「91歳私の証・あるがまま行く」
ゆるしの心 世界へ発信を 日野原重明 (聖路加国際病院名誉院長)
平和の世紀を望んで迎えた21世紀は既に憎しみが立ちこめ、戦争を知っている世代には覚えのある、暗い空気が世界を覆っています。習慣について話してきましたが、今回はそれを休み、平和について話しましょう。
暴力によって愛する者を失った時、人はその暴力をふるった者に憎しみを抱きます。愛する者が受けたのと同じ苦しみを与えたい、とすら思うのです。9・11以降のアメリカはまさにそのような状況なのでしょう。しかし、原爆が落とされた広島や長崎の市民の歩みを思って欲しいのです。被ばく直後は、奪われた家族を想(おも)い、憎しみで心乱されたはずです。けれどそれを「うらみ」の形にすることなく、平和を願う行動へとつなげていったのです。
反撃は憎しみの連鎖を生むだけです。この鎖を断つためには、最も勇気ある行動として、憎い相手をも「ゆるす」しかないのです。相手に「私の望むよう変わってくれ」と言ってもそれは難しいのです。相手をゆるし「私」が変わるなら、それによって相手も変わり、事態も変わるのです。そんな例を私は医師として65年間にわたる生活の中で見てきました。
3年ほど前のことです。私たちが作った独立型ホスピスに入院していた初老の女性は、別居していた夫に入院先も知らせずにいましたが、とても死を恐れていました。相手を許せないままで死ぬ、心の痛みのためだったのです。私は「夫に変わってもらおうと期待するより、あなたの態度を変えることの方が先にできるのではないですか」と話しました。彼女は悩んだ末、夫に居場所を知らせ、訪ねてきた夫に黙って入院したことをわびました。するとかたくなだった夫の態度も変わったのです。彼女はゆるすことによって心が救われ、亡くなっていきました。
「ゆるす」ことが魂を救う。そのことを人と人、国と国がもっと自覚できれば、世にあふれる紛争にも解決の光がさすでしょう。
もう一つ、私は未来を担う子どもたちの行動に期待します。2年前、75歳以上の老人に呼びかけて「新老人の会」を作りました。今や日本人の平均寿命は80歳を超えています。会員には、再度立ち上がって「生産人口」に加わってほしいこと、そして、自ら体験した戦争を子どもたちに直接物語ってほしい、と話してきました。
おじいちゃん、おばあちゃんが肉声で何度も何度も、繰り返して物語ってほしいのです。
しかも「殺すな」「核兵器を持つな」という「DON’T」の話でなく、「人の命を大切にしよう」「動物を愛そう」、
そして「花木までも」という「LET’S」の話にして下さい。
それを聞いた日本の子どもたちが、Eメールで世界の子どもたちに発信して欲しいのです。
LET’S、LET’S、と。