TOPIC No.2−31T 【巨竜むさぼる中国式「資源」獲得術】(by MSN産経新聞)


01. 【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(1)テロ支援国に翻る五星紅旗


【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(1)テロ支援国に翻る五星紅旗

2010/01/01 Iza

スーダン南部ワウのUNMISの基地に掲げられた国連旗と中国国旗

 <中国式「資源」獲得術>

 航空機2機の残骸(ざんがい)が滑走路わきにへばりつくように横たわっている。空港近くに広がる基地のゲートからは、熱風の中をブルーの国連旗と真っ赤な中国の国旗が翻っているのが見えた。

 アフリカ最大の国土を持つスーダンの南部ワウに、国連スーダン派遣団(UNMIS)の駐屯地がある。

 約200万人が死亡したという内戦が2005年に終結したこの国の南部地域に、国際部隊の約1万人が駐留し、平和維持活動(PKO)に当たっている。

 ワウにはケニア、インドやパキスタンの部隊も派遣されているのに、五星紅旗だけが国連旗とともに、はためいているのはなぜか。

 「UNMIS CLINIC」。2本の旗の手前にそう記された看板が立てられていた。コンテナを利用した治療施設が背後に並ぶ。中国が基地内の診療所を担当していたのである。

 「中国維和医療隊」の施設の入り口にぶら下がる温度計は35度を超えている。クリスマス明けの午後4時過ぎ。体が溶けそうなほどの日中の暑さは和らいだが、まだ日差しはきつい。

 そのころ、ワウの村で給水活動に当たっていたのも中国部隊だった。青い国連帽をかぶった趙・少校=少佐=(35)は河南省出身。「家族とは会えず、さみしい旧正月になりますね」と声をかけると、真っ黒に日焼けした手で、携帯電話をポケットから取り出して笑った。

 空港の警備を担当するインド人に中国部隊の評判を聞く。「まじめだね。ただ医療部隊なのに英語ができないんだ。だから薬をもらうのもひと苦労さ」

 国連旗と中国国旗の手前に立つ看板の後ろに回ると、中国語が並んでいた。

 「壮我軍威 為国争光」(軍威を発揚し、国家のために栄光を勝ち取る)。表に記された「CLINIC」の裏にあった軍の標語だ。遠いアフリカの地に派遣された中国部隊の「決意」のほどがうかがえた。

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 スーダンは日本の6・6倍の国土に約3900万人が住む。1989年に現大統領のオマル・バシル准将がクーデターを起こして樹立した軍事独裁政権が続く。

 ある昼下がりのことだ。首都ハルツーム市内のレストランで食事をしていたとき、通訳の男性(36)が急に言い出した。

 「どうしてバシル大統領(66)に会わないのですか。彼は聡明(そうめい)な指導者だから、まず大統領の意見に耳を傾けるべきです」

 つい先ほどまで、野党指導者を絶賛していた彼である。「おかしいな」と思い、トイレに立つふりをして周囲を見渡すと、すぐ後ろのテーブルに、広げた新聞で顔を隠すように座る男がいた。スーダンが監視国家ともいわれていることを思いだし、ゾッとした。

 外国人が国内移動するには政府の許可を取らなければならず、発給まで何日かかるのか分からない。写真を撮るのも許可が必要だ。市内でカメラを構えると、人込みの中から男が突進してきてカメラを没収されそうになったこともある。

 バシル政権は、イラクのフセイン旧政権と軍事協力を進めるなどで提携。国際テロ組織、アルカーイダの指導者であるウサマ・ビンラーディン容疑者もアフガニスタンに渡る前、91年から96年までこの国に庇護(ひご)されていた。米国はスーダンをテロ支援国家に指定し、経済制裁を科している。テロ組織支援や人権抑圧を理由に国際社会が投資を続々と引き揚げたすきに、スーダンの石油利権を獲得したのが、中国である。

 30万人が犠牲になったといわれるダルフール紛争や南北内戦を抱え、破綻(はたん)国家のように形容されがちなスーダンだが、ハルツームの市場は洋服や生活必需品などであふれていた。ドバイなどを経由して輸入される日本、韓国製の新車も多数走っている。政府発表によれば、2003年から5年間の経済成長率は平均8・5%に上るという。

 成長を支えるのが、1999年から輸出が始まった石油だ。スーダン中央銀行によると、08年の石油輸出額は輸出全体の実に95%を占める。そして、スーダンの輸出の75%を買い支えているのが中国なのである。

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 ■「地下まで中国製が席巻」

 スーダンに進出する中国企業は約120社で、在留中国人は1万5千人を超す(日本企業はゼロ。在留邦人は約130人)。その取りまとめ役が、中国企業商会の会長を務める銭増徳氏(46)だ。自身、江蘇省淮安市に本社を構える中淮建設を率いている。

 「中国とスーダンの関係は石油だけのようにいわれていますが、違います。両国関係はもっと大きなきずなで結ばれているのです」

 中国はアフリカで最大規模というメロエ・ダムや、ハルツーム市内の橋梁(きょうりよう)を建設したほか、紅海に面したポートスーダンとハルツームを結ぶ鉄道建設、大統領宮殿の新設も援助。軍事協力も進み、スーダンが買い付ける銃など小火器の90%が中国から−との見方もあるほどだ。

 市場の商品も中国製ばかりで、試しに、衣類、カバン、電気製品などを無作為に10点選んでみると、8点までが「メード・イン・チャイナ」。それ以外の商品はボディーローション(インド製)とサンダル(スーダン製)だけだった。

 インフラ整備が遅れるスーダンでは、でこぼこ道が多く、雨期でもないのに各所に水たまりができている。地中の配管が古く、漏水しているのだ。

 それが最近、ハルツーム市内に中国製配管が大量輸送され、「地上だけでなく地下まで中国製に席巻されるのか」(在留邦人)と驚きの声が上がっている。

 スーダンが中国にのみ込まれようとしていた。

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 アフリカ連合(AU)の現議長国で、“アフリカのリーダー”を自任するリビアは、中国のアフリカ進出を苦々しく思っている。

 ムーサ・クーサ外相は昨年11月、アラブ紙アッシャルク・アルアウサトとのインタビューで、中国の経済進出について、「アフリカ大陸における過去の植民地主義を想起させるものだ」と痛烈に批判した。

 アフリカは、英仏など列強に資源を奪われ、列強の製品の市場となった植民地時代の負の歴史を抱える。

 スーダンの元国民議会議長で野党指導者のハッサン・トラビ氏(77)も「わが国は今、自動車以外はすべて中国製といっても過言ではない。市場が1つの国家に支配されるのは好ましくない」と警鐘を鳴らす。

 そんな中国を「アリババ」と呼ぶスーダン人もいる。資源泥棒という意味である。ダルフール紛争では、国際人権団体から「人権侵害を続けるバシル政権を中国のオイルマネーが支えている」と激しく批判され、北京五輪をボイコットする動きまで出たほどだ。

 こうした内外の非難を受けて、中国はスーダン南部のワウのほか、南ダルフールにも部隊を派遣、合わせて約750人の中国人が汗を流しているのである。

            × × 

 国際社会が引き揚げていった問題国家に、中国が支援の手を差し伸べ、資源確保に成功した典型例がスーダンだといえる。そして今、資源を求めて膨張する中国の新たな標的になったのがアフガニスタンだ。寒風吹きすさぶアフガンはテロとの戦いが続く一方で、中国を巻き込んだ一大スキャンダルに揺れていた。

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 中国が今、エネルギー、鉱物、食糧、安全保障と、ありとあらゆる「資源」を求めて世界中に触手を伸ばしている。その活動は、日本を抜いて第2位の経済大国になりそうな今年、一段と激化し、特異な手法ゆえの軋轢(あつれき)も進出先で増すだろう。アフリカ、アジア、米大陸に中国の影を追う。(藤本欣也)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第1部 問題国家(2)権益あさる国策会社

2010/01/05 Iza

 国際社会にとって2010年の最大の懸案は、テロとの戦いが続くアフガニスタンである。オバマ米大統領の増派決定により治安悪化に歯止めがかかるのか。インド洋での給油活動に代わる日本の貢献策はどうなるのか。ただし、今年のアフガン情勢を占うには、米国やその同盟国の動向だけでは不十分だ。経済権益を着々と築く中国の存在も無視できなくなっている。

 昨年11月下旬のある朝。首都カブールの大使館街の一角で、爆発音が響き渡った。ちょうど、宿泊先でアフガン人の助手と取材の打ち合わせをしていたときのことだ。周りの窓ガラスが割れんばかりに激しく揺れた。仕掛け爆弾が爆発したのは、70メートルほどしか離れていない道路沿いだった。

 イスラム教の祝祭、イード・アルアドハー(犠牲祭)のため連休中で、死傷者こそ出なかったものの、市民がいかにテロと隣り合わせの暮らしを強いられているかを思い知った。

 そのころ、アフガンでは中国絡みの超大型のスキャンダルが起きていた。

 世界最大級の未開発銅鉱山の一つといわれるアイナク銅鉱山。カブール南郊にあるこの銅鉱山の採掘権を07年に落札した中国国有企業が、担当大臣にワイロを贈っていたと米紙ワシントン・ポストが報じたのだ。その額、実に約3千万ドル(約28億円)に上る。

 まずは疑惑の鉱山相(当時)、ムハンマド・アデル氏(58)の言い分を聞きたかったが、アデル氏はスキャンダル以降、外国メディアを避けていた。

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 爆発が起きたその日、騒ぎが収まるのを待って、カブール大学に近いアデル氏の自宅を訪ねた。ちょうど自宅前には、イードのお祝いを述べようと、知人や関係者らが集まっていた。

 日本人の顔立ちは、アフガンを構成する民族のうち特にハザラ人に似ている。アデル氏自身、ハザラ人である。自宅前の知人たちもハザラ人が多いようだ。同じくハザラ人の助手とともに、何食わぬ顔をして彼らの中に交じっていると、いっしょに邸内に招かれた。

 大広間に20人ばかりが腰を掛けてアデル氏が現れるのを待つ。屋敷自体はそれほど豪勢ではない。しかし大広間の棚には、アイナク銅鉱山の採掘権を落札した中国冶金(やきん)科工集団(MCC)の沈鶴庭社長とアデル氏が一緒に納まった写真が3枚も立てかけてあった。壁にMCCの企業カレンダーや、中国の掛け軸が掛けられている。

 MCCとの緊密な関係ぶりをうかがわせるには十分だった。

 アデル氏は羊の皮でできた伝統的な帽子をかぶって現れた。一人一人と握手をして回る。記者(藤本)の番になった。アデル氏は笑いながら「あなたの故郷にはイードはないでしょう?」と手を握った。そのとき初めて自分が中国人に間違えられていることに気が付いた。これまでに幾人もの中国人が自宅に招かれたのだろう。

 雑談の中で、日本の記者であると白状すると、アデル氏は一瞬、驚いたような表情を見せたが、すぐに柔和な顔に戻った。「少し質問をしてもいいでしょうか」と迫ったが、やんわりと断られた。

 「今日は特別な日だから、休み明けに鉱山省まで来てください。そのときに質問を受けましょう−」

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 カブール市内では各国大使館はもちろん、国際機関や援助団体などは厳重に警備されているうえ、看板も掲げていないので、外からは何の建物なのか分からないようになっている。

 ようやく探し当てたMCCの事務所も、それに準じていた。看板を掲げるほかの中国企業とは明らかに様相が異なる。MCCのビルは、窓という窓にすべて囲いが施され、内部の様子はうかがい知ることができない。

 事務所の責任者は国外にいるというので、副責任者の女性に接触した。

 頭にスカーフを巻いて現れた女性は北京出身で、カブールに来て数カ月らしい。食事に誘ったが、間もなく30歳という彼女は「治安が悪いので、事務所の外で食べてはいけない規則になっています」と、そっけない。すでに100人以上の中国人労働者が働いているというアイナク銅鉱山に関する質問には、「ごめんなさい」と全く答えなかった。

 MCCは中国を代表する国有企業の一つである。鉄、銅、金をはじめとする鉱山開発を中心に事業を展開している。

 さらに調べていくと、単なる企業ではなく行政機関の側面も併せもち、中国政府の政策決定に影響力をもっていることがわかった。

 厳重な警戒ぶりには、それだけの理由があったのだ。(藤本欣也)

【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(3)輸送路確保の長期戦略

2010/01/04 Iza

カブール市内の鉱山省で会見するアデル氏

 <中国式「資源」獲得術>

 アフガニスタン東部のアイナク銅鉱山は、世界最大の未開発銅鉱山の1つといわれている。その採掘権を落札した中国国有企業、中国冶金(やきん)科工集団(MCC、本社・北京)とはどんな企業なのか。

 70を超す子会社を抱え、従業員の総数は約5万人。国有系銀行から莫大(ばくだい)な融資を受け、海外の資源獲得を積極的に進めている。昨年9月、上海証券取引所に上場した。

 もともと、中国の改革・開放政策初期の1982年に、冶金工業省の海外資源開発工事を担当する会社として設立。98年に冶金工業省が撤廃されると、多くの政府機能を引き継いだ。

 MCCはこのため、鉱山開発で行政機関としての側面も併せ持つ。アイナク銅鉱山の採掘権を手に入れたMCCの背後に、中国の国家意思があるとみていい。

              ◇

 昨年11月末、カブール市内の鉱山省に赴いた。大臣室の真向かいにある待合室には、2008年北京五輪を記念したガラスのテーブル2脚が置かれていた。

 大臣室で相対したムハンマド・アデル鉱山相(当時)は、2日前に彼の自宅で会ったときと感じがガラリと変わっていた。「外国人記者とは会わないことにしているのだが…」などとぶつぶつ言いながら、不機嫌そうに質問に答えた。

 まず、入札は公正に行われたと主張、MCC側から約3千万ドル(約28億円)ものわいろを受け取ったとの報道は完全に否定した。

 入札にはMCCや米国、カナダの企業など計5社が参加。アデル氏によると、投資額は29億ドル(約2700億円)を提示したMCCが最高で、米企業は9億ドル(約840億円)にすぎなかった。アフガン政府へのロイヤルティーやボーナスでもMCCが圧倒した。

 アデル氏は中国国有企業の優位性をこう指摘する。

 「入札の際に欧米企業が資金面で(MCCより)困難を抱えているのは分かる。でも、どれだけのマネーをかき集められるかは、私たち側の問題ではない。入札がすべてなのだ」

 ただし、MCCが落札した理由は「マネー」だけではなかったという。「輸送網が整備されていないアフガンにおいて最も必要なものが、MCCの提案には含まれていた」(アデル氏)

 鉄道の敷設である。

 ここに、中国の深謀遠慮が凝縮されていた。

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 現在、アフガン国内に機能している鉄道網はなく、アジア開発銀行(ADB)が整備計画を進めている。

 MCCの鉄道敷設案の詳細は不明だが、ADBカブール事務所のクレイグ・ステファンセン所長(米)によると、(1)アイナクから、バーミヤンを通りマザリシャリフまで(2)アイナクから、パキスタン国境に近いジャララバードまで−の2路線とみられるという。

 マザリシャリフからさらに北方のウズベキスタン国境までは、ADBが鉄道整備を計画している。実現すると、その先の中国・新疆ウイグル自治区のウルムチまで鉄道でつながる可能性も出てくる。

 中国が鉄道を敷設するとみられるバーミヤン付近には、ハジガク鉱山がある。純度の高い鉄鉱石を産出し、「年20億ドル(約1860億円)の富をもたらし続ける可能性がある」(同所長)という。そして入札でインド企業との争いになるとみられているのが、ほかでもないMCCなのだ。

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 中国は経済成長を支えるため、中東、アフリカなどで資源エネルギーの囲い込みに躍起になっており、アフガンのように、点と点を結ぶ線、つまり輸送路の確保も同時に進めている。

 パキスタン南西部のグワダルやスリランカ南岸のハンバントタなどの港湾整備を積極支援して、“真珠の首飾り”のようにインド洋上に拠点を構築しようとしているのも、その一環だ。

 将来、アフガン東部ジャララバードとパキスタンの鉄道網が連結されると、中国、アフガン、インド洋という、米国の影響力が強いマラッカ海峡を通らなくてすむ新たなルート建設も現実味を帯びてくる。

 昨年7月、アイナク銅鉱山ではアデル氏やMCCの沈鶴庭社長も出席し開所式が行われた。しかし当日、付近の道路で爆弾テロが起き、住民ら27人が死亡するなど治安が悪化、開発は遅れ気味といわれている。

 すでに現地入りしている百人を超す中国人労働者が何をしているのか、情報は全く漏れてこない。

 カブールの南方約40キロ、かつて国際テロ組織、アルカーイダの軍事拠点があったことでも知られるアイナクを目指すことにした。(カブール 藤本欣也、北京 矢板明夫

【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(4)米の戦い尻目、果実を手に

2010.01.05 MSN産経新聞

アイナク付近の村。タリバンがどこに潜んでいるか分からない=アフガニスタン中部ロガール州

 <中国式「資源」獲得術>

 村を通過しても住民と目を合わせないようにした。「外国人が乗っている」などと、イスラム原理主義勢力タリバンに通報でもされたら一大事だ。アフガニスタンの人々のように白いシャツとズボンに身を包み、車の座席に身を沈めた。

 中国国有企業、中国冶金(やきん)科工集団(MCC)が開発を進めるアイナク銅鉱山は、首都カブールから40キロほどの距離にある。車を飛ばせば、1時間もかからないはずである。

 付近はしかし、爆弾テロが起きるなど治安が悪化している。このため、カブールを出たところで地元警察と交渉、警察車両の先導の下でアイナクを目指した。

 とはいっても、記者(藤本)が乗った車は、タリバンに銃撃されたらひとたまりもないポンコツ車である。土塀に囲まれた伝統家屋が点在するだけの、周囲に何もさえぎるもののない一本道を突っ走った。

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 MCCによるアイナク銅鉱山の投資額は29億ドル(約2700億円)で、外国企業によるアフガン史上最大規模の投資となる。だが、MCCがムハンマド・アデル鉱山相(当時)に巨額のわいろを贈ったと報じられたこともあって、国内の評判はあまり芳しくない。

 最大民族パシュトゥン人出身の女性国会議員、シュクリア・バラクザイさん(38)はこう言い切る。

 「域内での影響力を強めようとする中国の投資には政治的なにおいがする。私は歓迎しないわ

 カブール大で国際政治を講じるパシュトゥン人のワディル・サフィ教授(61)は「アフガンにおける毛沢東主義派の歴史が警戒論の背景にある」と説明する。

 「アフガンでは1979年に旧ソ連軍に侵攻されるまで、毛沢東思想と暴力革命を信奉する毛沢東主義派の勢力が強かった」。中国の大使館を通じて組織されたともいわれている。

 「だから、長く権力を握っていたパシュトゥン人を中心に対中警戒感が強い。少数民族にはそれほどアレルギーはないのだが…」

 中国側と親密な関係を築いたアデル氏は、少数民族ハザラ人の出身である。

 腐敗一掃を訴えて昨年の大統領選に出馬したラマザン・ドスト元計画相(48)も同じハザラ人だが、汚職疑惑を抱えるアデル氏には批判的だ。中国企業に対しても「アフガンのためではなく、自分たちのために汗を流す」と述べ、アフガン人を雇用しないその投資手法を批判する。

 ドスト氏が2004年、北部地域で中国企業の開発現場を視察したときのことだ。「技師ばかりか、一般労働者も中国から連れてきていた。何と、中国人の理髪師までいた」と、あきれたように振り返る。

 こうした警戒・不信感が根強く残る中で、「それでも中国のアフガンへの大型投資は増えていく」とサフィ教授は予測する。対テロ戦に苦しむ米国の事情も関係しているというのだ。

 「オバマ米政権は、アフガンにおける中国の経済権益の拡大を容認する考えなのだろう。そうすれば中国も権益擁護の観点から、アフガンでのテロとの戦いに関与せざるを得なくなる」

 治安が悪化したアイナク周辺に昨年、米軍が新たな防衛拠点を設け、「中国権益を米国が守るのか」と、国際社会からも驚きの声が上がっている。

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 アイナク銅鉱山に向かう一本道。道路脇には高射砲の残骸(ざんがい)が放置されている。いくつかの検問所を抜けた後、前方にアフガン人の治安部隊が展開するのが見えてきた。そこで停車を命じられた。

 先導してくれた地方警察の車両がUターンをして戻っていく。治安部隊の男が小銃を手に近づいてきた。

 「引き返すんだ。ここから先は内務省と鉱山省の許可がいる」。有無を言わせぬ口調である。前方の山の向こう側にアイナク村が広がっているはずだった。

 カブールで関係者への取材を進めると、アイナク銅鉱山では約150人の中国人だけではなく、アフガン人も約250人働いていることが分かった。中国は自給自足型の投資手法を改めたというのだろうか。

 治安問題のために各国が尻込みするアフガンの資源開発を虎視眈々(たんたん)と狙う中国。その先兵たる、まだ数少ない中国企業の経済活動は厚いベールに包まれていた。

 これに対し、「アフリカの中でも最もチャイナマネーが浸透している」(外交筋)という、もう一つの問題国家スーダンには、120社を超す中国企業が進出している。その経済活動を追うと、石油利権を確保したはずの中国が直面する新たな“危機”が見えてきた。(藤本欣也)

【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(5)表と裏「2つの顔」使い分け

2010.01.06 MSN産経新聞

スーダン北部のハルツーム製油所。「友好を深め、スーダン国民に利益を」の看板が正門脇に掲げられている 

<中国式「資源」獲得術>

 スーダンの首都ハルツームの北方約70キロ、土漠の先に煙突の炎が見えてきた。

 中国の国有企業、中国石油天然ガス集団(CNPC)とスーダン政府が50%ずつ出資して、2000年に操業を開始したハルツーム製油所である。スーダン国内で消費される石油の8割を供給している。

 取材に応じたスーダン人のアリ・モハムド副所長は、これまでにエジプト、ケニアなど20カ国以上から首脳・閣僚らが視察に訪れた、と胸を張った。

 「この製油所はスーダンと中国の2国間協力の成果を示すものであり、他のアフリカ諸国向けのショーケースでもあるのです」−。

 ハルツーム市内の大統領宮殿近くに、パレス・ミュージアムがある。

 スーダンの歴史を紹介する展示品の中に、日本の兜(かぶと)があったので不思議に思い、説明文を読んで驚いた。ヌメイリ元大統領が中国を訪問したときに贈られた、と記されていたのだ。どこからみても、鍬(くわ)形が付いた日本の兜である。アジアの物はすべて中国製と考えてしまうほど、中国との関係が親密ということなのか。

 ミュージアム最後の展示品こそ、「石油」だった。ハルツーム製油所の操業開始時に精製された記念のガソリン、ジェット燃料などが披露されており、スーダンにおける石油の存在の大きさが視覚的に分かる。

 その石油利権をしっかり握り、政権と良好な関係を築き上げた中国の立場を脅かす事態が起きていた。

              ◇

 ハルツームから約1200キロ離れた南部最大の都市ジュバに、中国の国旗が翻ったのは、08年9月のことだ。中国総領事館が開設されたのである。

 イスラム教徒中心のスーダン政府が1983年、キリスト教徒などの多い南部にもイスラム法を導入しようとして南北間で内戦に突入。約20年間で200万人が死亡したといわれる。

 2005年の和平合意に伴い、来年、南部独立の是非を問う国民投票が行われるのだが、これに中国が危機感を抱いている。中国が権益を持つ石油鉱区が南部に集中しているためだ。

 内戦中、南部の敵だったオマル・バシル大統領を支援してきた中国に対して、「(独立すれば)中国企業との契約は破棄されるだろう」と、反政府軍の元司令官が脅したこともある。

 そこで駆り出されたのが、スーダン進出の中国企業だった。南部地域で道路の舗装工事を行ったり、井戸の掘削事業を展開したりと、ビジネスを度外視した活動に汗を流している。

 中国が06年から南部ワウに平和維持活動(PKO)部隊を派遣しているのも、これと無関係ではない。

 そして、ジュバで五星紅旗を振りかざし陣頭指揮を執るのが総領事館なのだ。ジュバの兵士、ユアル・マジョク氏(28)はこう語る。

 「南部はこれまで中央政府から差別されて開発が遅れていたが、中国は道路やホテル、病院を建設してくれた。良き友人だ」

                ◇

 中国とスーダン合弁のハルツーム製油所の正門脇に、「友好を深め、スーダン国民に利益を」と記された大看板があった。英語とアラビア語で書かれているが、中国語のものはない。

 製油所で奇妙なことに気付いた。「中国」を感じないのである。中国人労働者の姿が見えないのだ。取材に応じたのも、中国人の趙玉軍所長ではなかった。

 どうして「中国」を表に出さないのか。ちょうど南部とは逆の現象である。

 背景にあるのは、経済進出を強める中国への不満がアフリカでも広がりかねないという危機感だ。ハルツーム製油所では、1990年代末、建設工事のために中国が3千人もの労働者を送り込み、スーダン人の雇用を奪ったと批判された。製油所の従業員数も操業開始当初は、約600人のうち7割が中国人だった。

 しかし、今では従業員約1200人のうち「中国人は300人足らずで、スーダン人の方がずっと多い」(モハムド副所長)。アフガニスタンのアイナク銅鉱山でも、アフガン人が中国人以上に雇用されていた。

 「ショーケース」のハルツーム製油所だからこそ、中国色を薄める必要があるのだろう。正門脇の看板も、視察に来た各国要人が理解できればいい−ということなのかもしれない。

 問題国家に硬軟織り交ぜて対処する中国。進出する中国企業はその分、翻弄(ほんろう)されることになる。(藤本欣也)

【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(6)アフリカに響く“凱歌”

2010.01.07 MSN産経新聞

中国江蘇省淮安市内の繁華街に看板を掲げる江蘇中淮建設集団の本社。衣料品店の脇をくぐって抜けたビルの谷間の中庭に、同社の玄関ロビーと駐車場があった(河崎真澄撮影)

 <中国式「資源」獲得術>

 スーダンの首都ハルツームの中心部で今、「タワービル」の建設工事が行われている。粉塵(ふんじん)舞い上がる現場では炎天下、中国人労働者らが黙々と働いている。

 その近くにプラザホテルがあった。一歩、ホテル内に足を踏み入れると、そこはもう「中国」である。

 フロントで働く女性も、コックも中国人。宿泊客の多くも中国人で、ホテル内は中国語が飛び交う。

 このホテルを経営しているのが、江蘇中淮建設集団(本社・江蘇省淮安市)会長の銭増徳氏(46)だ。ホテルの一室にある彼の事務所を訪ねた。

 「今日は朝から釣りをしてきましたよ。釣果? 今晩、ごちそうしましょう」

 笑みを絶やさない銭氏だが、足だけは小刻みに揺れている。悩みは多い。

 スーダン進出の中国企業は約120社。銭氏は現地の中国企業商会の会長も務め、中国大使館から取りまとめ役を任されている。

 江蘇中淮建設集団がスーダンに打って出たのは内戦終結後の2006年。ハルツームの幹線道路や商業ビルなど約20棟のほか、外務省の庁舎を建設してきた。

 最大の悩みは、約50人の駐在社員のやりくりだ。一般に駐在期間は1、2年なのだが、なかなか交代要員を確保できないのだという。

 「5倍の給与を提示しても断った社員さえいました。わが故郷も豊かになったということでしょうね

 現在、駐在社員の中で最高クラスの月給は約3千ドル(約28万円)だという。

                ◇

 想像していた田舎町とは違った。道路やホテル、マンションなどの建築ラッシュで活気にあふれている。

 上海から約400キロ、江蘇省のほぼ真ん中に位置する淮安市は人口約530万人。周恩来の生家があるのが最大の特色という、ごく普通の地方都市である。

 銭氏の出身地は、淮安からさらに100キロ離れた農村だ。トラックを初めて見たのは高校生のとき、村に電気が通ったのは1985年、22歳のときである。

 土、木、草でできた粗末な村の家屋を何とかしたいと思い、南京大学で土木建築を専攻、91年に会社を設立した。「改革・開放」の旗を激しく振ったトウ小平の南巡講話が翌92年。上海が経済発展を遂げていき、淮安にも建設ブームが起き、ビジネスは波に乗った。

               ◇

 スーダンの1人当たりの国民所得(2007年)は960ドル(約8万8千円)。アフリカでは中ぐらいの水準で、2千ドルを超す中国には遠く及ばない。だが、人口に大きな開きはあるものの、インド(950ドル)に匹敵する額だ。

 中国が資源だけでなく、消費市場としてのアフリカの潜在性にも注目し投資している点は否定できない。米誌タイムも指摘する。

 「欧米は貧困というアフリカの底辺に目を向ける。中国は別の側面、つまり中国製のシャツや自転車をすぐに買えるようになるアフリカに着目しているのだ」

 故郷の急成長ぶりとアフリカの将来の発展を重ね合わせてみていた銭氏は、その先駆者の一人だった。1995年、「私の村に以前あったような家屋をたくさん見かけた」というジンバブエに進出。以後、ギニアなど多くのアフリカ諸国でインフラ建設に当たった。

 中国政府も「走出去(外に打って出よ)」政策を掲げて、海外進出する中国企業を優遇したのである。

 ハルツームでも今、建設ブームに火が付きそうな勢いだ。しかし、銭氏は「これからは農業です」と意外なことをいう。もともとスーダンは、ナイル川沿いに肥沃(ひよく)な農地が広がっている。彼はすでに、1平方キロの農場を購入していた。

 銭氏が農業に傾倒する背景にも、やはり中国の政策がある。昨年、中国がスーダンの農業支援の強化を決めたのだ。スーダン進出の中国企業のうち実は8割が国有企業。彼のような一般企業も結局、国家の政策に引きずられるほかない。

 農村出身とはいえ、農業ビジネスは素人の銭氏。最近は早朝、農場を視察するかたわら、農場内の池で釣りをしつつ、思案を重ねるのが日課となっている。

               ◇

 プラザホテルの宴会場で昨年12月のある夜、愛国歌をうなるように歌う中国人外交官がいた。「歌唱祖国」。毛沢東時代の歌である。北京五輪の開会式で美少女の口パクでも話題になった。

 スーダンの中国大使館に通算8年。老外交官はマイクを握りしめる。「五星紅旗が風に翻り 勝利の歌声がこんなにも響き渡る…」

 アフリカの大地に中国の“凱歌(がいか)”が上がるのはスーダンだけではない。(ハルツーム 藤本欣也、淮安 河崎真澄) =第1部おわり

【巨竜むさぼる】第1部 問題国家(番外編)“蜜月”示す象徴も 写真でみる中国の触手

2010.01.11 MSN産経新聞
2010.1. 12:00

カブール市内のアデル氏の自宅に飾られたMCC社長との写真(中央上)など(藤本欣也撮影)

 <中国式「資源」獲得術>

 中国が今、エネルギー、鉱物、食糧、安全保障と、ありとあらゆる「資源」を求めて世界中に触手を伸ばしている。

 1月1日から始まった連載企画「巨竜むさぼる」第一部はアフリカのスーダンとアフガニスタンの2国から、大勢の技術者と巨額の投資マネーを伴って進出した中国企業がいかに現地の政府関係者や有力者に食い込んで、資源を獲得しているかをリポートした。

 街にあふれる廉価な中国製商品、砂漠の中に立つ中国語表記のみの看板、そして、給水活動に当たる中国人民解放軍の軍人たち…。東アジアから遠く離れた国の至る所にも、中国という国の息吹が感じられる。

 アフガンでは、地元の有力閣僚が中国冶金(やきん)科工集団(MCC)の社長と一緒に納まった写真が閣僚の自宅の棚に、大事そうに飾られてあった。この2ショットは、資源利権で結びついた両国の“蜜月”を示す象徴的な写真といえよう。

 街のたたずまいを見れば、すでに中国なしでは、国の活動が成り立たないレベルにまで達しているようにも見える。記者が写した数々の写真は、中国が、チャイナフロンティアの果てを目指し、世界各地に散らばっている姿を如実に映し出している。

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(1)

2010.02.16 MSN産経新聞

「ザンビア人を奴隷扱い」

 「ザクミ」。6月に南アフリカで開幕するサッカー・ワールドカップ(W杯)のマスコットの愛称である。豹をあしらったこのマスコット人形が今、南アで評判が悪い。

 「ザクミの人形って、あまりかわいくないと思っていたけれど…」

 ある在留邦人の女性は、ぬいぐるみの布地に記された原産地を見て(やっぱり)と納得した。「メード・イン・チャイナ」−。

 南アの人々が問題視するのも「中国」だ。「どうして中国で作る必要があるのか。南ア大会のマスコットなのだからここで作るべきではないか」(労働組合)

 しかも、ザクミを作るために中国の工場で10代の子供らが酷使されているとしたら−。1月末、英紙のすっぱ抜きで、約500人の労働者が寒さにふるえながら連日、13時間労働に耐えている状況が明らかになった。1日の賃金はわずか270円相当。2週間働かないと、自分たちが作るぬいぐるみを買えない計算だ。

 南アの地元紙にはその後、「W杯はわが国民に利益をもたらすものではなかったのか…」「何たる恥辱…」との投書が相次いで掲載され、「不買」を呼びかける声さえ上がっている。

 こうした「地元にカネが落ちない」「労働条件が劣悪だ」といった不満は実は、資源を求めて中国が進出を続けるアフリカに共通ともいえる声なのである。

             ◆◇◆

 銅や石炭の資源で知られるザンビア。首都ルサカから車で約5時間、コッパーベルト州の銅鉱山の街、チャンビシに入ると異様な雰囲気に包まれた。

 所在なげにたむろする若者たちがジロリとにらむ。どの視線も険しく、突き刺さるようだ。車を止めたら襲われそうで、まるで野犬から逃げるようにでこぼこ道を進む。チャンビシには中国企業が開発する銅鉱山があり、記者(藤本)を中国人と思ったのだろう。

 世界不況が進んだ2008年、銅の生産に依存するザンビア経済も危機に陥った。銅の国際価格の下落がさらに進み、ひところの3分の1にまで落ち込んだのである。こうした国家の非常時に救いの手を差し伸べたのが中国だった。

 チャンビシの隣町、ルアンシャで経営が行き詰まっていた銅鉱山企業を中国企業が買収。地元労働者の雇用を守り、社会不安の拡大を防いだ。国営紙、タイムズ・オブ・ザンビアは手放しで称賛した。

 「中国の投資で銅鉱山の操業が再開にこぎ着けたのは、(わが国の経済にとって)どんなに強調しても足りないほど重要なことだ」

 それなのに、「中国」に対するこの風当たりの強さは何なのか。

 野党指導者で、次期大統領の有力候補と目されるマイケル・サタ氏(72)にルサカの事務所でインタビューした。反中感情のわけを問うと、当然じゃないかとばかりに言い放った。

 「中国はザンビア人を雇用しても、その扱いがひどい。奴隷なみだ。だから嫌われるんだ」 

政治問題化した「中国」

 雑草に覆われた46の墓石が寄り添うように並んでいる。ザンビア北部、コッパーベルト州チャンビシ。中国企業、中国有色金属建設(NFC)の銅鉱山に通じる道路脇に墓地はあった。

 2005年4月20日午前10時ごろ、NFCの敷地内で工場が爆発、炎上した。銅鉱山で使用する発破を製造する工場だった。犠牲者は46人に上ったが、すべてザンビア人である。

 遺族の家を訪ねた。

 「どうして中国人は一人も死んでいないの? 爆発の原因は中国側の管理にあるのに…」と訴えるのは、21歳の息子を亡くした母親、ベナダト・シンベエさん(56)だ。

 生存者のガディソン・ルカンダ氏(40)によると、工場では利益を上げるため、2種類の異なる発破を同時に作っており、危険性を指摘する声は以前からあった。爆発時、工場長を含め、中国人は一人も工場にいなかったという。

 シンベエさん遺族は中国側から4700万クワチャ(約94万円)を受け取ったが、補償金としては額が少なすぎると、裁判で争っている。

 06年にはNFCの正門前で、賃上げを求める労働者のデモに警官隊が発砲する事件も起きるなど、いざこざが絶えない。

 NFC側に取材しようと思い、銅鉱山に向かった。正門でカメラを構えると、ザンビア人の警備員がすっ飛んできた。ちょうどその3日前に、鉱山内でガス漏れ事故が起きたばかりで、構内はピリピリしていた。

 チャンビシでNFCの元従業員に話を聞くと、不満が次から次へと出てくる。

 「設備の機械が中国製で、使用方法について中国語でしか書かれていない」「ヘルメットやマスクの支給は中国人が優先される」

 人口約1万6千人のチャンビシの外れに、高い塀で囲まれた一角がある。銅鉱山で働く中国人数百人が寝泊まりしているという。街とは完全に隔絶され、周囲に人影は全くない。まるで監獄のようだった。

            ◆◇◆

 ルサカ市内を車で走っていると、聞き覚えのある、だみ声がラジオから聞こえてきた。サタ氏である。ラジオ番組に出演していた。

 「銅鉱山の富が国民に平等に分配されているといえるだろうか」「中国は自分のためだけでなく、ザンビア人にも利益をもたらすように投資すべきだ」

 アフリカ諸国の中でも、中国批判がこれほど声高に叫ばれる国は珍しい。

 ザンビアの著名エコノミスト、チバンバ・カニャマ氏(45)は「『中国』が政治問題化してしまったことが大きい。また、福利厚生や安全基準を無視した中国企業も後を絶たず、拍車を掛けた」と指摘する。

 1月には、南部の炭鉱で中国企業が政府から一時閉鎖を命じられている。コレラが流行するなど労働環境が劣悪だったためという。

 ザンビアでは来年、大統領選が行われる予定だ。過去2回(06、08年)の選挙でサタ氏はいずれも小差で敗れた。しかし、今回は野党間の共闘が成立し、サタ氏が当選する可能性も取りざたされている。

 06年の選挙では、チャンビシの事故が起きた後でもあり、「中国」が争点の一つとなった。

 サタ氏は「日本の方が中国よりわが国に貢献している」と主張。さらに「私が当選したら中国資本を追い出す」とまで語ったと盛んに報じられた。

 これに対し、駐ザンビアの中国大使館も黙っていなかった。投票直前、サタ政権が誕生すれば国交を断絶する可能性を示唆した。

 「中国はザンビア人を脅したつもりだろうが、(国交断絶で)困るのはザンビアで暮らす中国人たちだ。中国の代わりはいくらでもある」とサタ氏は当時を振り返り、ニヤリとした。

 「私が来年の選挙に勝ったら、もちろん日本との経済協力を進めたい−」

               ◇

 冒頭のザクミ騒動に対し、南アの中国大使館は地元紙を通じて反論した。

 「中国において勤勉は美徳である。中国の発展への嫉妬(しっと)から、いつでもこうした非難をする輩(やから)はいる…」(藤本欣也)

               ◇

 中国の独り勝ちのようにみえるアフリカだが、実際に各国を回ってみると、政府を巧妙に取り込んで資源を獲得する一方、地元との間にはさまざまな摩擦やあつれきが生じ、中国への反感もふくらんでいた。本連載の第2部では、中国の過剰なまでの自信とは裏腹の現実の一端をアフリカから報告する。

【用語解説】ザンビア

 アフリカ南部に位置し、人口約1200万。大統領制。2007年の国内総生産(GDP)は113億ドル(約1兆170億円)で、1人当たりの国民総所得は800ドル程度。06年の銅生産量は47万6千トンと世界第10位。

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(2)

2010.02.17 MSN産経新聞

ザンビア建国の父、カウンダ氏。事務所には毛沢東との会談写真などが飾られていた

新植民地主義で何が残る

 その中国人女性は、宿泊客から「マダム」と呼ばれていた。一癖も二癖もありそうな江蘇省の宝石仲買人も山東省の建設業者も畏敬(いけい)の念を込めて、そう呼ぶ。マダムの名声が高まったのは昨年12月末のことだ。

 ザンビアの首都ルサカ市内で経営する簡易ホテルに朝9時ごろ、2人組が押し入った。彼女は棒で一撃され、額が割れた。それでも2丁の包丁を手に取って反撃。結局、男らは何も取らずに逃げたという。血の海に倒れたマダムは8針縫う重傷を負ったのだった。

 記者(藤本)がチェックインしたとき、彼女はそんな話は一切しなかった。それもそうだろう。白昼、強盗に押し入られるようなホテルだと、商売にならない。

 ザンビアでは中国人を狙った強盗事件が急増中だ。昨年、少なくとも2人の中国人が殺害されている。

◆◇◆

 ルサカ中心部にある国立博物館。少ない展示品の中で、1台の黒い自転車が目にとまった。説明書きに、『UNIP(与党、統一民族独立党)が1968年ごろ、党勢拡大のために支部組織に送った自転車』とある。隅々まで地元を回れ、ということだったのだろう。その自転車は上海製だった。

 64年に英国から独立したザンビアの初代大統領(64〜91年)、ケネス・カウンダ氏(85)を市内の事務所に訪ねた。カウンダ氏はUNIPの一党支配体制を築き上げ、社会主義的政策を進めた。共産中国との関係も親密だった。

 「中国や旧ソ連はタンザニアを拠点に、アフリカ南部各国の独立派メンバーらの軍事訓練や武器支援をしてくれた」と明かす。

 カウンダ政権は、アパルトヘイト(人種隔離)政策を取る南アフリカと激しく対立。70〜80年代に南ア軍の空爆を受けるに至った。その非常時に手を差しのべたのも中国だったという。

 「何と中国は戦闘機19機をザンビアに提供してくれたのだ。私自身、驚いた。防空態勢の強化にどれだけ役に立ったかわからない」

 内陸国ザンビアにとって生命線といえる、インド洋に面したタンザニアまでの鉄道建設の際も、カウンダ氏が毛沢東に直談判すると数千人の中国人労働者を派遣してくれたのだという。氏に博物館で撮った自転車の写真を示した。よほど懐かしかったのか、身を乗り出して自転車に見入った。

 「全部で100台以上はあった。中国の援助だったかは覚えていないが、戦闘機を送ってくれたぐらいだから自転車なんて訳もなかっただろうよ」と笑った。

 世界有数の銅鉱山を抱えるザンビア。“自転車から戦闘機まで”の特別な対中関係史も、中国の経済進出を容易にしている。そして、中国がザンビアの富を手にすればするほど国民の視線は厳しくなっていく。

◆◇◆

 ザンビアとジンバブエはかつてローデシアと呼ばれた。南アのダイヤモンド・金の採掘で巨利を得た英国の政治家、セシル・ローズ(1853〜1902)の国という意味である。植民地統治権を有していた英国の南アフリカ会社を率いて、この地に君臨した。

 ローズの死後、遺言により、ローズ奨学金制度が設立され、毎年、優秀な人材が英オックスフォード大で学んでいる。クリントン元米大統領もその一人だ。米国人が多数を占めるものの、南アやザンビア、ジンバブエ出身者も恩恵に浴している。ローズは帝国主義者として知られたが、世界で最も名誉があるといわれる奨学金制度を残した。

 ザンビアの野党指導者のマイケル・サタ氏(72)は、資源獲得を進める中国に対し「ザンビア人を劣悪な労働環境下に置き、自らの利益しか考えない新植民地主義だ」と批判し、こう疑問を投げかける。

 「ザンビアの植民地時代にも遺産と呼べるものはあった。英語という共通言語がその一つだろう。今度は(中国の新植民地主義で)何が残るというのか−」

◆◇◆

 マダムと呼ばれた女性、彭麗さん(41)が北京からルサカに来たのは4年前である。ザンビアでの投資を知人に持ちかけられ、貯金していた6万ドル(約540万円)を市内のカジノホテルに出資、以来、ホテル、レストラン、不動産などに積極投資している。

 「ザンビアをどう思うかって? 私はビジネスが好きなだけ。だから別にこの国でなくても構わない」

 独り身という彼女は賊に襲われてなお、商売に余念がない。アフリカには、こんなマダムが無数にいる。(藤本欣也)

巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(3)

2010.02.18 MSN産経新聞

洗濯物花盛りの長屋式宿舎から昼食に向かう中国人労働者たち

民間の背後、うごめく別動隊

 アンゴラが世界に知られるようになったのは、原油と内戦のためばかりではない。首都ルアンダの渋滞のひどさと宿泊料金の高騰ぶりも大いに貢献している。

 市街地までは車の数珠つなぎだ。日本製、韓国製のほか中国製の新車も多い。歩道を歩くアンゴラ人と抜きつ抜かれつの競争となり、しかも負ける。猛暑の中、エアコンのない車内では頭がもうろうとしてくる。

 人口100万人の受け入れ能力しかないルアンダに、国内総生産(GDP)の8割が集中、700万人以上が暮らす。インフラ整備が追いつかないのだ。

 海に向かってヘリコプターが飛んでいく。沖合にアンゴラ経済を支える油井が広がる。海底にあるマネーの源泉を目にすることはないが、異常な価格設定で、それを実感できる。普通の3つ星ホテルが一泊330ドル(約3万円)〜。もともと宿泊施設が少ないところに、アンゴラの資源に注目した世界のビジネスマンたちが集まってくるのだ。

 渋滞のひどさと宿泊料金の高騰はアンゴラ経済のバロメーターでもある。火をつけたのは中国だった。

□ □

 ルアンダ近郊にある中国国有企業、中国江蘇国際公司(本社・南京)を訪ねた。

 1980年に設立され、貿易から不動産開発まで幅広く事業を展開する。アンゴラ進出は99年。内戦終結(2002年)前である。100社を超すアンゴラの中国企業の中でも、パイオニアとして、別格の存在だ。

 2000年にアンゴラに赴任した辜永興社長(36)は「石油とダイヤモンドのために来たのに、最初は仕事がなくて、農園で野菜を栽培しスーパーで売っていた」と苦笑いする。

 02年以降、欧米諸国がアンゴラの石油収入とその使途が不透明な点を問題視し援助を手控える中、内政不干渉の姿勢で触手を伸ばしてきたのが中国だった。

 計45億ドル(約4050億円)を融資する見返りに、中国向けの石油供給などを確保。道路整備、港湾修復、住宅建設といった復興事業を中国企業が受注していった。大量の労働者が中国から送り込まれ、アンゴラに住む中国人は現在、20万人ともいわれている。

 アンゴラは、中国にとってアフリカ最大の貿易相手国となり、中国が輸入する原油の16%が、アンゴラ一国から調達されている。

 中国江蘇国際公司も省庁ビルや大学、サッカースタジアムなどの大型建設事業を次々と受注。約2500人の中国人労働者が同社施設に起居しながら働く。

□ □

 ルアンダ中心部に黄色い25階建てのビルが建つ。夜になると、その壁面にネオンが点灯、アニメのキャラクターなどを映し出す。

 中国国際基金有限公司(CIF)。2003年、香港に設立された投資会社で、アンゴラにおける中国の民間投資を主導し、これまでに少なくとも98億ドル(約8820億円)を融資してきた。だが、アニメのソフトイメージとは対照的に謎の多い組織である。

 09年10月、アンゴラ石油公社との合弁会社を通じてギニアに投資すると発表した。投資規模は、ギニアのGDPを大きく上回る70億ドル(約6300億円)。ギニアは、08年末にクーデターで軍事政権が樹立され、欧米の非難を浴びていた。

 ボーキサイトなどが豊富なギニアへの巨額投資は、支援を通じて問題国家、スーダンから資源を獲得していった中国のやり方をほうふつさせるものだ。

 国際社会の懸念に対し、中国外務省は「CIFは民間企業で単純なビジネス行為」と、政府の関与を否定した。が、米議会の調査機関、米中経済安保調査委員会の報告書によると、CIFの羅方紅理事長は国有企業、中国石油化工(シノペック)の関係者だという。

 業界では、CIFを「アフリカでの資源獲得を円滑に進めるための政府の別動隊」とみる向きが多い。

× ×

 蜜月のようにみえるアンゴラと中国の関係に、実は異変が起きていた。

 「アンゴラが中国に初めて『ナォン』(ノー)と言ったのだ」(有力政治家)。一体、何があったのか。(ルアンダ 藤本欣也、北京 矢板明夫)

【用語解説】アンゴラ

 人口約1700万。石油やダイヤモンドなど資源が豊富。サハラ砂漠以南のアフリカではナイジェリアと並ぶ主要産油国。1975年にポルトガルから独立。2002年、27年続いた内戦が終結。公用語はポルトガル語。

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(4)

2010.02.21 MSN産経新聞

北朝鮮が建設工事を行ったルアンダ市内の記念塔。一帯に大統領宮殿や議会、最高裁を移転させる計画もある

 その無機質なモニュメントは、アンゴラがかつて社会主義国だったことを思い起こさせた。1979年に没したネト初代大統領の記念塔である。首都ルアンダの海岸近くに、そびえ立っていた。

 建設したのはアンゴラでもなければ、同国と関係の深い中国でもない。記念碑作りには“定評”のある北朝鮮だった。「旧ソ連が途中でほうり出した事業を引き継いだ」(外交筋)という。ほぼ完成したためか、作業員の姿はなかった。

 「われわれはアンゴラの独立を世界で2番目に承認した。時差の関係でブラジルには負けたがね」

 ルアンダ中心部のベトナム大使館。ファム・チエン・ニエン大使(59)はアンゴラとの特別な関係を強調した。アンゴラ在住のベトナム人は5千人に達し、支援の一環として数多くの医師や教師が地方に派遣されているという。

 アンゴラは75年に、社会主義国としてポルトガルから独立した。その後の内戦ではソ連、キューバなど旧東側陣営がネト政権を支援し、米国と南アフリカが反政府組織を後押しした。

 当時、アンゴラで盛んに使われた呼びかけの言葉に、「カマラーダ」(同志)というポルトガル語がある。確かに、北朝鮮やベトナムはアンゴラの「カマラーダ」だった。中国はしかし、中ソ対立の影響もあって大きな貢献をしておらず同志としては影が薄い。

 「カマラーダ」は支援をするだけではない。ニエン越大使によると、昨年末、国営石油会社、ペトロベトナムの社長が来訪したという。ベトナムはアンゴラの石油のほか、豊富な天然ガスにも関心を示している。

      □ □

 アンゴラ政府は、石油収入とその使途の透明化を求める国際通貨基金(IMF)など、国際社会の声を無視してきた。資金援助をしてくれる中国という後ろ盾があったからだ。

 「その代わり、アンゴラは悪い条件を飲まされてきた」。ルアンダにある名門、カトリック大教授(経済学)のピント・アンドラーデ氏(60)はそう語る。

 中国が受注した工事では市場価格より高い中国製資材を甘んじて受け入れてきたアンゴラに、転機が訪れる。2008年、中部ロビトに製油所を建設する合弁事業でアンゴラと中国との間の協議が決裂したのだ。

 アンドラーデ氏によると、中国側が油の対中輸出分をもっと増やすよう要求、国内向けの供給を重視するアンゴラと折り合いが付かなかったのだという。

 「大統領ファミリーや軍、与党、政府の特権的幹部らが欧米とのビジネスを望んでいる。中国だけではなく、欧米からもワイロを得ようと狙っているのだ」

 アンゴラが中国と距離を置き始めていると指摘するアンドラーデ氏は、その背景をこんな風に説明してみせた。

 象徴的だったのは、アンゴラ政府が昨年11月、IMFの融資受け入れでIMF側と合意したことだった。国際社会との関係改善に向けた、アンゴラ側のシグナルと受け止められた。

 クリントン米国務長官も昨年8月、アンゴラを訪問し、アンゴラ財務省に米側専門家が出向することになったという。オイルマネーの透明化に向けた第一歩と期待されている。

     □ □

 変化の波は日本にも押し寄せた。昨年末、アンゴラの地質鉱山省が日本大使館に協力を求めてきたのだ。鉱物資源開発の国家計画を策定・実施するに当たり、資源調査などに協力してくれないか−という要請だった。ブラジル、ロシア、スペインにも同様の協力が打診された。

 越川和彦大使(53)は、中国がその中に含まれていないことを知り、「アンゴラ政府はリスクの分散を図ろうとしているな」とみた。

 手つかずの鉱物資源の調査に最初からかかわることができる好機である。積極協力する意向を伝えた。

 「中国や欧米のように、日本もアンゴラを資源が眠るビジネスチャンスの場として、有望な市場としてとらえるべきだ」。大使はアンゴラ側の変化の機会を逃してはならないと訴える。

 石油、ダイヤモンドのほかにも、アンゴラは多くの資源を抱えている。「北部地域の銅、南部のウランも有望だ」という地質鉱山省のルイス・アントニオ国際協力局長。「さまざまな国がこの資源開発計画に関心を示している」と強調することも忘れなかった。

 ポルトガル語圏をはじめとする欧米諸国、そして「カマラーダ」。アンゴラは決して中国一辺倒ではない。 (藤本欣也、写真も)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(5)

2010.02.20 MSN産経新聞

台湾の中華庭園の中で壊されずに残った門。伐採された木々の残りを住民らがかき集めていた=リロングウェ

 ■台湾親善つぶす“先行投資”

 「中国から囚人が大量に送り込まれて、日夜、重労働させられている」。マラウイの首都リロングウェに、こんなうわさが広まったのは最近のことだ。

 リロングウェでは現在、国会議事堂、国際会議場、五つ星ホテルの大型建設が急ピッチで進む。施工しているのはいずれも中国企業だ。しかも労働者は中国人ばかりで、黙々と長時間労働に耐えている。きっと懲役で働かされているに違いない−こうした思い込みが独り歩きしたのだろう。

 3つのうち、国際会議場と五つ星ホテルの建設場所は官庁街にほど近い。ある在留邦人が昨年12月、その予定地を車で通過していて、あっと驚いた。

 確か昨日までここには森林があったはずだ。それが今、数百メートル四方にわたり木々が伐採され、更地になっている。たった一夜で森林が伐採されてしまった…。

 「環境保護団体が騒がないうちに事を済ませようと思ったのだろう」。地元ではこうした見方が多い。

 1月下旬、その伐採地を訪ねた。遠くに中華門が1つだけ残っていた。近づいてみると「TAIPEI GARDEN」とある。何と、この地には1986年に台湾によって整備された中華庭園があったのだ。

 マラウイは独立後、台湾との外交関係を維持してきたが、2007年12月、電撃的に中国と国交を樹立。台湾と断交した。中国本土より中国人が大挙押し寄せてきたのはそれからだ。

 そして中国は今、台湾とマラウイの親善の象徴だった中華庭園を壊し、マラウイ初の五つ星ホテルを建てようとしているのである。

              ◇

 中国人の労働環境はどうなのか。ユヌス・ムッサ労働相(50)に聞いた。労働相は“中国人懲役説”を笑い飛ばし、「働いているのは中国人ばかりだというが、国会の建設現場ではマラウイ人も400人雇用されている」と指摘した。

 さっそく国会に向かった。安徽省の業者が施工する建設工事の大半が終了、中国人労働者は現在、数十人程度という。昼休み、マラウイ人の労働者たちが構内から続々と出てきた。

 賃金を聞いてびっくりした。午前7時から午後5時半まで働いて(昼休み2時間)1日250クワチャ(約150円)〜。時給20円以下の世界である。

 市場では卵1個30クワチャ(約18円)、国産たばこが1箱150クワチャ(約90円)、マニキュア1個が1日の賃金と同じ250クワチャで売られていた。

 夜、町はずれに住む男性労働者(32)の自宅を訪ねた。裸電球がともるだけの居間に、母親と妻子ら家族5人が集まっていた。

 電気技師の彼は1日500クワチャ(約300円)もらっている。残業、休日出勤を重ねて毎月の収入は1万5千クワチャ(約9千円)ほど。ちょうど自宅家賃と同じ額で、食費は母と妻の労働に頼っている。

 「賃金は5年以上も前の水準。中国人は英語がわからないので、私たち現場の要望が伝わらないのです」 そこで昨年10月、賃上げを求めてストライキが実施されたのだと明かした。異例の事態は1日で終わったが、工事現場のマラウイ人労働者の8割ほど、約300人が参加したという。

 ただ、ムッサ労働相によると、マラウイの都市部の法定最低賃金は1日117クワチャ(約70円)で、中国企業の賃金は法律に違反しているわけではない。

 中国の林松添大使は昨年、これほど中国がマラウイを支援しているのに「マラウイ人は感謝していない」と失言、物議を醸したことがあった。大使がついもらした本音は、マラウイ人の間に不満が広がっていることの裏返しでもある。

               ◇

 なぜ、中国は小国マラウイにここまで投資するのか。台湾の勢力圏を駆逐しようという中国外交の一環とする見方のほか、今後の資源採掘が期待される同国への先行投資とする意見もある。実際、マラウイでは09年から、北部の鉱山で年1500トン規模のウラン採掘が始まり、輸出額は全体の2割を占めるという。

 そして今年、アフリカ連合(AU)の議長に就任したのがマラウイのムタリカ大統領だ。これからAU関連の資金が必要になるマラウイに対し、中国がさらに影響力を強めようと動いてくるのは間違いない。(藤本欣也)

               ◇

【用語解説】マラウイ

 北海道と九州を合わせた面積に約1300万人が住む。農業が国内総生産(GDP)の40%を占め、国民の半分が1日1ドル以下で暮らすとされる。1964年に英国から独立。

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第2部 親中の現実(6)

2010.02.21 MSN産経新聞

旧正月の飾り付けが通りを彩る南アの中華街。警備車両(手前)がパトロールに当たっていた 「実はね、ぼくも中国に招かれたんだ」

 マラウイの首都リロングウェにあるブランタイア新聞社。英字紙マラウイニュース(約4万部)などを発行する同社のディクソン・カショティ支局長(43)はこう“白状”した。

 2007年末の中国との国交樹立後、マラウイに押し寄せた中国人は2万人以上とみられている。その急激な流入により、地元にどんな影響が出ているのかを取材しようと思って、同社を訪ねたのだった。

 その際、中国語で書かれた書物が1冊、逆さまに書棚に並んでいるのを見つけた。「上下が逆ですよ」と指摘すると、「中国語が分からないのに買ったのでね」と苦笑いしながら、昨年4月に自分を含むマラウイの記者12人が中国に招待されたことを明かした。

 旅費・宿泊費は無料。小遣いも計200ドル(約1万8千円)支給されたという。2週間かけて北京、広州、深●(=土へんに川)を回った。

 「中国側の担当者が強調していたのは、『かつての貧しい国がいかに豊かになったかを見て回り、お国の発展に役立ててください』ということだったかな…」

 中国政府は国交樹立後の2年間で、記者、大臣、議員、軍人、警官ら235人のマラウイ人を中国に招待したのだという。さらに、趣味の悪い冗談かと思ったが、3人の記者がジャーナリズムを勉強するため中国に留学しているらしい。

 中国のこうした広報活動、つまり“再教育”の試みはむろん、マラウイに対してだけ行っているのではない。資源獲得をはじめとする国家政策は、この種のさまざまなソフト戦略によっても支えられている。

     □ □

 リロングウェ市内のオールドタウンと呼ばれる商店街。最近、インド系と中国人のビジネス摩擦が起きていると聞いて、インド系の衣服店を取材した。

 マラウイには英領時代、インド人が鉄道建設などに従事するため渡来。主に商業分野に根を張ってきた。

 「質は悪くても安ければいいという風潮が定着すれば、質にこだわってきたわれわれは生き残れない」

 インド系3世の男性経営者(32)によると、中国人の参入で店の家賃が急騰、3倍に上がったという。

 カショティ支局長も「さまざまな価格の、多様な商品というものをマラウイ人は初めて体験している。もはやインド商店がなくなっても困らないだろう」と指摘する。市内には、中華料理をメニューに加えたインドレストランも出現した。

 中国が資源獲得に乗り出す際、進出するのは関連の国有企業だけではない。ビジネスチャンスを求めて飲食業、卸売り・小売業を営む中国人たちも追随し、価格の安さをアピール、地元社会に新たな価値観を植え付けていく。スーダンやザンビアでも同様だった。

 アフリカの一部で中国によるグローバル化が進行しているといっていい。

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 南アフリカ共和国の中心都市、ヨハネスブルクに、アフリカ最大の中華街がある。

 ブルマ地区という旧白人居住区に中国人の姿が目立つようになったのは、1994年の黒人政権誕生後だ。通りを挟んで中国の商店街が広がっている。

 この中華街で最近、繁盛している商売の1つが警備・治安関連のビジネスだ。遼寧省の出身者らが昨年5月に創業した玄龍保安公司の事務所には、各種防弾チョッキが陳列されていた。

 瀋陽出身の女性従業員によると、売れ筋は3500ランド(約4万2千円)のタイプ。「刃物による攻撃から身を守り、基本的な防弾装備も整っている」という。

 仕入れ先は、瀋陽にある中国人民解放軍の関連企業だ。顧客は中国人が中心で、月に100着以上の引き合いがあることも少なくない。南ア以外からも問い合わせがあるという。

 ヨハネスブルクは、世界で最も治安の悪い都市として知られる。同時に、南アにはアフリカで最多の中国人が暮らし、その数は30万人を超すともいわれる。

 自衛策を講じるのはもちろん中国人に限らない。ただ、中国企業の進出や中国によるグローバル化の浸透に伴い、地元住民の間に反中国感情が高まったり、摩擦、あつれきが起きたりしている状況は、これまで紹介した通りである。

 中国人の間で護身グッズへの関心が高まっているのも、中国のアフリカ進出がもたらした副産物といえるのかもしれない。そして結局ここでも、マネーは地元に落ちるのではなく、中国に流れていくのだ。 (藤本欣也、写真も)    =第2部 おわり

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(1)

2010.04.02 MSN産経新聞

パキスタン南西部のグワダル港。ペルシャ湾に近い要衝で、中国の支援により開港した

のどかな港が要衝に

 コバルトブルーの海、風や波の浸食によって削り取られ、そびえ立つ白い砂岩の壁。山岳地のパキスタンのイメージとは大きくかけ離れた、地中海の雰囲気を漂わせた風景に驚いた。

 パキスタン南西部バルチスタン州の港町グワダル。

 湾内には数多くの小舟が浮かぶ。浜では漁師が手作りで船を造っていた。町の道路をロバに引かれた荷車が走る。3月中旬に訪れたグワダルには、ゆったりとした時間が流れていた。

 しかし、世界の石油タンカーが出入りするホルムズ海峡に近い戦略的要衝で、周辺には地下資源も眠る−そんなグワダルが中国にとって、「真珠の一粒」に映らないわけがなかった。

 「真珠の首飾り」戦略−。パキスタン、スリランカ、バングラデシュ、ミャンマーなどインド洋沿岸国の港湾建設を積極支援する中国の海外戦略を指す。これらの港湾を“真珠”にたとえると、ちょうど、インド亜大陸を取り囲む“首飾り”のように見えるのだ。

 中国が拠点作りを進める理由としてはまず、資源エネルギーの供給元である中東・アフリカ諸国から中国に至る海上交通路(シーレーン)の安全確保がある。

 一方で、これらの港湾施設の一部は軍艦艇の燃料補給や修理も可能とされ、空母を備えた外洋型海軍を目指す中国の軍事拠点にいつか化けるのでは−との懸念も国際社会には根強い。

 こうした中、中国の支援で3年前に開港したものの、これまでベールに覆われていたのが要衝グワダルだった。

ルート確保へ巨額資金

 パキスタン南西部グワダルの港湾建設計画は、1992年に当時のシャリフ首相がぶち上げた。

 だが、グワダルの港湾関係者によると、パキスタン政府は資金調達のめどが立たなかったため、「常に資金援助をしてくれる国を探していた」という。

 そこに2001年5月、パキスタンを訪問した中国の朱鎔基首相(当時)が、グワダル港整備への支援を約束。02年3月には正式な支援内容などが決まり、計画は実現に向けて一気に動きだした。

 01年9月11日の米中枢同時テロを機に、アフガニスタンやパキスタンで影響力を強める米国の存在が、中国の動きに拍車をかけたのは想像に難くない。

 第1期工事の総額は2億4800万ドル(約230億6千万円)。そのうち、パキスタン政府の負担は5千万ドルだけで、残り1億9800万ドルは中国が無償供与と借款などで提供した。

 工事は中国港湾工程公司が受注し02年に着工。04年には突然、水深(12・5メートル)を2メートル深くすることが決まり、中国が追加支援して07年、開港にこぎ着けた。さらに停泊所を拡張・整備する計画や、石油貯蔵施設の建設計画などもある。

 「パキスタンと中国両政府の思惑が一致したのがグワダル港建設だった」

 グワダル在住のパキスタン人ジャーナリスト、ナシール・ラヒム氏は、港湾建設計画をこう表現する。

 中国にとって頭痛の種は、米国の影響力が強く、有事の際には封鎖されかねないマラッカ海峡だ。同海峡を通過せず、中東やアフリカで調達した資源エネルギーを中国まで輸送できるルートを一つでも多く確保する必要があった。

 そこに、ペルシャ湾に近い戦略的要衝なのにパキスタン政府の支援が行き届かず、発展から取り残されたバルチスタン州グワダルがあったというわけだ。

 グワダルの北東2500キロ先には中国新疆ウイグル自治区カシュガルがある。パキスタン側の説明によると、同国と中国政府は、グワダルと新疆ウイグル自治区を結ぶ道路の拡幅や鉄道整備について検討中だ。パイプラインを通じてイラン、カタールの石油、天然ガスを同自治区まで運ぶ計画も取りざたされている。

 バルチスタン州はパキスタン国土の4割を占めるほど広大だが、人口は全体のわずか5%。英領インドからパキスタンが分離独立した際に、バルチスタンのそれぞれの藩王国も英国からの独立を表明したものの、パキスタンに併合されてしまった。それ以降バルチスタンでは50年以上にわたって独立運動が続いている。

 実際、グワダルでパキスタン国旗を見かけることはほとんどない。市場の店頭には、バルチスタンの独立を掲げる武装組織のポスターが堂々と張られている。

 このような政府と住民の緊張関係は生活に跳ね返る。バルチスタン州はパキスタン国内でも貧困世帯が特に多くインフラ整備が遅れている。グワダルでも電気や石油を隣国イランから購入しているありさまだ。

 パキスタン側には、中国マネーによる港湾整備などを通じて、こうした地元の不満をやわらげようという思惑があったわけだ。

 「グワダル港は百パーセント商業港で将来、中国による軍事的利用はありえない」

 グワダル港の管理に当たる連邦政府・グワダル港湾局の運営部長で、元海軍艦長のアブドュル・ドュラニ氏はこう断言する。

 だが、純粋な商業港としては疑問符が付く。07年3月の開港以来、今年1月現在までに入港した83隻はすべて、パキスタン政府がらみの船舶だった。

 ジャーナリストのラヒム氏は「自分が作った店に、両親が買い物にくるようなものだ」と苦笑し、「どこが完全な商業港なんだ」と指摘する。

 しかも、政府による再三の要請にもかかわらず、商業港を自称するグワダル港にはいまなお、海軍が居座っているのだ。

 中国は資源エネルギーの獲得だけではなく、輸送路の防衛にも躍起となっている。第3部では港湾整備の現状や、インド洋沿岸から昆明までのパイプライン建設、そして中国内陸部の資源事情について報告する。(田北真樹子)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(2)

2010.04.03 MSN産経新聞

左右を湾に挟まれるグワダル(田北真樹子撮影)

 ■テロ標的…中国人消えた

 3月中旬に訪れたパキスタン・バルチスタン州のグワダル港は、閑古鳥が鳴いていた。中国の支援で2007年に開港したグワダルはペルシャ湾に近く、交通・戦略上の要衝として知られていただけに意外な感じがした。

 船舶が最後に入港したのは昨年末。次の船の入港は未定だった。そんなグワダル港でも、将来的には自由貿易区として整備しようという構想がある。計923ヘクタールという広大な規模の計画だが、現在、土地の接収で問題が起きている。

 3月上旬、グワダルの新聞に、パキスタン海軍と沿岸警備隊を批判する抗議広告が載った。広告主は、グワダル港の管理を担当する連邦政府・グワダル港湾局(GPA)。海軍と沿岸警備隊が土地を“不法占拠”し続けているためだった。

 GPAによると、グワダル港周辺に駐屯していた海軍と沿岸警備隊は05年、政府の指示によって、土地をGPAに明け渡すよう求められた。それにもかかわらず、いまなお居座り続けているありさまだ。

 地元行政官はぼやく。「パキスタンでは軍のやることは誰にもわからない。政府の指示さえ無視できる。中国とだってどんな合意があるかわからない…」

             ◇

 02年、中国がグワダルの港湾建設への資金提供を表明してから、のんびりとした町に中国人があふれるようになった。

 めざましい経済発展をとげる中国の大型プロジェクトとあって、人口約12万のグワダルの町はおよそ2万人相当の雇用創出につながると歓迎ムードに包まれた。だが、ぬか喜びに終わることを住民が知るのに、時間はかからなかった。

 例によって、中国は労働者を中国本土から連れてきたのだ。技術者の中国人は約450人。さらに、それ以外の単純労働者も押し寄せた。グワダルの行政担当者は「一時期は3千人ぐらいの中国人労働者が定住していたのではないか。グワダルが“リトル・チャイナタウン”になったほどだった」と、当時を振り返る。

 住民たちの不満をよそに、中国人労働者は町中を自由に行き来し、市場で買い物をしていたという。

 しかし04年5月を境に、中国人労働者はばったりと町に出なくなった。

 グワダルで中国人技師らの乗ったバスが爆発、中国人3人が死亡したのだ。バルチスタン州の独立を求める「バルチスタン解放軍」(BLA)が仕掛けた爆弾が爆発したとされている。

 中国側は以後、中国人労働者の外出を制限。グワダル港の敷地内に塀をめぐらせた居住区をつくって、その中に労働者を住まわせた。そして05年3月に港湾整備の工事が終わると、あっという間に町から中国人の姿が消えたのである。

                ◇

 グワダルの北方、アフガニスタンとイランとの国境近くにサインダック銅鉱山がある。採掘権をもっているのが中国企業だ。

 03年6月に採掘が始まった銅鉱山の生産量は1日1万2500トン。中国側の投資額は3億5千万ドル(約325億5千万円)といわれ、毎月、利益の半分の50万ドル(約4700万円)がパキスタン政府の収入となる。だが、バルチスタン州が受け取るのは鉱山使用料の年間70万ドル(約6500万円)だけだ。

 一帯は地下資源が豊かだが、生活は貧しい。サインダック銅鉱山は地元住民を雇用しているが、給与面などで待遇は悪いという。

 BLAなどの武装勢力は、中国企業がパキスタン政府と結託して資源を搾取し地元に還元していない−として、中国人労働者らをターゲットにした誘拐やテロを頻発させている。

 中国企業はパキスタン辺境警備隊と契約し、技術者や労働者の身辺警護を頼まざるをえない状況に追い込まれている。

 「中国にとってパキスタンが戦略的に魅力的だったのは1990年代のこと。今のパキスタンは危険なうえ、投資の見返りも少なく、熱が冷めてきたのではないか」(外交筋)

 こうした声が上がる一方で、中国企業が最近、バルチスタン州の別の銅鉱山に触手を伸ばしつつある−とのうわさが絶えないのも事実である。(田北真樹子)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(3)

2010.04.04 MSN産経新聞

ハンバントタ港の建設現場で働く中国人ら

インドの裏庭に戦略拠点

 スリランカ南東部の港町ハンバントタは、総選挙を8日に控え、熱い選挙戦が展開されていた。昨年、内戦を終結させたラジャパクサ大統領の地盤で、実兄や長男が立候補している。

 2004年12月のインド洋大津波で甚大な被害を出した町としても知られる。

 その旧被災地で大型の港湾建設が進んでいた。スリランカ政府のウィックラマ港湾局長は語る。

 「30年以上も前から開発計画はあったのに、どこも支援してくれなかった。計画が実現したのは中国のおかげだ−」

 ラグーン(潟)とジャングルが広がるこの地で、港湾建設が始まったのは08年1月。第1期工事の総工費は3億6千万ドル(約335億円)で、借款としてその内の85%を支援したのが中国政府だった。

 建設を担当するのは、中国国有企業の中国港湾工程公司。パキスタンの要衝、グワダル港を整備したのと同じ企業である。

 第1期は今年8月に終了する見通しで、わざわざラジャパクサ大統領の誕生日に合わせ、11月に初入港が予定されている。

 第3期までの全工事が終了する2018年ごろには、10万トン以上の超大型船や、船舶計33隻の停泊が可能な大型港へと変貌(へんぼう)を遂げる。

 しかしウィックラマ局長は説明の後で、こう強調するのを忘れなかった。

 「ここは百%商業港だ。すでに24件の投資の打診が各国からきている。中国海軍の拠点になるという話は根拠がない」

                ◇

 中国は近年、スリランカなどインド洋沿岸国の港湾整備を積極支援している。南シナ海までのシーレーン(海上交通路)防衛を進めるのが狙いの一つで、それぞれの港湾を真珠にたとえて「真珠の首飾り」戦略と呼ばれている。

 パキスタン・グワダル、バングラデシュ・チッタゴン、ミャンマー・シットウェなどで、その中でもひときわ輝く“真珠”こそ、ハンバントタだった。

 中東・アフリカからマラッカ海峡に至るシーレーン上の要衝であり、運んできた資源エネルギー物資をミャンマーに振り向けるのに適した中継港でもある。中国は、シットウェから雲南省昆明まで石油パイプラインで結ぶ計画だ。

 建設が進むハンバントタ港では、軍艦艇の燃料補給や修理も可能とされており、中国にとって、1962年に武力衝突した域内大国・インドの裏庭に拠点を設ける意義も大きい。

 スリランカ港湾当局の全面否定にもかかわらず、将来的に中国海軍の拠点になるのでは−との懸念が消えないのはこのためだ。

              ◇

 港湾局の案内で、工事現場に入った。何台もの大型ダンプカーが粉塵(ふんじん)をあげて行き来する中、スリランカ人と中国人が一緒に作業する光景がみられた。

 溶接作業をする中国人が3人いたが、英語が全く通じない。作業していたスリランカ人は「身ぶり手ぶりでコミュニケーションを取っているよ」と笑う。

 建設現場の入り口には、スリランカ港湾局と中国港湾工程公司の事務所、さらに労働者用住居の青いプレハブが並んでいた。

 ウィックラマ局長は、中国との蜜月ぶりを誇らしげに説明する。

 「プレハブの配置は、上空から見ると『CHINA SRL(スリランカの国名を指す)』なんですよ」

 中国の支援は港湾建設にとどまらない。高速道路の整備、火力発電所の建設、そして武器供与−。インドを刺激するのに十分だった。(田北真樹子)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(4)

2010.04.05 MSN産経新聞

ハンバントタの道路沿いに掲げられたラジャパクサ大統領のポスター。その右隣は、総選挙に出馬した大統領の実兄と長男のポスター(田北真樹子撮影)【拡大】

加速する「ミャンマー化」

 スリランカ・ハンバントタ港の建設現場から、北へ35キロほど奥地に進むと、ジャングルを切り開いた場所に出る。南部国際空港の建設予定地だ。

 野生の象が立ち寄った形跡さえ残る、この荒れ地が2年後には同国2番目の国際空港に生まれ変わる。第1期工事に必要な約2億ドル(約188億円)を借款で100%負担するのは、やはり中国だ。

 予定地に立つ事務所では、ハンバントタ港の建設も担当する中国国有企業の中国港湾工程公司と、スリランカ空港会社の担当者が協議中だった。

 話し合いを終えた中国人男性に、空港の建設支援について質問すると、「日本だってスリランカにインフラ支援をしてきた。同じことだ」とだけ説明し、それ以上は語らなかった。

 スリランカへの最大の援助国は日本である。援助額は累計で9千億円を超す。これに対し、昨年、年間ベースで最も多くの援助を行ったのが中国だった。道路、発電所、ハンバントタ港といった開発案件に計12億ドル(約1128億円)を借款として拠出。一国だけで、外国からの援助総額22億ドル(約2068億円)の半分以上を占めた。

 スリランカ政府が昨年、25年以上に及ぶ反政府武装組織「タミル・イーラム解放のトラ」(LTTE)との内戦を終わらせることができたのも、中国からの軍事支援抜きには考えられない。中国は戦闘機6機を無償で提供したほか、大量の武器を供与した。

 内戦激化とともに、ラジャパクサ政権による少数派タミル人への人権侵害などを米欧諸国が問題視。そのすきに、中国のマネーが流入し中国企業が大型案件の受注を重ねていった。アフリカの問題国家で見られたのと同じ構図である。

 中国の進出に警戒を強めているのがインドだ。中国に対抗して、スリランカ北部で鉄道や火力発電所の建設支援に乗り出した。ただ、インド国内には、ラジャパクサ政権に反感を抱くタミル人が6千万人以上住んでいるだけに、世論にも配慮しなければならない。

 スリランカの経済学者、ハーシャ・デ・シルバ氏は「中国は援助に何の条件も付けない。汚職や腐敗対策のため、本来ならばその透明性を高めていかなければならないのに」と危機感をあらわにする。

              ◇

 スリランカ政府に批判的な有識者からは、「スリランカのミャンマー化」を懸念する声も上がっている。軍政下のミャンマーでは自由と民主主義が大きく制限され、対米欧関係が悪化する代わりに、中国との関係は緊密さを増している。

 もっとも、スリランカでは、複数政党参加の選挙が地方から国政レベルまで実施されており、1990年以来、複数政党による選挙が行われていないミャンマーとは異なる。

 ただ、今年1月の大統領選でラジャパクサ大統領のライバルとして戦ったフォンセカ前軍参謀長も、逮捕容疑が明らかにされないまま軍法会議にかけられている。政府に批判的なジャーナリストの殺害や失踪(しっそう)も後を絶たない。

 また、中国の軍情報部門から専門家を招いてインターネットの規制にも着手、反政府系サイトへのアクセスが難しくなっている。

 ある政治評論家は「経済的に依存する中国に見返りを求められたら、スリランカ政府は言いなりになるしかない」と断じる。

 8日の総選挙では、ラジャパクサ大統領を支える政権与党の勝利が確実視されている。「ミャンマー化」に歯止めがかからない。(田北真樹子)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(5)

2010.04.06 MSN産経新聞

昆明市郊外で建設が進む石油倉庫。ここを経由して中国西南部の各省に送られる

 ■採算度外視し「四面来油」

 中国雲南省の省都・昆明の市街地を出て、でこぼこ道を自動車で走ること4時間余り。ようやく中国国有企業、中国石油天然ガス(CNPC)の「昆明石油倉庫」の建設現場にたどり着いた。

 昨年10月に工事が始まった、ミャンマーとを結ぶ石油パイプラインの終着点だ。ある作業員は「忙しくて、毎日、寮と工事現場を往復するだけ。どこにも行けない」と不満をもらす。

 CNPCによれば、投資総額は約3億元(約40億円)で、2年後のパイプライン開通前の完成を目指している。約15万立方メートルの石油を備蓄することができ、中国南西部で最大の石油流通センターとなる予定だ。

              ◇

 インド洋沿岸各国の港湾整備を支援し、シーレーン(海上交通路)に拠点作りを進める中国の“真珠の首飾り”戦略。ミャンマーのシットウェも、中国の援助により、軍艦艇の燃料補給が可能な港湾として整備されていると伝えられる。

 ミャンマー経由の石油パイプラインは、その南方、チャウピュからマンダレーを経て中国雲南省に入り、大理を通って昆明に至る全長約900キロで、年間約1200万トンの原油輸送が見込まれている。

 同時に、ミャンマー沖などの天然ガスを雲南省に運ぶパイプラインも建設されており、総投資額は20億ドル(約1880億円)を上回るとされる。

 石油パイプライン建設は、中国政府系学者が2003年ごろから掲げる「四面来油」(4つの方面から石油をもたらす)というエネルギー戦略の一環だ。

 中国は輸入原油の8割を中東・アフリカ産に依存しており、船舶事故や何らかの政治的要因でマラッカ海峡が封鎖されれば一大事となる。

 このため、現行の海上ルートのほかにも、ロシアから黒竜江省まで、カザフスタンとパキスタンから新疆ウイグル自治区まで、そしてミャンマーから雲南省までをそれぞれパイプラインで結び、石油の安定供給を図ろうというものだ。

              ◇

 中国のエネルギー専門家によると、ミャンマー経由のパイプラインには(1)海賊が多いマラッカ海峡や、周辺国と領有権問題を抱える南沙諸島付近などを通る海上ルートの比重を減らす(2)発展が遅れる内陸部に石油を直接とどけ、国内の格差解消を進める(3)ミャンマーにも大きな経済効果をもたらし、中国の影響力を拡大できる−といった戦略が込められているという。

 確かに、ミャンマー軍政は年間10億ドル(約940億円)以上のパイプライン使用料などを手に入れるとみられている。人権を抑圧しているとして米欧が軍政に圧力を強める間に、中国が着々と関係を強化し、さらに今回、多額の使用料が軍政にわたるとなれば、ミャンマーへの制裁効果は期待できなくなる。

 ただ、中国にとっても懸念材料はある。資源エネルギーの生命線の一つが軍政の手に委ねられることになるからだ。パイプラインが通る予定の国境付近では、軍政側と少数民族が衝突するなど治安も安定していない。

 また、膨大な資金を投じたうえ、高額の維持費がかかるため、パイプラインで運ぶ原油は現在の海上ルートよりコストが高くつく恐れが出てきた。地元紙「雲南信息報」などによると、パイプライン開通後、雲南省のガソリンの値段は高くなる可能性があるという。

 中国が採算を度外視し、国家戦略としてパイプライン建設を進めるツケを心配する声が早くも上がっている。(矢板明夫)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第3部 真珠の首飾り(6)

2010.04.07 MSN産経新聞

雲南省大理市郊外に流れるメコン川の支流、西●(=さんずいに耳)河にある小型発電所。わずか23キロ余りの距離で、このような発電所は4つもつくられた。

 ■ダム乱発、干上がるメコン

 「この先は軍事施設だから引き返せ!」

 中国雲南省の鳳慶県小湾鎮。3月下旬、検問所で武装警察にきつく言い渡された。だが、山道を車で7時間も揺られて来ただけに、こちらも簡単には引き下がれない。「軍事施設」という言葉も引っかかった。記者(矢板)が目指しているのは、ダムである。

 「どうしてダムが軍事施設なのか。そう明記した規定があるというのなら、今すぐ見せてくれ」

 雲南省大理から南へ約250キロ離れた小湾鎮のメコン川上流(中国名・瀾滄江(らんそうこう))で、揚子江の三峡ダムに次ぐ、中国で2番目に巨大なダムが建設されている。

 100階建てビルに匹敵する292メートルのアーチ型ダムは世界で最高級。2012年の完成を目指し、02年に建設が始まった巨大ダムを写真に収めようと悪路を進んだのだが、ダムの手前わずか5キロのところで武装警察に止められたのだった。

 外国人記者だとわかると、警官4人が加勢にやって来た。取材目的を尋問され、チャーターしたタクシーの運転手(35)の免許証番号まで控えられた。運転手は萎縮(いしゅく)してしまい、震えた声で「帰りましょうよ」としきりにいうので、あきらめて帰途についた。

 「みんな、ダムの近くで記念写真を撮っている。どうして外国人だけに隠そうとするのだろう?」。運転手は首をかしげていた。

              ◇

 全長4千キロを超すメコン川は中国・チベット高原からインドシナ半島を経て南シナ海に注ぐ。上流のダムで中国当局が外国メディアに警戒の目を光らせているのには、わけがあった。

 近年、メコン川の水位が異常に下がり、下流のタイ、ベトナム、ラオス、カンボジアでは灌漑(かんがい)用水が不足するなどの問題が起きている。東南アジアのメディアは「上流にある中国のダム群が原因だ」と指摘、中国側のダムの貯水と放水制限を非難しているのだ。

 中国は現在、雲南省内のメコン川上流で、水力発電所8基を建設しており、計画中の6基を含めると将来は14基になる。メコン川に注ぎ込む支流でも多くの小型発電所が造られている。

 背景には、高度経済成長に必要な電力の慢性的な不足がある。しかし、水力発電所の高い収益性に目をつけた、浙江省などの実業家の個人投資で発電所が造られるケースも増えており、水資源利用の計画性というものが全くないのが実態だ。

              ◇

 タイ中部ホアヒンで5日に開かれたメコン川委員会首脳会議。流域各国の首脳らが出席したが、共同宣言に中国のダム開発への批判は盛り込まれなかった。

 「水位低下は干魃(かんばつ)が原因で中国も被害者」(外務省報道官)という中国側の主張が認められたというより、中国の経済支援を受ける東南アジア各国の対中配慮の結果とみられている。

 しかし実は、ダム建設が環境に与える影響を懸念する声は中国国内からも上がっている。水力発電に関する政府系シンクタンクの周世春氏は「生態系に与える影響を避けるため、メコン川で建設を延期しているダムもある」と明かした。

 経済発展を支える資源エネルギーを調達しようと海外の資源をむさぼる中国。そのシーレーン(海上交通路)防衛の一環として、“真珠の首飾り”のようにインド洋沿岸各国の港湾を整備し、石油・天然ガスのパイプライン建設を進めている。

 パイプラインが通る雲南省は今後、資源エネルギーの戦略拠点の一つとなろう。しかし、そのおひざ元ではエネルギー不足を背景に、無計画な資源乱用という問題が起きているのだ。(矢板明夫)=第3部おわり

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第4部 “親住民”の虚実(1)

2010.05.16 MSN産経新聞

ペルー中部のトロモチョ山頂付近から将来の採掘現場を望む

アンデス山中に町をつくれ

 山間に広がる無人の草原に突然、重機が出現した。

 ペルー中部、標高4500メートルのアンデス山中。うなりを発しながら整地作業を行うショベルカーの周囲に、作業服の男女が忙しく立ち働く。まもなく鉱山町モロコチャが、そっくりここへ引っ越してくる。

 「1050戸の住居を建てる。学校を建て、道路をつくり、上下水道を引く。移転してくる5千人の住民にとって、新しい未来そのものになる」。担当者は高揚した口ぶりで語った。

 モロコチャは約100年前、鉱山労働者の野営地として始まった。今でもほとんどの住居はブロックや日干しレンガを積んだだけの粗末な造り。各戸には上下水道も引かれていない。

 新たな土地に建つのは各戸鉄筋コンクリート造りで2LDK、シャワー付き。40〜50平方メートルとさほど広くはないが、敷地はその倍ほどが確保され、増築の余地もある。すべて、無料で。

 町の移転には5千万ドル(約46億円)が必要とされる。その費用は、世界的な非鉄資源大手にして中国国有企業、中国アルミ業公司(チャイナルコ、本社・北京)から来る。現地法人チナルコ・ペルーがここトロモチョで、世界最大規模の銅山開発を進めているのだ。

 2007年7月、カナダの探鉱業者によって発見・提案されたものの、巨大すぎてなかなか買い手が付かなかったトロモチョ銅山開発計画を、突然の買収で手中に収めたのがチャイナルコだった。

 運び出された銅は太平洋を越え、電線に姿を変えて中国全土に張りめぐらされる。中国の発展が今後も続き、広大な未電化地域が次々に解消されていくとするならば銅はいくらあっても足りない。

            ×   × 

 進出先のアフリカやアジア各地に労働者を集団で送り込むなど、「中国流」を貫いて地元住民とのトラブルに直面した中国。さらなる資源を求め触手を伸ばした米州大陸では一転して、企業の社会的責任や環境への配慮を強調する優等生路線にカジを切っている。

 第4部は、世界の資源をむさぼる中国が第2ステージに入ったかのような、こうした現象をどう読み解くか−をテーマに進める。(松尾理也)

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雇用・環境で大盤振る舞い

 首都リマから、中央街道をアンデスに分け入っていく。赤道から遠くないというのに気温は0度に近く、空気は明らかに薄い。

 世界有数の銅山に発展すると期待されるトロモチョ山。推定埋蔵量20億トン。予定では2012年に採掘を始め、標高5200メートルの山頂から順に32年にわたり露天掘りで山を崩していく。

 トロモチョとは、先住民が山容を寝そべった雄牛に見立てたところから命名された。採掘が終了した暁にはその雄牛は地上から姿を消し、代わって巨大な穴ぼこが残されることになる。

 ふもとに位置するモロコチャは現在、鉱山やその周辺で働く労働者たちが細々と生きていくだけの町だ。あばらやと形容して差し支えない家屋。散乱するゴミ。通りをうろつく、交雑を重ねた野良犬の群れ。

 チナルコ・ペルー社現地事務所は、そんな最果ての町の入り口に立つ。

 「重視しているのは住民との対話です」。開口一番、広報担当のペドロ・サラザール氏が言った。

 スライドを使って、トロモチョプロジェクトの概要を説明してくれる。

 「採掘開始までの今後2年間、建設要員として5千人を雇用する。その後の操業期間中に2500人が鉱山で働くことになっている。7500人の間接雇用も創出され、ペルー政府が受け取る税金の総額は76億ドル(約7千億円)、地元フニン県の収入は38億ドル(約3500億円)に達する」

 にわかに信じがたいようなバラ色のストーリーだが、中国による大盤振る舞いはそれだけではない。

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 モロコチャから車で15分。巨大なタンクが姿をあらわした。完工したばかりのキングスミル浄水場だ。

 「2本の川の色を比べてみてください」

 担当者は、浄水場の前を流れるヤウリ川と、そこに合流する支流を指さした。澄んだ水が流れるヤウリ川に比べ、支流の水はまるで粘土を交ぜてかき回したかのような濃い黄土色だ。

 「支流は、付近の鉱山からしみ出す地下水を排出する地下トンネルにつながっている。だから、あんな色になる」。付近で放牧を営む住民からは、家畜が川の水を飲んで死んだといった苦情が絶えなかった。

 「でも、もうすぐそんな歴史も終わる」。チナルコが浄水場を造ったからだ。

 チナルコ広報統括部長のフランシスコ・サルミエント氏によると、浄水場に通じる地下トンネルは1930年代に米国系鉱山会社によって掘られたという。その後、鉱山は70年代に南米を席巻した社会主義の流れに乗って、いったん国有化された。だが、本格的な環境対策が実行に移されることはついぞなかった。

 時は流れ、中国がやってきた。以前リマ大学で政治学を教えていたこともあるというサルミエント氏は、しばし感慨にふけった。

 「欧米流の資本主義も、その後の社会主義もできなかったことを今、中国が初めて実現させているんだ。すごいとは思いませんか」(松尾理也)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第4部 “親住民”の虚実(2)

2010.05.17 MSN産経新聞

モロコチャ町のレストランに集まったルビンさん(左から2人目)ら中国事業反対派の住民たち

買収の青、染まるアンデス

 昼食の献立は、アンデス名物クイ(モルモット)の煮込みだった。独特のにおいが漂う中、ペルー中部のトロモチョ銅山開発現場で働く男女が、旺盛な食欲を披露しては慌ただしく去っていく。

 世界的な非鉄資源大手、中国アルミ業公司(チャイナルコ、本社・北京)によるこの開発現場で、ひとつ明らかなことがある。

 「ここには、中国人は一人もいません」。現地法人チナルコ・ペルーのフランシスコ・サルミエント広報統括部長がいった。

 もともと、チナルコは前身のカナダ系企業の組織を引き継ぐ手法をとった。だから中国色が薄いのも当然なのだが、サルミエント氏は「社会福祉に本腰を入れたのは、2007年に中国が入ってきてからだ」という。

 社会貢献重視の姿勢は中国自らが積極的に取り組んだ結果だというのだ。

 01年に成立したチャイナルコは国内外に31の子会社を持ち、香港、上海、ニューヨークで上場。08年末の総資産は3550億元(約4兆8千億円)と、成立時の約10倍にふくらんだ。

 世界を席巻する中国の資源企業の象徴的存在でもあるチャイナルコは、ことあるごとに「企業の社会的責任」を強調する。

 熊維平・総経理(社長)は4月、中国海南省で開かれたフォーラムで、「海外進出の際に最も大切なことは、相手の国の法律の順守と伝統文化の尊重だ」と述べ、具体例としてチナルコの取り組みを挙げている。

 「重要なのは国籍ではなく理念や文化の共有だ」「環境問題の解決は、中国企業が海外に出てゆく際の社会責任だと思っている」。熊社長は自信満々に語る。

 むろん住民の中にはチナルコと対立する者もいる。

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 トロモチョ山のふもと、モロコチャ町の「レアル・レストラン」の店内は、底冷えがした。

 「ここはマッチョ(強い男)の土地よ」。経営者のマリア・ルビンさんがにっと歯を見せた。彼女はチナルコの銅山プロジェクトに反対する住民グループの一人で、レストランは反対派のたまり場だ。開発計画で同町は採掘予定地に含まれ、移転を求められている。

 「私たちはね、開発に反対しているわけじゃないんだ。ここは鉱山町。山を掘ってはいけないなんてことは思わない。ただ正当な分け前がほしいんだよ」

 だが、旗色は良くない。すでに9割もの住民がチナルコの買収提案に応じた。チナルコは旧家屋の買い取りと同時に、無償で新居を提供する。ほとんどの住民は、それに満足している。

 買収に応じた家屋は、印として扉が青く塗られている。中国の鮮やかな手並みを示すかのように青い扉が並ぶ通りを見つめながら、ルビンさんは「最近、チナルコから連絡が途絶えた。どうなるのだろう」と不安な表情をみせた。

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 なぜ中国は、住民福祉や環境問題に気をつかうようになったのか。サルミエント氏に尋ねると、「簡単なことですよ」と笑った。

 「その方が安い。問題が起きたとき、事前に手を打っていなければ何倍もの負担を強いられることになる。単純な理屈です」

 取材の終わりに、車で行くことができる最高地点まで上った。標高約5千メートル。雄大なアンデスの景色を眺め、少し開放された気分になったのだろうか、サルミエント氏は「それに」と付け加えた。

 「中国だって学習しますよ。ペルーで中国といえば、今でも決していいイメージではないんですから」(モロコチャ 松尾理也、北京 矢板明夫)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第4部 “親住民”の虚実(3)

2010.05.18 MSN産経新聞

鉱山労働者用の住居が並ぶペルー南部サンフアン・デ・マルコーナの街中(松尾理也撮影)

きれいごと一転“牙”むく

 ペルーの首都リマから南に500キロ。海辺の砂漠地帯にぽつんと立つサンフアン・デ・マルコーナの街には、中国を思わせる建物や看板は見当たらない。

 「ショーガンがやってきた当時は中華風の門が建てられた。その後、われわれがそれをたたき壊した。今では中国人は街にほとんど出てこない」

 中国鉄鋼大手、首都鉄鋼(首鋼)集団の現地法人、ショーガン・イエロ・ペルー社の労働組合で書記を務めるギジェルモ・サラザール氏は肩をすくめた。

 「最初は大いに期待した。地元労働者に対する技術支援の話もあったし、漁業支援の話も出た。だが結局何もなかった。中国はただ、むさぼるだけだった」

 海辺の街といっても、リゾートホテルも観光客でにぎわうビーチもない。あるのは近くのマルコーナ鉱山で働く人々の住居だけだ。

 ペルー唯一の鉄鉱山であるマルコーナ鉱山は、首鋼が1992年に約1億2千万ドルで買収した。その後、相次ぐことになる中国国有企業による海外での大型買収のさきがけだった。

 同鉱山が売りに出されてすぐに首鋼は飛びついたのだが、経験不足のためライバルよりはるかに高い金額で入札してしまったという。その債務が企業運営に影響を与えている。

 今、ここにあるのはとげとげしい空気だけだ。3月にもストが起き、警官隊と労働者のデモ隊が衝突してけが人が出た。

 「もう8年も、同じことを繰り返している」。サラザール氏はうんざりしたように話した。

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 92年にペルーに進出した首鋼は、いわば「早すぎた客」だったのかもしれない。その点、中国の紫金砿業がペルー北部の銅鉱床、リオ・ブランコを開発するため権益を買収したのは2007年と、トロモチョ銅山開発計画を進める中国アルミ業公司(チャイナルコ)の進出と同時期である。

 だがチャイナルコとは違って、リオ・ブランコはトラブル続きだ。昨年11月には何者かが現地の宿泊施設を襲撃・放火し、プロジェクト管理者ら3人が死亡する事件まで起きた。

 先住民系の人権・環境保護団体のペルー鉱山開発反対同盟(CONACAMI)のマリオ・パラシオス代表も、中国に警戒感を抱く1人だ。

 でもチャイナルコは社会貢献を掲げ、環境への配慮を強調しているではないか。そう聞くと、パラシオス氏はしばらく考え込んだ。「ショーガンも最初はきれいごとを並べ立てた。が、すぐに牙をむいてきた。注意しなければならない」

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 ショーガン社との団交を終えたばかりのフリオ・オルティス同労組書記長に会った。

 「30年以上の経験をもつベテラン労働者の賃金が1日あたり75ソル(約2500円)。15年以下だと、38ソルにしかならない」

 18項目の要求を突きつけた組合側に対し、この日、会社が提示したのは1日あたりわずか1ソルの給与アップだった。組合側はいうまでもなく、席をけった。

 経営側トップは中国人。「彼はスペイン語も十分に理解できるが、一切話さなかった」とオルティス書記長は力なく首を振った。

 北京でチャイナルコと首鋼に取材を申し込んだ。

 「今回は貴社の取材を受けないことに決まった。特に理由はありません」(チャイナルコ)

 「業務多忙で質問に答える時間がない」(首鋼)

 返答はそっけなかった。

 中国が新しく身につけたソフトな顔は、どこまで本物なのか。(サンフアン・デ・マルコーナ 松尾理也、北京 矢板明夫)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第4部 “親住民”の虚実(4)

2010.05.19 MSN産経新聞

ペルー最大の港湾カヤオ。中国へ資源を運ぶ玄関口となる同港を船頭の渡し船で周回した

汚れた港町に現れた“救世主”

 鉱石を積んだトラックの運転手に銃が突きつけられ、エンジンが停止した。周囲の民家からわき出してきた住民が群がる。荷台に亀裂を入れる者、こぼれ落ちた鉱石をほうきを持ってかき集める者、袋に詰めてどこかへ運んでいく者。

 防犯カメラが記録した、白昼の強盗現場の映像を見せてくれたエンリケ・ガソーロさんは、「これが、ペルーでも治安の悪さで1、2を争うカヤオのプエルト・ヌエボ地区の現実なんです」と、顔をしかめた。

 首都リマに接するカヤオは、ペルー最大の港町である。治安の悪さで知られる一方、環境汚染もはなはだしい。ガソーロさんは、そんな町を少しでもよくしようと提唱する地元住民団体の代表だ。

 たやすい活動ではない。だが突然、救世主が現れた。

 中国だ。

 カヤオ港は、山を下りてきた銅鉱石を中国へ運ぶ海の玄関口となる。

 中国国有企業、中国アルミ業公司(チャイナルコ)は大規模な投資を決めた。現在、トラックに頼っている鉱山からの輸送を、ベルトコンベヤーを敷設して地下に移すというのだ。

 トラックがなくなれば、日常化している積み荷の強奪も不可能になるのに加え、粉塵(ふんじん)による健康被害も軽減される。ベルトコンベヤー敷設は長い間、ガソーロさんの悲願だった。

 もっとも、コンベヤー敷設はトラック業界にとっては死活問題。業界の反対で、計画はいつも初期段階でつぶれてきた。

 「それを、中国は実現した。夢かと思った」。ガソーロさんは、政治力をも含めた中国の手腕に畏敬(いけい)を込めた視線を送る。

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 「いい中国」と「悪い中国」。その脈絡のない混在の理由は何か。

 米シンクタンク「ウッドローウィルソン国際学術センター」でこのほど、中国の石油・鉱山企業の世界規模での活動を分析した研究者、ジル・シャンクルマンさんは「中国は一体ではない。海外進出という大方針を立て、号令をかけているのは確かに中央政府だが、企業の具体的な運営にはほとんど興味も権限も持っていない」と分析する。

 では、その中でなぜ、チャイナルコは欧米も顔負けのCSR(企業の社会的責任)戦略を打ち出したのか。「おそらく、(英豪資源メジャー)リオ・ティントからたくさんのことを学んだのだろう」

 昨年、チャイナルコはリオ社での持ち株比率を18%に拡大する大型提案を行い、「中国支配」を嫌う豪世論の強烈な反発を浴びた。だが、現実には両社の提携関係は着々と強化されてきている。「チャイナマネー」で市場をかき回す一方で、中国は欧米メジャーのノウハウをも学び取りつつあるというのだ。

 だが、せっかくの学習成果も中国企業の間で共有されていない、とシャンクルマンさんはみる。

 「欧米の資源大手は、情報交換のネットワークを持っている」。その活動を通じて、開発に伴う環境への影響調査、労働組合との関係、住民福祉や社会貢献の重視といった問題が、現代の鉱山開発にとって死活的な重要性を持つとの意識が生まれ、共有された。

 「私が見る限りでは、中国の企業間で、そうした情報交換を行うメカニズムはひとつも存在しない」。それはたぶん、中国企業が抱える最大の問題のひとつではないか、とシャンクルマンさんは考えている。

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 渡し船をチャーターし、カヤオ港内を1周した。港の後ろに、アンデスの山々が遠くかすむ。

 「その昔、日本から巨大な漁船がやってきて、おれたちは驚いたものさ。今度は中国がやってきて、山をひとつ丸ごと持ってゆくという。いったい、どうなっているんだい」

 船頭の老人は、期待と不安の入り交じった視線をはるか水平線のかなたに向けた。(松尾理也)

【巨竜むさぼる 中国式「資源」獲得術】第4部“親住民”の虚実 値踏みされる“一見さん”(5)

2010.05.20 MSN産経新聞

 ホールは入りきれないほどの人であふれかえっていた。正面に、「中国国土資源部招待酒会」と白字で染め抜かれた真っ赤な横断幕が掲げられている。

 3月、カナダ・トロント中心部の国際会議場。世界最大規模の資源関係見本市であるカナダ探鉱・開発協会(PDAC)総会で、中国政府がカクテル・レセプションを開いたのだ。

 「ここ数年、中国人が会場に突然増えた」。日本の石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)の下田仁バンクーバー事務所長がいうように、今年の会場は、資源を求めて世界に触手を伸ばす中国人が席巻した。資源大国であると同時に先進国であるカナダは、その特性を生かして、世界中の鉱山開発をめぐって人と情報が集まる結節点となっている。

 だがしばらく観察してみると、レセプションは意外に「地味」でもあった。

 北京からやってきた中国政府高官が長々と祝辞を述べる。もちろん、中国語でだ。欧米系と中国人はそれぞれでかたまり、あまり交わっていない。

 もちろん、中にはグラス片手に楽しげに欧米系の出席者と談笑している中国人もいる。声をかけてみた。

 「どちらから、おいでですか?」「どちらから、って…。トロントですよ」

 彼は中国系カナダ人。通訳兼お世話係として参加していたのだった。「北京から来た参加者のほとんどは、あまり英語がうまくありません。だから、私たちの出番になる」。男性は、にこやかに笑った。

 鉱山の現場は労働者が汗水垂らして働く労働集約型産業のイメージが強いが、ひるがえって鉱山開発は資本集約型かつ知識集約型のきらびやかな世界である。リスク覚悟で資本を投入し、巨大なリターンを狙う。情報交換は不可欠であり、だからこそ人々は華やかに着飾ってパーティーに興じ、虚実入り交じった駆け引きを繰り返す。

 「たとえは悪いかもしれないが、山師の世界なんですよ」。資源調査を担当する某国政府関係者がいう。「基本的には“一見(いちげん)さんお断り”の閉鎖社会。見ず知らずの相手では危なすぎて話に乗れない。だが、そこに突然、中国が札ビラを持って乗り込んできた」

 そういわれてあたりを見回すと、シックな装いの欧米系とは違って、一昔前の日本のドブネズミ・ルックを思わせるような、平凡で目立たないダーク系のスーツに身を包んだ中国人ビジネスマンたちの姿はいかにも周囲から浮いている。

 「中国がどれほどの実力か、それを見極めようとみんな必死になっている」。前出の関係者は話した。

 金銀銅を扱うシルバーフォックス鉱業社(カナダ・ノバスコシア州)のブースには、中国・カナダ両国旗が卓上に飾られていた。中国企業と先ごろ、提携関係を結んだという。

 「中国に対して技術や経験で先んじているという意識はない。われわれは補完しあえるいい関係だと思う」。ブースの男性は、あくまで中国に好意的だ。

 だが、カリウム採掘を行うアサバスカ・ポタシウム社(サスカチワン州)の担当者は懐疑的だ。農業増産が国家的課題の中国は肥料となるカリウムに強い関心を示しているが、「そう簡単にいくものかね。採掘には大変なノウハウがいる。掘っていって、水抜きをして…。だから今、それほどライバル意識はない。いいお客さん、だね」。

 リチウム専門のロックテック社(バンクーバー)のアフザール・ピルザダ氏は「中国の弱点は、何が何でも成長し続けなければならないことだ。それゆえ、ものすごいお金を使えるが…」とつぶやいた。

 札ビラを切って乗り込んできた中国が、世界レベルのプレーヤーであり続けられるのか。世界の目利きたちは今、慎重に値踏みを行っている。(松尾理也)=第4部おわり


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