大宇宙の少年

HAVE SPACE SUIT ―― WILL TRAVEL

 

わしの家には昔、「世界の名作図書館」という少年少女向きの文学全集があった。
辞書みたいにでっかくてぶ厚い一冊に、二本から三本くらいの作品が収められていて、それが全部で四十冊以上もあったのだ。小説、伝記、科学、歴史、神話、民話、果ては聖書に至るまで、およそ少年少女向けの名作と呼ばれる本はほとんど収録されていた。
値段も相当なものだったろうに、何故そんなものがウチにあったのかはわからないが、おそらくはわしの為に買ってくれたものなのだろうと思う。

どちらかといえば、小学校高学年から中学生くらいを対象としているのだろうと思うが、そんな事は全然気にせず、字が読めるようになると同時にわしはそれを読むようになった。
もちろん幼稚園の頃は最後まで読み通す事は出来なかったが、やがて気に入った作品については読破できるようになっていった。
「坊っちゃん」も、「ああ無情」も、「三銃士」も、「ドン・キホーテ」も、最初はこれで読んだ。
だが、山ほどある作品群のうち、最もわしの興味を引いたのは、もちろんSFだ。
わしが一番最初に目をつけて、一番最初に読み通したのが「大宇宙の少年」だったのだ。

「大宇宙の少年」は、SFファンに絶大な人気を誇るロバート・A・ハインラインの作品だ。
ガキの頃からのお気に入りが実はハインラインの小説だったと後になって知った時は大変驚いたものだ。
現在では、完訳が「スターファイター」のタイトルで創元推理文庫から発売されている。

 

これが「大宇宙の少年」だ!

ハインラインの名作はたいていそうだが、この本もまた書き出しがイカしてる。
ちょっと引用させてもらおう。

そう、ぼくは宇宙服を手に入れたんだ。
事の起りはこうだった。
「父さん、月へ行きたいんだけど」
「いいとも」
と、父さんは答えて、本に目をもどした。それはジェローム・K・ジェロームの”ボートの三人男”で、もう暗記しているはずのものだ。
「父さん、ねえったら!真面目なんだよ」
こんどは本のあいだに指をはさんで閉じ、静かにいった。
「いいといったんだ。行くんだな」
「うん……でも、どうやって?」
彼はいささか驚いたような表情を見せた。
「なに?おい、それはおまえの問題じゃないか、クリフォード」
父さんはそんな人だった。
<中略>
だから、月へ行っていいと父さんがいったとき、どうやって行くのかはぼくの責任であり、父さんがいいたかったのはそのことだったのだ。ぼくは明日にも行ける ―― ただし宇宙船の座席を分捕れるならの話だが。

(創元推理文庫刊  「スターファイター」より)

主人公のクリフォード、通称キップは、宇宙へ行く事を夢見る高校生だ。
しかし、月で働く事が出来るのは、ほんの一握りのエリートだけ。名のある大学へ行く為に一生懸命勉強はしているが、学費の事もあるし、なかなか難しい。
自費で月旅行も出来る時代だが、それには途方もない金が必要だ。大学へ行くのに学費の事で悩んでいるようでは、とても無理だ。
そんな時、父親が見せてくれた新聞広告があった。

月世界旅行無料御招待!!!

石鹸会社のキャンペーンで、会社の宣伝文句を考えて包み紙と一緒に送り、最も優秀な標語をつくった者に月旅行が当たるというのだ。
クリフォードの奮闘が始まった。
バイト先のドラッグストアで石鹸を売りまくっては理由を話して包み紙をもらい、近所の子供には小遣いをやって集めさせ、昼も夜も標語を作るのに頭を悩ませ、最終的には五千七百八十二通もの標語を送ったのだ。

そして発表の日がやってきた。
テレビ番組で発表された標語は、まさしくキップの送ったもの!
だが、テレビに映っている当選者は、全然知らない人だった。
同じ標語を送った人は11人いて、そのなかから先着順で当選者が選ばれたのだ。
しかし、選に漏れた人には「びっくり賞」が用意してあった。
それはなんと、宇宙服。
それも、玩具ではなく宇宙ステーションの建設に使われた本物の宇宙服だ。

手紙によれば、宇宙服がいらない人は、送り返せば現金500ドルと交換してもらえるという。しかし、宇宙狂いでエンジニア志望のキップは換金するどころか、この合衆国空軍払い下げの中古宇宙服を実際に使えるように修理してしまった。
このくだりがハインラインの上手いところで、宇宙服の機能を解説しながら、それが払い下げ品ではどうなっていたのか、主人公がそれをどうなおしていったのかが語られていくのが、とても楽しい。
溶接工場でボンベを買ってきて、耐圧テストをしてくれと頼み込んで嫌がられたとか、自転車の空気入れで宇宙服に空気を入れると全然気密になっておらず、次の日には空気が抜けていただとか、ガスケットや補修用部品を取り寄せる為にグッドイヤー社に手紙を書いたら代金も取らずに送ってきて、おまけに詳しい解説書までつけてくれただとか……。
とにかく読んでいて大変楽しいうえ、妙にリアリティがあって面白い。
苦心の甲斐あって、「オスカー」と名付けた宇宙服はなんとか実際に使われていた時とかわらない状態になった。

しかし、いつまでも遊んではいられない。
それに、500ドルあれば、一学期分の授業料ぐらいにはなるのだ。
オスカーを手放して、大学へ……キップはついに決心する。
そして、最後にもう一度だけ、オスカーを着て深夜の散歩へと出かける事にした。

「こがね虫よりちびすけへ。応答せよ、ちびすけ」
無線で呼びかけると、テスト用に部屋においてあるエコー回路が録音した自分の声をオウム返しに繰り返す。すべて完全だ。夜の牧草地を歩くキップ。
しばらくして、キップは空中を走る二つの光を目撃する。田舎者は「空飛ぶ円盤」などと呼ぶのだろうが、どうせ飛行機かヘリコプターだろう。そう思ったのだが……。
その時、言葉を繰り返すだけのアホ回路が、突然向こうから呼びかけてきたのだ!
「こちらちびすけ!着陸誘導をたのむ!」
それと同時に、驚くキップの頭上へ宇宙船が降りてきた!!

どうだい?ワクワクしてこないか?
キップがこれからどうなるのか、それは読んでのお楽しみ、だ。

 

ほんとにいそうな感じ

ハインラインの小説、それもジュヴナイルの場合は特にそうなのだが、架空の世界や、キャラクターが非常に強い実在感を持っている。あの「その辺にいそうな感じ」あるいは「その世界にならいそうな感じ」は、ハインライン作品の大きな魅力だ。
この作品もその辺はバッチリで、主人公クリフォードはSF好きの読者にとってはとても共感できるキャラクターだし、口の悪い自称天才少女の「おちびさん」ことパトリシアも、最初はイヤミに感じるかもしれないが、読み終わる頃にはすっかり好きになっている事だろうと思う。
主人公の父親や、バイト先のドラッグストアの主人、ごろつきエースなど、ちょっとしか出てこないキャラも、強く印象に残るだろう。

ハインラインのジュヴナイルは、出だしや中盤は快調なのにラストで腰砕けになってしまうものが幾つかあるのだが、この作品はカチッときれいにまとまっていて、最後まで気持ちよく読める。「世界の名作」に数えられるのも無理はない。

「夏への扉」に比べると知名度は低いようだが、わしにとっては同じくらい気に入っている作品だ。文庫で安いし、ぜひご一読を。

 

 

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