASF では今後2 年間で約8 億ユーロもの研究開発費を投入する計画です。なお、BASF グループ全体の研究開発費は、2006 年に11 億5,000 万ユーロでした。これは、2004 年対比で約18%増、1 億8000 万ユーロの増額となっています。

ナノチューブが超電導記録を塗り替える

2006/02/15 Nanoinfo.jpn

 日本の物理学者らは『完全終端』多層カーボンナノチューブが単層カーボンナノチューブの30倍である12K度の高温において超電導を発現させることができることを実証しました。これは神奈川県にある青山学院大学の春山純志氏率いる研究チームが発見したもので、この超電導カーボンナノチューブは基本的な1次元量子効果の調査に用いられ、分子量子コンピューティングにおいて実用的な用途があるとされています。(Phys. Rev. Lett. 96 057001)

 超電導とは電気抵抗が全くない状態であり、超電導転位温度(Tc)を下回るまで冷却した際にある材料において見られる現象です。物理学者らは超電導は電子が相互のクーロン斥力に打ち勝ち『クーパー対』を形成できるかどうかに依存するということを認めています。低温超電導に関するBardeen-Cooper-Shriffe(BCS)理論では、電子はフォノンとの相互反応−材料の格子振動−により結合します。

 しかしながらカーボンナノチューブのような1次元伝導体はナノメートル径のグラファイトシートを丸めたものであり、そのままでは超電導を発現しません。ひとつの理由は材料の中にいわゆる朝永・ラッティンジャー液体(TLL)が存在することであり、電子が互いに拒否反応を示しクーパー対を破壊してしまうからです。

 現在、春山氏率いる研究チームはTTL相と競合しそれに打ち勝つような−これは今まで不可能とされてきましたが−超電導相をもつシステムを開発しました。このシステムは多層カーボンナノチューブのアレイからできており、それぞれは一連の同心ナノチューブシェルから成っています。電気接触によって金属となりチューブと結合することで、すべてのシェルの最上部に接触します。一方、従来の『バルク接合』ではチューブの最外層にその長さに沿って接触するのみでした。

 春山氏ら研究チームはポーラスアルミナと呼ばれるテンプレートから多層ナノチューブを形成しました。次に彼らは超音波やエッチング技術を用いてナノチューブの最上部を切断し、チューブの末端部に金電極を蒸着しました。このようにしてナノチューブのほぼすべてが電導性を発現しました。

 日本の同研究チームは終端ナノチューブが温度が12Kを下回るとすべての抵抗性を失うことを発見しました。彼らによるとこれはTTLが抑制されて超電導が発現するためです。さらにTcは電導性のあるシェルの数に依存するため、現在研究チームはこの数を増やしてより多くの、あるいはすべてのシェルに電導性を発現させる試みを始めています。

ナノテクISO/TC 229、米国が健康、安全、環境のWGを主導

2005/11/17 EICネット

Keyword: ISO/TC229; nanotechnology; ANSI; international leadership; BSI

地域: 英国 /分野: 標準化 / 情報源: http://www.ansi.org/news_publications/news_story.aspx?menuid=7&articleid=1084

 国際標準化機構(ISO)の229技術専門委員会(Nanotechnologies)の創立総会がロンドンで先週行われた(2005年11月9日〜11日)。

 American National Standards Institut(ANSI)はクレイトン・ティーグ博士(ANSI公認の米国Technical Advisory Groupの代表)を代表に、産業、政府、アカデミー、および法律専門家の代表などで構成された印象的な米国代表団を結集させた。

 小委員会を設けないで、ISO/TC229が3つのワーキンググループ(用語と用語体系;測定法と評価;健康、安全、および環境)の中で、ナノテクノロジーの国際標準の開発に取り組むことが決められた。

 ワーキンググループはカナダ、日本、および米国によってそれぞれ召集される。米国代表団は、委員会の技術的活動範囲に対して優先的変更(修正)の先頭に立ち、重要な形成的な作業部会の地位を得た。

 「米国が今年早々に国際的なリーダーシップの役割を目指して、この活動を開始したが、素晴らしいリーダーシップの組み合わせ(ナノテクノロジーの広範囲な専門家、ANSIの集合的な専門的技術者の積極的な参加)により、その目標を確実にした」と、ANSI代表は述べた。

 委員会の領域に従って、ISO/TC229はナノテクに関連する分類、用語、および用語体系の規格、基本的な測定法、較正、認証、および環境問題の標準化を行う。 また、それは100nm未満の1次元以上の形状に依存する性能を持つ材料やデバイスの物理的、化学的、構造的、生物学的な性質に焦点を合わせる標準試験を開発する。

 英国規格協会(BSI)は新しい委員会の議長と事務局の役割を果たしていく。 BSIはオーストラリア、ベルギー、カナダ、中国、デンマーク、フランス、ドイツ、イスラエル、イタリア、日本、大韓民国、スウェーデン、スイス、および米国など22の国の代表団が出席した創立総会を主催した。次回ISO/TC229のミーティングは2006年6月、11月に予定されている。(nanonet 豊蔵 信夫)

EU がナノテクノロジーによる医療革命を主導

2005/09/09 Nanoinfo.jpn

 欧州連合(EU)は、致死的疾患治療や医療費削減に新たな道を開くナノテクノロジーによる、医療革命を先導しようとしています。EU の幹部組織である欧州委員会が後援するユーロナノフォーラムが今週スコットランドのエンジンバラで開催され、フォーラム参加者に対し、ナノテクノロジーによる診断や投薬への効果が発表されました。

 ナノテクノロジーを用いた治療は今後 10 年間かけて開発が進められていき、心血管疾患や糖尿病、様々な癌、AIDS、アルツハイマー病、パーキンソン病などの治療に役立てられます。 ギリシャ語で「小さい」を意味する「ナノ」を接頭辞につけた言葉は、科学や技術の分野で 10 億分の1を表します。つまり、「ナノメートル」とは人の毛髪の直径の数千分の 1 の大きさということになります。 医療分野におけるナノテクノロジーは、タンパク質や DNA、ウイルス、抗体など人体の微小な生物学的部位と同等な対象物を活性化することができるものであり、その開発は軌道に乗っています。

 ナノ粒子は「人体のどこにでも到達可能です。つまり脳内など、従来の治療では不可能だった場所に到達でき、治療することが可能となったのです。」とフランス南東部グルノーブルにある Electronics Technology Information Laboratory の Patrick Boisseau 氏は言います。 彼はこう続けます。「大事なのは、正しい方向に導くことです。」

 「ナノテクノロジーは医療に無限の可能性を広げましたが、その発展は段階を踏んだものになるでしょう。新薬の開発には 10 年かかります。たとえ製薬会社に急かされようとも、我々は急ぐつもりはありません。」

 アルツハイマーやパーキンソン病など、長寿化に伴う疾患の治療費が EU で増大していることを考えると、コスト面でのメリットもそこにはあります。

 今後も難病の治療は病院で行われますが、多くの患者は自宅で治療ができるようになり、医療費を抑えることができます。

 General Electric Healthcare の代表 Leonard Fass 氏は、「将来、病院には最新のカルテを抱えバッチをつけた患者が来院することになるでしょう。そして、患者はオーダーメイドで自分に合った治療を受け、医者がミスを冒す危険性も低くなるでしょう」と語っています。

 同フォーラムで紹介された、ある EU 支援のリサーチプロジェクトは、人間の角膜を体外で再生して何千人もの人の視力回復をするというものでした。

 この「角膜再生技術プロジェクト」では、再配列された人間のタンパク質を使って自然な擬似角膜を完璧につくりあげます。体の組織が拒否反応を示す人工角膜と比べ、より効果的な治療となります。

 EU では毎年 28,000 人が角膜手術を受けている中、このプロジェクトが治療に役立てられることになります。EU はすでに、全 437 万ユーロ(541 万ドル)の予算のうち、256 万ユーロ(317 万ドル)をこのプロジェクトに投資しました。

 そして世界では毎年 60 億ドル(48 億 4,000 万ユーロ)がナノテクノロジーに投資されているのです。 また同フォーラムでは、EU が毎年 40 万人の患者を抱える膝半月板の再生プロジェクトも紹介されました。

 ベルリンにある Magforce Nanotechnologies 所長である Andreas Jordan 医師は、熱処理による癌治療、つまりナノ粒子を直接癌細胞に挿入して燃やす、というもうひとつのプロジェクトを発表しました。 ナノサイエンスとは、物理学、化学、機械学、生物学、エレクトロニクスの集大成として登場してから15年になりますが、これまではその応用技術の中心はエレクトロニクス分野にありました。 しかし、今後はその用途を創薬、再生医療にも広げて行くでしょう。

2010 年までに世界のナノ材料消費量が1,030万トン、205億米ドルに

2005/08/24 Nanoinfo.jpn

 現在、使用中あるいは開発中のナノ材料は、純物質および化合物を含めると数百種類にものぼります。例えば、炭素、タングステン、チタン、コバルト、および酸化アルミニウムや炭化珪素その化合物など多くのセラミックです。ナノ材料の応用範囲は幅広く、なお広がりつづけています。現在はタイヤなどのゴム製品、顔料、合成骨(synthetic bone)、および自動車部品に使われています。今後は自動車用コーティング剤や医療機器、ろ過剤など、様々なものに使われていくことになります。

 Business Communications Co., Inc., (www.bccresearch.com) からまもなく発表予定のRGB-334 Nanomaterials Markets by Typeによると、2004 年、世界のすべてのナノ材料(カーボンブラック・ラバーフィラーや写真用シルバー、触媒コンバーターの触媒、および支援材料といった確立された用途を含める)の総消費量は 870 万メートルトンで、およそ 125 億ドルにものぼります。BCC の推測では、2005 年のナノ材料消費量は 900 万トン、131 億米ドルを超え、2010 年までには 1,030 トン、205 億米ドルに到達すると見込まれています。この予測で、2005 年と 2010 年との比較において、消費量がAAGR(平均成長年率)2.7%、金額にして9.3%の拡大となっています。

 ナノ材料の総消費量のうち、非高分子有機物質がその大部分を占めています(2004 年は 61.3 %、2010 年までには 50 %に減少)。消費される非高分子有機ナノ材料の多くはゴム製品やインク製造で用いられるカーボンブラックフィラーとして使われています。

 2004 年に市場の 21 %超を占め第 2 位であった金属ナノ材料は 2010 年には第 3 位に後退し、シェアも 15.5 %になると予測されています。代わりに2010 年までに第 2 位に躍り出るのは、シンプルな酸化ナノ材料で、2010 年にはその市場シェアが 15.7 %に上昇すると見込まれています。高分子ナノ材料の 2004 年のシェアは第 4 位ですが、2010 年もそのまま留まるでしょう。

 製品形態でいえば、微粒子が 2004 年のナノ材料総消費量の 3 分の 2 近くを占め、それに薄膜やモノリシックが続きました。2010 年までには市場のナノ微粒子のシェアは 54.6 %に幾分減少することが予想され、一方の薄膜やモノリシックおよびその化合物がそれぞれ 25.0 %、17.4 %、3.0 %に拡大すると期待されています。

ナノテク分野の研究者が飛躍的な技術の進展を報告

2005/08/18 Nanoinfo.jpn

 人工筋肉、超強力な電気自動車、壁紙のように薄い電子部品の実現につながるナノテク分野の先端技術、過去数十年にわたり、研究者たちはナノテクノロジーが約束する「より強靭で軽い電子材料」という新時代の訪れを心待ちにして来ました。ナノテクノロジーは分子レベル、ナノメーター単位の産業技術です。これまで、この分野で有望視されてきた技術は大半が実験室段階に限定されていました。

 しかし、2005年8月19日発行の“Science” 誌では、テキサス大学(米国)と豪州連邦科学産業研究機構(CSIRO)の研究チームが、商業化可能なナノチューブ製のシート状材料を開発したと報じています。ナノチューブは微小なカーボンチューブで非常に強度が高く、直径は原子のわずか数倍、現代の電子工学で発見された半導体と同様の性質も持っています。

 「これは全くの新素材です。」研究チームを率いるテキサス大学ダラス校(テキサス州リチャードソン)のRay Baughman氏はこのように語ります。新素材の特徴は下記の通りです。

 自己支持性があり、透明で鉄鋼や高強度プラスチックよりも強靭。柔軟性があるシートで、温めると発光する。 この薄膜は厚さ約200万分の1インチ(12.7nm)、面積1平方マイル(2.59km2)あたり重量わずか170ポンド程度(77kg)である。 実験段階においては太陽電池セルとしての能力を実証、太陽光による発電を行った。 研究チームは、直径4分の3インチ(1.91cm)のナノチューブ2本を毎分約47フィート(14.3m)の速さで自動生産するプロセスを開発しました。他の製造方法の場合、更に所要時間が長くなります。

 ナノチューブの専門家、コロンビア大学(ニューヨーク州)のShalom Wind氏は次のように述べます。 「この技術は最も洗練されており、研究チームが実証した用途はかなり印象的です。」ナノチューブに対しては、産業界と学術研究者らが強い興味を示している、とWind氏は補足します。

 ライス大学(テキサス州ヒューストン)の化学者Andrew Barron氏によれば、電気で動きを制御する人工筋肉や、強靭かつ軽量で、それ自体がバッテリーとして稼動するレーシングガーの車体の生産など、科学者の間では今後の用途が既に議論されているとのことです。

 「来シーズンのF1レースにはこの技術を採用した車が登場するかも知れません。今こそ、多くの人々がこの技術を追求し始める出発点です。」Barron氏はこう述べています。

 一方、Wind氏は将来展望についてやや慎重です。「この技術の影響と、今後商業的に利用可能であるか否かを、私たちは見極めるべきです。」 米国政府はここ数年、ナノテクノロジー分野の研究に高い優先度を与えてきました。テキサス大学の研究チームに対しては国防省、テキサス州政府、ナノテクノロジー研究機関のパートナーシップから助成金が拠出されています。

 ナノチューブ製のシート材料について、研究チームは自動車用の透明なアンテナ、または電熱機能を持つ窓が最初の用途になると示唆しています。「ナノチューブ・シートよりも一般受けのする商品名を考案しなければなりません。」とBaughman氏は語っています。

技術革新と新製品に焦点を絞る中国のナノテクノロジー:ナノテク集中型新興企業が大幅に増加

2005/08/15 Nanoinfo.jpn

 中国のナノテクノロジー開発(2005〜2010年/2015年)に関する新しい調査報告書が中国政府当局から発表された。

 中国におけるナノテクノロジー製品およびシステムの市場規模は、2005年の54億米ドルから2010年には314億米ドル、そして2015年には1,449億米ドルに成長する見込みです。主な市場区分はナノ材料、ナノエレクトロニクス、ナノバイオ、ナノライフサイエンスであり、これらの領域で既に売上高の70%を占めています。中国の(世界全体における)市場シェアは2010年までに6%以上、2015年には16%となるでしょう。市場競争を勝ち抜くためには、ナノサイエンスに依存するのではなく、「ナノ・バイオ・IT・認知科学(NBIC)」融合技術を経て完成された製品が必要となります。他の国々とは異なり、中国はこの点をよく認識しています。次に、ナノテクノロジーによる新製品/システム開発に際して、中国国内には倫理規制や社会的な論争が存在しません。これはより重要な点と言えるかも知れません。

 新たに登記されたナノテク関連の企業と出版物の数、そして特許件数において、今や中国は世界のリーダー的存在です。過去3年間で、この国のナノテク企業は800社を超えました。成長のスピードは目覚しく、衰える気配がありません。製品/システムの販売先はこれまで国内が大半でしたが、ナノテク開発への世界的な関心の高まりと、現代の通信技術の利点を背景に、近い将来、非常に収益性の高い投資対象となることは確実です。

 ナノテクノロジーおよびNBIC融合技術は、今後、地域間・国家間の市場競争を勝ち抜き、豊かな社会と政治的な安定を目指す上で、ますます決定的な要素となっていくでしょう。現時点の開発状況から、5ヶ国が競争をリードしていることが分かります。中国もその一角を占め、高い柔軟性、人件費の安さ、新技術に対する障壁が存在しないこと、社会の活気と若さ、海外からの多額のベンチャー投資、過小評価されている通貨価値(現時点では米ドルに比べ約25%割安感がある)、低い税額、そして政府の支援と13億人を超える巨大な国内市場といった独自の強みが活かされています。

 ナノテクノロジー分野の研究についても、中国は比較的優位に立っています。1990年代という早い時期にこの分野の研究に取り組んだのは、中国を含め数ヶ国でした。中国の研究チームは高い能力を有し、米国・欧州・日本で教育された研究者もいます。中には当該分野の世界的なリーダーもおり、研究開発のネットワークは、3つの国立研究機関、20校以上の大学で構成されています。ナノ材料開発に重要な数種の鉱物資源・生物学的資源も豊富です。また、トンネル顕微鏡や単一原子操作などナノ材料の研究と用途開発に関しては高い競争力と主導力があり、国内市場も大規模であるため、中国はナノテク企業の成長に理想的な国と言えます。

アメリカでヘルスケア市場におけるナノテク商品の需要が2009年に65億ドルに到達

2005/05/09 Nanoinfo.jpn

 先端分野の市場情報を提供する株式会社グローバルインフォメーション(神奈川県川崎市、代表取締役:小野 悟)は、米調査会社Freedonia(本社:オハイオ州)の最新英文市場調査報告書である「Nanotechnology in Health Care to 2009」の発売を開始しました。この調査報告書には、「ヘルスケア市場におけるナノテクノロジー商品の傾向」について記載されています。

 この報告書によると、米国におけるナノテクノロジーヘルスケア商品の需要はおおよそ一年に50%増加し2009年には65億ドルに至ると予測されています。可溶化技術に基つく新改良された癌治療と中枢神経系治療の導入がこの成長を率いています。 超常磁性酸化鉄ナノ粒子を基盤とするNanoarrays、Quantum Dots、Imaging Agentsに基づく診断用テストもまた強い成長を享受するでしょう。厳しい規制障壁と技術的複雑性がドラッグデリバリーシステムの商用を遅らせているため、新製品を導入しているにもかかわらず、少なくともここ10年はヘルスケア市場におけるナノテクノロジーの巨大なポテンシャルは十分に認知されないでしょう。しかしながら2020年までにヘルスケア市場におけるナノテクノロジー商品の需要は1000億ドルを超えると予測されています。

 様々な治療分野における新薬・改良薬への需要は医薬品アプリケーション部門のナノテクノロジーの活用を増加、助長させるでしょう。癌、糖尿病、伝染病、そして臓器移植受入に用いられるプロテインやペプチドを基とした化合物が成長の大きな割合をしめると予測されます。長期に渡って、ナノテクノロジーを使用した医薬品アプリケーションは治療分野で拡大し、また全てのタイプの製剤や医薬品流用システムへも広がっていくと思われます。

 ナノテクノロジーの発展はまた臨床診断商品や技術の改良、新製品の開発などへの豊富な機会を作り出しています。超常磁性酸化鉄やガドリニウム、ペルフルオロカーボン、特殊ポリマーからなるナノ粒子製剤が腫脹、プラーク、遺伝的欠陥やその他病気を早期に初期段階でまた造影剤の安全な濃度での検出を可能にすることによって体内使用への機能を多様化するでしょう。様々な医療用品・医療機器がナノテクノロジーの主要な製品となります。ナノマテリアルはもうすでに熱傷と創傷の手当てにおける活性成分として大きな需要を得ています。長期的に見てナノテクノロジーの発展は内科移植の新しい多様なグループと医療用品や機器の改良・開発を示唆するでしょう。ヘルスケア市場においてナノテクノロジーの短期効果は癌と中枢神経系の治療と診断分野で卓越した効果を生み出すことが予測されます。

第2回環境ナノテクワークショップの発表者、傍聴者を募集

2005/04/28 EICネット

 環境省と国立環境研究所は、平成17年5月30日13時から17時まで、東京・霞ヶ関の合同庁舎5号館6階共用第8会議室で開催される「第2回環境ナノテクワークショップ」の発表者を17年5月20日まで募集している。

 環境省と国立環境研究所は15年度から、ナノテクノロジー(注1)を環境技術に応用することで可能となる革新的な環境技術開発に取り組んでいるところ。今回のワークショップは環境分野への応用が可能なナノテク技術の発掘、参加者間の情報交換が目的。

 発表対象となるのは(1)ナノテクノロジーに関する技術、(2)ホウ素・フッ素排水処理や製造技術のグリーン化など環境分野への応用の可能性がある技術、(3)3〜5年程度で実用化のめどが立つたちそうな技術−−の3条件を満たしている技術。

 発表時間は10分間以内で、発表後15分間の質疑を予定している。発表のための手法はパワーポイントの使用が条件。

 発表希望者は規定の申込書に必要事項をご記入の上、17年5月20日17時までに、環境省環境研究技術室あてに電子メールで申し込むことが必要。申し込みが多数の場合、内容により発表を絞り込む場合がある。

 またワークショップの傍聴希望者も、傍聴用申込書に必要事項を記入の上、同じく5月20日17時までに、環境研究技術室あてに電子メールで申し込む必要がある。

(注1)原子や分子の配列をナノ(10億分の1メートル)の規模で自在に制御することにより、望みの性質を持つ材料、機能を実現する技術。【環境省】

ナノテクノロジー活用による創薬市場、2009年には13億米ドル規模に

2005/03/09 Nanoinfo.jpn

 産業コンサルタント・調査会社のNanoMarkets社が出版した調査報告書によれば、ナノテクノロジーを活用した創薬ソリューションによって、2009年までに13億米ドル、2012年には25億米ドルの収益が発生する見込みです。ラボ・オン・チップとマイクロアレイに関する堅実なプロジェクトは今後最大の市場機会をもたらし、ナノ粒子を基盤とするソリューションも顕著な成長を示しています。「創薬プロセスに対するナノテクノロジーの影響」(The Impact of Nanotechnology in Drug Discovery: Global Developments, Market Analysis and Future Prospects)と題する調査報告書が現在提供可能となっており、詳細は(http://www.nanoinfo.jp/products/nan24472_nanotechnology_drug_discovery.html)にも掲載されています。

 概要

 本調査報告書は218ページにわたり、市場成長促進/阻害要因、課題、法的規制、政府の助成金拠出方針など、ナノテクノロジーを活用した創薬市場に影響を及ぼすすべての要素を詳しく分析しています。また、主要20ヶ国について、当該技術分野に関する法的規制や資金援助の環境を紹介しています。さらに、今後8年間の詳細な市場予測を主な適用分野と製品群別に提示し、この分野で活発なビジネスを行っている30社の企業プロファイルも掲載しています。

 主な調査結果

 NanoMarkets社の調査結果によれば、ナノテクノロジーが創薬プロセスにもたらす具体的な利点は次のとおりです。

 化学薬品の作用を細胞/分子レベルでより良く理解できるようになる

 標的となる蛋白質および治療薬の特定/検証プロセスが改善される

 創薬プロセスにおける処理量が増加する

 新しい治療薬の特定に要する時間が短縮される

 スクリーニングに用いる貴重な試薬の分量を減らすことができる

 薬物間相互作用の画像解析方法が改善される

 NanoMarkets社は、ナノテクノロジーの活用が創薬プロセスの多数の領域に幅広く強い影響を及ぼす、と述べています。また、本調査報告書では、この分野における2009年の収益内訳について、細胞の制御・分析(19%)、DNA/RNAのサイジングおよび電気泳動と定量(13%)、遺伝子型決定(11%)、大量処理のスクリーニング(10%)と予想しています。

 American Pharmaceuticals社の乳癌治療薬Abraxaneなど、既にナノテクノロジーによって開発され、FDA(米国食品医薬品局)の承認を受けた製剤もあります。その他にも、NanoHorizons社が開発した皮膚疾患・感染症治療薬など、現在研究開発中、あるいは認可審査中の製剤もあります。

 ナノテクノロジーを活用した創薬ソリューションの利点を享受する上で、マイクロ流体工学やラボ・オン・チップ技術を扱う主要企業が最も有利な立場にある、と本調査報告書では述べられています。具体的な企業名はAclara、Agilent、Caliper、Cepheid、CombiMatrix、Eksigent、Gyros、Nanogen、Nanostreamなどです。また、Quantum Dot Corpは半導体ナノクリスタル技術に関する国際特許を複数保有していることから、大量処理スクリーニングを請け負う企業としてGlaxoSmithKlineやPfizerllとの連携を確立しており、今後の成長が見込まれます。さらに、「自己組織化」分野に取り組む3DM、C Sixtyなどは、創薬プロセスだけでなくドラッグ・デリバリーや疾病予防についても新しいソリューションを提供しているため、有望視されている企業です。

米国市場におけるナノマテリアルの商業的プレゼンスの確立

2005/01/11 Nanoinfo.jpn

 「次なる目玉」として期待されながら、一方で「キラーナノボット」として警戒心を抱かれているナノマテリアルは米国市場で商業的プレゼンスを確立し始めています。ナノマテリアルの開発(つまり、最低でも1つの寸法が1〜100ナノメーターの粒子サイズを有する材料)は、より高度な機械、電子機器や医療用製品を製造する上で重要なステップです。

 ナノマテリアルの米国市場(2000年当時は 1 億 2,500 万米ドル規模)は、2008 年には 14 億米ドル規模に達し、2020 年には 300 億米ドル規模を超える見込みです。初期の成長は多種多様なニッチ用途に起因するもので、これらには電子機器産業向けの半導体ウエハ研磨剤とデータストレージメディア、医療用途向けの高度診断支援、消費財産業向けの透明度の高い日焼け止め、汚れにくいパンツや高性能運動用器材、自動車産業向けの燃費の優れたコンポーネント、飲料メーカー向けには、より優れたバリヤー機能のビールおよびソフトドリンク用ボトルなどが含まれます。これらの動向については、その他のものと併せてクリーブランドに拠点を置く産業市場調査企業である Freedonia Group 社が発行する報告書、「ナノマテリアルの米国市場」にまとめられています。

 今後10年から20年の間に、医療および電子機器の分野で最良の機会が訪れる見込みで、これらの領域がナノ市場に占める割合は 2020 年には約 2/3 に達するものと思われます。製薬産業だけでもナノマテリアルに対する需要全体の約 40% を占める見込みです。様々な長所はあるものの、これらのマテリアルの人体や環境に対する間接的な影響や従来の材料と比較して価格が高いことなどといった、市場の発"Wに関する脅威も存在します。

 ナノマテリアルの生産量の増加とハイテクニッチ市場の普及により、価格が低下することにより、建築材やいくつかの消費財といった費用重視の用途市場における機会が創出される可能性もあります。更に、新しい用途やフォーマットが生まれることによって、成長機会が向上していきます。数多くの米国製医薬品のより効果的なナノスケールフォーマットへの転換が成長に関する大きな促進因子となるものと思われますが、診断、移植や人口装具に分野における機会によっても成長が実現するものと思われます。

ナノサイエンス・ナノテクノロジー計画発表:フランソワ・ドベール研究担当大臣がフランス原子力庁電子・情報技術研究所で演説。グルノーブル、

2004年12月16日 在日フランス大使館

 われわれが建設現場を視察した研究拠点MINATECは、原子力庁(CEA)をはじめ、国、地域圏、預金供託公庫(CDC)、民間企業、県、グルノーブル都市圏、グルノーブル市などの支援を受けている。わが国の将来の鍵を握るテクノロジーを中心に、総力を結集した共同事業のまさに模範例である。

 実際、ここに賭けられているものは極めて大きい。ナノサイエンスとナノテクノロジーは、アメリカや日本、さらに中国といった主要国の国家的な優先課題であり、科学的発見と経済的発展を生みだす最大の源の一つになることに疑いの余地はない。

 18世紀末、ミリ単位の材料を自由にできるようになったことが、最初の技術・産業革命をもたらした。20世紀半ば、ミクロン(1メートルの100万分の1)単位の材料を克服したことが第2の技術革命につながり、マイクロエレクトロニクスが発達した。ナノサイエンスとナノテクノロジーはナノ(1メートルの10億分の1)単位の材料を制御できるようにすることで、21世紀中に第3の技術・産業革命を生みだすだろう。

 われわれがこの分野の関連機関を総動員して完全なシナジー効果を生みだしながら、上流で発見に備えると同時に下流で技術移転することで、このテクノロジー革命を先取りできれば、今後2010年にかけてフランス企業に何千億ユーロ規模の市場が開かれるだろう。

 私は悲観的な研究者の間で広く知られている、というよりも流行している考えを、即座に払拭したい。それはわが国がすでにヨーロッパの他国をはじめ、アメリカ、日本、さらに台湾や韓国といったアジア諸国に追い越され、遅れをとっているというものである。

 フランスはナノサイエンス・ナノテクノロジー分野の主要国の一角を占めている。巨大磁気抵抗はアルベール・フェールの研究によって、わが国の研究所において発見された。これが磁気再生ヘッドの開発につながり、今日では年間6億1,500万台ペースで生産されている。この再生ヘッドはほぼすべてのコンピューターのハードディスク装置に組み込まれている。

 わが国はナノサイエンス関連の発表論文数で世界第5位である。われわれはヨーロッパ・レベルで「ERA-net」(ヨーロッパ研究領域網)を設置する原動力となり、ヨーロッパ委員会がこれを今からちょうど3週間前に研究開発枠組み計画内で承認した。フランスはグルノーブルに、世界的に定評のあるマイクロ・ナノテクノロジーのセンター・オブ・エクセレンス(中核的研究拠点)を有している。われわれの携帯電話に使われているチップ(高密度集積回路)の大半が、ここで開発されたという事実を改めて指摘するのは無駄ではあるまい。

 最後に、ヨーロッパ委員会の調査によると、フランスはこの分野における公的予算額でヨーロッパ連合(EU)加盟国中、ドイツに次いで2位である。とはいえ、こうした成績に満足しているべきではない。私の考えでは、行政当局はこの活力を次に述べる2つの方法で、さらに促進し、サポートしなければならない。

 − 大学研究機関、産学協同の研究機関、ナノサイエンス関連機関、マイクロ・ナノテクノロジー関連機関、公的機関、民間機関などのあらゆる関係機関の間でシナジー効果を上げるため、全体の調整を確実に行うこと。こうした調整を行うことで、われわれの行動に対するヨーロッパや国際社会の理解を深めることもできる。

 − 最も優秀なプロジェクトを資金面で効果的に支援すること。あらゆる段階において、成功するプロジェクトに資金を「投入する」こと。

 ナノテクノロジーとナノサイエンスに関する野心的なプログラムを、国立研究機構の事業の枠内で立ち上げることを決めた理由はそこにある。これには2005年予算で7,000万ユーロが計上されている。

 このプログラムは研究と技術革新のネットワーク、いわゆる「全国ナノサイエンス・ナノテクノロジー・ネットワーク」(R3N)の枠内で実施される。R3Nは3本の柱で構成される。第1に、科学・技術プラットフォームを支援すること。第2に、大学の研究所をネットワーク化し、最も優秀な「上流」プロジェクトを支援すること。最後に、大企業や中小ベンチャー企業の民間研究所ならびに公的研究機関をネットワーク化し、最も優秀な「下流」プロジェクトを支援することである。

 さらにR3Nは、ナノサイエンスとマイクロ・ナノテクノロジーのテーマにそって、基礎研究機関や技術研究機関を連携させる。これによって中期的には、待望の「ボトムアップ手法」と「トップダウン手法」の融合を先取りしたり、「ナノコンバージェンス」に備えたりすることができるだろう。

 この取り組みのため、フランス研究担当省は2007年までに関連予算を倍増し、年間3,000万ユーロから7,000万ユーロに、総額2億1,000万ユーロに引き上げる。国立研究機関による調整作業が、これらの施策に一貫性をもたせ、明確化すると同時に、公的支援の即応性を飛躍的に高めるだろう。

 R3Nの運営体制を早急に整えるため、この新しい研究ネットワークに参加を希望するすべての官民の機関が2004年内までに、遅くとも来年1月末までに申請の手続きをするよう提案する。

 これに基づいて、2005年初めに基本方針委員会を設置する。産学界のシナジー効果を確実に得るため、委員長は産業界から、2人の副委員長は公的研究機関から任命する。この運営機関はナノサイエンス分野の著名な研究者、ならびにマイクロ・ナノテクノロジーの生産・利用企業の代表者で構成される。

 委員長に託される最初の任務は、R3Nが集中的に取り組むべき、いくつかの主要優先課題を決めることである。

 それと同時に、R3Nは汚染や疾病の拡大などの諸問題をはじめ、ナノテクノロジーの開発と利用に起因する倫理・衛生問題に関する検討を調整する。この分野でこれまでになされた検討を総括すると同時に、新たな検討を促すことで、国民の理解を深めることができるだろう。またR3Nは、外国の優秀な実践例の調査を行う。最後に、EU予算によるヨーロッパの研究プロジェクト・ネットワーク「ERA-net+」の設置を、次の研究開発枠組み計画に盛り込むという明確な目標を掲げ、計画のヨーロッパ規模への拡大を確かなものにする。

 これらの優先課題は、わが国の公的研究機関が得意とする分野、ならびにさまざまな技術が持つビジネスの可能性の評価に基づくものでなければならない。具体的には、「ナノ」関連科学・技術の3大分野であるナノバイオサイエンス、ナノ材料、ナノエレクトロニクス部品において決定される。

 ナノバイオサイエンスでは、ナノ粒子が今や画像、診断、治療などの技術に大きな変革をもたらし、ナノ医療の出現の源になっている。

 ナノ材料のなかでは、フランスでもすでに作られているカーボンナノチューブが、とりわけ優れた性質を持っている。強度は鋼鉄の100倍、重さは6分の1と軽量である。これを取り入れることで、特殊な材質を生みだすことができる。酸化チタンナノ粒子は化粧品の分野で、サンスクリーンとして実用化されている。また、シリカ粒子の利用で、タイヤの耐久性を上げることができる。

 ナノ部品のおかげで、コンピューターや携帯電話、次世代PDA(携帯情報端末)向けの記憶装置が、より大容量化、より小型化するだろう。これによってコンピューターの演算能力が飛躍的に向上する。理論的には、現在のコンピューターの10億倍になると予想される。

 優先課題が決定し次第、R3Nはプロジェクトの公募を開始する。

 プロジェクトは内容を吟味した上で選定される。学術性の高いプロジェクトの可能性もあれば、産官協同の技術開発プロジェクトの可能性もある。

 研究機関と公的機関は並行して、調整し合う形で計画に参加する。

 例えば、国立科学研究センター(CNRS)はナノサイエンスとナノテクノロジーの分野で研究活動を進めるため、2005年に「上級研究員」クラスの研究者を約30人採用するほか、約20人の技術者とエンジニア、約25人のポスドクを採用する予定である。また、CNRSは約12人のエンジニアに博士号取得のための奨学金を与える。この首尾一貫した目に見える努力に敬意を表する。

 原子力庁は2005年、300mm技術に関する研究(「ナノテク300」)に追加予算1,600万ユーロを計上する。2006年、マイクロ・ナノテクノロジーの研究拠点MINATECでは、原子力庁電子・情報技術研究所の敷地で4,000人が活動し、原子力庁、国、地方自治体が総額1億7,000万ユーロを投資する。これは先に述べたように、一つの共通目標の下に結集した共同事業の好例である。すなわち、わが国の将来の鍵を握るテクノロジーを確立し、国際モデルになるということである。

 原子力庁はマイクロ・ナノテクノロジーに関する努力に加え、ジェゼフ・フルニエ大学と協力して「ナノバイオ」研究拠点計画に着手したほか、ヨーロッパ委員会が第6次研究・技術開発枠組 15;計画で認定したヨーロッパで最初のナノバイオテクノロジー研究拠点ネットワーク「ナノ2ライフ」の運営を行っている。この研究拠点ネットワークと2004年に着手された「ナノバイオ」計画によって、急速に発展する「ナノバイオサイエンス」部門のニーズに対応できるだろう。

 さらに、パリの科学・産業都市ラ・ヴィレットにグルノーブルとボルドーの科学文化センターと共同で、「ナノテクノロジーと社会」巡回展を企画するよう要請した。この展示会は2006年開催予定で、ナノテクノロジーを一般に広く説明し、その応用と可能性を紹介するとともに、ナノテクの利用に伴うリスクをめぐる議論や研究に関して情報を提供することを目的としている。

 とはいえ、この研究分野は一般に言えるように、研究の努力が経済的な価値を生みだすことが極めて重要である。大企業や中小ベンチャー企業、投資家などの民間がかかわると同時に、公的研究所とのパートナーシップを強化することが最も重要である。

 その点に関して、すでにフランス国内で、多くの企業がナノテク関連のR&D計画に着手していることは極めて興味深い事実である。ここグルノーブルにおけるSTマイクロエレクトロニクス、フィリップス、フリースケールをはじめ、タレス、欧州航空防衛宇宙会社(EADS)、ビオメリュー、アルカテル、ローディア、さらに原子力庁の「スピンオフ企業」であるトラシトのようなより小規模な企業の例を見ても、この新しいテクノロジーの多種多彩な応用の可能性がよく示されている。

 他方、私はここ何週間、多くの企業経営者に意見を求め、行政当局に対する期待を述べてもらった。経営者はとりわけ公的研究機関とのより効果的な協力を望んでいる。

 さまざまな協力形態がすでに存在している。われわれが今日発表したR3Nのような研究・技術イノベーション・ネットワークはもちろん、今日われわれを迎えてくれた関係者の方々が実現に尽力されたこのモデルに従って、政府が推進を図っている研究拠点などがある。

 国立研究機構の設置に加えて、われわれが研究・イノベーションに関する基本方針・計画法案の準備の一環として、ここ何週間のうちに明らかにする提案が、こうした期待に応えるものと確信している。

 他方、ラファラン首相は「フランス2005」契約のR&D部門で、大企業が研究開発の努力を強化すると同時に、公的研究所を資金面で支援する企業を対象に、研究費の税額控除限度額を引き上げることを約束すると発表した。これは新たに年間1億ユーロ近い税制優遇措置となるが、その具体的な方法はここ何週間のうちに明確化され、研究基本方針・計画法の成立に合わせて具体化される予定である。

 とはいえ、フランス経済における活発なR&Dは、中小企業が進める研究・イノベーション・プロジェクトによるところも大きい。

 中小ベンチャー企業を支援する国立研究有効化機関(ANVAR)が、新ネットワークR3Nに参加する理由もそこにある。ANVARはベンチャー企業の起業数を飛躍的に伸ばすため、とりわけMINATECの枠内で、ナノテク関連産業の将来に向けた戦略的分野において、「スタートアップ企業」や「スピンオフ企業」の設立支援にも取り組む。

 こうした環境の中で、今後何年間のうちに、ANVARが支援可能なナノテク関連プロジェクトの件数が顕著に増えるにちがいない。これらのプロジェクトはリスクを伴うし、研究開発費もかかる。というのも、しばしば技術的な破綻に陥るからである。それゆえに、公的資金による支援には正当な理由があるといえる。

 このような国が進める努力とともに、民間もナノテク関連研究になおいっそう協力する必要があるようだ。

 というのも、この分野において、アメリカやアジアでは官民で公平に資金を負担しているのに対し、ヨーロッパでは民間が調達する資金は公的資金の半分にすぎないからだ。

 民間部門の努力とは、とりわけ公的機関との共同研究をはじめとするR&D計画に対して、企業が投資を増強することや、大企業ならびに機関投資家が創業資金やベンチャーキャピタルのファンドにより積極的に出資することである。例えば、ベンチャーキャピタル会社が将来有望な部門に投資するための資金をなかなか集められない状態は正常ではない。

 結論として、「R3N」ネットワークは今まで進められてきた活動に基づくもので、それらの活動を集約すると同時に拡大するものである。その目的はナノテク分野の研究に大変革をもたらすことではないが、奨励する研究の戦略的運営を各関係者が明確に理解し、最終的に関係機関・団体が共同で活動できるようになるよう願っている。また、そのパートナーシップ的側面によって、産業へのてこ入れ効果が増大するとともに、われわれの行動を優先分野に集中するための道具になることを望んでいる。そうした条件の下で、行政当局の同意を得てなされる努力は十分な成果を挙げるだろう。

 わが国はこのプログラムによって、ナノサイエンス・ナノテクノロジー分野におけるヨーロッパ首位の座を固める野心と手段を備えることになる。 (出典:フランス研究担当省ホームページ)

浄水分野で注目されるナノテクノロジー

2004年10月14日 HotWired Japan/ Michael Bradbury [日本語版:湯田賢司/多々良和臣]

 オランダ、アムステルダム発年間4000億ドル市場の水処理業界が現在、ゆっくりと、しかし着実に変化しつつある。この動きを先導するのは、ナノテクノロジーのようだ。

 水は地球の70%を覆っている。しかし浄水処理を行なったりフィルターにかけたりせず、あるいは極地の万年氷を溶かさずに消費できるのは、そのわずか1%にすぎない。地球の総人口が増加し、工業や農業が必要とする水がますます増えるにつれ、水不足が深刻化しつつある。

 アムステルダムで9月28日〜10月1日(現地時間)に開催された『ナノウォーター』会議では、世界の水不足を解消するために、ナノテクノロジーを活用する方法について議論が行なわれた。ヨーロッパ最大のナノテク情報企業、シエンティフィカ社のティム・ハーパー社長兼最高経営責任者(CEO)が旗振り役となって開催されたこの会議には、世界中から実業界のリーダーや科学者たちが参加した。ハーパー社長は、この会議を「新しいアイディアをわき出させ」、この湿りがちなテーマについての議論を活発化させる壮大な試みと表現した。

 「われわれは、自然に比べればまだまだ未熟なものを作っている。しかし今の自然が出来上がるまで、30億年の歳月がかかっている。これに対し、われわれが『ナノ』スケールの技術に取り組みはじめてから、まだ30年ほどしか経過していない」

 水処理技術の業界見本市『アクアテック2004』の開幕をかざったナノウォーター会議では、汚水、塩水のほか、ありとあらゆる廃水から飲料水を作り出すためにナノテクノロジーを活用する方法について、その概要が話し合われた。話題となった廃水には、大麻吸飲用水パイプで使用された水さえも含まれていた(アムステルダムならではのことだ)。

 細菌、ウイルス、重金属、有機物を除外し、汚水を浄化するナノフィルトレーション(ナノろ過処理)装置の前途が有望なことから、米アルゴナイド社や、『ブリタ』フィルターに使われている技術を開発した米KXインダストリーズ社といった企業がこの分野の研究を進めている。来年にも、ナノテクを採用した2つの製品が市場に投入される見通しで、開発途上国ではすでに試験が開始されている。

 KXインダストリーズ社のケビン・マクガバン社長は、「ナノウォーターは、まさに画期的だ」と話し、現在世界には安全な飲料水を確保できない人が13億人いること、そして過去の傾向から判断すると、今後20年間に世界の水消費量が2倍になる可能性があることを強調した。同社の浄水フィルター『マトリックス』は、来年中に発売される予定で、中央アジア全域で行なった50の実地試験プログラムで、すでに効果を上げているという。

 アルゴナイド社のフレッド・テッパー社長もまた、今後2〜3ヵ月のうちに、同社の製品を発売したいと考えており、最近、販売網を確保すべくヨーロッパの企業と契約した。

 両社の製品とも、ナノファイバー膜を用いて細菌やウイルスの侵入を効果的にブロックする初めてのフィルターだという。こうしたフィルターを使えば、水源に含まれる高濃度の天然のヒ素のために深刻な健康障害が問題になっているバングラデシュのような地域で、飲料水を提供できる。

 こうした画期的な技術は、最先端のものと思われるかもしれないが、技術自体はそれほど新しいものではない。水処理施設では5年以上前から、ナノフィルターや限外ろ過膜が使われており、この技術はすでに業界では標準的なものになっている。

 2004年の『アクアテック技術革新賞』を受賞した米トライセップ社のような分離膜メーカーが直面する最も深刻な問題の1つに、膜の目詰まり(ファウリングとも呼ばれる)が挙げられる。各企業は現在、逆浸透と呼ばれるプロセスを採用し、水粒子を押し出して膜を通過させている。膜に残留物が蓄積すると、システムが水を逆方向に流し、膜を洗浄する仕組みになっている。

 「(トライセップ社は粒子を効果的にろ過する)特性のある筒状の膜を開発・製造できる唯一のメーカーだ」と、アクアテック技術革新賞の審査員は指摘している。「この結果、より小型で安価な設計を可能にし、システムを経済的に運用できる可能性が高まる」

 トライセップ社の製品『スパイラセップ』に使われている限外ろ過システムは、薄いファイバーグラスの層をらせん状に巻いた構造になっている。これらの層は、ナノメートル単位の孔によって透過性を有しており、圧力をかけた場合、水は孔を通り抜けるが、ウイルスと細菌は通過できない。

 スパイラセップは、フロリダ州リー郡に初めて設置され、非常に汚れた埋立地の浸出水の浄化に使用されることになっている。

 この技術を用いると、脱塩淡水や海水から、塩分を除去するプロセスも可能で、処理スピードが大幅に改善される。2005年3月には、世界最大の脱塩施設がイスラエルのアシュケロンで操業を開始することになっている。

 「イスラエルは1年間に、保有量よりも4億立方メートル多い水を消費している」とイスラエル技術研究所(テクニオン)のラファエル・セミアト教授は述べる。セミアト教授は、ビベンディ・ウォーター社、イスラエルのダンクナー・エラーン社およびIDEテクノロジーズ社と提携して合弁企業、VIDデサリネーション社を設立し、アシュケロンの脱塩施設の建設に着手した。セミアト教授はこの事業により、塩水を処理し、飲用水と灌漑用水の生成コストを極力抑えることで、イスラエルの水不足に歯止めをかけたいと考えている。

 ナノ技術を取り入れた水処理装置の秘密は、ほかのすべてのナノテクと同様、原子レベルの話になる。基本的な物質は、分子レベルでは化学特性がそれぞれに異なり、扱いやすくなる傾向がある。このため、ナノレベル10億分の1メートルで物質をコントロールし、強度を増したり、軽量化したり、伝導性、親水性(水を好む性質)、疎水性(水を嫌う性質)を高めたりできる。

 水処理業界で注目されつつあるナノテクノロジーはそもそも、概して、より小型で強力なマイクロチップの製造や、医療用の画像処理の向上といった用途の研究に向けられていた。

 イギリスのナノマグネティックス社は、直径12ナノメートルの均質で中空のタンパク質球体の中で、磁性ナノ粒子を作っている。『マグネトフェリティン』(Magnetoferritin)と呼ばれる同社初の製品は当初、データ・ストレージと医療用画像処理の分野で、すぐに実用化された。しかし同社は現在、この技術で浄水産業における脱塩製品というニッチ市場に食い込んでいる。

 このプロセスにより、正浸透による浄水を可能にする、ユニークな特性を持った磁性粒子を作り出すことができる。米陸軍は現在、アフガニスタンとイラクで、信頼できない水源から真水を取り出すために、この浄化方法を使っている。

 「これは、浄水のための究極の技術だ」とナノマグネティックス社のエリック・メイズ社長は話す。

ナノテク製品化競争「日本企業が米国勢をリード」の予想

2004年08月18日 HotWired Japan/ 南 優人/Infostand

 米ラックス・リサーチ社は16日(米国時間)、政府主導だったナノテクノロジーの研究開発が、来年から企業中心に移行するとの予測を発表した。世界で約1500社が開発計画を発表しており、基礎から応用の段階に入ったという。

 同社によると、2004年の投資額は世界全体で約86億ドルに達する見込み。内訳は政府・地方自治体が約46億ドル、企業が38億ドル、ベンチャーキャピタルが約2億ドル。しかし、このように政府がリードするのは2004年が最後で、来年以降は企業が主役になると予想している。

 企業の38億ドルのうち、17億ドルは北米、14億ドルはアジア、6.5億ドルが欧州で、日本を含むアジア勢が健闘している。製品化競争では日本企業が米国勢をリードするとの見方を示した。日米両国の研究予算は互角だが、日本が基礎研究より応用に力を入れているためだという。

第1回環境ナノテクワークショップの発表者を募集中

2004/05/02 EICネット

 環境省と国立環境研究所は平成16年6月22日13時から17時まで、茨城県つくば市の国立環境研究所地球温暖化棟で、第1回環境ナノテクワークショップを開催することを決め、このワークショップでの発表者募集を16年6月15日まで実施する。

  環境省と国立環境研究所は15年度から、ナノテクノロジー(注1)を環境技術に応用することで可能となる革新的な環境技術開発に取り組んでいるところ。今回のワークショップは環境分野への応用が可能なナノテク技術の発掘、参加者間の情報交換が目的。

 発表対象となるのは(1)ナノテクノロジーに関する技術、(2)二酸化炭素固定・分離や製造技術のグリーン化など環境分野への応用の可能性がある技術、(3)3〜5年程度で実用化のめどが立つたちそうな技術−−の3つの条件を満たしている技術。

 発表時間は10分間以内で、発表後15分間の質疑を予定している。発表のための手法はパワーポイントの使用が条件。

 発表希望者は規定の申込書に必要事項をご記入の上、16年6月15日17時までに、環境省環境研究技術室あてに電子メールで申し込むことが必要。申し込みが多数の場合、内容により発表を制限する場合がある。

 またワークショップの傍聴希望者も、傍聴用申込書に必要事項を記入の上、同じく6月15日17時までに、環境研究技術室あてに電子メールで申し込む必要がある。

(注1)原子や分子の配列をナノ(10億分の1メートル)の規模で自在に制御することにより、望みの性質を持つ材料、機能を実現する技術。【環境省】

際限なく拡大する? 「ナノテク」というカテゴリー

2003年06月16日 HotWired Japan/ Noah Shachtman[日本語版:平井眞弓/高森郁哉]

 ナノテクノロジーは科学研究の中で最も注目を浴びる分野の1つになり、政府や企業、財団などはナノテクに巨額の予算を投入している。だが「ナノテクノロジー」という言葉を生み出した科学者によると、「ナノ」だとされるものの多くは昔ながらの科学と何も変わりなく、資金をかき集めるために聞こえのいい名前が付けられているにすぎないという。

 「『ナノテクノロジー』は今や、ただのマーケティング用語になっている」と語るのは、ナノテクのシンクタンクとして先導的な立場にあるフォアサイト研究所を設立したエリック・ドレクスラー氏。「科学者たちが何十年間も続けている研究を、ラベルだけ貼り替えてナノテクと呼んでいる」

 これには十分な理由がある。米国議会は最近、『全米ナノテクノロジー計画』への3年間で24億ドルの予算を承認した。韓国は5月、20億ドル規模の独自のナノテク開発計画を発表している。全米科学財団は、2015年までにナノテク市場が1兆ドル規模に成長すると見ている。

 このような資金のうち、1980年代にドレクスラー氏がナノテクノロジーという言葉を考案し、普及させたときに思い描いたような計画に与えられるのは、あったとしてもごくわずかだ。ナノテクノロジーは、ノーベル賞を受賞した物理学者リチャード・ファインマン氏の説に基づき、個々の原子や分子を操作して超小型機械を作ることを対象とする学問分野になると考えられていた。ドレクスラー氏らが予想したのは、微小なロボットが人間の血流の中を泳ぎ回ってガン細胞を攻撃したり、汚染物質を吸収したり、原子から素材を組み立てたりするような日が訪れることだった。

 しかし科学者たちは今、微小なものを扱ってはいても、ドレクスラー氏らが考えていた内容とはかなり異なった、化学や生物学、材料科学などの研究をしながら、「ナノという言葉で飾り立てている」とマーク・ラトナー氏は語る。ラトナー氏は、『ナノテクノロジー:ア・ジェントル・イントロダクション・トゥー・ザ・ネクスト・ビッグ・アイディア』(次の偉大なアイディアのやさしい紹介)の著者の1人だ。

 研究者たちは嘘をついたわけではない。「ナノ」とは1メートルの10億分の1を表わす単位ナノメートルからきている。これほど微小なスケールでは、ニュートン物理学の大部分はあてはまらなくなり、物質の基本特性が突然変化することもある。また、分子の多くはナノメートル規模の大きさなので、化学、分子生物学、材料科学の大部分や、その他のさまざまな研究分野を「ナノ」の範疇に入れることも可能だろう。

 米国政府による科学関連の研究資金の配分に大きな発言権を持つ全米科学財団は、この広義の解釈の方を好んでいるようだ。

 地球の研究でさえナノの分野に含まれるものもある。全米科学財団は、カリフォルニア大学バークレー校のジリアン・バンフィールド教授にナノテク研究資金として約170万ドルを提供することを決定した。バンフィールド教授は、地球化学的環境と微生物の相互作用を研究している。テキサス工科大学のモイラ・リドリー助教授(地球化学)にも40万ドルの資金が与えられることになった。リドリー助教授の研究は、地殻内の鉱物が水に溶け出してどのように相互作用するかを扱っている。

 全米科学財団からのコメントは得られなかった。

 産業界もナノの波に乗ろうと必死だ。スペインのCMPシエンティフィカ社では、2002年にナノテク関連の新興企業に投資されたベンチャーキャピタルを約2億4900万ドルと推計している。

 オーストラリアのアドバンスト・ナノ・テクノロジーズ社は、韓国のサムスン・コーニング社とオーストラリアのアドバンスト・パウダー・テクノロジー社が共同で設立した会社だ。ただし同社がこれまでに生産した「ナノテク」製品は、微小な亜鉛粒子を基に作られた透明の日焼け止め『ジンクリア』(ZinClear)だけだ。

 軍もナノテクに投資しており、マサチューセッツ工科大学(MIT)の『ソルジャー・ナノテクノロジー研究所』(ISN)に5000万ドルを提供している。数週間前に行なわれた開所式では、将官や科学者たちが報道関係者に対し、ダニほどの大きさの機械によって兵士たちが超人的な力を得たり、傷を治したり、カメレオンのように周囲を映すことで敵から見えなくしたりする日が来ることを約束した。ただし紹介された具体例の1つは、研究所のカレン・グリーソン教授によるもので、テフロンで綿の布地にナノスケールのコーティングを施して、兵士たちが水に濡れないようにするという計画だった(日本語版記事)。

 ドレクスラー氏は電子メールでの取材に答え、「防水布の研究が『ナノテクノロジー』だとすれば、この用語はほとんど無意味になっている」と述べた。

 グリーソン教授のコメントは得られなかった。

 だが、ナノテクを広義に解釈し、ドレクスラー氏が描く超小型機械はほぼ実現不可能だという見方も多い。

 8000万ドルをかけて設立されたノースウェスタン大学ナノテクノロジー研究所のチャド・マーキン所長は次のように述べている。「たいていの人々はこの分野をナノロボットに関するものだと考えているが、それは思いこみでしかない。ナノロボットの研究で実際に信用できるものはない。皆無だ」

 さらにマーキン所長は、「このような構造物をそもそも作れるかどうかさえ明らかではない。この分野における(科学研究の)ほとんどはでたらめだ」と付け加えた。

 だが、極小の世界の魅力は、研究が他の分野に転用される可能性があることだ。たとえばノースウェスタン大学のウィリアム・クライン教授(神経生物学)は、神経毒性を持つ分子『ADDL』がアルツハイマー病の原因だと考えている。ADDL抗体の分子数個を銀の小片に貼りつけることにより、アルツハイマー病の血液検査を考案できるとクライン氏は予想している。

 同僚であるマーキン所長によれば、クライン教授は最近まで「ナノテクなど聞いたこともなかった」という。しかし現在クライン教授は、全米科学財団からの資金をアルツハイマー病検査法の開発に役立てている。

 「われわれがナノテクの支持者たちに提供しているのは、現実的かどうかというチェックだ。重要なものの役に立つということを示そうとしているのだ」とクライン教授は述べた。

ナノテクで「究極の戦闘服」開発(上)

2003年05月24日 HotWired Japan/Noah Shachtman[日本語版:米井香織/高森郁哉]

 マサチューセッツ州ケンブリッジ発体にフィットしたかっこいい戦闘服を着たとたん、ごく普通の兵士がスーパーマンに変身する。いつかそんな日が来るかもしれない。

 変身した兵士たちに弾丸や化学兵器は通用しない。ナノテクノロジーを応用した人工筋肉のおかげで、敵の兵士よりも高く飛んだり、より多くの尻を蹴とばしたりできるかもしれない。万一負傷した場合には、戦闘服が直ちに治療を開始し、司令部に症状を報告してくれるだろう。

 少なくとも、マサチューセッツ工科大学(MIT)『ソルジャー・ナノテクノロジー研究所』(ISN)の22日(米国時間)の正式オープンに駆けつけた軍・産・学各界の大物たちは、このような未来を約束している。

 しかし、超人的な兵士を戦場に送り込むまでには、数多くの問題を解決しなければならない。電子機器がいくつも搭載された戦闘服を雨の中で濡れないようにできるだけでも、ISNにとっては上々のスタートとなるはずだ。

 125名を超える所員を擁するISNは、米陸軍から5000万ドルの助成金を得て昨年設立された(">日本語版記事)もので、このほどMITが所有する『テクノロジー・スクエア』で正式なスタートを迎えた。2つ用意された大きな白いテントの下とISNの新しいオフィスでは、陸軍の将官たちや企業の副社長たちが大勢、高性能ビデオや見栄えのいいパンフレットを手にビュッフェ形式の昼食を囲み、超人的な兵士を生み出す研究の幕開けを祝った。

 その周囲では、新しい戦闘服の試作品に身を包んだ歩兵たちが練り歩いていた。また、アフガニスタンでの戦闘中に胸を撃たれた陸軍技術兵、ジェイソン・アッシュライン氏が、防護服で命拾いした体験を手短に語った。

 しかし、ISNに何が期待できるかを最も現実的に判断していたのは、上階の研究室で神経質そうに笑みを浮かべていたMITの大学院生と教授陣だった。

 彼らはすでに、電界にぶつかると蝶番のように開閉する分子構造を開発している。もし膨大な数の蝶番を整列させる方法がわかれば、たぶん兵士の戦闘服に組み込む人工筋肉への応用が可能になるだろう。人工筋肉は「物を持ち上げたりジャンプするための筋力を増強してくれる」かもしれない。

 だが、MITの大学院生のネイサン・バンデスティーグ氏によると、現時点では「1ミクロン(0.001ミリメートル)の規模でさえ」蝶番を整列させられないという。ミクロンから筋肉への道のりは遠い。

 バンデスティーグ氏はさらに、「われわれはつねに、スポンサーが突拍子もないアイディアばかり思い付くという事実に直面している」と述べた。「このような難題にはワクワクする。だが、私がここにいる間、あるいはその先に、このアイディアが実現するかどうかはもう答が出ている」

 一方、陸軍の関係者たちは、個々の兵士の防御力アップを目指すISNの挑戦はきわめて重要だと口を揃える。

 陸軍は何世紀もの間、敵兵を殺すための技術に磨きをかけてきた。そして、その技術は石弓から機関銃、誘導装置付き爆弾へと進歩を遂げた。ところが、自軍の兵士をこのような武器から護ることには、十分な注意が払われていなかった。

 米陸軍兵士生物化学コマンドを率いるジョン・ダスバーグ大将は、「中世までさかのぼって兵士たちがどういう防御手段を持っていたかを見れば、現代のわれわれがずいぶん進歩したとは言えないはずだ」と語った。

ナノテクで「究極の戦闘服」開発(下)

2003年05月24日 HotWired Japan/ Noah Shachtman[日本語版:米井香織/高森郁哉]

 そこでナノテクノロジーの出番だ。流行の専門用語として、また研究の方向性として、ナノテクノロジーは異常なまでの盛り上がりを見せている。米国議会は今月7日(米国時間)、『全米ナノテクノロジー計画』に今後3年間で24億ドルを投入する予算案を承認したばかりだ。

 ナノテクノロジーとは、個々の原子や分子を操作する技術のことで、1959年に物理学者のリチャード・ファインマン氏によって初めて論じられた。ナノメートル(10億分の1メートル)という物質にとって最小のレベルにおいては、古典的なニュートン物理学が崩れて量子的な性質が出てくる。物質の基本的な性質を変え、全く新しい構造を作り出すこともできる。

 ISNが取り組むプロジェクトの中で最も前進しているものの1一つに「動的な防護具」に関するプロジェクトがある。ナノテクノロジーを応用し、グニャグニャした素材を自在に硬化させるアイディアで、理論的には、磁気粘性(MR)流体により実現可能だ。

 MR流体では通常、粘性流体の中に酸化鉄の小さな塊が不規則に漂っている。ところが、磁石を近づけると酸化鉄の塊が整列し、グニャグニャだった素材がかなり硬い状態に変化する。

 MR流体そのものに弾丸を跳ね返すほどの強度は望めない。しかし、MITのガレス・マッキンリー準教授によると、ケブラー[軽量で強度の高い合成繊維の商標]繊維の間にMR流体を挿入すれば、兵士たちが着用している防弾チョッキの効果を高められるという。

 ただしマッキンリー準教授は、これは「足が地に着いていない」つまりすぐには応用できない研究であることを認めている。

 可能性としてはあくまでも可能性だが3年以内に、MR流体が詰まった防弾チョッキを実弾試験にかけられるかもしれない、とマッキンリー準教授は話す。

 だが、これほど楽観的ではない陸軍の関係者もいる。

 陸軍の『オブジェクティブ・フォース・ウォリアー』(OFW)プログラムの広報担当者は、「ISNで研究中の技術は、いずれも成果を出すのに苦労するだろう」と語った。OFWプログラムは、優れた戦闘服を2010年までに完成させることを目標としている。

 しかし、ISNのあるプログラムがこのまま順調に行けば、OFWの戦闘服を乾燥状態に保つことは可能になるかもしれない。

 MITのカレン・グリーソン教授は、テフロンで綿の布地に、ナノスケールのきわめて薄いコーティングを施す技術を考案した。この技術を使えば、ほぼすべてのものに防水性を与えられる。兵士がより快適に過ごせるうえ、兵士の(ときには60キロを超える)装備を軽量化できるため、この技術の重要性は高い。

 ISNの所長を務めるネッド・トーマス博士は次のように述べた。「『魔法の杖で願いがかなうとしたら何が欲しい?』と兵士たちに尋ねたら、『あらゆるものを防水にしてほしい』という答えが返ってきた」

 ナノスケールの防水技術は、ケブラー素材の防弾チョッキの軽量化も実現してくれるはずだ。現在、防弾チョッキに使われている材料の大部分は、ケブラーを乾燥状態に保つことを目的としている。ケブラーは過度に湿気を帯びると著しく性能が低下する。

 グリーソン教授の研究チームはこれまでに、約10センチ角の綿またはケブラー素材を乾燥した状態に保つ方法を見つけ出した。複数のコーティング技術を組み合わせれば、同一の素材で、特定の細菌の97%を防げるという。

 トーマス博士によると、防水性を持つ戦闘服はあと2、3年で米軍の特殊部隊用にお目見えする可能性があるという。

ナノテク、「空想」から現実のビジネスに

2003年05月14日 HotWired Japan/ Patrick Di Justo[日本語版:中沢 滋/鎌田真由子]

 ニューヨーク発──今週当地で開催された『ナノビジネス』会議における興奮が何らかの指標になるとすれば、後世の歴史家は、2003年上半期をナノテクノロジーの節目、すなわち業界が「まだ準備不足」の段階から「本格始動準備完了」の段階に移った転換点と位置づけるかもしれない。

 昨年の会議から1年足らずの間に、米ゼネラル・エレクトリック社やベル研究所の関連企業などの大手は、ナノテク分野への投資や、ナノテク部門の新設や分離独立の動きを加速させた。ベンチャーキャピタル業界からの投資額全体は1990年代半ばの水準にまで下がっているが、ベンロック・アソシエーツ社、米ポラリス・ベンチャー・パートナーズ社、米クレイナー・パーキンス・コーフィールド&バイヤーズ(KPCB)社などの大手ベンチャーキャピタルはいずれも、手持ちの資金をナノテクにつぎこんでいる。

 「これは一時的な流行ではない。こうした投資は、ハイテク企業の研究開発に欠かせないものであり、事情に通じた投資家は理解している」と、ナノテク分野に力を入れている米ラックス・キャピタル社の経営パートナー、ジョシュ・ウルフ氏は言う。

 米国政府も積極的にナノテクに乗り出した。今年初め、ブッシュ大統領が提出した2004年度予算案では、『全米ナノテクノロジー計画』への拠出を前年比で約9.5%増の8億4700万ドルに増やしている。先週は下院がナノテク出資法案を可決、今後3年間で23億6000万ドルの研究資金を米航空宇宙局(NASA)、全米科学財団(NSF)、米環境保護局(EPA)、それに米エネルギー省と米商務省に割り当てることを決めた。

 ナノテクノロジーに対する熱狂が高まった1つのきっかけは、ナノテク産業が年商1兆ドル規模に達する可能性があると予測したNSFの報告書(PDFファイル)だ。しかしそれ以上に、今すぐに活用できる小型化技術として、実業界や一般の人々がナノテクノロジーを受け入れはじめたことが大きな理由になっている。

 いま大きく取り上げられているのは、派手でSF的なナノテク技術だが、現実のナノテク製品は、目立たない場所に登場している。

 米SIダイアモンド・テクノロジー社は、1年ほど前からMRI用のディスプレーを作っている。米インフラマット社は、金属にセラミックをナノ単位でコーティングする技術を開発した。英ケンブリッジ・ディスプレー・テクノロジー(CDT)社のLEP(発光ポリマー)ディスプレーは、まもなくロンドンの地下鉄に採用される。米イーストマン・コダック社のデジタルカメラ『イージーシェアLS633』も、ナノ構造のLEPディスプレーを使っている。このLEPディスプレーは、今年のクリスマスまでにはノートパソコンにも搭載されるはずだ。米シムベット社は、RFID(Radio Frequency IDentification:無線方式の非接触自動識別)タグ(日本語版記事)用に薄いフィルム状のバッテリーを製造している。

 ナノビジネス会議では、米国で12番目に大きな法律事務所であるフォーリー&ラードナー法律事務所の知的財産部門パートナーであるスティーブ・ミービアス氏が基調講演を行なった。ナノテク企業を特許申請やライセンス契約の際の落とし穴から救う手助けをしているミービアス氏が、集まった投資家たちに訴えたのは、たとえば、シリコン原子をモレキュラーシーブ(分子レベルの細孔を持つ構造)の形に配列する方法は限られているということだった。

 原子を特定の形に配列する自然の量子力学的な力そのものでは特許は取れないと、ミービアス氏は言う。しかし、「(原子が特定の形に並ぶような)環境を自由に操作できるようになれば、特許を取れるかもしれない」

 だが、現実はそう甘くない。米国の特許申請システムはただでさえ非常に入り組んでおり、ナノテク関連の特許の認可も始まったばかりだ。ここ6年間の申請は約2800件に及ぶが、審査は遅々として進まず、申請から認可までに6年もかかった例もある。

 ナノテク研究者たちは、専門誌などに論文を発表しないよう注意されている。研究成果を横取りされてしまう危険性があるからだ。特許申請の手続きをしている間、研究成果は伏せられているため、それを知らない他の研究者たちが同じ研究を続けて、時間と労力を無駄に費やしてしまうおそれもある。

 誰が何を最初に発見したのかということがわかりにくいという理由で、ベンチャーキャピタルがナノテク企業への投資をためらうこともあり得る。そして、ナノテク企業が所有する知的財産の質と量を評価する場合、つねに質が優先されるわけではない。

 「一部のベンチャーキャピタルは、知的財産を一種の目録として考えているようだ」とミービアス氏。「企業が多くの特許を持っていると、『すごい、これなら有望だ』と早とちりする。これは残念なことだと思う。なぜなら、大企業がすでに包括的な特許を取得している場合があるからだ」

 たとえば、小さな新興企業がカーボン・ナノチューブの新しい製造法で特許を取ったとする。だが、それを使って実際に製品を売り出そうとすると、カーボン・ナノチューブそのものの特許を持つ企業に阻止されかねない。「そうした事態を避ける唯一の方法は、最初に特許をとった企業と交渉して、共同開発やクロスライセンスに持ち込むことだ。そうしないと、重なり合う部分をどうすることもできない」とミービアス氏。

 知的財産にまつわるこうした問題だけでなく、ドットコム・バブル崩壊で受けた痛手の鮮明な記憶から、ベンチャーキャピタルはナノテク新興企業への投資を躊躇している。米ナノマトリックス社を創立したエマニュエル・バロス氏は、昨年は出資者を求めてナノビジネス会議に参加したが、今年は参加しなかった。バロス氏は電子メールでの取材に応え、「われわれは出資者を引きつけるため、さまざまな試みを行なった。しかし、ベンチャーキャピタルは投資利益とリスクについて現実離れした見方をする」と述べている。

 ラックス・キャピタル社のウルフ氏も同意見だ。ナノテクノロジーに投資したいという意欲はあっても、さまざまな理由から、具体的なナノテク企業への出資に消極的なベンチャーキャピタルはあるかもしれないという。「まず、物理学と材料科学に関する知識がなさすぎる。(しかし)何よりも、投資の形をうまく組み立てて実際に出資に結びつけていけないようなら、ベンチャーキャピタルはナノテク分野への投資を実現できないのだ」

 最新のナノテク研究に関する情報が公開されないために、出資に踏み切れない投資家もいるかもしれない。ベンチャーキャピタルの多くは、小さな新興ナノテク企業よりも、大企業の傘下にあるナノテク関連子会社への出資を好む。大企業は他社の研究の動向を把握するリソースを持っているため、無駄な開発努力を避けられるからだ。

 「ベンチャーキャピタルは何でもほしがるくせに、リスクを嫌う」とバロス氏。「わが社は出資者を探すのをやめて、顧客獲得に力を入れることにした。結局のところ、売上もベンチャーキャピタル投資も、資金だということにに変わりはない。違いは、顧客が求めるのは製品であって株式でないことだ。その点で顧客に勝るベンチャーキャピタルは見つからなかった」

 バロス氏によると、ナノマトリックス社は外部からの資金に頼らずに、製品開発と顧客獲得を順調に進めているという。「わが社がいつ黒字転換できるかはわからない。だが、前途は有望であり非常に大きな可能性が開けていることは確信できる」

ナノ粒子に関するシンポジウム、開催へ

2003/03/10 EICネット

 環境省は平成15年3月20日13時30分から、東京・新宿区の早稲田大学理工学部56号館101号室で、ナノ粒子に関するシンポジウム”Measurement and Regulation Trend of Nano Particle(ナノ粒子の測定・規制の動向 )”を開催することにした。

 ナノ粒子は粒子状物質のうち粒径50〜100nm(ナノメートル、1nmは10億分の1メートル)程度以下の超微小粒子のこと。自動車排出ガスの規制強化に伴い、自動車から排出される粒子状物質(PM)の排出量は近年減少傾向にあるものの、一方で、よりナノ粒子のような微小な粒子の個数が相対的に増加する傾向にあると指摘されている。 シンポジウムでは安藤・環境省環境管理技術室長による「自動車から排出されるナノ粒子に関する検討状況」のほか、フロスト・英国運輸省上席技師による「規制からみたヨーロッパでの粒子状物質の対策」、サマラスアリストテレス大学准教授による「EU粒子状物質プロジェクト:自動車から排出される排気ガス及び粒子状物質に関する測定モデルと改善方法」などの報告が行われる。ただし使用言語は英語で通訳は付かない。

 シンポジウムへの参加は無料。参加希望者は、社団法人自動車技術会まで電子メール・FAX申し込む必要がある。【環境省】

「ナノテクノロジーによる高分子構造制御技術の開発−ポリ乳酸ナノアロイの創出−」について

2003年02月28日 東レ(株)

 東レ(株)は、この度、ポリ乳酸(PLA=Poly Lactic Acid)に、ナノテクノロジーによる高分子構造制御技術を適用し、少量の構造が全く異なる高性能ポリマーを数ナノメートルオーダーで微分散させたPLAナノアロイを新たに開発しました。PLAは、トウモロコシなどの循環型自然資源を原料として生成される生分解性ポリマーで、石油化学資源を使わず、かつ使用後は自然環境に還元することも容易であることから、21世紀に相応しい環境対応型素材として注目されています。

 今回開発したPLAナノアロイは、少量の高性能ポリマーをアロイ化することでPLAの結晶性を大幅に向上させ、通常の射出成形法で高耐熱性の成形品が得られるなど、PLAの特性を抜本的に改良致しました。

 PLAは、繊維、フィルム、シート等の製品化が進んでおりますが、射出成形用途では、PLAの結晶性が低いため耐熱温度60℃以下の成形品しか得ることができず、用途が限られていました。今般、開発したナノアロイは、少量添加した高性能ポリマー成分がナノネットワーク構造を形成しており、その界面相互作用により、結晶性が大幅に向上し、通常の射出成形法で耐熱温度100℃以上の成形品を得ることができます。また、本構造により長期の耐熱寿命が大幅に向上し、従来、耐熱性や耐久性不足のため用途が限られていたPLAについて、電気・電子部品や自動車部品等、高性能プラスチックが要求される用途にも使用することが可能となります。さらに、本アロイは透明性、分散性に優れるため、フィルム、繊維等への製品展開も期待できます。

 従来のポリマーアロイでは、異なる高分子同士はミクロンオーダーで粗大分散するため、ナノオーダーで均一に混ぜるのは困難と考えられてきました。今回のアロイは、PLAと高性能ポリマーの特殊な分子間相互作用に着目し、東レが保有するコンパウンド技術と組み合わせることでナノアロイ化に成功したものです。また、本技術の量産化に関しては、当社の既存設備で経済的に製造可能であることも確認しております。

 当社は、21世紀の新しい東レに向けての経営改革プログラム"プロジェクト New TORAY 21"において、ナノテクノロジーへの挑戦を掲げており、ナノテクノロジーを駆使して、材料特性を従来技術の延長線上から大きく飛躍した新たな素材の研究・開発を進めています。これまでに高耐熱性のナノアロイポリエステルフィルム、および数十ナノオーダーの微細な直径のナノファイバーなどを創出しており、今回の開発は、これらの成果に続く、ナノテクノロジーを応用した新素材の創出となります。

  当社は、今後ともPLAナノアロイのように地球環境に優しい材料の開発を進めるとともに、コア技術であるポリマーサイエンスにナノテクノロジーを適用することで、新しい価値を持った大型の革新的基幹材料を提供してまいります。 以上

将来技術予測:10年以内に日常生活に浸透する新技術は?

2003年01月20日 HotWired Japan/ Elisa Batista[日本語版:中沢 滋/鎌田真由子]

 次の10年、テクノロジーの進歩でわれわれの生活はどのように変わるのだろうか?

 もし米IDC社のアナリスト陣の予測が正しければ、コンピューターからの指令を受けるセンサーを身体に埋め込む技術が実用化し、両脚の麻痺した人も歩けるようになるかもしれない。

 医師は、患者の体内に埋め込まれた超小型センサーとコンピューターを介して、脈拍数・体温・呼吸数などのバイタルサインをチェックできるようになるだろう。

 鋼鉄より1000倍も強い炭素原子の構造物「ナノチューブ」が建築素材に使われ、建物は事実上どんな自然災害にも耐えるようになるはずだ。

 そして、ウェブも進化し、ユーザーは探している情報を的確に発見できるようになるだろう。『グーグル』で何百ページもの結果の中から情報を取捨選択する必要もなくなる。

 IDC社のジョン・ガンツ最高調査責任者(CRO)によると、これらはIDC社が先週発表した近未来のテクノロジー予測のうちのごく一部にすぎない。

 そのうちいくつかについては、IDC社自身もいささか現実離れしすぎていると認めている。たとえば、分子大の「ナノマシン」で布を織ったり、建物を建てたり、処方薬を作ったりといったことだ。一方、研究者たちは、これらのアイディアの多くはいつか実現すると考えている。

 次世代インターネットである「セマンティック」(意味論的)ウェブもその1つだ。コンピューター上の「エージェント」を使って、ユーザーがインターネットで求める情報を的確に探せるようになる。現在、「books about Agatha Christie」(アガサ・クリスティに関する本)をグーグルで検索すると、クリスティが書いた本についての情報を含む非常に多くの結果が出てくる。それに対して、セマンティック・ウェブ・エージェントは、「about」という語が持つ意味を判断し、クリスティの著作ではなく、クリスティの伝記を探し出すと、ガンツCROは言う。

 日常生活に関わるもので実現が予測されるもう1つの近未来テクノロジーは、体内に埋め込むセンサーだ。ガンツCROは、英レディング大学のケビン・ウォーリック教授が自身の左腕にセンサーを埋め込んだ実験をとりあげた。実験では、神経系に情報を送ることで左手の人差し指にうずく感じを与えることに成功したという。両下肢が麻痺した人が同じようなチップを埋め込めば、下肢の感覚を回復できるかもしれない。

 ガンツCROは、体内埋め込み型センサーはペースメーカーや義肢など既存の器具に組み込まれて「3、4年のうちに」市場に出ると考えている。

 そして、その10年後には、センサーは両下肢が麻痺した人の歩行を補助したり、記憶がなくならないよう補助するなどの難しい役割も果たせるようになり、賢い人工装具の開発が進むはずだという。

 自動車メーカーも、10年以内に、消しゴムほどの小型「スマート・ダスト」センサーを車に搭載するようになるだろう。このセンサーは、部品交換が必要になったときに知らせてくれる。

 「こういったセンサーは1セント硬貨に載るほど小さい。すべてのものが小型化している」とガンツCRO。

 現在、携帯電話の利用や、喫茶店、空港、家庭、職場などにおけるWi-Fi無線インターネット利用がブームになっているが、ガンツCROは、全国どこからでも無料でインターネット接続できる相互連結型のWi-Fi無線ネットワークは10年以内に実現することはないし、それ以降も無理かもしれないと話している。こういった形のWi-Fiネットワークは「リリーパッド型」(Lily pads: スイレンの葉)と呼ばれ、業界ではしばしば話題になっているが、ガンツCROは、移動通信事業者がその普及に協力するとは思えないと言う。

 なぜなら、オープン無線ネットワークができてしまえば、ユーザーは全国どこからでも無料で通話でき、ローミング料金を払わずに電子メールやウェブを使えるようになるからだ。これは移動体通信事業者にとっては収入減を意味する。

 しかしガンツCROは、分子サイズのナノチューブによる超薄型カーボンシートについては、10年以内に多くのノートパソコンのディスプレイや回路に使われるようになると考えている。ナノチューブは鋼鉄に比べ1000倍もの強度を持つことから、ナノテクノロジー専門家の中には、いつか建材や工業材料にも使われると予測する人もいる。

 ナノチューブを使って建てられた住宅は、洪水、地震、台風など、あらゆる自然災害に耐える可能性がある。

 ガンツCROはまた、似たような炭素素材でできたプラスチック・トランジスターと呼ばれる折り曲げ自在の電子ペーパーやフラットパネル・コンピューターも登場するとみている。こういった素材を使った初の電子ペーパー新聞や、折り曲げ自在なコンピューターは、3年以内に市場に出てくる見込みだという。

「世界を変える10の新技術」はナノテク、バイオ中心

2002年01月09日 HotWired Japan/ 土屋 旭/infostand

 米国の老舗技術専門誌『テクノロジー・レビュー』は、世界の経済や生活を根本的に変えてゆく新技術として、グリッド・コンピューティング、分子画像化など10の未来技術を選び出した。毎日の生活に欠かせないコンピューティング、医療、製造、輸送、エネルギー分野などに関して、世界中の大学や企業の研究所を調査してまとめた。今月21日発売の2月号に掲載する。

 同誌は毎年、年初めに「世界を変える10の新技術」を選出している。今年は、グリッド・コンピューティング▽ ワイヤレスセンサー・ネットワーク▽ ソフトウェア・アシュアランス▽ 量子暗号▽ ナノインプリント・リソグラフィー▽ ナノ・ソーラー・エネルギー▽ メカトロニクス▽ グリコミクス(糖転移酵素遺伝子学)▽ 細胞注入再生医療▽ 分子画像化 の10項目で、ナノテクノロジー関連、遺伝子・バイオ関連が目立っている。

 同誌はこれらの技術について、研究者や研究チームの研究内容を詳細にリポートした。同誌編集者は、「世界が緊密に結ばれるにつれて、世界経済やセキュリティーも、たゆみない新技術の進歩に依存することになる。本誌が取り上げた革新や研究者は、それぞれの分野の将来の方向を示すものだ」とコメントしている。  同号はこのほか「スパコンの復活」「空中パトロール・ロボット」「苦い薬のカスタマイズ」などの記事を掲載する。

ナノテク技術の進化急速、環境保護にも期待

2002年09月09日 HotWired Japan/ AP通信[日本語版:茂木 健/小林理子]

 ニューヨーク発ナノテクノロジーはクリーンな技術であり、現在の環境問題の中にはこれが解決の鍵になるものもあるはずだというのが、研究にあたっている科学者たちの見方だ。

 ナノテクノロジーの発展はめざましい。

 全米科学財団(NSF)でナノテクノロジーに関する上級顧問を務めているミハイル・ロコ氏によると、NSFは、ナノテクに基づく製品が世に出る時期は5〜10年後としていたのを2〜3年以内に修正したという。

 最初に登場する製品は医薬品になるだろうと、ロコ氏は言う。

 医薬、食品、エレクトロニクス、そして環境に対する科学の取り組み方に、ナノテクノロジーは絶大な影響を与えるだろう。ナノテクの要素を含んだ製品群はコンピューター・チップのすべて、薬品の半数、化学触媒の半数に及び、10年もすれば市場は年間1兆ドル規模になるだろうとロコ氏は考えている。

 ナノテクノロジーの現況は、1930年代のポリマーおよびプラスチック技術の揺籃期の発展にも比較できる。こう語るのは、ライス大学で『生物環境ナノテクノロジー・センター』(CBEN)を率いるケビン・オースマン氏だ。当時のプラスチック産業の拡大は急速で、工業製品のかなりの部分にこの新素材が取り入れられた。

 2050年には世界の人口が110億人に達すると予想されている今、政府や産業界が地球を住みやすい環境に保つためにもナノテクノロジーは役に立つと、ロコ氏をはじめとする科学者たちは考えている。この技術は廃棄物を減らし、食糧、水、エネルギーの持続的な供給を支援できるからだ。

 NSFの『全米ナノテクノロジー計画』は、この分野における米国政府の取り組みを主導しており、ナノテクノロジーが環境に与える潜在的な利点を研究している。

 ロコ氏などのナノテク支持者たちは、次のような具体例を挙げる。まず、飲料水や工場廃液、天然ガスパイプライン、煙突などで使用するフィルター・システム。分子レベルでの設計ができるので、こうしたフィルターは最も微細な不純物まで除去可能だ。上水に使えばよりクリーンな飲料水が得られるし、ガスは完全燃焼により近くなるため、スモッグの原因となる不純物が減少する。

 工場も、もっと精度の高い「除去装置」を使えるようになり、排出ガスから、ナノ単位でしか測れない微少な物質を捕まえることが可能になる。

 ナノ粒子も、空気や飲料水を監視し、毒素を検出するセンサーとしての使用が試験されている。将来的には、このようなセンサーを張り巡らせて環境の全体像を描き、汚染物質の広がりや化学・生物兵器の侵入までも感知できるようになる可能性がある。

 ロコ氏によると、汚れた水や土壌の浄化に、汚染物質を吸収するナノ粒子を使うという研究も進んでいるそうだ。

 分子レベルで装置を構築するコンセプトが意味するものは、製品の小型化にほかならない。製造工程で発生する廃棄物が減少し、寿命の尽きたナノ製品を破棄する場合のゴミも少ないとロコ氏は言う。

 「分子レベルのこの技術を理解することで、全体的な流れは持続的発展へと向かう。これは、汚染の増大とは対極に位置する」

ナノテクの大きな未来はインテリジェントに

2002年05月21日 HotWired Japan/ Manny Frishberg[日本語版:大野佳子/小林理子]

 シアトル発動脈の詰まりを解消したり、航空機やパイプラインに生じた微細な傷を点検・修復したりできる分子サイズのロボット、ナノロボットの実現は、今のところはまだSFの中だけの話になりそうだ。

 しかし、汚れや染みを落とせる素材は、すでに登場している。これこそ、人類が最初に岩を砕いて道具を作りはじめて以来、真の意味での初めての技術革新といえるものだ。

 「ナノマシンと聞いて、『タイム』誌や『ビジネスウィーク』誌の広告に見られるような、血管に入って体内を進むナノロボットを思い浮かべるとしたら、それは間違いだ。この分野を専門とする研究者の多くはそんなものを考えてはいない」と、『フォーブズ』誌関連で毎月発行の『フォーブズ/ウルフのナノテク・リポート』の執筆者、ジョシュ・ウルフ氏は言う。「そんなことは、映画『ミクロの決死圏』のラクエル・ウェルチに任せておけばいい」

 ナノテクノロジーのもっと現実的な応用例は、エドモントン大学で開発された、巨大な掘削爪のコーティング剤だ。これでコーティングすると、爪の磨耗が少なくなるうえ、従来は数時間しか続かなかったコーティング効果が、数週間は持続する。ウルフ氏によれば、少なくともまだ今後数年間は、ナノテクノロジーの現実的な応用分野は、魔法のように画期的な働きをする極小マシンではなく、普通の大きさのものの改良に役立つ製品や工程の中でのものになるという。

 「この考え方の1つの典型が、ドイツのBASF社のキャッチフレーズだ。『わが社はみなさんがお買いになる製品そのものは作りません。お買いになる製品をよりよくします』」と、ウルフ氏は言う。昨今、ナノテクの最初の成果の一部が市場に現れつつあるが、そのほとんどが、摩擦や磨耗を防いだり、衣類や家財道具の表面から汚れを落としたりするコーティング剤や素材だという。

 13日夜、ワシントン州のピュージェット湾地域で開催された、『2002年スプリング・テクビューズ』に集まった、投資家、アナリスト、企業家たち200名に向けて講演を行なったウルフ氏は、現在のナノテクノロジーをめぐるメディアの興奮ぶりを、1990年代初頭のインターネット騒ぎと対比した。

 ウルフ氏によると、大きな違いは、インターネットは障壁が非常に低くて入りやすいのに比べて、ナノテクノロジーは、莫大な費用がかかる上に、高度な技術的専門性を必要とすることだという。初期段階で必要な装置だけでも、10万ドルから100万ドルもかかりかねない。

 ウルフ氏が事情に詳しいのもうなずける。同氏は、ベンチャーキャピタル・グループの米ラックス・キャピタル社の経営パートナーであり、投資銀行の米オングストローム・パートナーズ社の経営責任者でもあるからだ。両社ともナノテクノロジーへの投資を専門にしている。

 今後数年間で、フラーレン(炭素原子60個がサッカーボールのような形に結合した安定した構造の炭素分子で、「バッキーボール」とも呼ばれる)と総称される炭素分子を基にしたナノ素材(日本語版記事)や、カーボン・ナノチューブなどが基本的な構成要素となって、量子コンピューターをはじめとする想像もできないほどの技術的大躍進をもたらすだろうと、ウルフ氏は予測する。ただし、市場に広く応用される製品となるまでにはまだ長い時間がかかるだろうということだ。

 ナノチューブは、興味深い電気的特性を示し鋼鉄の何倍もの強度を持つせいで、メディアでもてはやされてきた。だが、研究に巨額の資金を投じながら、昨年1年間でほんの2kg強の素材が生み出されたにすぎない。

 微生物学や化学的な分析を自動的に行なう使い捨てプラスチックチップを製造する米マイクロニクス社(ワシントン州レッドモンド)のカレン・ヘディン社長は、マイクロテクノロジーやナノテクノロジーの応用例として、化学兵器や生物兵器にさらされているかどうかをその場ですぐテストできる腕時計について語った。

 「現在、ウイルスやバクテリア、あるいは炭疽菌に感染したかどうかを調べるために、白血球の細胞分析をしたいと思えば、血液を高速回転させて分離する遠心分離機にかけなければならない。現場で遠心分離機を持ち歩くのはまず無理だ。血液分析器の『セルダイン』(Celldyne)などテーブルほども大きさがあるのだから。兵士が背負えるというようなものではない」と、ヘディン社長。

 マイクロサイズのバルブとチューブを使えば、大きさの異なる血球や、バクテリアやウイルスのような微生物も、瞬時に分析して見つけ出せると、ヘディン社長は言う。

 『パシフィック・ノースウェスト国立研究所』のナノサイエンスおよびナノテクノロジー研究開発部門の責任者、ポール・バローズ氏は、ナノテクノロジーが現実の状況より過剰に煽り立てられていることは確かだが、この新しい科学は「石器時代以来テクノロジーにおいて初めて生まれた、真の変革」だと語る。

 バローズ氏によれば、先史時代に初めて手斧が作られて以来、複雑さにおいてはあらゆる改良が加えられてきたが、基本的には、手に入る材料の形を作り替えてきたに過ぎないという。これに対してナノテクは、文字通り分子を変形させたり、原子を1つずつ動かして全く新く作り上げる技術だ。

 「短期的にできる応用が、素材面におけるものになるのは明らかだ。将来への展望は、ナノ粒子に『インテリジェント』な要素を加えられるようになったときに開ける」とバローズ氏。

 タンパク質や酵素は生体内で自分自身を作り上げていく。それと同じように、物質自体が自分で有用な形を生み出していくように設計すること、ナノテクノロジーの将来像はここにあると、バローズ氏は言う。

 「20年後には、人々が買うのは『ペンティアム4』搭載のコンピューターではなく、量子コンピューターになるのだろう。当然、ナノテクノロジーを応用したものだ。現状からどういう経緯でそこまでたどり着くかわかるかって? わからない」

 「しかし、物質を基本レベルで理解し、基本レベルでどのようにインテリジェントにしていくかを研究しつづけていくこと」が、大躍進を遂げるための鍵だと、バローズ氏は言う。「発見の速度は、10年ごとに速くなっている」

 米国が今後数十年間にわたり確実に開発の最前線に立つためには、政府による長期的な資金援助が欠かせないとバローズ氏は言う。「ナノテクの飛躍的発明は、どこかで誰かの手によって確実に実現する。問題は、どうやってこれを米国で実現させるかなのだ」

広がるナノテク拒絶反応、未来のカギは社会の啓蒙に

2002年12月01日 HotWired Japan/ Patrick McGee[日本語版:鈴木智草/小林理子]

 ボストン発ナノテクノロジー革命が期待される産業分野は、コンピューターから医療まで、実に幅広い。しかし、この分野に携わる研究者たちは、一般の人々の啓蒙に時間を割く必要がありそうだ。人々はこの急成長分野についてよく知らないか、乱用される危険性に恐怖心を抱いているかのどちらかなのだろう。

 「やみくもな機械化反対論者は、巷にたくさんいる」と、テネシー大学法学部でテクノロジー関連法を専門とするグレン・H・レイノルズ教授は言う。レイノルズ教授は、11月30日(米国時間)、『ナノテク・プラネット2001』で、ナノテクノロジーを取り巻く法的課題について講演し、次のように語った。

 「この問題では、技術進歩の一歩先を行く対応が重要だ。バイオテクノロジーを拒否する動きがあったのと同じように、ナノテクノロジーに反対する動きも必ず生まれる。迅速に手を打たなければ、勢力は大きくなる一方だろう」

 すでに、カークパトリック・セイルズ氏やジェレミー・リフキン氏といった反ナノテク派が攻撃を開始している。ナノテクノロジーとは、ナノメートル単位で物質を制御する技術をいう。1ナノメートルは1ミリの100万分の1、毛髪の太さのほぼ10万分の1にあたる。

 昨年、『ワイアード・マガジン』誌が掲載して広く読まれたビル・ジョイ氏の論文に注目する者もいる。この中でジョイ氏は、実に厳しい未来像を描き出し、自己複製により増殖するナノロボットは核兵器よりも危険であり、研究を自重すべきだと警告した。

 自己増殖するナノロボットなど、まだ開発さえされていないと反論したところで意味はないと、レイノルズ教授は言う。「起こりそうもないとか、ありそうもないといっても、不安の種がなくなるわけではないのだ」

 レイノルズ教授は、テクノロジーを規制するのではなく、テクノロジーを誤った目的で使うような人間の手に渡さないように、社会が目を光らせるべきだと考える。「ナノロボットは人を殺さない。人を殺すのは人だ」

 社会を安心させるために、ナノテク研究者や関連企業は、啓蒙活動に力を入れる必要がある。もちろん、ナノテクノロジーの恩恵を一方的に宣伝するだけでなく、生じる可能性のある負の面についても調査し認識する必要がある。「本当に真摯な態度で取り組めば、人々は応える」とレイノルズ教授は語る。

 すでに積極的に啓蒙活動に取り組んでいる関係者もいる。スティーブ・レンハート氏(24歳)が創立者の1人となっている新興企業、クアンテック社は、ナノテク教育と人材ネットワークの構築に業務の主眼を置いている。

 レンハート氏は、ドイツのミュンスター大学博士過程に在籍する米国籍の学生だ。ナノレベルで物質を調べ操作するのに使われる走査型プローブ顕微鏡を専門としており、また、ニュースグループ『sci.nanotech』の運営者の1人でもある。

 「カギを握るのは啓蒙活動だ。『米国ナノテクノロジー計画』もそう唱えている。私は、それに協力しようとしているだけだ。ナノテクノロジーが発展していくのを見たいだけなのだ」と、レンハート氏はインタビューに答えて語っている。

 自分自身が魅せられたナノテクノロジー技術の素晴らしさを、もっと多くの人に知ってほしい、とレンハート氏は言う。「ナノレベルの世界は、すべてが整然としている。惑星軌道のようだ。ここに存在する秩序を活用したいというのが私の研究動機だ」

 この分野に関連して語られる破滅のシナリオに対して、レンハート氏は懐疑的な姿勢を示す。「いったい今なにができるというのだ? 現在研究されている技術ではナノロボットなど作れないというのに」

 レンハート氏のような若い世代をこの分野に取り込むことが、啓蒙活動の要と見る人もいる。

 「米国がこの分野でのリードを守るために最も力を注がなければならないのは、若い世代に科学や工学への興味を持たせることだ。若い世代を惹きつけられないようなら、この分野自体が崩壊に向かうだろう」と、米オルバニー・ナノテク社のビジネス開発責任者を務めるレマール・A・ヒル氏は言う。オルバニー・ナノテク社は、オルバニー大学、業界、ニューヨーク州政府、米連邦政府の産官学共同で設立された企業だ。

 米国内でナノテク研究を続けてきた外国の研究者たちが、自国でのテクノロジーブームを理由に帰国するケースが増えている。こうした状況下で、啓蒙の必要性はますます高まるばかりだ。「社会への啓蒙活動をもっと強化しなければならない。テクノロジーは育てる必要がある。恐れているわけにはいかないのだ」とヒル氏は語った。

薬剤投与が自動調節できる体内埋め込み式ナノポンプ

2002年05月17日 HotWired Japan/ Louise Knapp[日本語版:岩崎久美子/小林理子]

 予めプログラムされたパターンに従って薬剤を投与できる、体内埋め込み型の極小ポンプの開発に、オハイオ州立大学が取り組んでいる。

 体内に埋め込んで薬剤を摂取できるようにする仕組みは、発想として新しいものではない。黄体ホルモンをミニカプセルに封入した皮下埋め込み式避妊薬『ノルプラント』がその好例だ。だが、既存の埋め込み手法では、定量の薬を持続的に体内に放出することしかできない。

 個々の患者の必要に合わせて、間隔をあけて薬剤を投与できる装置を作るとなると、あまりに小さなものであるだけに、現状ではとても難しいと判断されていた。

 オハイオ州立大学の研究チームが取り組んでいるナノポンプは、1対の電極をもつバッテリーを電源として、パターンに従った電気パルスを出すようプログラムされている。パルスに応じて、薬剤が少しずつ放出される仕組みだ。このプロセスを「電気浸透」という。

 「この装置なら、薬剤の投与の回数を望みどおりに決められる」と、研究チームの一員でオハイオ州立大学で物質科学工学を専門とするデレク・ハンスフォード助教授は述べる。「制御は簡単な回路で行なうが、埋め込む前にプログラムして電流量を設定できる」

 「電気浸透」とは、教科書的な定義によると、電界の影響で流体が膜を通過する動きのことをいう。

 基本的には、液体は電流の向きに沿って移動する。

 「電圧をかけると、装置の壁面に過剰な電荷がたまり、それが駆動力となって壁面近くの液体を動かし、その結果残りの液体も一緒に移動する」というのがハンスフォード助教授の説明だ。

 この理論自体は1世紀ほど前から知られている。

 「理論はよく知られていたが、今日までナノメーター単位でも当てはまるとは考えられていなかった」とテリー・コンリスク教授。コンリスク教授は、やはりチームの一員で、オハイオ州立大学で機械工学が専門だ。

 この電気浸透というメカニズムを利用すれば、必要に応じて薬剤放出のスイッチを入れたり切ったりできることになる。

 「他の方式の場合、投与を止めるには体内から取り出すしかない」と、装置の製造を手掛ける米iMEDD社(オハイオ州コロンバス)の首席科学者、フランク・マーチン氏は語る。

 体内に埋め込んだ装置の制御は、精巧にできればできるほど望ましい場合がある。

 カリフォルニア州ラホーヤで開業する内分泌学の医師、マーゴット・エイケン博士は次のように語った。「これは非常に有益な方法になり得る。2通りの設定ができれば、さらに役立つだろう。1つは一定量の薬剤が継続的に投与できること。2つ目は、間隔をあけて薬剤が出るようにして、必要ならば追加投与もできることだ」

 ナノポンプで薬液を注入するのに必要な電圧は、1ボルトにも満たない。したがって、装置を埋め込んだ患者が、電気ショックを感じるような懸念は全くない。

 「患者に影響を与えるような電圧ではないし、薬を熱で変質させてしまうような怖れもない」とマーチン氏。

 ナノポンプ装置は幅5ミリ、長さ40ミリのシリンダー型。人間に使用する場合は腕の皮膚のすぐ下に挿入する。

 「ナノポンプで最も重要なのは、マイクロ・ファブリケーション技術によって構築するナノチャンネルの並びだ」とマーチン氏は語る。

 この部分が、装置の製造における最大の難所であることも明らかだった。

 「こんな小さなものを扱う場合、チャンネルをまっすぐにするのが難しいたったの4ナノメートルしかない場合もあるのだから。管の中で曲がってしまっては、流れが生ずる場に影響してしまうのだ」とコンリスク教授。

 装置内の2つのタンクに設けられた電極は、標準的な補聴器用のバッテリーで作動する。

 「この程度の電力消費なら、市販品のバッテリーで数年間はもつはずだ」とハンスフォード助教授。

 薬剤の補給も可能で、針と注射器を用いてポンプ内のタンクを満たせばよい。

 装置が非常に小さいので、投薬に適する薬剤は、効果のきわめて高いものに限られる。

 マーチン氏によれば、ナノポンプで最も高価な部分は、薬剤そのものになるだろうという。

 ナノポンプは、動物実験にこぎ着けるまででさえ、まだ2年はかかる。しかし、電気パルスがポンプの機能を果たすことがはっきりしたため、研究チームは他の用途の検討にも乗り出した。

 「これを利用して、ある種の分子を特定することができれば、診断に役立てられるだろう」とコンリスク教授は言う。

 この研究は、米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)から資金提供を受けている。

ナノテク:高まる期待、しかし本格的な商品化はまだ先

2001年11月30日 HotWired Japan/ Patrick McGee[日本語版:藤原聡美/小林理子]

 マサチューセッツ州ボストン発ナノテクノロジーの熱狂的な支持者たちは、ナノロボットやナノコンピューターの未来図を想い描きながら、この分野の可能性を大いに宣伝しつづけてきた。しかし、地道な研究を重ねている科学者は、現実はそれほど華々しいものではないと言う。

 「現時点で、ナノサイエンスという学問分野はかなり進歩しているが、現実に応用できるナノテクノロジーと呼べるものはほとんどない」と語るのは、米ヒューレット・パッカード(HP)社、ヒューレット・パッカード研究所のナノテクノロジー研究者、R・スタンレイ・ウィリアムズ氏だ。

 ウィリアムズ氏は、11月29日〜30日(米国時間)にボストンで開催のナノテクノロジー事業会議『ナノテク・プラネット2001』の基調講演で、「ナノテク分野を人々に広く知らせるのが得意な人々が、必ずしもそれを本当に理解しているわけではない」と述べた。

 ナノテクノロジーとは、ナノメートル単位で物質を制御することを通じて、素材や装置、システムを作り、利用することをいう。1ナノメートルは1ミリの100万分の1、毛髪の太さのほぼ10万分の1だ。ウィリアムズ氏は、ナノテクノロジーに関しては、たいていの人は2つのグループのどちらかに分類できると語る。

 一方のグループは、ナノテクノロジーが理想郷をもたらすと信じている。もう一方のグループは、ナノロボットが次々と増殖して人間の手に負えなくなり、やがて世界を破壊してしまうと恐れる。「ナノテクノロジーは魔法ではない」とウィリアムズ氏。「いろいろな点で、現在われわれが行なっていることを革命的に拡大してくれる。しかし、一部の人々が考えているように崇め奉るものでもなければ、恐怖を抱いたり遠ざけたりすべきものでもない」

 ナノテクノロジーに対して恐怖心などまるでないように見えるのが、ベンチャー投資家の集団だ。ウィリアムズ氏によれば、ドットコムのバブルがはじけて以来、ベンチャー投資家は次の大儲けのチャンスを探してきたという。そういうベンチャー投資家をねらって、ナノテクノロジーの技術者を自称する未熟な起業家たちが、研究費用を調達しようと、熱心に誘いをかける。

 「無知と強欲が市場で出会ったとき、破滅のレシピができあがる」とウィリアムズ氏は語る。「ナノテクノロジーを推進していくうえで一番心配なのは、期待があまりに高すぎ、あまりに性急すぎる結果、この分野の信頼性が失われ、これまで長い時間をかけて培おうとしてきた勢いの多くが失われてしまうことだ」

 その勢いをつけた主役は、『米国ナノテクノロジー計画』を打ち出した米連邦政府だった。ナノテク研究のための連邦政府予算も年々増加し、2000年に2億7000万ドルだったものが2001年は4億2200万ドルになり、2002年は5億1800万ドルが約束されている。

 それだけの予算がインパクトを発揮するようになるまでにはまだ時間がかかりそうだが、ナノテク製品をすでに市場に出している企業もある。テキサス州ヒューストンの米カーボン・ナノテクノロジーズ社はその1つだ。

 カーボン・ナノテクノロジーズ社の共同創立者の1人でもあるライス大学のリチャード・スモーリー教授は、珍しい形状の炭素分子、バッキーボールの発見によりノーベル賞を受賞(日本語版記事)している。

 カーボン・ナノテクノロジーズ社は、太さ1ナノメートル、長さ数百ナノメートルという『単層カーボンナノチューブ』を大量生産する方法の開発に成功した。これは「恐ろしく強靱」で鋼鉄の100倍の強度を持っていると、やはり同社の共同創立者の1人、ケン・スミス氏は語る。また熱や電気を伝える性質もあるという。

 ナノチューブは、平面型ディスプレーパネルや燃料電池、電池、コンデンサーなどさまざまな製品への応用が期待されているが、これまでは製造が困難だったうえ、まだまだ値段がひどく高い。

 カーボン・ナノテクノロジーズ社が1999年にナノチューブの販売を開始したときの価格は1グラムあたり2000ドルだったのが、今は1グラムあたり500ドルになっている。だが、スミス氏の話によると、カーボン・ナノテクノロジーズ社はこれから数ヵ月のうちにパイロット工場を稼働させ、1日にナノチューブを2200グラム強製造できるようにするそうだ。これは、今世界中で製造されているナノチューブを全部合わせた量に匹敵する。

 そうなれば価格が劇的に下がり、各製造業者がナノチューブの多種多様な応用法をもっと探求しようと考えるようになるだろうとスミス氏は語る。

 こういった話はすべて、ナノテクノロジーという分野に秘められた可能性を強調するものではあるが、研究者や投資家は長期的視野に立たなければならないとウィリアムズ氏は述べる。「ナノテクノロジーの商業的市場は、とてつもなく大きなものになる。この分野にいち早く参入し、ここでしっかりした足場を固め、成果があがるまで耐え抜く力を持っていれば、非常に魅力的な市場になるだろう。しかし、予定表をよく見てほしい。ほとんどの場合、実現するのはまだ10〜15年先の話なのだ」

海中で有害な藻類を検出するナノロボット

2002年01月15日 HotWired Japan/ Joanna Glasner[日本語版:平井眞弓/小林理子]

 重量が1キロを超えるようなノートパソコンが、小型化の素晴らしい実例だと位置付けられる今日の世界では、海中の有害な微生物を探す超小型ロボットを製作する構想など、SF小説のように思えるかもしれない。

 しかし南カリフォルニア大学(USC)の研究者グループは、今後数年をかけて、この夢のような構想を現実に近づけたいと計画している。

 最近全米科学財団から受けた150万ドルの助成金を利用して、USCのロボット工学、生物学、コンピューター科学の研究者たちからなるチームは、微小サイズのロボットを使って、沿岸の海中で繁殖する有害な藻類を探し出す構想が実現可能かどうかを探るテストを計画している。

 この計画の中心は、まず『ブラウン・タイド』の原因となる微生物を検出することにある。ブラウン・タイドとは、ニュージャージー州やロングアイランド島の沿岸で突然発生することで知られる藻類の異常繁殖だ。

 計画の中心人物の1人、USCの『分子ロボット工学研究所』(Laboratory for Molecular Robotics)のアリ・レキチャ所長は次のように述べている。「問題は、こうした微生物がどんなとき、どんな条件下で大発生するかが、よくわからない点にある。繁殖の規模に影響を与える環境条件を把握しなければならないことは確かだ」

 実験の第1段階は、走査プローブ顕微鏡を使って行なわれる。この顕微鏡には、ナノメートル(100万分の1ミリメートル)サイズの鋭い探針がついていて、原子レベルで微生物を撮影したり、操作したりできる。

 ブラウン・タイドを起こす藻類と結びつく抗体を走査プローブ顕微鏡の探針に付けておくことで、大量のサンプルからこの微生物を検出し、特定できるはずだとレキチャ所長は語る。

 「この技術を水中に応用するのはきわめて新しい試みだ」と、研究に参加しているUSCのデビッド・キャロン生物学教授は述べる。キャロン教授は最近、ブラウン・タイドを発生させる藻類と結びつく抗体を作り出した。

 キャロン教授によると、計画の第1段階で実際に海中で実験を行なうことはありえないという。藻類を検出する研究は、実験室の水槽という管理しやすい環境で行なうことになっている。

 ロボット工学面から見ると、技術は急速に進歩しているものの、微小ロボットの実現には10年以上かかるだろうと、レキチャ所長は慎重な姿勢をとっている。ただし、走査プローブ顕微鏡による実験は、有害な藻類の存在を検出するロボットがどんな種類の検知能力を備えていなければならないかを決めるための第1歩になる、とレキチャ所長は考えている。

 計画の最終目標は、有害な藻類の発生を検出できる数千〜数百ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリメートル)程度のロボットを設計することだという。レキチャ所長は、この目標を実現できる時期については言及しなかった。ナノテクノロジーの現状は、1960年代後半のインターネットみたいなもので、今後の展開はまだまだ予測がつかないというわけだ。

 工学的な研究と並行して、USCのコンピューター科学の研究者チームでは、まだ仮説の段階でしかないナノロボットを、大量にネットワークで結び、秩序正しく通信させることが現実に可能かどうかという問題にも取り組むことになっている。

 「ナノロボットが誕生するまで、漫然と待っているわけにはいかない。だからロボット間の連携などのあらゆる問題に対処する、大量のソフトウェアの開発を進めている」とレキチャ所長は語る。

ナノコンピューター実現に大きな一歩

2001年11月09日 HotWired Japan/ Geoff Brumfiel[日本語版:寺下朋子/湯田賢司]

 ワシントンDC発極小のコンポーネントで構成されるナノエレクトロニクス。今週、世界で初めて分子サイズのトランジスターと論理ゲートが発表され、ナノエレクトロニクス分野に大きな前進があった。

 このような基本コンポーネントの開発は、現在のテクノロジーではまだ不可能な、より高速、高性能で、しかも安価な極小コンピューターの開発を進めるうえで重要な一歩だ。

 ノーベル物理学賞を受賞したリチャード・ファインマン氏はかつて、人間は原子サイズの機械を作ることができると唱えた。以来、ナノテクノロジーの実現はつねに科学者やSFファンの夢となっている。

 紙に含まれる炭素原子からダイアモンドを作り出したり、人間の体内に入って動脈壁からコレステロールをかき取ってくれたりする超小型ロボットが活躍する未来像を、ナノテクノロジーに魅入られた人々は思い描いている。

 このような壮大な未来世界はまだ実現していないものの、今週号の『サイエンス』誌に掲載された2つの記事は、ナノエレクトロニクスの分野で重大な前進があったことを報じている。

 1つめは、米ルーセント・テクノロジー社のベル研究所の研究者グループが、単分子から電界効果トランジスター(FET)を作ったという記事だ。

 「FETは、現代エレクトロニクスの原動力だ」と研究グループのメンバー、ジャン・ヘンドリック・シェーン氏は述べている。分子サイズのFETは、ナノコンピューター作りの第一歩となる。

 ベル研究所のグループが作ったトランジスターは、人間の頭髪の太さのおよそ5万分の1というサイズの有機分子だ。現在のシリコン技術では不可能な、プラスチックその他の合成素材との結合を可能にしたのも、この新技術の利点だ。

 このおかげで、コンピューター回路をクレジットカードや衣服に組みこむことができるとシェーン氏。また、この分子は溶液中に容易に保存できるため、インクジェットタイプの技術を使ってプラスチックシートにプロセッサーを「印刷」できるようになるかもしれない。

 同じくサイエンス誌に掲載された2つめの記事は、ハーバード大学の研究者グループが、単純な回路として自己集合する半導体ナノワイヤーの開発に成功したと報じている。

 「自己集合という概念は、生物学の世界に古くから存在する」とグループを率いるチャールズ・リーバー教授は述べている。

 この概念をDNAサイズのナノワイヤーに応用するために、同グループは液体内にナノワイヤーを作り、その液体を電気接点の配列に注ぎかけた。ナノワイヤーは、接点上の特殊な接着剤に付着して複雑なグリッドを形成し、その交差部分がFETのような役目を果たす。接着剤、液体、ナノワイヤーを層状に重ねることによって、基本的な加算演算が可能なナノ回路を作ることができた。

 リーバー教授は、「最終的に、(既存技術が想定している)現在の開発ロードマップをすぐに達成してしまうような、高度に統合された構造を作れるようになるだろう」と述べている。しかし同時に、量子コンピューター量子力学の奇妙な法則に基づくコンピューターの長期的な可能性にも注目している。

 「ものを非常に小さくすると、そこに量子力学的な特徴が現れてくる」とリーバー教授は説明している。

 ハーバード大学の研究グループが使うナノワイヤーは非常に小さいため、量子力学的な特性が出てくる。「それをどうすればうまく扱えるかはっきりしないが、とにかく特性は現れているのだ」とリーバー教授。今後研究を重ねれば、量子コンピューターにナノワイヤーを利用できるようになる可能性がある。

 「どちらも立派な業績だ」と評しているのは、世界初の分子ナノテクノロジー企業、米ザイベックス社の主任研究員、ラルフ・マークル氏。マークル氏は、新技術のサイズの微小さと処理能力の高さによって、人間とコンピューターとの関係性が変わると考えている。

 「本質的にはただの箱と画面とキーボードにすぎないコンピューターが、私たちの日常生活でこれだけ重要な役割を果たすようになったのは、考えてみれば実に驚異的だ」

 分子プロセッサーがあれば、コンピューターが見たり聞いたりできるようになり、人間とより直接的な関係を結べるようになる、とマークル氏は説明する。「われわれがモニターという名の祭壇の前に座らなくても、コンピューターのほうが世界に出ていって仕事をこなしてくれるようになる」

 しかし、現在のコンピューターの能力を角砂糖ほどの大きさに凝縮できる強力なテクノロジーの開発は、本当に必要なのだろうか?

 マークル氏は必要だと考えているようだ。「『これ以上コンピューターの力が必要になるような技術が出てくるのだろうか?』という疑問が出てくるたびに、誰かが新たなアプリケーションを持って登場する。たとえばウィンドウズの2015年バージョンが登場するころには、それを動かすのに分子コンピューターが必要になっているに違いない」

ナノテクノジー利用のガン細胞検出装置

2001年10月15日 HotWired Japan/ Daithi O hAnluain [日本語版:寺下朋子/岩坂 彰]

 アイルランド、コーク発アイルランドのコークで、ガン細胞をたちどころに見つけてくれる、マイクロチップサイズの機器が開発された。

 ガン細胞を探知するマッチ箱よりも小さなこの機械は、ナノテクノロジーとマイクロチップの製造技術、そして旧来の医療技術を組み合わせたものだ。人間の頭髪ほどの太さの管で細胞を取りこみ、ガン細胞に付着する染料に浸す。そしてレーザーをあてると、染料の付着した細胞が蛍光を発するという仕組みだ。

 この染料は医療現場で、ガン細胞、特に白血病のガン細胞の分離と分析にすでに使われている。だが、そのための装置は非常に大きく、キャビネット4つほどもある。また、検査は専門の技師が行なわなければならない。

 新しい機器は、サイトメーターと呼ばれる従来のガン診断機器と同じ能力を持つ。だが、コークの科学者はこの技術をマイクロチップに詰め込むことに成功、その結果、新機器は携帯可能となり、製造コストも比較的低めに抑えることができた。検査も、これまでは専用の検査室で数時間から数日間かかっていたのが、数分あるいはほんの数秒で行なえるようになった。

 検査に必要なのは、頬の粘膜からこそげとった細胞か、血液サンプル、あるいは生検で取られた細胞のサンプルだけだ。どんなガンを調べるかによって、使う細胞が決まる。サンプルをマイクロチップに取りこませると、ガン細胞の検知と分離が行なわれる。

 「近いうちに、ペンほどの大きさの機器でガン細胞を即座に見つけ出して健康な細胞から分離し、DNAを分析することすらできるようになるだろう」と、コークの国立マイクロエレクトロニクス研究センター(NMRC)でマイクロ流体研究を指揮しているピーター・オブライエン博士は言う。

 こういった機器は、今後2年以内に研究室でラットや解剖用の遺体で試用できるようになるだろう。だが、ガン患者に臨床使用するには食品医薬品局の承認が必要となるため、もっと長い期間、おそらくは12年はかかると思われる。

 「研究に使うには非常にすばらしいと思う。病院では、サイトメーターは主に白血病の発見に使われている。固形腫瘍は技術的な困難が伴うため、白血病以外のガンへの適用にはもっと時間がかかるだろう」と、コーク大学で腫瘍学科主任を務めるトム・コッター教授は言う。だがオブライエン博士は、そのような困難も克服できると確信している。

 困難を乗り越えられるのは、ナノテクノロジーの中でも新分野であるマイクロ流体学のおかげだ。マイクロ流体学は、ナノリットル、ピコリットルレベルで、液体や細胞、あるいは分子をも扱う。このような極小単位で操作する主な利点は、層流という物理学の概念にある。層流では、液体が予測可能な動きを示す。

 「集積回路に似ていると言えばわかりやすいかもしれない。1940年代にはバルブと巨大な設備が使われた。できることも限られていた。だが、それを1つのチップにまとめるようになって、実に効率がよくなった」とオブライエン博士。

 同様に、今はマイクロ機器を1つのチップにまとめることができる。層流のおかげで、液体たとえば細胞の入った溶液は電流あるいはシリンジ・ポンプからの圧力によってさまざまな管に正確に導かれる。健康な細胞は流体回路から外に流され、病気を持った細胞は、マイクロリアクター(加熱プレートなど)やレーザービームの下に集められる。要するにこれは「チップ上の実験室」なのだ。

 オブライエン博士はこの機器を使うことによって、患者の診察と治療のほか、科学捜査や薬品製造も大きく進展すると考えている。

 オブライエン博士のマイクロ流体研究チームは、NMRCのチップ製造設備を使って試作品の開発を加速した。この設備を利用すれば構想段階から3週間で試作品を作ることができ、現在はシリコン、ガラス、ポリマーで機器を開発している。「われわれはクロマトグラフィー(吸着力を使った物質の分離法)で特許を1つ取っており、それが大きな関心を呼んでいる」とオブライエン博士。

 その他、開発が考えられる機器には、DNA鑑定や遺伝子科学捜査に使われるものや、ガン治療薬を調剤するマイクロ流体チップなどがある。だが、現在マイクロ流体技術の最大の牽引役となっているのは、薬の発見だと米フロスト&サリバン社のアナリスト、エリック・ゲイ氏は言う。「薬物発見におけるマイクロ流体の市場は、2004年には4億ドル規模にまで成長するだろう」

 この技術は薬学研究に適している。研究所では、常時多数の化合物を検査しているため、大量のサンプルを扱う迅速な検査システムが必要となる。また、サンプルの多くは非常に高額であるため、使用をできるだけ少量に抑えるのが合理的なのだ。

 メリーランド州ベセズダにある国立ガン研究所の上級技術顧問、エイブラハム・P・リー博士は、ガン細胞の検出と分析の技術は、ガン研究に対するマイクロ流体学の最大の貢献だと言う。

 「ガンは分子病なので、マイクロ流体技術で分子サインを捉えられるなら、研究は飛躍的に進展するだろう」。リー博士はさらに、バイオチップを体内に埋め込んで、ガン発達の初期段階で警告を発することができるようにすることも考えている。「だが、ゴールはまだまだ先だ」

 そのゴールへの第一歩となるのがオブライエン博士の機器だ。オブライエン博士は今月、カリフォルニア州モンテレーで開かれる第5回マイクロTAS会議での講演で、米国の科学者たちに研究成果を披露することになっている。

環境など4重点分野の研究で重視すべき課題をまとめる 科学技術・学術審議会

2001/08/10 EICネット

 総合科学技術会議は科学技術・学術審議会建議「科学技術・学術振興に関 する当面の重要事項について」を平成13年8月9日にまとめた。

 この建議では、 (1)科学技術創造立国実現のためには、国家的・社会的題に対応した研究開発と基礎研究をバランスよく推進していくこと、 (2)世界最高水準の優れた研究成果を生み出すことができる研究開発環境を構築すること −−の2点が重要であるとの認識の下に、文部科学省がその具体化に取り組むに当たって、当面、特に重要と思われる点について考え方をとりまとめている。  なお、国家的・社会的課題に対応し、重点的に取り組むべき研究開発分野としては (1)ライフサイエンス、 (2)情報通信、 (3)環境、 (4)ナノテクノロジー の4分野があげられており、建議の中では、各分野について具体的に取り組むべき課題を整理した。

 環境分野については、全球総合観測システムの構築など、観測から予測・解明までが有機的・体系的に結びついたプロジェクトを重点的に推進することとし、また、人文社会科学との連携にも努め、大学等の研究資源を効果的に活用することが重要である、とまとめられている。【文部科学省】

難病治療に応用されるナノテク素材バッキーボール

2001年08月01日 HotWired Japan/ Jill Neimark [日本語版:河原 稔/高橋朋子]

 この地球に生きとし生けるもの、すべての基本元素となっている炭素その炭素を使って、エイズ、ルー・ゲーリッグ病(筋萎縮性側索硬化症)、骨粗鬆(こつそしょう)症、ガンなど、さまざまな病気に有効な新タイプの治療薬が開発されつつある。

 新しい薬品の原料となるのは、バッキーボールと呼ばれる珍しい形状の炭素分子だ。このバッキーボールは、1985年にテキサス州ヒューストンにあるライス大学のリチャード・スモーリー教授のグループが発見した。教授はこれでノーベル賞を受賞している。

 研究者の中には、バッキーボールの発見をベンゼン環の発見になぞらえる者もいる。同じく炭素を中心とする分子であるベンゼンからは、アスピリンやシメチジンなど、今日ある薬品の40%が作られた。

 バッキーボールは不活性で、毒性はない。非常に小さいので、細胞、タンパク質、ウイルスなどと相互作用を起こしやすい。しかもさまざまに手を加えられる。

 中空構造をしているため、内部に薬品を挿入することも可能だ。

 現在はライス大学『ナノスケール科学技術センター』(CNST)の所長を務めるスモーリー教授は、自身の発見した炭素分子を、建築家のバックミンスター・フラーにちなんで、バッキーボールと名付けた。フラーが考案したジオデシックドーム[正三角形を多数組み合わせた球形ドーム]と似た構造をしているというのが、その理由だ。

 バッキーボールはきわめて小さい直径は1ナノメートルと、人間の毛髪の太さの数万分の1というスケールだ。ボール状の炭素分子で、滑らかで完全な球形をしている。また、毎秒1億回を超える速度で回転しており、ステンレス板に時速約2万4000キロメートルでぶつかっても衝撃に耐え、壊れずに跳ね返ってくる。

 発見以来、バッキーボールからは、同じような形の炭素分子が数多く生成されている。このような炭素分子はフラーレンと総称される。その用途は非常に広く、スモーリー教授をして「バッキーボールはまるで『ロゼッタ・ストーン』だ。その発見をきっかけに、多種多様な新しい構造の炭素が生まれた」と言わしめるほどだ。

 フラーレンはチューブ状にも形成されており、将来は超伝導体として用いられる可能性もある。だが最も重要な応用分野は、医学かもしれない。

 「バッキーボールは『分子の針山』のようなものだ」と語るのは、もと腫瘍学者で、バッキーボールを用いた医薬品を開発している加Cシクスティー社(オンタリオ州トロント)の創立者、ユーリ・サグマン氏。「ほかの化学物質を好きなだけくっつけられる」

 最初のバッキーボール薬品が実用化されるのは早くて1年半後、エイズウイルスを抑える薬になる予定だ。Cシクスティー社は現在、米食品医薬品局(FDA)に第1段階の試験を申請している。バッキーボールを用いた、まったく新しいヒト免疫不全ウイルス(HIV)治療薬の開発は速やかに進行中で、動物実験ではかなり有望な結果が得られている。これは薬剤耐性のあるHIVウイルスに対しても有効とのことだ。

 この薬品は、HIVのプロテアーゼ(タンパク質分解酵素)を阻害する。バッキーボールはその大きさ、形、化学的性質が適しているおかげで、HIVウイルスのくぼみにたやすく入り込める。これでウイルスは増殖できなくなるのだ。

 さらに好都合なのは、毒性がないと思われる点だ。「動物での致死量をはじき出せば、天文学的な数字になる」とサグマン氏は言う。「経口摂取で十分に吸収され、腎臓でも変化せず排泄されるので、ターゲットの臓器を損なわない。これは重要なことだ。従来のエイズ治療薬は副作用が強く、指示通りにきちんと服用しなければならない点が大きな問題となっているからだ」

 第2のバッキーボール薬品は、ルー・ゲーリッグ病(筋萎縮性側索硬化症)を治療するものだ。Cシクスティー社はこの薬の臨床試験を実施したいと考えている。これがうまくいけば、よく似た病気であるパーキンソン病の治療にも使われるかもしれない。動物実験では大いに期待できる結果が得られている。

 「バッキーボールは、フリーラジカル(活性酸素)の『スカベンジャー』(掃除屋)にもなるだろうとわれわれは見ている」と語るのは、ニューヨーク大学で化学を教えるスティーブ・ウィルソン教授だ。教授はCシクスティー社の顧問でもある。ルー・ゲーリッグ病など、多くの運動ニューロン疾患では、フリーラジカルが原因となってトラブルが起こっている。最終的には神経細胞を死に追いやってしまうのだ。

 バッキーボールが将来活躍しそうな分野はまだある骨粗鬆症と、画像診断の2つだ。

 同じくCシクスティー社の顧問で、ライス大学で化学を教えるロン・ウィルソン教授は、バッキーボールの内部に放射性元素モデルをはめ込む研究に取り組んでいる。ちょうど分子でできたミクロの宇宙船といったところだ。

 ウィルソン教授は、バッキーボールが血管を伝わって移動するあいだ、放射線を発するようにしたいと考えている。ただし、バッキーボールは無傷のまま排泄されるため、治療が終われば放射性元素も体内から完全に取り除かれるというわけだ。

 「放射性物質の毒性を炭素の殻で包み込んで、それを体内から排出する。こうしたことができれば、すばらしい結果がもたらされるだろう」とウィルソン教授。

 教授はまた、骨粗鬆症に有効な骨形成促進薬を運ぶフラーレンの開発にも取り組んでいる。現在のところ、治療薬のほとんどは吸収率が悪く、毒性もある。だがバッキーボールなら、分子でできた無害な運搬船となって、壊れやすくなった骨に骨形成促進薬を安全に届けられるかもしれない。

 さらに遠い将来の展望としては、バッキーボールが抗ガン剤や、腫瘍部位の画像診断に用いる光感受性薬品[腫瘍部位に停留し、そこへ光を照射すると腫瘍細胞が壊死する]を腫瘍の細胞まで運ぶことも考えられる。バッキーボールの発見者であるスモーリー教授は、この応用例が早く実現されるのを切望している。教授は最近、リンパ腺ガンを再発したのだ。

 発病当初、スモーリー教授のガンは従来の化学療法で鎮静化した。ガンが再発したため、こんどは化学物質によらない、モノクローナル抗体を用いた最先端の免疫療法が施されている。もしまたガンが再発した折りには、ガン細胞を殺す抗体と化学物質の両方をその球体の上に乗せたバッキーボールが命を救ってくれるだろうと、教授は考えている。

 新薬の登場がいつになろうとも、バッキーボールには明るい未来が開けているようだ。

 「今後数年で、バッキーボールが重要な製薬材料の1つになるのは間違いない」。ナノテクノロジー企業、米ザイベックス社の研究者、ロバート・A・フレイタス・ジュニア氏はこのように述べた。「バッキーボールはいずれ、世界中の数え切れないほどの人々の命を救い、病状を好転させるだろう」

分子レベルの医療に広く応用されるナノテクノロジー

2001年05月22日 HotWired Japan/ Kristen Philipkoski[日本語版:河原 稔/岩坂 彰]

 サンフランシスコ発「ナノテクノロジー」という用語は1990年代に大流行したが、小さなロボットを人の血管に注入して、正常に機能していない細胞を小さなドライバーで修繕させる、などということはいまだ科学では不可能だ。

 だが、サンフランシスコで開かれた『バイオテクノロジーとITに関する国際サミット』では21日(米国時間)、学界と企業の科学者たちが、本来の意味のナノテクノロジーとはそういうものではないと述べた。

 実際、研究者たちはナノ単位の大きさの道具を設計してきた。そうした道具は極めて小さいので、生物兵器の病原体を分子レベルで粉砕したり、細胞1個を顕微鏡でも見えるほどに明るく発光させたりすることが可能だ。

 「ナノ」とは、どのくらい小さいのか? 答えは10のマイナス9乗メートルだ。ちなみに、太陽と地球の距離は10の11乗メートル。

 ミシガン大学『生物ナノテクノロジー・センター』(CBN)のジェイムズ・ベイカー所長は、『タイム』誌最近号に掲載されたナノテクノロジー関連記事の挿絵のスライドを見せた。

 その図は、テントウムシのように見えなくもない。人の遺伝子やら細胞やらのまわりを動き回り、レンチやガムテープでいろいろと修理することができるものの図だという。キャプションには、人体から毒素を取り除き、薬品を注入することができる「ポンプ」と表示してあった。

 ベイカー所長いわく、「これはナノテクノロジーを正確に表わした図ではない」

 「ラクエル・ウェルチが出ていようがいまいが、ここで『ミクロの決死圏』の話をするつもりはない」とベイカー所長。

 本題は、ベイカー所長の言う「高性能ナノテクノロジー機器によるガン治療」だ。

 ミシガン大学の研究所では、ある極小機器の開発が進められている。完成すれば、ガン細胞に的を絞り、治療法を選択し、使用した薬品に対する腫瘍の反応を詳細に記録しさえすることが可能になると期待されている技術だ。

 開発はすでに好調な出だしを見せている。CBNは『ピッツバーグ・スーパーコンピューティング・センター』と共同で、6ヵ月かけてナノ・スケールの機器を制作した。この機器をマウスの尾に注入すると、ガン細胞だけに吸収される。

 研究者たちは、ナノテクノロジーの導入により、腫瘍の切除にしても直接的に腫瘍を扱えるし、レーザー治療でも、この「ナノ領域」により超高速レーザーで特定の細胞だけを正確に破壊できると考えている。

 さらには、このように直接的にアプローチすれば、ガンの薬剤耐性を防ぐことも可能と見ている。

 ベイカー所長によると、CBNは米国防総省の国防高等研究計画庁(DARPA)から生物兵器に対する防衛措置開発の依頼を受けているという。

 ベイカー所長は、ロシアは抗生物質に対する耐性を持ち、根本的に防御不可能な「バイオ・テロリスト病原体」を開発してきたと語る。実際、ベーカー所長のかつての知人という人物は、ロシアの「極めて危険なウイルス感染の研究所」の所長を務めているという。

 ベイカー所長の研究グループは、独自に開発した『ナノ・エマルジョン』(nano-emulsion)と呼ばれるナノテクノロジーを用いてバクテリアを運ぶ方法を編み出そうとしていた際に、予期せぬ副産物を得た。

 本来の実験にとっては残念なことに、ナノ・エマルジョンはバクテリアを殺してしまった。だが幸いにも、このことでナノ・エマルジョンにはバクテリアを根本的に粉砕し殺す力があることがわかった。

 ベイカー所長によると、この発見を確認するために、マウスに傷を負わせてその傷口に「非常にタフで殺すのが極めて難しい」バクテリアを注入したという。

 傷口を塩水で洗浄した場合、その効果が見られず、マウスは死んだ。

 だが、ナノ・エマルジョンを含む溶液で他のマウスの傷口を洗浄すると、傷は治りはじめた。

 ベイカー所長に言わせると、この技術は壊疽の治療、牛肉の殺菌、『鼻スプレー』などにも応用がきくだろうとのこと。飛行機に乗ったり教会に行ったりする前にこのような鼻スプレーを使っておけば、ウイルスに侵されないですむ。

 今やかつてないほど「巧みに分子レベルの物を操ることが可能」だと話すのは、米エネルギー省『パシフィック・ノースウエスト国立研究所』(PNNL)基礎科学部門の副所長を務めるJ・W・ロバーツ氏。

 ロバーツ氏の研究所でも、潜在的なバイオ・テロに対抗するための研究に取り組んでいる。研究者たちは、極めて有害な生物兵器酵素を吸入して密封し、汚染領域を浄化する、大きさ30ナノメートルのナノテク機器を開発した。

 米クアンタム・ドット社のジョエル・マーティン社長兼最高経営責任者(CEO)によると、同社は数少ない現実のナノテク製品の1つを販売しているという。

 創立わずか2年のクアンタム・ドット社は、「莫大な資金」を調達しており、8つの特許を所有し、グラクソ・スミスクライン社や米ジェネンテック社などの大企業や米国立衛生研究所(NIH)とも協力関係にある。

 クアンタム・ドット社の『Qdot』機器はいたって基本的なもの、すなわちLED(発光ダイオード)だ。だが、発光させるのはダッシュボードや信号機ではなく、細胞だ実際、ふつうの顕微鏡でも細胞1個が見えるくらいに明るく発光させる。

 「これぞまさしく最高の感度だ」とマーティン社長。

 つまり、研究者は生きた生物体のタンパク質、免疫抗体、DNA発現などを文字通り「見る」ことができるというわけだ。

 異なった色のQdot機器を組み合わせて用いれば、染色体を「着色」するだけでなく、細胞内で何が起こっているかをその場で示す「バーコード」を作成することもできる。

夢の健康医療を実現するナノテクノロジー(上)

2000年11月14日 HotWired Japan/ Mark K. Anderson[日本語版:藤原聡美/岩坂 彰]

 マサチューセッツ州ケンブリッジ発13日(米国時間)、健康に関する専門家、テクノロジーの専門家、そして健康テクノロジーの専門家などが一堂に会して、夢の健康医療についての可能性を語り合う会議を開催した。

 『ヘルスSIG』と誤解されそうなほどあっさり名づけられたこの集まりを主催したのは、マサチューセッツ工科大学(MIT)のメディアラボだ。初会合となる今回の会議では、巨大な規模の医療産業全体を再考することに始まり、この産業が受け身の患者ではなく充分な知識を持った健康人を対象とするような将来像を描くことを提案(日本語版記事)している。

 「基本構想は、これらの新しいツールによって、患者になってからではなく、健康体のときに、自分の健康を管理しライフスタイルを維持していけるようにすることだ」と語るのは、メディアラボの研究責任者で、この健康管理プロジェクトの中心者でもあるアレックス・ペントランド氏だ。

 「自分のことは自分で管理し、自分自身の体を知り、自分のために行動を起こすということが主流になっていくだろう。医者は、病人や『病気になりはしないかと心配している健康人』だけを相手にするのではなく、ずっときちんとした知識を持って訪れてくる人々と対応することになる」

 13日朝、会議の冒頭の基調講演でペントランド氏は、将来に対する方向性として4つの研究・開発目標を示した。まず、健康的な行動や健康についての学習を奨励・推進するためのシステム作り。次に、ウェアラブル・システムとハイテク環境の設計。そして、「豊富なデータ」に基づく個人個人に適した医療サービスを生み出し、推進しすること。最後に健康維持、健康管理、病気の早期発見に役立つ微小バイオセンサーの開発。以上の4つだ。

 夢のような話だが、会議の他の出席者たちもペントランド氏に負けてはいなかった。実際、この日の午後に行なわれたセッションでは、自由で多彩な発想を持つメディアラボ所属の研究者に、産業界、学術界、官界からの多くの代表者たちも交じって、「健康医療産業」に望みたい最も重要な発展とは何かをテーマとして、それぞれが思い描く理想を書き出した。

 早々とサンタクロースにお願いしている程度の非現実的なとらえかたでいる出席者もいたが、もっと実現性あるものとしてとらえて、ヘルスSIGの提唱する夢を実現させるための要点は政治的、社会的、法的環境の変化だと予測するものもいた。

 「トリコーダー[『スタートレック』に出てくる携帯用小型探知装置]ってなんだ」と首を傾げている記者もいた。その他絶対欲しいものとしてあげられた新発明には、錠剤の中に組み込める生物学的センサー、「すべて網羅の」(しかしプライバシーは確実に守られる)個人健康カード、さらには口腔内健康感知センサーつき歯ブラシなどがあった。

 あるいは、一番重要な変化は「健康管理を行なう中心の場として、家庭を重視すべき」だと書いた参加者もいれば、「子どもや高齢者にも利用しやすい、簡単なインターフェース」が必要だとする人もいた。

 さらには、究極の「ハイテク世話係」を求めて、「理想とする製品:生物測定によるあらゆる情報にリアルタイムでアクセスして、正しい対処をきちんとするように促してくれるロボット」と書いた参加者もいた。

「21世紀、ナノテクは人類と機械を一体化する」

2000年11月03日 HotWired Japan/ Declan McCullagh[日本語版:酒井成美/岩坂 彰]

 メリーランド州ベセスダ発レイモンド・カーツワイル氏は、機械の知能が21世紀末までに人間の頭脳をはるかに駕ぐと予測している。そればかりか、そうなることを切望してさえいる。

 発明家で、『知的機械の時代』(Age of Intelligent Machines)や『霊的機械の時代』(Age of Spiritual Machines)などの著作があるカーツワイル氏。彼が思い描く未来は、とても奇妙な世界だ。ナノテクノロジー、バイオテクノロジー、コンピューター・サイエンスが一体化して発達し、人類を進化の次なる段階へ押し上げるというのだ。

 「21世紀末までには、人間と機械の境界ははっきりしなくなっているだろう」。3日(米国時間)、フォアサイト研究所(Foresight Institute)の『分子ナノテクノロジーに関する第8回会議』に出席したカーツワイル氏はこのように述べた。

 「われわれは、頭脳の容量を数万から数億倍、21世紀末までには数兆倍にも拡張できるようになるだろう」とカーツワイル氏は予測する。

 もちろん技術は、人間の祖先にあたるクロマニョン人が石を拾いあげ、それが単なる風景の一部以上の役割を果たすと認識して以来、人間の存在とは切り離せないものだ。

 しかしカーツワイル氏は、もう少しスケールの大きな話をしているのだ。もし彼の予測が正しければ、科学とエンジニアリングは指数関数的な進歩を遂げ、われわれ人類は機械と一体化することができるようになるだろう。そうすれば、あらゆる病気に対する抵抗力を持ち、より速く考え、より長生きし、スーパーマンでさえ羨望のあまり身もだえしてしまうような「超人類」になれるのだ。

 では、予想が外れた場合はどうなるか。そのときは、今までどおり、故障だらけのソフトウェア、あやふやな記憶力、原始的なヒョウモンガメよりはるかに短い寿命とつき合っていくしかない。

カーツワイル氏の予測: 21世紀には、ほとんどの人間がバーチャルリアリティーの中で人生を送ることになる。神経系に何か機器を埋め込んだり、まぬけなゴーグルを着けたりする必要はない。その代わり、体内を顕微鏡でしか見えないような小さなナノロボットがたくさん動き回り、視覚的映像などの感覚を神経系統に直接注入できるようになる。

コンピューターの記憶容量は、2020年までに人間1人分の頭脳の「潜在的な容量」に追いつき、2050年までには全人類の頭脳を合わせたものに匹敵するようになるだろう。

 カーツワイル氏のこうした予測は、思わぬところである人に強い危機感を抱かせてしまった。米サン・マイクロシステムズ社の共同創立者、ビル・ジョイ氏だ。技術の進歩が人類を危機に追いやるのではないかという不安に駆られたジョイ氏は、『ワイアード・マガジン』誌に記事を発表した。この記事はその後、大きな議論を呼んでいる。

 「(私との会話がきっかけで)ビルは脅威を感じ、今のような考えを持つにいたったようだ」とカーツワイル氏は述べ、未来のハイテク技術を放棄した方がいいというジョイ氏の忠告を「実行不可能で、魅力に欠け、そもそも権威主義的」だと述べた。

 権威主義といえば、講演後の質疑応答で発言した聴衆の1人は明らかにそういう感じだった。ひげを生やしたその人物は、量子コンピューティングを専攻している大学院生とだけ名乗り、「今のあなたの話は人類史上、最も忌まわしい未来の予測だ」とカーツワイル氏の人間に対する姿勢を非難した。

 しかし、聴衆のほとんどはこの発言を聞いた聴衆の間に広がったくすくす笑いが何かを表しているとすればカーツワイル氏の話に恐れを感じたようには見えなかった。

 このナノテク会議では、ハーバード大学のチャールズ・リーバー化学教授もスピーチを行なった。

 リーバー教授は、院生とともに考案した計画について述べた。超微小サイズのきわめて高密度なコンピューター・メモリを製造する計画だ。

 リーバー教授が『吊るし棒配列』(suspended crossbar array)と呼ぶこの計画は、1平方センチに1テラビット(1兆ビット)の情報を記憶できる不揮発性メモリを開発するというものだ。

 「このメモリは、ビーカー何杯分か集めて組み立てるというような話になる」とリーバー教授は述べた。

 会議は5日まで続けられる。

ナノテクノロジーは本当に万能薬か?

2000年06月26日 HotWired Japan/ Patrick McGee[日本語版:矢倉美登里/柳沢圭子]

 メリーランド州ベセズダ発科学者のなかには、ナノテクノロジーが情報処理やバイオテクノロジー、医学といったものを一変させると考え、いずれこの技術が飢餓から病気に至るまであらゆる問題を解決する日が来ると宣言している者さえいる。

 だが、スタンフォード大学の生物物理学者、スティーブン・ブロック氏には、こうしたナノテクノロジーを信奉する楽天家に対して言いたいことが1つある。それは「目を覚ませ」ということだ。

 「問題の1つは、ナノテクノロジー信奉者が生物学に詳しくないことだ」。ブロック氏は25日(米国時間)、『ナノサイエンスとナノテクノロジー:生物医学研究の形成』会議に集まった650人の科学者を前に、スピーチの中でこう語った。

 ナノテクノロジーとは、個々の原子や分子から装置を作る学問で、1959年にノーベル賞受賞者のリチャード・ファインマン氏によって初めて理論化された。

 だがブロック氏は、K・エリック・ドレクスラー氏が『創造する機械 ナノテクノロジー』[邦訳:パーソナルメディア刊]を出版して以来、科学者とSFファンは一様に、この技術の直接的な影響を誇張してきたと語った。

 「もっと現実的になろう。まだやるべき基礎科学研究はたくさんあるのだ」

 この会議は、約束ばかりで答えがあまり出ていないこの分野について、より理解してもらうために、国立衛生研究所によって開催された。

 ブロック氏は、ナノテクノロジーに可能なことと不可能なことを冷静に評価した。ブロック氏の研究所は、レーザー光線をベースとした光学的トラップ、すなわち「光ピンセット」を使って単一分子の細かい動きを研究した草分け的存在だ。

 「われわれには、うまく働く複雑な巨大分子の……設計方法がまったくわかっていない」とブロック氏。

 ブロック氏によると、ドレクスラー氏が率いる非営利団体『展望協会』は先走りしすぎているという。同協会は現在、ナノテクノロジーのための指針を作成中だ。

 そうした機械を操作したり、自分たちで開発したりする前に、「生物学者とナノテクノロジー学者は、天然の機械がどのように働いているか解明する必要がある」とブロック氏は語った。

 クリントン大統領が提案した2001年度予算『米国ナノテクノロジー計画』(National Nanotechnology Initiative)を生み出したが起爆剤となり、ナノテクノロジー研究は今後数年間拡大し続けるだろう。この予算では、各研究プロジェクトに今年度よりも83%多い4億9500万ドルの予算が割り当てられる。そのうち70%は大学での研究に回される予定だ。

 研究者たちは同日、ナノテクノロジーが医療や公衆衛生の分野において何ができるかについて議論した。

 ノースウェスタン大学ナノファブリケーションおよび分子組立センターの所長代理、チャド・マーキン氏によると、ナノテクノロジーはすでに医療診断分野に影響を及ぼしており、結核および大腸ガンの検査に利用されているという。

 マーキン氏は、ナノテクノロジーが大きな影響を与える分野の1つに投薬分野があると考えている。将来商品化される可能性のある新薬の半分近くは溶けにくい性質を持つが、ナノメートル[10億分の1メートル]単位の大きさなら溶けやすくなるという。

 アイルランドのエラン・ファーマスーティカル・テクノロジーズ社のユージーン・クーパー氏は、同社は『ナノクリスタル』と呼ばれる技術を利用することにより、今まで3時間かかっていた市販の痛み止めの吸収時間を20分にまで縮めることができると述べた。

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