TOPIC No.2-74-4 【溶けゆく日本人】

01. 扶桑社新書 溶けゆく日本人 (扶桑社新書 27) 産経新聞取材班 (著)
02. 我が国の情けなさ by 日本再生ネットワーク 厳選ニュース

【溶けゆく日本人】(1)モラル破壊の惨状 携帯の奴隷

2007/01/08 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■議場でメール、注意も無視

 「公共の精神」。その尊さを謳(うた)った改正教育基本法など、幾多の重要法案が審議された昨年秋の臨時国会。そのさなかの11月30日午後のことだった。

 「小学生に申し上げるようで恐縮ですが…」

 衆議院本会議直前に開かれた自民党代議士会で、マイクスタンドの前に立った議院運営委員会理事の西川京子氏は、そう切り出した。

 「ご存じとは思いますが、本会議場では携帯電話のスイッチを切り、使用されないようにお願いします」−。出席していた自民党議員からは一瞬ざわめきが起き、そして失笑が漏れた。

 西川氏がこの日、携帯電話について注意を促したのにはワケがあった。前日、議運の逢沢一郎委員長が河野洋平衆院議長に呼ばれ、こんな苦言を浴びせられたのだ。

 「本会議中、新聞を読んだり、携帯電話を操作したりする議員が目につく。若い人はルールを知らないのではないか」

 衆議院規則では、議事中に新聞や書籍を読むのは原則、禁止している。携帯電話の項目はないが、これに準ずるという解釈なのだろう。

 「議長席から、行儀のよくない行為が目につくらしい」。30日午前、与党の議運の理事が集まる「与理懇」で逢沢氏からこう伝えられたとき、理事の面々は思わず顔を見合わせた。「まさか、こんなことを注意されるなんて」。だれともなく漏らした言葉には、“小学生並み”に扱われた恥辱が滲(にじ)み出ていた。

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 「国民の信頼にもとることがないよう努めなければならない」

 「言動のすべてが常に国民の注視の下にある」

 国会議員に配布される「衆議院手帖」「参議院手帖」に記された政治倫理綱領の一節だ。

 文字通り、先の臨時国会で議員の手元を“注視”してみた。そこには、信頼にもとる、美しくない姿が数多(あまた)あった。ある参議院議員は本会議中、左手で携帯電話を見事に操りながら、議場で拍手がわくと、それにあわせて右手で太ももを叩(たた)く、そんな醜い姿を延々と晒(さら)した。議会中に隣席の議員と携帯電話の画面を見せ合って、にやつく光景もあった。

 数年前、「大学の教室から私語が消えた」と話題になったことがある。携帯電話による「メール私語」が取って代わったのだ。国会の場がそれとダブる。野次(やじ)と怒号が減り、静寂に包まれる一方で増える“沈黙の私語”。

 素早い政治活動のために必要なメールもあると“抗弁”する関係者もいる。「地元でだれかが市長選に出馬表明したなど、本人に影響がある重要ニュースが入ると、すぐ知らせ、考えをまとめてもらう」とは、ある国会議員の秘書。だが、小さなマナーさえ守れない議員が、公約など守れるのだろうか。

 「議長席からは議席がよくみえるんだ。恥ずかしいことだな」。こう語ったのは、平成8年から7年間、衆議院副議長を務めた民主党最高顧問の渡部恒三・衆院議員。携帯電話が国会の場を“侵食”する光景を、「国民の手本になる責任感や誇りがなくなってしまったのだろうな」と嘆いた。

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 カメラを、CDを、本を…とさまざまな世界を食い潰(つぶ)し増殖する携帯電話は、人としてのモラルや常識をも確実に蝕(むしば)んでいる。

 晴れの式典の最中に携帯電話のメールに夢中になる親や新成人ら。心臓のペースメーカーへの悪影響を考え電源を切るよう呼びかけるステッカーが張られた優先席に座り、メールに興じる若者たち。病院での治療中にメールを打とうとする人々。先月にはプロ野球の契約更改の最中に幹部の携帯電話が2日続けて鳴り響き、選手が憤慨するようなこともあった。

 そしてJR東日本には、こんな“苦情”も寄せられるようになる。

 「車内での携帯電話の使用を認めろ」

 自民党の西川議員は言う。「『公共の精神』を重んじる教育を受けていないことが大きい」

 その西川議員が口頭で注意してから、国会の場から携帯と“戯れる”議員の姿は消えたのか。答えはノーだった。先生の言うことを聞かない「学級崩壊」現象が、教育基本法の改正を議論する国会の場でまさに起きていた。(山口暢彦)

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 かつて「菊の優美さ」に喩(たと)えられた高いモラル観が、小泉八雲が礼賛した美しい礼節の数々が、日本人から急速に失われようとしている。溶けゆく日本人の姿を連載で追う。

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 《メモ》携帯電話のマナーがわずかながらも改善されているというデータもある。

 日本民営鉄道協会が大手16社の利用者に年1回行っているアンケートでは、平成11年度から15年度まで4回連続(12年度は実施せず)で、迷惑行為の1位は「携帯電話」だったが、16年度以降は3年連続で「座席の座り方」が1位に(携帯電話は2位)。協会では、15年9月に関東圏の主要鉄道各社が「優先席付近では電源オフ」「それ以外ではマナーモードを設定し、通話は遠慮」と呼びかけを統一したことが大きいとみている。

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(2)子供以下の親 身勝手な論理、平然と

2007/01/09 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 急増する学校給食費の未納。神奈川県城山町の町立相模丘中学校は、口座振替をやめて集金袋を復活させた。

 20年以上のキャリアを持つ都内のベテラン保育士は、ある母親の言動に耳を疑った。おもらしをした子供に貸した保育園のズボンを返却するよう促したときのことだ。

 「保育園のものの方がすてきだから、譲ってくれない」。母親は真顔でそう答えたという。

 「昔は言わなくてもアイロンをかけて返してくれた。(借りたものを返さないことが)悪いという認識が感じられない。親に社会性がなくなってきています」。保育士は深い嘆息を漏らした。

 この保育園では「子供が恥ずかしい思いをしないように」との配慮から園名をズボンの裏側に書いていたが、以後、表に記すことにした。それでも返却率は悪く、10着あった替えズボンがゼロになったクラスもある。

 告発は尽きない。

 ▽「ウチのたたみ方じゃない」と保育園が洗濯し、たたんだ子供服を突き返す

 ▽「パチンコで負けたから」と、お金を借りに来る

 ▽熱が39度もある子供を預けに来て、「平熱ですから」と平然と言う

 ▽子供の体調が朝よりも悪化したことを伝えようとしたが、携帯電話がつながらず、後で理由を尋ねると、「忘年会中だから電源を切っていた」と答えた…。

 すべて、複数の保育士が目の当たりにした親の姿だ。

 子供を教育する立場にある親の、子供以下の振る舞い−。幼児教育関係者は“親育て”の負担が増したと口を揃(そろ)える。

 「これまで現場は、子供の保育80%、(親などの)家庭20%の割合で力を注いできた。現在は、保育と家庭が半々です」

 都内のある公立保育園長の実感だ。

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 目を耳を疑う親の行状は、保育園にとどまるはずがない。

 都内のある公立小学校では、夏休み前なのに子供を休ませて海外に旅立つ親が増えているという。閑散期のほうが航空運賃が安いからだ。

 「『家庭優先』といわれれば、無理に止めることもできない。それにしても、義務教育が随分軽く見られるようになった」と、この小学校の元校長は嘆く。

 「自分たちが参加できないから小学校の運動会は楽しくない」。別の公立小学校の校長はある父親にそう告げられ、閉口したことがある。「楽しみたい」という父親の言葉を投影するかのように運動会では親たちの飲酒が横行し、運動場が「花見会場」に一変する。

 もちろん、子育てに対する関心が高いゆえに、保育園や学校に苦言を呈する親も少なくない。しかし、複数の事例から浮かび上がるのは、自分たちの都合を過度に優先する非常識な親が“増殖”しつつある実態だ。

 昨年12月中旬のこと。東京都府中市の教育委員会幹部や給食調理員ら44人が、給食費未納の世帯を回った。これだけの大人数で徴収に出向くのは初めてのことだった。

 給食の食材費は学校給食法で保護者の負担とされているが、全国で「義務教育だから払う必要がない」と、月4000円程度の支払いを拒否する親が急増している。府中市でも、ここ数年は未納率が1・8%程度に上る。

 その結果、“大規模徴収”に至るが、2日間で徴収できたのは未納分の8%にあたる57万円のみだった。

 「駅前の一等地の高級マンションや新築の3階建てに住んでいたり、駐車場に3ナンバーの車が置かれていたり。せめて子供の給食費くらいは払えるのではないか、という例があった」と、市教委の担当者は打ち明ける。

 悪質な世帯に対して法的措置に踏み切る自治体も相次いでいる。未納により不足する材料費分を補うために「(食べる量を増やしやすい)汁物のメニューを多くすることもある」(学校関係者)という。

 親の自分勝手な論理のしわ寄せは最終的に子供に及ぶ。

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 駐車場の車内に乳幼児を放置したまま、パチンコに興じる親も後を絶たない。業界団体の全日本遊技事業協同組合連合会によると、統計を取り始めた平成10年以降、こうした事故は毎年数件発生し、昨年も乳児2人が熱中症で命を落とした。

 「何もできない乳飲み子を何時間も車の中に放っておく。車に免許がいるように、親になるにも資格が必要なのではないでしょうか」と総務課の前島透さん。店側から注意を受けても「まだ子供は寝ているじゃないか」と言い放つ親もいる。

 常識と非常識の判断ができない、いや、しようとしない一部の親たち。約40年間にわたって幼児教育に携わってきた帝京平成大学講師の磯部頼子さん(幼児教育)は、親のモラルの低下を痛感している。

 「これまでは親が子供に合わせるのが普通だったが、今は逆。自分が中心になり、欲求もエスカレートしていく。『人の話を聞くよりも個性を出そう』…そんな教育を受けてきた結果なのかもしれません」

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 《メモ》 国立教育政策研究所が平成13年度に子供のいる全国の男女3859人を対象に行った「家庭の教育力再生に関する調査研究」によると、「家庭の教育力が低下している」と答えたのは、45〜54歳では71・9%、25〜34歳の若い世代でも54・6%に上った。

 理由(複数回答)は、子供の過保護、甘やかしすぎ、過干渉な親の増加が66・7%で最多。そのほか▽子供に対するしつけや教育の仕方がわからない親の増加▽しつけや教育に無関心な親の増加−などの意見が多かった。

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(3)“自己中”マナー

2007/01/10 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■電車は自分の部屋?

 雑多な人々が時間を共有する電車内の狭小な空間は、現代社会の1つの縮図なのだろう。

 人目もはばからず抱擁(ほうよう)する男女、朝食代わりのパンをほおばる若者、お年寄りを平気で立たせる人々…。通底するのは「自分本位」という4文字。電車内で化粧をする女性を「僕はぜんぜん気にならない」「自己中(じこちゅう)でいこう」と自著の中で認(したた)めたのは堀江貴文被告だが、そこに「公共意識」や「思い遣(や)り」の文字はない。自分が気にならないことを、心底気になる人が実は数多(あまた)いる、そんなことは少なくないのだ。

 事件は一昨年、東京都渋谷区の東京メトロ広尾駅で起きた。あらましは、こうだ。

 4月27日午前11時35分ごろ、広尾駅ホーム上のベンチ。無職女性(65)から「こんなところで化粧をするんじゃないわよ」と注意された飲食店の女性従業員(22)が、背後から無職女性の肩を揺さぶってふらつかせ、入線してきた電車の先頭車両に接触させて、胸や腕の骨を折る重傷を負わせた。

 「化粧用のスポンジで汗をふいていただけ。本当は化粧をしていないと言おうとした」。傷害の疑いで警視庁渋谷署に逮捕された女性従業員はこう供述したという。

 駅のホームや列車内での化粧の是非には、世代間で意識の差がある。

 ポーラ文化研究所が平成12年に行ったアンケート調査を基にまとめた「おしゃれ白書」によると、電車の中での他人の化粧が「気になる」という人は79%で、「気にならない」の13%を大きく上回った。ただ、年代別でみると、ほぼ30代を境に若い世代に「気にならない」という回答が目に立つようになる。

 「気にならない」にも首を傾(かし)げざるを得ないが、それよりも増して、8割近く「気になる」人がいるということを「自己中でいこう」と意に介さなくなっているのではないか、そこに日本社会を蝕(むしば)む問題の根深さがある。

            ◇◆◇

 「うちの息子が車掌に注意されたそうだが、客を怒鳴るとは何事か」

 これは、列車内の床に座り込んでいるのを車掌に注意された男子高校生の親から、JR北海道の担当者に実際にかかってきた電話の内容だ。

 同社は、列車内や駅ホームの床に座り込む「ジベタリアン」の高校生が減らず、頭を悩ましている。床(地べた)にベタッと座るからジベタリアン。道内の列車には、防寒対策で乗降扉前にデッキと呼ばれる客室と仕切られたスペースがある。ここに高校生が座り込み、他の乗客の乗降を妨げることが問題化しているのだ。

 同社は、学校と警察と合同で、通学列車に乗り込んでの「乗車マナー添乗指導」を11年秋から年に2回、定期的に行っている。昨秋は延べ50本の列車内で約600人を注意。このうち約430人が座り込みで、大半が義務教育を終えた高校生だった。

 ラッシュ時に列車内が猛烈に混雑する首都圏では考えられないが、他のJRも地方路線では同様の光景がみられるという。同社お客様サービス室長の武田茂さんは「運転本数が少ない路線ではホームの端に座り込み、足を線路の上に投げ出す高校生もいて、列車が緊急停止したケースもある」と話す。

 高校生は、なぜ座り込むのだろう。添乗指導の際、高校生に直接問いかけたところ、「立っているのが疲れる」「席が空いていない」など、ごく単純な理由が大半だったという。「注意すればそのときはやめるが、目が届かなくなると、また座り込むので、イタチごっこ」。武田さんのため息は深く、そして重い。

              ◇◆◇

 京王電鉄(東京)は、公募による「マナー川柳」を通じ、車内のマナーに関心を持ってもらう取り組みを5年以上、続けている。沿線の幼稚園や小学校に運転士や車掌が出向き、交通安全指導と合わせてマナーについての講義を行う試みも12年以上、続けている。

 こうした取り組みによる効果は出ているのか。同社広報部は「効果を数値で表すのは難しい。ただ、お客さまに快適に利用していただくためには、費用や労力がかかっても地道に取り組んでいきたい」とする。裏を返せば、「やらざるを得ない」のが実情だ。

 日本民営鉄道協会のアンケート調査「駅と電車内の迷惑行為ランキング」(今年度)によると、「駅や電車内でのマナーは改善されたと思うか」との質問に、31・2%(昨年度24・7%)が「以前より悪化した」と回答した。

 鉄道事業各社は啓発ポスターのほか、車内・駅放送で利用者にマナーの向上を呼びかけているが、東京メトロの関係者は、対処の難しさを、このように指摘した。「化粧や飲食などの行為は実害が分かりにくい。放送であれもこれも注意しては、逆に『うるさい』『くどい』という苦情にもなりかねない」

 実害がなければ放っておく? 苦情が出そうな注意はできない? こんな世相を示す疑問とともに浮き上がるのが、交通機関がマナーの向上を呼びかけなければならないという惨状。モラル破壊の病巣がある。(頼永博朗)

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 【メモ】京王電鉄が公募している「マナー川柳」の最優秀作品(一部)は次の通り。

 ・自己チューが 車チューで携帯 通話チュー

 ・カラコロと 空き缶車内を 一人旅

 ・寝てるふり 本を読むふり 知らんぷり

 ・良心と 一緒にポイと 捨てるゴミ

 ・終わったと ホッとしたら 次の曲

 ・ドア付近 てこでも動かぬ おじぞうさん  

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(4)街に溢れる家庭ごみ

2007/01/11 MSN産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■自分の周りがきれいなら

 かつて海を渡って来日した宣教師たちが、声声に賛美したものがある。日本の「清潔さ」だ。

 そのうちの一人、イエズス会神父のロレンソ・メシアは同僚に宛(あ)てた書簡で「日本が清潔であることは想像もつかぬほど」と絶賛したうえで、「不潔はすべて大罪」とも綴(つづ)った。

 それから400年余。霊峰富士から公園、高速道路に至るまで、あり得ない場所に溢(あふ)れかえるほどの家庭ごみがある。モラルなど犬に喰(く)われろ、というばかりに…。

 東京都練馬区光が丘。団地が林立し、およそ3万人が生活を送る。そんな彼らの憩いの場となっているのが、光が丘公園。東京ドーム12個分の敷地面積を有する、都内屈指の広さを誇る都立公園だ。

 年も押し迫った昨年12月28日。公園の一角に高さ2メートルを超えるごみの山ができあがった。タイヤ、ベビーカー、シュレッダー、ストーブ、バンド演奏のドラムセット…。昨年1年間で公園内から回収された不燃ごみの数々だ。重量はゆうに4トンを超えた。

 「引っ越しシーズンには、衣類、家具など生活用品一式が丸ごと見つかります。公園はごみ箱なのでしょうか…」。光が丘公園サービスセンター長の室星直史さんはそう語り、深い嘆息を漏らした。廃棄物は業者に依頼し引き取ってもらうが、処理費用は100万円を超えるという。むろん血税が注がれる。

 都立公園を管理する東京都公園協会によると、仏壇やペットの死骸(しがい)など、かつては想像できなかった“ごみ”が園内に放置されることもある。いや、遠慮なしに廃棄されるのは、もはやごみだけではない。

 室星さんはある日、「池でカメを飼い始めたんですか?」という連絡を受けた。不思議に思って駆け付けたところ、仰天した。「危険動物」に指定されるカミツキガメが、園内をわが物顔に闊歩(かっぽ)していたのだ。

 「やっかいなものを手放せたということで、捨てた人は安心かもしれませんが…」。室星さんの表情はさらに曇った。

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 札幌市のベッドタウンとして発展する北海道江別市。ここでは、市内の公園でちょっとした“騒動”が持ち上がった。

 平成16年10月に家庭ごみ回収を有料化した途端に、公園に捨てられるごみが激増したのだ。生ごみをはじめ、大量の使用済みオムツなど、明らかに公園で出た物ではない廃棄物が、ごみ箱を中心に溢れかえった。

 収集が追い付かないことなどから、市では公園に設置していたごみ箱を501基から290基に減らして対応せざるをえなくなった。

 有料化による指定ごみ袋の値段は1枚20〜80円だが、それを惜しんでの“犯行”だ。「ごみの減量化を目指した有料化ですが、なんだか切ない話ですね」と、市都市建設課の今野伸吾さんは、ぽつりと語った。

 福岡県北九州市でも5年をかけ、バス停や市街地の路上に置いてあったごみ箱約1200個をゼロにした。ペットの糞(ふん)や生ごみなどモラルなきごみの数々が、ごみ箱から溢れ出るようになったこと、それが原因の一つだ。

 「収集所に捨てそびれた人が街のごみ箱に捨てていたのでしょうか」と同市業務課。その問いかけには、憂いととともに怒りが帯びる。

 今や注意するのも“命がけ”だ。ある自治体の清掃関係者は、“恐怖体験”を口にする。サラリーマン風の中年男性がヒモで縛った雑誌を街路樹の下に捨てていく様子を目撃し、窘(たしな)めたところ、「お前なに言ってるんだ殺すぞ」と“逆ギレ”されたという。

 「雑誌1冊で命を取られてはたまりません」。悪貨は良貨を駆逐し、ごみは街に溢れていく。

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 400年の時が流れ、「公共の場」に、家庭から出たごみを当たり前のように置いていく、そんな国に成り下がってしまった。異国の人々を驚嘆させた、あの「清潔さ」を愛(いと)おしむ精神は捨て去ってしまったのだろうか。

 「いや、きれい好きな国民性というのは、宣教師が訪れた時代から変わっていないように思うんです」。こう語ったのは、京(みやこ)エコロジーセンター(京都市)館長で、石川県立大学教授の高月紘(ひろし)さん(環境倫理学)。では日本人の何が変容したのか。

 「モラルの低下です。それにより、『街の美』というものに関心が向かなくなったんですよ。いつのころからか、『自分の周辺だけきれいだったら、それでいい』−そんな考え方になってしまった」(森浩)

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 ≪メモ≫家庭ごみを不法投棄したとして検挙されるケースが増加中だ。

 警察庁によると、平成17年に家庭から出たごみなど「一般廃棄物」を不法に投棄し、廃棄物処理法違反で全国の警察が検挙した件数は3470件。統計を取り始めた13年の1684件から右肩上がりで増え続けている。

 増加の一因とされるのが、消費者がリサイクル料を負担することを義務づけた13年4月施行の家電リサイクル法。

 環境省の調べでは、同法の対象となる家電4品目(エアコン、テレビ、冷蔵・冷凍庫、洗濯機)の不法投棄台数(推計)は、12年度の約12万台が、15年度には約17万台に増えている。

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(5) 救急車をタクシー代わりに

2007/01/12 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■公より自分の権利

 「…あの、救急車はタクシーじゃないんですけど」。新人救命士の制止を振り切り、風邪をひいたという中年女性が、ズカズカと救急車に乗り込んでいく。

 これは来月放送予定の「救急救命士・牧田さおり」(テレビ朝日系)の1シーンだ。救急車の“乱用”が目立つご時世を投影した演出。しかし、現実はドラマよりも奇なり。「常識」の二文字などお構いなしの救急要請が後を絶たない。

 数年前の午前2時ごろのことだったという。横浜市の救急隊員だった緑川郁さん(32)は、「気分が悪い」という若い女性からの通報でマンションに急行した。呼び鈴に応答はなく、郵便受けから中を覗(のぞ)くと電気はついたままだった。

 「意識を失っているのかもしれない」。切迫感高まる現場。ベランダから室内に入るため、緑川さんがはしご車を要請すると消防、警察合わせて15人が駆け付けた。そして窓を壊そうとした、まさにその時だった−。「おなかがすいたからコンビニ(エンスストア)に行ってました」。買い物袋を手に提げたジーンズ姿の“急病人”が戻ってきたのだった。

 本人の希望で病院に搬送し、医師が下した診断、それは「気分不快」だった。

              ◆◇◆

 救急車の出動要請が急増している。平成18年版の消防白書によると、17年中の救急車の出動は527万7936件と過去最多を数えた。わずか5年でおよそ110万件も増えている。これに伴い、平均の現場到着時間もこの間、24秒延びた。

 その実態は−。横浜市が昨年4月に実施した調査では、救急搬送した軽症事案の約半数は「不適切な利用」にあたったという。

 「救急車は本当に助けるべき人のところに早く行くべきです。不適切な救急車の利用はやめていただきたい。脳梗塞(こうそく)の場合なら一刻を争います」、そう言って緑川さんは「1秒の重さ」を強調した。

 あきれかえるような不適切な利用事例を紹介したい。

 駆けつけた救急隊員に保険証を差し出し、「100メートル先に病院があるから、その子を連れてって」と言って熱のある幼児を指さし、ホームパーティーの準備に追われる主婦▽「30分後に救急車を1台」という出前の注文まがいの119番通報▽1日に2度救急車を要請したことを医師に窘(たしな)められ、「税金を払っているのになんで救急車を使っちゃいけないの?」と言い放った人もいたという。

 「病院で優先的に見てもらえて、しかも(利用は)タダ。こんないいことはない。そう思われているのでしょうか」。横浜市の常陸哲生・救急課長のため息は深い。

              ◆◇◆

 「公」よりもまず、「自分の権利」が先に立つ。公共サービスの利用に際したマナー違反は、図書館でも相次いでいる。

 「1、2分待っていてください」。切り抜きなどで傷んだ蔵書があるかと問い合わせると、市川市中央図書館(千葉)の三宅博・副主幹は、言葉の通りに、ものの数分で何冊かを手にとって戻ってきた。切り抜きや落書きの被害に遭う本は月に70冊ほどで、1日平均2、3冊。文字通り日常茶飯事だ。

 「これをやったのは器用な人ですねえ」と三宅さんが手にしたのは、発売から2カ月しか経っていない真新しい料理本。表紙をめくると、いきなり「第2章」になった。第1章14ページがきれいにカッターで切り取られていた。「新刊をざっくりやられたときは捨てるのが切ないですよ」と豊田貴子・副主幹は表紙をなでる。300人が予約待ちをしている人気小説が水浸しで返却ポストに投げ込まれていたこともあった。

 切り抜きにも増して目立つのは、盗難だという。

 「つい先日はクラシックのCDが盗られ、ケースに同じ形のCD−ROMが入れられ返却されていました。新刊本が古本屋に持ち込まれたこともある。これらは公共の財産の詐取、れっきとした犯罪です」と藤沢市総合市民図書館(神奈川)の担当者は憤る。

 対策を講じざるを得ない。人気雑誌の新刊は自由閲覧をやめ、カウンターで保管し、利用時には貸し出しカードの提出を求めるようにした。人気アイドルの写真にはテープをはって、切り抜きを予防する。「公の空間で公の行動が取れない。個人的に利用できればそれでいい、他で何があろうとわれ関せず、そんな空気がある」と、この担当者は嘆いた。

 「本や雑誌の無断持ち出しはできません」−。一昨年11月、図書無断持ち出し防止キャンペーンを展開し、1日3回、まるで幼子を諭すようにそんな館内放送を流したのは横浜市中央図書館。ちなみに横浜の市立18図書館では昨年、2万1592冊、2371万円分もの図書が紛失している。館内での“警告放送” に踏み切った中央図書館の田中芳久・企画運営課長は、憂いを帯びた声で、こう漏らした。

 「当たり前のことを、あえていわざるを得なくなってしまった」(津川綾子・産経新聞)

              ◆◇◆

 《メモ》東京都の試算によると、救急車の出動には1回あたり約4万5000円のコストがかかる。不要かつ不急の119番通報を含む救急需要の増加に各自治体とも頭を悩ませており、対策を進める動きもある。

 都では救急出動後、現場でトリアージ(傷病の緊急度や重傷度の判断)を行い、搬送の要否の判断を行う仕組みの導入を検討中。横浜市では119番時のトリアージの導入とともに、医師や市民らによる第3者機関を設置したうえで「タクシー代わり」に救急車を要請する悪質な利用者には罰金を科すことを盛りこんだ条例の制定を目指している。

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(6)文化財の悲鳴

2007/01/15 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■景観変える恥の刻印

 文豪・川端康成が名作「山の音」の着想を得たといわれる静寂に包まれた場が、古都鎌倉にある。建武元(1334)年に足利尊氏の祖父、家時が開基した臨済宗の禅寺「報国寺」。約2000本の孟宗竹(もうそうちく)が生い茂る「竹の庭」で名高く、映画のスティーブン・スピルバーグ監督をはじめ、お忍びで訪れる海外の著名人も多い。

 そんな日本情緒あふれる「竹寺」を彩る一部の竹の幹に昨年秋、古竹で作ったカバーが巻き付けられた。青竹とのコントラストが際だつ薄茶色のカバー。冬の寒さから竹の幹を守るためのものではない。

 「いたずら書きを防ぐためです。生き物に傷をつける行為…ただただ残念というほかありません」

 氏原基博寺務長(51)は深いため息を漏らした。

 「あいしてるよ。ちゅ」「天誅(てんちゅう)」「参上」…。いたずら書きは、幹の表面に刃物のようなもので彫り込まれているため、消すことはできない。「人が少ない時間帯に死角となる場所で犯行に及ぶケースが多いようだ」(同寺)といい、被害は100本近くに及ぶ。

 いたずら書きは以前からあったが、ここ数年、青々とした若竹の幹を傷つける悪質なものが目立つようになった。若竹の段階で傷が付けられると枯れてしまう場合があるため、対策は不可避だった。

 景観に及ぼす影響も大きい。手の届く位置で直径20センチもの太い竹が天高くそびえるのを見られるのが最大の魅力だったが、散策路近くの傷ついた竹から伐採せざるを得ないため、間近で見られる竹が少しずつ姿を消しているという。

 「自然が醸し出す音を堪能しながら歩いたら、いたずら書きをしようという気など起こらないはず。お寺が神聖な場所という認識もないのでしょう」

 氏原寺務長の怒りは収まらない。

              ◆◇◆

 国内の観光地で昨年、国の重要文化財を傷つける行為が相次いで発覚した。

 奈良・法隆寺の東大門(国宝)の檜(ひのき)の柱には「みんな大スき」の文字。滋賀・彦根城の太鼓門櫓(やぐら)の柱や、名古屋城の東南隅(とうなんすみ)櫓の柱でも人名のような落書きが発見された。

 そこからは、自国の歴史や文化を尊び、誇りとする気持ちや、公共の財産を大切にするという思いは決して見いだせない。「自分の家や玄関に同じことをされたらどう思うか」−氏原寺務長は怒りを吐き出すかのように、そう問いかけた。関係者が一様に嘆くのは、他人の心中に思いを巡らす想像力の欠如だ。

 「落書きはやめて! 文化財が泣いています」

 群馬県安中市。平成5年に国の重要文化財に指定された「碓氷(うすい)第三橋梁(きょうりょう)」(めがね橋)に昨年末、こんな警告看板が設置された。国内最大級のレンガ構造物として観る者を圧倒する美しさだが、遊歩道脇の橋脚に落書きが目立つようになったからだ。氏名や年月日などが刃物のようなもので刻まれており、新しい落書きは文化財保護法違反の疑いもある。「本来のレンガの風合いが失われてしまう可能性もある」(文化庁)ため、修復に手が付けられない状況だ。

 「これまでは景観に配慮して目立つ看板を置くことはしなかった。でも、このまま手をこまねいてはいられません」と、安中市教育委員会文化財係の藤巻正勝さん。県と共同で進めている世界遺産登録運動に悪影響を与えないかと関係者は不安を募らせている。

              ◆◇◆

 落書きを防ごうにも、四六時中見張りを配置するだけの人員を確保するのは難しい。監視カメラを設置した場所で死角を狙った犯行が続発した例もあり、結局は「観光客のモラルに委ねるしかない」(関係者)のが実情だ。  観光地から街中に目を転じてみても、惨状は変わらない。

 電柱や高速道路の橋脚など約2300カ所に落書きが散在していた東京都豊島区は一昨年、ボランティアによる「落書きなくし隊」を結成、美化啓発に本腰を入れた。昨年11月には、区立池袋中学校の1年生25人が、たわしやぞうきんを手に、落書き消しに汗を流した。活動に携わった豊島区エコライフ課の千葉良昭さんは祈るようにこう語った。 「(落書きをする人は)目立とうという気持ちからやっているのだと思う。でも、消すことの大変さを一度身をもって経験すれば、こんなことをやろうとは思わないはず…そう信じたい」(海老沢類・産経新聞)

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 《メモ》落書きは刑法の器物損壊罪(3年以下の懲役または30万円以下の罰金もしくは科料)にあたるが、独自に条例を制定して根絶を目指す自治体もある。

 静岡県浜松市の市民マナー条例は、公共の場所の管理者に対しても、落書きされた場合は、それを消去し、落書きをした人を調査することを努力義務として定めている。また、落書きした人が判明した場合は、市長が消去するように勧告。正当な理由がなく従わなかった場合は、氏名や住所などを公表することができるとしている。 

【溶けゆく日本人】モラル破壊の惨状(7)ネットと青少年

2007.01.16 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク「教育情報」

 ■顔見えなければ…の暴走

 日頃、インターネット上で匿名を堪能している人々にとっては鼻白むような話かもしれない。だが、「匿名性」に隠れた誹謗(ひぼう)中傷の渦に飲み込まれている青少年の痛々しい実例の一つとして紹介する。

 昨年11月のこと。学校から帰宅した北関東に住む中学2年の少女(14)の携帯電話に突然、こんなメールが届いた。「お前の裸の写真を送り返せ。誰かに言ったり、送らなかったりしたらお前の秘密を(ネット上の)掲示板に書くぞ」

 差出人のアドレスに覚えがなかった。いたずらメールだと思い、やり過ごした。数分後、再び同じアドレスで“脅迫”メールが届く。「はよ撮って、送らんかい」。凍りついたという。文中に少女の実名が入っていたのだ。「自分を知っている人からだ…」。大粒の涙が頬(ほお)をつたった。

 泣き腫(は)らした娘の目を見た父親(45)は怒りが収まらなかった。だが、県PTA連絡協議会の一員としてネットマナーの啓発活動に熱心な彼は、反応すれば、相手を面白がらせ、行動をエスカレートさせることを知っていた。憤りをぐっと飲み込み、「無視しなさい」−娘にそう告げる。

 翌日、少女はアドレスを変更し、自分がキャプテンを務めるバスケットボール部のメンバーら親しい友人にのみ伝えた。2週間後の金曜日、再びメールが届く。前回と違うアドレスからだ。

 「9時45分までに貴様の…」。少女の胸をえぐるような屈辱的な文字が並ぶ。だが、父親の教え通りに無視することにした。“指定の時刻”が過ぎると、「タイムアップだ」「月曜日楽しみに待ってな」…新たなメールが届いた。耐えた。ただ耐えた。そしてメールは止まる。

 少女は犯人捜しをしなかったという。「友達を疑いたくないから」。“顔”の見えない攻撃に対し気丈に振る舞う14歳の娘の姿に、父親は唇をかみしめ、見守るしかなかった。

        ◇

 「インターネットやメールの“冷たい文字”は、悪口がストレートに心に突き刺さり、口でいわれるよりも辛さが増すんです。だれが書いたか分からないものは、それに疑心暗鬼も加わる」

 こう語ったのは、ネット上のマナーに関する啓発活動を展開している財団法人「インターネット協会」(東京)の主任研究員、大久保貴世さん。

 大人でも耐え難い、怒り、悲しみ、恐怖…。そんな世界に、多くが携帯電話を持つようになる小学校高学年にもなると晒(さら)され始め、そして落とし穴にはまる。

 「自分のブログ(日記風サイト)に、ほかの生徒や教師の悪口を書き込み、他校の生徒の写真を載せた」

 「他人を装って他校の生徒を挑発する内容をブログに書き込み、トラブルになった」

 相談で寄せられるこのような事例はもはや珍しくはない。感情の赴くままにキーボードを叩(たた)く、携帯を操る青少年たちの姿がある。大久保さんによると、生活態度には問題がない場合が多いという。

 「名前を知られずに書けるという安心感が、彼らの『攻撃性』のタガを外しているのでしょう」と、緩む一方の自制心に懸念を示す大久保さん。人の気持ちを思いやる−という人間として最低限必要なモラルを学ばなければならない時期に、「匿名性」の3文字が暗い影を落とす。

                   ◇

 匿名の「匿」。『字統』によると、人に知られずに隠れて密(ひそ)かに祈ることを示す字だそうだ。しかし最近は、人に知られずに自己アピールをする、そんな意味を帯びるようになったとも思える。

 昨年ごろから、ネット上で中高生の人気となっているのが「プロフィルサイト」。サイト内に自分の写真や星座、血液型といったプロフィルを登録した自分専用のページをつくれるもので、掲示板を置き、サイトを閲覧した人との“交流”につなげる利用者もいる。

 だが、アクセス数のランキングの上位に入ることを目指し、自分の裸の写真や、性的な経験を載せる女子中高生が少なくない。

 「匿名だからこそできることなんでしょうが」と表情を曇らせる大久保さん。名前と顔さえ出なければ…そんな「恥なき文化」の先に待っているものは何なのだろうか。

 こういった“モラルの無法地帯”に、一定の歯止めをかけようという動きも出ている。総務省と業界団体などは、今年度中にもプロバイダー(ネット接続業者)用のガイドラインを作成し、ネットでのプライバシー侵害の内容を具体的に例示することにしている。

 ただ、「書き込みをする人の権利も最大限守りたい」(掲示板管理者)という運営側の声もあり、ガイドラインがどの程度浸透するかは未知数だ。

 モラルは“漂流”を続ける。(山口暢彦)=このシリーズ終わり


【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(1)「最高学府」が泣いている

2007.03.13 日本産経新聞 byひろゆきの特亜関連情報日記

 終盤を迎えている大学入試。悲喜が混在した春の風物詩の裏では、受験生の親と大学の呆(あき)れるばかりの“格闘”が繰り広げられている。

 「教室が寒いと言っているので、室温を調節してください」

 芝浦工業大学(東京)人事課の山下修さんは、この時期特有の苦情に、もうすっかり慣れてしまったという。受験生の母親が入試の真っ最中に掛けてくる電話だ。受験生が休み時間に携帯電話で母親に知らせ、母親が大学に連絡してくる。

 介入してくる親

 昨年、同大学で実施した大学入試センター試験では、「窓の外で車のドアを閉める音がしたので気になった、と息子が言っている」という苦情が寄せられた。このクレームは、母親が高校の担任に報告し、担任が教頭に伝え、教頭が大学入試センターに連絡し、大学入試センターから大学に話がおりてきたという“一大騒動 ”だった。

 「試験会場で本人から『教室が暑い』などと意思表示があると、『しっかりした子だ』とすら感じます」。山下さんの言葉には、「諦観(ていかん)」−そんな境地さえ漂う。

 「特別教室で試験を受けさせてやってくれないですか」

 複数の大学で職員を務めた女子栄養大学(東京)広報部長の染谷忠彦さんは、受験生の母親からそんな電話を受けたことがある。理由を耳にし仰天した。「うちの子は集団が苦手だから…」−。

 むろん、断った。「一応心配になったので当日その受験生を見てみたんです。ピンピンしていましたよ」。あまりの過保護ぶりに染谷さんは苦笑するしかなかった。

 「最高学府」−。確か大学はそう呼ばれていたはずだ。そのキャンパスライフにも、あらゆる局面で親が顔を出す。

 都内の理工系の大学では、5年ほど前から入学後の行事について、「ガイダンスは学生1人で参加してください」などと、パンフレットに記載するようにしている。「書いておかないといつまでも顔を出す」(大学関係者)のがその理由だ。

 履修ガイダンスに自ら出席し、「どの教授の講義が単位を取りやすいのでしょうか」と堂々と尋ねる母親の姿はもはや希有(けう)ではなくなった。「『どんなアルバイトがふさわしいか』『サークルには入れたほうがいいか』という質問もあります。全部自分で面倒を見ないと気が済まないのでしょうか」と女子栄養大の染谷さんは嘆く。この間、隣席で子供はじっと座ったままだ。

 大学事務室への親からの“理不尽な要求”は卒業するまで絶えることはない。

 留年した学生の親からの「なぜこうなる前に知らせてくれないのか」という注文▽履修ミスをした学生の親からの「息子のために(履修を)やり直せないのか」という懇願▽宿題のリポートを自宅に忘れた学生の親からの「ファクスするから子供に渡してほしい」との連絡▽「風邪をひいて休むから教授に伝えてくれ」という依頼−。すべて、大学関係者が実際に見聞きした例だ。

 そして、どうにもならないことを知ると、決まって吐く“捨てぜりふ”がある。「『高い学費を払っているのに』という言葉です」(染谷さん)。最高学府ならぬ「最高額府」−その程度の認識なのだろう。

 もちろん、こんな親ばかりではない。だが、「行き過ぎたかかわり方をする親は確実に増えている」(芝浦工業大学の山下さん)というのが大学関係者の実感のようだ。

 そうした過保護の集大成ともいえるのが、就職活動。ここ10年で大学の合同就職セミナーに親が大挙して押し寄せるようになったという。「特に母親なのですが、企業担当者に自分の理想を蕩々(とうとう)と述べるのです。『この子には御社がふさわしい』とか、『ベンチャーはちょっと』とか」(中京地区の大学就職課関係者)。ここでも子供は行儀よく座ったままだ。

 そして、わが子の就職活動が難航すると、「がんばれ」と背を押すでも、尻を叩(たた)くわけでもない。親に向けた就職説明会を開いている「親向け就職ドットコム」の矢下茂雄さんは苦言を呈す。

 「就職浪人しても構わない、と逃げ道を与えるわけです。やりたいことが見つかるまでは面倒を見てやるとも言って、衣食住を与える。こういうときこそ厳しさが必要。優しさの意味をはき違えている」−。

 こうした過度の庇護(ひご)のもとで育った“おとな子供”が、一人また一人と社会に巣立っていく。受け入れる企業で待ち受けるもの、それは、さらなる“喜劇”、そして“悲劇”だ。(森浩)

                 ◇

 過保護−。大辞泉には「子供などに必要以上の保護を与えること」とある。必要以上の歪(ゆが)んだ愛情や遠慮が、子供の、後輩の自立や成長を阻害し、結果的に不幸な道を歩ませていることが少なくないようだ。連載「溶けゆく日本人」、新シリーズのテーマは「過保護が生む堕落」。

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 ■ メモ アメリカの大学でも近年、過保護な親「ヘリコプター・ペアレンツ(helicopter parents)」の存在が指摘されている。子供に過剰なまでに介入する様子が、上空を旋回していてあっという間に地上に降りてくるヘリコプターのようであることから、名付けられた。人間環境大学(愛知)の石上文正教授(時事英語学)は「かつては皿洗いをしながら学費を稼ぐような(自立した)大学生が多かった。日本同様、アメリカでも親子関係の変質が始まっているのかもしれない」と分析している。

【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(2)シュガー社員 ツケを払うのは会社

2007.03.14 日本産経新聞 by日本戦略コラム

 「シュガー社員」−。札幌市の社会保険労務士事務所所長、田北百樹子(ゆきこ)さんは、過保護に育てられ自立心に乏しい社員をそう呼ぶ。「甘い=砂糖」の意味を込めたネーミングだ。きっかけは、労務相談で耳にした人事担当者らの悲鳴だった。

 「繁忙期に残業すると、『なぜ残業させるのか』と親から電話がくる。中小企業では、親が会社に文句をつけてくるのも驚くべきことではないのかもしれません」

 ある機械販売会社に勤める20代の女性社員は、あまりに仕事の進みが遅く、ミスも多かったため、上司から時間の使い方を注意された。

 「親にさえ叱(しか)られたことがない」

 女性社員は急に怒り出し、翌日から出社しなくなった。

 「本人が辞めたいと言っていますので…」。数日後、会社に電話してきたのは母親だった。「学校を休むのと勘違いしている」(田北さん)。結局、本人からは何の挨拶(あいさつ)もなく、備品の返却や必要な退職手続きは、すべて母親が“代行”した。その姿は、自立した社会人像とはほど遠い。

 こんな事例もある。

 「資格を取るために勉強できるか」と聞かれ、「親に相談します」と答えた▽「娘の労働条件をすべて把握したい」と社外持ち出し禁止の就業規則をほしがる親と、それに従おうとする娘▽仕事で壁にぶつかるたびに、「やりがいがない」「自分に向いていない」と転職を繰り返す40歳近い男性社員と、そのたびに生活費を援助する母親…。一昨年夏、田北さんが常識外れの社員の言動を「実践マナー講座」としてDVDにまとめると、「社員教育に使いたい」と、地元企業からの問い合わせが殺到した。

 「自分の言うことが何でも通るような家庭環境で育ったからでしょう、権利ばかりを主張し、周りへの配慮に欠ける社員がここ数年増えています」と田北さん。そして、こう“指弾”した。

 「『かわいがる』と『甘やかす』の区別ができない親が多い」

              ◇

 大手企業の関係者も、“過保護社会”の影を感じ取っている。

 「御社は私をどう育ててくれるのですか」

 人事コンサルタントの田代英治さんは、ここ2、3年、大手企業の採用面接で、学生からそんな質問が続出していることに違和感を抱く。

 「今まで周りから与えられ続けて、自分で道を切り開く経験が不足しているのでしょうか。言われるまでただ待っている受け身の人は確かに増えました」。売り手市場のなか、「内定者に入社してもらう決め手は親あての手紙」(中堅企業)という声までも聞こえてくる。

 がぜん、社員教育の比重は増す。しかし、指導する立場の上司も問題を抱えており、事はすんなりと運ばない。

 3月上旬、東京都足立区の研修センターに、主に中小企業で働く20代から50代の管理職や管理職候補16人が集まった。社員教育を手がける「アイウィル」(東京)が行う2泊3日の「管理者能力養成コース」。参加者たちが熱心に耳を傾けていたのは「叱ること」と「ほめること」についての講義だ。

 講座では、叱るときの注意点や心構えなども学んだが、そのなかで参加者に求めた自己採点の結果は、軒並み合格点以下だった。「叱れない」管理職たち−そんな現実を再認識するものとなってしまったのだ。

 叱られた経験が少ない人が上司になるケースも増えており、年間の修了者数は10年前の約3倍に上る。最近では「叱り方」を教える本も書店に並び、人気を集める。

 「部下に仕事を指示しても、『半分にしてください』『ほかの人に回してください』なんて言われてしまう。その直後に叱るべきだが、『厳しく言うと辞めてしまう』という思いや、諦(あきら)めから、結局、大抵の上司は指導すべきときにできないし、しなくなる。それが今の“普通の会社”の状況です」

 アイウィルの染谷和巳社長の嘆きは深い。

                ◇

 親と子、教師と生徒の関係が対等に近いものに変質していく一方で、「利益を上げるための組織である企業には、多かれ少なかれ上下関係や守るべきルールが存在する」(田代さん)。このギャップにつまずき、入社直後に辞める若者が後を絶たない。

 「失敗してもねばり強く取り組む力」「チームで働く力」−。経済産業省の研究会が昨年初めて定義した「社会人基礎力」だ。産業界からの「学力に表れない力」の低下を懸念する声を受けたもので、そこには、「これまでは、子供から大人になる過程で『自然に』身に付けられるとされてきた」(同省)ような文言が並ぶ。

 アイウィルの染谷社長は言う。

 「いまや家庭も学校も本当に必要なしつけはすべて先送り。そして、会社がお金を出してうちのような研修に参加する。過保護のツケを企業が払わされているのです」(海老沢類)産経新聞

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 【メモ】独立行政法人労働政策研究・研修機構が平成17年、全国の従業員100人以上の企業1237社に、若年社員(34歳以下、非正規従業員も含む)の問題点(複数回答)を聞いたところ、「コミュニケーションが下手」が27.6%と多く、「定着しない」(18.4%)、「あいさつできない/電話での応対が下手」(17.5%)が続いた。また、若年社員の定着のために工夫していることでは「人事部や上司による面接」(36.9%)、「成果の賃金への反映」(34.4%)などが多かったが、「何もしていない」という回答も22.2%に上った。

【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(3) 既婚なのに小遣い

2007.03.15 日本産経新聞 by日本戦略コラム

 ■「貰って当然」感謝なし

 「夫が母親のところへ毎週のように出かけ、ゲームソフトを買ってもらっているんです」 相談に耳を傾けていたファイナンシャル・プランナーの畠中雅子さんは、その言葉に二の句が継げなかった。悩みを打ち明けたのは20歳代の主婦。夫は同じく20歳代半ばの会社員で、月収は25万円ほど、生後9カ月の子供がいる。

 この夫は、母親から“小遣い銭”ももらっているという。理由はどうやら、妻から渡される毎月の小遣いの少なさにあるらしい。夫婦間で決めた額であり、本来なら母親が入り込む余地などないはずだが…。

 驚きの“暴露”はそれでも終わらなかった。夫婦で暮らす3500万円のマンションは母親が即金で買ってくれたもの。息子が自動車事故を起こしたときには、新車を買い与えた。

 「母親は50歳代。夫はすでに亡くなり、遺族年金で暮らしているようです」と畠中さん。妻の話から察すると、老後の蓄えは底をつきかけている。

 「結婚しているわが子のために自分の生活を切りつめる。そんな姿がまざまざと思い浮かびます」。畠中さんのため息は深かった。

                ◇

 親が、結婚しているわが子に生活資金を援助する−。畠中さんによると、そんな事例を耳にする機会が明らかに増えているという。

 ある50歳代の母親は、畠中さんにこう漏らした。「サラリーマンの息子は仕事が忙しく、帰宅は連日夜の11時を過ぎる。給料は月20万円台。働く量と収入が見合っていない。かわいそうで…」。息子は30歳代で、妻、母親と同居。亡くなった父親は事業主で高収入だったため、母親の目には、会社勤めが割に合わなく映るらしい。

 そんな母が思いついたのは「小料理屋を持たせること」。店を経営すれば、会社員をしているよりは生活が楽になると考えたようだ。そして母親は、こう告げた。「私が開業資金の3000万円出してあげようと思っているんです」。傍目(はため)には短絡的で滑稽(こっけい)に映るが、その表情は真剣だ。

 東京都内に住む20歳代の主婦のケース。父親が経営する不動産会社で週1日、2時間ほど経理の仕事を手伝い、給料名目で月20万円ほどもらっているという。会社員の夫は咎(とが)めることをしない。「恥ずかしい」などという感覚は育(はぐく)まれていないのだろう。

 この2つの事例は、かなり余裕のある家庭のケースかもしれない。だが、ゆとりの“レベル”にかかわらず、「既婚の子供」への親の援助は、そのことに違和感を抱くこともなく、もはや“愛情表現”として広がっている。実家へ帰省する若夫婦の車代を全額負担する親の姿も、それを当然のごとく手にする子供の姿も、今では、親子の絆(きずな)を示す美しい光景のように描かれようとしている。

                ◇

 「国民一人一人の給料を2倍にする」−そんなかけ声とともに幕が開いた高度経済成長とともに時代を駆け抜けた現在の中高年世代。そんな彼らの子供が今、1人また1人と家庭を持つようになっている。

 彼らの目に映る若い夫婦の姿、それはなぜか、「経済的に恵まれていなくてかわいそうだ」という同情心を生むことが少なくないようだ。

 埼玉県に住む会社員の男性(59)には、専業主婦の娘(31)がいる。結婚5年目で子供は2人。娘は一戸建ての民家を借りて住んでいるが、毎月の家賃7万円は父親が払っている。娘の夫(27)は自動車販売会社に勤め始めて6年だが、給料は手取りで20万円に満たず、入社したころとほとんど変わっていない。

 「私が若いころは、給料は上がるものと決まっていました」と男性。少々苦しくても、今さえ踏ん張れば楽になるという気持ちがあり、「親から援助を仰ぐ気はなかった」と振り返る。しかし、わが子が自分と同じ道を歩めていないのを見ると、かわいそうで仕方ないという。

 「蓄えはほとんどなく、夫の給料は上がりそうにない。自分に余裕があるわけでないけれど、援助してしまう。何歳になっても子供はかわいいですから」。男性はこう言って苦笑した。

 家族問題の相談などに乗る「原宿カウンセリングセンター」(東京)所長、信田さよ子さんは語る。「今の子供は給料がなかなか上がらず、自分たちの生活レベルに達するのは難しい。自身の成功体験に照らし合わせて、助けてやらねば−そのように感じてしまうんでしょう」

 ただ残念ながら、「懸命に援助しても、子供は感謝せず、当然と思っているケースが実に多い」と畠中さん。「与えること」が必ずしも親の愛情であるとは限らない。信田さんはいう。「子供を助けたくても助けない勇気−。それが親には求められていると私は思います」

 こんな諺(ことわざ)もある。

 「親苦労す、子は楽す、孫は乞食(こじき)す」(山口暢彦)産経新聞

               ◇

 【メモ】今の若い人たちは親からどれほど“資金援助”を受けているのだろうか。さまざまなデータがあるが、例えば、結婚にともなう家具や家電購入の新生活準備費用。結婚情報誌『ゼクシィ』(リクルート)が平成18年、結婚したばかりの読者ら約1000人を対象に調べたところ、親や親族から資金援助を受けた人は67%。平均額は約231万円だった。一方、人生最大の買い物である住宅。社団法人「住宅生産団体連合会」(東京)が約3600人を対象に調べた17年度「戸建注文住宅の顧客実態調査」によると、購入資金として親などから贈与をあおいだのは20、30代で25〜27%。最も回答の多かった贈与額は、30歳未満では「1000万円以上1500万円未満」だった。

【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(4)地域も手助け 子育てより、まず親育て

2007.03.16 日本産経新聞 byガチンコ冒険塾 親育て

 「親はなくとも子は育つ」−。親が早世しても、子供は自身の生命力と周囲の人々の情愛により、案ずることもなく成長するという諺(ことわざ)だ。それが今や、こう揶揄(やゆ)されるご時世となった。

 「親がいても子はうまく育たない」

 子供を育てる前に、まず親育てを−そんな時代になりつつある。

 大阪府豊中市内の府立高校で昨年秋、こんな授業が行われた。教壇に立つのは、近くに住む68歳の主婦。2年生の生徒約40人に生卵を手渡したあと、こう語りかけた。

 「卵を、生まれたばかりの自分の赤ちゃんだと思って、顔を描き、名前を付けて、生年月日も決めてください」

 生徒たちは顔を描き終えると、卵を自らの手で温め始めた。少しずつ熱を帯びる卵。次第に愛(いと)おしさを覚え、手放したくないと訴える生徒もいたという。

 大阪府教育委員会が平成16年度から実施している、親になるための授業「親学習プログラム」だ。中高生を対象にした「親となる準備期」のほか、子育て中の親に向けた授業も「前期」「後期」などに分けて行っている。講師役を務めた主婦は、同プログラムの講義を受けた「ファシリテーター」(進行役)の一人。受講者は16、17年度合わせて約5000人に上る。府教委ではさらに19年度から、対象を、親になるまでは10年以上は要するだろう小学校高学年の児童にまで拡大するという。

               ◇

 「温泉卵」−。大阪府教委のプログラムの作成に参加した相愛大学(大阪市)の岩堂美智子教授(発達心理学)は講演で、現在の保護者たちをこう表現することがある。見かけは成人でも、中身は半熟という喩(たと)えだ。

 少子化、核家族化が進み、「子育て」に接する機会が減少するとともに、その尊さや喜び、厳しさと難しさの実体験や、「子の親になる」という自覚が乏しいまま育児を始める親が確実に増えつつある。

 大阪府主催のシンポジウムでは、幼稚園や保育所の関係者から、こんな声が相次いだことがある。「衣服の着脱など(幼稚園・保育園)生活の基本的なことが、しつけられていない」「授業参観で私語をする」「自分の子供さえ良ければ、周囲に迷惑をかけてもはばからない」…。

 学校現場を良く知る別の大学教授は、こう分析する。

 「1980年代から、母親が子供に過干渉する『母子一体化』という流れが底流にあるんです。今の若い親世代は必要以上に大事に育てられたため、『自分が楽しむこと』を大切にする傾向がある。子育てでも、そうなりがちなのではないでしょうか」

 平成元年12・4%、6年14・7%、11年17・6%、16年21・4%…、厚生労働省が5年ごとに行っている「全国家庭児童調査結果」では、「しつけや子育てに自信がない」と回答した世帯が、右肩上がりで増え続けている。そこに「楽しめないから自信も…」という図式が成立していても不思議ではない。

 こんな実態を受け、文部科学省では16年度から「家庭教育支援総合推進事業」として、地域の子育て団体などに事業を委託し、家庭教育の推進を行っている。18年度予算には約9億8700万円が計上された。親の教育に血税を注ぎ込む−そういう時代になったということだ。

                ◇

 過保護や過干渉が招いた家庭の教育力の低下は、行政が“尻拭(ぬぐ)い”をするしかないのだろうか−。それこそ「過保護では」という皮肉さえ聞こえてきそうだが、岩堂教授はこう指摘する。

 「(行政が手助けをしなくても)地域社会などがしっかりしていれば、親はなくとも子は育つのでしょうが、今は子育てで相談する相手を見つけられない親が増えている。家庭と地域社会をつなぐ絆(きずな)をしっかりと作らないといけないんです」

 親学習プログラムを展開する大阪府教委地域教育振興課の担当者も、「行政が地域と親を結ぶ“井戸端会議”の場所を提供していると考えてください」と説明する。

 親力低下の事態は深刻なのだろう。ニーズは大きい。「親育て教育」は全国に広がりつつある。

 栃木県では、大阪府を視察したうえで18年度から、一部地域で実施している。同県生涯学習課では「しつけ、生活管理、善悪の判断、他人への思いやり…。最低限、家庭でお願いしたい教育が、現状では十分になされていないのです」と話す。

 埼玉県でも、大阪府の親学習プログラムを「先駆的事業」(教育局生涯学習文化財課)と評価。すでに視察を終え、プログラムを作成中だ。

 子を持つ親だけでなく、「ポスト親世代」をも対象にした親育て教育の拡大。その先には果たして、「親がいて、子がうまく育つ」時代が待っているのだろうか。 (村田雅裕)

【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(5)良縁探し

2007.03.19 日本産経新聞 by日本戦略コラム

 ■“代理見合い”に群がる親

 「うちの娘は優しく、思慮深いです」「息子は誠実で、子供好きです」…。わが子の年齢や学歴、職業、親から見た長所を書き込んだ身上書を手に、親同士が子供の結婚相手を探す。「親を見れば、子供や家庭のことが分かる」ということなのだろうか。こうした“代理見合い”が、各地で盛況だ。

 代理見合いサービスの先駆けといわれる札幌市の結婚相談所「オフィス・アン」が企画する、未婚の子を持つ親同士の交流会「親の縁は子の縁」。埼玉県の62歳の女性は、派遣社員として働く35歳の娘の伴侶(はんりょ)を見つけるため、4年前からこれまでに3回、交流会に参加している。

 「子供を産むには年齢的にそう猶予はありません。たとえ相手とうまくいかずに離婚したとしても、一度結婚したとしないとでは、人生を振り返ったときの納得度が違うはず。(私が交流会に参加することで)本人が結婚を真剣に考えるきっかけになると思っています」

 娘は、親が選んだ男性と、その都度会ってきた。しかし、「ご縁」は今のところ、実を結んではいない。

 「『親のエゴ』といわれれば、そうかもしれません。でも、過保護とは思いません。だって、親だけがしてやれることですから」

 晩婚や生涯未婚への焦りが、代理見合いに母親を駆り立てる。

               ■□■

 結婚を前提に異性を紹介する結婚情報サービス産業。お見合いや職場結婚が減るなか、理想の条件に合う相手を探す結婚適齢期の男女にとっては、“現代の仲人”といえる。

 「異性と知り合う機会がない」。そんな現状を打開しようとする場面にも、親離れ、子離れできない姿が垣間見える。ある結婚情報サービス会社のベテラン相談員が明かす。

 30代半ばの団体職員の男性は、相談窓口で紹介システムの説明を聞いている間中、携帯電話が15分おきに鳴った。かけてきていたのは、母親。母親はロビーからかけていたのだという。男性は、その場で入会金や会費など約40万円を一括納金。支払った現金は、男性からの連絡を受けた母親が近くのATM(現金自動預払機)でおろしてきたものだった。

 「つまり、母親に付いてきてもらっていたわけです。かといって、同席するわけでもなく、中途半端な関係です。親離れ、子離れするタイミングを逸してしまったのでしょう。結婚が本人同士だけの問題でないことは理解できますが、親があまり入り込みすぎると、良縁も壊れることもあります」。男性は現在、30代前半の女性と交際中だ。

 行き過ぎた親の介入例は他にもある。この相談員が続ける。「個人情報保護のため、たとえ実の親であっても、会社側から会員の情報を開示することはありません。にもかかわらず、頻繁に電話をかけてきて、紹介相手や交際の進展を確認しようとする親もいます」

 こんなクレームの電話をかける親もいる。「うちの子の相手は私が探します。資料なんて、送ってこないで」。もはや“逆ギレ”である。

               ■□■

 「47・1%」と「32・0%」。これは、平成17年国勢調査による30代前半男性と同女性の未婚率だ。2年の調査の男性32・6%、女性13・9%に比べ急上昇している。国立社会保障・人口問題研究所の17年出生動向基本調査では、平均初婚年齢が男性29・1歳、女性27・4歳。4年に行われた調査の男性28・3歳、女性25・7歳と比べ、晩婚化も進んでいる。

 こんな現状を反映するかのように、結婚支援は今や、自治体にも広がりをみせる。こども未来財団の15〜16年度調査では、回答した2253市区町村のうち、約半数が「結婚相談員」「出会い事業」などを実施。また、7割以上の自治体が何らかの支援を「やるべきだ」と考えている。背景には、未婚率の上昇が少子化を招き、ひいては「地域全般の活力が落ちる」ことへの危機感がある。

 しかし、結婚はプライベートな問題として、「行政はかかわるべきではない」と考える自治体も14・4%あった。調査結果を踏まえた提言には、こうある。「周りがいかにおぜん立てをして、励ましても、そこには無理が生じる」。結婚支援の限界性を指摘している。

 「『過保護の極み』『子を甘やかす親』という一面があることは否めません」。前述の「オフィス・アン」の代表、斎藤美智子さんは、自らが手がける代理見合いサービスについて、そう話す。

 これまでに30回を超える親同士の交流会を開催。成婚カップルは「60組を超えます」。だが、斎藤さんは最近、親同士の交流会をやめようか、と思い始めてもいる。理由は、20代の子供を持つ親の参加が半数を占めるようになってきたからだ。

 「もともと、結婚しない子供への悩みを抱えたまま、どんどん年をとる親があまりにもふびんで始めたこと。『子供に結婚してほしい』と願う親の気持ちはよく分かります。でも、このくらいの年齢なら、本人の自助努力で相手を探すべきです。それが本来の姿だと思うのです」(頼永博朗 産経新聞)

                ◇

 ≪メモ≫ 国立社会保障・人口問題研究所の平成17年出生動向基本調査によると、「結婚しない理由」は、25歳以上では男女とも「適当な相手にまだめぐり会わない」という答えが約半数を占めた。また、男性では「結婚資金が足りない」という回答が年齢を問わず、過去の調査と比べ増えている。その結婚資金。結婚情報誌『ゼクシィ』(リクルート)の18年調査では、結婚式・披露宴などの費用を親や親族から援助してもらったカップルは全体の75.3%にのぼっている。その総額は、平均で181万4000円。

【溶けゆく日本人】過保護が生む堕落(6)「安全」という保身

2007.03.20 日本産経新聞 by日本戦略コラム

何度も転び、ひざをすりむいても立ち上がる。自転車の練習を黙って見守ることができるかどうかは、親の度量が試される場面だ

 ■成長阻む逃げの姿勢

 「それ、甘やかしすぎと違いますか?」。お笑いコンビ「丁半コロコロ」の西尾季隆(ひでたか)さん(37)は昨年10月、テレビ番組の収録で訪ねた新潟県内の小学校で、思わず校長にそう問いかけていたという。

 小用を足すために借りたトイレに驚いた。そこには洒落(しゃれ)たデザインの男性用小便器と、ウォシュレット付きの便座があった。聞くと、親たちから相次いだ苦情を踏まえ、子供たちのために改修したという。

 「保護者から『学校のトイレが汚い』『子供がトイレに行けない』という“ご指導”が相次ぎまして…。『汚いから』と5年間一度も学校のトイレを使わなかった女の子もいたのです」。校長は保護者に遠慮するように説明した。西尾さんは言う。「汚いと思ったら、子供たちに掃除をさせればいい。学校のトイレに文句をいうなんて、親は口を出しすぎ」

 子供にトイレ掃除をさせるなんてとんでもない−そんな声もあがりそうだ。しかし、教師が率先して生徒とともに、自分たちが使うトイレの掃除に取り組み、その心の教育から学校が正常化していった例もある。

 西尾さんは冷静にこう懸念する。

 「何か(気に入らないことが)あったら、お母さんに頼ってしまう。そして文句を言って“解決”する。子供たちにとって悪循環を招かないですかね?」

              ◇

 汚いからと子供に触らせない、辛いことはさせたくない−と、子供が歩む道を、つまずかないようにと先回りし、平坦(へいたん)に均(なら)そうとする親や大人の姿がある。

 「この子が泣くので、もう帰らせてもらいます」。5歳以上の子供らに自転車の乗り方を教えているNPO法人「マイヨジョーヌ」(東京)の事務局次長、高谷徳成さんは、指導中に転んだり、うまく乗れずにぐずる子供をすぐに自転車から降ろそうとする親の姿をときどき目撃してきた。

 「何とか自転車に乗れるようにさせたいから、私たちは真剣。だからこそ子供を『泣くな!』『しっかりやらないと乗れないぞ!』と叱咤(しった)するのだが、両親からは『私も叱(しか)ったことがないのに』と不満げな顔をされる」と高谷さん。苦笑の混じった声色からは、諦(あきら)めもうかがえる。

 千葉や東京の幼稚園や保育園で体育指導をする吉澤忠男さん(46)も、目の前の壁を越えるようにと子供を促すことをせず、むしろ壁から遠ざけようとする親に日々接している。

 「『体操が嫌だ、と子供が言うからお休みさせます』と伝えてくる親がいる。失敗の経験は、子供のチャレンジ心をはぐくむのだが、いまどきの親は子供に失敗を味わわせたくない、という考えが強くなった」

 吉澤さんは、そんな親の“逃げ”の姿勢が、今後の子供の成長に影響しないかと強く懸念している。

              ◇

 子供が被害者となる痛ましい事件や事故が相次いでいる。「子供を守りたい」という親や教師の思いは理解できるが、その愛情の針が極度に振れ、歪(ゆが)んだ形で露呈するようになってきている。子供の周りの“危険な芽”を早めに摘もうと、細かな不文律のようなものを設ける学校が増えている。

 鹿児島県内の公務員(34)の小学1年の娘(7)は昨年夏、お気に入りのノースリーブのブラウスを学校に着ていったところ、教師から「ノースリーブは禁止だ」と咎(とが)められたという。「子供を狙う事件が増え、肌の露出はよくないという理由ですが、そこまで縛るのは行き過ぎでしょう」と公務員はあきれる。

 その一方で、子供への安全対策を装いながら、「事なかれ主義」的な大人の事情が子供の学びの制約となっていることも少なくない。こんな証言がある。

 昨年5月、静岡県内に住む大学職員の男性(47)に、小学4年の長男(10)が今にも泣きだしそうな顔でこう訴えた。「コンパスは針があって危ないから授業では使わないって先生に言われた」

 算数の授業が「円と球」の単元にさしかかり、長男は近所の文具店で購入した銀色の新品のコンパスを使い、授業を受けることを心待ちにしていた。

 男性は担任に電話で理由を聞き、絶句した。「子供にケガをさせたときに、私は責任を取りたくない。ケガ人が出た場合、お父さんが全責任をとってくださるのですか?」

 コンパスだけではなく、刃の上にふたのない携帯用鉛筆削りすら学校に持ってきてはいけないと知った。「通常の使い方をしてコンパスの針がちょっと指に刺さっても、痛さや道具の使い方を学べるいい機会になるはず。危ないからといって使わせなければ、そんな学習の機会が失われることになるんじゃないか」と男性。

 ケガをしないように−。「子供の安全」を盾に取って、大人による保身が過保護につながっているのも現実だ。(津川綾子)産経新聞

              ◇

 ≪メモ≫  「親の過保護が目につく」という声は自治体などのアンケート結果でも目立つ。名古屋市が平成18年、市民を対象に実施した市政アンケート(有効回答981人)で、84・5%が「家庭の教育力が低下している」と回答、そう答えた人に原因を聞くと、41・4%が「過保護、過干渉な親が増えた」と答えた。また北海道が17年、青少年の育成にあたる青少年育成運動推進指導員を対象に実施したアンケート(回答154人)では、94・1%が家庭の教育力低下を感じ、その理由について71・5%が「子供を過保護や過干渉に育てる親が増えた」ため、と回答している。


【溶けゆく日本人】(1)人間関係の不全 消える「長幼の序」

2007.05.28 日本産経新聞 by日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」

 ■新人議員、先輩に“ため口”

 「郵政解散選挙」から1年の時を刻んだ昨年。東京・永田町の自民党本部に、こんな場景があった。

 「あらあ、○○ちゃん、最近どうしてんの?」

 声の主は前年に初当選を果たした、いわゆる“小泉チルドレン”の一人。視界に入った同僚議員に声をかけたのだった。

 足を止めた議員は国会議員歴10年以上の先輩。「面識がある」程度の間柄で、会話を重ねたことはなかったという。そんな先達を下の名前に「ちゃん付け」で呼び止め、“ため口”を交え雑談を始めた新人議員。

 先輩は受け答えに応じたが、別れると秘書にこうつぶやいた。「変わった人だね」。この秘書によると、「議員の目は“点”になっていた」という。

 「あの人は女性じゃないから、(選挙)応援に寄越(よこ)すのはやめてください」

 自民党女性局の居並ぶ先輩議員にこんな言葉を投げつけ、場を凍り付かせた“チルドレン”もいた。「あの人」とは、男性的な服装や髪形が特徴の女性議員のこと。

 この新人議員の地盤で行われる地方選挙への応援要員に彼女の名が挙がったのを、そんな言葉で拒絶したのだった。

 自民党の西川京子議員は嘆く。

 「『長幼の序』なんて、(若手からは)なくなってしまった」

 長幼の序−。「年長者と年少者の間にある一定の秩序」のことだ。

 経験・知識を積んだ先輩、年長者を敬うことは、長い間、日本で大切にされてきた儒教に基づく道徳心だが、「美しい国」作りを標榜(ひょうぼう)する自民党の“本丸”からも、過去の遺物のごとく葬り去られようとしている。

                   ◇

 「先輩を軽んじるようになったな」−。国政選挙で13回の当選を重ねた民主党の渡部恒三・最高顧問も実感しているという。それも歩調を速めるように。

 ほんの数年前までは「許されなかった」「してはいけないとわかっていた」“逆転現象”が今、与野党の議員を問わず日常茶飯事に起きているのだ。

 法案の勉強会で、一番の上座(かみざ)に平然と着席する新人▽地方の補欠選挙の応援に訪れた先輩議員を当然のごとく迎え入れたうえ、「よろしくお願いします」の一言もない若手議員▽テレビ番組で他党の党首を指して「こいつ」と言う若手…。

 だが、仕方がない面もあると西川さんは同情を口にする。「若い人たちが教わる機会が以前より明らかに減っているから」だ。

 自民党では若手教育の場の一つは「派閥」となるが、例えば“チルドレン”は当選時の執行部の呼びかけもあり、所属していない議員が少なくない。それを好意的に受け入れる世論もある。

 しかし…。「先輩が飲みに連れていって、『あれはな』なんて教えてくれたり、注意したり。派閥にはそんな役割もあるんです」

 故に派閥を肯定する、そういう意味ではない。長幼の序を教える人間関係の構築さえしにくくなっている現状があるということだ。年功序列の打破、実力主義、若手の登用…。

 時代を吹き抜ける風は、「守るべきもの」を守りにくくしている。

 「いいか、政策の議論に遠慮は要らない。だが、酒席などでも『席順』はあるからな。それは守れ」

 西川さんは今、自身が属する志帥(しすい)会(伊吹派)の元会長、江藤隆美元衆院議員が若手に再三再四そうクギをさしていた、その意味をかみしめているという。

             ◇

 日本を吹き抜ける風、強弱の差はあれ、その向きはどこも同じだ。 

 「打ち合わせ中、いつのまにか『だよね』口調になっている」「部署の飲み会でいっさい動かず、先輩にすべてをやらせている」…こんな怒りや愚痴が、「エリート」と呼ばれる人々が集う東京の霞が関や丸の内からも漏れる。

 だが、それを戒める人は少ない。「変わった奴だ」と片づけて…。窘(たしな)めることを避ける、そんな人間関係の不全が日本を巣くう。

 「『長幼の序』を重んじる心、それは『敬語の使用』や『還暦の祝い』といった数々の日本固有の文化を生み出してきたことを忘れて欲しくない」。

 こう語ったのは、日本に伝わる冠婚葬祭に関する啓発教材を出版する会社の社長、工藤忠継さん。失われゆく日本文化を後世に伝え継ぎたいと東奔西走する日々だ。

 「長幼の序の崩壊、それは日本文化そのものの危機です」。強い口調でそう警告を発した。(山口暢彦)

                   ◇

 親が子を棄てる。教師が生徒に敬語を使う。隣人は知らぬが顔の見えない人との“会話”に夢中になる…。人と人の“距離”が目に見える形で変質している。

 距離を見失った結果、時に「個」に逃げ、また過度に密着し、あるいは上下関係を否定する日本人がいる。

 連載「溶けゆく日本人」、新シリーズのテーマは日本を覆う「人間関係の不全」。

                   ◇

 【メモ】 人をねぎらう場合、相手が目上なら「お疲れさまでした」、目下なら「ご苦労さま」が正解とされる。

 文化庁が昨年2、3月に全国の男女約2000人を対象に実施した「国語に関する世論調査」によると、仕事が終わったとき相手にどのような言葉をかけるかを聞いたところ、相手の職階が上の場合、「お疲れさま(でした)」が69・2%で最も多く、2位が「ご苦労さま(でした)」(15・1%)に。

 一見、まともな結果だが、相手の職階が下の場合も、1位が「お疲れさま(でした)」(53・4%)で、2位が「ご苦労さま(でした)」(36・1%)という結果に。

 多くの人が、相手との上下関係を意識せず、これらの言葉を使っていることが分かった。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(2)指導の手段 失う教育現場

2007.05.29 MSN産経新聞 by日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」

 ■みんな平等

 関東地方の中堅私立大学で講壇に立つ佐々木和子教授=仮名=はこの4月、新年度最初の講義で学生たちに念を押した。

 「ここは、学校という教育の場。私たちはお友達ではありません」

 教える者と教わる者…両者の間の“境界線”が消失しつつある、そう感じていたからだ。「教授を『さん付け』で呼ぶ学生がここ2、3年で顕著に増えた。長年の信頼関係があるわけではない。初対面や短期間の付き合いで、そう呼ぶ風潮には非常に抵抗があります」

 休み時間に研究室や教職員用のロビーを訪れた学生から「○○さん、いますか」と声をかけられることは希有(けう)ではなくなった、という。論文を引用した研究者名や、課題レポートの表紙に書く担当教授名を「○○さん」と書く学生が出現し始めた。「あだ名」が書かれていたこともある。普段、突飛(とっぴ)な行動が目立つわけではない。ごく普通の学生たちだ。そのたびに「○○先生でしょ」と注意しているが、不満げな表情が返ってくることも少なくない。

 「いわば『友達感覚』。上下関係という規範意識よりも、親しみを表す方が優先順位が高いのだと思う。学生からすれば『私たちの仲間に入れているのになぜ距離を置くのですか』という気持ちかもしれません」

 佐々木教授は「先生」という言葉が連想させる上下関係を回避したがる学生の心中を推し量る。そんな風潮を、良かれと笑って受け入れる教授もいる。だが、どうしても違和感がぬぐえないという。

 「将来社会に出て不利益を被るのは本人。私自身は、指導教授を『さん付け』で呼ぶことは一生ないでしょう」

             ◇

 「先生も生徒も平等だろう」

 荒廃した教育現場をリポートした『公立炎上』(光文社ペーパーバックス)の著者で、現役高校教諭の上田小次郎さんは数年前、たばこを吸っていた生徒に注意した学年主任が、そう反論されたことが印象に残っているという。言うまでもなく未成年には許されないこと。だが、納得できる説明を求める生徒側と問答が続いた。

 「注意されてもなかなか自分の非を認めずに『指導法が悪いから』『そんなに怒らなくても』と反論してくる。教師の、大人の権威は薄らぎ、生徒たちの平等意識は強くなっています」と上田さん。反論の余地を与えないために、現場の教師は生徒を叱(しか)る際、これまで以上に気を使う。女性教師は、髪の色や化粧もできるだけ地味にするよう神経を磨(す)り減らすという。

 小学校の現場からも、類する声が漏れ聞こえてくる。

 目の前で教師が率先して掃除を始めると、以前なら「先生がやっているからやらなきゃ」という子供が大半だったが、最近は「先生がやっているからいいや」と傍観する(神奈川、高学年)▽授業中に教室を離れようとしたので注意すると、「先生だってやっているじゃないか」といわれた(東京、高学年)…。

 「『大人がやってもいいことは子供もやっていい』…そんな意識の子供が多く、『大人には許されても、子供はまだダメ』というかつての論理は通用しにくくなった。子供たちが対等な意識で接してくるとは思っていないベテラン教師ほど、その戸惑いは大きい」

 東京都内の元公立小学校長はそう打ち明ける。

             ◇

 学校の地位低下が叫ばれて久しい。「教師より高学歴の親が増えたこともあり、家庭と学校の地位は逆転している。親は教育への不満を学校にぶつけ、子供の前でも教師の悪口を言うようになった」と、武庫川女子大学の新堀通也名誉教授(教育社会学)。言わずもがな、子供が教師を見る目も変わる。

 だが、教員側の問題点を指摘する声も少なくない。40年以上の小学校教員経験を持つ川嶋優・学習院名誉教授は毎年夏、新任の小学校教諭を集めた研修会で講師を務めている。40人ほどの参加者のうち毎回4、5人ほどが「学級崩壊寸前です」とSOSを発するという。まだ1学期が終わったばかり。「なぜか」と思い教育方針を尋ねると、判で押したように「子供を信じ、友達のように仲良くしたい」「一人一人の個性、自主性を尊重したい」といった答えが返ってくるという。

 川嶋名誉教授は戦後の教育現場で進められた「行きすぎた平等主義」の弊害を痛感している。

 「『指導』を『支援』と言い換えたり、教壇も取っ払ったりして、教育やしつけに欠かせない上下関係を自ら放棄してしまった。ルールを教えることは軽んじられ、個性や自主性ばかり重視される。今、困ったときに子供がすがれるような頼りがいのある先生や大人が、果たしてどれだけいるのでしょうか」(海老沢類)

             ◇

 《メモ》文部科学省所管の財団法人「日本青少年研究所」と、一ツ橋文芸教育振興会が平成16年、日本と米中韓の4カ国の高校生各約1000人を対象に行った生活・意識調査によると、「先生に反抗する」ことを「よくない」と回答したのは、韓国(81・1%)、中国(68・7%)、アメリカ(54・3%)に対し、日本は25・1%で、4カ国中最も少なかった。また、「(先生に反抗することは)本人の自由」という回答は日本では51・4%。アメリカ(30・1%)、中国(18・2%)、韓国(11・4%)に比べて突出して多かった。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(3) 孤独な職場

2007.05.31 MSN産経新聞 by日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」

 ■成果主義…責任回避する上司

 同じミスを繰り返す部下に、上司が職場で怒鳴りつける。部下は平謝りするだけ。

 その夜の英会話教室。2人は互いの名を「ちゃん」付けで呼び合う。そして、謝るのは今度は上司の方。部下は笑って切り返す。「いいよ、僕たち○○友(とも)じゃないか」

 これは、最近話題となった英会話学校のテレビコマーシャル。職場と私生活の上下関係のギャップをコミカルに描いている。

 「上司と部下の距離感に、公私でこれほど差があるのは異常。だが、これをいい関係性だと考える風潮がある」。

 こう指摘するのは、『健康な職場の実現』などの著書がある社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所副所長の今井保次さん。

 こうした時流は、現実の職場に巣くう「対人関係の希薄さ」の反動と考える。

 浅薄な人間関係が業務に重大な支障を来した事例がある。

 日本有数のメーカーで、顧客情報の管理システムの構築を分担作業で行った際の出来事だ。

 30代の男性社員の作業が極端に滞っていたことが発覚した。判明したのは、システム完成予定日の前日。それまで上司も同僚も誰一人として、作業の大幅遅延に気付かなかったという。

 「作業日程を延長して、同僚を何人も投入したがそれでも人手が足らず、結局、派遣社員を雇った」と関係者。それほどの遅れに気づかぬほど、社内の“血流”は滞っていた。

 結局、関連する他部署の業務にも影響し、会社に大きな損失を与える結果に。

 「仕事が『できない(社員)』と周囲に思われたくなくて、言い出せなかった」と男性社員。大企業とは名ばかり、孤独との戦いだった。

 「部下の異変に気づかないなんて支店長として失格。若い支店長として期待されていたのに」

 勤続23年で銀行の支店長に昇進した40代半ばの男性は、着任4カ月後、部下がパニック障害で休職するという事態に遭遇した。

 部下から悩みを相談されなかったことへの苛立(いらだ)ちと、部下に裏切られたような感覚。そして、自分のキャリアに傷がつくのではないかという不安…。

 男性は落ち込んだ末、専門のカウンセラーにすがった。

 決して希有(けう)な事例ではない。組織内の上下間の意思疎通、信頼関係が希薄化しているのだ。その結果、近年頻出するようになった上司の常套(じょうとう)句があるという。

 部下から助言を求められた際の、「その仕事は任せたんだから、やりたいようにやりなさい」という言葉だ。

 聞こえはいい。だがその多くは、的確な指示やアドバイス、適切な関係構築ができない自分の「無能さ」を悟られないようにするために発するケースが多いという。

 表面上の上下関係は維持したい、一方で、指示したことによる共同責任は負いたくないという思いが潜む。

 企業内研修に長年携わってきた今井さんによると、結果として招くのは部下の不信、士気の低下だという。そして、関係がさらに希薄化するという悪循環を起こしている。

 責任を放棄する上司が増える背景にあるものは? その1つとして、今井さんは、広がる「成果主義」を挙げる。

 「成果主義では、個々の能力が問われる。だから、部下は無理をしてでも期待に応えようとする一方、上司は(部下の監督責任は問われても)『連帯で責任を負う』と言わずに済むような体質を育てている。成果主義とは、組織の上に行くほど都合のいい制度なんです」

 「職場での孤立」を防ごうと、社員旅行や社内運動会を導入・復活する企業や、インターネット上の会員サイト「ソーシャル・ネットワーク・サービス」を開設し、社員交流を促そうとする企業もある。

 上司や同僚との人間関係に対する悩みなどから、社員が「心の病」に陥らないよう、カウンセリング態勢を整える企業も増えている。中でもユニークな取り組みをしているのが、住友商事(東京)。

 同社が一昨年に設けたカウンセリングセンターは、本社とは別棟にある。会社側の評価や同僚の目を気にして社員が相談できないのでは、問題が深刻化するので、相談者と相談内容を極秘扱いするための配慮だ。

 センター長で産業カウンセラーの氏橋隆幸さんは「社員の心の問題や悩みは仕事のパフォーマンスに大きく影響する。その解決を支援することは社員と会社の双方にメリットがある」と話す。

 成果主義が広まる職場で、比例して拡大する社員の対人関係不全という不利益。多くの企業を見てきたシニア産業カウンセラーの原良子さんが、指摘する。

 「日本の企業は、チームで仕事をするという伝統的な価値観を置き去りにして、表面的な成果主義だけを導入した。日本の企業は今、その弊害を反省し始めている」 (頼永博朗)

              ◇

 《メモ》  社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所が昨年4月、全国の上場企業2150社を対象に行ったアンケート調査(回答数218社)では、全体の約6割が「職場でのコミュニケーションの機会が減った」と回答した。

 また、「職場での助け合いが少なくなった」と考えている企業は半数近く、「個人で仕事をする機会が増えた」という企業も7割近くに上る。

 コミュニケーションの機会が減ったと答えた企業のうち、「心の病」を抱える社員が増加傾向にあるとしたのは7割を超えた。

 逆に、機会が減ったとは考えていない企業では半数以下にとどまり、職場環境の違いを反映した結果となった。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(4)イージー恋愛 傷を恐れ簡単リセット

2007.06.01 MSN産経新聞 by日本戦略コラム

 「山ほどの男性に好かれるより、1人のいい人に好かれる方がいい。私の周りには、なんでいい人がいないんだろう…」

 十数年の結婚生活を経て、離婚に踏み切ってから5年。大阪市内に住む女性(38)は、こう言ってため息をつく。生活保護を受けながら、受付業務など短期間のパート勤務を繰り返しているが、「生活保護費を減らされるのは困るから、なるべく休みは多く取る。私は到底、自立なんてできない」とこぼす。一方で、こんな生活から早く抜け出したいと、再婚は常に意識している。

 彼氏は、いつも“キープ”している。付き合っている男性と別れる前から、「やさしくしてくれる」という理由だけで別の男性との交際を始めてしまう。はっきりと別れを告げると、「ストーカーされたり、嫌がらせされたりして怖い」という恐怖心が先立ってしまうからだ。でも、付き合っていても相手を心の底から信頼できないし、もっといい人と巡り合えるかもしれないと思うと、結局は再婚には踏み切れない。

 ふしだらという自覚はないが、数人の男性の間を渡り歩く自分に、嫌気がさすこともある。そして、相談を持ちかけることができる同性の友達は、1人もいない。

 一番の悩みは、子供のこと。中学3年生の一人息子は、離婚前はとても明るかったのに、1年前から不登校になり、今は引きこもり状態だ。

 母親は男性との打ち解けないままの交際を繰り返し、子供は母親以外の人間との関係を遮断して、「個」の世界に入る…。関係不全の“縮図”があった。

             ◇

 男性との交際が途切れたことのないこの女性とは対照的に、出会いを求めて結婚相談所を訪れる人たちも後を絶たない。ここにも関係不全の一断面がある。

 「結婚までは、振ったり振られたり、断ったり断られたりするものなんですが、(その前段階の)交際にもならないで終わってしまうことが結構ある」。結婚相談所「関西ブライダル」(大阪府東大阪市)の杉山貞之代表は、こう嘆く。

 これまでならば、交際していく中でお互いを知り、恋愛に発展して結婚へと進んでいった。しかし、互いをよく知る前に、次から次へと見合い相手を替えていってしまうことが少なくないという。

 ある40代の男性は、2年間で数十回もお見合いをしたが、いずれも1回きりですぐに断りを入れ、全く長続きしなかった。相談所のアドバイザーは「また、断るんですか。とりあえず、交際してみよう。完璧(かんぺき)な人間なんていないんだから」と助言し続けた。そして、ようやく今年4月、結婚にこぎ着けた。

 杉山さんは相談所を「結婚塾」と自称し、人との付き合い方を指導していく場だと話す。

 「モノとモノとをくっつけているわけではない。人と人なんです。交際して結婚に至るまでは、一歩下がって自分自身を見つめる、ということが必要になる。それができていない人が多い。相手に求める条件は高いのに…。だから、かなり厳しいことを言うときもありますよ。あくまでも“塾”ですから」

             ◇

 サントリー不易流行研究所(現・サントリー次世代研究所、大阪市)は平成12年7月から13年2月にかけて、昭和50年代生まれの若者106人を対象に行った調査で、「イージーアクセスな恋愛」を浮き彫りにした。

 調査結果によると、簡単に恋愛関係になり、交際期間は2、3カ月と短く、別れるときも思い切りがいい−というのが、1つのパターンだった。付き合い始めも別れも早い「イージーアクセス、イージーリセット」だ。交際していてもあまりけんかもせず、本音をぶつけ合う前に別れてしまう。相手との心のつながりよりも、自分のイメージ通りの恋愛ストーリーを作り上げ、イメージに合わなければ、簡単に“リセット”する。

 調査結果をまとめた書物『ロストプロセス・ジェネレーション』には、こう記されている。

 「恋愛はコミュニケーションだ。だから、いつも自分のイメージ通り、という訳にはいかない。(中略)恋愛を通じて、自分の精神的な未熟さや、精神的な弱さを知ることもあるはずだ。(中略)時には悲しい結末を迎え、傷ついたりもするだろう。きっと、そんなプロセスそのものが、恋愛だ」

 同研究所の狭間恵三子課長は「点と点でしか人間関係が続かない。面で付き合えないんでしょうね。コミュニケーション作りが難しく、自分が傷つくことを恐れている。恋愛のイージーアクセス、恋愛からのイージーリセットは、本当の意味での人間関係を築くことができない人が増えていることの証左だと思います」と指摘した。(武部由香里)

             ◇

 《メモ》平成17年に、国立社会保障・人口問題研究所が独身者を対象に行った「出生動向調査 結婚と出産に関する全国調査」によると、異性との交際に関し、二極化している様子がうかがえる。「交際している異性はいない」と答えた男性は52.2%と過半数を占め、女性も44.7%と前回調査(14年)より4ポイント以上増加した。一方で、20代後半から30代前半の同棲(どうせい)経験者は増加。男女とも1割以上にのぼった。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(5)乱れる性行動

2007.06.01 MSN産経新聞 by日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」

 ■「間が持たぬ」と相手変え

 「えっ、間が持たない?」

 エイズ(後天性免疫不全症候群)予防研究のため、中学・高校生らの性行動について全国でインタビュー調査を重ねている木原雅子・京都大学大学院医学研究科准教授(社会疫学)は、西日本に住む高校2年の女子生徒が発した言葉に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。

 生徒はトップクラスの成績で、国立大学を受験する予定だという。彼女がこれまでに性関係を持った男性の数は6人。

 なぜ相手が次々と変わるのか理由を尋ねたところ、「間が持たないから」と答えたからだ。

 木原准教授は「この言葉を最初に聞いたときの衝撃は、今も忘れられません。しかし、その後のインタビューで、男子、女子を問わず何度も耳にしました」と話す。

 なぜ間が持たないのか−。インタビューで若者たちは、こう返答した。「テレビドラマのように、スマートに相手とおしゃべりができない」「あの女優さんのような雰囲気が醸し出せない」…。

 思春期の男女はぎこちなくなったり、話題に困ったりしながら、お互いを理解し交際を深めていくものなのに、それを「間が持たない」と勘違いしてしまうという。

 愛情を確認するために、性関係を持つ。理解を深めたと思うが、それでも間が持たないからと、もっと自分に合いそうな相手を探す…。

 テレビや雑誌、インターネットなどで性関係を急(せ)かすような情報があふれ、先輩や友人らの性体験にも左右され、強迫観念や焦りが性衝動へと駆り立てる面もあるだろう。

 だが、木原准教授は「親や教師らとの関係が薄れるのに伴い、性に関する正しい情報やモラルの伝達力が衰え、性行動の乱れを一層助長しています」と指摘する。

           ◇

 全国高等学校PTA連合会と木原准教授は昨年11月、「人間関係の希薄さがいじめにつながる」との内容の実態調査の結果を発表した。

 心から信じられる友人、真剣に話を聞いてくれる親・教師が「いない」生徒では、「いる」生徒より、男子では1・5倍、女子では2倍程度、いじめの加害者になっているという実態が浮かび上がった。

 これより1年ほど前。木原准教授は性行動についてのインタビューで、何度となく「いじられ」という言葉を耳にした。

 「グループインタビューで、参加した4、5人の生徒の中で必ず1人が『こいつ(この子)、いじられ』と言われ、その子がしゃべろうとすると、他の子が『こいつは○×』などと遮ってしまう。でも、その子は笑って平気そうに振る舞う。それがとても不自然に見えました」

 この「いじられ」という言葉がきっかけで、高校2年生約6400人を対象にした実態調査を行うことになった。「いじめ」という罪悪感情を引き起こす直接的な言葉で質問しても、正確な回答は得られないと考え、「しつこいからかい」「無視」などの表現で聞いた。

 調査の結果、いじめの加害者になった経験があるのは、小・中学時には半分以上、高校時で男子の約40%、女子の30%弱−。

 いじめが発生した公立学校は全学校の19・4%などとした文部科学省の平成17年度調査とはかけ離れている。木原准教授は、こう分析する。

 「加害者は暴力的ないじめをしていないので、いじめの感覚がないのでしょうが、実際には被害者が不愉快な思いをする精神的ないじめは多いということです」

           ◇

 性行動の乱れといじめ−。

 一見、別個の現象のように思えるが、その底流にあるものを探ると、家庭や学校、地域社会における「人間関係の希薄化」という問題が、ともに浮かび上がってくる。

 そしてとりわけ、親子間のそれは、時の経過代とともに問題の深刻度を増している。

 西日本にある女子校で、養護教諭として30年以上も生徒たちと関わってきた女性は、子供と親の関係の変化を指摘する。

 「以前は、娘にボーイフレンドから電話がかかると、『なに、長電話してるんだ。早く切りなさい』と怒り出す父親がいたように、親子の間でそうした(共有空間の中の)緊張関係がありました」。

 だが、子供に個室が与えられ、携帯電話も普及するなど「個」の世界が広がることによって、親は自分の子供の行動や考えを把握することが、年を重ねるごとに困難になっているという。

 そんななかで今、家庭ではどんな対応が必要なのか−。

 木原准教授は言う。「温かくて頼れる人間関係の心地よさを感じられるように育ててほしい。それを知らないと、ほかの人間関係もうまく築けない」

 批判が広がる「性行動の乱れ」、潜在・陰湿化する「いじめ」…それらは親子関係を基本とした「人間関係構築」の習得不全の“象徴的な表れ”であるということを、親は認識したほうがいいということだろう。

           ◇

 《メモ》  全国高等学校PTA連合会などが平成16年に行った全国1万人調査では、約90%の高校生が携帯電話を使用していた。

 調査結果によると、性経験率は、携帯電話を持っている場合は、男子で22%、女子で29%。

 持っていない場合は、男子で5%、女子で10%だった。

 携帯電話と性行動について因果関係までは断定できないとしているが、携帯の有無によって男子で約4倍、女子で約3倍もの違いがあった。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(6)向き合わぬ親子

2007.06.02 MSN産経新聞 by日本戦略

 ■親指だけの“会話”

 親子の間で「気兼ね」とも言える人間関係が広がる。「愛情」や「優しさ」ゆえの気配りや、「親離れ」「子離れ」とは次元の異なる、踏み込むことを恐れる関係だ。

 「なんでそんな大事なことを親に言わないのだろうか」−。立命館大学大学院の団士郎教授(家族心理学)は学生の告白に耳を疑った。

 自身が重病であることを親にひた隠しにしているという。日常会話もあり、一見“仲の良い”普通の親子だが、手術を要するほどの病気を抱えていることを告げていない。

 理由を尋ねた。答えは「そんなことを言ったら親がパニックになるから」だった。「病気を隠すほうがよほど事態の深刻化を招くはずだが…」。団教授は首をひねる。同種の“気遣い”から、体調不良で連日のように保健室に通っていることを「親に報告しないで」と教師に懇願する中学生もいるという。「(うまくいっている親子間に)波風を立てたくないという思いなのでしょう」と団教授は語った。

 「何年も会話がない。子供が部屋の中で何をやっているかわからない」−。関東地方で対人関係の相談業務に携わる男性は、こうした告白に驚かなくなった。子供の部屋に入れない親は珍しくない。「なぜ部屋に入らないのかと問うと、『子供にもプライバシーがあるから』などと理由をつけて尻込みする」という。向き合って話せば、摩擦が生じ、お互い嫌な気分にもなる。「波風を立たせまいとする親子関係が多くなっているのだろう」−。男性はそうした答えに行き着いた。

             ◇

 摩擦を回避するために便利な道具なのだろう。近年、「親子関係」に大きな影響を与えているのが携帯電話の存在だ。

 「昨日はお母さんが悪かった」−。神奈川県の主婦(45)は、進路について口論になったことを中学生の長男に詫(わ)びた。口からではなく、“親指” で。携帯電話からメールで送信したのだ。「電話だと、手が離せない用事をしていて迷惑をかけるかもしれない。メールだといつでも読めるだろうから気が楽」。ここでも“向き合わない”“語り合わない”方がいいだろうという親なりの配慮が垣間見える。

 今やそんな携帯メールを通じての親子のコミュニケーションが、対面会話に迫ろうとすらしている。情報通信総合研究所(東京)が昨年末、家族内で「最も利用するコミュニケーション方法」を聞いたところ、トップは「直接の会話」で24%だったが、2位以下に僅差(きんさ)で、「携帯電話で会話」(21%)、「携帯電話でメール」(20%)と続いた。

 子供に携帯電話を持たせている親を取材すると、「メールを使うことで子供との距離が以前より近くなったように感じる」(東京都の主婦)、「メールで、どこで誰と遊んでいるかすぐに把握できるようになった」(神奈川県の主婦)などの肯定的な声が返ってくる。「携帯電話を介して子供と向かい合っている」という安心感があるようだ。

 しかし、「メールは連絡を密にする効果はあるが、それは決してコミュニケーションを深める効果はない」と指摘するのは奈良女子大学の川上範夫教授(臨床心理学)。

 こんな母親の事例がある。「○○ちゃんと遊んでいる」と中学生の長女からメール着信があった。ところが夕方、街でばったり出くわした娘の横には同年代とは思えない“いまどき風”の複数の男性がいた。「メールをもらい、それで安心していた部分があった」と母親は唇をかむ。

 だが携帯電話をチェックして交友関係を把握したり、娘を問いつめようとは考えていない。理由は「娘に悪いと思うから」だ。ここでも“遠慮”が顔を出した。

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 なぜ気兼ねし合うような“不自然”な親子関係が出来上がるのだろうか。「昔に比べて、親子関係が対等になりつつある」と指摘するのは、家族心理学が専門の武蔵野大学専任講師、生田倫子さん。「縦」の関係なら踏み込める領域が、「横」のつながりになることで、関係を壊さないような遠慮が生じる。いわば友人関係の延長だ。「家族内では、ある程度のヒエラルキーがあった方が子供に安心感を与えるのだが…」と生田さん。

 現状を追認していけば、食卓をともにする親子が携帯電話を介して賑(にぎ)やかに“会話をする”、そんな寒々しい光景さえ想像できてしまう。

 立命館大学の団教授は言う。

 「聞こえのよいことを報告し合うだけの家族は『家族』とはいえない。けんかをしても、言い争っても縁が切れない、それが親子のいいところ。『語り合う』−親子はそれが大切だと思う」 (森浩)産経新聞

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 【メモ】家庭における父親と子供のコミュニケーション不足が深刻だ。内閣府が3月に発表した「低年齢少年の生活と意識に関する調査」(児童・生徒2143人と、その保護者2734人対象)によると、平日に子供の相手をしている平均時間を尋ねたところ、「ほとんどない」と回答した父親は23.3%にのぼり、前回(平成12年)調査時より9.2ポイント増加した。子供の悩みについて「知っている」と答えた父親も3.6%(母親は10.4%)にとどまるなど、父子関係が希薄化している様子がうかがえる。

【溶けゆく日本人】人間関係の不全(7)崩れたコミュニティー

2007.06.05 MSN産経新聞 by日本再生ネットワーク 「ニュース保存用」

 ■ご近所よりネット

 東京のいわゆる「ベッドタウン」として人口増を続ける町田市。市内のとある大規模分譲マンションの管理組合総会で、配水管の定期掃除実施の是非が議題に上がったところ、30代前半の組合員が疑問を呈した。

 「定期的に掃除するのは費用がもったいない。あふれるまで待っていればいいんじゃないですか」

 発言者は排水管があふれても被害の少ない上層階の住人。管理組合の元理事長(54)は嘆く。

 「自分さえよければいいという発想。理事長を5年やりましたが、一体、(コミュニティーは)どうなっていくのだろうと思うことばかりでした」

 あいさつをしても、言葉が返ってこなくなった。子供に注意すると、にらみ返す親が現れだした。管理室にも、首を捻(ひね)るようなクレームを持ち込む人が増えた。

 「子供がチャイムを鳴らしてうるさい」と苦情をいいつつ、自分が見つけても注意しない大人、共有部分での子供のおもらしの後始末を頼む親…。

 「ここをホテルか何かと勘違いしているのでしょうか。それとも、人とのかかわりを持ちたくない人が集まるのがマンションなのでしょうか」。元理事長の自問は尽きない。

             ◇

 雑多な人間が集まる近隣との付き合いは、できれば避けたい−そんな傾向が強まっている。「向こう三軒両隣」という言葉はすでに死語と化し、元気なときには、隣人の顔を知らなくても普通に生活できる時代になった。

 だが、地域社会とのかかわりが希薄になった結果、確実に増えているものがある。

 孤独死だ。

 平成13年秋、千葉県松戸市の公団の一室で死後3年たった59歳の男性の白骨遺体が見つかった。発見のきっかけは、自動引き落としにしていた家賃。貯金が底をつくまで、気付く人はいなかった。

 翌々年、同じ公団で大音量でテレビをつけていた一人暮らしの男性(57)が餓死寸前で発見された。体調を崩してリストラされ、冷蔵庫はからっぽ。男性は枕元のテレビの音量を上げることでしか、隣人と“つながる”方法を持たなかった。

 “お互いさま”を前提に助け合う地域コミュニティーの崩壊は、さまざまな年代層と人間関係を構築する術を学ぶ機会も奪った。

 13年前から、ニートやひきこもりの相談に応じるNPO法人ニュースタート事務局(千葉)。

 社会性の育成を目指し、若者たちは共同生活を送るが、互いの会話はどこかぎこちない。「人との距離感がつかめない」と漏らす子供もいる。

 二神能基(のうき)代表(64)は、かつての“共助”がなくなったことと、コミュニケーション能力が著しく低下した子供の増加は無関係でないと指摘する。

 「人間というのは、ごちゃごちゃしたややこしいもの。それなのに、親も子供も言葉の裏にあるニュアンスというものがつかめなくなっている。『NO』の裏には、いくつかの『YES』という意味合いもある。大人も子供も社会力がものすごく落ちている」

 極端な事例だが、こんなことも現実に起きている。小学3年時から不登校になり、家にひきこもった19歳の女性が、インターネットで知ったサッカー選手と「結婚する」と言い張った。

 理由は「ネットで調べた相性、性格、趣向がぴったりだから」。選手とは一面識もないため、親が「現実的じゃない」とたしなめたところ、暴れ始めた。

             ◇

 わずらわしい人間関係を避け、自分にとって心地よい関係だけと付き合う傾向は、インターネットと親和しながら、すべての世代に広がる。

 2人の子供を持つ東京都内の主婦(44)は、家業の電気店の店番の傍ら、インターネットの同窓会ネットで見つけた東北地方に住む旧友とのチャットを楽しむ。CDや本などの買い物もネット上で行い、出かける機会は極端に減った。

 「主人からはひきこもりのようだといわれます。でも、近所の人にはよっぽど口が堅くて信頼できる人でないと悩み事などは話せない。ネット上なら、自分の姿を知られない分、安心して相談できるんです」

 精神科医で、京都医療少年院に勤務する岡田尊司さん(47)は、現代社会を、自己愛の充足に最大限の価値を置く「自己愛型社会」と呼ぶ。

 家や共同体(国)の繁栄を目的とした伝統的価値観が崩壊した結果、唯一の価値が自分になったのだ。

 「先人が道徳や礼儀を奨励したのは、社会に秩序と安定をもたらすための知恵でした。しきたりや礼儀は確かに面倒くさいが、『個人の生きづらさ』が極限までいかないよう歯止めをかける役割も果たしてきた。

 今、自己愛だけで結びつく便利な(自分に都合の良い)人間関係が広がるが、そこからは『確かな絆(きずな)』は築けないのです。そこに、この社会のアキレス腱(けん)がある」。岡田さんはそう指摘した。

               ◇

 《メモ》

 広告代理店の「創芸」がインターネットを通じて東京23区在住の20〜40代の男女618人に日常生活で重視している点(複数回答)を聞いたところ、1位は「自分らしく生きる」(59.2%)、2位は家族との交流(54.2%)、3位は友人・知人との交流(49.8%)で、近所付き合いは14項目中最も低い5.7%だった。

 また、千葉県松戸市が警察の協力を得てまとめた調査によると、同市内で平成16年に95人、17年には102人の孤独死(50歳以上、自宅で1人で死亡)があったという。


【溶けゆく日本人】快適の代償(1) 待てない人々 数分間でイライラ

2007.11.13 MSN産経新聞

 週末の夕方。東京都内の広告会社で営業を担当する佐野裕美子さん(23)=仮名=は、仕事を終えると気の合う友人2、3人に携帯メールを送る。

 「いま何してる?」

 送り終わると、すぐに返信確認。1分、2分、3分…何度も操作を繰り返す。返事が来たら食事に誘う。5分も返事が来なければイライラする。「早く決めたいから、すぐ返信がほしい。自分が待てなくて嫌な思いをしているので、わたしはいつも即レス(即答)です」

 仕事の合間も携帯メールのチェックは欠かさない。佐野さんはそんな自分を見て思う。「(返事が来なくてイライラするのは)自分勝手だし、ケータイに縛られているようでかっこ悪いかも…」

 便利なはずの携帯電話を手にして、イライラと格闘するのは彼女ばかりではない。

 「私用の携帯メールの返信が気になる。地下鉄に乗れば一駅ごとに『センター問い合わせ』をしてしまう」(24歳の女性会社員)、「返信が来ないで5分過ぎると貧乏ゆすりが始まる」(20歳の大学生)−。

 小中学生は「15分以内に(メールを)返さなければ友達じゃない」などと言う。情報モラルサイト「エンジェルズアイズ」の遠藤美季代表は、そんな言葉に違和感を抱く。「返事を待てずに次々と別の子にメールを送り、最初の相手への用件を忘れてしまっていることもある。落ち着いて時間を過ごすのは、格段に下手になったでしょうね」

                  ◇

 シチズンホールディングスが平成15年、首都圏のビジネスパーソン400人を対象に行った「待ち時間」に関する意識調査。通勤電車の遅れが「5分」でイライラするという人は10年前の17・6%から56・6%へと急増した。加速する“せっかち度”が各所で摩擦を引き起こす。

 懐石や鍋のコース料理がメーンの神奈川県内のある日本料理店。落ち着いた雰囲気が売りだが、店長(33)は「お客さまと店側の時間意識のズレ」に頭を悩ませる。前菜に始まりメーンの料理を提供するまでの所要時間は「昼10分・夜15分」と決めている。しかし、時間内にスムーズに料理を出しても苦情が入る。テーブルセッティングのための1、2分の時間すら待てない客もいる。受付で「少しお待ちください」と言うと、「待てるか!」と声を荒らげ、トイレに入った連れの女性を残したまま帰った中高年男性もいた。

 哲学者の鷲田清一・阪大学長は『「待つ」ということ』(角川選書)の中で、「ものを長い眼で見る余裕がなくなった」と高速化が進む現代社会の病理を憂えた。

 「子供の成長を親がじっくり待てない」。東京都内の私立保育園。30年近いキャリアを持つ保育士がそう感じるようになったのはここ10年ほどのことだ。

 3歳児に母親の絵を描かせると、首がなく顔とスカートが直結した絵を描く子も少なくない。そんなとき、以前なら「みんなと描いて楽しかったね」などと温かく見守る親が大半だったが、最近は様子が違うという。「横から『そうじゃないでしょ』といって子供をせかす。せかされた子供は萎縮(いしゅく)して弱々しい線で小さな絵を描いてしまう。じっと見守っていれば、じきに普通の絵を描けるのに…」と保育士。情報が氾濫(はんらん)し、他の子供と比較して焦る親が増えたのだという。

                  ◇ 

 国内のインターネット利用者が初めて1000万人を突破した平成9年。博報堂生活総合研究所は「直訴する社会−待てない人々・触れたい人々」というリポートで、利便性の向上を指摘する一方、すぐ結論に飛びたがる▽我慢強さの低下−といったマイナス面を挙げ「待てない人々」の増加を予見した。

 それから10年。コミュニケーションツールはさらに高性能になり、「宅配便の配送状況やバスの待ち時間もネット上で確認できる。漠然と何かを待つことはほとんどなくなった」と、リポート作成に携わった知識創造工房ナレッジ・ファクトリーの林光代表は話す。

 目白大学の渋谷昌三教授(社会心理学)は、そんな「待つ必要がない社会」の到来を複雑な思いで見つめる。「パソコンや携帯を駆使して即座にほしい情報が引き出せる。だから、物事がさくさく運ばないと耐えられずに、暴力的な言動に出てしまうこともある。『待たせない』サービスに慣れすぎたがゆえの皮肉な現象かもしれません」(海老沢類)

                  ◇

 連載「溶けゆく日本人」第4部のテーマは「快適の代償」。日々向上する生活の便利さの半面で、皮肉な現象が次々に起こっている。そんな「代償」を追う。

                   ◇

【メモ】シチズンホールディングスは平成15年に首都圏のビジネスパーソン400人を対象に「待ち時間」意識調査を実施した。各項目で、最も多くの人がイライラすると回答した待ち時間の“リミット”は次の通り。

 ・総合病院30分

 ・通勤時の電車の遅れ5分

 ・スーパー、コンビニのレジ3分

 ・パソコンが立ち上がるまで1分

 ・インターネットのコンテンツにつながるまで10秒

【溶けゆく日本人】快適の代償(2)“怪物”患者「治らない」と暴力

2007.11.14 MSN産経新聞

 「どうしてくれるんだ」

 40代男性患者の病室で怒声が響いた。病室に入った女性看護師が、理由も告げられないまま、1人ずつほおを平手打ちされた。関東にある大学病院でのことだ。

 泣きながらスタッフルームに戻ってくる若い看護師の様子を不審に思った看護師長が患者に問いただすと「腎臓病の治療がうまくいかず、透析になったことが受け止められなかった。腹がたって誰かにぶつけたかった」と打ち明けた。

 傷害事件として立件も可能なケースだが、この病院では患者に謝罪してもらうことにとどめた。

 医療従事者が患者やその家族から暴力や暴言を受けるケースが増えているという。

 医療機関のリスクマネジメントを担当する東京海上日動メディカルサービスの長野展久・医療本部長は、「治療がうまくいかないなど、患者にとって不本意な結果になったときに、その怒りを医療従事者にぶつける傾向がある」と指摘する。

 患者がこうした怒りを医療従事者にぶつける背景には、医療への過剰な期待がある。かつては「仕方がない」とあきらめるしかなかったことも、医療の進歩で、「どんな病気でも病院に行けば治る」「治らないのは医師の治療方針が間違っていたせいだ」と考えてしまう患者が多くなったという。

 医師の説明不足の面もあるだろう。しかし、ある産婦人科医は「妊婦さんに妊娠中の生活上の注意を時間をかけて説明すると、家族から『あまりプレッシャーをかけるな』と叱(しか)られる。一方で、説明を簡潔にすると『もっと詳しく説明しろ』と怒鳴られる。いったいどうすればいいのか」と困惑を隠さない。

                   ◇

 教育現場で教師に理不尽な要求をつきつける親のことを“怪物”にたとえて「モンスター・ペアレント」と呼んでいるが、同じように医療現場でモラルに欠けた行動をとる患者を「モンスター・ペイシェント(患者)」と呼ぶようになっている。

 中でも小児科では、学校現場と同様に、非常識な親への対応に頭を痛めている。午前中から具合が悪いのに「夜の方がすいているから」と夜間診療の時間帯に子供を連れてくる▽薬が不要であることを説明しても「薬を出せ」と譲らない▽少しでも待ち時間が長くなると「いつまで待たせるんだ」と医師や看護師をどなりつける−など枚挙にいとまがない。

 東京都内で小児科クリニック院長を務める小児科医(35)は、「薬を出せというのも、子供のためというより、自分がゆっくり寝たいためとしか思えないケースがほとんど。すべてにおいて親の都合が優先されている。医療行為は受けて当然、治って当然と思っているから、診察後に『ありがとうございました』の言葉もない」と嘆く。

 子供が多い診療科ということでは、耳鼻科も大変だ。

 和歌山県立医大の山中昇教授(耳鼻咽喉科)は「中耳炎の症状で受診する子供に耳あかがたまっていることが多く、そのため鼓膜の赤みや腫れがわかりづらい。『子供にとってお母さんの膝(ひざ)の上での耳あか取りは楽しみなもの。親子のスキンシップになりますよ』とお母さんに話すと、『子供の耳あかなんて、怖くて取れません』と平然と答えるんですよ」と話す。

 さらに困るのは、診察中にじっとしていられない子供が多いこと。「子供が泣けばこちらがにらまれる。以前は親が『泣いたらだめよ』と子供をたしなめたものだが…」とあきらめ顔だ。

                  ◇

 治療費の不払いも大きな問題となっている。日本病院会など4病院団体が平成16年にまとめた調査では、加盟する5570病院での未収金総額は年間推定373億円にのぼり、3年間の累積は853億円だった。とくに救急と産科で未収金が多いという。

 生活困窮世帯の増加という面もあるが「最近はお金はあるけど払わないという人も多い。人間ドックを受けて異常がなかったから払わないという人もいます」と長野本部長(東京海上日動メディカルサービス)。

 こうした事態を受け、厚生労働省は6月、「未収金問題に関する検討会」を立ち上げた。委員を務める永寿総合病院(東京都台東区)の崎原宏理事長は「日本は皆保険制度で、誰もが医療を受けられるが、それが逆に『治療は受けて当たり前』の意識につながり、診察に対して感謝の気持ちがなくなっている気がする。万が一このまま未収金が増えれば、皆保険制度が崩壊し、病院の閉鎖も増え、治療を受けられない人が増える可能性もある」と警鐘を鳴らしている。(平沢裕子)

                   ◇

 ≪メモ≫ 産婦人科の医療現場では近年、妊娠検査を受けずに出産間際になって病院に救急搬送される「飛び込み出産」が問題になっている。

 神奈川県産科婦人科医会の集計では、同県内の基幹病院(8施設)での飛び込み出産の件数は、平成15年に20件だったが、18年には44件と倍増、今年は4月までに35件を数えており、年末には100件を超えると推計されている。

 飛び込み出産は子供の死亡率が高く、訴訟となるリスクも高いことから、受け入れを拒否する施設も出ている。

 経済的な事情がある場合も多く、母親のモラル低下だけが原因ではないとはいえ、そのツケを払わされるのが罪のない新生児というのは、なんともやりきれない。

【溶けゆく日本人】快適の代償(3)出来合いの食 誰も彼も容易に

2007.11.15 MSN産経新聞

 東京都渋谷区内の会社で働く北村由加さん(36)=仮名=は、好きな仕事に夢中だ。朝は9時から夜10時過ぎまで働く。

 職場近くのマンションで1人暮らしをしているが、「家に帰るとクタクタでもう何もやる気がしない。まして料理を作るなんて考えられない。その時間もない」。

 朝は何も食べずに家を飛び出す。昼、夜ともに会社近くのコンビニエンスストアの弁当で空腹を満たす。料理は全くできない。そもそもしたことがないのだという。冷蔵庫にはジュースと酒類があるだけ。調理が必要な食材は一切入っていない。

 「生ゴミが出るのもいやです。ゴミ出しも面倒なので、なるべく生ゴミが出ない食生活をしています」

 コンビニが日本に登場したのは昭和40年代半ば。当初は深夜に閉店していたが、いまではほとんどが24時間営業だ。スーパーも対抗して深夜まで店を開けているため、いつでも弁当や総菜を買うことができる。

 北村さんは18歳で石川県七尾市から上京。都内の国立大学を卒業し、専門を生かした仕事に就いた。適齢期を過ぎたが、「結婚をしたい」と考えたことはない。故郷の友人の結婚の知らせを聞いても、「人の結婚など興味ありません。自分は自分ですから」とあせる様子はない。

 郷里にいる両親はすでに60代半ば。「孫の顔をみせたら喜ぶのでしょうが無理ですね。私の頭の中には『結婚』『家庭』『料理』という言葉はありません。仕事をしているのが生き甲斐です」

                  ◇ 

 東京の公立小学校に35年間勤め、現在も嘱託で教えているベテランの山本恵子教諭(61)=仮名=はあきれ顔で話す。「運動会のとき、水筒に牛乳を入れてきた子がいたのには驚きました。ジュースを入れてくる子供は普通に見かけるようになりましたが、常識のない親が増えましたね」

 弁当を持参する日。子供の弁当をのぞくと、冷凍食品のオンパレードだ。コンビニ弁当を持たせるのも、もはや珍しくない。「もっとも、この数年、若い先生は男性も女性も給食のない日に近所のスーパーやコンビニで弁当を買って食べています。先生がこれでは食育指導なんて…」

 冷凍食品が利用されるようになったのは昭和40年ごろから。この年、電気冷蔵庫の普及率が7割になっており、まさに冷蔵庫の普及に足並みをそろえるように冷凍食品は広まっていった。昭和50年代以降は電子レンジが家庭に普及し始め、さらに冷凍食品がもてはやされるようになった。冷凍庫で長期保存し、レンジでチンすればいつでも手軽に食べられる。冷凍食品は家庭生活には欠くことのできないものになった。

 しかし、東京医科歯科大学の藤田紘一郎名誉教授(寄生虫学・感染免疫学)は、コンビニ弁当や便利な食材による生活を危惧(きぐ)する。「私たちの体を守る免疫細胞を活性化しているのが腸内細菌。防腐剤や食品添加物などを使った食品をたくさん口にしていると、腸内細菌は減るばかり。免疫力が低下すれば病気にかかりやすくなる」

 添加物だらけの食材に囲まれた食生活を見つめ直すことも必要なのかもしれない。

                  ◇

 親が料理をしないから、子ができるわけはない。「共働きの家では、夕食に菓子パンやスナック菓子を食べて済ませている子も多い」と山本教諭。

 医学博士で管理栄養士の本多京子さんは「子供は親とともに料理を作ることで料理の楽しさを知り、料理を覚えるのです。さらに自分で料理すると食べ物を大切にするようになります」と話す。

 食通で知られる脚本家で作家の筒井ともみさん(59)。自身の脚本や小説では、おいしい料理が大切な“小道具”になっている。筒井さんは、忙しくても自分で料理して食事を楽しむ。「1回とてまずいものは口に入れたくない」と土鍋で米を炊き、かつお節を削る。1週間ほど先までメニューを考え、決して食材を腐らすことはない。

 「マニキュアを塗る時間があれば料理を作ればいい。たとえひとり暮らしであっても、ちゃんとした食材を使い、料理して食べると、心も体も元気になる。料理は決断力であり想像力です」と筒井さんは料理の大切さを力説する。

 主婦であふれかえる夕方のスーパー。総菜のパックが次々に買い物カゴに入れられる。食費に占める外食や出来合いの総菜の支出の割合は42・6%にも上るという(平成17年、外食産業総合調査研究センター)。夕食だけでも、すべての料理が手作りという家庭は一体どれくらいあるのだろう−。(渋沢和彦)

                   ◇

 ≪メモ≫ 携帯電話向けメディア・コンテンツサービスを手がけるビジュアルワークスは4月、同社が運営する無料ホームページ作成サービス「フォレストページ」ユーザーの女子高校生を対象に、コンビニ利用意識調査を実施した。3313人から回答があり、よく購入する商品の1位は飲料・食品。続いて文房具関連だった。食品では「おにぎり・手巻き」の購入が最も多く、パン、お菓子の順となった。利用は週に2、3回という回答が多く、1回あたりの利用料金は300円から1000円が7割を占めた。

【溶けゆく日本人】快適の代償(4)安易な借金

2007.11.16 MSN産経新聞

 ■ATM感覚から泥沼

 携帯に、職場に、昼夜を問わず貸金業者から電話をうける日々だった。「いっぱいいっぱいでした…」。埼玉県内の自動車整備会社に勤める斉藤忠夫さん(26)=仮名=は、多重債務で自己破産に追い込まれた3年前の苦い記憶を振り返った。

 「ちょっと遊びにこない?」

 きっかけは20歳の誕生日の2日後、自宅にかかってきたアポイントメントセールスの電話だった。さいたま市内の事務所に出向くと、120万円のパソコンセットを購入するまで何時間も足止めされた。

 斉藤さんは、断ることが苦手なタイプだという。それからも同じような電話があると、断りきれずに出かけては、ビデオ教材、ダイヤのネックレスなどを買わされた。計5件の購入で組んだローンは550万円以上。月の手取りは11〜16万円。毎月の返済額が5万円を超えたころ、消費者金融の借り入れで穴埋めをするようになった。小遣いがないので休日も外出できず、昼食も抜く日々。

 「コンビニなら24時間開いてるんだから、ATMで支払って!」

 消費者金融の督促に追われ、また新たに借金を重ねる。会社にも頻繁に督促の電話がかかってきた。同僚から「まずいんじゃない?」と心配された。それでも、家族や親しい友人には借金のことは知られたくなかった。

 頭の中は支払日のことでいっぱいになり、1週間で元金が倍になるヤミ金融にも手を出した。返しても返しても借金は膨らんでいき、3年間で債務総額は650万円に。月々の返済額は20万円を超えた−。

 業者の電話で異変に気付いた父親が付き添い、県内の司法書士事務所を訪ねたことで、借金生活は終わった。自己破産の手続きを終えたとき、斉藤さんは「督促の電話がかかってこなくなったことに、ただホッとした」という。

                   ☆ 

 国内の消費者金融利用者は少なくとも1400万人、多重債務者は200万人超とされる。労働力人口(約6600万人)と単純に比較しても5人に1人が消費者金融を利用している計算だ。個人の自己破産申立件数は、ヤミ金融が社会問題化した平成15年の約24万件をピークに減少傾向だが、それでも年間15万件を超える高水準が続いている。

 日本弁護士連合会の調査では、17年に起きた破産・個人再生の原因は「生活苦・低所得」が24・47%でトップ。さらに破産申立人の月収分布では、15万円未満が65%を占める。多重債務問題に詳しい東京市民法律事務所の木村裕二弁護士は「格差社会、貧困の広がりを実感せざるをえない」と話す。

 半面、18年度に日本クレジットカウンセリング協会東京センターへ来た相談者の多重債務化要因をみると、男性が(1)遊興・飲食・交際38・8%(2)ギャンブル33・2%(3)収入減少・失業28・7%−と遊び金の割合が高い。女性は(1)収入減少・失業36・6%(2)生活費22・3%(3)ぜいたく品・収入以上の買い物21・6%。格差社会とともに、遊興や不必要な買い物で自縄自縛になっている様子が浮き彫りに。

 同協会の山岸親雄専務理事は「バブル崩壊以降、クレジットを使った高額な買い物によるカード破産は減少しています。しかし消費者金融を特別の場所と思わない傾向は、むしろ強くなっている」という。

                   ☆ 

 多重債務者の立ち直りを手助けする「夜明けの会」事務局次長、吉田豊樹さんは「以前はクレジットの支払いが困難になり、次にキャッシング、消費者金融、ヤミ金融と、借金にも“順番”があった。でも今は20代前半の若者が初めから財布のなかに消費者金融のカードを入れ、平気で金を借りている。銀行口座からカードで現金をおろすのと同じ感覚だから、自分が多重債務者だということにすら気付いていない」と話す。

 木村弁護士も「無人契約機やコンビニなどのATMでローン・返済できる便利な仕組みが、“効率よく”自転車操業者を生み出している」と指摘する。本当はがけっぷちにいるにもかかわらず、追加融資の審査が簡単に通るため、返済のために借金を重ねても「まだ大丈夫」と思い込むのだという。「消費者金融のCMが日常化した1990年代以降に思春期を過ごした若者には、消費者金融をただのカード会社だと勘違いしている人が多いんです」

 さて、自己破産後に「けじめをつけたい」と自動車整備会社を辞めようとした斉藤さん。だが「やめることはないよ」と上司から温かい説得を受け、今も勤務を続けている。自宅にはヤミ金融からのダイレクトメールが大量に届くが、心が動くことはない。「自分の働いた金で欲しい物を買う生活は、やはりいいものですよ」(田辺裕晶)

                   ◇

 《メモ》多重債務者対策として改正貸金業法が平成18年12月に公布され、順次施行されている。利息制限法の上限(元本に応じて年15〜20%)を超えるグレーゾーン金利が廃止されたほか、借り過ぎ・貸し過ぎを防ぐため、借入額は「原則として年収の3分の1まで」に制限された。CMなどの広告や過剰貸付防止などに業界の自主規制を制定させることや、ヤミ金融業者への罰則引き上げ(最長懲役5年→10年)なども盛り込まれている。また今年4月、全国の自治体に相談窓口を設置することや、ヤミ金融撲滅へ向けた取り締まりの強化などを盛り込んだ「多重債務問題改善プログラム」も策定された。

【溶けゆく日本人】快適の代償(5)姿勢が悪い

2007.11.19 MSN産経新聞

 ■30分間まっすぐ座れず

 兵庫県内の会社員(40)は最近、小学校5年生の長女が背中を丸め、机に顔を近づけて勉強しているのが気になっている。ときにはノートを押さえる左手の上に頬(ほお)をぺたんとのせて、ほとんど真横からノートを見ながら問題を解いている。

 「『姿勢よくしなさい』というとそのときは、背筋を伸ばす。でもしばらくすると元のようにダラーッとする。どうも背筋を伸ばした姿勢が苦手のようです」

 一戸建ての2階、6畳ほどの子供部屋は、エアコンが効いて快適だ。

 神戸市内に住む会社員(37)は、今春入学した長男(6)の小学校の様子をこう説明する。

 「歩き回るような子はいないし、わりと静かに授業を受けていたので、少しほっとしています。でも、ちゃんと背筋を伸ばして先生の目を見て話を聞いている子供は少数派。頬杖をつくか、背中を丸めて手元をいじるか…。中には机の上に堂々と寝そべる子供もいました」

 子供の姿勢が悪いのは特別なことではない。日本人の骨格に合わせた姿勢矯正椅子(いす)の開発に携わった猪本順子さんは、計600人の子供を集めて行った実験で目にした光景が忘れられない。なんと子供たち30分もまっすぐ椅子に座っていられなかったのだ。「すぐにぐにゃぐにゃ、ベターッとなって、まるで軟体動物」と猪本さん。

 背中を丸めた状態は、内臓機能を低下させる上に、血液の循環を悪くする。とくに右手を多用する環境では、背骨のゆがみの原因にもなる。東京都内の施療院、カイロプラクティック研究所には、肩こり、腰痛など大人と同じような症状で来院する子供がいる。

 「外で遊ばず、ゲームやテレビ、パソコンの前で過ごすから、背が丸くなるのでしょう。姿勢を改善するために発達したのが武道や茶道などの“道”でしたが、いまや正しい姿勢を知る人も少なくなりました」と院長の山根悟さんは苦笑する。

                ■□■

 不思議なのは、丸めた背中で机に向かう子供たちの姿に、親自身が疑問を感じなくなっていることだ。東京都内の公立中学1年生のある保護者は「姿勢? そういえば、あまり気にしたことがありません」とあっけらかんと話した。子供たちに「背筋を伸ばし、まっすぐ前を向きなさい」と言えなくなっているのだ。

 なぜなのか。文部科学省中央教育審議会副会長の梶田叡一・兵庫教育大学長は「敗戦のショック」と「豊かさ」をあげる。軍国教育への反動は「束縛からの自由」「規律からの自由」となり、便利で快適な社会の追求は「子供にできるだけ、気楽な思いをさせること」へとつながっていった。

 梶田学長は「ダラーッと座るのは、そのときは楽。だけど、腰骨をきちんと立てて座った方が長時間疲れることなく座っていられる。好きなことばかりしていると、後で苦労するのと同じ。豊かになった社会では、大人が意図的に“鍛える”場を用意しないと、子供が健やかに成長することはできない」と指摘する。

                 ■□■

 「子供を鍛える」「歯を食いしばる」という概念さえ、あいまいになった。“苦”なしに、生活のあらゆる面で“楽さ”が追求された結果が、生活習慣病であり、気力体力の減退だ。エアコンで暑さ寒さを感じさせない住環境、ゲームやパソコンなど体を動かさずに楽しめる環境が子供の心と体を弱くする。

 自律神経の不調を訴える子供も増えた。昭和33年に、成長期の病気のひとつとして「小児起立性調節障害」を世に広めた大国真彦・日本大学名誉教授(小児科)は、7年前に東京都世田谷区内で小さなクリニックを開業した。毎月平均40人の「朝起きられない」「体がだるい」「頭が痛い」と訴える小学校高学年から高校生が訪れる。

 大国名誉教授は「症状が重い子供が年々、増えている。起立性調節障害は身体の病気で遺伝も関係するが、小さい時から暑さ寒さなどの刺激を受けて自律神経を鍛えたかということと無関係ではない」と指摘する。

 自然なお産も減っている。不妊治療を受ける人も増え、帝王切開は、厚生労働省の医療施設調査によると、昭和59(1984)年に8・2%だったが、平成17年には21・4%に増加した。

 子育て中の女性の脳を研究している育児工学者、小谷博子さんは「姿勢が悪いと、骨盤がずれやすく、血流も悪くなり、生理が重くなりやすい。本来、持っている妊娠する力、産む力を発揮できないまま母になり、産後の子育てがきつくなる部分があるのでは」と懸念する。

 子育てに必要な体力と耐性。ともにない親が、子供と2人きりで向き合った結果、陥りがちなのが育児不安であり虐待である、といったら言い過ぎだろうか。(村島有紀)

                   ◇

 《メモ》文部科学省の学校保健統計調査によると、肥満傾向のある子供は、昭和52年度の6.64%から平成17年度には10.42%に増えた(12歳児)。半面、やせ気味の子供も増えている。

 一方、体力・運動能力調査によると、子供の体力は昭和60年ごろをピークに低下し続けている。16歳男子の1500メートルの持久走の平均タイムは昭和60年度は5分57秒だったが、平成18年度は6分24秒まで低下した。姿勢と関係がある背筋力は「低下が著しい」と学校関係者は話すが、測定時に腰を痛める子供がいたことなどから、平成10年度以降は測定していない。

【溶けゆく日本人】快適の代償(6)金融教育の怪 金もうけはすばらしい?

2007.11.20 MSN産経新聞

 11月上旬の平日の午後。東京・大手町にあるみずほ銀行東京中央支店を、さいたま市内の中学2年の男子生徒2人が訪問した。対応したのは同支店の諸藤宏樹副支店長。見学時間は30分。2人は1階の「ご融資・ローン」「外国為替」などの窓口業務の説明を受けた後、地下1階の貸金庫を見学した。最後に、支店長応接室でビニールで梱包(こんぽう)された1億円の束が登場。するとそれまで緊張気味だった2人の表情がゆるんだ。約10キロある1億円の束を抱えて記念撮影をし、見学は終了した。

 2人は総合学習の一環として、物価について学ぶために銀行訪問を選んだ。一番印象に残った内容は、2人とも「1億円」と答えた。そのうちの1人、田村博くん(14)=仮名=は「自分の力で1億円を積んでみたいと思った。3億円とかできればいい」と満足そうだ。

 みずほフィナンシャルグループは、今年から本格的に東京学芸大学との共同研究で金融教育を始めた。支店見学のほか、全国の小中学校(一部高校含む)で、今年1年でのべ100回の出張授業を予定している。同社CSR室・足立康徳室長は「基本的な経済知識を知り、生活や人生設計に役立ててほしい」と期待を込める。

                   ◇

 今、官民あげての子供向け金融教育が盛んだ。

 日銀は平成17年度を金融教育元年と位置づけ、金融教育プログラムの開発に着手。小中高の児童・生徒計約8万8000人を対象に金融経済に関する基礎知識を調査し、幼稚園から高校まで全国45の学校における金融教育の実践事例集をまとめ、全国の小中高校に配布した。

 三井住友銀行は毎年8月、本・支店で「夏休み!こども銀行たんけん隊」を開催。学習研究社と共同で漫画『銀行のひみつ』を作成し全国2万6000の小学校に配布した。

 証券業界も熱心だ。マネックス証券は昨年1月、小学校5年〜中学3年の生徒28人に10万円を3カ月間、実際に運用させる『株のがっこう』を開催。日本証券業協会が開発した『株式学習ゲーム』は東証1部上場企業約300社の株取引を行い投資成果を競う教材で、昨年度は5万数千人の中高生が体験した。

 NPO法人金融知力普及協会(理事長・伊藤元重東大教授)は、今年から全国の高校生を対象に「金融経済クイズ選手権(エコノミクス甲子園)」を開催した。

 なぜ、金融教育が必要なのか。

 日銀情報サービス局の園田耕三・金融教育プラザリーダーは「小学校低学年で大金を無計画に使う事例が見られること、ITの浸透で保護者の知らないうちに株式などの売買ができてしまうこと、それに金融の基礎知識が欠如していることなどが理由です」と説明する。「金融商品の複雑化や経済のグローバル化で家庭も学校も金融知識を教えられなくなった」とも。

                   ◇

 関係者は極めてまじめで熱心だ。しかし何かがずれていないか。

 何が悪いということはない。だが、こうした金融教育の先に透けて見えるのは、最近話題になる中学生、高校生トレーダーたちの後ろ姿だ。10代の子供たちがゲームやクイズで本格的な金融知識を覚える必要が本当にあるのだろうか。

 子どもの経済教育研究室代表の泉美智子氏は「お金のことは他人から教わるものではなく、まず親が子供に話すべきことです。企業がリードする現状のままだと顧客獲得の“青田買い”になりかねない」と話す。

 教育評論家の尾木直樹氏は、政府の“貯蓄から投資へ”の金融政策がブームの追い風になっていると分析する。「中学2年までは大事な人格形成期。大金を見せるなら、同時にその場で働く意味やお金を得る苦しみを教えないと労働そのものや自分の親を軽視することにつながる。今の金融教育の大半はマネーゲームの緊張感を味わう体験学習にすぎない」と批判する。

 村上ファンド前代表の村上世彰被告は、小学4年の時に父親に「稼いでみろ」と渡された100万円を運用したのが投資家の原点だった。IT時代の寵児(ちょうじ)だった前ライブドア社長、堀江貴文被告は「お金で人の心も買える」と豪語した。経済アナリストの森永卓郎氏は「彼らは企業の文化やそこで働く従業員の気持ちも斟酌(しんしゃく)できず、金もうけでもルール違反を犯した。お金がお金を生むことを未成年が覚えたら、ろくなことにならない」と断言する。

 ある大手銀行は金融教育について「賢い金融消費者が増え、優れた投資商品を選べる人が増えれば、結果的に豊かな生活が送れる人も増える。金融教育の活動はその土壌作りのようなもの」と説明する。まじめに語られたこの言葉はどう聞こえるだろうか。(小川真由美)

                   ◇

 《メモ》金融広報中央委員会は平成17年末から18年3月にかけて、「子どものくらしとお金に関する調査」を実施した。「お金をたくさんためたい」は、小中高全世代で約9割が「そう思う」と回答。お金についての意識で、小学校低学年は「お金が一番大切」「お金持ちはかっこいい」が約3割を占め小学生の中で最も高い。高学年になるにつれ「お金よりも大事なものがある」という回答が増える。一方で、「お金はコツコツと働いてためるもの」との考え方に対しては、中学生が74.9%に対し、高校生になると66.2%に減少。逆に「お金を利用してうまくかせげるならそれにこしたことはない」「お金もうけはすばらしい」は、中学生より10ポイント以上高かった。

【溶けゆく日本人】快適の代償(7)不眠の時代 消えた闇夜 狂うリズム

2007.11.21 MSN産経新聞

 IT系の企業に勤める20代後半の男性プログラマーは、大きなプロジェクトを任され、深夜まで残業が続く毎日。帰宅してからもすぐに寝付けず、気分転換にインターネットのゲームで遊んでいるうちに気が付けば明け方に。こうして夜更かしを繰り返すうちに遅刻が増え、昼過ぎに出勤する日も珍しくなくなった。睡眠不足から集中力がなくなり、顧客とのトラブルやミスも頻発。たまりかねた上司に連れられて、カウンセリング機関を訪ねた。

 労働者の心理相談を行う「ジャパンEAPシステムズ」(東京都新宿区)のカウンセラー、春日未歩子さんが「最近増えているケースです」と紹介してくれた典型例だ。「深夜まで残業をすると、脳が興奮状態となって眠れないからパソコンやテレビに向かう。それが朝寝坊の原因となり、不眠という悪循環に陥るケースも少なくない」と指摘する。

 生活の24時間化やストレス社会の中で、知らず知らず睡眠のリズムが狂ってしまう人が少なくない。

 白々と夜が明けるころ、インターネットの会員制コミュニティー「快眠美女倶楽部」には次から次へと書き込みが続く。

 「今夜もまた、眠れない。あと4時間で仕事なのに…」

 「寝よう、寝ようと思ううちに、新聞配達のバイクの音が聞こえてきます」

 「一度でいい。熟睡したい。スッキリ目覚めたい」

 平成12年、厚生労働省が12歳以上の約3万人を対象に実施した調査では、日本人の5人に1人が不眠に悩んでいるという。多忙な毎日に加え、24時間営業のコンビニやファミリーレストラン、そしてインターネットや携帯電話の普及…。「闇夜」が消えた眠らぬ都市で生きる人にとって、不眠はまさに国民病、現代病とも言えそうだ。

 「快眠美女倶楽部」は睡眠改善薬「ナイトール」を発売する英系製薬会社、グラクソ・スミスクラインが今年5月、不眠の悩みを話し合う場を提供しようとSNS(ソーシャル・ネットワーキングサービス)のミクシィ内に開設した。反響は予想以上で、会員数はあっという間に約5000人に達した。

 会員の大半は首都圏や関西圏など都市部に住む20代、30代の女性たち。ホテルや看護師など深夜勤務、不規則労働の直接の影響はもちろん、深夜帰宅の夫の生活に合わせているうちに眠れなくなったというケースも多い。

 「肩こりや風邪などと違って、不眠の苦しみは他人に理解されにくいもの。それに医療機関を受診するのも抵抗があり、誰にも相談できず、悩む女性が多い。眠れないという深刻な不安を一人で抱え込んでいます」。切実な訴えを聞いてきた同社の三隅能子さんはそう分析する。

 夜活動して昼間眠れば同じというのはまったくの誤解だそうだ。平日の疲れを癒やそうと休日に寝だめをするのも、睡眠のリズムが崩れるもとになるので良くないという。

 日本睡眠学会認定医でスリープクリニック調布(東京都)の院長、遠藤拓郎さんは「体の機能を修復する成長ホルモンは、午前0時から3時ごろに多く分泌されます。睡眠は長さとタイミングが大切なのです」と説明する。睡眠は心身の疲労回復にとどまらず、体の成長や免疫機能を高めるなど、健康を維持するうえで重要なものなのだ。

 遠藤さんは不眠治療のかたわら、「快眠できる」をうたい文句にしたCD『Dreams』の監修を手がけるなど“眠りの伝道師”として活躍している。クリニックは今日も救いを求める人たちであふれている。

 24時間昼夜の区別ない便利な社会の中で、現代人が失ってきた健やかな眠りを取り戻す処方箋(せん)はないものか。

 横浜労災病院勤労者メンタルヘルスセンター長の山本晴義さん(心療内科)は、ストレス一日決算主義を提唱し、「早寝早起き」ではなく「早起き早寝」を勧める。無理をしてでも早起きして早朝に太陽の光を浴びることで一日のリズムがリセットされる、というわけだ。

 そんなことは今の仕事の忙しさからは無理、というなかれ。山本さんは通常の外来診療のほか年間200回以上の講演や数千件のメール相談をこなしている。それでも毎朝6時に起床、朝食を済ませ、3・5キロをウオーキングで通勤。エレベーターは使わず夕方のジョギングも欠かさない。もちろん不眠とは無縁だ。

 「現代人は今を犠牲にして将来のためにストレスをためながら頑張りすぎる。まずは夜型化するライフスタイルを見直し、本来の自然で人間的な生活を取り戻すことが何よりも必要です」。いま、「自然に帰れ」という言葉が切実な響きをもって聞こえる。(中曽根聖子)

              ◇

 【メモ】不眠社会を背景に「ナイトール」や「ドリエル」など、一般の薬局・薬店で購入できる睡眠改善薬の市場規模は年々増加。平成14年の32億円が18年には73億円まで拡大した。ドリエルを発売するエスエス製薬の調査(平成17年)によると、人口10万人当たり2500個以上ドリエルが売れている都道府県は、多い順に東京都、石川県、千葉県、大阪府、静岡県。同社は「大都市や人口集中地域での仕事や対人関係、生活の24時間化といった生活環境にある人たちと不眠との関連性がうかがえる」と分析している。

">【溶けゆく日本人】快適の代償(8)眠れぬ子供たち 夜型生活の“犠牲者”

2007.11.22 MSN産経新聞

 不眠の波は子供たちにまで押し寄せてきている。兵庫県に住む小学6年生、山本ゆかりさん(11)=仮名=は毎朝、眠くてなかなか布団から出られない。来年1月の私立中学受験に向けて夜遅くまで勉強し、くたくたになって眠るためだ。

 1日のスケジュールはこうだ。放課後、学校の門を出ると母親が車で迎えにきており、そのまま塾へ。午後9時すぎまで授業を受け、その後も難しい問題を講師に聞くなどし、帰宅の途につくのは10時すぎ。夕食は母親が用意した「塾弁」(塾で食べる弁当)で済ませている。

 帰宅後は入浴して夜食をとり、学校や塾の宿題を済ませ、翌日の用意をしてから就寝。午前0時前に寝られることはほとんどない。友達との会話についていくため、ビデオにとったテレビドラマを早送りしながら見て、床に就くのが2時近くになったこともある。

 「朝もつらいけれど、一番しんどいのは、(眠気が襲う)5時間目と6時間目の授業中。1、2時間目が体育や音楽の日は、家でゆっくり寝て3時間目から学校に行くときもある。学校に遅刻してもお母さんは怒らない。受験まであと2カ月やし…」。ゆかりさんはそう話す。

 大手進学塾によると、中学受験をする子供は首都圏では5人に1人、京阪神では9人に1人ともいい、年々増えている。子供をいい学校に入れたいと願う親にとって、今や塾はなくてはならない存在。そうしたニーズに応え、ほとんどの塾は夜遅くまで開け、車やバスでの送迎、塾弁の用意など、親と協力して受験に便利な環境を整えてきた。

                   ◇ 

 そんな子供たちが勉強時間と引き換えに犠牲にしているのが、遊びや読書、一家団欒(だんらん)の時間、そして睡眠だ。

 長年、発達障害や不登校の臨床研究を続けている熊本大学大学院医学薬学研究部の三池輝久教授によると、小中学生の場合、午前0時を過ぎて就寝する状態が長期間続くと、午後になってうたた寝をするようになる。夕方、学校から帰ってから寝るようになったら要注意だ。「睡眠不足が続くと脳機能が低下し、記憶の能力のうち、新しい情報を覚えること(記銘)が難しくなる。さらに学習意欲も低下し、体調も悪くなり、過眠型睡眠障害を伴う『小児慢性疲労症候群』という病気になることもあります」。三池教授はそう言って警鐘を鳴らす。

 昼まで眠ると、睡眠時間を補っているように見えるが、実際は体内時計が狂っていて脳機能が低下しているため、起きている間も無気力状態になりやすいという。また、睡眠障害は不登校の原因にもなるといい、三池教授らは子供に一日のうちにいつ寝ているかの睡眠表を書かせ、不登校予備軍を早期に発見する研究も進めている。

                  ◇ 

 慢性睡眠障害は乳幼児にも起きる。共働きの親が増え、夜間保育所なども整ってきたが、そうした施設に子供を預けることが“落とし穴”になる場合もある。

 三池教授のもとに、3歳7カ月の息子を連れてきた母親がいた。「(息子は)言葉が遅れ、指差しができず、コミュニケーションもうまく取れない。自閉症ではないかと言われ、心配している」という。

 母親は夜間の仕事に就き、息子は午後7時から午前4時まで夜間保育所に預けられていた。息子の睡眠表を書いてもらったところ、保育所ではゆっくり寝られず何度も目が覚め、昼間も不規則な睡眠になっていることが分かった。そこで三池教授は、息子に睡眠導入剤を飲ませ、毎夜、決まった時間に眠らせるようアドバイス。母親は仕事を辞めて指示に従ったところ、2カ月間で劇的に発達が進んだという。

 親が不規則な生活を送ると、乳幼児には夜間の睡眠が分断される「睡眠の断片化」という問題が生じる。親が立てる物音で子供が目を覚ますという場合もあるようだ。

 「睡眠の断片化も睡眠不足と同じ障害を起こします。脳の発達に影響を及ぼし、発達障害を起こすこともあります。睡眠導入剤で治らない場合は、入院して決まった時間に高照度の光をあてる治療も行いますが、一番いい治療法は家族全員で早く寝ることですね」と三池教授。

 受験勉強や親の仕事に合わせ、眠る時間が不規則になる子供たち。夜、活動するのが便利な社会になり、子供たちも大人に引きずられている。しかし人間は本来、夜行性にはなれないものだ。

 三池教授はこう話す。

 「大人の生活が夜型になっているのに、子供だけは早寝早起きを、というのも不可能な時代になってきた。そういう世の中が子供たちに睡眠障害を“発病”させているともいえます」(武部由香里)

                   ◇

 《メモ》日本小児保健協会が昭和55年から10年ごとに行っている調査によると、夜10時以降に就寝する子供の割合は55年、平成2年、12年で次のように増加した。1歳6カ月児25%→38%→55%、2歳児29%→41%→59%、3歳児22%→36%→52%、4歳児13%→23%→39%、5〜6歳児10%→17%→40%。遅寝とともに睡眠時間も減少傾向にあった。

 また、博報堂生活総合研究所が先月末に発表した「子供調査」によると、小学4年生から中学2年生までの子供が「もっと増やしたい時間」として最も多かった回答が「睡眠時間」で64.9%(複数回答)だった。

【溶けゆく日本人】快適の代償(9)機器の魔力

2007.11.23 MSN産経新聞

 ■便利さが自分を見失わせる

 方向音痴を自認する大阪市の主婦、横山清子さん(52)=仮名=は車を運転するとき、カーナビゲーションシステムに頼りっきりだ。地図を広げたり、人に道を尋ねたりしなくても、カーナビだと運転しながら必要な道路情報が即座に得られ、目的地までスムーズに案内してくれる。使用歴は8年にもなる。ところが最近、使っていて不安に感じることがある。

 大阪府内の高速道路を走っていたときのことだ。「○○出口、あと△△メートルです」。ナビの音声がこう伝えたときには、出口への分岐点を過ぎようとしていた。急なハンドル操作はできず、結局、下りるのをあきらめ、次の出口に向かった。

 スピードを出している場合など、ナビの指示とハンドルを切るタイミングが合わないことがあるという。音声指示で「400メートル先、信号を右へ」といわれ、行き過ぎそうになり慌てて曲がったこともあった。

 また助手席に乗せた友人が近道を教えてくれたにもかかわらず、「機械は間違えない」と信じてカーナビが指示した道を通ったところ、遠回りになった経験もある。

 「以前より自分で道を覚えようとしなくなったし、カーナビに頼りすぎるのも問題かも。それでも、運転するときは手放せないのですが…」

 横山さんはそう話す。

 仕事や生活に役立つ便利な機器が次々と誕生している。しかし、一方で人々がそうした機器に慣らされ、見失ったものも多いのではないだろうか。

 こんな話がある。オール電化の家庭で育った小学生が、学校の理科の実験で燃焼器具のそばに不用意にノートを置き、燃やしてしまった。自宅では火の出ないIHクッキングヒーター(電磁調理器)を使っており、近くに本やノートを置いても問題はなく、火の怖さを理解していなかったのだ。ノートに火が移っても対処の仕方が分からず、友達が水をかけて火を消すのを、ぼんやりとながめていたという。

 現代では携帯電話やパソコンは必需品だが、大阪市の30代の男性会社員は相当な“携帯中毒”だ。電話やメールでのやり取り、ネットによる情報収集など、外回りの仕事のほかプライベートでも頻繁に携帯を使う。夜間の急な電話に応答したり、朝起きてすぐにメールチェックができるよう、眠るときも枕元に携帯を置いておく。そんな生活を続けているため、「自宅近くでちょっと買い物をしたり、散歩をするときも携帯がなければ不安。携帯の使えない乗り物に長時間乗ったときはいらいらする」と打ち明ける。

 カーナビや携帯電話が原因の車の事故も多い。道交法が平成11年に改正され、運転中に携帯電話を持って通話したり、カーナビ画像を注視することが禁止され、16年には携帯のメール画面を注視することなども罰則の対象となったが、違反者は増える一方。警察庁によると、カーナビや携帯の18年の違反取り締まり件数は前年より40万件近くも増え、90万6118件に。交通安全白書によると、カーナビの注視による18年の交通事故発生件数は921件に上った。

 運転中は危険と分かっていても、つい使ってしまうカーナビや携帯。そういう心理について、心療内科医の中川晶・大阪産業大学教授はこう説明する。「快適さは一度手に入れたら簡単には手放せない。ものごとをよく考えることができる人でも機械がやってくれると頼ってしまう。快適な環境に置かれると、それまでの不便だった生活を忘れ、今の環境を当たり前だと受け止めてしまう」

 中川教授は、子供が引きこもりになったとき、親に「子供の生活環境を快適にしてはだめ」とアドバイスすることがある。学校にも行かず、働きにも出ないのであれば、トイレ掃除や洗濯、浴槽掃除などの家事を頼むようにする。

 「生活に負荷を掛けることで、『家にいても家事をしなければだめだし、学校に行くほうが楽だ』と考え、引きこもりから抜け出した子もいます。逆に、親が腫れ物に触るように対処し、快適な状態を作り上げると、容易に脱出できませんね」

 鬱(うつ)病にかかると、症状として高い頻度で「億劫(おっくう)さ」が表れるが、便利になり、多くの人が手間を掛けることを億劫がる今の世の中は、一種の鬱状態に陥っているとはいえないか。

 中川教授は「本来なら快適さの感じ方は個人個人違うはずなのに、大多数の人が便利さを快適だと思っている。そういう意識がはびこり、要求がさらに高まり、デフレスパイラルのようになっている。科学技術の発達と環境破壊のように、快適さも一つ手に入れたら一つ代償を払うものなのに、その自覚もなく追い求めているのではないか」と話している。(武部由香里)

 =このシリーズおわり

 《メモ》国土交通省によると、カーナビの平成19年3月までの国内累積出荷台数は2613万台。矢野経済研究所の調査では、カーナビの国内市場は17年は315万台で、これは新車台数の63%に当たる。欧州の264万台、米国の76万台と比較すると、日本の普及率は際立って高い。近年はバイクなどにも取り付けられるハンディ型ナビゲーションも急速に普及し始めている。


【やばいぞ日本】座談会(3−1)退路断つ「覚悟の戦略」を

2007.12.20 MSN産経新聞

 本紙連載「やばいぞ日本」(7月3日付から66回)を受けて、日本の劣化の原因や克服策を探ろうという座談会が産経新聞東京本社で開かれた。出席者は宗教学者の山折哲雄、JR東海会長の葛西敬之、元外務省中東アフリカ局参事官の宮家邦彦、一橋大学客員教授の中満泉の4氏(本文は敬称略)。約1時間半の論議は、以下の救国シナリオに集約された。(1)日本は危機的な状況を迎えているのに、日本人は深刻さに気付いていない(2)競争力を強めるため、退路を断って思い切った改革を断行する(3)そのためには「覚悟の戦略」をもったリーダーが必要だ(4)年長者が次世代をきちんと教えて人間関係を安定させるーなど。(司会は「やばいぞ日本」取材班キャップ、中静敬一郎・論説副委員長)

■動画はこちら「やばいぞ日本」特別座談会「退路断つ『覚悟の戦略』を」

 −−日本の現状をどう見ますか

 山折 連載を拝見して、日本社会の劣化が行くところまで行き、この先は沈没しかないのか、と感じた。

 戦後60年、われわれの社会は家庭でも学校でも職場でも「人間関係が大事だ」と言い続け、その結果、人間関係そのものが非常に不安定になった。

 何が欠如していたのかというと、親子や師弟の関係でも、技術や知識を年長の者が次の世代にきちんと教えていくという教育の垂直軸というものを問題にしなかった。これがかえって人間関係そのものの基礎を崩した。

 それから水平軸が横並びの平等主義となり、互いの足を引っ張る構造を作り上げた。垂直軸がしっかりしていれば、嫉妬(しっと)や怨念(おんねん)はかなりコントロールされる。それが正当な人間関係の中に吸収されず、ライバルや憎しみの相手に向けられ、社会の中に蓄積している。子殺し、親殺しなどの残虐な事件が多発しているが、蓄積した嫉妬や怨念が外に向かうと殺意になり、内に向かうと自殺を引き起こす。外にも内にも向けることができない人間は行き場を失って鬱(うつ)になっている。

 教育を中心にあらゆる社会組織の中に垂直軸と水平軸という立体的な体系を築き上げなかったことが問題だ。

 葛西 戦後の日本は、すべての人の考え方が内向きになっている。国というものは中を束ね、外に向かって戦略的に自己主張することにより、国益を推進するための組織でなければならず、そのためにリーダーが必要だ。

 これが明治以来の近代化のプロセス。担い手は戦うことを職業とする武士だったが、戦後日本は、その戦うことを否定することから始まっている。

 ですから国を守ろうとか、あるいは企業も役人も、外に向かっていかに競争力を強めていくかということをだんだん考えなくなり、内ばかり見るようになった。仕えやすい上司、付き合いやすい同僚、使いやすい部下がいいということになり、そういう人が組織の中で重んじられる形になっている。

 冷戦時代に米国の保護下で日本が自分で自分を守らなくてもいい、という、ある種の温室の中では、その仕組みは機能し得たと思う。ところが、冷戦崩壊後に米国から突き放され、あるいはバッシングされる事態になって、四分五裂の迷走状況になったまま、それがいまだに続いている。

 すべてにおいて受動的で、主導性を失ったのが日本の戦後の特色。小泉元首相、安倍前首相はその中でリーダーシップを発揮しようとしてある程度成功したが、今また逆戻りし、帆もエンジンも舵もない状況になっている。

 宮家 この連載には日本の劣化が書かれている。個人の劣化では教育の問題や政治家・役人の体たらく、社会の劣化では国家戦略のなさ、縦割り主義などが繰り返し指摘されている。

 私が印象的だったのは、ままごとで「お母さん役のなり手がなく、子供たちはペット役をやりたがる」という記事(11月8日付)です。子供たちの世代から変質が始まり、劣化がかなり深く進行していることは衝撃でした。

 中満 12月4日発表の経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査で、一番ショックだったのは日本の生徒の学習意欲が他の先進国と比べて格段に低いこと(注1)。理由を考えると、恐らく目的意識がなくなってしまったのではないでしょうか。

 戦後ずっと米国に追いつき追い越せ、と一丸となって頑張ってきたのが、実際豊かになってみて、そのあと一体どこに行ったらいいのか、その後の方向性がどうも見えてこない。そのことが、日本の現状で一番危惧(きぐ)すべきことだと考えます。

 −−なぜ、こうなったのでしょう

 中満 根本的な問題点は、いい意味での「個」が日本では確立していない。当事者意識がすべてのレベルで非常に希薄であることが原因と考えます。個が確立していることは個人主義とは違う。個が確立していないと主体的にものを考えず、誰かがきっと何かを考えてくれ、それに従ってやっていけば、これまで通り豊かな生活ができるのではないか、と思っている。

 明治維新以降、日本は均質的に非常にレベルの高い国民を公教育を通してつくることに成功したと思う。

 しかし冷戦終了とグローバル化によって環境が激変した。それに対応するには集団で均質的な人間が集まったグループでは無理がある。かなり思い切った方策で教育の方針を変えるなどの改革が必要だったのに、常識の枠の中で、いってみれば箱の中の改革のようなことしかやってこなかった。

 個が確立していないことは、国際的にみれば個人レベルで国際標準で競争できる人間の数が、国のサイズからみるとあまりにも少ないことに表れている。国際的な外交政策においても、日本を守ってくれるのは米国か国連かという、全く二者択一的な、非常に単純な議論しかなされていない。

 日本を守るのは日本です。日米同盟とか国連とかをうまく使いながら、日本の大きな戦略を自分たちが考えていかなければいけないのに…。

 ■個人の力 組織に生かせ 宮家氏

 宮家 僕はグローバル化の問題にとどまらず、どうしても1945年に行き着くだろうと思っている。敗戦を境にすべてが変わったとは思いませんが、集団主義的なものから個人主義的なものへの流れ、もしくは集団主義と個人主義との葛藤(かっとう)が、いまだ克服されていないような気がしてならない。

 私はアラブ人や中国人と付き合うことが多いが、彼らはうらやましいくらい個人主義的だ。ただ、彼らが作る組織は見事にダメです。同じ個人主義でも、欧米諸国は個人と組織の調和をうまく図っており、個人の力が組織的に生かされるようになっている。

 しかし日本の場合は個よりも集団、組織のほうが大事だった。敗戦後の占領下で激変があり、戦前の集団主義的なものが、個人主義的なものへと大きく流れが変わった。実際に教育など一部の分野では個人主義ですべてが動き始めた。ところが、社会全体ではまだ集団的なものが残っている。 

 今のいろいろな変化に対応できない最大の理由は、個人主義的な人たちが多数になってきているのに、その新しい統治の手法がまだ確立していないことにあるのではないでしょうか。

 葛西 戦前と戦後とで、私はそんなに変わっていないような気がする。例えば戦争に突入したときの形を見るとドイツやイタリアは明らかに強いリーダーがいて、リーダーシップに引きずられて戦争に入っている。日本は全く逆で、軍部が独走したというよりも、あれはリーダーシップ不在の中で民意に迎合して戦争に突入した。

 リーダー不在は、日本が島嶼(とうしょ)国家であり、安全や繁栄が決定的に脅かされることはないという風土から来ているのではないか。

 聖徳太子が十七条憲法で「自分は必ずしも聖ではなく相手は必ずしも愚ではない」「たくさんの人の意見に従えばいい」としているのは、まさに日本型の非リーダーシップ的リーダーであり、その原点です。

 日本でのリーダーシップ発揮の時期は幕末でしょう。西洋の植民地化に対抗する形で必要やむを得ず出た。

 戦後、敗けて国は滅びたが、うまい具合に朝鮮戦争が起き、米国が日本を共産主義の防波堤として徹底的に保護する仕組みになった。それで日本人はリーダーシップというものを学ばず、国策を自分で考えないで、黙って冷戦のレジームの中できちんと努力さえすればいいという風になった。

 本当は今、幕末と同じぐらい日本は独立あるいは存在の危機を迎えている。中国の存在はまさに脅威です。にもかかわらず、そのことを認識すらしないという、そこに今の問題がある。幕末の侍たちは認識していた。

 今の国の指導者たる政治家の一部は認識していない。その認識すら失ったのは、憲法9条と東京裁判によって作られた歴史的歪(ゆが)みのせいです。誤った歴史認識に日本人は縛られ、思考停止している。

 山折 個の確立ですが、ヨーロッパ近代の社会が作り出した個は、ヨーロッパ近代人の人間観と非常に深いかかわりがある。根本は「人間とはそもそも疑うべき存在だ」という認識。これは非常に徹底している。

 デカルト(注2)の「われ考える故にわれあり」の「われ考える」は「われ疑う」。徹底的に疑う主体としての個が存在したから、自然科学が発達し、そこにヨーロッパ近代の精神性が出る。ただ、個と個の関係性が疑うべきものでは社会を作れない。民族国家を形成するための2つの条件がありました。1つは「一神教の信仰」で、もう1つは「契約の精神」です。

 日本社会はこの2つの条件を欠いている。その代わりに日本人は「人間とはそもそも信頼すべき存在だ」という人間観を作り出した。ところが、現実には人間は裏切り続ける存在です。

 このジレンマを乗り越えるために作り出したのが、「組織を裏切るな」というモラルだったと思う。ここに集団主義の宿命的な問題が出てくる。信頼すべき人間同士のコミュニティーを強化するためにどうしても集団的な力に頼る以外にない。超越的なものが存在しないわけですから。そこから組織に対する裏切りが、人殺しより重い最高の悪とされたのです。

 そうした日本固有の社会構造、人間観があり、その上に近代以降、ヨーロッパの個人主義、個の自立という思想を受け入れた。明治以降のリーダーたちは必死になって調和させようとした。これは調和させる以外にない。あれかこれかの問題ではないですから。

 アジア全体の中では日本の維持してきたこの集団主義は、かなり良質の集団主義だと思う。個人主義を抱え込んだ集団主義、あるいは集団主義を内面化した個人主義。今はその良質の部分をどう発展させるかという岐路に来ていると非常に強く感じる。

【やばいぞ日本】座談会(3−2)

2007.12.20 MSN産経新聞

 −−解決策はいかがですか

 山折 異論があるかもしれないが、私は「経済成長率信仰」を根本的に変える必要があるのではないかと考えています。経済成長率さえ維持していけば、年金の問題も税金の問題も解決すると言わんばかりのことを政治家も経済人も言い出している。しかしね、もう世界全体が限界に来ている。この信仰に鍬(くわ)を入れることを、まず日本が率先すべきじゃないかと思う。

 大和言葉には「腹八分」といういい言葉があります。これは日本人のライフスタイルに直結した観念であり、感覚です。ところがね、若い者と一緒に居酒屋に行くと、飲み放題、食い放題の店があふれかえっている。食べよう、ばかりです。こういうものに歯止めをかけるため、「腹八分」という考え方はいろんな面で適応可能性を引き出すメッセージだと思います。

 それと経済成長率信仰の見直しは結びつく。ただ、経済が停滞していいのかといわれると困るが、「経済持続力」といった言葉もある。

 葛西 日本で抜本的な改革がなされた時期は、明治維新と大東亜戦争の敗戦です。いずれも外的要因による「非連続的改革」です。だから非連続的改革をやってみたらいいと思う。

 真っ先にやりやすいのは、公共事業と教育です。日本は今、土建立国になっているから、これから先、これまでのような国でやる公共事業では、一切新規の建設はやらない。いままで建設したものを21世紀の間、いい状態で使うためのメインテナンスの投資しかやらないことをまず決める。

 教育改革では、考える力をつけるための基礎と、集団で授業を受けることによって社会的な規律を身につけることに絞る。子供の数はどんどん減り、先生は大量に退職している。こんな絶好の機会はないので、先生の採用および教育予算は子供の減少に比例して抑制する。個別の施策のために抑制を解除する場合は、案件ごとに教育再生管理委員会のような組織が判定する。

 こうすると、公共事業と教育が退路を断たれた形になる。非連続的な改革の発火点になり、いろんなことが動き出すきっかけとなるかもしれない。相当乱暴な議論ですが、国鉄改革の場合はまさにそうだったわけです。

 宮家 おっしゃる通りで、非連続的な形でしか日本は改革ができない。外圧がなければ、もしくは環境が激変しない限りできない。今の日本では山折先生が言われた良質の集団主義が劣化し、その中で個人主義も劣化している。こう言うと不愉快かもしれませんが、まだ落ちるところまで落ちていない。落ちて、1億2800万人全員が「これはダメだ」と思わないと、一致団結して改革しない。その間は改革しようとする立派な人の足をみんなで引っ張るだけです。

 中満 倫理観の低下を私たちが感じていても、日本人ほど緻密(ちみつ)で勤勉でモラルが高い国はありません。

 ただ難しいのは、これらの長所、強みが実は短所、欠点と紙一重です。緻密で勤勉だからこそ、いざというときにダイナミックな考え方ができず、リーダーシップを取る人間が出てこない。対外的な関係を築くときに相手を信頼し過ぎて主張しない。こういう性質を表裏一体で持っているからこそ、改革が難しい。だが、逆にそれらを両方得ることができれば、ものすごいパワーになると思います。

 日本の劣化といいますが、例えばマンガやアニメの文化力は1960年代のビートルズに匹敵するぐらいの浸透力を持っている。しかしそうした力を結集するようないい意味での組織力、行動力が今、欠けています。

 「日本と世界」ではなく、「世界の中の日本」へ、発想を転換するため、英語を公用語化するような思い切ったことが必要ではないでしょうか。

 ■英語の公用語化検討を 中満氏

 −−英語だけの公用語化ですか

 中満 もちろん国語化ではなく、日本語との併用です。官僚組織では重要な文書を必ず日本語に訳す。いかに時間と労力を使っているか。それを一切やめ、「そのまま読む」とすれば、英語を学ばなければ仕事ができなくなる。必要に迫られるわけです。

 山折 明治以前では、中国文明と日本文明はそういう共存関係でした。漢字文化を日本列島文化は消化した。それをやれということですね。

 葛西 江戸時代に2、3歳のころから漢文を読ませたような教育を一部の人に施すのはいいかもしれません。しかし、植民地のように他国の言葉で仕事をしなくてはならなくなったときには必ず支配される。

 以前、外資と対等合併した会社の社長に「社内の公用語は何だ」と聞いたら「英語だけだ」というので、「あなたの会社はもう負けたということだ。いずれダメになります」と言いました。その会社は半年後につぶれた。

 英国が、「英国病」(注3)と言われるように没落が危惧されながらも地位を保ったのは、英語が世界の覇権言語だったからです。日本語はそうではない。日本がこれから生き残るには、だれかと手を組むことが必要です。

 相手を間違えたら滅びる。それはやっぱり米国であり、小泉、安倍両氏は正しい。日米同盟が基軸であることに異を唱える人々は、ものの本質を見誤っていると思う。

 現実的な処方箋(せん)は、太平洋を内海とする密接な日米関係をつくることです。その方向に動けば、「日本病」が進んでもなんとかなると思う。

 宮家 日本が劣化することで、その正しい政策ができなくなる可能性があるのが怖い。

 葛西 山折先生の経済成長率信仰見直しには全く同感です。経済成長による税収増を重視する「上げ潮路線」は疑問です。必要なのは、厳(きび)しめの想定による日本経済の正確な将来予測であり、その試算に基づいた処方箋を現実的に考えなければならない。

 政府は消費税率論から逃げているが、国鉄の運賃値上げと一緒で、ずっと逃げて最後にドカンと値上げしたらうまくいかなかった。それと同じことになるような気がする。

 山折 いまよく「国家戦略」という言葉を使うが、その場合の戦略を作り上げる方法は常に目的合理性に基づいている。しかし、例えば明治維新における政治家たちがやったのは、目的合理性に基づく認識はもちろんあったと思うが、それ以上に「覚悟の国家戦略」だった。

 今の日本社会にとっても重要なのは「覚悟の戦略」と思う。葛西さんが言われたようにいろんな見取り図を作って、その中で選択する。これは合理的に説明できない場合があるわけです。そのときにどう覚悟するか。それがない。「覚悟の戦略」という発想が。

 宮家 グローバル化への危機意識をみんなに持ってほしい。とりわけ政治家です。なぜなら政治決断をしない限り、われわれが言ったことはすべて絵に描いた餅(もち)。しかし国会が衆参両院でねじれ、今のままでは本当に大事な政治決断をするチャンスを失う。政争をやっている暇はない。

 中満 思い切った政策を行っても、効果が国レベルで出てくるには時間がかかる。5年ぐらいのうちに思い切ったことをやり始めないと、間に合わなくなってしまう。

 −−問題はリーダーですね

 葛西 リーダー教育は必要と思う。でも、例えば文部科学省の審議会で議論をして、国全体のシステムとしてリーダーを育てる仕組みを作るのは不可能だ。そこで、私は志を同じくする民間企業数社とともに、リーダーの卵を育てる中高一貫校を2006年、愛知県に開校した。一粒の種をまく、その動きがいくつか集まったときに何かが出てくる。自分にやれることをやっていこうと思っています。

 聞いた話ですが、米国人の最も多くの人たちが一番信頼するのが「米軍」だと答えるそうです。私の米国の知人をみてもそれはうなずける。高給をもらわず、強ぶらず、自己抑制の効いていて、しかも積極果敢である。

 いわゆる昔のいい米国のリーダーシップが残っている。日本の霞が関にはそれに当たるものがない。

 宮家 絶対ない(笑)。

 葛西 ビジネスの世界はもっといません。リーダーを育てるには時間がかかります。

 中満 どんな職場組織でも、入って2、3年たつと「この人は将来リーダーになるだろうな」という人間は大体見えてくる。そういう人材を育てる意識的な努力がもっとなされた方がいい。要するに、どんどん責任を与え、失敗を含めて自分で学び取らせていく。そうした取り組みが霞ケ関はもちろん、ビジネスの世界でもなされていけば、将来のリーダーの卵が生まれてくるのではと思います。

 山折 歴史に学べば、日本の改革革命で最も見事な成功例は明治維新。あれは無血革命に近い。前提は江戸城無血入城です。そこに西郷隆盛(注4)と勝海舟(注5)というリーダーがいます。彼らが何を最終的に目標にしていたかというと、前述した聖徳太子の「和」の問題が出てくる。その意味で集団主義は非常に根が深い。

 私は、明治維新で示されたリーダーたちの一種の集団主義、和の精神は、いつでも死を覚悟していたと思う。

 よく非暴力、平和主義というとインドのマハトマ・ガンジー(注6)が想起されますが、ガンジーも死を覚悟し、最後は暗殺された。絶対平和主義を唱える日本人はそこを見ていない。日本人がこの甘さを乗り越え、その上で明治無血革命の集団主義、和の精神をどう質を高めて継承するかです。

 葛西 明治になって大久保利通(注7)は暗殺された。

 山折 毎日暗殺の危機感の中で活動していたわけでしょう。すごいと思いますよ、その精神力は。

【やばいぞ日本】座談会(3−3)

2007.12.20 MSN産経新聞

脅威を認識していない 葛西氏

 −−中国をどう見ますか

 中満 私は敵とは思っていない。しかし中国ときちっとした付き合い方を日本が考えなければいけない。

 葛西 敵というと言葉はきついが、中国は核ミサイルの照準を日本に合わせて配備している。これは脅威です。脅威に対しては抑止力を持たなくてはならない。それは日米同盟です。

 日米同盟がきちんとしていると、日中関係は良くなる。ところが、日米同盟に楔(くさび)が打てると思うと、日中関係は悪くなる。

 宮家 日本が初めて本当の中国を知り始めたのは最近です。天安門事件(注8)以降、やっと中国がどういう国かわかってきた。戦前を含めて一種の理想主義と空想主義と思い込みで互いに本当の実態を知らなかった。これからですよ、本当の日中関係は。

 葛西 私は日本の運命を最後に決するのは目を覚まさせる状況が来るかどうか、まさに天命なんだと思う。中国の脅威が具体的に何かの動きになったときに、日本人がいくら寝ようと思っても頭から水をかけられたように目が覚めざるを得ない状況が来れば、日本は助かる。そうでなければ助からない状況に今あるような気がする。

 宮家 ショック療法的なことが起これば本当にいい。そうしたら、この国はドーッと集団で変わる。その危機を感じなかったら、今のままです。

「明治無血革命」に学べ 山折氏

 山折 今、天命とおっしゃったけれど、世界の国はずっと「生き残り戦略」を考えてきた。一方、アジアには、すべてのものが被害を受けるならば共に滅びの道を歩もうという「無常戦略」がある。「万葉集」や「平家物語」などには、全部この無常観が流れ、滅びゆくものに対する共感、弱者・敗者に対する思いやりがみられる。


【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(1)キレる大人たち 増え続ける“暴走”

2008.02.04 MSN産経新聞

 「どういう応対をしているんだ!」。閉店時間間際の神奈川県内の大型スーパー。食品売り場のレジ前で、40歳前後の男性客が大声を張り上げた。

 きっかけは傍目にはささいなことだった。会計待ちの列に並んでいる途中、客をさばいた別のレジの店員が、すぐに「こちらへどうぞ」と案内しなかったのだ。急ぐがゆえの叱責だったはずが、男性の怒りはいっこうに収まらない。店の責任者を呼び出すように告げ、店員10人ほどを横一列に並ばせて、怒りをはき出した。店のスタッフは1時間以上にわたってひたすら頭を下げ続けた。

 トラブル処理にあたった社員は「応対に落ち度があったのは事実。だが、突然、あまりのけんまくで長時間怒鳴られたため、店員はかなりショックを受けていた」と打ち明ける。

 東京都内の飲食店。中高年の男性客が、勘違いから予約の1時間以上前に訪れた。店はまだ準備を始める前。フロント近くの待合席でしばらく待ってもらうよう告げると、「予約しているのになぜ通せない」と言ってテーブルを拳で叩きながら怒鳴り始めた。女性店員(30)は「一方的に自分の都合を押しつけるばかりで、開店前だという事情など全く聞く耳を持ってくれなかった…」。

 税務署の窓口で女性職員を怒鳴りつけ、平身低頭のスーパーの店員に延々大声を張り上げる−。ときに自分勝手にも思える言動を繰り出し、周囲と摩擦を引き起こす…そんな「新老人」の登場を書いた作家、藤原智美さんの『暴走老人!』(文芸春秋)。昨年8月に発売され、7刷を重ねる話題作になった。

 藤原さん自身が、公共の場所でキレる高齢男性を立て続けに目撃したのが執筆のきっかけだ。「企画意図を話したとき、『本当にそんなことがあるの?』と驚く人は少なかった。思い当たる体験をしている人が多いのでは」。異色の老人論がウケた理由を、藤原さんはそう分析する。

                ◇

 警察庁がまとめた平成18年の犯罪情勢。刑法犯の認知件数が15年以降減り続ける一方で、暴行事件の検挙件数は10年前の約4倍に急増している。年齢別に10年前と比較した伸び率をみると、10代がほぼ横ばいなのに対して、60歳以上(12・5倍)、50代(5・6倍)と中高年層の増加が際立つ。

 原因の8割は「憤怒」だ。若者の凶行とセットで語られることが多かった「キレる」。豊富な社会経験を積み、分別を備えているとされる大人たちが、怒りを抑えられず“暴走”するケースが増えている。

 昨年、東京消防庁の救急隊員が思わぬ災難にあった。11月、腰痛を訴える女性からの通報を受け、救急車が新宿区内の現場に急行。早速、搬送先の病院と連絡を取り合った。ところが、出発をせかすこの女性の夫が突然隊員の腹を殴り、救急車の窓ガラスを割って暴れた。

 また5月には、酔っぱらった中年の男が、救急車内に担ぎ入れられたとたんに怒り、傘を振り回して隊員の鼻の骨を折るという事件もあった。

 同庁は顔全体を覆う強化プラスチックのカバーを付けたヘルメットや、防刃チョッキなどを用意。暴力などを受けた場合は、原則として告訴・告発する姿勢を徹底してきたが、事態が改善する兆しはない。

 昨年1年間に救急現場で隊員が暴行を加えられた傷害件数は、統計を取り始めた平成元年以降で最多の24件に上った。救急指導課の竹内栄一係長は「助けようとした相手に暴力を振るわれるようでは、救急隊員の使命感がそがれかねない」と困惑する。

                ◇

 不特定多数の人が交差する都心部の駅。頻発する乗客の暴力行為から駅員の身を守る取り組みが進む。ポケットサイズの「お客様応対ハンドブック」。日本民営鉄道協会が2年前に作製した接遇マニュアルだ。

 冊子の大半を占めるのが危険予知シート。けんかの仲裁や迷惑行為の注意など、トラブルが起きやすい状況をイラスト入りで説明、どんな危険が潜んでいるのかを明らかにする。対応法も「複数人で対応」「(客の)手・足の動きに注意する」「酩酊者には背中を見せない」など、非常に細かく具体的に記されている。

 同協会労務部の小松慎太郎さんによると、駆け込み乗車の直前でドアがしまったことに腹を立て、車掌の顔めがけて傘を振り回したり、携帯電話を車内に忘れたという男性に対応した駅係員が、興奮した男性にいきなり窓口にあった電話機を投げつけられた…などの事例が実際にあったという。「加害者の大半は酔客だが、理由もはっきりせず突然暴行を受ける例もあり、被害の程度は深刻化している。従業員の安全を守る具体策が必要だった」とマニュアル作製の経緯を説明する。

                ◇

 東京・高田馬場の日本心理相談研究所。所長で、心理コンサルタントの河田俊男さんが中高年層を中心にキレやすい大人が増えてきたと感じるのはここ10年。雇用の先行きに不透明感が漂い、情報ツールが急速に普及した時期と重なる。河田さんは「メールなどで即座に回答を求められる機会が増え、仕事の評価も成果主義に変わる。ストレスが蓄積しやすくなる一方で、会社には余裕がなくなり、発散する機会は減っている」と指摘、職場などでため込んだストレスを公共空間で爆発させる構図を浮かべる。

 サービスを受ける消費者の権利意識の高まり、身体的な問題…キレる原因は多分に複合的だ。作家の藤原さんは、日常生活を送る地域社会で、見知らぬ人に感情を爆発させる高齢者が多いことに着目する。「勝手な行動を抑止する役目も果たしてきた地域コミュニティーは崩壊寸前。歯止めがなくなり、エゴが露出しやすくなっている」(海老沢類)

                ◇

 連載「溶けゆく日本人」第5部のテーマは「蔓延するミーイズム」。モラルを破壊する自己中心主義の“肖像”を描きます。

                ◇

 《メモ》 東京消防庁によると、救急隊員に暴行したり救急車を傷つけたりする「妨害行為」の件数は昨年1年間でこれまでで最多の50件。5年前に比べほぼ倍増した。傷病者本人が行うケースが最も多く、全体の半数を占める。

 また日本民営鉄道協会によると、大手私鉄16社とJR3社などでの駅員や乗務員への暴力行為は平均して1日 1.7件発生。加害者年齢(判明分のみ)は、20代以下は17.8%。30〜50代で68%を占め、60代以上も13.9%に上った。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(2)“自子中心”の保護者

2008.02.05 MSN産経新聞

 ■不安が生み続ける連鎖

 大阪府内の閑静な住宅街近くの保育園で、5歳の女の子を迎えに来た父親が、同じクラスの男の子を押し倒し、蹴(け)飛ばす“事件”が起きた。

 ことの次第はこうだ。仕事が早く終わった父親が夕方、保育園に来たとき、子供たちは外で遊んでいた。女の子は友人と遊んでいたが、けんかになり泣きだした。それを数人の男の子がからかい始めた。父親はしばらくその様子を見守っていたが、からかいが止まらないため、「しつこいぞ」としかった。

 それでいったんは収まったかに見えたが、数分後、まだ泣いている女の子のところに1人の男の子が再び戻ってきて、何か話しかけた。父親はそばにいた保育士に仲裁するよう声をかけたが、保育士の返答があいまいだったため、ついに自制できなくなり、怒鳴りながら男の子を追い回した。最後は「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣きながら逃げる男の子への暴行となった。

 女の子の家は父子家庭で、父親は仕事から帰ると祖母から毎日のように、「この子は保育園でいじめられているらしい。迎えに行くといつも泣いている」と聞かされ、心配でたまらなかった。そしてこの日、目の前で泣くわが子の姿に逆上したのだという。

 保育園では、男の子のけがはたいしたことがなく、保護者も警察に被害届を出したくないとの意向だったことから、父親からの謝罪で解決しようとした。しかし、当の父親は「自分は悪くない」と譲らず、結局、謝罪もないまま卒園を迎えたという。

               ◇

 言ったもの勝ち、やったもの勝ちの風潮がはびこる現代社会。兵庫県のある小学校では、こんなエピソードもある。中学受験を控えた6年生の親が「うちの子は塾通いで疲れているので、授業中は寝かせておいて」などと“注文”をつけてきた。「それは間違っている」という教諭の言葉は無視し、ついには「学校の勉強は試験に関係ないから」と子供を通学させなくなったという。

 大阪大学大学院人間科学研究科の小野田正利教授は、10年あまり前から、保護者の教育現場への「いちゃもん」(無理難題要求)に関する研究を続けている。これまで小中学校や幼稚園、保育園を対象に行った調査で、教師側から示された「いちゃもん」の事例は1000件以上。

 「うちの子は箱入り娘で育てたいから、誰ともけんかしないように念書を書け」(保育園)

 「成績が下がったのは授業が悪いせいだ」(中学校)

 「運動場でけがをしたのは誰かに押されたせいだ。うちの子は転ばない」(小学校)

 「いちゃもん」を言われたときの教師の対応によって、保護者の怒りはますますエスカレートしていく危険性がある。小野田教授は言う。「今の世の中は、こぶしを振り上げやすくなっている。昔もこぶしを振り上げる人はいたが、一方で袖を引っ張ってくれる人もいたのだが…」。保育園で暴行した父親のように、振り上げたこぶしをどう下ろしていいか分からなくなっているのだ。

 こうした学校に対する「いちゃもん」の根幹には、自分の子供のことしか考えず、ほかのことはどうでもいいという発想がある。小野田教授は、そんな考え方を「自己中心主義」ならぬ「自子中心主義」と呼んでいる。

 「自子中心主義の保護者は、ここ数年で急激に目立ってきた」という。平成17年、関西地区の幼稚園、小中学校、高校、養護学校888校に対して行ったアンケート調査(回答数507校)では、「『無理難題要求』(いちゃもん)が増えているか」との問いに対し、「少し増えている」「非常に増えている」との回答が合わせて80%に上った。また「無理難題と思われる現象が気になり始めた」時期は、「10年ほど前から」が37%、「5年ほど前から」が25%だった。

              ■□■

 「自子中心主義」が蔓延(まんえん)する背景には親の不安が隠されている、と小野田教授は指摘する。すなわち、仕事に追われてストレスを抱えている、少子化で「育児を失敗できない」プレッシャーを受け続けるなどの親の姿が浮かんでくるのだ。

 教師たちが「いちゃもん」だけに振り回され、ことの本質を見ようと努力しなかった場合、解決も双方が納得できるものではなくなる。いちゃもんをつける親をモンスターペアレントと呼ぶ人もいるが、小野田教授はこの言葉は使わない。人格を否定した言葉だからだ。

 小野田教授はトラブルが起こったとき、「まず、話し合おう」と提案している。トラブルは相手がSOSを発し、それをキャッチできた好機と考えれば、「話し合う」ことはできるはずだ。話し合うための力を付け、良識について学ぶためのワークショップも全国で開いている。

 「本当に子供の気持ちを考え、子供と向きあっている保護者は『自子中心主義』にはならない。良識を逸脱した言動に対して、トラブルを避けるために過剰防衛したり、看過したりすることで、社会全体がおかしくなってくる。そのツケは、子供たちにたまる。子供もはけ口が必要になり、陰湿ないじめなどにつながっていく」

 「自子中心」の親が「自己中心」の子供を生む。社会にじわりと広がる悪しき連鎖を断ち切る努力が、大人に求められている。(武部由香里)

               ◇

 《メモ》

 ベネッセ教育研究開発センターが平成17年に行った「義務教育に関する意識調査」の保護者を対象にした項目では、「子供が通う学校に望むこと」として多かったのは、「子供の学校での様子を保護者に伝える」(96.5%)、「学校の教育方針を保護者に伝える」(93.2%)、「保護者が気軽に質問したり相談できるようにする」(90.2%)などだった。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(3)身勝手な飼い主

2008.02.06 MSN産経新聞

 ■動物の命ないがしろに

 「この犬をお願いします」

 関東地方のある市の保健所。60代の男性が生後1週間の雑種犬3匹を持ち込んできた。

 「子犬たちは処分されるんですよ。それでもいいんですか?」。考え直してほしい…そう願いを込めて説得する職員。しかし男性は「私の勝手でしょう」と冷たく言い放った。

 実は男性は数年前から毎年のように、飼っている犬や猫をここへ殺処分に持ち込んでいた。数が増えすぎて手に余ると施設に頼る、という繰り返しだったのだ。

 なかなか引き取ろうとしない職員に、男性は顔を赤くして詰め寄った。「なんで受け取ってくれないんだ!」。職員も拳を握りしめ、負けじと言い返す。「去年も持ってきたじゃないですか。避妊手術をしてくださいと、あれほどお願いしたじゃないですか!」

 しかし、男性は平然とうそぶいた。「自然のままに育てるのが私の主義なんだ。傷つけるなんて、かわいそうじゃないか」

 男性がどんなに理不尽であっても、保健所は結局、受け取らざるをえなかった。「動物の愛護及び管理に関する法律」第35条で、地方公共団体は所有者の求めがあれば犬、猫を引き取らねばならないと義務づけられているからだ。別の職員は「本当は『連れて帰れ!』といいたいですよ。でも、今の法律じゃできないんです」と唇をかんだ。

 飼い犬、飼い猫を繰り返し保健所や動物愛護施設へ捨てに来る“リピーター”がいる。犬・猫の殺処分数は年々減少傾向にあるにもかかわらず、ペットの命をないがしろにする身勝手な飼い主は目立ってきている。

 動物行政を管轄している自治体では、引き取りを有料にしたり、氏名・住所・捨てる理由を記録するなど、リピーターを防ぐ対策をとっている。福岡市西部動物管理センターによると、他の飼い主への譲渡を勧めるなど殺処分しない方法を探っているが、「『どうしても』といわれたら断ることはできない」のが現状だ。

 茨城県の動物指導センターに18年4月〜19年8月の間に、飼い犬・猫を複数回引き取り依頼した飼い主は82人。「避妊費用がもったいない」「病気や老衰で介護できない」「飽きた」「鳴き声がうるさいと近所に怒られた」など、身勝手な理由を並べる人が少なくない。センターでは昨年10月、これらの飼い主に「(施設の殺処分は)所有者のあなたが処分することと同じです」と反省を求める手紙を送付したのだが…。

              ◆◇◆

 17年10月、推定10歳のミニチュアプードル、リフトくんが東京都小金井市内の公園で捕獲された。毛は伸び放題で体臭もひどく、両前足の肉がそげて骨が見える痛々しい状態だった。よほどひどい目に遭ったのだろう。栄養失調でガリガリにやせていたにもかかわらず、人に寄りつかず1週間も逃げ回っていた。

 自宅に引き取った地域の動物愛護推進員、武岡史樹さんは「半年から1年間はまともな世話を受けていなかったようで、表情や喜怒哀楽を失っていました。客に見せるために顔にバリカンを入れた跡が残っており、ブリーダーが飼育していた可能性が高い」と話す。

 武岡さんによると、同様の捨て犬が、時には何匹も公園でさまよっているという。

 動物愛護団体「地球生物会議」の野上ふさ子代表は、「(バブル期の)シベリアンハスキーブーム以降、都市部で純血種の捨て犬が増えている」と話す。

 最近ではチワワ、ミニチュアダックスフンド、プードル。CMやドラマの影響で“ブーム犬”が生まれる。しかし、ブームが去って商品価値が下がったり、病気や加齢で繁殖に適さなくなった犬を、公園などに繰り返し捨てる業者がいるのだ。

 ミニチュアプードルのリフトくんも、もっと小型のトイプードルに人気が移り、繁殖犬として飼われていたのが捨てられてしまったとみられる。「保健所に持っていきすらしない。彼らこそリピーターですよ」と武岡さんは語気を強める。

 こうした業者は、名前や住所を偽って処分施設に複数の犬猫を持ち込んだりもする。だが、窓口では身分証明書の提示は義務づけられておらず、業者かどうか確認しているのも全国で49自治体に留まっている。

                  ◆◇◆

 日本動物愛護協会の会田保彦事務局長は3年前、東京・六本木のマンションに住む若い女性からの電話に耳を疑った。

 「生後1年のマルチーズの里親を探してほしいんです。寂しいから飼ったけれど、彼氏ができていらなくなったから…。保健所に持っていくと殺されちゃうんでしょう?」。動物をぬいぐるみやファッションの小物のように扱い、飽きたら捨ててしまう。すべて自分の都合なのだ。

 「純血種を殺処分に持ち込む人は、畜犬登録や狂犬病予防注射など法律で定められた健康管理すら果たしていない人が多い。あまりに短絡的で責任感がなさすぎる」と会田さんは憤りを隠さない。

 日本では子供の数よりもペットの数の方がはるかに多い。そして、“ブーム犬”という現象は日本だけのものだという。

 「自分勝手な飼い主たちと、それに乗じた一部の悪質なブリーダーのせいで、動物たちがひどい目に遭っています。死ぬまで面倒をみる覚悟があるのか、動物を飼える環境にいるのか、そういう“当たり前”のことを動物を飼う前にきちんと考えてほしい」(田辺裕晶)

                ◇

 《メモ》

 全国の保健所や動物愛護センターなどで殺処分される犬・猫は年間約35万3000匹(平成18年度)。過去10年間でほぼ半減している。地球生物会議などがまとめた「全国動物行政アンケート結果報告書 平成18年度版」によると、犬の処分数が多い都道府県は(1)茨城県7249匹(2)沖縄県6399匹(3)千葉県6251匹。猫は(1)愛知県1万2619匹(2)福岡県1万2597匹(3)大阪府1万1518匹−となっている。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(4)衝突避ける家庭

2008.02.07 MSN産経新聞
2008.02.7 08:08

 ■癒やすのは自分だけ

 東京都小金井市の主婦、林和美さん(55)=仮名=は、外資系の会社に勤める夫(54)と高校生の二男(17)の3人暮らし。年末年始は、体調を崩した父のもとへ1人で帰省した。

 残った夫と二男は、元日は2人で外食し、2日と3日は、それぞれ別々にコンビニ弁当などですませたという。

 「夫は2日から仕事だし、息子はアルバイト。子供を連れて実家に帰ると双方気を使わせます。正月といっても、もともとおせちは食べないし、『何か作っておいて』というリクエストもなかったですよ」と明るく話す。

 広告会社「アサツー ディ・ケイ」200Xファミリーデザイン室長の岩村暢子さんが、平成11年から2回にわたり、クリスマスと正月に焦点を絞り、首都圏の延べ233世帯の食卓をリサーチして出版した『普通の家族がいちばん怖い』(新潮社)によると、林さんのような家庭は珍しくない。

 17年1月の調査では、3分の1の家庭がおせち料理らしいものを食べず、4割の家庭が元旦の食卓に家族がそろっていなかった。

 理由はそれぞれに、ある。

 元旦に「クロワッサンと残り物のおでん」が並んだ家庭は、「暮れは仕事やなんかでバタバタしたから」(31歳主婦)

 「うどん、パン、おにぎり」の家庭は「おせち料理は作るのも食べるのも嫌なので、作る気も買う気もしない」(42歳主婦)

 「ウチでは普段から、みんな自由にさせている。だから、起きるのも食べるのもバラバラです」(50歳主婦)

 岩村室長は「今の社会は『誰かや何かの犠牲になるのはいけないこと』という共通認識がある。そのうえ、無理や我慢をしてストレスをためるのは『体に悪い』。だから、おせち料理が面倒なら作らないし、子供たちも食べたくなければ食べなくていい。それが当たり前になった」と話す。

 家族の間でも、いや家族だからこそ、面倒な衝突や努力を避け、互いに負荷をかけない生活をするという暗黙の了解が成り立っているようだ。

              ◆◇◆

 東京・原宿にある「占いの館」。今の仕事を辞めて、好きな写真の世界に飛び込むべきか悩む千葉県の女性会社員(23)は、約30分の相談を終えて満足そうだ。「私の思っていた通りのことをいってもらえた。背中を押されたようで元気が出ました」

 だが、実の両親には、この悩みは話さない。「家族は私のことに深入りしてこない。『自分の好きなようにやれば』という感じなのですから」とつぶやいた。

 二十数年にわたり、タロットや手相などの占いをしている菅野鈴子さんは「原宿の母」の愛称で親しまれる。その言葉通り、母親のような気持ちで『幸せになってほしい』と占う。最近は女性だけではなく男性客も多い。

 世間は安易な癒やしにあふれている。“気”の流れを良くするマッサージや前世占いなど、軽いノリでスピリチュアルブームが広がっている。流行歌でもナンバーワンよりもオンリーワンをたたえ、そのままの自分を大切にすることが良しとされる。

 昨年創刊した女性向けのスピリチュアル雑誌「Sundari(スンダリ)」編集部の森田紀子さんは「生き方に選択肢がありすぎて迷っている女性が多い。いろんなことを求めても誰からも批判されない状況でもあるがゆえに、逆に迷いも多くなる」とする。

 仕事で失敗したときや恋愛で迷ったとき、自分である程度答えは出ていても、最後の決断をするときに、雑誌の占いを見たり、スピリチュアルなものに触れて勇気づけられたり、癒やされたりするのだという。

 一方、家族問題に詳しい聖徳大学の岡堂哲雄教授(臨床心理学)のもとに、最近「この子、何か変なんです」と子供を連れてくる親が増えたという。まるで評論家かなにかのように10代の子供を“分析”し、面倒を避けるように早々に来所する。

 岡堂教授は「子供がつらそうな顔をしていたら、いち早く気づいて、当たり障りない話をしながら、つらかったことを聞き出して心を癒やすのが家族の役割。ところが、そういったエネルギーを使いたがらない親がいる」と嘆く。

              ◆◇◆

 子供と向き合わない親の姿勢が、極端な形で表面化するのが、ネグレクト(育児の怠慢及び拒否)だ。平成18年度に全国の児童相談所で対応した児童虐待相談件数は3万7000件にのぼり、児童虐待防止法施行前の11年度の約3倍、統計をとり始めた2年度の約34倍と年々増加。特にネグレクトの増加が著しい。

 18年1月、埼玉県熊谷市のショッピングセンターに、3歳の男児が置き去りにされた。男児は、静岡県で母親(25)と父親の3人暮らし。だが、母親は3カ月前に、インターネットで男と知り合い、家出。「子供の面倒を見たくなかった」とショッピングセンターに男児を残し、姿を消した。

 同年12月には、埼玉県和光市内のアパートの火災現場から、2歳の男児が焼死体で見つかった。母親(24)は、早朝から友人とスノーボードにでかけ留守。男児は1人で自宅に残されていた−。

 似たようなことは以前からあった。たとえば夏場に親が乳幼児を車内に放置したままパチンコにふけり、乳幼児を熱中症で死亡させてしまうような事故。とはいえ、その身勝手さの度合いは増しているように思える。時代を反映して、最近では託児所を設けるパチンコ店も現れたのだが…。

 「がまんするのは精神衛生上よくない」「楽しめるときに楽しもう」と言ってもらえると、気が楽だ。だが、それは容易に「好きなことだけする」「いやなこと、面倒なことはしない」に転換する。

 教育現場や心理カウンセリングの現場では「自分を大切にする人は、ほかの人も大切にできる」といわれる。本当にそうなのか。最近、この言葉が、どうにも気になって仕方がない。(村島有紀)

               ◇

 《メモ》 スピリチュアルブームの一方で、国民生活センターには開運商法に関する相談・苦情が急増。平成12年度の1265件から18年度は3058件と、6年で2倍以上になっている。70代の高齢者と並んで被害が多いのが30代の女性。「インターネットでスピリチュアルカウンセラーに相談したところ、病気が治るといわれて40万円で神棚を購入したが治らない」(関東地方の30代女性)▽ 「スピリチュアル関連のセミナーに行って、除霊をして“気”を高めるシールを購入したが効果がなかった」(東海地方の30代女性)などの相談が寄せられている。

【溶けゆく日本人】第5部 蔓延するミーイズム(5)すぐ辞める若者

2008.02.13 MSN産経新聞

 ■入社→ギャップ→怒り

 思い描いていた「先生像」のようになれない。関西地方の公立小学校で高学年を受け持つ新人女性教師は、そんな現実を受け入れることができなかった。

 きまじめな性格もあって、あらかじめ自分が決めたところまで授業を進めないと気が済まない。そのため、児童たちの質問には取り合わず、教科書のページをめくり続けた。そのうち、誰も女性教師の言うことを聞かなくなった。

 授業中なのに立ち歩き、騒ぐ児童たち。「学級崩壊」の単語が浮かんだが、認めたくなかった。教師である自分が一喝すれば、すぐに静かになると思っていた。まさか無視されるとは考えもしなかった。

 周囲のベテラン教員たちの助言にも耳を傾けず、「私は悪くない」と言い張ったが、やがて「辞めたい」ともらすようになった。

 採用後、すぐに辞めてしまう教員が少なくない。大阪府の場合、1年以内に退職した教員(死亡、免職含む)は平成15年度が11人で採用者数の0・86%、16年度19人(1・38%)▽17年度21人(1・13%)▽18年度28人(1・56%)−と、少しずつだが増えている。目立つのは、保護者対応などに悩んで鬱病(うつびょう)などの精神性疾患にかかったケースを除くと、冒頭の女性のように現実と理想のギャップを克服できずに教壇を去るケースだという。

 あるベテラン教員はこう指摘する。「現実と理想が違ったとき、多くの人は現実を理想に近づける努力をします。ところが最近は、現実に目をつむって自分を正当化してしまう人がいる」

               ◆◇◆

 「自分が主役」。そんな考え方から抜けきれず、社会に出て戸惑う若者が増えている。

 こんな例もある。「完全週休2日制」を掲げた企業に就職した女性は、入社してすぐに「だまされた」と怒り出した。週2日の休日は確かにあった。しかし、いずれも平日だったのだ。女性は「週休2日=土、日の休み」と思いこんでいて、そういう生活を頭に描いていた。就職したのは、土日が稼ぎ時のブライダル業界の会社だったが、入社前に休日について確認することもなかった。

 「単に情報不足と社会常識がないだけですが、自分のことを棚に上げて『話が違う』『だまされた』と怒る若者が増えている」

 人事コンサルタントで、学生の就職活動を支援する塾「就活ワークス」を主宰する神瀬邦久さん(45)はそう指摘する。

 面接の場では、企業は自社に不利になることは言わず、学生も自分を高く売り込もうとする。「いわば最強の盾と最強の矛の戦い」(神瀬さん)で、入社後にその矛盾が一気に表面化する。

 「お互い様の面もあり、かつてなら新入社員にも『まあ、会社なんてこんなもの』と我慢する抑止力が働いたものだが…」

 それが今は、自分が納得できないことは「許せない」となり、「即、辞める」というケースも目につくという。

 一方、大阪教育大学の白井利明教授(青年心理学)はかつて、ある男子大学院生の言動に目を白黒させたことがある。

 白井教授が指導するその大学院生は、いつまでもあいさつに来なかった。そこで「常識がない」と叱責(しっせき)すると、その院生は「常識はある」と猛烈にかみつき、「あいさつに行かなければいけないことはわかっていたけど、行きたくなかっただけだ」と強弁した。

 「あいさつが必要だと理解しているから、常識はあるということらしい」。白井教授も苦笑せざるを得なかった。

 自分がどう思うかが基準であり、他者からの客観的な視点はすっぽり抜け落ちている。「そんな若者は『常識がない』というより、大人とは『常識が違う』と考えた方がいいのでしょう」

 こういう出来事に遭遇すると、つい「最近の若者はダメだ」と結論づけそうになる。しかし白井教授は、「『今の若者は−』と嘆いているだけで、いいのでしょうか」と問いかける。

 白井教授にとって、こんな経験は二十数年の教員歴の中でたった1回だけ。それも10年以上前のことだ。大人と若者の関係は相対的なもので、若者だけが変化しているのではなく、大人も変化している中で関係性が成り立っているのだ。

               ◆◇◆

 「就活ワークス」の神瀬さんも「早期離職の原因を若者だけに求めてはいけない」と語る。

 バブル崩壊後は企業に余裕がなくなり、研修期間の短縮など、人材育成にかける手間や費用は激減している。にもかかわらず、企業は新入社員に従来と同レベルか、それ以上に高度な質、量の仕事をこなすよう求める。「ソフトランディングさせず、いきなり厳しい現実に放り込んでも、適応するのは難しい」

 社会の意識も様変わりした。「今や、親も簡単に『嫌やったら辞めたらいい』という時代。『すぐに辞める』『常識知らず』と若者を非難する前に、世間というものを知る手立てを大人社会は若者に与えてこなかった」。本人、企業、社会の責任は同等だというのが、神瀬さんの見方だ。

 白井教授は言う。

 「いまの大人たちは果たして聖人君子なのか。人間は自分も含めて自己中心的な生き物と思う方がいい。若者だけを批判するのは、そう考えられない大人の傲慢(ごうまん)さ、余裕を失った社会の表れともいえます」

 自己中心的に見える若者も社会の一員である。そうであるならば、「常識が違う」者同士が理解するための道を探っていく方が賢明なのかもしれない。(伐栗恵子 産経新聞)

               ◇

 《メモ》 厚生労働省の調査によると、中学、高校、大学を卒業した後、3年以内に離職する割合は、それぞれ約7割、5割、3割で推移しており、いわゆる「七五三」といわれる現象がある。また、財団法人社会経済生産性本部が今年度の新入社員を対象に「働くことの意識」について調査したところ、「職場でどんなときに一番生きがいを感じるか」との設問で、最も多かったのが「仕事がおもしろいと感じるとき」(24.3%)、続いて「自分の仕事を達成したとき」(23.3%)▽「自分が進歩向上していると感じるとき」(19.1%)▽「自分の仕事が重要だと認められたとき」(12.2%)−などがあげられており、「自分中心の充実感」というキーワードが浮かんでくる。


【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(6)ダイエット志向

2008.02.11 MSN産経新聞

◆ 子供にまで広がる「やせ願望」

 「ママ、食べ過ぎると体によくないんだよね」

 東京都内に住む母親(37)は6歳になる娘の言葉に一瞬、耳を疑った。

 幼稚園児の娘の身長は120センチ、体重20キロ。同年代の子供に比べてやせている。その娘が朝食のスープに入っている脂身たっぷりのベーコンをつつきながら、「太ると早死にするんだって。太りたくないよ」と食べ残したのだ。心配した母親が問いただすと、テレビの健康番組の影響を受けていた。

 東京成徳大学子ども学部の深谷和子特任教授(児童臨床心理学)とベネッセコーポレーションが平成13年、東京都と埼玉県の小学校4〜6年の児童約 1100人を対象にした調査では、女子の約69%が「今よりやせたい」と回答。その理由として「見た目がいいから」と答えた女子は82%に上った。この傾向は男子にもみられ、男子でも41%が自分を「太っている」と思い、45%がやせたいと回答。女子の4割にはダイエット経験があり、その方法として甘いものや油の制限、運動のほか「おなかいっぱい食べない」と答えた子は26%に達した。

 やせ願望とダイエット志向が中高生から小学生へと低年齢化する現状について、深谷さんは「メディアで流される細身=美という大人の価値観をすり込まれている可能性がある。特に成績や友人関係に漠然とした不満をもつ子は自分を変えたいという願望があり、やせることですぐにでも新しい自分になれる、素晴らしい人生が開けるという期待もある」と分析する。

 「太るから」「やせなきゃ」といった家庭内での何気ない会話をまねてか、最近はおやつのケーキを「太る」と嫌がる幼稚園児も珍しくないという。

         ■□■

 東京都内で暮らす女性会社員(33)の部屋には、ヨガマットや高性能のエアロバイク、バランスボールなどさまざまなダイエットグッズがあふれている。

 身長は168センチ。肥満というほどではないが、太めの体重がいつも気になっていた。これまでにチャレンジしたダイエットは「骨盤たたき」「測るだけ」「食前キャベツ」「痩身(そうしん)入浴術」・・・。

 「ダイエットの本を読むだけで幸せな気分になる。今の私は仮の姿。スレンダーでキレイな”本当の自分”を見たいからやめられない」と楽しそうに語る。

 初めての減量経験は高校1年。当時流行した卵だけを大量に食べる減量を続けていたら、じんましんができた。大学時代は、同じ研究室の友人3人が過度な減量で生理が止まった。昨年大流行した、軍隊式訓練でやせるという「ビリーズ・ブートキャンプ」は1日で挫折した。それでも話題の方法があれば試したくなる。

 この女性のように、「やせなければ」「自分の体形をなんとかしなければ」と強迫観念のように思い込む人は珍しくない。

 「現代の日本人にとってダイエットは、年齢、性別を超えた国民的関心事で、生活の一部になっている。特に若い女性には毎日の単調な生活に目標やアクセントを与えてくれるイベントともいえる」

 『ダイエットがやめられない』(新潮社)の著者で、10年間にわたり雑誌の特集にかかわってきた片野ゆかさんはこう指摘する。最近は生活習慣病やメタボリックシンドローム(内臓脂肪症候群)対策への関心が高まり、日本人の「やせ願望」は中高年男性から高齢者にも広がっているという。事実、以前ならほめ言葉とされていた『恰幅がよい』『貫禄がある』といった表現を使う人は少なくなっている。

 過剰なまでの「やせ願望」を反映して、この20年で日本女性の体格はどんどんスリム化した。

 厚生労働省が平成16年に実施した「国民健康・栄養調査」によると、「やせ」に分類されるBMI(体重÷身長÷身長)18.5以下の人は、20代で 21.4%、30代で15.6%に上り、20年前に比べて大幅に増加した。半面、「肥満」に分類されるBMI25以上の人は20代から50代まで各年代で減少している。

 片野さんは「男も女もいまや中身より外見で評価される時代。海外に比べてやせ願望が極端に高いのは、かわいらしさや若々しさに価値観を置く日本独特の文化の表れでは」と話す。

 「いつまでも自分の理想のきゃしゃな姿でいてほしい」という身勝手な気持ちから、娘が中学の運動部に入るのを強硬に反対した父親もいるという。

         ■□■

 肥満外来を開設する東京都世田谷区の「自由が丘マナクリニック」には、「ウエストにくびれがほしい」「太ももだけ細くしたい」「お腹の脂肪だけ減らしたい」とエステ感覚で気軽に駆け込む女性も少なくない。

 場所柄もあって肥満外来を訪れる患者の9割は女性で、その多くが20〜30代の若い女性だ。なかには見た目もスリムで標準体重にも満たないのに、「自分は太っている」と深刻に思い悩む人もいる。

 山口康人院長は「過度な食事制限をすれば必要な栄養を摂取できなくなり、貧血や骨粗鬆症、生理不順とそれに伴う将来の不妊症など、身体への影響は大きい」と危機感を募らせる。

 見た目優先主義とエスカレートする健康志向のなか、将来の世代を産み育てる若い女性ばかりでなく、子供にまでやせ願望が浸透する日本。海外では、やせ過ぎのファッションモデルが若者のダイエットを助長するとして、ショーへの出演を規制する議論が高まったが、国内ではこうした動きは見られない。

 深谷さんは「細身=美という大人が勝手に作り上げたイメージを押しつけられ、その基準に当てはまらない自分に焦燥感を抱く子供は少なくない。ただでさえ、今の子供は昔に比べて食欲が落ちている。社会の過度な痩身志向に歯止めをかけなければ、成長期の子供たちの心と体をゆがめてしまう」と警鐘を鳴らしている。(中曽根聖子)

 《メモ》 東京都教育委員会が平成18年に都内の高校1年生と保護者を対象に実施した「健康づくり支援のための基礎調査」によると、自分の体重を減らしたいと思っているのは男子29%、女子81%。ダイエットについては男子の18%、女子では75%が「関心がある」と回答した。実際に過去1年間にダイエットを経験した男子は7%、女子は34%に上り、その方法は「間食を減らした」「運動をした」「食事の量を減らした」など。また女子の7%はダイエット食品を使用した経験があった。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(7)疲弊する医療現場

2008.02.13 MSN産経新聞

◆ 権利を名乗る身勝手

 昨年末、東京都内の病院に勤める産婦人科医(38)は、繋留(けいりゅう)流産で手術日を決めたばかりの患者(35)からの電話に一瞬、返す言葉を失った。

 「昨日決めた手術日ですけど、仕事の都合がつかないので変えてください」

 繋留流産とは、胎児に異常があって育たず、お腹の中で死んでしまうこと。そのままにしておくと、出血したり細菌感染しやすいので、死んだ胎児を子宮から取り除く手術をしなければならない。緊急手術が必要なほど切迫した状態ではないが、患者の体のためにはなるべく早く手術をした方がいい。

 年末ということで、手術の予定がかなり立て込んでいた。それでも幸い翌日に空きがあったので翌日の手術を提案したが断られ、1週間後に決めた。もちろん患者もそのとき「この日なら大丈夫」と承諾、スタッフの手配もすませたところだった。

 患者は大手企業に勤める会社員。確かに年末は仕事が忙しいとはいえ、それを承知で手術日を決めたはずだった。

 「絶対に(手術日は)変えられないんですか」と食い下がる患者に、産科医が「すべての患者さんの手術日程を変えないと無理です」とこたえたところ、「じゃあ、そうしてください」との言葉が返ってきた。

 もちろん、すべての患者の手術日程を変えられるわけがない。また、年明け後なら新たに手術日が組めるが、それでは患者の体が心配だ。産科医が改めて「つまり、手術日を変えるのは不可能ということです」とはっきり告げると、「それなら別の病院で手術するからいいです」と、電話をたたききられた。

 この患者は他の病院を数カ所あたったものの、手術を引き受けてくれる病院がなかったことから、結局、この産科医のいる病院で当初決めた日程で手術を行った。

 産科医はいう。

 「結果としては無事手術できてよかったのですが、診察や治療以外の対応にこちらはへとへとです。産科医不足がいわれ、実際にみなぎりぎりの状態で仕事をしているのに、わがままな患者に振り回されると、もうやってられないという感じです」

         ◆◇◆

 都内の別の病院に勤務する産科医(35)も、患者の理不尽な要求にとまどっている。

 1月半ばのことだ。切迫早産で入院していた40代後半の妊婦から、「外出を許可してほしい」と呼び出された。輸入品を扱う店を経営しており、店のことが気になって外出したいのだという。

 この患者は、長年の不妊治療の末にようやく初めての子供を妊娠したのだ。このときは38週で、絶対安静が必要な状態だった。産科医が「子供の命のために、もう少しだけがまんしてください」と説明しても、「私の体のことは私が一番よく分かっている」と、がんとして聞かない。患者の夫に説得してもらおうと「今が一番大事な時期ですから」と説明したが、夫も「妻の言うとおりにしてあげてください」と言うだけ。

 外出されると治療に対する責任がもてなくなることから、「外出したいなら自己退院してもらうしかありません。その代わり、もううちでは診察できません」と告げると、「退院するつもりはない」と言い張り、日中に勝手に外出し、夕方戻ってくるという生活を続けた。

 「子供が本当にほしいから不妊治療をしていたのではないのでしょうか。生まれてくる子供のために、数週間仕事を休むことが、そんなに難しいのでしょうか」と産科医は頭を抱える。命と仕事の重さの違いすら、分からなくなっているのだ。

         ◆◇◆

 「看護師に添い寝を強要する」「大部屋で同室の人の迷惑になる行為を平気でする」「治療のために絶飲食にするよう説明しても『おれは食べたいものを食べる。おれは客でおまえらはサービス業だから、客のいうことを聞け』と従わない」−医療現場で患者が身勝手な要求を通そうとする光景は、もはや日常茶飯事と化している。

 医療関係者によると、こうした困った患者は平成12年ごろから増え始めたという。医療事故が大きくニュースで扱われ、医療不信が高まるとともに、患者の権利が強くいわれるようになり、病院が患者を「患者さま」と呼ぶようになった時期と重なる。

 もちろん医師や病院側に問題があるケースもあるだろう。しかし、最低限のルール、常識的なマナーを守れない患者の増加により、医師が疲弊し、病院から立ち去る原因のひとつとなっている。実際、全国の病院で医師不足が深刻になっているのだ。

         ◆◇◆

 とくに疲弊が顕著なのは、自治体病院だ。大学医局が医師のひきあげを行ったことも影響し、残された医師はぎりぎりの状態での仕事を余儀なくされている。

 月に150時間を超える残業をこなす中、「よくならないのはおまえのせいだ」「税金払ってるんだから、もっとちゃんとみろ」など、患者からの理不尽なクレームが容赦なく寄せられる。

 病院が患者の問題行動に毅然と対応できないことも多く、また一部の議員がこうした患者の言い分を鵜呑みにして医師や病院に圧力をかけてくることもあるといい、医師の退職に拍車をかけている。

 自治体病院の実情に詳しい城西大学経営学部の伊関友伸(ともとし)准教授は、「医師の立場や気持ちをほとんど考慮しない患者の増加が、医療崩壊の一因となっている。患者の権利を振りかざして自分勝手なことをいうことがエスカレートすれば、日本の医療が大崩壊するのは間違いない」と指摘する。

 「医師だけでなく看護師ら医療に関わる人材は地域の財産だということを住民が理解する必要があります。この財産を守るために、一人一人が良識的な行動をとることを意識してほしい」

 結局、そのことが自分の命を守ることにつながるはずだ。(平沢裕子)

 ≪メモ≫ 厚生労働省の医療施設調査によると、産婦人科・産科を標榜する一般病院は、平成8年には2148施設あったが、18年には1576施設で、10年間で 572施設減った。分娩を取り扱うのをやめる施設は増え続けており、とくに自治体病院や、地域に1つしかない産科施設が閉鎖するなど問題になっている。一方、日本外科学会は、将来の外科医師数について、平成27年に新しく外科医になる人はゼロと予測している。このまま外科医不足が進行すれば、盲腸などごく簡単な手術ができる医師もいなくなる。そうなれば、今はほとんどが助かるけがや病気で命を落とす人が増えるかもしれない。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(8)放置自転車

2008.02.14 MSN産経新聞

 ■「駐輪は無料」の認識

 都営地下鉄の駅周辺は放置自転車であふれかえっていた。ここは東京都練馬区光が丘。放置自転車が多いと聞いて訪ねたが、想像以上の数に驚かされた。もちろん一帯は駐輪禁止。東京都などによると放置自転車は多い時で約4000台になるという。

 時刻は夜8時。歩行者優先道路であっても、家路を急ぐ人たちは放置された自転車のために真っすぐに歩くことができない。スーパーの出入口は放置自転車でふさがり、利用者は回り道を余儀なくされている。駐輪場は徒歩で数分、自転車なら数十秒の距離にあるのだが…。

 駐輪禁止の看板の前で、自転車のロックを外す女性を見つけた。自分の自転車がたくさんの自転車に囲まれて出しにくくなっているのに憤慨している様子だ。

 思い切って声をかけてみた。

 「近くに駐輪場があるのに、なぜここにとめるのですか?」

 「なんであんたにそんなことを言われなきゃいけないの! どこにとめようが私の自由でしょ」

 いきなり“逆ギレ”の言葉を浴びせられた。女性はおかまいなしに周囲の自転車をどけて走り去った。どかされた自転車は歩道に無造作に置かれたままとなった。

 別の女性会社員(39)は質問に答えてくれた。朝7時半過ぎ、約1キロ離れた自宅から長男(5)を自転車に乗せてここまで走り、スーパーの前に自転車を横付けし、保育園に子供を預けて出勤。夜7時前後に駅から徒歩で長男を迎えに行き、スーパーで買い物。自転車の前かごに買い物袋、後ろに長男を乗せて帰宅。長男が3歳の時、一戸建てを購入し、車は住宅ローンがきついため手放した。徒歩だと子供連れでは自宅まで20分はかかる。

 駅の隣に有料駐輪場があるのも知っているが、「1回100円? 撤去に4000円? 自転車にお金は払いたくない。駐輪場まで行くのが面倒だし」と悪びれた様子はない。

 近くに住む主婦(26)は「幼稚園に通う子供が、将棋倒しになった自転車に足をぶつけてけがをした。危ないし見た目も悪い。何とかしてほしい」と訴える。

            ◆◇◆

 都市部の駅周辺は『駐輪禁止』を示す看板をあざ笑うかのように、一日中、自転車が放置されている場所が少なくない。東京都青少年・治安対策本部の調査では、都内の放置自転車数のワースト5は(1)赤羽駅(2076台)(2)池袋駅(1807台)(3)大塚駅(1756台)(4)光が丘駅(1663台)(5)吉祥寺駅(1401台)。

 光が丘駅周辺は大型スーパーと50ヘクタール超の都立光が丘公園が隣接。駅前の一般道路は同区が条例で放置禁止区域を設け、放置自転車は条例違反として強制撤去し、返却手数料として1台4000円徴収する。だが、公園に通じる歩行者優先通路は都立公園の一部となり、放置禁止区域を指定できず、強制撤去も自転車返却の手数料徴収も原則としてできない。それだけに、地域住民のマナーがストレートに表れるともいえる。

 駅周辺で早朝や夕方、自転車整理をしている70代男性によると、整理中に「人の自転車に触るな」とののしられ、駐輪場に誘導しようとすると「うるさい」と一喝されることは日常茶飯事。スーパーのカートを押してきて、荷物を自転車の前かごに移し、自転車と“交代”とばかりに平然とカートを置いていく人も多いという。

 練馬区によると、駅周辺の区立の駐輪場は計4カ所で3300台分。多くは有料だが、自転車なら2、3分の場所に無料駐輪場も。満車は一時的で平均稼働率は約8割。同区の担当者は「撤去した自転車を取りに来た人は自分の違反は棚に上げて職員に『ドロボー』と怒鳴るんですよ」と嘆く。

              ◆◇◆

 放置自転車対策が進んでいる地域もある。

 東京都江戸川区は今年4月、東京メトロ東西線葛西駅前に、収容台数で国内最大の駐輪場をオープンする。また三鷹市は平成18年、8億円超をかけて、JR三鷹駅から徒歩3分の場所に、1700台収容の有料の地下駐輪場を新設した。すでに駅から徒歩10分以内に13カ所(約4400台分)の駐輪場があったにもかかわらずだ。同時にバスの停留所に駐輪場を設置し、駅に乗り入れる自転車の数を抑える仕組みもつくった。その結果、駅前の放置自転車は平成17年度の750台から1年後は515台と30%以上減少した。

 フランス・パリ市はヴェリブとよばれる自転車貸し出しシステムを昨年7月から開始。市内約1500カ所で約2万台の自転車を事前に登録した市民に24時間・年中無休で貸し出すもので、市が広告代理店と契約し、運用コストの大半を広告費でカバーする仕組みで、大都市を抱える各国から注目されている。

               ◆◇◆

 放置自転車ではないが、もっと悪質な例もある。横浜市都筑区の遊歩道で散歩をしていた67歳の男性が後ろから来た自転車と接触した。男性は転倒し、左目の下の骨を折って2週間入院する大けがを負った。自転車の若い男は「すみません。後でここに連絡をください」と電話番号を書いた紙を男性に渡して走り去ったが、番号はでたらめだった。こうなると自転車は凶器でしかない。

 横浜国立大学工学部の中村文彦教授(都市交通計画)は「自動車と同様、自転車に乗る人にもルールを守る義務があるが、それをわかっていない人が多すぎる」と苦言を呈する。解決策として、自転車防犯登録の厳格化▽車の免許更新時に交通事故の映像を見せるような啓発活動の強化▽中高生に対する自転車のマナー教育を徹底−を示す。「自治体も管理区域を細分化して、多少見栄えが悪くても駐輪場をつくるべきです」

 自転車は近年、環境に負荷をかけない点で注目されている。きれいな道路や公園、立派な商業施設があっても、そこに自転車が乱雑にとまっていては安全ではないし、地域のモラルの低さがあらわになったかのようでみっともない。環境や街の美観を守ることがタダではないことを思い知るべきでないか。(小川真由美)

                ◇

 《メモ》 警察庁によると平成18年の自転車事故は17万4262件。交通事故全体の約2割を占め、10年前(平成8年)と比べて24.7%増加。自転車乗車中の死者数は8 1 2 人で65歳以上がその約6割を占める。負傷者は16〜24歳が最も多く21.5%。次いで15歳以下が19.7%、65歳以上が17.2%。自転車側に法令違反があった割合は全体で67.9%。死亡事故では76.3%とさらに高くなっている。

【溶けゆく日本人】蔓延するミーイズム(9)豊かな時代の万引

2008.02.15 MSN産経新聞

 ■ゲーム感覚、罪悪感なし

 現代アーティストとして活躍する別府公夫さん(49)=仮名=は、東京都内で生活をしていた中学生(15歳)のころ、スーパーで食品を万引したことがある。自由業の父親は家に帰らず、ほとんど金も入れなかった。義母と弟の3人暮らしで、毎日の食事にも事欠く貧しい生活だった。

 それでも我慢していたが、あまりの空腹に我慢できず、近くのスーパーに行き、チャーシュー1パックに手を出した。

 「いつも腹が減っている状態だった。空腹は満たせたが悔やみ、1週間くらいイヤな気持ちが続いた」

 別府さんは罪悪感にさいなまれ、それ以後、万引をすることはなかった。

 当時は監視カメラなどはほとんどなく、監視員の目も今ほど光っていたわけではない。

 「僕の場合、たまたま見つからなかっただけですが、万引は他人の物を盗むわけですから当然犯罪です。過去を思いだすたびに心が痛みます」

 日本全体が貧しく、生きるために仕方なく万引をしてしまうことは多々あった。

 ところが、現代の万引は様相が違っている。商品があふれる時代にあって、貧しさのために盗むケースは少ない。

               ◇

 2年前、スーパーでお菓子を万引して警察に補導されたことのある埼玉県の少年(17)は、「特にほしいものはなかったが友人と遊び半分でやってしまった。悪いことという意識はなく、見つかるかもしれないというスリル感もあった」と打ち明ける。

 まさにゲーム感覚である。万引は窃盗罪の成立する犯罪行為だが、ゲーム感覚の彼らには罪悪感はまったくない。

 作家、角田光代さんの短編集『太陽と毒ぐも』には、そんな時代を映して、罪悪感なく万引を繰り返す30歳目前の女性と、彼女と暮らすフリーターの男性同居人の生活が描かれている。万引した食品や日用雑貨に囲まれて暮らす毎日。男性には罪の意識があるが、女性は意に介さない。

 そんな罪悪感のない万引は、悲惨な殺人事件にまで発展した。

 昨年10月深夜、大阪府寝屋川市のコンビニエンスストアに現れた2人の少年が、食品などを買い物かごに入れ、店外にかけだした。レジカウンターにいた店員が追いかけて1人をつかまえたところ、刃物で胸を刺され死亡した。

 商品を詰めた買い物かごを持って逃走する「かごダッシュ」といわれているものだ。まだ件数は多くないにしても一昨年ごろから各地で発生。今年1月にも新潟県で「かごダッシュ」をした高校生3人を含む少年6人が窃盗容疑で逮捕された。

 軽い気持ちの万引は深刻な事態を引き起こす。ある書店では万引の多発から廃業に追い込まれた。いわゆる「万引倒産」だ。書店は利幅が低く、1冊万引されたら5冊売らなければもうけにならない。万引は死活問題なのだ。

 都内の大手書店の50代の男性ベテラン店員によると、「25年前は目当ての本がほしくて盗む人もいましたが、いまは皆無。みな中古本販売チェーン店で売ってしまう」と怒りをあらわにする。食品などと違い簡単に換金しやすいためだ。

 万引は若者の犯罪というイメージがあるが、なんと最近は高齢者の万引が増えているという。警察庁のまとめによると万引の認知件数は16年をピークに減少傾向にあるが、65歳以上の高齢者が増加の一途をたどっている。14年から17年までは、15歳から19歳までの少年が全体の24%から30%だったが、18年は高齢者が22%となり、少年を上回った。

               ◇

 東京都内の警備会社に勤務する保安員、長崎智恵美さん(60)=仮名=は、毎日デパートやスーパーで目を光らせる。いわゆる万引Gメンだ。20年にわたり取り締まりに活躍する中で、信じられないような身勝手な情景を目の当たりにしてきた。

 ある日、スーパーで万引した小学生の親に連絡したところ、やってきた30代の母親が「やっているのはうちの子だけじゃない」と開き直ったという。「給食費を払わない親が増えているのもわかります。盗んだことに対してまったく罪悪感がないのですからね」と長崎さんはあきれ果てる。

 高齢者の万引が増えたことも長崎さんは肌で感じるという。

 こんなことがあった。ある地方のデパートの食品売り場で万引した60歳の主婦を捕まえた。「私はよくこの店で買っているのよ、外商担当者を呼んで」と反省もなく威張り散らした。

 また万引した独り暮らしの75歳の老女から事務所で話を聴くと、謝罪もせず、「金を払えばいいでしょう」と長崎さんに札束を投げつけた。息子に連絡しても「行かないよ」と引き取りに来なかったという。

 「生活にも困っているわけではなく、金は持っていて万引する。自分がやったことを反省せず、悪態をつく老人が多い」と嘆く。

 万引する高齢者は、金は持っていても家族でさえ会話がない孤独な人が多いという。

               ◇

 万引に正面から立ち向かうNPO法人「全国万引犯罪防止機構」(万防機構)が平成17年に立ち上がった。全国の小売業、自治体、学校、警察、警備会社などと連携して実態を把握し、万引防止に努める。すでに青少年の意識調査や小売店の万引実態調査などを実施し、学校などで啓発活動を行っている。

 万防機構によると、スーパーや書店などセルフ販売の小売業での万引の18年度被害額は、推定で約2250億円になるそうだ。

 万防機構の福井昂事務局長はこう話す。「政治家もテレビなどで平気でうそをつく。いまの時代、自分さえよければいい、という人が多い。たかが万引と罪の意識がないから繰り返す。日本人全体に道徳教育が必要ですね」(渋沢和彦)

               ◇

 《メモ》 東京都が平成16年にまとめた「万引に関する青少年意識調査」によると、74.8%が「絶対にやってはいけないこと」と答える一方、22.2%が「問題ではない」と回答。「万引理由」については、「お金がない」(64.1%)▽「品物がほしい」(63.2%)▽「ストレス解消」(33.9%)▽ 「みんなやっている」(27.1%)。万引防止策は(1)家庭でのしつけ(2)刑罰を重くする(3)万引しづらい店づくり−の順だった。調査対象は都内在学の小中学・高校生1403人。

               ◇ 

 今シリーズはこれで終了です。3月に「番外編」として、「溶けゆく」時代に、凛(りん)と生きる人々を紹介するシリーズを掲載します。


【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(1)看取りの医師 小澤竹俊さん

2008.03.10 MSN産経新聞

 ■苦しみ受け止め…背負っていく

 現代の医療技術では治癒が難しい患者に寄り添い、人生の最期に立ち会っている。今年に入ってすでに20人を超す患者の看取りを行ったという。

 横浜市内で開業している在宅療養支援診療所は、病気の種類を問わず、患者が人生の最期をどう過ごしたいかを最優先に支援する全国でも数少ない看取り医療専門のクリニックだ。

 人は誰でも「なぜ自分が…」と理不尽な思いに駆られる困難にぶつかることがある。その究極の形が、治ることのない病だろう。

 小澤さんは患者の気持ちを推し量りながら、話に耳を傾ける。会話の中の患者の言葉を口に出して反復する。患者の気持ちは本当には理解できなくても、患者の理解者になることを目指す。

 人の話を聴くのは簡単なようで難しい。「ついアドバイスや意見をしたくなりますが、苦しみの中にある人は、アドバイスをするような人に、苦しみを打ち明けることはありません」。聴くことを通じて、「この人は自分をわかってくれる」という信頼感を持ってもらうのだという。

 昭和38年、火山ガスの研究者だった父と養護教諭の母との間に生まれた。高校生のとき「社会的地位より人の役に立つ仕事でないと幸せにはなれない」と直感。そのころ見たマザーテレサの活動を記録した映画が医師を志すきっかけになった。

 山形大学大学院修了後、同県内で救命救急センターと農村医療を経て平成8年から約10年間、横浜甦生病院でホスピス病棟長を務めた。そして2年前に現在のクリニックを開業した。

 平日は外来診察のほかに診療所から5キロ圏内、昼間車で30分以内で移動できる範囲に限って往診を行う。現在約80人の患者を抱え、往診は1日10軒以上になることも。昼食は移動の車の中ですませるという。さらに週末は全国の小中高生や医療関係者向けに「いのちの授業」を展開。講演回数は年間150回を超える。

 どんなに努力しても必ず患者との別れがくる。そんなとき、無力感に襲われないのか?

 小澤さんは少し沈黙した後、こう語った。

 「別れはつらいし、ドロドロやゴタゴタもある。でも、人は絶望の中にあっても、支えが見つかれば、自分をかけがえのない存在だと認めることができる。そして生きる希望を持つことだってできる。患者を支えようとしている私こそが、家族やスタッフ、これまで出会った患者さんとその家族に支えられている。亡くなる患者さんの前では無力な私でもいいんだと思えるようになりました」

 人間は健康で順調な時ばかりではない。体は健康でも、学校や職場で思うように成果が出なかったり、人間関係のトラブルにあうと苦悩する。

 「苦しみとは希望と現実とのギャップ。誰でも必ず苦しみはある。苦しくても人や自分を傷つけないためにはどうしたらいいか。家で子供の話をじっくり聴くことからはじめてもいい。私の活動が誰かの生きるヒントになればうれしいですね」

 苦しみを受け止め、背負っていく方法に気づいたとき、もう少し生きやすい社会になる。小澤さんはそう信じている。(小川真由美)

【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(2)江戸小紋職人、岩下江美佳さん

2008.03.11 MSN産経新聞

 ■伝統の「心」伝える 一生が修業

 「鮫」「行儀」「角通し」…。江戸の粋を現代に伝える「江戸小紋」。遠目に見ればあたかも無地のようでいて、間近に見れば精緻(せいち)を極めた文様であると気づく。もともと武士が裃(かみしも)に用いた染め柄のためだろうか、眺めていると自然に背筋が伸びる気がする。

 その染めの世界でただ一人、伝統工芸士の認定を受けた34歳の女性職人だ。

 江戸小紋は型染めの一種。生地の上に模様が入った型紙をのせ、その上からヘラで糊(のり)をのばしていく。型紙は、時に1寸(約3センチ)四方に1000粒以上もの小さな点で模様が描き出されている。それほどに繊細な模様がムラなく、ずれないよう、つぶれないよう、ひたすら中腰で作業を続ける。1反(約13メートル)の生地に模様をつけるには、型紙を正確にずらしながら、この作業を50回から100回ほど繰り返さなければならない。

 「同じ型紙を使っても、2人の職人がいれば全く別の作品に仕上がる奥が深い世界。型紙という制限の中で、自分らしさを追求し、表現するには、もっともっと腕を磨くしかない。一生が修業です」

              ◇

 母親の実家が呉服店を営み、祖母はふだんから着物姿。幼いころから着物が身近な存在だったこともあって、高校生のころには「着物を染めている私」を思い浮かべていたという。職人仕事の厳しさを肌で知る両親は「何も好きこのんで苦労をすることはない」と当然のように反対したが、短大卒業後に迷わず東京都内の工房に就職した。

 これまで、あまりの重労働ゆえに女には無理といわれてきた職場。「女に何ができる!」。そんな空気を感じながら、おけ洗いや工房の掃除から修業を始めた。染め付け用の長板は長さ約7メートル、重さ40キロ。最初はこの板を持ち上げるにも先輩の手助けが必要だった。

 腰痛と冷えで体調を崩したり、「お嬢ちゃん」などと冷やかされたりしながらも、「一つ一つ技を習得していくことが楽しかった」という。

              ◇

 伝統工芸士は12年間の修業を経てようやく受験資格が得られる。「認定試験のときは緊張で体がブルブル震えました」。無事に資格を取り、今年、長年修業を積んだ工房を離れ、独り立ちを果たした。

 古いながらも隅々まできちんと片づけられた部屋。ピンと伸ばした姿勢で、一語一語、丁寧に受け答えする言葉からも、その真摯(しんし)な生き方が伝わってくる。

 江戸小紋を作る工程にはさまざまな道具や素材が必要だ。和紙でできた繊細な型紙。もち米とぬかに灰をまぜて作った糊。絹の生地…。「着物には、日本人の暮らしの中で生まれた知恵と技術、そしてその伝統を大切に守ってきた人たちの思いが一つになっている。そうしたかけがえのない物に囲まれ、毎日ありがたいと感じられる、この仕事から離れられない」

 冠婚葬祭をはじめ、歌舞伎や能を見に行く際は、自分で染めた作品を着て出かける。

 「江戸小紋は簡素でありながら、何ともいえない柔らかさと凛とした美しさがある。自分が大好きな着物だから、その魅力を大勢の人に知ってもらいたい」(中曽根聖子)

【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(3)

2008.03.12 MSN産経新聞

 □小笠原流礼法宗家本部師範 藤原紀子さん

 ■伝えるのは相手を思いやる心

 躾(しつけ)とは、身を美しくと書く。「礼儀作法とは感謝の心を伝える形。自分がどう思われるかではなく、相手の方がどう思うかを常に考えることです。日々、自分をしつけていく作業です」と穏やかな笑顔を浮かべる。

 小柄な体に淡い青色の着物がよく似合う。幼少のころから、母、英子さん(平成17年死去、享年81)に厳しくしつけられた。布団で寝ている父親の頭の上を通ってはいけません、人がいやがる仕事を率先してやりなさい、寒い時には暖かく見える服装をして、他人(ひと)様に寒々しい印象を与えない心遣いをしなさい…。

 「母はご先祖さまから受け継いだ誇りと、恥を知るという日本の文化を伝えたかったのだと思います。人間はみな平等でありますけれど、目上を敬う心を育まねば、尊敬する心も芽生えず、かえって調和がとれない。先人が積み上げた礼儀を伝えることで、敬うべき人を敬う心を育てたかったのでしょう」

              ■□■ 

 小笠原流礼法は室町時代、武家の礼法として確立したが、幕府の公式の礼法であったため、江戸時代まではその神髄は一子相伝で代々受け継がれ、一般に教授されることはなかった。

 一方、“格式のある礼法”を求める庶民は、華美で枝葉末節にこだわる作法をありがたがり、明治時代以後は、はしの上げ下げから、ふすまの開け方、おじきの仕方など、形にこだわる「お作法」が女子教育の教科となり、「礼儀作法=窮屈」という概念が一般に定着したのだという。

 先代の三十二世宗家、小笠原忠統(ただむね)氏は戦後、日本人が本来持っていたはずの「相手を思う心」が次第に薄れ始めたことを憂い、礼法の「一子相伝」を解き、礼法の神髄の普及を始め、一般向けの教室を開始。藤原さんは当代宗家の小笠原敬承斎(けいしょうさい)門下として、礼法を学んでいる。

 「所作にはすべて合理的な理由があります。相手に対する思いやり、いたわり、つつしみの心が、小笠原流の本来の意義です。人が何かを成し遂げることができるのは、多くの人の応援があってのこと。自分を戒め、周囲に感謝する気持ちを行動に表すことが礼法にかなうのです」

              ■□■ 

 東京都で生まれた。高校卒業後は花嫁修業の学校に通い、お見合いを繰り返したが、社会人経験をしたいという気持ちが強く、営業や秘書業務を経験。本格的に礼法を学び始めたのはそのころだ。

 「『手のあるように』というのは、母の口癖のひとつです。例えば、湯加減をみてくるよう言いつけられれば、湯加減だけでなく、せっけんやシャンプー、足ふきマットやバスタオルの準備など、先々まで気を使います。それは社会人としても、とても役に立ちました」

 いま、師範として全国の学校や企業などで、相手を大切に思う心を基本に、姿勢や歩き方、おじぎの仕方などを指導している。和室を初めて見る中学生もいるが、どの子も、礼儀の意味を伝えると素直にそれを感じ取る。

 「自分さえよければいいという利己主義が連鎖的に広がっては気持ちのよい社会にはなりません。躾の基本は家庭ですが、前に立って歩く者として少しでも、先人の心を伝えていければと思います」(村島有紀)

【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(4)

2008.03.13 MSN産経新聞

 □東尋坊で自殺防ぐ 茂幸雄さん

 ■元刑事「見て見ぬふりできん」

 日本海を見下ろす断崖(だんがい)絶壁の奇観が続く東尋坊(福井県坂井市)。年間100万人近くが訪れる景勝地は、毎年20人以上が身を投げる「自殺の名所」としても知られる。その汚名を返上しようと、平成16年4月、NPO法人「心に響く文集・編集局」を開設。岩場周辺のパトロールを続け、120人を超える自殺志願者を救ってきた。

 周辺の土産物店が一斉にシャッターを下ろす午後4時すぎは最も緊張する時間だ。双眼鏡片手に、約1キロの岩場を1時間かけて一巡する。「こんにちは。どこから来られましたか?」。カメラや土産を持っていない。景色を見るでもなく動きが緩慢…そんな自殺志願者を見つけると、優しく話しかける。

 死のふちから救い出すと、事務所に併設した茶店で名物の「越前おろしもち」を振る舞い、相談に乗る。「あんた、今日までつらかったなー。一緒に解決しようか」。病気、リストラ、借金苦…自殺を考える理由はさまざまだ。不安の根を取り除くため、生活保護の手続きをしたり、住み込みの働き場所を探したり。六法全書を携え、夫婦げんかの調停に臨んだこともある。

 「自殺志願者の8割は県外から訪れ、片道切符。でも、何時間も岩場をさまよい、心の中では『誰か助けて!』と叫んでいる。本当は、みんな生きていたいんや」

               ◇

 福井県警の刑事としてマルチ商法やゲーム機賭博といった生活経済事犯を数多く摘発。「他人の顔色はうかがわない。正しいと思ったらとことん進む」突進型のリーダーだった。

 定年まで1年を残した15年、東尋坊を管轄する三国署(当時)の副署長に着任し、自殺の多さに愕然(がくぜん)とした。ところが、現場では日常的なパトロールは行われず、保護さくや悩み事相談所もない。「それなら自分が」と、朝夕1人で岩場の見回りを始めた。

 数カ月後、自殺志願の中高年カップルを保護し、地元の福祉課に引き継いだ。その5日後、チラシの裏に書かれた長文の遺書が届く。「頑張り続けた二人の努力は認めてください…」。行く先々の役所で交通費を渡されてたらい回しにされた末、2人は新潟県内で首つり自殺していた。

 「助けを求める人がいたら、誰かが手をさしのべてくれる国だと思っていたが、現実は違った。2人に二重の苦しみを与えてしまったのではないか」

 問題の根を解決しなければ真の救出にはならない…。苦い経験が、水際での自殺防止に第二の人生をささげるきっかけになった。

              ◇

 NPO設立からもうすぐ4年。「常駐のスタッフは手弁当で駆けつけてくれるが、収支は赤字」と苦笑する。今、茶店は「命の灯台」と呼ばれ、救われた人から「声をかけてくれてありがとう」と感謝の声が届く。

 国内の自殺者は9年連続で3万人を超える。国も自殺総合対策大綱で行政と民間の連携強化をうたうが、地元自治体の腰は重い。「防止対策自体がイメージダウン」と反発する観光業者もおり、肝心の足元は一枚岩ではない。それでも、その信念は明確だ。

 「誰もが面倒なことや他人事にはかかわりたくない。でも、それが命にかかわることだったら、見て見ぬふりはできんはず。そんな当たり前のことが、何でできんのか?」 (海老沢類)

【凛と生きる】「溶けゆく日本人」番外編(5)日本ガーディアン・エンジェルス理事長 小田啓二さん

2008.03.14 MSN産経新聞

 ■地域守る「天使」無関心に挑む

 金曜の深夜、多くの若者でにぎわう東京・渋谷のセンター街。雑居ビルの前で、若い男女約20人が酔った勢いで大声を上げ、歩道を占拠していた。そこへ赤いベレー帽とジャンパー、白いTシャツのユニホームに身を包んだ一団が近づいてきた。「こんばんは。飲み会、終わったの?」

 一団はNPO法人「日本ガーディアン・エンジェルス(GA)」のメンバー。日本GAは各地で地域防犯パトロールを行っている。この日の渋谷での活動には、学生や会社員ら10代〜40代の男性8人が参加。皆、ボランティアだ。

 パトロールでは、頭ごなしに注意することは決してしない。その物腰はあくまでもさりげなく、ぬくもりを感じさせる。声を掛けられた若者らはけげんそうな顔だったが、1人が「こんばんは」とあいさつを返した。ほどなくして“空気”を察したのか、グループは立ち去った。

               ◇ 

 ガーディアン・エンジェルスとは「守護天使」。昭和54(1979)年、犯罪が多発する米ニューヨークで若者13人により結成された。「見て見ぬふりをしない」をモットーに、世界11カ国で約5000人がボランティアとして活躍している。

 GAとの出合いは米国留学中のボストンで友人に誘われたのがきっかけ。活動に専念するため大学を中退し、ニューヨーク本部長を2年務めた経験もある。「ナイフで仲間が刺されたこともあります。発砲されたことも」。それでもGAは武器を持たない。

 平成7年、阪神大震災が発生。すぐに帰国してボランティアとして被災者を支援していたが、今度は地下鉄サリン事件が起きた。日本の安全神話が崩壊した年。「犯罪を防がなければ、日本は米国の二の舞になってしまう。犯罪の抑止に、GAでの経験が生かせるはず」と、今のNPOの前身となるGA東京支部を立ち上げた。

               ◇

 日本で活動を始めた当初、雨の中で郵便配達のオートバイが倒れ、路面に散らばった手紙がぬれているにもかかわらず、見ているだけの人の多さにショックを受けた。活動への理解も得られなかった。「勝手にやってんだろ。関係ねえ」。冷めた目でみられるのが、つらかったという。

 それから13年。防犯活動をはじめ、落書き消しやゴミ拾い、緊急救援活動などの地道な取り組みに賛同する自治体も増え、全国に23支部、約500人(うち女性は約2割)のボランティアを抱えるまでに成長した。昨年10月からは、警察庁がモデル事業として始めた「匿名通報ダイヤル」の窓口も務めている。

 だが「無関心な社会」は日常的に目に飛び込んでくる。「米国に見るように、モラルやマナーの欠如、軽微な犯罪を放置し続けると深刻な犯罪社会を生む。無関心は犯罪よりも大きな問題なのです」

 見て見ぬふりをしないことは、たやすいことではない。そこで、こんな質問を投げかけてみた。「ユニホームを脱いでも、同じように振る舞えますか」

 答えはこうだ。「いいえ、半分くらいでしょうか。声をかけることに気恥ずかしさもあります」。それでも、心がけていることがあるという。「自分が後悔しないことを、いつも判断の基準にするよう努めています」

 一歩を踏み出す勇気を与えてくれる言葉だった。(頼永博朗)

 =おわり

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