TOPIC No.2-61 原水爆禁止/軍縮/平和

01. PEACE NEWS byヒロシマ平和メディアセンタ−
02. 広島・長崎原爆 YAHOO!ニュース
03.《原爆症認定集団訴訟@被爆61年》 の最新情報
04.「もう、長生きできない」(在韓被爆者の61年 遠い手帳) byYomiuri-On Line
05.原爆症認定訴訟 (2006.7.26〜)中国新聞
06. ヒロシマ再構築 中国新聞
07.原爆症認定 広島で集団提訴(2003年) 中国新聞
08.原爆症認定集団訴訟
09. 在外被爆者にも被爆者援護法の適用を!(韓国の原爆被害者・在外被爆者に関する情報のページ)

原爆症認定基準の見直し始まる 厚労省の被爆者医療分科会

2008年10月20日 中国新聞ニュース

 原爆症の認定をめぐり、厚生労働省の被爆者医療分科会は20日、会合を開き、一定の条件を満たせば原爆症として認める「積極認定」の対象疾病に、肝機能障害と甲状腺機能低下症を加えるかどうか基準見直しの検討を始めた。

 会合では、専門家が甲状腺機能低下症について医学的に説明、質疑応答があった。肝機能障害に関する議論はなかった。

 認定をめぐっては、4月に大幅に条件が緩和された新基準の運用が開始。爆心地からの距離など一定の条件を満たせば、がんなど5つの疾病は積極的に認定されるようになった。

 しかし、肝機能障害と甲状腺機能低下症については、認定を求める集団訴訟で原告が勝訴するケースが相次ぎ、10月3日、舛添要一厚労相が専門家に検討を依頼する方針を明らかにしていた。

 また、分科会は20日、新たに原爆症として50件を認めた。内訳はがん31件、白血病17件、心筋梗塞(こうそく)2件。本年度の認定は計1241件になった。

被爆者ら怒りと落胆 原爆症認定訴訟、国控訴で

2008年10月04日 読売新聞 Yomiuri On-Line

 原爆症認定集団訴訟で、高血圧症などの4人を原爆症と認定するよう命じた札幌地裁判決を不服として国が控訴したことが明らかになった3日、県内の被爆者らに怒りと落胆が広がった。

 原爆症認定を求める集団訴訟を支援する県民会議の渡辺力人事務局長は「病気に苦しむ原告に残された時間は少ない。厚生労働省が控訴を続けるのは人道的に承服できない」と批判。舛添厚労相が同日の記者会見で4月から導入した原爆症認定の新基準をさらに緩和するよう検討を始める意向を表明したことについては、「司法判断に従い、被爆実態に則した基準に改善を」と望んだ。

 広島訴訟原告団副団長の玉本晴英さん(78)は「広島高裁で係争中の原爆症認定訴訟に必ず勝って、厚労省の姿勢を変えたい」と決意を新たにしていた。

 また、県原水協も「控訴を撤回し、これまでの誤った被爆者行政を改め、被爆者の実情に沿った認定基準の見直しに直ちに着手するよう強く要求する」とする抗議文を厚労相に送った。

 札幌地裁判決後に河村官房長官が「一挙に解決すべき時に来ているのではないか」など解決に意欲を示す発言をし、原告らの期待が高まっていた。

原爆症認定基準 緩和を検討へ

2008年10月03日 NHKニュース

 舛添厚生労働大臣は閣議のあと、記者団に対し、被爆者の高齢化が進んでいることを踏まえ、被爆者を早期に救済するため原爆症の認定基準をさらに緩和し、原爆症と認める病気の種類を増やすことができないか専門家の会議で検討する方針を示しました。

 原爆症の認定基準はことし4月に大幅に緩和されましたが、その後の原爆症の認定をめぐる集団訴訟でも国の敗訴が相次ぎ、札幌地方裁判所でも先月22日、国に対し原告の一部を原爆症と認定するよう命じる判決が言い渡されました。これについて、舛添厚生労働大臣は閣議のあと、記者団に対し、高等裁判所の判断を仰ぎたいとして、3日、札幌高等裁判所に控訴したことを明らかにしました。

 そのうえで、舛添大臣は「被爆者の高齢化が進んでおり、原爆症の認定基準について科学的な見地から専門家に判断してもらい、その結果を待って一歩前に進んでいければと思っている」と述べ、被爆者を早期に救済するため、現在、がんや白血病など5つの病気に限られている原爆症の認定基準をさらに緩和して原爆症と認める病気の種類を増やすことができないか、専門家の会議で検討する方針を示しました。

原爆症認定:新基準導入から半年 申請急増、審査進まず6000人待ち

2008年10月01日 毎日新聞 大阪朝刊 Mainichi INTERACTIVE

 原爆症認定の国の基準が大幅に緩和されて30日で半年が過ぎたが、この間の認定申請が4800件を超えることが分かった。一方で審査は進んでおらず、4月以前の申請者を含め6000人以上が認定を待っている状態。被爆者らは「審査が申請数に追いつかない。このままでは被爆者は認定前に死んでしまう」と訴えている。

 認定を却下された被爆者が起こした集団訴訟で国側が連敗。これを受け、4月に基準が緩和された。

 新基準導入で、広島県だけで4〜9月の申請数は昨年同期の約18倍の3452人に急増。こうした結果、国によると、8月末時点での待機者は全国で約6000人になった。

 国は昨年度の10倍(年間約1800人)を認定するとして、作業の迅速化を図っており、9月末現在で1000件以上の審査を終えた。しかしこのペースでは、待機分の審査を終えるまでに2年以上かかるとみられる。

 原爆訴訟を支援する広島県民会議の渡辺力人事務局長(81)は「迅速な審査をお願いしたい」と訴えている。【大沢瑞季】

南米被爆者健診へ医師団派遣

2008/10/01 中国新聞地域ニュース

 広島、長崎両県は4日、ブラジルなど南米5カ国に医師団を派遣し、現地の被爆者の健康診断をする。被爆者健康手帳の取得や原爆症認定の申請など援護策の相談にも応じる。20日までの日程で、健康診断には約120人が参加する見込み。

 国の在外被爆者支援事業の一環で、医師団は広島県医師会の松村誠常任理事を団長に、医師4人、両県担当者3人の計7人。ブラジル、ボリビア、パラグアイ、アルゼンチン、ペルーの5カ国7都市を巡回する。

 広島県によると、5カ国の被爆者は約180人。支援事業は、1985年度から両県が隔年で実施している。

 前回の2006年は、国の支援策が実態とかみ合っていないことに反発したブラジル被爆者平和協会が、医師団の受け入れを拒否し4カ国への派遣となった。

 その後、在南米被爆者への医療助成が拡充され、県医師会などがブラジルで被爆者医療の現地医師研修を実施したことなどもあり、協会は今年の受け入れを表明していた。

「認定の在り方検討」 原爆症問題で厚労相

2008/09/26 中国新聞ニュース

 舛添要一厚生労働相は二十六日午前、原爆症認定問題について河村建夫官房長官と協議した。舛添厚労相は協議終了後、記者団に「今後の認定の在り方を検討する」と述べ、省内で現行の認定基準などへの対応を検討した上で、来週中にも河村官房長官とあらためて協議する考えを示した。

 また、未認定の被爆者四人を原爆症と認めた札幌地裁判決について、舛添厚労相は「控訴について、関係省庁と相談するよう指示された」と明らかにした。

 河村官房長官は二十五日、控訴期限の十月六日までに札幌訴訟を含めた一連の訴訟への対応策をまとめる考えを示していた。

原爆症認定訴訟:却下取り消し認定、原告・柳谷さんが喜び−−札幌地裁 /北海道

2008年09月23日 毎日新聞 地方版 Mainichi INTERACTIVE

 ◇「本当にうれしい」

 判決後、弁護団が高々と掲げた「全員救済」の4文字。札幌地裁で22日にあった原爆症認定北海道訴訟の判決で、新たに4人の被爆者が原爆症と認定された。原告の一人で札幌市西区の元高校教諭、柳谷貞一さん(82)は「本当にうれしい。入院中も病床からはい出して、裁判を1回も休まず頑張ったかいがあった」と、晴れ晴れとした表情で語った。

 柳谷さんは日高管内浦河町生まれ。広島市皆実(みなみ)町の通信学校で兵役に就き被爆した。19歳だった。夜勤明けでウトウトとしていると突然、窓が真っ赤に燃えるように見えた。窓際にいた人たちがうめき声を上げる。建物が持ち上がるような感覚に襲われ、壁や窓が内側に倒れてきた。柳谷さんはベッドの下に潜り込み、助かった。

 終戦後に道内で就職先を探したが、広島からの復員が分かるとどこも採用しなかった。「被爆者の就労能力は普通の人の6割」との風評があったからだという。「経歴を偽って試験を受けたこともあった」と、柳谷さんは述懐する。

 柳谷さんを法廷闘争に駆り立てたのは03年2月、厚生労働省から届いた原爆症認定申請の却下通知だった。「原子爆弾の放射線の影響を受けていないものと判断し、貴殿の申請を却下します」。爆心地から2キロで被爆しながら、どうして放射線の影響がないのか。その意味を知るために03年4月、提訴した。

 この日の判決は「原告の症状は被爆を境に生じており、放射線の影響によるものと解するのが相当」と明確に記した。柳谷さんは「国は控訴すると思うが、死んだ戦友や全国の被爆者のためにも、原爆がこの世から無くなる日まで頑張りたい」と話した。【芳賀竜也、大谷津統一】

 ◇9年間の闘争実る 「9人全員の認定」目指す−−原告団、弁護団会見

 判決を受け、北海道訴訟の原告団と弁護団は札幌市中央区で会見に臨み、高崎暢(とおる)弁護団長は「(初提訴から)9年間闘ってきた成果が今日の判決に表れた。7人全員で喜べることで、これほどうれしいことはない」と評価した。

 原告団長の安井晃一さん(84)は今月5日に腹部大動脈瘤(りゅう)の手術を受け、判決には立ち会えない予定だったが、外出許可を受け車椅子で出廷した。自身は今年4月に緩和された新基準で裁判中に認定されたため、判決では請求が却下されている。

 会見で、安井さんは「(係争中の北海道訴訟原告2人を含め)9人全員が認定されるまで闘い抜く。これは私の強い願いであり義務だ」と、喜びも半ばに語気を強めた。【佐藤心哉】

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 ◇判決要旨

 <1>安井、舘村、柳谷3原告に対する判決

 (1)安井、舘村両原告の原爆症認定申請却下処分の取り消しを求める訴えは、申請疾病すべてで却下処分が取り消され、原爆症認定されており、訴えの利益が失われたと認められ却下を免れない。

 (2)原告柳谷は爆心地から約2キロ地点で被爆し、その後誘導放射化したがれきなどで被ばくした可能性も否定できず、被爆後から急性放射線症と考えられる症状が複数表れ、放射線被ばくの影響の可能性が認められる疾病も発症したことを総合的に考慮すれば、相当量の放射線に被ばくしたと推認される。肝炎の発症、肝硬変への進展は原爆の放射線に起因すると認めるのが相当である。肝硬変は薬物治療などを要し、要医療性が認められる。原爆症認定の要件を満たすと言うべきで、認定申請を却下した処分は違法で取り消されるべきである。

 <2>原告加藤に対する判決

 (1)(1)爆心地から約1・85キロ地点で被爆し、誘導放射化した遺体などで被ばくした可能性も否定できず、被爆後から急性放射線症と考えられる症状が複数表れたことを総合的に考慮すれば、初期放射線のみならず誘導放射能で相当量の放射線に被ばくしたと推認される。高血圧症は原爆放射線が影響しうると解され慢性C型肝炎と慢性甲状腺炎も原爆の放射線に起因すると認めるのが相当である。

 (2)高血圧症は内服薬投与の治療を継続する必要性もあり要医療性が認められる。慢性C型肝炎は投薬治療が必要で要医療性が認められる。慢性甲状腺炎は定期的な検査は必要だが現在は治療は必要でなく要医療性は認められないと言うべきである。

 (3)高血圧症と慢性C型肝炎は原爆症認定の要件を満たすと言うべきで、認定申請を却下した部分は違法で取り消されるべきである。慢性甲状腺炎は放射線起因性は認められるが要医療性は認めるに足りず、認定申請を却下した部分は適法で取り消し請求は棄却すべきである。

 <3>佐賀、藤井、、金子3原告に対する判決

 (1)原告佐賀の原爆症認定申請却下処分の取り消しを求める訴えは、申請疾病すべてで却下処分が取り消され、原爆症認定がなされ訴えの利益が失われたと認められ、却下を免れない。

 (2)(1)原告藤井は爆心地から約3・5キロ地点で被爆し、誘導放射能で相当量の被ばくを受けた可能性も認められる。被爆を境に放射線被ばくによる可能性のある症状が表れ、放射線被ばくとの関連の可能性が否定できない慢性C型肝炎も罹患(りかん)したことを総合的に考慮すれば、相当量の放射線に被ばくしたと推認される。慢性甲状腺炎、甲状腺機能低下症は原爆の放射線に起因すると認めるのが相当である。ホルモン剤の内服治療が生涯にわたり必要で要医療性が認められる。原爆症認定の要件を満たすと言うべきで、認定申請を却下した処分は違法で取り消されるべきである。

 (2)原告金子は爆心地から約3キロ地点で被爆し、誘導放射能で被ばくを受けた可能性も否定できず、被爆直後から急性放射線症とみられる症状が複数表れ、放射線被ばくの影響の可能性が考えられる高血圧症も罹患したことを総合的に考慮すれば、相当量の放射線に被ばくしたと推認される。慢性甲状腺炎、甲状腺機能低下症は原爆の放射線に起因すると認めるのが相当である。甲状腺ホルモン剤の内服が必要で、要医療性が認められる。原爆症認定の要件を満たすと言うべきで、認定申請を却下した処分は違法で取り消されるべきである。

 <4>厚労相が注意義務を尽くさず漫然と却下処分をしたと認めうる事情があるとまでは言えず、手続的違法があったとも言えない。違法性は認められず、7原告の損害賠償請求は理由がない。

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 ◇原爆症認定申請却下取り消しの判決を受けた原告

 柳谷貞一(82)=肝硬変▽加藤政子(84)=高血圧症、慢性C型肝炎▽藤井節子(68)=慢性甲状腺炎▽金子広子(68)=慢性甲状腺炎

 ◇新基準で認定済みのため訴えを却下

 安井晃一(84)▽舘村民(83)▽佐賀晋二(79)(敬称略)

原爆症認定:新基準の審査で、大幅増−−支援ネットなど申請 /兵庫

2008年09月10日 毎日新聞〔神戸版〕 Mainichi INTERACTIVE

 県内の被爆者の原爆症認定を支援する市民団体「原爆症訴訟支援ネット・兵庫」(神戸市中央区)は9日、今年4月から新基準が導入された認定審査で、支援ネット・兵庫を通じて申請した県内の44人(8月末現在)が原爆症と認定された、と発表した。県疾病対策課によると他に1人が認定されており、07年度中に認定された4人を大きく上回っている。

 支援ネット・兵庫によると、認定は原爆症訴訟の原告6人を含む。今年度に入り、121人が8月6日までに支援ネット・兵庫を通じて申請。新基準の導入に伴って、乳がんや白内障、心筋梗塞(こうそく)などの病気を持つ被爆者が認定された。しかし、新基準では救済されるかどうか不明確な肝機能障害に関する病気での認定者はいない。

 支援ネット・兵庫は、9日も新たに13人が認定申請したことを明らかにした。梶本修史事務局長は「(新基準の運用は)一定の評価はできるが、判決で認められた肝機能障害を持つ被爆者が保留とされる場合も多く、早急な対策を国に求めたい」と訴えた。【吉川雄策】

63人原爆症認定、却下なし 集団訴訟の原告16人も

2008/04/07 中国新聞ニュース

 厚生労働省の被爆者医療分科会は七日、第一、第四部会の初会合を開き、放射線が原因でがんや白内障にかかったとして、原爆症の認定を求めていた六十九人のうち、異議申し立て分を含め六十三人を認定することを決めた。書類不備などの理由で六人を保留にした。却下はなかった。

 今年三月にまとまった国の新たな基準に基づく初の認定。この日の審査対象六十九人のうち十六人は各地で係争中の集団訴訟の原告で、全員の認定が決まった。今後の審査の動きは訴訟解決の行方にも影響しそうだ。

 認定の内訳はがん六十人、白内障三人。心筋梗塞(こうそく)については二人を審査したが、ともに保留とした。

 この日の審査は新基準が打ち出した「積極認定」のケースで(1)爆心地から約三・五キロ以内で被爆(2)原爆投下後、約百時間以内に爆心地付近に入った―などの条件を満たし、がんなど五つの疾病にかかった人を自動的に認定する仕組み。審査対象は、いずれもこの条件に当てはまる被爆者だった。

 厚労省によると、今年二月末現在で審査を待っている人は約千七百五十人。同省は新基準で、これまでの十倍に当たる年間約千八百人の認定を目指している。

韓国人被爆者が逆転勝訴 手当不支給で時効認めず

2008/02/18 中国新聞ニュース

 長崎市で被爆した韓国人の故崔季〓さんが、帰国を理由に健康管理手当の支給を打ち切られたのは違法として長崎市に支給を求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第一小法廷は十八日、時効を理由に請求を認めなかった二審福岡高裁判決を破棄し、遺族側の逆転勝訴とした。約八十二万円の支払いを市に命じた一審長崎地裁判決が確定した。

 受給権が時効で消滅したかどうかが争われ、泉徳治いずみ・とくじ裁判長は、ブラジル在住被爆者による同種訴訟の最高裁判決(昨年二月)を引用し、打ち切りの根拠となった通達を違法と認定。「通達により在外被爆者の権利行使を妨げてきた行政側が時効を主張するのは信義則違反」と判断した。

 厚生労働省はブラジル在住被爆者訴訟の判決後、時効を理由に未支給だった分の手当支給を決定。崔さんの遺族も昨年十月、未払い手当と利息分計約三百万円を長崎市から支給されている。

 海外に転居した被爆者への手当支給は、旧厚生省局長通達で長年打ち切られていた。崔さんは一九七六年と八〇年に来日したが、二度とも数カ月で出国したため、滞在期間以外は支給を拒否されていた。

 国は二〇〇三年に通達を廃止。崔さんは〇四年、八〇年以降の手当と慰謝料など計約九百六十万円の支払いを求め提訴した。

 一審は「通達は在外被爆者にとって重大な障害だった。時効の主張は信義則違反」として長崎市の時効主張を退け、規定に基づき八〇年から三年分の手当に限り受給できると判断した。しかし二審は「請求権は時効で消滅した」と逆の結論としたため、原告側が上告していた。

※お断り 「〓」は「徹」で左が「ぎょうにんべん」ではなく「さんずい」ですが、JISコードにないため表示できません。

厚労省の新基準、与党が了承 原爆症認定、4月から運用

2008/01/17 中国新聞ニュース

 原爆症認定基準の見直し問題で、厚生労働省は十七日、自民、公明両党の与党プロジェクトチーム(PT、座長・河村建夫元文科相)に、爆心地から約三・五キロ以内の直接被爆者らを積極的に原爆症と認定する新たな基準案を説明、与党側は了承した。

 これを受けて厚労省は具体的な基準改定手続きに入り、四月以降、新基準による認定審査を始める。

 認定を求めて各地で集団訴訟を起こしている原告約三百人の多くが救済される見通し。

 基準見直しをめぐっては、厚労省の専門家検討会と与党PTが昨年十二月にそれぞれの案をまとめており、新基準は与党案に沿った内容となった。

 放射線の影響で特定の病気になる確率を数値化した「原因確率」について、厚労省は「認定却下のためには使わない」としており、与党側はこの点を評価している。

 新基準は、爆心地から約三・五キロ以内の直接被爆や、投下後百時間以内の入市被爆などで、がんや白血病になったケースについて「格段の反対理由がなければ積極的に認定を行う」とした。

 現在、厚労省から原爆症と認定され医療特別手当を受給しているのは、約二十五万人いる被爆者健康手帳所持者のうち約二千二百人。

原爆症認定で与党、新基準了承 「原因確率」は適用見直し

2008.01.17 MSN産経新聞

 原爆症認定基準の見直し問題で、与党プロジェクトチーム(PT)は17日、爆心地から約3・5キロで被爆した人が、がんや白血病など特定の病気を発症していた場合、審査を簡略化して、積極的に原爆症と認定することなどを盛り込んだ厚生労働省の新基準の原案を了承した。

 これを受けて厚労省は具体的な基準改定手続きに入り、4月以降、新基準による認定審査を始める。

 被爆者から反発が強かった被爆者の推定被曝(ひばく)線量と疾病との因果関係を表す「原因確率」について、厚労省は「認定却下のためには使わない」としており、与党側はこの点を評価している。

 厚労省の検討会は昨年12月、原因確率をほぼ維持する形の見直し案をまとめていた。しかし、並行して見直しを進めていた与党PTは原因確率を使わない案を策定。新基準は与党案に沿った内容になった。

 同日、厚労省で会見した日本原水爆被害者団体協議会の田中煕巳事務局長は「与党案に沿った形になったのは評価できる」と話している。今後は原爆症認定をめぐる訴訟への対応や、新基準でも救済対象から外れる人の扱いなどが焦点になる。

見直しで原爆症予算倍増 年間認定1800人見込む

2007/12/20  中国新聞ニュース

 二十日内示された二〇〇八年度予算の財務省原案で、原爆症と認定された被爆者に支給される医療特別手当(月額約十三万七千円)は約七十九億円が盛り込まれた。本年度(約三十八億円)に比べ約四十一億円増で二倍以上。

 年間の原爆症認定はこれまで百数十人から二百人前後で推移。政府、与党による認定基準見直しに伴い、〇八年度の認定は大幅に増え、最大で十倍前後の約千八百人に上ると国は見込んでいる。

 被爆者援護予算の全体は、〇七年度とほぼ同額の約千五百三十六億円が計上された。

 原爆症認定基準見直しでは、厚生労働省の検討会、与党のプロジェクトチーム双方の見直し案が出そろい、新基準策定に向けた福田康夫首相らの調整が今後の焦点。

 厚労省案は審査に「二段階方式」を導入。病気の原因が放射線であることが明らかな場合は審査を省き原爆症と自動的に認定する一方、それ以外でも、下痢や脱毛といった被爆直後の「急性症状」など個別の事情を考慮して総合的に審査する。

 一方、与党案は放射線の影響を数値化した「原因確率」に依存する現行の認定の在り方を改め、爆心地から三・五キロ以内で直接被爆したケースなど一定の条件に当たる人を自動的に認定するとしている。

元徴用工へ国家賠償確定 被爆者訴訟で初

2007/11/01  中国新聞ニュース

 太平洋戦争中に朝鮮半島から広島市の旧三菱重工業の工場に強制連行され、被爆した韓国人元徴用工四十人が国などに計四億四千万円の損害賠償などを求めた訴訟の上告審判決で最高裁第一小法廷は一日、国の上告を棄却した。在外被爆者への手当支給を認めなかった通達を違法とし、四千八百万円の国家賠償を命じた二審判決が確定した。

 援護行政をめぐる被爆者の訴訟で国家賠償が確定したのは初めて。行政通達の違法性を認め、賠償を命じる司法判断としても初の確定となった。

 涌井紀夫裁判長は「国の担当者は通達の解釈を検討する注意義務を怠った。原告は被爆による特異な健康被害に苦しみ、不安を抱えながらの生活を余儀なくされた」と判断した。

 問題となったのは、一九七四年の旧厚生省局長通達(四○二号通達)で、最高裁は今年二月、ブラジル在住被爆者による同種訴訟で、この通達を違法と認定している。

 二審広島高裁判決によると、原告らは四四年、国民徴用令により旧三菱重工業の工場に連行され、翌年八月被爆。帰国後、長年援護を受けられなかった。

 原告側は「出国すれば被爆者援護法に基づく手当を打ち切る」とした四○二号通達は「違法な差別」と主張。

 広島地裁は原告の請求を棄却したが、二○○五年一月の高裁判決は通達を違法とし、慰謝料などとして一人当たり百二十万円の賠償を命じた。

原爆症訴訟、国が控訴 「司法判断に統一性なし」

2007/08/11 中国新聞ニュース

 国側が敗訴した七月三十日の原爆症認定訴訟・熊本地裁判決について、国は十日、福岡高裁に控訴した。一連の同種訴訟で国側は六連敗しており、控訴は今年三月の東京地裁判決に続き六回目。

 国は「六つの地裁判決はそれぞれ考え方が異なっており、行政が依拠できるような統一的な考え方は示されていない。上級審の判断を仰ぐことがどうしても必要」としている。原告側も二十一人全員が十日、控訴した。

 原爆症をめぐっては安倍晋三首相が五日、認定基準見直しを検討することを表明し、首相の指示を受けた厚生労働省が九月にも専門家による検討会を発足させる予定。

 厚労省健康局は「裁判への対応は別として、できる限り早く原爆症認定の在り方について見直しの検討を進めたい」と強調。認定基準を改定した後には、救済対象となる原告と和解などによって訴訟を終結させることも念頭に「(見直しの)結論を得た時点で、裁判への対応を検討したい」としている。

 政府に控訴断念を要請してきた全国の原告・弁護団は十日夜、厚労省内で記者会見し「不当な控訴に断固抗議する」と表明した。

 熊本地裁判決は、現行基準を「残留放射線の影響が考慮されていない」などと批判。原告二十一人中十九人について、放射線と病気に因果関係があるとして原爆症と認定した。

「何百万もの命救った」 原爆投下で米特使

2007/07/04 中国新聞ニュース

 米国のロバート・ジョゼフ核不拡散問題担当特使(前国務次官)は三日のワシントンでの記者会見で、第二次大戦末期の広島と長崎への原爆投下について「文字通り何百万もの日本人の命がさらに犠牲になるかもしれなかった戦争を終わらせたということに、ほとんどの歴史家は同意すると思う」と、原爆投下を正当化する米国側の認識をあらためて示した。

 これに対し塩崎恭久官房長官は四日の会見で、政府として真意を確認する意向を示し、首相官邸を訪れた広島市の秋葉忠利市長は記者団に「米国も含め歴史学者の定説と大きく違っている。米政府首脳も広島、長崎(の悲惨さ)を深く理解すべきだ」と不快感を示した。

 塩崎氏は会見で「それぞれ、いろいろな考え方がある。どういう発言をしたか外務省を通じて情報を取ってみたい」と表明。米政府への抗議の可能性に関しては「(発言の)中身を見ないと分からない。個人的立場で話したのか分からないうちに、可能性があるとか、ないとかも言えない」と答えるにとどめた。

 ただ「原爆の悲惨さと、二度と繰り返してはならないという強い願いを後世に伝えることが唯一の被爆国としての使命だ。原爆投下は人道主義の精神に合致しないという日本政府の立場は変わらない」と強調。坂場三男外務報道官も会見で「被害がいかに悲惨だったか思いをはせてほしい。二度とそうした事がないよう努力しなければいけない点に発言がなかったのは残念だ」と語った。

新型核の開発着手検討 ブッシュ政権、任期内に

2007/07/02 中国新聞ニュース

 【ワシントン2日共同=太田昌克】ブッシュ米政権が次世代の新型核として研究を進める「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」について、二○○九年一月までの政権任期内に計画を軌道に乗せるため、一年以内の開発着手を検討していることが二日までに分かった。計画を担当する米エネルギー省傘下の核安全保障局(NNSA)のハービー政策企画部長が共同通信との会見で語った。

 政権は○八会計年度(○七年十月―○八年九月)予算案でRRWの研究費だけを要求、製造・配備に近づく開発段階にどの時点で移行するのか、これまで分かっていなかった。政権は任期内の開発段階移行により、新型核の実現に道筋をつけたい考えだが、計画推進に慎重な議会側の抵抗が予想される。

 ハービー部長は、現在リバモア国立研究所などが進めているRRWの弾頭設計やコスト分析などの研究活動を「来年の今ごろ」には終わらせたいと指摘。「今後約一年以内で、開発段階へ進むための議会承認や予算措置を求めることになるとみている」と言明した。

 さらにこうした早期開発の方向性が、○八年十一月に行われる大統領選などの政治スケジュールを意識したものであることを認め「(議会説得は)大変な作業だが、実現できると信じている」と述べた。

 議会は昨年秋まで、核実験を行わないことを前提としたRRWの技術研究を支持していたが、現在の核兵器は中枢部分の寿命が「百年超」であることが判明し、一気に慎重論が台頭。NNSAは○八年度に計約九千万ドル(約百十億円)の研究費を予算要求したが、上院が約七千万ドルを認める見通しである一方、下院は全額カットを決定した。

 ○八年度予算は上下両院の関連予算法案調整が行われる今年秋に最終決定する見通し。

新型核開発、5年で880億円 巨額予算に米議会反発も

2007/02/13 中国新聞ニュース

 【ワシントン13日共同】米エネルギー省傘下の核安全保障局(NNSA)が研究を進める新型核「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」の今後5年間の研究・開発予算の見積もり総額が、RRWの潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)への搭載研究を行う国防総省の関連予算と合わせて計7億2510万ドル(約880億円)に上ることが13日、分かった。

 NNSAと国防総省が議会に提出した2008会計年度(07年10月−08年9月)の予算関係資料から判明した。RRWに懐疑的な声が残る議会多数派の民主党や一部共和党議員から、巨額予算の新型核計画に風当たりが強まりそうだ。

 最初のRRWを12年までに製造したいNNSAは、08会計年度予算で前年度要求額の3倍以上となる8880万ドルの研究費を求めたが、12会計年度の予測要求額は約1億8000万ドルにまで増大する。

在外被爆者へ未払い分手当支給検討 最高裁判決で厚労省

2007/02/06 中国新聞ニュース

 在外被爆者訴訟で最高裁が行政側の時効主張を「信義則に反し許されない」と認めず原告側勝訴の判決が確定したのを受け、厚生労働省は六日、時効となり未払いになっている健康管理手当を在外被爆者に支給する方向で検討に入った。

 支給対象の在外被爆者は約三百人に上るとみられるが、厚労省は今後、都道府県を通じて情報収集し、対象人数を確定させる考え。「早急に(支払いなどの)手続きを開始できるようにしたい」としている。

 福岡高裁が時効の主張を認め、韓国の在外被爆者(故人)が敗訴した訴訟は、上告審では判決が見直される可能性が高まったが、厚労省は「この原告も支給検討の対象になる」としており、判決を待たずに解決に向かう道も出てきた。

 一方、この日の最高裁判決で勝訴が確定したブラジル在住の故向井昭治さんら原告を支えてきた「在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判を支援する会」の豊永恵三郎世話人らが六日午後、厚労省を訪れ、未払い分手当の早期支給を要請した。

原爆症、2人認定2人棄却 集団訴訟で名古屋地裁判決

2007/01/31 中国新聞ニュース

 被爆者援護法に基づく原爆症の認定申請を国が却下したのは違法として、愛知県の被爆者四人が却下処分の取り消しと一人三百万円の国家賠償を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁の中村直文裁判長は三十一日、二人の処分を取り消し原爆症と認定、白内障などを発病した二人については、放射線との因果関係を認めず請求を棄却した。

 厚生労働相が申請を却下した行為の違法性は認めず、賠償請求は棄却した。

 原告側は、認定されなかった二人について「判決は被爆実態を正確に把握していない」として、控訴する方針。

 昨年の大阪、広島両地裁の判決では、原告全員を原爆症と認定、司法判断の流れができつつあったが、名古屋地裁は原告一人一人の疾病や被爆の状況を個別に判断し、集団訴訟で初めて一部を認定しなかった。

 一方で両地裁に続き、国の認定基準の不備を指摘。被爆者救済のため、現行の認定制度の見直しを求める声はますます高まりそうだ。

 原告は広島、長崎で被爆した男女四人。

 判決理由で中村裁判長は、爆心地からの距離で浴びた放射線量を推定し、年齢や性別から病気の発生確率を算定する厚労省の認定基準について、放射線量の評価の不正確さなど誤差要因があると指摘。「形式的に適用すれば、誤った結果を招く危険性がある」とした。

 その上で、原告一人一人の被爆状況などから多面的に病状を検証。爆心地から三・一キロで被爆した「遠距離被爆者」の中村昭子さん(80)の白内障については「放射線量が限定的」などとした。

 森敏夫さん(82)の膵臓(すいぞう)の腫瘍(しゅよう)については「疫学上も放射線との有意な因果関係は肯定されていない」などと判断し、放射線との因果関係について「高度の蓋然(がいぜん)性を認めるのは困難」とした。  原爆投下後に爆心地付近に入った「入市被爆者」で悪性リンパ腫を申請した甲斐昭さん(80)と、爆心地近くで被爆した小路妙子さん(73)については、残留放射線などの影響を認め、原爆症と認定した。

 昨年五月の大阪地裁と同八月の広島地裁判決は、認定基準の不備を指摘し、機械的に適用すべきでないと判断。一人一人の被爆状況や直後の行動などを総合的に考慮すべきだとして原告計五十人全員を原爆症と認定した。

 集団訴訟は全国の二高裁、十七地裁で計二百二十九人が係争中。

韓国原爆福祉会館の増築決定

2007/01/27 中国新聞ニュース

 韓国で唯一の被爆者養護施設、慶尚南道陜川(ハプチョン)郡にある陜川原爆被害者福祉会館の増築が決まった。

 入所定員を現在の80人から30人増の110人とし今夏には建設に入る。

 運営する大韓赤十字社(韓赤)が明らかにした。

 生活困窮者らを入所対象に看護師らが常駐し健康管理をしている。被爆者の高齢化から入所待機者が全国で120人を数え、韓国政府が10億ウォン(約1億3000万円)を支出して増築を図る。

平野さんに感謝牌贈呈  韓国原爆被害者協会釜山支部

2007年01月27日 読売新聞 Yomiuri On-Line

 【釜山=篠原太】韓国原爆被害者協会釜山支部(許萬貞(ホマンジョン)支部長)は26日、韓国・釜山市の釜山赤十字会館で、在外被爆者支援連絡会(長崎市)の共同代表・平野伸人さん(60)に感謝牌(はい)(盾)を贈った。

 平野さんは被爆2世で、小学校教諭。1987年に「県原爆被爆2世教職員の会」(当時)で初めて訪韓した際、医療、経済両面で援助を受けていない在韓被爆者の実態に衝撃を受け、支援活動を始めた。長崎で教べんを執る傍ら、休日を利用して韓国を100回以上訪問。長崎で被爆した約200人を確認し、日本の被爆者援護法に基づく健康管理手当支給を求める訴訟や、渡日治療などを支援してきた。

 贈呈式は、約150人が参加した支部総会で行われ、許支部長は「在外被爆者の援護や韓日の平和交流に大きく貢献された」と述べ、感謝牌を手渡した。

 平野さんは「支援活動は道半ば。皆さんが日本の被爆者と同等の権利を得るまで一緒に闘っていきたい」と決意を新たにしていた。28日まで滞在し、被爆者や遺族宅などを訪ねる予定。

在外被爆者、勝訴確定へ 時効主張は権利乱用支持か

2007/01/25 中国新聞ニュース

 ブラジルに移住した故向井昭治さん(昨年十二月に死去)ら被爆者三人が広島県に対し、地方自治法上の時効(五年)を理由に、それ以前の健康管理手当を支払わないのは違法として、計約二百九十万円の支給を求めた訴訟の上告審で、最高裁第三小法廷(藤田宙靖裁判長)は二十五日、判決を二月六日に言い渡すことを決めた。

 二審判決を変更する際の弁論がなかったことから、県の時効主張を「著しく正義に反し、権利の乱用」として認めず、請求全額の支払いを命じた昨年二月の広島高裁判決が確定する見通し。

 二審判決によると、向井さんらは広島で被爆した後、ブラジルに移住。日本に一時帰国した際、被爆者援護法の同手当受給が認められたが、ブラジルに戻った後、海外居住者は受給権を喪失するとした旧厚生省局長通達(四○二号通達)に基づき、広島県は手当の支給を打ち切った。

 国は二○○三年三月、在外被爆者に手当受給資格を認めた○二年十二月の大阪高裁判決を機に、四○二号通達を廃止。在外被爆者への手当支給が始まったものの、県は時効を理由に過去五年分しか支払わなかった。

 ○四年十月の一審広島地裁判決は県の時効主張を認め、請求を棄却。二審判決で向井さんらが逆転勝訴したため、県が上告した。

 一連の在外被爆者訴訟では、まず健康管理手当の受給資格が認められ、在外公館での支給申請も適法とされた。向井さんらの訴訟と同様、行政側時効主張の適否が争われた訴訟はもう一件あり、二十二日の福岡高裁判決(牧弘二裁判長)は時効を認め、原告敗訴を言い渡したが、上告審で逆転する可能性が高まった。

 ほかに海外での被爆者健康手帳申請の適否をめぐる訴訟や、四○二号通達による損害賠償請求訴訟が係争中。

韓国人被爆者が逆転敗訴 手当受給めぐり福岡高裁

2007/01/22 中国新聞ニュース

 一九八○年代に離日したことを理由に被爆者援護法に基づく健康管理手当を打ち切られた韓国人被爆者の故崔季〓さん(二○○四年死亡、遺族が訴訟継承)が、過去二十四年分の手当支給や慰謝料など計約九百六十万円を国と長崎市に求めた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁(牧弘二裁判長)は二十二日、時効なしで一部を支払うべきとした一審長崎地裁判決を取り消した。崔さん側の逆転敗訴。

 牧裁判長は「受給の権利はあるが、時効で消滅した」と述べ、原告側の請求を棄却した。

 一審判決は国と市の時効主張を退け、一九八○〜八三年の受給分計約八十二万円の支払いを市に命じた。国の援護制度から長く取り残された在外被爆者の手当受給権に時効を適用することの是非が、控訴審でも最大の争点だった。

 被爆者手当支給の時効をめぐる高裁判断は、ブラジル在住被爆者が起こした訴訟で「時効適用は正義に反する」とした昨年二月の広島高裁判決がある。

 ○五年十二月の長崎地裁判決は、旧厚生省が七四年に「国外に居住地を移した被爆者には手当を支給しない」と定めた通称四○二号通達について「法律解釈に伴う行政的な取り扱いで、日本の法制度の理解に乏しい在外被爆者には重大な障害だった」と指摘。

 その上で「障害の原因は国にあり、地方自治法上の消滅時効適用を主張するのは信義則上、許されない」として、崔さんが八○年に被爆者健康手帳を取得したことに伴い生じた三年分の受給権を認め、事務を担う長崎市に支払い義務があると判断した。

 控訴審で崔さんの遺族側は、三年だけでなく、○四年に提訴するまでの二十四年分すべてを支給するよう求めた。

 崔さんは長崎市で被爆。八○年に来日して被爆者健康手帳を取得したが、同年に韓国に帰国したため、手当支給は一カ月で打ち切られた。

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父の苦しみ思い無念の涙 在韓被爆者訴訟の娘

2007/01/22 中国新聞ニュース

 「在外被爆者の実情を全然見ていない」「血も涙もない判決だ」。時効を理由に在韓被爆者への手当支給を認めなかった二十二日の福岡高裁判決。逆転敗訴の知らせに、長崎で被爆した父の晩年の苦しみを思い出した娘は、無念の涙を流した。

 判決が言い渡された午後一時十分すぎ、高裁の庁舎から出てきた支援者の男性が掲げた垂れ幕には「不当判決」の文字。集まった支援者らは顔をこわばらせた。

 被爆し二○○四年に韓国で死去した故崔季〓さんの六女で訴訟を受け継いだ崔美淑さん(41)が、硬い表情のまま父の遺影を抱いて現れると、支援者の女性は「ひどい判決。あんまりだ」と裁判所に向け声を上げた。

 続いて行われた報告集会で、美淑さんは父の太ももに埋め込まれていた金属製の人工骨や針金を、持ってきた包みから取り出した。重い人工骨は体内できしみを起こし、崔さんを苦しめたという。

 「身動きできない父を、母が小さな店を切り盛りしながら看病していた」と語り、あふれ出す涙をぬぐった美淑さん。「戦争で受けた被害を国が後始末しないのは不当だ。最後まで闘いたい」と語った。

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世界の核は2万7千個 「終末時計」は7分前

2006/10/16 中国新聞ニュース

 米有力シンクタンク「天然資源保護協会(NRDC)」によると、核保有国が現在所有する核弾頭数は計約二万七千個に上る。年々削減される傾向にあるが、米国は対テロ戦の一環で小型の「使える核」の研究を模索。核戦争による地球最後の日までの残り時間を示す「終末時計」は二○○二年から七分前を指したままで、世界は常に破滅の危険にさらされている。

 終末時計を管理する米科学誌「ブレティン・オブ・ジ・アトミック・サイエンティスツ」七−八月号でNRDCが発表した最新のデータでは、米国、ロシア両国だけで保有国全体の核弾頭の97%を占める。

 米国は一万百四個、ロシアは約一万六千個を保有。うち配備済み、または使用可能な核弾頭は米国が五千七百三十五個、ロシアが約五千八百三十個という。残りは解体待ちか、将来の再利用のために貯蔵される。

 一方、世界の核弾頭は冷戦時の一九八六年の約七万個をピークに次第に減少。冷戦終結で直接的な脅威が減ったことや、弾頭の維持に莫大(ばくだい)な費用がかかることなどが要因として挙げられる。

 しかし、米ブッシュ政権はテロ組織や北朝鮮、イランなど「ならず者国家」への先制核攻撃の選択肢を放棄していない。貫通力の高い新型核「強力地中貫通型核」の開発は議会の反対で挫折したが、模擬実験を利用して研究を進めようとする動きもある。

 NRDCによると、北朝鮮は五−十五個の核兵器を保有すると疑われている。またフランスは約三百五十個、英国は約二百個、中国は約二百個の核弾頭を持つ。インドは五十−六十個で、パキスタンは四十−五十個。核保有を否定も肯定もしないが、事実上の核保有国とされるイスラエルは六十−八十個とみられている。(共同)

原爆症認定集団訴訟

2006年07月30日 東奥日報

 被爆者健康手帳が交付された人のうち、原爆放射線による病気や治癒力低下で治療が必要な場合、厚生労働相が「原爆症」と認定、月額約14万円の医療特別手当を支給する。被爆者約26万人の中で認定されたのは0.8%の2200人余。申請したが却下された被爆者約180人が、国に却下処分の取り消しと1人当たり300万円の損害賠償などを求めて14地裁に集団で提訴した。


原爆症認定広島訴訟 国が控訴

2006/08/12 中国新聞地域ニュース

 被爆者援護法に基づく原爆症認定申請を却下された四十一人が却下処分の取り消しを求めた訴訟で、国は十一日、全員を原爆症と認定した四日の広島地裁判決を不服として控訴した。

 厚生労働省は「判決は一般的な医学・放射線学の理解と異なっている」と理由を説明している。

 原告側も十一日、国家賠償を棄却した判決を不服として、控訴する方針を明らかにした。

 地裁判決は、爆心地からの距離に基づく被ばく放射線量と、年齢や性別、病名を組み合わせ、病気が原爆に起因するかを判断する「原因確率」を基本とする厚労省の現在の認定方法について「残留放射線による外部被ばくや内部被ばくを十分に検討しておらず、限界や弱点がある」とした。

 しかし厚労省内では「科学的知見に基づく現在の審査方法に変わる方法はない」などと批判が出ていた。原告弁護団長の佐々木猛也弁護士は「国とは徹底的に争う」と述べた。

長引く闘争 被爆者ら政府非難

2006/08/12 中国新聞地域ニュース

▽原爆症認定の訴訟で国控訴

 広島地裁で原告四十一人が勝訴した原爆症認定集団訴訟で国が控訴した十一日、支援する被爆者団体などからは、かたくなな政府の姿勢を非難する声が相次いだ。(山中和久、石川昌義、漆原毅)

 六日の「被爆者代表から要望を聞く会」で、川崎二郎厚生労働相に控訴断念を訴えた広島県被団協の坪井直理事長(81)は「あいまいな回答に終始した大臣の態度から予想していたが、腹立たしい限り」と憤った。国の原爆症認定基準に疑問を示す司法判断が続く中、「勝訴を積み重ねて国の姿勢を変えるしかない」と語気を強めた。

 もう一つの県被団協の金子一士理事長(80)は、控訴期限の十八日を待たない控訴を「盆休み前の駆け込み決定」と非難しつつ、「法廷闘争が続くことへの精神的負担はとてつもなく重い」と高齢の原告を気遣った。

 東京訴訟の原告や弁護士、支援者など約五十人は東京・霞が関の厚生労働省前に集まり、「不当な控訴を取り消せ」「原爆被害をつぐなえ」と声を上げ、同省の担当者に抗議声明を手渡した。

 原告の木村裕彦さん(75)=広島市南区=と、日本被団協の代表らは急きょ、同省内で会見を開いた。木村さんは「亡くなった人に何と申し上げたらいいか分からず、悔しい」と語った。日本被団協の田中熙巳事務局長(74)は原告の年齢などを考え、認定基準の見直しを政治的解決で実現したい意向を示した。

 広島県原水禁と広島県原水協も同日、国の控訴に対する抗議文を、小泉純一郎首相と川崎厚労相にファクスで送った。広島県保険医協会も厚労相に抗議文を送付した。 ▽「許せない暴挙」 怒りの原告弁護団

 原爆症認定集団訴訟で十一日、国が広島地裁判決を不服として控訴したのを受け、弁護団や原告らが広島市中区の広島弁護士会館で記者会見し、国の対応を厳しく批判した。原告側も控訴する理由として、判決が一人当たり三百万円の損害賠償請求を棄却していることなどを挙げた。

 会見には弁護団長の佐々木猛也弁護士や原告の岩井留明さん(63)、亡夫の訴訟を引き継いだ西妙子さん(65)=いずれも西区=らが出席。佐々木弁護士が「被爆者の願いを踏みにじり、断じて許せない暴挙。今、厚生労働省がなすべきことは認定行政を抜本的に改めることだ」などとする抗議声明を読み上げた。声明は同日、厚労省に送った。

 また、佐々木弁護士は国が期限の十八日より一週間早く控訴を表明したことを重視。「挑戦的で遺憾極まりない。被爆者を見捨てようとする対応を厳しく正さなければならない」と批判した。

 「原爆訴訟を支援する会」の渡辺力人事務局長(79)は「厚労省の最後の悪あがきとしか言いようがない。被爆者に残された時間は短く、国が判決を受け入れるよう、さらに運動を展開したい」と強調した。

原爆症訴訟認定 基準を早く見直せ

2006/08/05 中国新聞 社説

 被爆者援護法に基づく原爆症認定の集団訴訟で広島地裁はきのう、国の申請却下を取り消す判決を言い渡した。五月の大阪地裁に続き、またも国の完敗といえる内容である。六十一回目の原爆の日が目前に迫り、被爆者の平均年齢は七十三歳を超えている。残された時間は少ない。認定拡大への道を早急に検討すべきである。

 全国の十五地裁に提訴された訴訟のうち、原告は今回が四十一人で最も多い。判決はその全員を原爆症と認定した。最大で四キロ余り離れた場所にいた「遠距離被爆者」や、原爆投下後に爆心地近くに入った「入市被爆者」も含む。現行の認定の在り方に根底的な疑問を突き付けたといえる。

 全国には三月末現在で二十六万人近い被爆者がいる。しかし原爆症の認定を受けているのはわずか約二千三百人、0・9%にすぎない。悲惨な体験に高齢化が重なり、多くがさまざまな病気に悩まされている。原告たちも甲状腺がんや前立腺がん、白内障など重い病に苦しむ。「体をむしばむ病を原爆のせいだと国に認めてほしい」。当然の思いだった。

 裁判では、病気と放射線との因果関係を判断する認定基準の妥当性が争点となった。厚生労働省の基準は、爆心地からの距離で放射線の被曝(ひばく)線量を推定し、性別や病名を組み合わせて判断する「原因確率」と呼ばれる方式だ。しかし現実には爆心地から二キロ以上というだけで、ほぼ機械的に排除されてきた経緯もある。

 広島地裁の判決は「残留放射線による外部被曝や内部被曝を十分に検討しておらず、弱点がある」と指摘。現行の方法で算出される線量を「最低限度の参考値」と言い切った。原因確率を「一つの考慮要素」とした大阪地裁の判決から、さらに踏み込んだ印象である。大阪地裁と同様、急性症状の有無などを含めた総合的な検討が必要としている。

 放射線が人体に与える影響は、全容が解明されたとは言えないのは事実である。しかし、因果関係が十分裏付けられないのを口実に、被爆者が切り捨てられるようなことがあってはならない。むしろ研究を前に進め、被爆者援護を充実させるのが筋であろう。

 二つの判決では、いずれも全員が原爆症と認定された。厚労省は敗訴を重く受け止め、早急に認定基準の見直しを始める段階に来たのではないか。控訴などはもってのほかである。

41人全員の原爆症認定 広島地裁

2006/08/05 中国新聞地域ニュース

 被爆者援護法に基づく原爆症認定の申請を却下したのは不当として、広島、山口両県などの被爆者四十一人が、国に却下処分の取り消しと一人三百万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が四日、広島地裁であった。坂本倫城裁判長は、「疾病はいずれも放射線が原因」と判断、原告四十一人全員について却下処分を取り消した。賠償請求は棄却した。原爆症認定集団訴訟の判決は、五月の大阪地裁に続き二例目。いずれも原告全員の勝訴となった。(松本恭治)

 判決は、国の認定基準の「限界や弱点」を明確に指摘。原告全九人を原爆症と認めた大阪地裁判決をほぼ踏襲した上で制度の抜本的改善を迫る踏み込んだ内容となった。事実上の原告全面勝訴と言え、他の訴訟や被爆者援護行政の在り方に影響を与えるのは必至だ。

 政府筋は同日、控訴の方向で検討する考えを示した。

 国は従来、爆心地からの距離で放射線の被(ひ)曝(ばく)線量を推定する方式「DS86」を基準に認定するかどうか審査。二〇〇一年からは同方式に加え、性別や年齢、病名別に病気の発生確率を算定する「原因確率」を導入している。

 坂本裁判長は、DS86で得た放射線被曝線量について「最低限度の参考値」と指摘。さらに、原因確率について「残留放射線による外部・内部被曝を十分に検討していないなどの限界や弱点がある」とした。

 その上で、「基準を機械的に適用すべきではなく、一応の参考資料としての評価にとどめ、原告ごとの被爆状況や被爆後の行動、急性症状などを総合的に考慮して検討する必要がある」と判断。特に急性症状を「重要な判断要素」と位置付け、爆心地から二キロ以遠での遠距離被爆者や、一九四五年八月十九日まで爆心地近くに入った入市被爆者も、幅広く認定した。前立腺がんなど、これまで認定の対象外だった疾病も認めた。

 六十二〜九十四歳の原告のうち、三十九人は四五年八月六日、爆心地から約〇・五〜四・一キロで被爆、残り二人は入市被爆した。その後、がんや白内障を患い、認定を申請したが、いずれも国に却下された。原告は当初四十五人いたが、既に十人が死亡。取り下げもあり、遺族継承を含めて四十一人が争っていた。

 原爆症訴訟判決骨子

 一、原告四十一人はいずれも原爆症と認定でき、厚生労働相の原爆症認定申請却下処分を取り消す

 一、原因確率には残留放射線による被曝を十分に検討していないなどの限界があり、原告ごとに被曝状況などを総合的に考慮して認定判断しなければならない

 一、発熱や下痢などの急性症状の存在は被曝の事実を示す有力な証拠となり、認定の判断要素とすべきだ

 一、国の認定基準自体が誤っていたとはいえず、審査に注意義務違反はない。賠償請求は棄却する

 原爆症認定集団訴訟 がんなどの病気やけがを「原爆症」と認めるよう申請したが、国に却下された被爆者たちが集団で、国に却下処分取り消しなどを求めている訴訟。2003年以降、広島や大阪など全国の15地裁で提訴され、原告は183人(7月末現在、日本被団協まとめ)に上る。原爆症と認定されれば、月約14万円の医療特別手当が支給される。認定された被爆者は3月末現在、2280人。約26万人いる被爆者全体の1%にも満たない。集団訴訟で初めて判決が出された大阪地裁では、原告9人全員が勝訴し、原告と国の双方が控訴した。

涙出るほどうれしい

 重住澄夫原告団長の話 大阪地裁の判決後、広島でも全員勝てると確信していたが、実際に勝訴判決を聞き、涙が出るほどうれしかった。被爆地での全面勝訴は、これまで原爆症認定をあきらめてきた被爆者や、他地域での裁判にも大きな影響を及ぼすはず。国には控訴してほしくない。

コメント差し控える

 厚生労働省健康局の石井信芳総務課長の話 判決の具体的な内容を確認していないのでコメントは差し控えたい。今後の対応は、判決内容を確認の上、関係省庁とも協議して検討したい。

被爆者救済流れ加速 原爆症判決

2006/08/05 中国新聞地域ニュース

 【解説】 原告四十一人全員を原爆症と認定するよう判断した広島地裁判決は、大阪地裁判決の流れをさらに加速させ、被爆者救済の範囲を大きく広げた。国は「原爆被害」を正面からとらえ直し、被爆者援護政策を根本から改めるべきだ。

 判決は、国が原爆症認定審査のよりどころとする「原因確率」を「一応の参考資料」と言い切った。「残留放射線による外部被曝および内部被曝を十分には検討していないといったさまざまな限界や弱点がある」と指摘。大阪地裁判決と同様、審査方針の機械的適用を批判し、「全体的、総合的な検討」の必要性を説いた。

 原告には、従来の制度からすると、認定が困難視される二キロ以遠の直接被爆や、入市被爆者もいた。しかし、原告たちに国が用いる推定被曝線量からは、想定できない急性症状などが出ていたことを重視。放射性降下物による被曝の可能性やちりなどを吸い込むことによる内部被曝の可能性も判断材料とした。

 放射線の人体への影響には未解明な部分が多い。ただ、判決では、これまで認定の対象とならなかった前立腺がんや狭心症、骨折など約十五の疾病についても原爆による「起因性」を認定。「原因確率」によるのではなく、あくまでも被爆者の実態に即した判断を求めた。

 まもなく被爆六十一年を迎える今なお、原爆被害の全体像は解明できていない。全国の原告百八十三人のうち、すでに二十四人が判決を待たずに亡くなった。被爆者を今も苦しめる原爆の非人道性を、被爆国日本の政府が、どう受け止めるのか。残された時間はわずかである。(森田裕美)

41人全員の原爆症認定 集団訴訟、国また完敗

2006年08月04日 西日本新聞

 被爆者援護法に基づく原爆症の認定申請を国が却下したのは違法だとして広島、山口、東京の被爆者ら41人が却下処分の取り消しなどを求めた訴訟で、広島地裁(坂本倫城裁判長)は4日、「疾病はいずれも原爆の放射線が原因」などとして、41人全員を原爆症と認める原告勝訴の判決を言い渡した。

 坂本裁判長は判決理由で「(国の認定基準は)残留放射線による外部被ばくや、内部被ばくを十分に検討しておらず、限界や弱点がある」と指摘。現行審査方法で算出される被ばく放射線量は「一応の最低限度の参考値」にすぎないとした。

 原告9人全員の勝訴とした5月の大阪地裁判決に続き、国は事実上完敗したことになり、今後の原爆症認定や被爆者援護行政の在り方に大きな影響を与えそうだ。

 1人当たり300万円を求めた国家賠償の請求は棄却した。

原爆被害に国家補償を

2006/07/12 中国新聞地域ニュース

 ▽広島県被団協、定期総会で方針

 広島県被団協(金子一士理事長)は十一日、広島市中区の大手町平和ビルで定期総会を開いた。今夏にも判決が出る広島地裁での原爆症認定集団訴訟の勝利をめざす取り組みをはじめ、原爆被害への国家補償実現などを柱とした本年度の運動方針を決めた。

 今年は日本被団協結成五十周年にあたり、金子理事長は、出席した約四十人を前に「被爆者は今まで、核兵器廃絶と国家補償を求めてたたかってきた。今後、どんなことがあっても、戦争にならないよう残った力を振り絞ろう」と呼び掛けた。

 この日は役員改選も予定していたが、被爆者相談所を支えていた二人がともに一線を退く意向を示したため、不安視する意見などが続出。執行部を軸に再協議した上で、近く臨時総会を開いて論議することにした。

 運動方針には、被爆の実相を伝え、核兵器廃絶を進める平和学習の拡充▽世界遺産の原爆ドーム(中区)近くで建設が進む高層マンション反対運動の推進―なども盛り込んだ。(宮崎智三)

次世代核兵器めぐり 英、意見二分 冷戦終わり無駄/抑止力は必要

2006/07/02 The Sankei Shimbun東京朝刊から

 【ロンドン=蔭山実】英国でトライデント戦略核ミサイルシステムの後継核兵器を開発すべきか否かをめぐる議論が本格化してきた。ブレア政権ナンバー2で、次期労働党党首となるのが確実視されているブラウン財務相が開発支持を表明したのがきっかけだ。冷戦終結で戦略核の必要性が薄れたという議論がある一方で、新たな「無法国家」の核の脅威に備えるべきだとの声も強く、意見は二分されている。

 英国は射程1万2000キロのトライデント戦略核ミサイル58基と同ミサイル搭載潜水艦4隻を保有しており、2024年に更新時期を迎える。開発にかかる時間を考慮すると、10年ごろまでに次世代核兵器の開発の是非を決定する必要がある。

 ブラウン財務相は先月21日、政府の対応を先取りする形で、「テロとの戦いに備えた防衛力の強化と、英国独自の核抑止力の維持は必要だ」と表明。有力な次期首相候補とみられているブラウン氏の発言は「不意打ち」(フィナンシャル・タイムズ紙)などと波紋を広げ、ブレア首相は28日、年内に政府の方針を固める考えを示した。

 一方、英下院の防衛委員会は30日、戦略核ミサイルを搭載した潜水艦1隻が常に海洋を巡回している現在の態勢を見直すよう求める報告書を公表。報告書は、冷戦終結で核の脅威が減った現在、政府は核抑止力を必要とする理由を十分に説明すべきだと指摘。01年の米中枢同時テロ以降のテロとの戦いでは核兵器は有効な手段ではないとも結論づけ、論議に一石を投じた。

 あるシンクタンクの軍事専門家は、国際社会で英国の影響力を保つために核抑止力は不可欠と指摘する一方、開発反対派の専門家らの間では、逆に北朝鮮やイランに核開発の口実を与えるとの声もある。

 また、英軍内部では250億ポンド(5兆2900億円)といわれる巨額の次世代核兵器開発費が通常兵器の整備にしわよせを及ぼすと懸念する向きもあるほか、英国が直接、核の脅威にさらされることがない現状で巨額の開発費は無駄との意見もある。

 一方、ブラウン財務相の発言には、労働党内から核軍縮を支持してきた左派を中心に「次期党首として支持するのを考え直す」と反発の声も上がった。左派はブラウン氏を支持してきただけに、次世代核兵器開発論議は、労働党の次期党首争いにも微妙な影響を及ぼす可能性すらでてきた。

在外被爆者の健康管理手当、自治体に支給義務…最高裁

2006年06月13日 読売新聞 Yomiuri On-Line

 海外在住の被爆者(在外被爆者)に被爆者援護法に基づく健康管理手当を支給する場合、国と自治体のどちらに支給義務があるかが争われた二つの訴訟の上告審判決が13日、最高裁第3小法廷であった。同小法廷は、手当の支給義務は国から事務を委任された自治体が負うとした上で、国に支払いを求めた原告側の請求を棄却、原告敗訴が確定した。同小法廷は、「出国後も被爆者の地位は失わず、手当の受給権は失わない」と在外被爆者の手当受給資格を認め、「最後の居住地の都道府県または広島、長崎市が支給義務を負う」とする初判断を示した。

 国は従来、手当の支給対象を国内在住者に限定していたが、同種訴訟での相次ぐ敗訴を受け、2003年3月に同法施行規則を改正。現在は対象を在外被爆者にも拡大、日本で最後に居住していた自治体が支給する運用を行っている。今回の判決はこれを追認。

 二つの訴訟は、いずれも長崎市で被爆、終戦後に韓国・釜山市に帰国した李康寧さん(78)と、仕事で中国に10か月間行っていた元高校教諭の広瀬方人さん(76)が、提訴していた。

 厚生労働省の話「今後も被爆者の方々への援護施策を推進していきたい」

 判決後、支援者からは「ひどい」「残念だ」と憤りの声が上がった。一方、会見した原告側弁護士は「被爆者が出国したら手当を打ち切られることが誤りだと確定したのは、実質的な勝訴」と一定の評価をした。

 手当を支払うべきは国か、国に委任を受けた自治体か。既に自治体から手当を支給されている原告らが、この点にこだわったのは、「在外被爆者を放置してきた国の責任を明確にしたい」との思いからだった。

 原告の李さんは戦後、韓国に帰国したが、1994年に治療のため来日。長崎市の病院に入院した際、手当の支給を通知されたが、治療後、韓国に帰ると支給が止まった。市からは「手当が欲しければ、日本に住みなさい」と言われた。

 「どこに住もうと、自分は日本の被爆者だ」。納得出来ず、99年に提訴。1、2審で勝訴し、李さんの受給資格は認められたが、国は支払うのは自治体だとして上告していた。

 [解説]国は積極的な救済を

 健康管理手当の支給義務が、国ではなく自治体にあるとした今回の判決は、地方自治法などの解釈について判断を示したものだ。「日本を出ても被爆者としての地位を失わない」ことは当然の前提とした上での法律論で、国が在外被爆者を差別し続けてきた責任を軽減し、自治体に転嫁するものではない。司法判断に追従する形で、段階的に施策を見直すという消極的な姿勢に終始してきた事実を国は重く受けとめるべきだ。

 在外被爆者は、世界三十数か国に約5000人とされるが、被爆者健康手帳を持っているのは3660人で、健康管理手当などを受給しているのは2390人だけ。国は昨年11月、海外から各種手当の支給申請を出来るようにしたが、申請件数は未申請者の17%にとどまる。手帳の交付には今も、本人の来日が求められ、高齢で体調を崩した被爆者が取得できないケースも少なくない。

 在外被爆者は、被爆治療の専門家不足や多額の医療費負担、被爆者への差別などで、国内の被爆者に比べても不利な状況に置かれてきた。被爆者は高齢化し、残された時間は長くない。国は長年、在外被爆者を置き去りにしてきた反省を踏まえ、支援制度を周知徹底し、海外でも手帳が受け取れるようにするなど積極的な救済を図るべきだ。 (小林篤子)

在外被爆者の手当申請 スタート半年で全体の17%

2006/06/02 The Sankei Shimbun

 韓国や米国など海外に居住する在外被爆者に昨年11月末から認められた、在外公館での健康管理手当などの申請件数が、半年間に10カ国で計219件にとどまっていることが2日、外務省の集計で分かった。

 被爆者健康手帳を持ちながら未申請の在外被爆者は昨年で約1270人いたが、その17%しか申請手続きをしていない状況。外務省は「制度が十分に浸透していない可能性がある」として厚生労働省などと協力して周知徹底に努める方針だ。

 国別の申請件数は、韓国が115件と最多だが、対象者も604人と最も多く申請率は19%にとどまった。2番目に多かったのは米国の69件(申請率16%)で、以下はブラジル21件(同40%)、カナダ5件(同26%)の順。

被爆中国人を祈念館に登録 強制連行の3人

2006/05/31 中国新聞地域ニュース

 第二次世界大戦中に強制連行され広島で被爆し、亡くなった中国人三人について、市民団体「強制連行された中国人被爆者との交流をすすめる会」は三十一日、広島市の国立広島原爆死没者追悼平和祈念館に遺影や氏名を登録した。

 呂学文さん=二○○三年、八十二歳で死去、徐立伝さん=一九九二年、七十歳で死去、楊希恩さん=四五年に二十二歳で原爆被爆死=で、広島の祈念館への中国人の登録は初めて。

 同会によると、呂さんらは四四年に日本に強制連行された。広島県内の発電所の建設工事現場で騒ぎを起こしたとして逮捕され、広島市内の刑務所などで被爆した。会が登録を呼び掛けたところ、遺族から登録を希望する返事が来たという。

 同会の川原洋子事務局長は「国立の施設に強制連行で被爆した中国人の記録を残すことは意義がある」と話している。

原爆症認定勝訴で被爆者ら感涙

2006/05/13 中国新聞地域ニュース

 「やったぞ」「画期的だ」。原告九人全員を原爆症と認めた十二日の大阪地裁判決を受け、全国の被爆者や支援者に喜びが広がった。集団訴訟の初の判決で現行の認定基準の問題点が指摘され、ヤマ場を迎える各地の地裁判決に期待の声が相次いだ。(金崎由美、石川昌義)

 ●広島

 広島訴訟の原告や支援者約十人が待ちかまえた広島市中区の広島県被団協(金子一士理事長)の事務所。勝訴の連絡が入ると、拍手と歓声がわき上がった。原告四十一人をまとめる団長の重住澄夫さん(77)=広島県安芸太田町=は「相次ぐ認定申請却下の通知に落胆している被爆者を勇気づける」と笑顔を見せた。

 二つの県被団協や弁護団、支援団体のメンバーは市役所で記者会見し、坪井直県被団協理事長は「原爆被害を小さく見せようとする国を批判した画期的判決。核兵器廃絶を求める世論の高まりにつなげたい」と言い切った。原爆訴訟を支援する会の田村和之代表世話人(龍谷大教授)も「厚生労働省の完敗。広島地裁の判決に明るい展望を与える」と声を弾ませた。

 被爆者に残された時間は少ない。広島地裁の原告のうち七人が判決を待たずに死亡した。原告の夫=当時(74)=を四月に失った西妙子さん=広島市西区=は、遺影を手に「あと少し頑張ってくれたら…。これ以上、被爆者を苦しめないで」と涙を見せた。

 ●東京

 勝訴の一報が大阪から入った東京都港区の日本被団協事務局は、歓声と拍手に包まれた。「広島、東京と続く地裁判決に、何よりの追い風」と、事務局次長の岩佐幹三さん(77)は、うっすらと涙を浮かべた。

 東京訴訟の原告団と弁護団は、東京・霞が関の弁護士会館で記者会見。「一筋の光が差した思い。被爆者の思いが通じた」。原告団副団長の梅園義胤さん(66)=東京都杉並区=は喜んだ。

 梅園さんは現在の広島市中区白島九軒町で被爆。腎臓と肺にがんが見つかり、再発の恐怖を抱えながら訴訟を闘う。一緒に提訴しながら昨年他界した友人の無念を胸に、今秋にも予想される東京地裁判決での勝訴に期待をかける。

 弁護団長の高見沢昭治弁護士は「入市被爆の原告にも勝訴判決が出た。極めて画期的だ」と胸を張った。弁護団は「高齢の被爆者にはますます時間がなくなる」として、和解勧告を裁判所に求めていくことも検討する。

全国37人新たに申請 原爆症認定

2006/05/10 中国新聞地域ニュース

 ▽広島市では3人

 原爆症認定を求めて、広島市の三人を含む全国七都府県の被爆者三十七人が九日、各自治体に申請書を一斉に提出した。認定率が極めて低い制度の問題点を訴えるため、日本被団協が呼び掛けている第二次集団申請の第三弾。三、四月に全国の五十六人が申請しており、七月まで月一回、集団申請を続ける。

 日本被団協などによると、広島以外では、東京都十三人▽愛知県八人▽神奈川県七人▽熊本県三人▽大阪府二人▽埼玉県一人―が、この日申請した。大半が却下される見通しだが、その後、却下処分取り消しの集団訴訟に参加するよう求める。

 広島市では、南区の丸山俊一さん(70)=食道がん、安佐北区の介護施設職員住田成夫さん(68)=肺がん=と、中区の女性(90)=甲状腺機能低下症=の代理人の計三人が市役所を訪れて申請書を出し、受理された。

 丸山さんは、爆心地近くの鷹匠町(現中区本川町)に住む叔母を捜しに安芸高田市から入市被爆した。市役所での会見には抗がん剤の点滴器具を持参し、「被爆者の余命は短い。国は一日も早く援助の手をさしのべて」と声を振り絞った。二回目の申請という住田さんは、二〇〇二年に発症した肺がんの手術跡を見せ、「温かな救済がほしい」と訴えた。

 認定被爆者は全国で二千二百五十一人(昨年三月末現在)と、被爆者健康手帳所持者の0・84%にとどまる。こうした厳しい認定行政の転換を求めて、被団協は〇二年から集団申請・訴訟を始めた。全国十三地裁で係争中の集団訴訟では初の判決が十二日、大阪地裁で出される。(石川昌義)

広島県が申請却下 被爆者手帳

2006/05/10 中国新聞地域ニュース

 ▽在ブラジル2人提訴へ

 被爆確認証を受けているブラジル在住の男女二人が三月末、現地から代理人を通じて申請した被爆者健康手帳の交付を、広島県が却下していたことが九日、分かった。二人は却下を不当として近く提訴する。代理申請による却下処分取り消しを求める訴訟は全国二例目となる。

 申請者は、いずれもブラジルに住む女性(90)と男性(96)。女性は広島市中区、男性は長崎市でそれぞれ被爆後、ブラジルに移住した。ともに二〇〇四年に被爆確認証を得ている。広島弁護士会の足立修一弁護士を通じて県に手帳交付を申請していたが、県は四月二十七日付で却下を決め、二人に通知していた。

 県被爆者・毒ガス障害者対策室の片山賢治室長は「法の要件を満たしていない以上、却下せざるを得ない」と説明している。

 被爆者援護法は手帳について、申請先を居住地の都道府県知事か広島、長崎両市長に限定し、海外在住者の現地からの申請を認めていない。

 この問題をめぐって韓国・平沢市の李相〓さん(83)が昨年一月、同じく広島県に申請を却下され、同年六月、全国初の訴えを広島地裁に起こしている。足立弁護士は「却下は何ら合理性がない」と批判している。(松本恭治)

 【お断り】〓は「火」へんに「華」と書く字ですが、JISコードにないため表示できません。

年間250個生産可能に 新型核、5年ごとに開発

2006/04/15 中国新聞

 【ワシントン14日共同】ブッシュ米政権が、有事に備えて年間250個の核兵器を生産できる体制を整備し、5年ごとに新型核を順次開発する計画であることが14日、分かった。エネルギー省の核安全保障局(NNSA)高官が語った。NNSAは2022年までに年間125個の生産体制を目指す考えを議会に伝えていたが、実際はこの2倍に上る生産能力を目指すという政権の「青写真」が初めて判明した。

 米国は現在保有する核弾頭に代わって「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」の研究開発を進めている。5年ごとの新型核開発は、複数の新型核を開発することを意味しており、軍縮団体などは「核軍拡につながる」と警戒を強めている。

英が新核弾頭の設計開始か 米に先行と報道

2006/03/12 The Sankei Shimbun

 12日付英紙サンデー・タイムズは、英当局幹部の話として、米政府が2012会計年度中にも製造する方針である潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)トライデントの後継核弾頭について、英政府が自国での製造を視野に独自に設計を進めていると報じた。米国の研究よりも進んでいるという。

 英政府は、トライデント搭載の潜水艦が退役を予定する2025年以降の核戦力の在り方を検討中だが、戦略核を更新するかどうか明確な方針は示していない。更新すれば「イランのような国に核不拡散を訴える英国の立場を弱くする」との声も出ている。

 「信頼性のある代替核弾頭(RRW)」と呼ばれる新たな核弾頭は、南部バークシャー州の施設で昨年5月以降、研究が開始された。

 同紙はRRWについて、英政府が核拡散防止条約(NPT)の核保有国による核軍縮義務違反とならないように、現在の弾頭数より削減する可能性があると指摘した。(共同)

在ブラジル被爆者が逆転勝訴

2006/02/08 中国新聞地域ニュース

 被爆者援護法に基づく在外被爆者への健康管理手当をめぐり、ブラジル在住の向井昭治さん(78)ら三人が、時効を理由に支払われない手当計約二百九十万円の支払いを広島県に求めた訴訟の控訴審判決が八日、広島高裁であった。草野芳郎裁判長は原告の請求を退けた一審判決を取り消し、県に全額の支払いを命じる原告側の逆転勝訴の判決を言い渡した。(松本恭治)

 手当の受給に「時効を適用しない」とした判決は、昨年十二月の長崎地裁判決に続き三例目で高裁では初。行政側は、在外被爆者援護策の一層の見直しを迫られそうだ。

 向井さんら三人は広島市内で被爆した後、ブラジルに移住。日本に一時帰国した際に手当を受給したが、在外被爆者を援護の対象外とした旧厚生省「四〇二号通達」に基づき、ブラジルへの出国を機に支給が止まった。

 在韓被爆者の受給資格を認めた二〇〇二年の大阪高裁判決を受け、国は在外被爆者も受給できるように方針を転換した。しかし、県は、提訴から五年以上さかのぼった手当について、地方自治法の時効が成立したとして支払わなかった。

 草野裁判長は、四〇二号通達について「援護法の解釈として誤っている」と判断。同通達が提訴の妨げとなったとする原告側の主張をほぼ採用し、県側が訴えてきた時効の成立を「信義則に反して権利の乱用に当たり許されない」とした。

 一審判決は「県は一定の法解釈に基づいて債務を履行しなかったにすぎず、権利の乱用には当たらない」などとして、原告側の訴えを全面的に退けていた。この訴訟は、三人を含む計十人が〇二年、日本からの出国で手当を受給できないのは不当として順次提訴。その後、在外被爆者への支給が始まったため、七人は訴えを取り下げた。

非常に意義ある判決

 在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判を支援する会代表世話人で、龍谷大法科大学院の田村和之教授(行政学)の話 完全な勝訴だ。通達で在外被爆者を放置してきた行政を糾弾する内容。在外被爆者にとっては確定すれば、未払い分の手当を請求できる点で非常に意義のある判決になった。

関係機関と対応協議

 広島県福祉保健部の奥和彦原爆被爆者援護室長の話 県の主張が認められなかった厳しい判決と受け止めている。判決内容を検討し、関係機関と協議して対応を決めたい。

在韓被爆者、韓国国会に特別法の制定を要求 ソウル

2005/10/31 The Sankei Shimbun

 在韓被爆者や支援の市民など計約100人が31日、ソウルの政府総合庁舎近くで集会を開き、韓国人原爆被害者の支援などのための特別法制定を求めた。

 集会参加者は「韓国人原爆被害者は、日米両政府が賠償責任から目をそむけ、韓国政府が放置する中で、苦痛と疎外の生活を強いられてきた」と訴え、韓国の国会が特別法を制定するよう要求した。

 被爆者らは19日から国家人権委員会の会議室で13日間にわたり特別法制定を求めて立てこもりを続けてきたが、この日解散した。(共同)

在米被爆者訴訟 控訴取り下げ

2005/10/14 中国新聞地域ニュース

 ▽広島市、手当申請の実質審査始める

 広島市は十三日、被告として広島高裁で係争中の在米被爆者訴訟で、南野知恵子法相あての控訴取り下げ依頼書を広島法務局に提出した。これを受け、同法務局は同高裁に控訴取下書を出し、在米被爆者ら原告四人が全面勝訴した広島地裁の一審判決が確定した。

 市は同時に、却下していた四人からの健康管理手当などの申請について実質審査を始めた。近く、申請を認めて手当を支給するとみられる。

 四人は二〇〇三年十二月から〇四年六月にかけ、市の却下処分の取り消しを求めて提訴。広島地裁は今年五月、市の処分を取り消す判決を下し、市は厚生労働省の強い意向を受け控訴した。

 しかし、同様の在韓被爆者訴訟で福岡高裁が九月、被告の長崎市が敗訴する判決を下し、実質的な被告である厚労省は上告を断念。広島市も控訴取り下げを決めていた。

控訴取り下げを正式表明 在外被爆者訴訟で広島市長

2005/10/07 The Sankei Shimbun

 長崎在外被爆者訴訟で国が上告を断念したことを受け、秋葉忠利(あきば・ただとし)広島市長は7日の記者会見で、広島高裁で係争中の在米被爆者訴訟について「控訴取り下げの手続きを早急に進める」と正式に表明した。

 秋葉市長は「(国の決断を)高く評価する。被爆者の代弁者として長い間、国に要望してきた市の行動が実を結んだ」と述べた。

 在米被爆者訴訟は、森中照子(もりなか・てるこ)さん(73)ら米国在住の被爆者3人と遺族の計4人が、健康管理手当、葬祭料などの海外申請を求め、広島地裁に提訴。同地裁は今年5月、原告全面勝訴の判決を言い渡したが、広島市は国の意向を受け控訴した。

 韓国人被爆者が手当の海外申請を求め広島地裁で係争中の同種訴訟には、損害賠償請求が含まれているため、市は国と対応を協議する方針。

 秋葉市長は、被爆者健康手帳の海外からの申請についても「国に引き続き、働き掛けていきたい」と述べた。(共同)

厚労相、上告断念を表明 長崎の在外被爆者訴訟

2005/10/07 The Sankei Shimbun

≪「高齢化に思い」救済に道≫

 海外在住の被爆者が被爆者援護法に基づく健康管理手当や葬祭料を国外で申請できるかが争われた長崎在外被爆者訴訟で、尾辻秀久(おつじ・ひでひさ)厚生労働相は7日、閣議後会見で「被爆者の高齢化に思いを致す必要がある」と述べ、行政側敗訴の福岡高裁判決を受け入れ、上告しないことを明らかにした。細田博之(ほそだ・ひろゆき)官房長官も同様の決定を表明した。

 国の決定を受け、直接の被告である長崎市も同日、記者会見。上告期限の11日に判決が確定する。尾辻厚労相は同時に、11月から35カ国の在外公館での手当申請を受け付けることも明らかにした。来日できないため手当を受給できない約1300人の在外被爆者に救済の道が開かれる。

 尾辻厚労相は、判決が被爆者援護法に国家補償的な性格があるとした点は「見解が異なる」とした。しかし(1)長崎市が上告しない強い意向を持っている(2)海外から申請できる新たな仕組みが可能になった(3)在外被爆者の高齢化が進んでいる−ことを挙げ「総合的に勘案して長崎市に上告を促さないこととした」と述べた。

 健康管理手当や葬祭料の支給事務は国が自治体に委託。厚労省は近く、申請時に日本にいることを要件とした援護法の政省令を改正する。海外在住の被爆者が現地の大使館や領事館を通じて申請できるよう、本人確認の方法や現地での診断方法について外務省と詰めの事務作業を進めている。(共同)

「3号被爆」手帳求め提訴 救護の現場にいた7人

2005/09/29 the sankei shimbun

 被爆者救護に立ち会うなどして放射線を浴びたとして広島市に被爆者援護法に基づく被爆者健康手帳の交付を申請し、却下された隅坂薫さん(64)=同市安佐北区=ら7人が29日、救護した人数などで交付の可否を決める広島市の基準は不当として、市の却下処分の取り消しと1人220万円の損害賠償を求め、広島地裁に提訴した。

 被爆者の救護などで放射線を浴びた人は被爆者援護法1条3号で被爆者と定義され「3号被爆者」と呼ばれる。手帳交付の審査基準をめぐる訴訟は初めて。

 広島市は、1日に10人以上を救護したり搬送したりした人や、その背中に負われていた子どもを3号被爆者と規定している。

 記者会見した隅坂さんは「母に背負われていた弟は手帳を取得できた。基準が公平ではない」と述べ、代理人の足立修一弁護士は「10人以上という基準に科学的根拠はなく不合理だ」と話した。

 原告の7人は、広島市郊外で被爆者を救護した母親と一緒にいたり、入院先で被爆者と一緒に治療を受けたりした63―74歳の男性3人と女性4人。

 広島市は「訴状を見ていないのでコメントできない」としている。(共同)

3女性に障害年金認める 準軍属の被爆ケロイド補償訴訟

2005/09/29 中国新聞ニュース

 国民義勇隊員として動員され広島で被爆、ケロイドが残ったのに戦傷病者戦没者遺族等援護法(援護法)に基づく障害年金の給付請求を却下されたのは違法として、広島、山口両県の女性十二人が国に却下処分取り消しと計六千万円の損害賠償を求めた訴訟の判決で、広島地裁は二十九日、原告のうち三人に対する処分を取り消した。損害賠償請求は退けた。

 判決理由で能勢顕男裁判長は広島県大竹市の女性(80)ら三人について「(ケロイドの程度は)国の基準が定める『醜形』があり、却下は合理性を欠く違法な処分」と年金受給資格を認めた。

 一方、他の九人に対する国の処分は適法とし、損害賠償請求についても「国民への情報提供に著しい逸脱はなかった」と判断、原告の請求を退けた。

 原告は大竹市と山口県和木町に住む七十九〜九十三歳の女性。

 判決によると、十二人は一九四五年八月六日、大竹市周辺から建物疎開作業に向かう途中、広島市内で被爆、熱線を浴びて顔や手足にやけどをし、ケロイドが残った。

 その後、準軍属として障害年金の受給資格があることを知り給付を請求したが、厚生省(現厚生労働省)は九八年七月「公務上の傷病だが、程度が基準に達していない」として却下。異議申し立ても棄却した。

 原告側は「ケロイドの状態は年金支給対象に当たる。年金制度を国が周知徹底せず申請が遅れ、苦痛を受けた」と主張。国側は「ケロイドの障害認定は目安に基づいて審査し、適正だ」と請求の棄却を求めていた。

 大竹市周辺から動員された国民義勇隊員は約八百人が被爆、四五年九月十日までに八十四人が死亡した。

韓国人被爆者、二審も勝訴 手当など在外申請認める

2005/09/26 The Sankei Shimbun

 韓国に住む被爆者が、被爆者援護法に規定された手当などの支給を韓国から申請できるかどうかが争われた訴訟の控訴審判決で、福岡高裁(石井宏治(いしい・こうじ)裁判長)は26日、長崎市の控訴を棄却、一審長崎地裁に続き韓国人被爆者側の主張を認め、海外申請は可能との判断を示した。

 同種訴訟で高裁判決は初めて。

 現行制度は被爆者本人が来日して手続きすることを求めているが、被爆から60年が過ぎ、高齢や病気で来日困難な人が多い。尾辻秀久厚生労働相は8月、福岡高裁判決で長崎市が敗訴すれば制度改正に乗り出す意向を示しており、韓国や米国を中心に約3600人いる在外被爆者の援護制度が改善される可能性が出てきた。

 原告は韓国・釜山の故崔季K(チェ・ゲチョル)さん=昨年7月に78歳で死去=と、妻の白楽任(ペク・ラクイム)さん(77)。

 判決によると、長崎市で被爆した崔さんは1980年に被爆者健康手帳を取得。2004年1月、釜山から健康管理手当を長崎市に代理申請したが却下され、同年2月に処分取り消しを求めて提訴した。

 04年7月に崔さんが死去後に支給申請した葬祭料についても、長崎市が「死亡時の居住地が長崎市ではない」との理由で却下したため、白さんが原告となり新たな訴訟を起こした。

 2件の訴訟で長崎地裁は崔さん側の訴えを認め、却下処分を取り消した。長崎市が国の意向を受け控訴していた。

 <在外被爆者> 被爆者健康手帳を持ち、海外に居住する日本人や外国人。厚生労働省によると、今年3月現在、三十数カ国に計約3660人いる。韓国が最も多く約2420人、米国に約850人、ブラジルに約140人など。被爆者援護法が定める健康管理手当は、本人が来日して手続きする必要があるが、高齢や体調不良で来日困難な人が多く、在外公館などで手続きできるよう求める声が上がっている。外国で亡くなった被爆者遺族には葬祭料も支給されておらず、被爆者団体は制度の改善を求めている。(共同)

銀から被ばく実態明らかに 金沢大教授の研究で

2005/09/23 The Sankei Shimbun

 広島、長崎で被爆者がどれだけの中性子を浴びたかを、被ばくした銀製品から正確に測定できることが、金沢大自然計測応用研究センターの小村和久教授(環境放射能学)の研究で22日明らかになった。28日から金沢市で開かれる日本放射化学会で発表する。

 小村教授は「当時の銀製品を提供してもらえれば、被爆者の状況がより具体的に分かる可能性がある」としている。

 小村教授によると、1945年8月6日に広島市で被ばくした銀製の勲章から放射性同位体「銀108m」を検出。これを使うと従来の方法より1000倍以上も高い感度で原爆で放出された中性子の線量を推定できた。銀製品の純度が高ければ爆心地から遠い地点でも測定できるという。

 広島の勲章のほか、長崎にあった真ちゅう製のスプーンなどにも不純物として微量の銀が含まれており、今回の調査で銀108mを検出した。

 中性子線量の推定は従来、コバルト60や岩石に含まれるユーロピウム152を用いてきたが、放射能の強さが半分になる期間である「半減期」が短いため、60年を経た現時点では爆心から1キロ以上離れた地点での検出は困難だった。銀108mの半減期は418年と長いため、新たな測定法として期待できるとしている。(共同)

在外被爆者の声どこへ

2005/09/01 中国新聞地域ニュース

 <援護策 論戦高まらず>

 被爆六十年の節目の年に迎えた衆院選。在外被爆者の救済策を政府に迫る判決が相次ぐ中、在外被爆者の援護に関する論戦は候補者たちからほとんど聞こえない。高齢化が進む被爆者問題への政治の対応に、支援者は「国民の関心も遠のくのでは」と危惧(きぐ)する。

 「在外被爆者問題の重要度が低く、一部の人の特殊な問題とされている」。市民団体の「在ブラジル・在アメリカ被爆者裁判を支援する会」の代表世話人で龍谷大法科大学院の田村和之教授(行政法)は、選挙戦で議論が盛り上がらないことに危機感を募らせる。

 <3党解決公約>

 七月には民主、共産、社民の三党が在外被爆者の救済を盛り込んだ援護法の改正案を共同で提案した。マニフェストでも三党は解決を公約する。しかし、選挙戦では、被爆地広島でも社民党元職が「議席を回復して救済を」と訴えた程度。小泉改革の是非に注目が集まる中で、かき消されがちだ。

 「在外被爆者も苦しみに耐えてきた。平均年齢はもう七十三歳を超えている」。ブラジル在住の被爆者が被爆者援護法に基づく健康管理手当が支給されないのは違法として手当の支払いを広島県に求めた控訴審。八月二十五日、在ブラジル原爆被爆者協会の森田隆会長(81)が広島高裁での口頭弁論で強調した。

 各種手当などの受給には来日手続きが義務づけられている。しかし、「今も三十人が高齢で体調が悪く来日できない」と森田さん。厚生労働省によると、被爆者健康手帳を持つ海外の被爆者は米国や韓国などに約三千五百三十人とされ、うち何らかの手当を受給しているのは二千数百人。手帳を持たない被爆者の実態はつかめていない。

 国は一九九五年に援護法を施行して以降も、在外被爆者を援護の対象から除外した。現在、一度来日した人には手当が支給されるようになったが、来日できない被爆者は放置されたままだ。

 ここ数年、海外からの申請でも受給資格があるとの司法判断が定着。米国の被爆者らによる訴訟では広島地裁が五月、「国外からでも申請できる」と広島市に却下処分の取り消しを命じた。しかし市は国に促されて結局、控訴した。

 <国の腰は重く>

 八月六日。広島市での平和記念式典に出席した小泉純一郎首相は「被爆者代表から要望を聞く会」を四年連続で欠席。首相に代わって被爆者団体の代表と懇談した尾辻秀久厚労相は、手当の申請に在外公館を活用することについて「外務省との協議が詰まっていない」と述べるにとどまった。国の腰は重い。

 「一日も早く日本の被爆者と同じように救済してほしい」。森田会長は痛切な願いを込めて祖国の動きを見つめている。

被爆者の健康管理手当申請、在外公館でも受け付けへ

2005年09月01日 読売新聞 Yomiuri On-Line

 政府は広島、長崎で被爆し、現在、海外で暮らす被爆者(在外被爆者)による健康管理手当(月額約3万4000円)の申請について、在外公館でも受け付ける方針を固めた。

 現在は、在外被爆者本人が来日し、都道府県知事に申請する必要があり、改善を求める意見が出ていた。被爆者援護法施行規則を改正し、年末をメドに在外公館で受け付けを始めたい考えだ。

 海外での申請は、被爆者健康手帳を持つ在外被爆者が対象となる。外務省によると、今年8月現在、韓国や米国、ブラジルを中心に約1300人に上る。

 政府は従来、出国した被爆者について、健康管理手当の支給を打ち切っていたが、こうした措置を違法とする2002年12月の大阪高裁の判決を踏まえ、03年3月から、来日による申請を条件として、在外被爆者にも手当の給付を認めるようにした。しかし、被爆者の高齢化が進み、来日には費用もかかることから、手当の申請を断念する例も少なくないという。

 手当の申請には、現在も原爆症であることを証明する診断書の提出などが必要となる。政府は在外公館での申請が円滑に進むように、被爆者を診断する現地の医療機関を事前に指定することを検討している。

 一方、被爆者健康手帳を持たない在外被爆者は従来と同様、本人が来日し、手帳を取得する必要がある。政府筋は「健康手帳の取得には、被爆地にいたことの証明が必要で、在外公館での手続きは難しい」と説明している。

中国核攻撃の必要性議論 インド防衛で米ケネディ政権

2005/08/27 The Sankei Shimbun

 中国とインドの国境紛争が深刻化した1960年代前半、中国の軍事的台頭を危惧(きぐ)した米ケネディ政権内で、インド防衛のための中国に対する核攻撃の必要性が議論されていたことが、ケネディ大統領図書館が26日までに解禁した政権首脳の会話テープから明らかになった。

 中国が初の核実験を強行する64年10月以前に、米政権内で中国の核施設への核使用が議論されたことは米公文書から既に分かっているが、中印国境紛争の関連でも対中核攻撃が論じられていた事実を伝えている。

 テープは63年5月9日の国家安全保障会議(NSC)の会話記録。テイラー統合参謀本部議長(当時、以下同)はケネディ大統領に「インド問題に深入りする前に、中国とどう向き合うかを大所高所から検討すべきだ。(インド防衛のための)非核戦力による戦争は考えたくない」と、本格的にインドに肩入れするなら、中国への核使用が不可避になると示唆。

 マクナマラ国防長官もインドに対し安易に安全保障を約束した場合「中国が(インドに対して)本格攻撃すれば、米国の核使用が必要となる」と述べ、大統領に慎重姿勢を求めている。

 一方、ボール国務次官は、対中核攻撃は米国がアジア人への核使用をためらわないかのような印象を与え「日本人、すべての黄色人種との間の大きな問題になる」と指摘している。(共同)

核廃絶あきらめず努力 長崎、原爆投下から60年

2005/08/09 中国新聞ニュース

 長崎は九日、六十回目の原爆の日を迎え、長崎市松山町の平和公園で「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれた。伊藤一長市長は平和宣言で「核兵器廃絶に向けてあきらめることなく努力する」と決意を示し「世界の市民と手を結び、平和の鐘を長崎の空から響かせよう」と呼び掛けた。五月の核拡散防止条約(NPT)再検討会議の失敗を招いたとして、核保有国、特に米国の「核抑止力に固執する姿勢」に強い憤りを表明した。

 式典には被爆者や遺族、小泉純一郎首相らが参列。原爆投下時刻の午前十一時二分、「長崎の鐘」が鳴り響き、参列者は一分間の黙とうをささげた。被爆者代表の坂本フミヱさん(74)は「命ある限り『長崎を最後の被爆地に』と叫び続ける」と「平和への誓い」を読み上げた。

 世界には三万発近い核弾頭が備蓄され、北朝鮮やイランの核問題など核拡散の動きも止まらない。高齢化する被爆者は今もなお心と体の傷に苦しみ、体験の継承が大きな課題となっている。被爆地は犠牲者に祈りをささげ、未来に向かって行動することを約束した。

 平和宣言で伊藤市長は、米国市民に対し、米中枢同時テロへの怒りと不安に共感するとした上で「核兵器のない平和な世界を目指そう」と語りかけた。日本政府には非核三原則の法制化とともに、海外の被爆者や被爆体験で心に傷を負った人への支援充実を要請した。

 小泉首相は「在外被爆者への支援も含め、援護施策の推進に努力していく」とあいさつした。

 式典には核保有国の代表としてロシアの駐日臨時代理大使が参列したほか、韓国、米国、ブラジルの在外被爆者も招待された。秋葉忠利広島市長も献花した。

 この一年間に死亡が確認された被爆者二千七百四十八人の名前を記した原爆死没者の名簿三冊が奉安箱に納められ、死没者数は計十三万七千三百三十九人に。長崎市の被爆者の平均年齢は昨年の七一・七歳から七二・五歳に上がった。

原水禁大会、長崎で開幕

2005/08/08 中国新聞地域ニュース

 原水禁国民会議系の被爆60周年原水爆禁止世界大会と、日本原水協系の原水爆禁止2005年世界大会は八日、それぞれ長崎市内各地で、核兵器廃絶や被爆者援護などの分科会や集会を開いた。

 原水禁系は午前中、「核廃絶へ向けた課題と役割」「東北アジアの非核化と安全保障」「原子力政策の転換」など七つのテーマごとに分科会を開いた。午後は連合や核禁会議と三団体でシンポジウムを主催し、被爆者援護の強化をめぐり意見交換を進めた。

 原水協系も、「核兵器廃絶―アジア・日本の平和」「憲法九条 『戦争しない国』への道」「被爆者・核被害者との連帯」など六つのテーマ別集会をスタート。若者が被爆体験を聞いたり、活動を報告したりする「青年のつどい」を開催するなどした。

 二つの世界大会はともに、広島市での日程を六日で終えた。長崎市に舞台を移した七日には、原水禁、連合、核禁会議の三団体が「被爆60年核兵器廃絶2005平和ナガサキ大会」を県立総合体育館で開催。約五千五百人を前に、連合の笹森清会長は「核兵器は抑止力にならない。本気で廃絶への新たな取り組みを」と訴えた。

 一方、市民会館であった原水協系の「2005世界大会長崎のつどい」には約四千五百人が参加。広島での討議内容の報告などがあった。

核廃絶へ行動訴え 被爆60年式典

2005/08/06 中国新聞地域ニュース

 <継承 目覚め 決意のとき>

 米国が投下した一発の原子爆弾に焼かれ、廃虚となってから六十年。広島市は六日、中区の平和記念公園で原爆死没者慰霊式・平和祈念式(平和記念式典)を営んだ。節目の年に、昨年より一万人多い五万五千人(市発表)の被爆者や遺族、市民らが参列し、あの日を思わせる強い日差しのもと、あまたの犠牲に追悼の祈りをささげた。秋葉忠利市長は「平和宣言」で、被爆者の記憶の継承と核兵器廃絶への行動を誓った。

 せみ時雨が響き続ける午前八時、式典は原爆死没者名簿の奉納で始まった。秋葉市長と二人の遺族代表が、この一年間で亡くなったり、新たに死亡が確認された五千三百七十五人の名前を記した二冊の名簿を原爆慰霊碑に納めた。名簿はこれで八十五冊となり、二十四万二千四百三十七人の犠牲を刻む。

 原爆投下時刻の午前八時十五分。気温二八・三度。額から汗が噴き出す。遺族代表の市職員坂本綾さん(40)=西区=と、こども代表の温品小六年藤田健君(11)=東区=が「平和の鐘」をつく。水を求めて亡くなった犠牲者を悼み、参列者は一分間の黙とうをささげた。

 続く平和宣言で秋葉市長は、核を保有したり保有を願う国を「世界の大多数の声を無視し、人類を滅亡に導く危機に陥れている」と批判。二〇二〇年までの核兵器廃絶に向け、市民とともに行動を起こすことを誓い、今後一年間を「継承と目覚め、決意の年」と位置付けた。

 続いて、こども代表の本川小六年の岩田雅之君(11)=中区=と、口田小六年の黒谷栞さん(12)=安佐北区=が力強く「平和への誓い」。二十四年前の一九八一年、この地でローマ法王の故ヨハネ・パウロ二世が発表した「平和アピール」を引用しながら、被爆体験の継承と平和な世界実現への決意をうたいあげた。

 被爆六十年の節目とあって首相、衆参両院議長、最高裁長官の「三権の長」があいさつ。五年連続の参列となった小泉純一郎首相は「平和憲法を順守し、非核三原則を堅持する。核兵器の廃絶に全力で取り組む」と述べた。

 平和宣言骨子

 ●未来世代への責務として「子どもを殺すなかれ」を人類最優先の公理として確立する必要がある

 ●核保有国や核保有願望国は「力は正義」を前提に、世界の大多数の声を封じ込めている

 ●国連総会の第一委員会(軍縮)が、核兵器のない世界の実現と維持を検討する特別委員会を設置するよう提案する

 ●二〇二〇年までの廃絶を実現するため、国連総会が二〇一〇年までにその具体的ステップを策定するよう期待する

 ●向こう一年間を「継承と目覚め、決意の年」と位置付ける

 ●日本政府には、高齢化した被爆者の実態に即した温かい援護策の充実を求める

 ●原爆犠牲者に哀悼の御霊(みたま)をささげる。「安らかに眠って下さい。過ちは繰(くり)返しませぬから」

碑文の応急修復終える 原爆慰霊碑破損で広島市

2005/08/02 The Sankei Shimbun

 右翼団体の構成員の男に碑文の一部を傷つけられた広島市中区・平和公園にある原爆慰霊碑の応急補修作業が2日朝、終了した。同市によると、出来栄えは「違和感がないほど」といい、6日、被爆60年の平和記念式典を迎える。

 作業は午前4時半ごろ始まり、のみで傷つけられ、前日粘土で埋めた「過ちは」の部分を、石の模様に合わせてアクリル絵の具で色を付けた。

 本格的な修復は平和記念式典の後、検討されるが、1カ月以上かかるという。

 事件は7月26日午後10時55分ごろに発生。「安らかに眠って下さい 過ちは 繰返しませぬから」と書かれた原爆慰霊碑の碑文のうち、「過ちは」の部分が十数カ所にわたり、ハンマーとのみで傷つけられた。(共同)

米で68%原爆投下容認 日米合同世論調査

2005/07/24 中国新聞ニュース

 共同通信社とAP通信社は今月初め、戦後六十年を機に日米両国の国民意識を比較するため、電話方式による合同世論調査を実施した。それによると、日本国民の過半数の52%が米国政府を「信頼できない」と答え、対米不信感が国民レベルで広がっている実態が明らかになった。逆に米国民の59%は日本政府を「信頼できる」と答えた。

 湾岸戦争直後の一九九一年の同種調査に比べると、日本国民の対米不信感は26ポイントも高くなっており、イラク戦争に代表される米ブッシュ政権の「一国主義」的な外交・安保戦略への懸念が強いとみられる。

 第二次世界大戦末期の広島、長崎への原爆投下に関しては、日本では「必要なかった」が75%だったが、米国では「戦争の早期終結のためにはやむを得なかった」が68%で、あらためて原爆投下をめぐる両国民の認識の溝を浮き彫りにした。

 相手国への親近感では、米側で「とても感じる」「ある程度感じる」が計81%で、日本側の68%を上回った。向こう数年間の日米関係の見通しでは、双方とも「変わらない」が最多だったが、「良くなる」が米国で25%あったのに、日本ではわずか3%にとどまった。

 将来、生存中に新たな世界大戦が起こる可能性について、米国民の60%が「起こりうる」「どちらかといえば起こりうる」と答えたのに対し、日本国民は35%だった。北朝鮮についても「世界の平和に脅威」との受け止めが米国で74%だったが、日本で59%だった。

 日米両政府が再編協議に取り組む在日米軍に関し、米側は74%が「今のままでよい」だったが、日本側は47%が「撤退すべきだ」とし、ここでも認識のずれが見られた。

 イラク問題で、それぞれ自国政府の対応への評価を尋ねたところ、日本国民の56%、米国民の55%が「全く支持しない」か「あまり支持しない」と答えた。日本政府が目指す国連安全保障理事会の常任理事国入りに関しても、日本の65%、米国の69%が賛成した。

 経済分野では、最も重要な相手国として、日本側が米国(54%)を一位に挙げたのに対し、米側は中国(39%)がトップで、日本は18%で二位だった。米国民の間で、経済成長を続ける中国への関心が高まっていることを裏付けた。  【注】小数点第一位を四捨五入した。

NPT会議、実質的成果ないまま閉幕 各国から失望の声

2005/05/28 The Sankei Shimbun

 今月2日からニューヨークの国連本部で開かれていた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は27日夕(日本時間28日朝)、実質的な成果のある文書を取りまとめられないまま閉幕した。

 成果のある文書を残せなかったのは1990年の再検討会議以来、15年ぶり。「核兵器廃絶への明確な約束」など13項目の核軍縮合意を盛り込んだ最終文書を採択した2000年の前回会議から大きく後退した結果となり、最終日の本会議では各国代表から失望の声が噴出した。

 本会議では、会議の議題や経過を報告しただけの最終文書を採択。ドゥアルテ議長(ブラジル)は閉幕に当たって「この数週間(の討議)でNPTが参加国の完全な支持を得ているという確信を強くした」と述べた。

 閉幕演説では、日本の美根慶樹ジュネーブ軍縮大使が「極めて遺憾」と述べるなど、合意の成果をまとめた文書が得られなかったことに多くの国が不満を表明した。美根大使はまた、北朝鮮の核計画を「NPT体制の権威と信頼性への深刻な脅威」と指摘、北朝鮮に国際検証制度に基づく完全核放棄を強く求めた。

 会議は、NPTが非核国に認めた「原子力平和利用の権利」制限案などをめぐり米国とイランなどが対立。3つの主要委員会で合意形成に失敗し、最終日を待たず25日に決裂した。(共同)

海外申請容認要請へ 在韓被爆者渡日治療委

2005/05/15 中国新聞地域ニュース

 在韓被爆者渡日治療広島委員会(河村譲会長)は十四日、広島市中区の広島YWCAで総会を開いた。被爆者援護法に基づく健康管理手当や保健手当を海外からの申請で受給できるよう求める要請書を国に送ることなどを決議した。

 三十人が出席。要請書は、在外被爆者の国外からの手当支給申請を却下した広島市に対して処分取り消しを命じた広島地裁判決を受け、小泉純一郎首相に送る。秋葉忠利市長には控訴断念を求める要請書を送ることも決議した。

 また広島共立病院名誉院長の丸屋博さん(80)が講演し、精神面でも在外被爆者を支える必要性を訴えた。

シカゴで初の国主催原爆展始まる

2005/05/07 The Sankei Shimbun

 国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館(長崎市)が主催する原爆展が6日夜(日本時間7日午前)、米・シカゴの平和博物館で始まった。祈念館によると、日本政府の機関が主催する初めての海外原爆展。8月14日まで開かれる。

 「60年後−広島・長崎原爆展」と題された原爆展では、広島、長崎両市の協力で、黒焦げになった少年の写真パネルや溶けた十字架など被爆資料23点を展示する。

 期間中、長崎の爆心地から約850メートルの路上で被爆した吉田勝二さん(73)が博物館や現地の大学で講演。原爆詩や被爆体験記の英訳を朗読する催しも行われる。

 シカゴには原爆開発につながる原子炉実験を成功させたシカゴ大がある。博物館のメリッサ・マクガイア館長は「核兵器の恐ろしさを学ぶことにより、将来の核戦争を防ぐことができるだろう」と述べた。

 祈念館によると、当初は7月から開催の予定だったが、多くの人に見てほしいという博物館の希望で前倒しされた。(共同)

NYで核関連集会盛ん 広島のグループなど

2005/05/06 中国新聞地域ニュース

 【ニューヨーク5日宮崎智三】米ニューヨークの国連本部で開催中の核拡散防止条約(NPT)再検討会議に併せ、各国の非政府組織(NGO)が連日、国連ビル内などで核関連の集会を開いている。広島など日本の市民グループも、劣化ウラン弾(DU)やプルトニウム再処理問題などを取り上げ、存在感を示している。

 DU問題を考えるワークショップ(研究集会)を四日に主催したのは広島の団体「核兵器廃絶をめざすヒロシマの会」と「NO DU ヒロシマ・プロジェクト」。米国や欧州のNGOメンバーたち約五十人が参加し、米軍がイラクで使ったDUが原因とみられる健康被害を、写真や科学者の証言で指摘した。

 原爆投下直後に大気中のちりを吸い込むなど、これまで被爆地でも軽視されがちだった体内被曝(ひばく)の問題も取り上げ、意見を交わした。

 放射線被害という共通項で原爆とDU問題をつなぐ試み。背景には、核実験や原発事故、DU被害者と、ヒバクシャが拡大する現実がある。同プロジェクトの嘉指信雄代表は「核兵器だけに焦点を限定すれば、現在進行中の放射線被害や汚染を見過ごす」と指摘し、被爆地広島だからこそこの問題を考える役割がある、と訴える。

 米国の「憂慮する科学者同盟」が五日開いたプルトニウム再処理問題の集会には、スピーカーの一人として原子力資料情報室(東京都中野区)の伴英幸共同代表が招かれ、日本が青森県六ケ所村で進める商業用の再処理計画と核拡散の恐れも議題に上った。

 国連ビル内ではほぼ毎日、これらNGO集会が三〜五カ所で開かれ、日本のメンバーたちも積極的に出席して意見を表明。政府代表による演説だけが被爆国の主張ではないことをアピールする機会にもなっている。

核廃絶訴え NPT会議で秋葉市長ら

2005/05/06 中国新聞地域ニュース

 【ニューヨーク4日宮崎智三】秋葉忠利広島市長や伊藤一長長崎市長らは四日、米ニューヨークの国連本部で開かれている核拡散防止条約(NPT)再検討会議で演説し、それぞれ核兵器の非人道性とその廃絶を訴えた。

 秋葉市長は、黒くゆがんだ被爆者の手のつめ(レプリカ)を掲げながら、「ほかの誰にも、こんな思いをさせてはいけない」と被爆者の思いを代弁。「人類の圧倒的大多数は、核兵器の脅威からの解放を一層強く求める」とし、核兵器の実戦配備の即時解除や、二〇二〇年までの廃絶に向けた交渉開始を求めた。

 伊藤市長も、原爆で黒焦げになった少年の写真を示し、「核兵器は無差別・大量殺りく兵器。その存在を許さない」と断言。前回(二〇〇〇年)の再検討会議が核兵器廃絶への「明確な約束」で合意したことに触れ、「(核保有国が)国際的信義さえ無視する態度は断じて容認できない」と批判した。

 長崎で被爆した日本被団協の田中煕巳事務局長は「被爆者を死ぬまで苦しめる核兵器は、悪魔の兵器。人類と共存させてはならない」と訴え、今回の会議で廃絶への具体的道筋を明らかにするよう求めた。

 スピーチは、この日午前中の各国演説終了後に総会議場で行われた。約百九十のNPT加盟国のうち耳を傾けたのは三十カ国余りの政府代表団。空席も目立った。

 また、広島市など平和市長会議の活動に賛同するという故ジョン・レノンの妻オノ・ヨーコさんも演説し、「イマジン・ピース(平和を想像してみて)」と呼び掛けた。核兵器廃絶署名を集め再検討会議のドゥアルテ議長(ブラジル軍縮・不拡散担当大使)に提出した日本原水協や連合の代表も、核兵器全面禁止条約締結などの取り組みを要望した。

「核廃絶」NYに響く 広島の被爆者ら4万人行進

2005/05/02 中国新聞地域ニュース

 【ニューヨーク1日宮崎智三】核拡散防止条約(NPT)再検討会議の開幕を二日に控えたニューヨークで一日、核兵器廃絶と戦争反対を訴えるパレードと集会があった。被爆者をはじめとする日本からの約千人を含め、主催者発表で約四万人が参加。「ノーモア・ヒロシマ、ナガサキ」の叫びをマンハッタンの高層ビル街に響かせた。

 前日の雨が上がって青空が広がる中、パレードは国連本部北側を出発。日本被団協の坪井直代表委員(79)や秋葉忠利広島市長、伊藤一長長崎市長を先頭に、日曜日でにぎわう五番街などを通り、セントラルパークへ。米国市民たちもイラク撤兵など思い思いのスローガンを書いた横断幕や色鮮やかなのぼりなどを持ち寄り、三・二キロを約二時間かけて歩いた。

 セントラルパークでの集会で坪井さんは、被爆体験を証言し大きな拍手を浴びた。秋葉市長は「核兵器は地球を死に至らしめるがん。取り除かなければならない」と廃絶を強く訴えた。

 パレードと集会は、米国の平和団体が再検討会議の開幕に合わせて呼び掛けた。会場では参加者がピースマークの形に人文字をつくり、反戦・反核をアピール。会場わきには、各国の市民が平和のメッセージを書き込んだ小さな木製ブロックが「国際法を守る壁」として積み上げられた。五万六千人が賛同した高さ約一メートルの壁は、長さ約二百二十メートルに達した。

仏で11日から原爆展 広島・長崎市

2005/01/02 中国新聞地域ニュース

 <来場者に意識調査>

 広島、長崎両市は十一日から二月二十七日まで、フランス西部のナント市で原爆展を開く。両市が一九九五年から始めた海外での原爆展は十一カ国二十三都市目で、核兵器保有国フランスでは二回目。今回初めて来場者にアンケートを行い、核兵器に対する意識などを探る。

 同市の展示施設エスパス・コスモポリスを会場に、熱線に焼かれた学生服やブラウス、溶けた瓶や古銭などの被爆資料二十点、被爆の惨状や復興した町並みなどを撮影したパネル四十八点を展示する。

 被爆者の松本都美子さん(72)=広島市中区=が十一日から三日間、会場で体験を証言する。

 広島、長崎両市はこれまで会場にノートを置き、来場者に自由に感想を記入してもらっている。今回初めて実施するアンケートは、被爆の惨状に触れる機会の有無、核兵器保有の是非についての考えなどを尋ね、原爆展の効果や改善点を探る。

 ナント市は人口約二十五万人。広島市などの働きかけにより、フランスでは昨年九月のオバーニュ市に続いての開催が実現した。

 同国では、パリ市のベルトラン・ドラノエ市長も昨年十一月に広島を訪れた際、今年夏の原爆展開催の意向を示している。広島、長崎両市は従来より大規模な展示とする方向で調整を進めている。

被爆者手帳取得ヘ連帯構想 韓国被害者協会など3団体

2004/12/25 The Sankei Shimbun
 韓国原爆被害者協会の郭貴勲会長(80)は25日、被爆者手帳を持っていない会員約550人の手帳取得を目指し、来年早々に大韓赤十字、日本の支援市民団体の3者で「手帳所持促進共同委員会」を結成する構想を明らかにした。

 在外被爆者にも日本人被爆者と同じ援護を訴えて2002年末に大阪高裁で勝訴した被爆者の郭さんは今月13日の総会で同協会の会長に選出された。

 同協会の会員は約2200人。郭会長の勝訴で韓国人被爆者も健康管理手当(月額約3万4000円)などを昨年9月から、昨年3月分までさかのぼって受け取れるようになった。しかし、まだ約550人が手当支給に必要な手帳を持っていない。

 日本へ行って手帳申請をしなければならないことや、被爆から半世紀以上がたち証人を見つけるのが難しくなったほか、広島市に申請が集中して事務が滞ったためだが、郭会長は「被爆者個人では難しい面もあるので共同委で手伝って早急な手帳所持を実現したい」と語った。

 郭会長は1992年から93年まで同協会会長を務めた。同協会は内紛などで活動が中断していたが、郭氏を再び会長に選出して新たなスタートを切った。

 郭会長は「在韓被爆者はこれまで十分な健康診断も受けていない。被爆60周年を期に、詳しい健康診断を実施したい」と抱負を語った。(共同)

 <在韓被爆者> 1945年8月の広島、長崎への原爆投下では朝鮮半島出身者も被爆し、その後、本国へ帰国した人も多い。既に多数が死亡したが、韓国原爆被害者協会には約2200人、北朝鮮の被爆者団体には700−900人が登録しているという。

 在韓被爆者の郭貴勲さんが在外被爆者にも日本人被爆者と同じ援護をすべきと提訴し、大阪高裁は2002年12月に郭さんの訴えを認め、国も上告を断念した。

 韓国では03年9月から健康管理手当など支給が始まったため、新たに被爆者だと名乗り出る人も出ている。(共同)

原爆集団訴訟:5月27日に2次訴訟 5都府県で22人

2003年04月20日[毎日新聞]Mainichi INTERACTIVE
 原爆症認定申請を却下された被爆者が処分取り消しや損害賠償を求める訴訟の集団提訴について、全国の弁護団は20日、広島市内で連絡会議を開き、5月27日に東京、大阪、千葉の3地裁へ2次、6月12日に広島、熊本両地裁へ3次提訴することを決めた。

 集団提訴は日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が呼びかけている。第2次の原告は、東京、大阪、京都など5都府県の22人。第3次は広島県十数人と熊本県の7人。これら以外に広島で二十数人、長崎で数人が提訴の意向を示しており、第3次提訴の原告数はさらに増える可能性もある。

 同訴訟は、まず7人が今月17日、札幌、名古屋、長崎の3地裁に提訴。最終的に100人規模の提訴を目指している。 【隅俊之】

ノーベル平和賞サミット開催 05年に広島、長崎で

2003/03/22 中国新聞ニュース
 核兵器廃絶を目指す科学者による平和団体「パグウォッシュ会議」のスワミナサン会長は二十二日、長崎原爆資料館(長崎市平野町)で伊藤一長・長崎市長を表敬し、原爆投下から六十年に当たる二〇〇五年に長崎、広島両市でノーベル平和賞受賞者サミットを開く意向を明らかにした。

 同サミットは、ゴルバチョフ財団(主宰・ゴルバチョフ元ソ連大統領)が一九九九年から開催しているが、原爆投下の節目の年となる〇五年は、同会議がサミットを共催する計画という。これに先だって七月にはパグウォッシュ会議が長崎市でワークショップを開く。

 サミットには、ゴルバチョフ元大統領や、カーター元米大統領らも出席する予定。伊藤市長は「イラク攻撃が始まったこの時期に、こうした動きは世界に向けたメッセージになる。全面的に協力したい」と話した。

韓国人男性を被爆者と認定、手当支給を命じる…大阪 2003/03/20 読売新聞 Yomiuri On-Line

 広島で被爆した韓国人男性・李在錫(イ・ジェソック)さん(70)が、帰国を理由に被爆者援護法に基づく特別手当の支給を打ち切られたのは違法として、国と大阪府に被爆者としての地位確認や手当支給などを求めた訴訟の判決が20日、大阪地裁であり、山下郁夫裁判長は、李さんを被爆者と認め、月額約5万1000円の特別手当支給を命じる判決を言い渡した。110万円の国家賠償請求は退けた。

 国側は、在外被爆者への手当支給を命じた昨年12月の大阪高裁判決が確定したのを受け、手当支給などの意向を表明。その後、今年2月の福岡高裁判決、今月19日の長崎地裁判決がいずれも、手当支給を認める判断を示している。

 判決によると、李さんは2000年12月、大阪府松原市の病院で治療を受けるため来日し、特別手当を府に申請。翌年1―3月分は支給されたが、帰国後の4月以降は打ち切られた。

 仁木壮・厚生労働省健康局総務課長の話「判決内容を十分確認しておらず具体的なコメントは差し控えたい」

在外邦人に被爆者手当認容 長崎地裁、国に支払い命令

2003年03月19日 The Sankei Shimbun
 被爆者援護法に基づく健康管理手当の支給が、中国滞在で打ち切られたのは不当として、長崎市の被爆者広瀬方人さん(73)が、国と長崎市などに不支給分を求めた訴訟の判決で、長崎地裁(川久保政徳裁判長)は19日、広瀬さんの受給資格を認め、国に不支給分約33万円全額の支払いを命じた。

 判決理由で川久保裁判長は「海外に居住する被爆者への被爆者手当の支払い義務は、地方自治体でなく、国が負う」と判断。

 「不支給から5年を過ぎており、地方自治法、会計法が定めた金銭債権の消滅時効にあたる」とした国側主張については「在外被爆者の権利行使が(国側の行政実務により)妨げられていたと言わざるを得ず、時効の主張は権利の乱用」と退けた。

 出国で手当を打ち切られた韓国人被爆者の訴訟では、国が上告を断念した昨年12月の大阪高裁判決や、今年2月の福岡高裁判決(上告中)など、受給資格を認める司法判断が定着しているが、海外居住した日本人被爆者に対する判決は初めて。

 広瀬さんは2001年9月、在韓被爆者訴訟を支援しようと「被爆者はどこにいても被爆者。住居地で扱いを変えるのは不当」と日本人からもアピールする目的で提訴していた。

 訴状によると、広瀬さんは長崎市内で被爆し、1973年から健康管理手当を受給してきたが、日本語教師として中国に赴任した後の94年10月から住民票を長崎市に戻した翌年7月まで、10カ月分が不支給となった。

被爆者約35人が集団提訴へ 原爆症認定と国家賠償求め

2003/03/16 中国新聞ニュース
 被爆者を支援する各地の弁護士らが十六日、名古屋市内で会議を開き、広島と長崎の被爆者約三十五人が国に原爆症認定と一人当たり二百万円の損害賠償を求め、四月から五月にかけて札幌、東京、名古屋、大阪、広島、長崎の六地裁へ集団提訴する方針を決めた。

 弁護団によると、個人での原爆症認定訴訟はこれまで六件あるが、集団訴訟は初めて。

 名古屋地裁に提訴する甲斐昭さん(76)=愛知県知多市=は、直接被爆せず、原爆投下直後に広島市の爆心地近くで救護や警備をした「入市被爆者」。病気と被爆の因果関係が不明だとして、これまでほとんど認められなかった入市被爆者の原爆症認定を裁判で問う初のケースとなる。

 宮原哲朗弁護士は「集団の力で被爆者援護行政を変えたい」と意気込んでいる。

 提訴を決意したのは、昨年七月以降、国に原爆症認定を集団申請し、却下された被爆者の一部。まず四月中旬に札幌(二人)、名古屋(一人)、長崎(四人)で提訴し、その後も各地の被爆者が続く予定。原告の数はさらに増える可能性があるという。

 被爆者らは損害賠償の根拠として(1)国は原爆症認定の申請の審査に時間をかけすぎている(2)最高裁判決が機械的な運用に疑問を呈した被ばく線量推定方式(DS86)に基づき、ずさんな審査をしている―などを挙げ、被爆者援護行政を法廷で問う構え。

 日本原水爆被害者団体協議会の伊藤直子相談員は「爆心地から半径二キロ以外で被爆した人の申請はほとんど認めないという、国の機械的な線引きを突き崩したい」と話している。

原爆症認定訴訟:広島で弁護団結成

2003年03月14日[毎日新聞]Mainichi INTERACTIVE
 国の原爆症認定制度の見直しを迫ろうと、日本被団協(東京都)が呼びかけている原爆症認定を求める集団訴訟で、広島弁護士会所属の25人の弁護士が14日、広島県の弁護団を結成した。

 日本被団協は昨年7月から、原爆症認定の一斉申請を実施。21都道府県の約250人が申請した。集団訴訟には申請が認められなかった人が参加。広島、東京、長崎、愛知などで準備が進んでおり、来月には愛知県在住の男性(76)が名古屋地裁に最初に提訴する予定。広島県では約20人が6月にも提訴する見込み。

 16日には、同訴訟を担当する全国の40〜50人の弁護士が名古屋市に集まり、全国弁護団を結成する。 【小山内恵美子】

は8都道県76人 原爆症の認定求め

2002年07月09日The Sankei Shimbun
 原爆の放射線の影響で現在も病気などに苦しんでいるとして、原爆症の認定を求めた被爆者らの集団申請は9日午後、広島県や北海道などでも行われ、申請者は8都道県で計76人になった。

 この日申請したのは広島県30人、長崎県15人のほか、北海道7人、東京都4人、愛知県5人、石川県6人、和歌山県1人、熊本県8人。

 日本原水爆被害者団体協議会(被団協、本部東京)によると、前日までに申請したり、既に却下されたりして訴訟を視野に入れている被爆者も全国で100人程度に上る。また医師の意見書など書類が整い次第、今後も順次各地で申請が続く予定だという。

 提出後、被爆者らは各地で会見を開き「57年間の苦しみを分かってほしい」などと語った。

 被団協は「高齢や体調の悪化で動きにくい被爆者が多いのに、一斉申請の人数がこれだけ集まったのは、現状に耐えかねる思いが強いのだろう」としている。

 今後は27日に全国弁護団会議、9月3日に集団訴訟検討会を開き、訴訟の具体的な内容や時期を決めていく方針。

 東京都原爆被害者団体協議会の山本英典事務局長(69)は「9月ごろには申請の結果が出るのではないか。却下されれば、10月には提訴したい」と話している。

全国から70人、原爆症認定の集団申請へ

2002年07月07日Yomiuri On-Line
 日本原水爆被害者団体協議会(被団協)が準備を進めている原爆症認定の集団提訴に向け、全国9都道県の被爆者約70人が9日、原爆症の認定を集団で厚生労働省に申請する。申請は却下されることを想定しており、これまでに退けられた被爆者とともに却下処分の取り消しを求める提訴に持ち込む。全国の被爆者28万5620人のうち、原爆症に認定されているのは0・76%の2169人(今年3月末現在)で、被団協は集団訴訟を通じて認定制度の改善を訴える。

 申請するのは、広島が約20人、長崎16人のほか、東京、北海道、愛知、三重、石川、熊本など。医師の診断書が出るのを待って9日以降に申請する人もおり、最終的には約100人になると見られる。

 原爆症は、同省の疾病・障害認定審査会原爆被爆者医療分科会が、爆心地からの距離などで推定した被ばく線量を基に、がんや白血病などの発症との因果関係を審査。認定されると、月額約14万円の医療特別手当が支給される。

 しかし、爆心地から2キロ以上離れていたり、原爆投下後に広島、長崎両市内に入った被爆者らが認定されるのは難しく、申請をあきらめる人も多かった。

 山口仙二・被団協代表委員の話「病に苦しむ被爆者の現状を国は直視せず、原爆の被害を実際より小さくしようとしている。放射線の影響が科学的にはっきりしない以上、『疑わしきは認定』の態度で臨むべきだ」

米が臨界前核実験を実施 通算17回目

2002/06/08 中国新聞
 【ワシントン7日共同】米エネルギー省は七日、米東部時間同日 午後五時四十六分(日本時間八日午前六時四十六分)、ネバダ州の 地下実験場で通算十七回目の臨界前核実験を実施、成功したと発表 した。

 臨界前核実験はブッシュ政権下では四回目で、今年二月に英国と 共同で行った実験以来。米ロが双方の戦略核弾頭の削減を定めた五 月の「戦略攻撃兵器削減条約」調印後、初めて。

 実験はオーボエ・シリーズと呼ばれる実験の一環で、同省ネバダ 事務所によると、プルトニウムを使うが、核反応が連鎖的に起こる 臨界には達していないことが確認されており、包括的核実験禁止条 約(CTBT)が禁じた核爆発を伴う実験には当たらないという。

 地下約二百九十メートルの坑道に設置した鋼鉄容器の中にプルト ニウムを入れ、火薬の爆発で圧縮。プルトニウムの飛び散り方など を調べた。

7日に臨界前核実験 米エネルギー省

2002/06/06中国新聞
 【ワシントン5日共同】米エネルギー省は五日、実施が延期され ていた通算十七回目の臨界前核実験を、七日午後(日本時間八日午 前)に行うと発表した。

 エネルギー省によると、実験は米国が保有する核兵器の信頼性と 安全性の確保が目的。ネバダ州の実験場にある深さ約二百九十メートルの 坑道内に設置した鋼鉄製容器中で少量のプルトニウムを火薬の爆発 によって圧縮。プルトニウムの変化や爆発時のショックで飛び散る 状況などを核分裂連鎖反応が起きない範囲で調べる。

 エネルギー省はこの日、いったん実験を六日に行うと発表したが 「技術的な理由」によって実験の実施を再度延期した。

米、臨界前核実験を延期

2002年06月05日 The Sankei Shimbun
 米エネルギー省は4日、5日午後(日本時間6日午前)に予定していた通算17回目の臨界前核実験の実施を延期すると発表した。

 同省の担当者は「実験の準備段階で技術的な問題が生じたためで、改修に数日間かかる見通しだ」と話した。

 詳しい延期の理由は明らかにされておらず、実施時期も未定だという。(共同)

5日に臨界前核実験 ブッシュ政権で4回目 2002/06/04 中国新聞

 【ワシントン3日共同】米エネルギー省は三日、通算十七回目、 ブッシュ政権下では四回目となる臨界前核実験を五日午後(日本時 間六日午前)にネバダ州の実験場で行うと発表した。

 オーボエ・シリーズと名付けられた比較的小規模な一連の実験計 画の一部で、カリフォルニア州にあるローレンス・リバモア国立研 究所が計画。深さ約二百九十メートルの坑道内に設置した鋼鉄製容 器中で少量のプルトニウムを火薬の爆発によって圧縮。プルトニウ ムの変化や爆発時のショックで飛び散る状況などを核分裂連鎖反応 が起きない範囲で調べる。

 エネルギー省は昨年十二月の実験で同シリーズは終了したとして いたが、「新たなデータ取得の必要が生じたため少なくとももう一 度、同シリーズの実験を行うことになった」という。

 同省当局者は「どのようなデータが必要なのかは機密だが、実験 の延長は純粋に科学的な理由で、予想外の事態が発生したというこ とではない」と述べた。

 米国は今年二月、ロスアラモス国立研究所が担当して英国も参加 したオーボエ・シリーズとは別の臨界前核実験を実施しており、 「核兵器の安全性と信頼性を保つ」との理由で実験を重ねている。


非核原則堅持を中韓に伝達

2002年06月04日 Sankei Shimbun

 福田康夫官房長官は4日午前の記者会見で、将来の非核3原則見直しの可能性に言及した自らの発言に関連し「政府としては非核3原則の方針を変えることは全く考えてない、との私の記者会見での発言を(中韓両国などに)外務省が伝えた」と述べ、反発する中韓両国などに外交ルートを通じて3原則堅持の方針を伝えたことを明らかにした。

 坂口力厚生労働相は記者会見で、福田長官の発言について「非核3原則は国是でもあり、日本として永遠に守らないといけないこと。変えるべき問題ではない」と強調した。


小泉首相「非核3原則は堅持する」

2002年05月31日 Sankei Shimbun
 小泉純一郎首相は31日夜、政府首脳が非核3原則の見直しの可能性もあるとの見方を示した点について「国民感情がどうなるか、世界情勢、兵器の進展(の行方)が分からないが、私の内閣では非核3原則を堅持する」と述べ、見直す考えのないことを言明した。

 福田康夫官房長官が核兵器の保有も可能との認識を示したことに関しては「日本は非核3原則があるから(核兵器は)保有しない」と述べ、保有の可能性を否定。「日本は能力的、技術的に(核兵器を)持てるが、持たないところに意義がある。経済大国になっても軍事大国にならないことに日本の価値がある」と強調した。

 一連の発言が国会審議に及ぼす影響については「議論していけば(野党なども)分かるのではないか」と述べた。

 韓国・ソウル市内で記者団の質問に答えた。(共同)


原爆犠牲者の遺影収集へ 3月から厚生労働省

2001.02.27(18:29)asahi.com
 広島、長崎両市に建設中の国立原爆死没者追悼平和祈念館に収蔵するため、厚生労働省が3月から、大規模な原爆犠牲者の遺影収集に乗り出す。全国の被爆者団体や都道府県を通じて遺族らに提供を呼びかける。関係者の高齢化で遺品などの散逸が進むなか、すでに全国から集めた約8万9000件の被爆体験記とともにデータベース化して犠牲者を追悼し、被爆の実相を後世に伝えていくのが狙いだ。

 同省が広島、長崎両市に委託し、ポスターや広報紙で遺族らに提供を求める。集めた遺影は氏名などとともにパソコンに入力し、両市に建設中の平和祈念館に永久保存する。

 市民や遺族らが館内の端末で検索して閲覧できるようにするほか、大型画面に全遺影を並べて映し出すような展示方法も検討している。

 同省によると、原爆による犠牲者数は、1945年末までに、広島で約14万人、長崎で約7万人で、それぞれプラスマイナス1万人の幅があるとされる。募集の対象はこの期間の犠牲者に限定せず、その後に後遺症などで亡くなった人も含めるという。

 同省健康局は「できる限り多く集めて被害の実態を知ってもらいたい」としている。

 遺影の収集とあわせて祈念館の柱となるのが被爆体験記のデータベース化。すでに全データの入力を終え、氏名や爆心地からの距離、被爆時の状況などの項目で検索できる仕組みを完成させた。

 平和祈念館は、原爆に関する初の国の施設として、犠牲者の追悼と同時に資料収集や世界への情報発信などの役割を担う。広島市は2002年度、長崎市は2003年度の開館を目指している。

アメリカが今年5回目の未臨界核実験 年間で過去最多

2000.12.15(12:53)asahi.com
 米エネルギー省は14日、ネバダ州の実験場で今年5回目の未臨界核実験を実施したと発表した。年間5回は過去最多、1997年7月以来13回目となった。同省は「実験は成功した」としている。

 ローレンス・リバモア国立研究所が計画した「オーボエ」シリーズと呼ばれる実験で、地下約300メートルの横穴内に金属製の小部屋を設け、その中で高性能火薬を爆発させた衝撃波をプルトニウムに当て、そのふるまいを調べるのが目的。金属製の小部屋を使うため、横穴が放射性物質で汚染されず、短期間で次の実験ができるようになった。

 非核保有国などは、核爆発を伴う核実験を禁止した包括的核実験禁止条約(CTBT)を骨抜きにすると反発しているが、米国は、実験を日常的に続ける姿勢を崩していない。

 原爆や水爆などに使われているプルトニウムは、年月がたつと放射線を出しながら別の物質に変わっていく。このため、爆弾や核弾頭が保管中に爆発するようなことがないか、さらに実戦に使った場合に計画した破壊力を示すかを調べておくことが核戦力維持のために必要としている。

英の義足のランナー、滋賀を走る 地雷廃絶訴え

2000.11.25(11:55)asahi.com
 地雷廃絶と生命の大切さを訴えようと、地雷の除去中に右手と右足を失った英国の義足のランナー、クリス・ムーンさん(38)が25日、大津市の比叡山延暦寺から、自衛隊が所有する対人地雷が爆破処理されている滋賀県新旭町までの約70キロを走る「比叡山―新旭町・地雷をなくそうマラソン」に参加した。

 新旭町と非営利組織(NPO)「難民を助ける会」(東京都)などが合同で企画。世界各地のマラソン大会で地雷廃絶を訴えているムーンさんと、マラソンランナーの谷川真理さん(38)を招待した。午後は町民も一緒に走り、参加費1000円の大半は地雷除去の活動資金に充てられる。

核兵器禁止条約のモデル提示 NGO長崎集会

2000.11.19(23:22)asahi.com
 長崎市で開催中の「核兵器廃絶 地球市民集会ナガサキ」(NGO長崎集会)は19日、分科会での討論があり、核兵器廃絶の条約モデルや北東アジアの非核地帯構想などの具体化について、国内外の非政府組織(NGO)のリーダーらが活発に意見を交わした。

 「核兵器禁止条約」に関する分科会では、法律家らでつくる国際NGOが1997年に作成し、核兵器保有国に15年の期限で段階的に核兵器を廃絶させることを明記した条約モデルを提示。「現状凍結が先決で、現実的なステップをとらざるを得ない」という意見が出た。

 「NGOの役割」の分科会では、国際平和ビューロー(ニュージーランド)のケイト・デュース副会長が「NGOは政治家、国連関係者らに常にプレッシャーをかけ続ける必要がある」と強調した。「非核地帯と核の傘」の分科会では、元外交官の金子熊夫・東海大教授らが「北東アジア非核兵器地帯構想」を提案。通常兵器による防衛力整備の必要性にも言及したが、デュース副会長は「日本は米国の核の傘から離脱したニュージーランドよりはるかに強い軍隊をもっている」と反論した。

 同集会は20日、世界に向けて核兵器の廃絶を訴える「長崎アピール」を発信して閉会する。

世界の反核勢力、被爆地に集う NGO長崎集会が開会

2000.11.18(19:14)asahi.com
 「核兵器のない21世紀への挑戦」をテーマに、非政府組織(NGO)が集う「核兵器廃絶 地球市民集会ナガサキ」(NGO長崎集会)の開会集会が18日午後1時すぎ、長崎市の平和会館で始まった。17カ国約500人の幅広い反核勢力が被爆地に結集、19日には10の分科会を開いて具体的な方策について意見を交わし、来世紀の核兵器廃絶に向けた道筋を探る。

 開会集会には、一般参加者を含む約1000人が集まった。高校生らが反核を訴え続けた被爆詩人、故・福田須磨子さんの平和への願いと被爆者の生きる苦しみをつづった詩を朗読。全員で犠牲者のめい福を祈って黙とうし、被爆者の下平作江さんが開会宣言を読み上げた。

 集会を呼びかけた伊藤一長・長崎市長はあいさつで「核不拡散条約(NPT)再検討会議で合意した核兵器廃絶への『明確な約束』を具体的に実現させるために、今こそNGOが力を結集し、国際世論の喚起を図ることが大変重要だ」と意義を強調。ニュージーランドの軍縮大臣代理で出席したウィリー・ジャクソン国会議員が「ニュージーランド政府は核のない世界という目標を共有している。ともに進みましょう」と連帯を呼びかけた。

 続いて、被爆者代表の山口仙二さん(70)が体験をもとに核兵器廃絶を訴え、国際NGO「中堅国家構想」のロバート・グリーン英国代表は「我々は日本政府を核兵器廃絶へのカギと見ている。日本の強力な市民運動とより緊密に協力したい」と述べた。

未臨界核実験でロシア大統領に抗議 平和連帯市長会議

2000.11.04(13:06)asahi.com
 ロシアが10月下旬に2回実施した未臨界核実験に対し、広島市の秋葉忠利市長と、同市長が会長を務める世界平和連帯都市市長会議(102カ国・地域、500都市)は4日、「ただちに未臨界核実験を中止するとともに、米国とともに率先して核兵器廃絶に取り組むべきである」との抗議文をプーチン大統領あてに郵送した。藤田雄山広島県知事も抗議文を送った。

「核廃絶」へ日本決議案採択 国連総会

2000.11.02(11:53)asahi.com
 軍縮問題を討議していた国連総会第1委員会は1日、兵器用核分裂性物質の製造禁止(カットオフ)条約交渉を2005年までにまとめることなどを盛り込んだ日本の核軍縮決議案を賛成144、反対1、棄権12の賛成多数で採択した。1998年に核実験を強行したインドは自ら「核保有国」を主張し、これを認めない核不拡散体制に真っ向から反発、日本案にも反対した。

 第1委員会は、日本案に加え新アジェンダ連合(スウェーデンなど7カ国)案など計4つの核廃絶に関する決議案を含む49の決議案と決定を採択してこの日、1カ月に及んだ審議を終了した。インドは核廃絶に関する4つの決議案すべてに反対票を投じた。

 日本案は(1)今年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議で核保有国が「核廃絶に明確な約束をした」ことを改めて歓迎(2)包括的核実験禁止条約(CTBT)の2003年までの発効とそれまでの実験などでの爆発停止(3)米ロによる第3次戦略兵器削減条約後のさらなる核兵器の削減、など。

 日本政府の登誠一郎・軍縮大使は「ジュネーブでの軍縮交渉はこの1年、ほとんど進展がなかった。日本案はNPT再検討会議での成果を踏まえて具体的に交渉を進めさせようとする内容だ。今後の交渉材料として各国に働きかけてゆきたい」と述べた。

広島の原水禁、原水協など7団体が一緒に反核集会開催へ

2000.10.18(03:03)asahi.com
 広島県の原水禁、原水協(正式名称はともに原水爆禁止広島県協議会)、さらにそれぞれとかかわりの深い2つの県原爆被害者団体協議会(県被団協)など7団体が一堂に集まり、24日に広島市で「核兵器廃絶2000年広島のつどい」を開催する。各団体が一緒に開催していた8月の原水爆禁止統一世界大会が分裂開催されるようになって14年。市民団体の呼びかけもあって、統一大会当時の元実行委員らが思想、信条をこえて結集し、5月から準備を進めてきた。来年3月にも大規模な統一集会を予定し、「平和運動を次世代へつなげるため、被爆地での連帯を確かなものにしたい」としている。

 原水爆禁止世界大会は原水協が主催し、1955年8月に広島で始まったが、旧ソ連の核実験への意見の違いなどから内部で対立。63年に旧総評・旧社会党系が脱退して65年に原水禁を旗揚げした。それぞれが世界大会を開いてきたが、77年から9回にわたって統一世界大会が実現。しかし、意見の違いで86年から再び分裂大会になった。

 各団体とも「核兵器廃絶」という目標は同じで、会員の高齢化が進むなど共通の悩みもある。全国レベルでは、原水協側が昨年7月、原水禁側へ連帯を呼びかけたほか、県生活協同組合連合会などの働きかけもあった。

 今年5月の核不拡散条約(NPT)再検討会議で、核保有国が核廃絶に向けて「明確な約束」をするなど、世界的に反核世論が高まりを見せたことも追い風になり、統一世界大会当時の実行委員会の委員だった県原水禁や県原水協、2つの県被団協の幹部や市民団体のメンバーら約20人が、話し合いを続けてきた。

 24日の集会は、広島市中区の県民文化センターで午後6時半から。平岡敬・前広島市長が講演し、平和を祈るコンサートを開き、核廃絶へ向けたアピール文を採択する。

核廃絶への「道程」案 日本が国連総会委に提出

2000.10.14(12:24)asahi.com
 今春の核不拡散条約(NPT)再検討会議で「核廃絶達成への、核保有国による明確な約束」を取り付けたことを受け、日本政府は13日、国連総会第1委員会(軍縮)に「核兵器の全面的廃絶への道程」と題した決議案を提出した。NPT最終文書に盛り込めなかった包括的核実験禁止条約(CTBT)の2003年までの発効、などを盛り込んでいる。

 決議案は、CTBTの発効に期限をもうけるという従来の日本の主張を再度、主張しているほか(1)それまでの間、核実験を停止する(2)兵器用核分裂性物質の製造禁止(カットオフ)条約交渉の即時開始と2005年までの早期終結、それまでの間の製造停止(3)米ロによる第3次戦略兵器削減条約(START3)以降の核軍縮プロセスの継続と、核廃絶達成に向けたさらなる核兵器削減(4)核不拡散・核軍縮促進のため、市民社会による建設的役割の呼びかけ、などを盛り込んでいる。

 今回の第1委員会に提出された各国の軍縮提案は、全般的に先のNPT再検討会議での合意を大きく踏み出す内容にはなっていない。日本案はむしろ積極的な姿勢をみせているが、核保有国を巻き込む現実路線をとっているため、「明確な核廃絶の約束」を具体的に示すような内容には乏しい。

長崎の被爆者、「心の傷」調査へ 厚生省が700人想定

2000.10.08(10:02)asahi.com
 厚生省は5日、被爆で家族を失ったり、悲惨な体験をしたりしたことが被爆者の心的外傷後ストレス障害(PTSD)の発症につながっていないかなど、精神的影響を調査する方針を決めた。長崎市などで今月中にも着手する。国が被爆者の精神的被害について調べるのは初めてで、調査結果によっては、医療費支給の対象疾患や健康管理手当の支給など、制度変更が促される可能性もある。

 調査研究班は国立精神・神経センター精神保健研究所の吉川武彦所長を主任研究者に、近く発足する。1年以内に研究報告書をとりまとめ、同省検討会に提出する予定だ。

 調査は爆心地から12キロ以内で、被爆者施策の対象外となっている地域住民らが対象。長崎市などが対象地域の拡大を要望しているためで、700人規模を想定している。肉親を亡くすなどの体験のある人らと、原爆投下後に一定期間たってから長崎県内に住むようになった人を比較して、「心の傷」の差異を調べる方向で検討している。

 研究班は長崎市が今春まとめた体験者の「証言調査報告書」をもとに、「死体を海岸で焼いた」などの証言内容を精査。アンケートを実施したうえで、数時間かけた面接調査も行う予定だ。

作業計画合意できず ジュネーブ軍縮会議が報告書

2000.09.22(00:09)asahi.com
 ジュネーブ軍縮会議は21日、今年最後の本会議を開き、「作業計画に合意できなかった」と明記した報告書を採択した。  1月から始まった3回の会期では、米国の米本土ミサイル防衛(NMD)構想をめぐって、中国と米国との対立が続き、昨年に続いて作業計画を作れないこう着状態が続いている。兵器用核分裂性物質生産禁止(カットオフ)条約の交渉も一向に進んでいない。

実務レベル軍事委設立を提案へ 南北国防相会談で韓国側

2000.09.22(00:01)asahi.com
 韓国訪問中のコーエン米国防長官は21日、韓国国防省で趙成台国防相と米韓定期安保協議(SMC)を行い、引き続き共同記者会見に臨んだ。会見の中で趙国防相は、来週に予定されている朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)との南北国防相会談では、すでに両国間で合意に達している非武装地帯を縦貫して南北を結ぶ鉄道の連結工事、並行して走る道路建設をそれぞれ進めるため、実務レベルの軍事委員会を新たに設立するよう提案する考えを明らかにした。

 趙国防相は、南北国防相会談では「あらゆる種類の軍事的信頼醸成措置(CBM)を提案したい」としながらも、北朝鮮側がすでに、今回の意見交換は、鉄道連結と道路建設に対し、軍がどのような支援をするかに限りたいと、伝えてきていることを明らかにしたうえで「信頼醸成に関する議論を、どこまで進めることができるかについては、留保と疑問を感じている」とも語った。

 一方、コーエン長官は、朝鮮半島で戦争状態が終わり、平和条約が締結された場合の米軍の駐留状況について尋ねられ「兵力構成などはその時の状況によるが、いずれにしろ、我々は将来、無期限に駐留するよう求められることを期待している」と述べた。

国連軍縮秋田会議が閉幕

2000.08.25(19:25)asahi.com
 「21世紀の軍縮と国連・その戦略と行動」をテーマに秋田市で開かれていた国連軍縮秋田会議が25日、閉幕した。議長を務めた石栗勉・国連アジア太平洋平和軍縮センター所長は、世界各地の武力紛争では主に小型武器が使用されている現状に触れ、「小型武器が過剰に供給されている問題に対処するため、国際社会が持続した努力をすることが不可欠だ」と演説し、4日間の討議を締めくくった。

 会議は「核の危機の排除」など4つの議題について、個人の資格で参加した22カ国の政府関係者、研究者ら約60人が自由に意見を交わした。来年は金沢市での開催が予定されている。

NHKスペシャル「原爆の日」

−今年の8月6日夜9時から、NHKスペシャル「オ願ヒ オ知ラセ下サイ〜ヒロシマ・55年後によみがえった伝言〜」(仮 題)として放送予定 by NHK広島放送局

「核時代を過去のものに」 長崎原爆忌/「全面禁止条約」交渉求める

2000.08.09The Sankei Shimbun
 長崎市は九日、今世紀最後となる五十五回目の原爆忌を迎えた。同市松山町の平和公園では「被爆五十五周年長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」が営まれ、被爆者や遺族、森喜朗首相らが参列、犠牲者を追悼した。伊藤一長市長は平和宣言で、「わたしたちの力で核時代を過去のものにしよう」と呼び掛け、長崎が核のない二十一世紀の実現に向け、訴え続ける決意を示した。

 午前十時四十五分から始まった式典では、この一年間に死亡が確認された原爆死没者二千六百三人の名前を記した名簿が奉安された。名簿記載者は、計十二万四千百九十一人となった。

 原爆が投下された午前十一時二分。参列者は犠牲者をしのび一分間、黙とう。伊藤市長は平和宣言で、核拡散防止条約(NPT)再検討会議での合意を受け、核保有国に「核兵器全面禁止条約」の早期実現のため、直ちに交渉を始めるよう求めた。

 政府に対しては、被爆国として「核廃絶に向けた先導的役割」を果たすよう改めて要請、国内外の被爆者援護の充実や被爆未指定地域住民の健康不安にも目を向けるよう要望した。

 被爆者代表の中島昭雄さん(七三)が誓いの言葉を述べたあと、森首相があいさつした。式典には与野党幹部がそろって参列した。

きょう長崎原爆の日 核兵器廃絶願う

2000.08.09(01:56)asahi.com
 長崎は9日、原爆投下から55回目、20世紀最後の「原爆の日」を迎える。「長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典」は、長崎市松山町の平和公園で午前10時45分から始まり、原爆がさく裂した午前11時2分に黙とうする。

 伊藤一長市長が読み上げる「平和宣言」では、日本政府に対して、過去の戦争への反省を明らかにしたうえで、核兵器廃絶へ先導的役割を果たすよう求める。また、長崎、広島だけでなく、核実験や核兵器・核物質製造での事故で生み出されている世界の「ヒバクシャ」にもふれる。

 その後、被爆者を代表して中島昭雄さん(73)が「平和への誓い」を述べる。

 政府からは、森喜朗首相らが出席する。

 式で納められる死没者名簿には、7月31日までの1年間に死亡が確認された2603人が加わり、死没者は累計で12万4191人となる。

 長崎市内では8日、式でささげられる献水がくまれるなどの準備が進んだ。海外の非政府組織(NGO)の代表らも到着した。

 同日夜、平和公園周辺には、「核兵器廃絶」を願い、子どもたちが手作りしたろうそく5000個など合わせて1万個がともされた。

原水禁系の世界大会・長崎大会始まる

2000.08.07(19:56)asahi.com
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などの「被爆55周年世界大会・長崎大会」は7日夕、長崎市内で開会総会を開いた。主催者発表で2200人が参加した。核廃絶を求める長崎の声を伝えるためスイスに派遣される「高校生平和大使」らが「ナガサキを最後の被爆地に」と題してアピールした。

チェロのヨーヨー・マさん、平和願い飛び入り演奏 広島

2000.08.07(00:27)asahi.com
 中国系米国人の世界的なチェロ奏者ヨーヨー・マさん(44)が6日夜、広島市の原爆ドーム沿いの元安川で、灯ろう流しにあわせて開かれた野外コンサートに飛び入りした。平和への願いを込めて、愛用のストラディバリウスでJ・S・バッハの無伴奏チェロ組曲第6番より「アルマンド」を奏でた。

 自らのコンサートのため広島入りし、この日は平和記念式にも参列。前日には広島平和記念資料館(原爆資料館)を見学した。核被害の悲惨さに「何度見ても心を揺さぶられる」といい、「子どものころに聴いた音楽がいつも記憶の中にあるように、音楽は過去と未来をつなぎ、過去の苦しみをいやしもできる。その“いやし”を表現したい」と飛び入りを決めた。

広島、今世紀最後の原爆の日 核兵器廃絶願い平和記念式

2000.08.06(10:29)asahi.com
 広島は6日、今世紀最後の「原爆の日」を迎えた。広島市中区の平和記念公園では「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)が開かれ、参列者は犠牲者のめい福と恒久平和を祈った。人類の頭上に初めて原爆が投下されてから55年。年々減り続ける全国の被爆者は30万人を切り、平均年齢は70歳を超えた。「あの夏」の体験を新しい世紀にどう語り継いでいくのか、被爆地は大きな課題と向き合っている。平和宣言を読み上げた秋葉忠利市長は「被爆体験を人類全体の遺産として継承していかなくてはならない」と訴え、「1本の鉛筆があれば、何よりもまず『人間の命』と書き『核兵器の廃絶』と書き続ける決意」を明らかにした。

 平和記念式は午前8時に始まった。全国からの遺族代表や被爆者、森喜朗首相、伊藤一長・長崎市長らのほか、核保有5カ国の代表としては初めてとなるロシアのパノフ駐日大使、今春の核不拡散条約(NPT)再検討会議で議長を務めたバーリ・アルジェリア国連大使も参列した。

 この1年間で新たに死亡が確認された広島での被爆者は5021人。その名前を書き加えた原爆死没者名簿が、遺族代表らの手で原爆慰霊碑に納められた。昨年までに奉納されたものを合わせ、75冊の名簿に計21万7137人の名前が並んだ。

 原爆が投下された午前8時15分、広島市立志屋小学校6年の矢野麻美さん(11)らが平和の鐘を打ち鳴らした。低く厳かな音色が響く中、参列者は1分間の黙とうをささげた。

 秋葉市長は平和宣言の中で今世紀を振り返り、絶望のふちからよみがえった被爆者らの行動を評価した。国際司法裁判所による核兵器使用の違法性判断、包括的核実験禁止条約の締結、原爆ドームの世界遺産化などに結びついたとし、中でも長崎を最後に核兵器が使われなかったことは「全人類的成果」だと強調した。

 しかし、核廃絶はいまだ果たせない。今春のNPT再検討会議では、核保有国が「核廃絶への明確な約束」を表明したが、その道筋は見えないままだ。「21世紀には何としてもこの悲願を達成しなくてはなりません」と、秋葉市長は訴えた。

 21世紀への展望は「和解」という言葉に託した。

 だれもが自らの国家や民族の戦争責任を問い、憎しみや暴力の連鎖を断つ「和解」。核兵器や環境破壊を生み、人類の生存を脅かすまでになった科学技術との「和解」。朝鮮半島での南北首脳会談が示した人間的な「和解」。宣言は、広島がこれらをつくり出す都市として再出発することを表明した。

 子ども代表の広島市立上温品小学校6年の岡田佳那子さん(11)と、同市立長束小学校6年、横田翔君(11)は「新しい時代に生きる広島の子どもとして、世界の人々と手と手を取り合い、伝え合い、21世紀に向け、平和の架け橋となるよう努力することを誓います」と述べた。

原水禁、原水協の広島大会がそれぞれ閉幕

2000.08.06(23:09)asahi.com
 原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)などの「2000年世界大会・広島」の閉会総会と、原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧総評系)などの「被爆55周年世界大会・広島大会」のまとめ集会が6日、それぞれ広島市内であった。

 原水協系の総会には主催者発表で7500人が参加。核不拡散条約(NPT)再検討会議での核兵器廃絶の「明確な約束」の即時実行や、日本政府に対して「核密約」の公表などを求める「広島からのよびかけ」を決議した。

 原水禁系の集会には主催者発表で650人が参加し、「北東アジアの非核化」や「プルトニウム利用からの撤退」への取り組みを提案するアピールを決議した。

    ◇

 原水禁系の広島大会は6日のまとめ集会で、「新しい歴史教科書をつくる会」(西尾幹二会長)が検定申請中の中学校の公民教科書で「核兵器廃絶は絶対の正義か」などと核保有容認ととれる記述をしていることに対し、編集者と出版社に反省と撤回を求める決議を採択した。

広島で6日、55年目の「原爆の日」

2000.08.06(01:30)asahi.com
 広島は6日、55回目の「原爆の日」を迎える。広島市中区の平和記念公園では午前8時から、今世紀最後の「原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)が開かれ、原爆が投下された午前8時15分には犠牲者のめい福と核廃絶を願って参列者が黙とうする。秋葉忠利市長は「平和宣言」の中で、人類の生存を脅かすまでになった科学技術との「和解」などを進め、21世紀に向けて核兵器廃絶の悲願達成を誓う。

 被爆者健康手帳を持つ全国の被爆者は、昨年度末現在で29万7613人。手帳がほぼ行き渡ったとみられる1980年度末の37万2264人を最多に減り続け、30万人を切った。平均年齢も70歳を超え、被爆体験を来世紀に伝える取り組みが急務になっている。

 5日夜は、連合主催の集会に参加した市民らがペンライトを手に原爆ドームを囲み、核廃絶への願いを明かりに込めた。

「ヒロシマの火」が平和の象徴に 全国8カ所に分火

2000.08.05(23:17)asahi.com
 原子爆弾で焼け野原となった広島から福岡県星野村に持ち帰られた「ヒロシマの火」。敗戦から半世紀以上が過ぎたいまも燃え続ける残り火がこの十数年で、村から全国8カ所に分火され、恒久平和を願う象徴となっている。この夏、東京・上野では、市民団体が核兵器廃絶への願いを込めたメッセージを、火がともる記念碑の下に埋める。愛知県豊橋市の高校生は韓国へわたり、代々守ってきた火の話を伝える。核廃絶を願うシンボルとして次世代へ届けよう、との気持ちからだ。

 豊橋市の私立桜丘高校の校門近くに、広島の火をともし続けている「平和の塔」(高さ5メートル)がある。1989年、生徒会がカンパを募って塔を建て、星野村の火を移した。

 今月18日、生徒と教師十数人が韓国・釜山へ行く際は、塔の火をかいろに移して持参する予定だ。約1週間滞在。ソウルの高校生と会い、一緒に千羽づるを折りながら火にまつわる話を紹介し、平和の尊さを訴えるという。

 「日韓の若者が、ともに核のことを考えるきっかけにしたい」と引率の松島洋幸教諭(23)。

 東京都台東区の上野東照宮の境内では10年間、広島の火が燃え続ける。90年夏、地元住民らが境内に、真ん中にハトの形をした入れ物のあるモニュメントを建て、星野村から譲り受けた火を同年8月6日にともした。

 今月15日の終戦の日、地元の人たちでつくる「『広島・長崎の火』を永遠に灯(とも)す会」は6本のマイクロフィルムをモニュメントの下に埋める。内容は3年がかりで集めた約2万人分の「100年後の人びとへの手紙」。「100年後も平和であってください」という小学生の寄せ書きや、「核兵器廃絶を切に願います」という被爆者のメッセージが収められている。

 「灯す会」事務局長の藤原進さん(62)は「核戦争が起きるにせよ、核廃絶が実現するにせよ、21世紀は人類の存亡がかかる世紀になると思う」と話す。100年後に手紙が読まれるよう、平和が続くことへの願いを託したという。

 ○ヒロシマの火

 福岡県星野村在住の山本達雄さん(84)は原爆投下時、広島市郊外の部隊にいた。投下後まもなく救援に入り、被爆。9月に除隊して帰郷する際、広島で書店を営んでいた叔父の店へ足を運んだ。建物は焼け、地下ごうで火がくすぶっていた。多数の人々を焼き殺した火に憎しみがわき、祖母のくれたかいろに灰をこすりつけて持ち帰った。

 祖母は叔父の形見代わりに火を火鉢で絶やさず、家族もかまどや仏壇などにともし続けた。山本さん宅で燃え続ける火の話を知った村は、火を「平和の象徴」として守ることにし、1968年、役場の敷地に建てた灯ろうをかたどった「平和の塔」に移した。95年、小高い丘の上の公園に新しい塔をつくり、毎年8月6日、火の前で原爆犠牲者を追悼している。

 山本さんは「無念の死を遂げた多くの人の平和への願いが込められた火が、いまも生き続けているのは夢のようです」と話す。

森首相が広島入り 平和記念式出席のため

2000.08.05(19:47)asahi.com
 森喜朗首相は5日夜、6日に開かれる「広島市原爆死没者慰霊式並びに平和祈念式」(平和記念式)に出席するため、広島市に入った。6日は平和記念式に出席した後、原爆養護ホームを訪れたり、被爆者代表から要望を聞いたりする。

連合がヒロシマ集会開き、アピールを採択

2000.08.05(22:08)asahi.com
 連合(鷲尾悦也会長)の「平和ヒロシマ集会」が5日夜、広島市内で開かれ、労働組合員ら2500人が参加、「国是である非核三原則の法制化」や「被爆者への国家補償」などを求める「ヒロシマからのアピール」を採択した。連合が主催し、原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧総評系)と核兵器禁止平和建設国民会議(核禁会議、旧同盟系)が協力して開催する形をとった。

原水禁世界大会、中国代表や印パの高校生も参加へ

2000.07.15(15:39)asahi.com
 今夏の原水爆禁止世界大会の概要が固まった。共産党系の原水爆禁止日本協議会(原水協)と旧総評・連合系労組を中心とした原水爆禁止日本国民会議(原水禁)が分裂したまま迎える今世紀最後の大会だが、原水協などは「国家レベルとの共闘」も模索してニュージーランドや中国などから海外代表を招待する。原水禁系の大会では、インド、パキスタンの高校生の参加による討論会などを準備している。

 原水協などは8月2日から9日まで広島市と長崎市で国際会議や世界大会を開く。特別企画の「世界のヒバクシャ連帯会議」では、米国で核開発に携わってきたA・トウパダキス・元ローレンスリバモア研究所員が証言。核廃絶への動きを顕著にしている国の政府などに共闘を働きかけた結果、ニュージーランドのグレアム・ケリー議会外交防衛委員会議長が参加するほか、中国人民平和軍縮協会やベトナム平和委員会なども代表を送る。

 原水禁系は4日から9日まで両市で国際会議と世界大会を開く。自民、民主、社民の各党代表と外務省幹部を招き「日本の役割」を問う国際討論会のほか、核実験を実施して対立する印パから数人ずつの高校生が参加する「反核わかものフォーラム」などもある。

非ユダヤ人のホロコースト犠牲者振り返る展示会 東京で

2000.07.09(10:09)asahi.com
 ナチスによるユダヤ人大虐殺の一方で、兵役を拒んだために強制収容された非ユダヤ人を振り返る展示会が8日、東京都文京区の「文京シビックセンター」で始まった。「ホロコーストの忘れられた犠牲者たち」(スタンドファーム実行委員会主催、朝日新聞社など後援)と題し、パネルや水彩画約70点を展示。関係者や歴史家の証言をビデオで紹介している。12日まで。来月5日には東京国際フォーラムでシンポジウムがある。

 当時のドイツでは、同性愛者や身体・知的障害者のほか、ヒトラー政権に迎合しなかったクリスチャンの団体(現「エホバの証人」)など非ユダヤ人も強制収容され、一部が処刑された。展示会はこうした非ユダヤ人の迫害に焦点を当てている。

 シンポには、映画監督スティーブン・スピルバーグ氏らがホロコースト研究などの目的で設立したショーア財団の理事長、マイケル・ベーレンバウム氏と収容所生還者をパネリストに招き、歴史を振り返る。入場無料。問い合わせは実行委員会(03・3990・8590)へ。同シンポは来月12日、大阪府立国際会議場でも開かれる。

平和の祈り、ともしびに 「慰霊の日」沖縄で

2000.06.24(02:20)asahi.com
 「慰霊の日」の23日夜、沖縄県糸満市にある平和祈念公園の一角でろうそく約3500本を竹筒の中にともして平和を祈る集いがあった。「2000年を境に戦いの世紀に幕を下ろそう」というメッセージを込めた。那覇市で竹炭製造業を営む津波盛広さん(52)が中心となり、口コミで集まった60人ほどの人が手分けして火をともすと、暗やみの中に「祈 平和」の文字が浮かび上がった。

原爆死没者名簿の風通し 広島の平和記念公園で

2000.06.01 (21:47)asahi.com
 広島市中区の広島平和記念公園にある原爆慰霊碑前で1日、碑内の石室に納められている原爆死没者名簿(過去帳)の「風通し」があった。市職員らが21万2116人の名前の書かれた名簿73冊を取り出し、碑の前に敷かれた白布の上に並べた。この1年間に死亡が判明した人の記帳は今月下旬から始まる。

土井氏が非核国家構想

2000年5月21日 17時30分共同
 社民党の土井たか子党首は21日の那覇市での記者会見で「非核国家構想」を発表した。国会で「非核国家宣言」を決議し、国連総会でその承認を求めるのが柱。「非核3原則が国際的にも認知される」(土井氏)としている。

 また、日本、韓国、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)モンゴルで「非核地帯条約」の締結を目指すため、4カ国による協議会創設を提唱した。

NPT会議閉幕、カットオフ条約5年以内の妥結など採択

09:52a.m. JST May 21, 2000 asahi.com
 4週間にわたってニューヨークの国連本部で開かれていた核拡散防止条約(NPT)再検討会議は20日、合意事項をまとめた最終文書を採択して閉幕した。最終文書には兵器用核分裂性物質の生産禁止(カットオフ)条約交渉の「5年以内の妥結」を目指すことなどが盛り込まれている。

 最終文書は、将来の核軍縮措置として(1)包括的核実験禁止条約(CTBT)の早期発効および発効までの核実験停止(2)ジュネーブ軍縮会議(CD)にカットオフ条約交渉の即時開始および5年以内の妥結を含む作業計画に合意することを奨励(3)核兵器の全面廃絶に対する核兵器国の明確な約束−などを打ち出した。(時事)

核不拡散条約再検討会議、調整続く

01:33a.m. JST May 21, 2000 asahi.com
 ニューヨークの国連本部で開かれている核不拡散条約(NPT)再検討会議はイラクの核査察問題をめぐって紛糾し、最終日の19日中には最終文書採択に至らなかった。会議は20日正午前(日本時間21日午前1時前)から再開したが、再び中断して調整をさらに続けることになった。最終文書はすべての条項が一括採択のため、イラク問題で合意できない場合、すでに合意されている「核廃絶への核保有国の明確な約束」なども含めて、全会一致での文書採択ができない可能性も出てきた。

 最終日の19日は午後8時から、イラク核査察や「核疑惑国」イスラエルのNPT加盟などをあつかった「地域問題」に議論が集中した。

 イラクに対し、国連安保理決議に基づく厳しい大量破壊兵器査察への全面協力を求めた草案の条項をめぐって米国とイラクが対立。20日朝までバーリNPT再検討会議議長を中心とする個別折衝や地域グループによる会合を断続的に開いた。妥協案も出されたが、まとまらないまま、いったん休会となった。

 20日午前11時(日本時間21日午前零時)から再開する予定だったが、予定時刻になっても調整が続き、本会議再開は1時間近く遅れた。演説した各国代表は「これまでの合意が一つの地域問題で無に帰することは許されない」と語った。

 バーリ議長は再開前、「両者(米国とイラク)の主張は近づきつつある。コンセンサス(全会一致)での包括的合意に最後まで希望を捨てていない」と述べた。だが、一部には、全会一致は厳しい、との見方も出ている。

核廃絶をはっきり約束

2000年5月20日 9時34分【ニューヨーク共同】
 国連本部で開かれている核拡散防止条約(NPT)再検討会議は閉幕日の19日、核保有国による核廃絶への明確な約束、戦術核のさらなる削減、それに兵器用核分裂物質生産禁止(カットオフ)条約交渉の5年以内の妥結―などを明記し、今後5年間の核軍縮に向けた道筋を世界に示す最終文書の採択へ向け、調整作業を続けた。

臨界事故報告に高い関心

2000年5月17日 17時08分共同
 広島市で開会中の国際放射線防護学会で17日、昨年9月に起きた東海村臨界事故についての報告会が開かれ、事故対策や被ばく医療に携わった関係者が当時のもようを報告した。

 この報告会は、プログラムに急きょ加えられた。会場は各国の放射線安全の専門家で満員で配布論文を受け取る行列ができ、散会後も発表者を取り囲んで質問をするなど関心が高かった。

START3の弾頭削減目標、下げる考えはない 米高官

9:50p.m. JST May 12, 2000 asahi.com
 米ロの核軍縮交渉をめぐり、複数の米政府高官は11日、両国が合意した第3次戦略兵器削減条約(START3)の核弾頭数の目標をさらに下げる考えはない、と語った。ロシアは、3年前に合意した「2000―2500発までの削減」を下回る1500発までの削減を求めており、6月の首脳会談では、この扱いが焦点のひとつとなる。米政府内部の検討は続いているが、統合参謀本部を中心に、ここまで減らすと抑止力を保てない、との懸念が強まってきたことから、高官は「2000―2500発を基準に交渉に臨む方針に変わりはない」と述べた。

 核兵器維持の負担を軽くしようとしてロシアが提案した、新たな戦略核弾頭の削減案について、ホワイトハウスなどでは、これをのむ見返りに米国のミサイル防衛構想やそれにからむ軍備管理条約の見直しをロシアに認めさせよう、という一括妥協案がささやかれている。国務省高官によると、政府は、6月初めの米ロ首脳会談の準備として、実際にロシア案に沿った削減に踏み込んだ場合、米国の核抑止力や核戦力構成がどんな影響を受けるか、という研究をしてきた。

 しかし、統合参謀本部や、戦略核兵器を運用する戦略軍は、1997年の米ロ首脳会談に先立ち、2000―2500発までの削減ならぎりぎり許容できる、という見解をまとめた経緯がある。これがSTART3の目標水準に引き継がれており、今回の内部研究では、抑止力や戦力構成の維持のうえで、さらに大幅な核軍縮には難色を示した。

NYで「原爆展」開催 NPT再検討会議に合わせ

0:14p.m. JST April 24, 2000
 米ニューヨークの国連本部で核不拡散条約(NPT)再検討会議が開かれるのに合わせた連合、原水禁、核禁会議による「ヒロシマ・ナガサキ原爆展」が23日、国連本部近くの多目的ホールで始まった。26日まで開かれる。

 会場には、やけどを負った子どもの写真や、放射線被害を示すパネルなど約60点が展示された。資料は、被爆地の広島、長崎市からの提供で、両市の市長から寄せられた平和と核兵器の廃絶を願うメッセージも張り出された。反核の象徴とされる折りづるをつくるコーナーも設けられている。

 開会の式典で、野沢雄三・連合副事務局長(59)は「再検討会議に合わせて集まるたくさんの軍縮問題の専門家や非政府組織(NGO)関係者に、『悲劇を繰り返してはならない』と訴えたい」とあいさつした。

 この日は、市民や旅行者らが次々に訪れ、熱心に見入っていた。地元の会社員ポールライリーさん(42)は「教科書に載っていない写真ばかりだ。アメリカ人はもっと核の問題に関心を持っていい」と話した。

核めぐる溝は埋まらず

2000年3月22日 7時34分【ニューデリー共同】
 インド訪問中のクリントン米大統領は21日、ニューデリーでバジパイ・インド首相と会談、安全保障問題の合意事項などを確認した文書「米国・インド関係の21世紀展望」に調印したが、核拡散防止をめぐる両国間の溝は埋まらなかった。

 文書は「両国は究極的には核兵器を廃絶するという点で一致するが、その方法については必ずしも一致しない」と指摘している。

「語り継ぐことが重要」

2000年3月12日 18時01分
 長崎市の原爆被爆者の語り部と水俣病被害者の語り部が12日、長崎市の原爆資料館で交流会を開き、互いの経験について「命の尊さは同じ。“二度とあってはならないこと“と若い人たちに語り継ぐのが重要」などと話し合った。被害者の高齢化が進む中、体験の風化を防ごうと水俣病資料館の志水恒雄館長の呼び掛けで、水俣の語り部7人全員と長崎平和推進協会の継承部会の語り部4人が集まった。

核廃絶の取り組みなど報告

2000年3月11日 17時55分
 11月下旬に長崎市の民間平和団体などが開催を予定している「核兵器廃絶地球市民集会」の第1回プレ集会が11日、同市で開かれ、「4月の核不拡散条約再検討会議が、核兵器廃絶への歴史的転換点となるよう強く期待する」との意見書を採択した。近く国連に提出する。

印パ訪問し核廃絶訴え

2000年2月8日 16時18分【ニューデリー・共同】
 広島市の平和団体「グローバル・ピースメーカーズ・アソシエーション」のスティーブン・リーパー代表ら5人が、1998年5月に相次いで核実験を行ったインド、パキスタン両国で核廃絶を訴えるため6日にインドを訪れ、学生や知識人との対話を開始した。訪問団は滞在中のムンバイに続きニューデリーやパキスタンのラホール、イスラマバードなどを訪問する。

ビキニデーにNGO軍縮委員長が来日

03:10a.m. JST February 06, 2000
 原水爆禁止日本協議会(原水協、松井康浩・筆頭代表理事)の全国理事会が5日、東京都内で始まり、3月1日に静岡県焼津市内で原水協などが中心になって開く「被災46周年ビキニデー集会」にNGO(非政府組織)軍縮委員会のバーノン・ニコルズ委員長が参加することが明らかにされた。

 NGO軍縮委は4月からの核不拡散条約(NPT)再検討会議や5月の国連ミレニアムフォーラムなどに影響力を持つNGOの中心として準備を進めている。原水協も同委員会と連携しながら代表団を派遣して核廃絶への政策提言を強めていく方針という。

米が9回目の未臨界核実験を実施

1:30p.m. JST February 04, 2000
 米エネルギー省は3日夕(日本時間4日朝)、ネバダ州の地下核実験場で今年初の未臨界核実験をしたと発表した。米国の未臨界核実験は1997年7月に始まり、今回が9回目。実験の頻度を上げるために開発された方法を使う「オーボエ」シリーズの3回目で、昨年9月以来、短い間隔で試みられてきた。実験は今後も高頻度で続くとみられる。

 同省によれば、未臨界核実験は、核兵器の「安全性」と「信頼性」を確保するためのデータを得るのがねらいで、連鎖反応を起こす臨界状態には達しないことからこう呼ばれる。包括的核実験禁止条約(CTBT)は核爆発を伴う実験を禁止しており、同省は、今回の実験が連鎖反応を起こさないことを強調している。

 実験場はラスベガスの北西約140キロにあり、地下約290メートルのトンネル内の小室が使われた。高性能火薬を爆発させて衝撃波をプルトニウムに当て、表面の反応を調べた。

 「オーボエ」は、ローレンスリバモア国立研究所が開発した閉じこめ容器を使い、その中に小型容器を入れて実験する。従来のように実験のたびに小室を閉鎖する必要はなく、小型容器を交換するだけで次の実験ができる。同研究所は、実験の効率を上げるためには、短期間に小さな実験を繰り返すことが重要だとしている。

北朝鮮医師ら初来日へ

2000年2月3日 13時26分 共同通信社
 朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の医師や被爆者ら7人が被爆者医療研修などのため、29日から3月7日まで来日、広島市などを訪問することが決まった。在日本朝鮮人被爆者連絡協議会の李実根会長が3日、記者会見で明らかにした。被爆医療のための北朝鮮医師らの来日は初めて。来日するのは、放射線科の医師ら2人と長崎で被爆した60代の女性、北朝鮮の被爆者団体の関係者ら。

核廃絶へ市民団体が結集

2000年1月29日 18時25分 共同通信社
 長崎市で今年11月下旬に開催予定の非政府組織(NGO)による国際平和集会に向け、長崎の市民団体が一堂に参加する「核兵器廃絶2000年長崎市民会議」の結成集会が29日、同市で開かれた。集会には各市民団体の代表ら約120人が参加。昨年9月、国際平和集会を提案した伊藤市長が「草の根運動の盛り上がりを力強く思います。みなさんが集会の中心的役割を担ってくれると期待します」とあいさつ。

自衛隊の対人地雷処理始まる 禁止条約の締結受け処分

6:59p.m. JST January 17, 2000
 昨年3月に発効した対人地雷禁止条約の締結を受けて、自衛隊が保有している対人地雷の処分が17日、滋賀県新旭町の航空自衛隊饗庭野分屯基地に近い旭化成工業の施設で始まった。外相当時に同条約に署名した小渕恵三首相も視察。「普遍的で実効的な対人地雷の禁止の実現と地雷の除去、犠牲者の支援について、国際社会の中で積極的な役割を果たすよう努力していく」と決意を述べた。

 防衛庁によると、自衛隊が持っている対人地雷は約100万個。今年中に約22万個を処分するのをはじめ、訓練用などに残す約1万5000個を除き、2003年2月までに約99万個を破壊処分する計画だ。数が多いなど自衛隊独自の処分は難しいとして、実際の処分作業は旭化成工業、日本工機、北海道日本油脂の民間3社に委託している。

 17日、旭化成工業あいばの試験所では、厚さ約1メートルの鉄筋コンクリートに覆われたドーム内で約1000個の地雷が一気に爆破された。この施設では、8月までに16万7000個が処分される予定。

首相、地雷で軍縮アピール

2000年1月9日 16時07分 共同通信社
 小渕恵三首相は10日からカンボジア、ラオス、タイの東南アジア諸国連合(ASEAN)3カ国を歴訪する。カンボジアのフン・セン首相との会談では対人地雷処理のため、機材の提供や地雷被害者治療の病院に対する資金援助を約束。政府機関「カンボジア地雷対策センター」を訪れ、地雷の撤去作業を視察する。

「独大学に原爆資料を」

2000年1月10日 16時03分 共同通信社
 「原爆に関する特別文庫」が設置されているドイツのハイデルベルク大学日本学研究所に、長崎に投下された原爆の文献資料を贈ろうと、長崎の平和団体などが資料の収集、寄贈活動を進めている。

  長崎原爆の被害の実態を伝えるのが目的で、発起人の浜崎一敏・長崎大教授は「実証的に伝えることが重要。学生、市民に読んでもらいたいものを寄贈してほしい」と呼び掛けている。

伊藤サカエさん死去

2000年1月5日 14時02分 共同通信社
 核兵器廃絶と被爆者援護を一貫して訴え続けてきた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の伊藤サカエさんが5日午前8時14分、ぼうこうがんのため広島市の病院で死去した。88歳。1945年8月、爆心から約1.5キロの広島市内で被爆した。51年から「広島県矢野町の町議に連続6期当選、反核平和運動に身を投じた。56年、日本被団協の結成に参加、81年には女性として初の代表委員に就任。

核兵器廃絶キャンペーンに吉永小百合さんらも参加

6:48p.m. JST January 04, 2000
 市民レベルの核兵器廃絶活動を2000年を機に盛り上げようと、学者や平和団体関係者らが「核兵器廃絶2000年キャンペーン」を立ち上げ、アピール文に対して、2000人を目標に賛同者を募り始めた。すでに女優の吉永小百合さんや作家の妹尾河童さんら600人以上が賛同人に名を連ねている。

 キャンペーン共同代表の土山秀夫・元長崎大学学長らが発表した。アピール文は、新世紀を前に、20世紀最大の負の遺産である核兵器の廃絶に向けて改めて声を上げるよう、市民に呼びかけている。その上で(1)日本に非核法を作る(2)核軍縮へ国際的なリーダーシップをとる(3)東北アジアに非核地帯を作る――など、主に国内の核兵器政策の改革を求めている。

 今年前半をめどに2000人の賛同者を集め、政府や各党にアピール文を届ける。また、インターネットのホームページを設け、国内の平和団体活動の紹介や海外の運動との連携も目指すという。問い合わせ先は同キャンペーン事務局(電話045・563・5164)。

広島の原爆資料館が未公開資料をインターネットで公開

5:42p.m. JST December 06, 1999
 広島市の平和記念資料館(原爆資料館)は8日から、収蔵するすべての被爆資料約8600点をインターネットのホームページで公開する。資料館に常時展示されているのは約300点で、これまで一般の目に触れなかったものが多い。広島へ足を運べない人にも自宅などで原爆の被害を理解してもらうほか、平和学習や被爆研究などに役立ててもらうのが狙いだ。

 数年前から進めていた収蔵資料のデータベース化が完了したため、実現することになった。資料ごとにカラー写真、被爆した場所や状況、爆心地からの距離、持ち主がどのように使っていたかなどの情報を掲載。ほかにも被爆の痕跡が残った原因、資料が発見された施設名など約150種類のキーワードが入力されており、必要な資料だけを検索することもできる。

 同資料館は、利用者が自分にゆかりのあるものを探したり、学術的な調査・研究に役立てたりできると期待する。「学徒動員」「高熱火災」など特定のテーマで資料を貸し出し、各地で企画展を開いてもらうことも可能だ。

 著作権保護などのため閲覧前にパスワードの入手が必要。資料館のホームページで手続きができる。

広島平和記念公園の韓国人原爆犠牲者慰霊碑にペンキ

2:28p.m. JST October 17, 1999(時事)
 17日午前7時15分ごろ、広島市中区中島町の広島平和記念公園内の韓国人原爆犠牲者慰霊碑に「ペンキがかけられている」と通行人から広島中央署に通報があった。同署員が調べたところ、慰霊碑の一部にオレンジ色の蛍光ペンキがかけられていた。同署は器物損壊事件として捜査している。

 調べによると、16日午後9時半ごろに警備員が巡回した時には異状はなかったという。

 同慰霊碑は、同公園外に建てられていたが、「差別ではないか」と批判の声が上がり、今年7月、公園内に移設されたばかり。8月6日には、歴代首相として初めて、小渕恵三首相が同慰霊碑に献花した。

ABM条約修正など協議

1999年9月12日 13時39分 【オークランド共同通信社 】
 オークランド訪問中のクリントン米大統領は12日、ロシアのプチン首相と初めて会談した。大統領とプチン首相は第3次戦略兵器削減条約(START3)交渉や弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の修正など軍備管理・軍縮問題を中心に協議したとみられる。

被ばく者検診体制を整備

1999年9月6日 12時26分 共同通信社
 旧ソ連の核実験場があったカザフスタン・セミパラチンスクの被ばく者に対する医療支援などを話し合う国際会議が6日午前、都内のホテルで2日間の日程で始まった。

 武見敬三外務政務次官は日本として「検診体制整備と医療水準向上のため、専門家による技術指導と関連機材の供与」「被ばく者医療の基礎データ整備」―などの支援策を検討していく方針を表明した。

カザフの被ばく者支援会議

1999年9月6日 10時26分 共同通信社
 旧ソ連の核実験場があったカザフスタン・セミパラチンスクの被ばく者支援問題を協議する国際会議が6日午前、都内のホテルで2日間の日程で始まった。

 日本政府と国連開発計画の共催で、カザフスタンからトカエフ外相らが出席。広島、長崎の医療関係者も参加し、被ばく者への医療支援のあり方、セミパラチンスク住民の生活改善などに関して議論する。

「原水爆禁止世界大会」が閉幕

2:01p.m. JST August 09, 1999
 原水爆禁止日本協議会(原水協、共産党系)などの原水爆禁止1999年世界大会・長崎大会は9日、長崎市の市民会館体育館で閉会総会を開き、「草の根から行動をつよめよう」と題した決議を採択した。決議では、「日の丸・君が代」や「盗聴法」の法制化に触れ、「こうした動きの中に戦争の足音を感じとった広範な人々は、一連の反憲法的な策動に反対する共同の輪を広げ、大きく前進している」としたうえで、「すべての核保有国が核兵器廃絶を誓約し、すべての政府が核兵器廃絶条約締結のための協議を開始することを要求しましょう」などと呼び掛けている。

 原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党・総評系)などの被爆54周年原水爆禁止世界大会・長崎大会は9日午前、長崎市の県立総合体育館で閉会総会を行い、大会宣言を採択した。

 宣言は「日本政府が原爆被爆国の政府でありながら、核抑止政策を安全保障のかなめとするとの驚くべきダブルスタンダードをもっていることに厳しく抗議する」

ニつの原水禁長崎大会開幕

1999年8月7日 20時46分 共同通信社
 「核兵器のない21世紀を」をテーマに、原水爆禁止日本協議会(原水協)と、原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などが主催する二つの原水爆禁止世界大会の長崎大会が7日、長崎市でそれぞれ3日間の日程で始まった。

原爆ドームに被爆者の手を投影 現代美術家ウディチコ氏

01:43a.m. JST August 08, 1999
 世界の平和に尽くした芸術家に贈られる「第4回ヒロシマ賞」を受賞した現代美術家、クシュシトフ・ウディチコ氏が総指揮をとる「パブリック・プロジェクション/ヒロシマ1999年8月」が7日夜、広島市中区の原爆ドームであった。ライトアップされたドームを人の頭と肩に見立て、すぐ下の元安川の護岸に被爆者らの手の映像を拡大投影した。被爆者らの平和についての思いが、スピーカーから流れた。

 54年前の原爆投下直後には、多くの人が水を求めて元安川で亡くなった。手の映像は川面にも映り、様々な手ぶりで被爆の悲惨さを訴えた。ドーム周辺には約2000人が集まり、息をのんで投影に見入っていた。

 ウディチコ氏は、公共建築物や記念碑に戦争や社会問題などを映像にして投影する表現活動を1980年から続けており、「被爆者や市民の様々な記憶を結びつけたい」と話している。

「原爆ピアスの販売やめる」 米原子博物館

11:52a.m. JST August 07, 1999
 米ニューメキシコ州の国立原子博物館は6日、原水爆禁止日本協議会(原水協)から「被爆者の感情を踏みにじる」と抗議を受けた原子爆弾形のピアスについて、一転して販売を中止すると発表した。

 ジム・ワルサー館長は「ピアス販売には原爆投下をあおる意図はまったくなかったが、懸念する声が多く寄せられ、販売は適当でないと判断した」と語った。同館によると、在庫はこの日ですべて売り切れたが、販売中止を決める前に受けた数件の注文には応じる予定。

 ピアスは、広島に投下された「リトルボーイ」と長崎の「ファットマン」をかたどったもので、1995年から販売している。

平和公園内で初の慰霊祭

1999年8月5日 13時40分 共同通信社
 強制連行などで来日し、広島で被爆した韓国人を追悼する慰霊祭が5日、広島市の平和記念公園で営まれた。これまで公園の敷地外にあった「韓国人原爆犠牲者慰霊碑」が7月に移設されたため、初めて公園内での慰霊祭が実現した。

広島宣言を採択して原水協の国際会議閉幕

7:24p.m. JST August 05, 1999
 広島市で開かれていた原水爆禁止日本協議会(原水協)などによる原水爆禁止1999年世界大会国際会議は5日、「核兵器のない21世紀にむけて」と題した広島宣言を採択して閉幕した。宣言は、「核兵器全面禁止・廃絶条約の早期締結」「核保有国の核兵器先制使用政策の放棄」「未臨界実験を含むあらゆる核実験の禁止」「非核地帯の設置・拡大・強化」「被爆者・核兵器被害者への国家補償」などをこれからの運動の課題に掲げている。

核も戦争もない21世紀を

1999年8月4日 20時46分共同通信社
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁)などが主催する「原水爆禁止世界大会」の広島大会が4日夕、広島市で3日間の日程で始まった。開会総会には約1000人が参加。主催者を代表して岩松繁俊原水禁議長が「新ガイドライン関連法が成立するなど平和にとって危機的状況の中で、核も戦争もない21世紀を目指し立ち上がろう」とあいさつした。

平和大行進が広島に到着

1999年8月3日 15時38分 共同通信社
 核兵器廃絶などを訴え、5月から全都道府県をリレー行進してきた「国民平和大行進」(原水爆禁止日本協議会など主催)が3日、ゴールの広島市中区の平和記念公園に到着した。同行進は1958年から毎年行われ、今年で42回目。主催者によると、北海道から沖縄県までの11のコースに分かれて、延べ約10万人が広島、長崎の両被爆地を目指し計約八千キロを行進した。

広島で原水禁の国際会議が開幕

11:45a.m. JST August 02, 1999
 原水爆禁止日本国民会議(原水禁、旧社会党系)などによる「被爆54周年原水爆禁止世界大会」の皮切りとなる国際会議が2日午前、広島市で開幕した。9日まで続く今夏の世界大会のスローガンは「核も戦争もない21世紀を!」。国際会議は2日間にわたり、11人の海外招待者を含む軍縮問題の専門家や平和運動家らが「核兵器の先制不使用宣言」や「北東アジアの非核化」などについて討論する。

 この日の会議では冒頭、秋葉忠利広島市長のメッセージが紹介された後、「核兵器の廃絶と脱原発、脱プルトニウム社会への展望を見いだしたい」などとする大会実行委員会の基調報告が読み上げられた。

京都で27日から軍縮会議

1999年7月26日 17時12分 共同通信社
 核兵器の不拡散など軍縮の諸問題について各国の政府関係者らが個人の立場で話し合う国連軍縮京都会議が27日、京都市で始まる。

 中国、インドなどアジアを中心に米国、オランダなど23カ国の政府関係者や広島、長崎の市長ら約60人が参加。北東アジアをはじめとするアジア・太平洋地域の安全保障や核兵器や通常兵器の軍縮について、4日間の日程で討議する。

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